Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その3【2004年12月21日16時08分、帝都城、城内通路】「へーい、そこの彼女。ボクのベンツでドライブしなーい?」 政・軍の高官達を相手に、肩がこる説明を終えて会議室を出た夕呼を待っていたのは、そんなふざけた言葉だった。 夕呼は深いため息をつきながら振り向く。そこには予想通り、上等な背広の上からロングのコートを羽織った中年の男が、ひょうひょうとした表情を浮かべながら立っていた。城内だからか、帽子はかぶっていない。「なんのご用でしょう、鎧課長?」 嫌みったらしく、慇懃無礼な口調でそう言い、夕呼はギンと睨み付ける。 中年の男――鎧左近は、わざとらしく後ろにのけぞると、さも驚いたような表情を作り言った。「おお、これは恐ろしい。香月博士のような美女に睨まれると、私のような小心者は心臓が止まりそうになります」「くだらない話をするために引き留めたんなら、そこをどいてちょうだい。私は忙しいのよ」 徹夜明けのうえ、お偉いさんと丁々発止のやりとりをこなしていた夕呼の精神状態は、その目つき以上に尖りきっている。「おや? 女性をドライブに誘うときは、ああ言うのが、礼儀だと思ったのですが。では、改めまして。 どうですか、香月博士。横浜基地まで私に送らせていただけませんかな? 私なら、博士を2時間ほどで送り届けて見せますが」「はあ?」 夕呼は思わず、眉をしかめる。言うまでもなく、東京の帝都城から横浜基地までの道のりが、車で2時間もかかるはずがない。よほどのハプニングでもない限り、1時間もかからないだろう。「少なくとも、このまま正門から出るのは止めた方がいいでしょう。『アラスカ』経由で横浜に帰るのは、ちょっと遠回りが過ぎるでしょうな」「……なるほど、ね。で、裏門は?」 夕呼は得心がいったように頷いた。それにしても、香月夕呼にしては、察しが悪い。日頃の夕呼ならば、左近が「送る」と言ってきた時点で、状況を理解してもおかしくはない。やはり、徹夜と昨日からの頭の酷使が堪えているのだろうか。「裏門ですと、『台湾』経由ですな。アラスカより距離は近いですが、時間にすると大差ないのでは?」『アラスカ』ことソビエト連邦、『台湾』こと中華統一戦線。どちらの勢力もここで香月夕呼の身柄を確保したとすれば、そうたやすく手放すはずがない。「いつ帰れるかわからない」という点で考えれば、確かにどちらも大差ないだろう。「チッ、思ったより早かったわね……」 夕呼は軽く唇をかむ。予想していなかった訳ではないが、予想を超えるアクションの早さだ。それだけ、αナンバーズの見せつけたインパクトが大きかったということだろうか。 この男に借りを作るのはしゃくだが、この場はいうとおりにするしかなさそうだ。「分かったわ。乗ってあげるから、案内しなさい。ところで、ソ連と中国は分かったけど、肝心のアメリカは?」 そう問う夕呼に左近は、「では、こちらです」と先導するように歩き出しながら、「はっはっは、これは異な事を。聡明な香月博士らしくもない。かの国がそんなまどろっこしい手段を執るはずがないでしょう」 そう、朗らかに笑った。「どういうこと?」 先を歩く左近の背中に追いすがりながら、夕呼は問い詰める。オルタネイティヴ6の主導者である自分を拉致するより、直接的手段があるというのだろうか? 左近は右隣に追いついてきた夕呼に視線を向けると、ヒョイと肩をすくめる。「今頃、横浜基地には、ニューヨークを出た再突入駆逐艦が到着している頃でしょう」 左近の言葉に、夕呼はピクリと肩をふるわせる。なるほど、香月夕呼を通さず、直接αナンバーズに面通しに来たという訳か。しかし、現在の横浜基地は国連軍基地とはいっても、正式に帝国の指揮下に入っている。いかなアメリカといえども、横やりを入れるのは容易ではないはずだ。 そんな夕呼の内心を読みとったのか、左近は口元だけを笑みの形にゆがめながら、「いやあ、さすがは心優しい、オポク殿ですな。どうしても、奇跡の勝利の立役者達に、直接感謝の言葉をおかけしたいそうで。わざわざ、ホッチキス中将とご一緒に横浜にやってきたそうです。まったく、頭が下がりますな」 そう言った。想像を超えた大物の名前に、夕呼は一瞬で顔色を失う。「オポク事務総長と、ホッチキス司令官……ッ」 ジョーダン・オポク国連事務総長に、ジョナサン・ホッチキス国連本部防衛軍司令官。 いくら横浜基地の独立性が高いといっても、曲がりなりにも国連に所属している以上は、むげには出来ない名前である。 はたして、横浜基地の基地司令に、αナンバーズを守りきることが出来るだろうか?(無理ね……まず間違いなく押し切られる) 夕呼は沸騰しそうなくらいに頭に血を上らせながらも、判断力は衰えていなかった。今の帝国は国連に対し、援軍要請を断れた代償として、「国内の全国連軍を指揮下に置く」という権限を与えられているのだから、何人であれ国外の干渉を一切合切はねのけることは、不可能ではない。夕呼が基地にいればまず間違いなく、門前払いを食らわせることができるだろう。 だが、夕呼と同レベルの肝の据わった交渉を、一介の大佐に過ぎない、現横浜基地司令に望むのは酷というものだ。 おそらくオポク、ホッチキスとαナンバーズの対面は避けられない。(オポクはたぶん大きな問題は起こさない。問題は、ホッチキスね) オポク事務総長は、ガーナ共和国出身、つまりアフリカ連合の人間だ。アフリカ連合は、昨今メキメキと力をつけてきている新興勢力だが、世界を牛耳れるほどの存在ではない。それに、オポク事務総長自体も、穏和な人柄で慕われている人物だ。そう、面倒な事態は起こさないと思われる。 対して、ジョナサン・ホッチキス司令官は、現役バリバリのアメリカ軍人である。良くも悪くも「アメリカの正義」に基づいた言動の多い人物だ。左近の忠告など聞き流して、まっすぐ横浜基地へ戻りたい衝動にかられる。だが、そうするには、香月夕呼という人物は、理性が強すぎた。「急ぎなさい。もちろん、私の安全の確保が最優先よ」 夕呼はそういって、左近をせかすように、歩調を速めるのだった。【2004年12月21日17時52分、横浜基地、第一会議室】「で、あるからにして、我が国は、君達を極めて高く評価している。そして、その力を有効に使うことが、地球人類がBETAに勝利する上で必要不可欠なのだと、私は確信しているのだ」「はっ。過分なお褒めのお言葉、ありがとうございます」 ジョナサン・ホッチキス中将の青い瞳に見据えられながら、ブライト艦長は、当たり障りのない言葉を返した。 ここ、横浜基地の貴賓室で、ブライト・ノアは、国際連合事務総長ジョーダン・オポクと、国連本部防衛軍司令官ジョナサン・ホッチキスとの面会を強いられていた。 オポク事務総長は恰幅のよい初老の黒人で、上品なダークグレイのダブルのスーツをゆったりと着こなしている。柔和な威厳、とても言えばいいのだろうか、決して押しは強くないのに、侮ることのできない雰囲気を持っている。 一方、ホッチキス中将は、金髪碧眼の典型的な白人である。年の頃は、40代の後半ぐらいだろう。意識的に表情を消した、典型的な「秀才」タイプだ。こちらは、横浜基地でも見慣れた国連軍の制服姿で、胸にはいくつかの勲章がぶら下がっている。 面会は最初、オポク事務総長による感謝の言葉から始まったのだが、一時間も過ぎると会話の主導権は、護衛役であるはずのホッチキス中将へと移っていた。 正直、ブライトは全く状況が理解できていない。分かっているのは、横浜基地司令の態度から、彼らが横浜基地にとって歓迎できない客であること、それでありながら決してむげに出来ない重要な立場の人間であるということだけだ。 それにホッチキス司令はいま、「我が国」と言った。意識しての言葉か否かは分からないが、彼の所属意識が国連という組織より、母国に比重が傾いているのは確かなようだ。 そう言えば昼間、香月博士も「困窮する『我が国』では、貴方達の尽力に正当に報いることが難しく、非常に心苦しく思います」と言っていた。つまり、今回のαナンバーズの尽力に対して、報酬を払う義務は国連ではなく日本帝国にあると言うことだ。(なるほど、この世界でも人類は一枚岩でないということか) 苦々しく感じるブライトだが、それに関してはこちらとしても人のことはいえない。アースノイドとスペースノイド。ナチュラルとコーディネイター。元の世界でも地球人類は、宇宙滅亡の危機を目と鼻の先に迎えたまま、互いに銃口を向け合っていたのだから。「謙遜かね? どうやら、日本暮らしが長いと、メンタリティまで移るようだ。まあ、いい。とにかく、君達には一度、国連本部に出頭してもらいたい。これは現時点では、ただの口頭要請だが、後日正式に安保理から帝国に書類が回る手はずになっている」 安保理からの正式要請。そう言われても、ブライトにはその意味が正しく理解できない。 だが、今の口調から、相当な権限を持つ部署である事は予測でいる。と、同時にブライトは一つの事実に気がついた。 彼らは自分たちαナンバーズを、日本帝国に属する存在だと勘違いしている。この誤解は解いておくべきだろうか? あまりに情報が少なすぎて、何が最善であるか判断がつかない。 とはいえ、αナンバーズ・イコール・日本帝国所属という既成事実を作られては、後々まずいことになる可能性は十分にある。「はっ、了解しました。しかし、中将閣下は誤解していると思われます。我々αナンバーズは、日本帝国に属する者ではありません」 結局ブライトは素直にそう告げることにした。 ブライトの言葉に、ホッチキス中将は細い金色の眉毛をピクリと動かす。「ほう、それは初耳だな。では、君達の所属はどこなのだろうか?」「はっ、申し訳ありませんが、機密につき申し上げるわけにはいきません」 ホッチキスの問いに、ブライトはきっぱりとした口調でそう言った。この世界では「平行世界」という概念は荒唐無稽な物である、と武から聞かされている。たとえ心証を害しても、この場で真実を述べるよりはいい。「所属自体が機密というのか?」 ホッチキスの青い瞳がスッと細まる。「はい」「私はこれでも、上位の機密閲覧権限を持っているつもりなのだが」 ホッチキスは圧力をかけるように、椅子から前に体を乗り出す。「申し訳ありません。ですが、閣下が私の所属を聞く権限を有しておられるのならば、すでにその情報を耳にしているはずです」 ブライトはあくまでそう答え、突っぱねた。嘘ではない。現時点でαナンバーズの正体を明かしても問題がないのは、オルタネイティヴ6の全容を知っている人間だけだ。そして、オルタネイティヴ6について知っていれば、αナンバーズの正体については、聞くまでもなく予想がつくはず。知らない人間は、イコール教えてはいけない人間と言うことだ。「そうか、それは失礼したな」 ホッチキスはそう言って、意外なほどあっさりと矛を収めた。実際ホッチキスには、事実上帝国傘下に入っているこの横浜基地の重要機密を聞き出す権限はない。これはいわば、階級と立場を盾に取った脅しのようなものだ。だから、ブライト側が「好意」で明かしてくれるのならば、ともかく、こちらから機密を話すように「命令」することはできない。「とはいえ、我々はBETAという共通の敵の前に立つ、いわば戦友だ。いずれ貴官らとは、ともに戦う事になるだろう。そのときを楽しみにしている」 ホッチキスは最後にそう言って、薄い唇を笑みの形にゆがめた。 言葉だけを聞けば、清々しいが、今のアメリカにとって「共に戦う」と言うことは事実上、自軍の指揮下に組み込む事を意味している。これは「いつまでも逃げ切れると思うな」という宣告に等しい。国連を傀儡としているアメリカは、この地球上に存在する全ての国に、強力無比な影響力を持っている。 ホッチキスの自負も当たり前と言えば当たり前だ。いくら何でもαナンバーズがそもそも「地球上の勢力ではない」などと予測できるはずがない。この時点でそんな予測ができるとしたら、それは有能な軍人などではなく、ただの予言者である。「はっ、その際にはよろしくおねがいします」 ホッチキスの瞳に、不吉な物を感じたブライトであったが、とりあえず、今は無難に答えておくしかなかった。 結局、夕呼が横浜基地に戻ってきたときはすでに、オポクとホッチキスを乗せた再突入駆逐艦は横浜基地から飛び立っていた。 規則通り、認識票の提示を求める職務に忠実な門番の鼻先に認識票を突きつけて、ヒールを履いているとは思えない早歩きで建物の中へと入っていく。 中に入ると、夕呼の帰りの報が入っていたのか、ピアティフ中尉が入り口まで出迎えに出てきていた。「香月博士、実は」 珍しく少し興奮しているピアティフ中尉の言葉を遮ると夕呼は、「大丈夫、状況は理解してるわ。オポク事務総長達の会話の録音記録を私の所に回すように、基地司令に要請しておいて」 そう言いながら、簡単に靴の汚れを落とすと、横浜基地の廊下を早歩きで進む。 相手側から特別に拒否されない限り、基地側には基地内でかわされた会話を音声で記録しておく権利がある。無論、軍事機密に類する会話は、その限りではないのだが、今回のオポク事務総長たちの訪問は、あくまで「αナンバーズ激励のため」なのだから、記録拒否を申し出る筋合いはない。「分かりました。研究室に回しておいておきます」「ええ、お願い。あと、できるだけ速くαナンバーズの責任者と話をする必要があるわ。場所と時間をセットして」「了解しました。αナンバーズを呼びに行くのは、白銀少尉にお願いしてもよろしいですか?」 ピアティフが直接向かうには、αナンバーズが停泊している港は遠い。ピアティフとて、夕呼の三分の一ぐらいは忙しい日々を送っているのだ。時間は惜しい。「いいわ、好きに使ってちょうだい」 ピアティフに指示を出しながらも夕呼は今後について考える。 まず、何はさておいても、オポク、ホッチキスとαナンバーズ代表の会話内容の確認だ。無礼な発言があれば謝罪を、こちらが意図的に隠していた事実(帝国が事実上の孤立状態であると言うことだ)を知られているならば、弁明の言葉を用意しておく必要がある。 その上で、明日にでも起きるであろう、横浜基地防衛戦に参戦してもらえるように交渉しなければならない。 非常に気を遣うデリケートな交渉になるだろう。夕呼は一歩一歩歩くたびに、頭の芯がズギンズキンと痛む錯覚に襲われていた。「まったく、何で私が……」 思わずこぼれる愚痴を、斜め後ろに付き従うピアティフは、行儀よく聞き流す。 何一つ差し出す物のないまま、一方的にこちらの都合で防衛戦に巻き込むのだ。普通に考えれば難しいを通り越して、非常識と呼ぶような交渉である。頼みの綱は、あちらの「可能な限り協力する」という言質だけだ。(彼らの真の目的が何であれ、昨日から今日にかけての言動を見れば、日本がBETAに蹂躙されるのは向こうにとっても利害に合わないはず。その辺が突破口かしらね) そう考えながら、夕呼は同時に、最悪の場合は即座に反応炉を停止させ、『鑑純夏』を諦める事も念頭に置いていた。シビアに現実を直視する夕呼の判断力は、流石と言うべきだろう。 だが、それも結局は全て徒労に終わる。事情を聞かされたブライトの第一声は「分かりました。できる限りの協力をさせていただきます」というものなのだから。果てしなく、交渉のしがいのない相手である。 【2004年12月21日、日本時間20時41分、小惑星帯】 火星よりさらに太陽から離れた小惑星帯。この世界の人類がまだ、足を踏み入れたことのないその宇宙空間に、αナンバーズの本隊は現在、駐留していた。 全長1キロを超える巨大戦艦『バトル7』。巨竜を象った異形の戦艦『大空魔竜』。そして、全長70キロの超巨大戦艦『エルトリウム』。 食料、エネルギー、そして各種戦闘兵器。それら全てを自給自足できるこれらの艦の存在がなければ、さしものαナンバーズといえども、平行世界宇宙に飛ばされた時点で、恐慌を来す者が出ていたかもしれない。 そんなαナンバーズ達にとって母艦を超えて、母星とも呼べる艦隊に今、二つの影が飛来していた。 一つは、真っ赤なバルキリー。もう一つは、光の球体の中に入るようにして、宇宙空間を生身で飛ぶ人型の何か。 哨戒任務から戻ってきたミリアのVF-1・Jと、プロトデビルンのガビルである。「おお、見えてきたな。最後まで気を抜くなよ、『熟年美』!」 赤いバルキリーにそう声をかけ、白い羽をはやした緑の顔のプロトデビルンは先導するように前に出る。「……」 その言葉をしっかりと聞き遂げたミリアは無言のまま、ガンポッドの銃口をガビルに向けると、一瞬の躊躇もなくトリガーを引き絞る。「うおっ!?」 無論バルキリーの55㎜弾ごとき豆鉄砲で、プロトデビルンであるガビルがダメージを受けるはずもないが、流石に驚いたようだ。「あら、ごめんなさい。ちょっと、手が滑ったみたいだわ」 ミリアは、全く悪びれることなく、凄みのきいた笑顔でそう言ってのけた。 どうやら彼女の中では、けたたましく『フレンドリーファイア』を警告するレッドアラームを切って、照準の真ん中に味方を捉え、きっちり2秒間トリガーを引き絞ることを、「手が滑った」と言うらしい。 だが、そんなミリアの気迫が伝わったのか、ガビルは気圧されたように、「おお……なんという、圧倒的威圧美! ここは沈黙美とするが得策か……」 そう言ってそれ以上、事を荒立たせようとはしなかった。 ミリアとガビルが哨戒任務を受け持つようになったのは、最近の事である。 元々、ミリアはそのシティ7市長という立場から、ガビルはプロトデビルンであるという特殊な事情から、戦力には数えられていなかったのだが、資源の切り出し部隊にも護衛部隊をつけることしたため、どうやっても手が足りず、結局彼女たちにもお声がかかったのであった。 ミリアはそれまで乗っていたVF-22S・Sボーゲルを、ガビルはFBz-99Gザウバーゲランをそれぞれ先の霊帝戦で大破させているが、ミリアには30年前の愛機であるVF-1・Jがあり、プロトデビルンであるガビルは、シビル同様生身での宇宙戦闘が可能だったのである。「さて、早めに戻らないと、また私を差し置いて艦長会議が始まってしまうわ」 そう言いながら、ミリアは操縦桿を引き、機体を加速させた。 この世界にシティ7は来ていないが、ミリア自身はあくまで自分を『シティ7市長』だと思っている。結局ごり押しに近い形で、ミリアは艦長会議に、バトル7のオブザーバーとして参加することを認めさせていた。「こちら、ミリア機哨戒任務終了。異常なし」『了解しました。こちら、バトル7ブリッジ。誘導光の指示に従って着艦してください』「了解」 バトル7の飛行甲板から宇宙空間に伸びる、二筋のレーザー光に沿うようにバルキリーを飛ばし、ミリアは危なげない動作で着艦した。「では、ブライト君。説明を頼む」 フォールド通信による本日の艦長会議は、タシロ提督のその一言から始まった。 横浜のラー・カイラムやアークエンジェル、小惑星帯のエルトリウムやバトル7はもちろん、惑星間航行中のエターナルも参加している。『はっ。本日、こちらでは戦闘こそありませんでしたが、多様な事が起こり、多くの事実が判明しました。詳細はデータ転送しましたのでそちらに目を通しておいてください。私の方からは概略を……』 そういって、ブライトは横浜基地に停泊するラー・カイラムの艦橋から、今日一日であった出来事と、新たに判明した事実を述べていく。 この世界の地球人類は、基本的に多数の国から成り立っており、そのほぼ全ての国が『国際連合』という組織に所属していること。 しかし、国同士の結束は弱く、一枚岩ではない印象を受けたこと。 香月夕呼を通し、「αナンバーズは独立自治組織である」と宣言したこと。 同時に、補給基地用に帝国内に土地を借りられないか打診したこと。 その後、国連事務総長と国連本部防衛司令官を名乗る人物と面会したこと。 そして、現在ブライト達が停泊している横浜基地が、数日中にBETAの襲撃を受ける可能性が大であることなどを、淡々とした口調で告げる。「「「……!」」」 最後の「横浜基地襲撃」の可能性を聞かされたときには、参加していた艦長達の顔にも緊張が走る。「それで、先行分艦隊の戦力で横浜基地を守り切ることは可能なのですか?」 すぐにそう聞いてきたのは、バトル7の艦長、マックス大佐だった。 ブライトは苦い表情で答える。『正直、厳しいと言わざるを得ません。予想されるBETA総数は最小でも3万。対して、防御拠点である横浜基地が広すぎます。しかも、ラー・カイラムは昨日のダメージから積極的に前線に出すには不安がある状態です。 アークエンジェル一隻と、20機強の機動兵器だけで守りきれると考えるのは楽観的すぎるでしょう』「まあ、そうでしょうな」 ブライトの答えに、バトル7のエキセドル参謀はそう言って頷いた。 元々、典型的な少数精鋭部隊であるαナンバーズは、敵の中枢を強襲するような攻勢任務には異常な強さを発揮する反面、防衛任務には難を残す傾向がある。 機械31原種の地球降下に対する阻止作戦、ザフトのオペレーションスピッツブレイクに対する防衛戦、地球連邦のオーブ侵攻に対するオーブ防衛戦など、苦杯をなめてきた戦場のほぼ全てが、防衛戦である。 万の敵に守られた基地を撃ち抜く力と、万の敵から自軍基地を守り抜く力は似て非なる物なのだ。『もう一日早くそのことを聞いていれば、ウラキ様とキース様を地上に降ろしていたのですが……』 沈痛な表情でそう言って、ラクス・クラインはエターナルの艦橋で目を伏せた。ウラキのガンダム試作一号機フルバーニアンと、キースのガンキャノンⅡ。たった二機のモビルスーツでも有ると無いとでは大違いだったはずだ。 だが、地球圏から出航してすでに丸一日以上がたった現在、エターナルはすでに最高速度に達している。ここから急減速をして180度転進しても、まず間違いなく横浜基地防衛戦には間に合うまい。 むしろ、今から小惑星帯の大空魔竜が全速で地球に向かった方が速いくらいである。「うむ、横浜基地にBETAがやってくるのはいつ頃か分かっているのかね、ブライト君?」 タシロ提督の問いに、モニターの向こうのブライトは首を横に振る。「同様のケースは過去二例あり、それぞれBETAの再行動開始は3日後と、5日後だったそうです。ですが、たったの二例から、予測を立てるのはあまりに難しいというか、危険というのが、実情のようです」 極端な話、現在すでに佐渡島でBETAが動き出していてもおかしくはないのだ。「むう、そうか。副長、何とか援軍を捻出できないか?」 こちらに顔を向けるタシロ提督の言葉に、エルトリウム副長は、にべもなく答えた。「無理です。元々は8時間勤務の3交代で回していたローテーションを、資源切り出し部隊にも護衛をつけるようになってから、12時間勤務の2交代制にしているのです。それも数日中には、ガンバスター、シズラー黒、ガイキングらが戦線に復帰できることを見越した緊急阻止です。スカル小隊、ゲッターチーム、兜甲児、ジュドー・アーシタ、エルピー・プル。皆、本来ならば48時間以上の休息を必要としているくらいです」 例外は、昨日からローテーションに加わったミリアとガビルぐらいだろう。とはいえ、彼女たちも貴重な戦力だ。とてもではないが、地球に送るわけにはいかない。 後方の必要最小限の戦力を前線に送るというのは、もっともやってはいけない悪手の一つである。「では、修理完了が近い機体は?」 それでも諦めきれないタシロ提督の言葉に、まず副長が、「ガンバスターのオーバーホール完了は130時間後、シズラー黒でも120時間後の予定です。無論これは最速での理想値です」 と、どこまでも理性的な声を返した。 最速でも復帰は5日後というわけだ。これでは間に合わない可能性が高い。 続いて、大空魔竜の大文字博士が口を開く。「こちらはもう少し後になります。ガイキングの修理を最優先にしているのですが、それでも完了までに7日はかかります。翼竜スカイラーなどはそれからさらに数日後になるでしょう」 そう言って大文字博士はすまなそうに頭を下げた。無論、謝る筋合いではない。元々、特機であるガイキング等は、大文字博士が一人で担当しているようなものなのだ。そう考えれば、むしろ大文字博士の尽力にこそ頭が下がる。 不景気な報告に、皆の眉間にしわが寄っていく。そんな中、比較的明るい報告を入れたのは、バトル7の艦長であるマックスだった。「こちらは、VF-19エクスカリバーの共食い整備が、10時間以内に終了する予定になっています。よってVF-19一機のみでしたら、余剰戦力があると言うことになりますが」 乗るのは以前に言っていたとおり、イサム・ダイソン中尉だという。VF-19ならば、単独での高速惑星間航行も可能だ。燃料が心配ならば、念のためVF-1スーパーバルキリー用のスーパーパックを搭載すればいい。 とはいえ、問題はある。『待ってください。ダイソン中尉の援軍はありがたいですが、弾薬の補給はどうするのです?』 いち早くそのことに気づいたブライトがそう指摘する。 バルキリー系の武装は、当たり前だがモビルスーツとは規格が合わない。当然、現在地球にいるラー・カイラム、アークエンジェルの両艦には、バルキリー用の補給物資は一切積んでいない。 これではせっかく援軍に来てもらっても、機体に積んでいる弾を撃ち尽くしたところで、何もできなくなってしまう。「補給物資か……まさか、大空魔竜を地球に向かわせる訳にはいかんしな」 タシロ提督は一度開いた眉の間にまたシワを作り、考え込む。無論、エルトリウムやバトル7を向かわせるのは議論以前の話だ。艦内工場での製造や修理は、航行中でも問題ないが、資源の切り出しの問題がある。せっかく見つけた資源衛星から今離れるわけにはいかない。 皆が考え込むその沈黙を破ったのは、それまでずっと発言せずに傍観に徹していた人物だった。「それならば、我々にお任せ下さい」 GGG長官、大河幸太郎である。「おお、大河君! そうか、ディビジョン艦隊を向けてくれるのか?」 大河の言葉に、俄然タシロ提督は元気づく。超翼射出司令艦『ツクヨミ』、最撃多元燃導艦『タケハヤ』、そして極輝覚醒複胴艦『ヒルメ』。これら三隻のディビジョン艦は、ともすると『ゴルディオンクラッシャー』としての役割ばかりに目がいくが、いずれも、惑星間航行が可能な高性能宇宙艦なのである。 しかし、大河長官は首を横に振ると、「いえ、ディビジョン艦隊はまだ、航行可能なレベルには達していません。可能なのは、彼の艦です」 そう言って、一人の人間をモニターに映し出す。 顔の上半分を隠す、猛禽を象ったような兜。その下から長く伸びる、鷲鼻。そして、左腕にはめ込まれた、赤い宝石、その名は、Jジュエル。 その戦士の名は、「ソルダートJ。では、ジェイアークが?」 タシロ提督の声に、男――ソルダートJは、簡潔に頷き返した。彼の機体――ジェイアークは、今は無き赤の星で作られた、超弩級宇宙戦艦だ。その全長は100メートル強。ラーカイラムやアークエンジェルと比べれば、四分の一以下の大きさだが、バルキリー一機分の補給物資を運ぶくらいの搭載能力は十分にある。なにより、ジェイアーク自体の戦闘力が頼もしい。「ああ。まだ、完全復調したわけではないので、ESウィンドウを開いてES空間に入ることはできんが、惑星間航行に支障はない」 ESウィンドウとは、簡単に言えば空間を超越した別次元に通じる窓のことである。これが使用できれば、ジェイアークにとって、全宇宙が活動可能範囲となるのだが、それが使えなくても、ジェイアークは通常宇宙空間を、巡航速度にして時速4000万キロ、最大巡航速度にして時速1億キロで移動する能力がある。 火星、地球間の距離(最接近時5500万キロ、最隔離時9900万キロ)など、機体が万全ならば日帰りが可能だ。 今は、機体が完全でないため、そこまでの速度は出せないが、それでも現在αナンバーズ達がいるここ、小惑星帯から地球まで、丸一日程度で到着できる。「しかし、修理が終わっていない機体を出すわけにはいかん」 慎重論を唱えるマックスの言葉に、ソルダートJは、きっぱりとした口調で答える。「ジェイアークは光さえあれば、自己修復が可能だ。ここに留まるより、より太陽に近い地球に向かった方が修理も進む」 ジェイアークの自己修復能力と無限補給能力。機体の修理のみならず、ミサイル等の実弾兵器さえ光があれば製造可能という、この世界の科学者が聞けば、発狂しそうな能力だ。『分かった。しかし、良いのか、J?』 頷きながら、ブライトはそうソルダートJに訪ねる。元々、ソルダートJは必ずしも喜んでαナンバーズの指揮系統に従ってきた人間ではない。むしろ、利害の一致のため力を合わせているというスタンスを取っていたイメージがある。 その彼が率先して、この世界の戦いに参戦する。やはり、戦士の血が戦いに駆り立てるのだろうか? だが、赤の星の勇者は、一つ頷くときっぱりと答えるのだった。「かまわん。空を汚すモノは、私の敵だ」『了解した。では宜しく頼む、ソルダートJ』「うむ、たった二機の援軍で心苦しいのだが、ブライト君。地球は頼んだぞ」 ブライトの言葉に、タシロ提督はそう苦い表情で答える。『いえ、心強い援軍です。あ、あと、出来れば大河長官にも降りてきてもらいたいのですが。先ほども報告したとおり、政治レベルでの交渉が多発しているのです』 会議も終わりに近づいたことを察したブライトは、少し慌てた口調でそう進言する。ブライトとしては前線戦力以上に欲しい「援軍」である。 ブライトの要請を受け、タシロ提督が大河長官に声をかける。「だそうだが、どうかね、大河君?」 急な話にも、GGG長官大河幸太郎は全く動じることなく、威厳ある態度で首肯する。「分かりました。ディビジョン艦隊は火麻参謀に一任し、私は地球に降ります。J、すまないが私も乗せてくれ」「いいだろう」 横を向き、そうことわる大河長官にソルダートJは頷いた。ジェイアークに、通常乗っている人間はソルダートJ、戒道幾巳、そしてルネ・カーディフ・獅子王の三人だけである。バルキリー用の物資を積み込んだとしても、余剰人員を乗せる余地はいくらでもある。 大河長官が来てくれることが決まり、ブライトはあからさまにほっとした表情を浮かべた。言い方は悪いが、これで不慣れな交渉の矢面に立たなくてすむ、という安堵の色が見て取れる。『それでは、そろそろ時間ですので、今夜の通信はここまでしたいのですが、そちらからの連絡事項は何かありますか?』 ブライトのその言葉に、タシロ提督等本隊の艦長達は気まずそうに目を合わせる。しばしの沈黙の後、口を開いたのは、バトル7のマックス艦長だった。「ええ、実は、先日αナンバーズの全隊員に向けて、この世界の置かれている事情を説明したのですが……」『はあ』 非常に言いづらそうなマックスの口調と、微妙に視線を合わせようとしないタシロ提督の表情から、なにか良くないことがあったことを察しながら、ブライトは先を促す。「そこで、BETAの実態を聞いた熱気バサラが……」 その名前を聞いた瞬間、ブライトにも何が起きたか、すぐに予想できた。確か、バサラのファイアバルキリーは昨日の時点ですでにオーバーホールが完了していると言っていた。『ああ、なるほど。行きましたか。火星に』「ええ、シビルと二人で。……申し訳ありません、私の監督不行届です」 マックスはかぶっている帽子のつばを下げて、謝罪する。 ブライトとしても苦笑するしかなかった。『いえ、それはおそらく誰にもどうしようもないでしょう』 いつの間にか、会議に参加するほぼ全ての人間の顔に苦笑が浮かんでいた。 不思議と、報告をする方も聞く方も、根本的に「熱気バサラが火星で死ぬ」という可能性を全く考えていない。信頼している、というよりただ単に想像がつかないのだろう。「まあ、熱気バサラが自発的に、戻ってくるの待つしかないのではないでしょうかな?」 という、エキセドル参謀の言葉が、結局の所、この問題に対する唯一の正解であるようだった。【2004年12月22日、日本時間8時45分、小惑星帯】 昨夜のフォールド通信会議から約12時間後、準備を整えた救援部隊は本隊に残る者達とが、エルトリウムの中で最後の挨拶を交わしていた。 救援に向かう機体は、ジェイアークと、VF-19バルキリーの2機。 人員は、ジェイアークの乗組員であるソルダートJ、戒道幾巳、ルネ・カーディフ・獅子王、VF-19のパイロットであるイサム・ダイソン中尉、そして全権特使として派遣される大河幸太郎長官の計5名である。「J、ルネ、地球を頼んだぞ。大河長官もお気をつけて」「お前に言われるまでもない」「ま、出来る限りのことはやるよ。結果は保証しないけどね」 ソルダートJとルネは、獅子王凱の見送りの言葉に、素っ気なく答える。「ああ、地球に平穏をもたらすため、私も出来るだけのことはするつもりだ。後は頼んだぞ、勇者凱、火麻参謀」 一方、大河長官は熱く拳を握りしめ、凱の言葉に応えた。「はいっ!」「任せて下さい! 長官が戻ってくる頃には、全勇者ロボが完全復帰してお待ちしていますよ」 凱の後ろに立つ、緑色のモヒカン頭の巨漢、火麻激GGG参謀が力強く頷いた。現在、GGG所属の勇者ロボは、ジェネシックガオガイカーを始め、全ての機体が大破しており、極輝覚醒複胴艦『ヒルメ』の中で懸命な修理を受けている。 さらに言えば、そのヒルメ自身も含むディビジョン艦隊も、破損が激しく、十全の力を発揮できていない。 それを全て知った上で、凱と火麻参謀はあくまで笑顔で、後のことを引き受けた。 一方、大人達が熱く語り合っている横では、二人の小さな戦友同士が、互いの無事を祈り、言葉を交わしていた。「戒道、気をつけて!」「うん、ありがとう。ラティオも、ここだっていつ、BETAがやってくるか分からないのだから」 緑の星のラティオこと天海護と、赤の星のアルマまたの名を戒道幾巳の二人である。 どちらもまだ年は幼いが、その身にした不思議な力で、何度となくαナンバーズの勝利に貢献してきた、れっきとしたαナンバーズのメンバーだ。 敵が機械31原種でも、ソール11遊星主でもない以上、果たしてアルマの力が、この戦いでどれだけ役に立つかは不明であるが、少なくともアルマ自身はジェイアークを降りるつもりはないし、ソルダートJもアルマとは生死を共にする覚悟でいる。 また、別なところでは、ガルド・ゴア・ボーマンが旅立つイサム・ダイソン中尉を見送っていた。 本来ならば、スカル小隊の3人も見送りに来たがっていたのだが、彼らは現在数少ない乗機持ちである。半ば強制的に休息時間は睡眠を取らされている。「ドジを踏むなよ。お前は、俺たちを差し置いてその機体を与えられたことを忘れるな」 ガルドはいつも通り、きつい言葉で親友を激励する。イサム、ガルド以外にもダイヤモンドフォースの3人と、機体のないバルキリー乗りが複数いる中で、イサムに白羽の矢が立ったのだ。ある意味イサムが「選ばれた」と言っても良い。 そんなイサムが、親友の言葉に強気の笑いを返す。「はっ、なんだよ、嫉妬か? 生憎だが、VF-19については俺が一番ベテランなんだよ。マックスもそれを分かってたってことだ」 イサムの言葉に嘘はない。元々YF-19はVF-19シリーズのプロトタイプであり、イサムはそのYF-19のテストパイロットだったのである。VF-19シリーズにイサムより長く乗っているバルキリー乗りは、どこにも存在しない。「そうやっていい気になっていると、お前は必ず失敗するんだ。いい加減、自覚しろ」「んだとぉっ、こら」 いつも通り、じゃれ合いから険悪な雰囲気になりかけたところで、向こうから大河長官の声がかかる。「ダイソン中尉! 時間だ、乗ってくれ」「っ、了解!」 イサムは、「覚えてろ」とガルドを一にらみすると、駆け足でジェイアークへ駆け寄っていく。 VF-19でも惑星間航行は可能だが、やはりジェイアークほどの速度は出ない。そのため、VF-19はジェイアークの上にくくりつけられ、地球近くにつくまでは、イサムもジェイアークに乗り込むのである。 イサムがジェイアークの前まで駆け寄ってきたそのときだった。「いやあ、ギリギリ間に合った。すみません、長官。僕らも乗せてもらえませんか?」 今まさにジェイアークに乗り込もうとしている一行の背中に、そんな声がかけられる。 振り返るとそこには、背の高い黒髪の陽気そうな青年と、スリムな金髪の生真面目そうな青年がこちらに向かって来ていた。「万丈君、それにアラン君。なぜ、君達が?」 それは、ダイターン3パイロット、破嵐万丈と、ファイナルダンクーガのオプションマシーンであるブラック・ウィングのパイロット、アラン・イゴールの二人であった。「おい、まさか、ダイターンやダンクーガが戦えるようになったのか?」 あり得ないとは思いつつ、足を止めてイサムはそう問いかける。 それに対して、万丈とアランはそろって首を横に振った。「いや、ダイターンはまだ大破したままだよ」「ダンクーガもだ。ブラック・ウィング単体ならばある程度めどは立っているが」 二人の否定的な言葉に、一同は首をかしげる。ならば、機体もないまま地上に降りて彼らはどうしようというのだろうか? 大河長官がそのことについて聞こうとした、そのときだった。「お待たせしました万丈様」 黒いタキシードをビッと着こなした初老の紳士が、大型トランクを山ほど乗せた運搬台車を押しながら、早足でこちらにやってくる。「やあ、ご苦労、ギャリソン。中身は注文通りかな?」 それは、破嵐万丈の万能執事、ギャリソンだった。1人でダイターン3の整備から、万丈の午後の紅茶の世話まで同時にこなす、魔法使いのような老人である。「はい。エルトリウムの元素転換装置の担当班に無理を言ってそろえていただきました。上から順に、エルビウム、ツリウム、テルビウム、クロム、パラジウム、バナジウム、金、白金となっております」 すらすらとあげられたそれらは皆、レアアース、レアメタルと呼ばれる鉱物である。「うん、それだけあれば、どれかは撒き餌として使えるはずだ。よくやった、ギャリソン」「とんでもございません。お褒めにあずかるような働きではございません」 満面の笑みを浮かべる波瀾万丈に、ギャリソンは見本にしたくなるくらいに見事な礼をしてみせた。 そして万丈は、大河長官の方に向き直ると、「大河長官、これも一緒に乗せてもらいたいのですが」 そう言って、自分の首の高さまで積まれたトランクの山をポンと叩く。 流石に、それで大河長官は万丈が何をしに地上に降りるつもりなのか、想像がついた。万丈は正面戦力として働こうとしているのではない。確かに彼は、過去にもαナンバーズのために、銃弾の代わりに札束と金貨が飛び交う戦場で孤軍奮闘してくれていた。「ということは、アラン君も?」 水を向けられて、アランは小さく頷き返す。「はい。昨晩、ブライト艦長から送られてきた資料を見たのですが、かなり生臭いモノを感じました。BETAばかりを見ていては、後ろから足下をすくわれかねない。私はしばらく情報収集に努めたいと考えています」 アランは元々、ゲリラ戦とアナログな情報戦の専門家だ。 大河長官はしばし腕を組み、考えていたが、それもそう長いことではなかった。「分かった。では、2人にもついてきてもらおう」 大河長官の言葉に、万丈とアランは力強く頷き返す。「では、お邪魔するよ、J。ギャリソン、ダイターンの修理は頼んだよ」 主人の言葉に、万能執事は完璧な礼をしながら、「お任せ下さい、万丈様。ワックスもかけて、新品同様に仕上げておきます」 そう、請けおった。 一方、アランは、前の大河長官と後ろの火麻参謀を同時に見ながら、「ありがとうございます。あと、可能ならばボルフォッグの修理をある程度優先できませんか? 彼の協力があれば、情報収集は非常にやりやすくなるのですが」 そう提案する。確かに、ボルフォッグは偵察に適している。ヴィーグル形態がパトカー型なので、少し外装を弄ればすんなりとこの世界の町並みにも溶け込むはずだ。 しかも、ボルフォッグの超AIは、偵察任務を前提に教育されているため、マシン自体が「考える相棒」となってくれるのである。 大河長官と火麻参謀は顔をつきあわせて考える。「どうですかねぇ、長官?」「ふむ。留守のことは火麻参謀に一任する」 聞いてくる火麻参謀に、大河長官はきっぱりとそう言いきった。一瞬、虚を突かれたような顔をした火麻であったが、すぐに「わかりました」と頷くと、アランに向かい、「よし、分かった。全体の進捗を遅らせるような変更はできねぇが、その範囲内でよければボルフォッグの修理を優先しよう。それでどうだ?」 そう言う。その言葉を受けてアランは、小さく一つ頷いた。「ありがとう、助かる。それで十分だ」 元々、アランとしてもダメ元での提案だったのだろう。今の火麻の返答で十分に満足したようだった。「お前達、乗るのならば早くしろ」「ほら、もたもたしてると、置いていくよ」 そうしているうちに、ジェイアークの方からソルダートJとルネが、急かす声をかける。「おっと、これは申し訳ない」「すまん。今行く」 万丈とアランは、先を走る大河長官の背中を追うようにして、駆けだした。