Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その5【2004年12月22日10時25分、旧前橋市】 時間は、僅かにさかのぼる。 キングジェイダーが横浜基地から飛び立った頃、旧前橋市へとやってきていたαナンバーズの面々は、すでに全機所定の位置につき、いつ現れるとも知れないBETAの襲撃に備えていた。 15機のモビルスーツと1機の支援機(メガライダー)、そして2機のエヴァンゲリオンと母艦アークエンジェル。それがこの場にいる戦力の全てである。 エヴァンゲリオン初号機とアルブレード・カスタムは横浜基地のメインゲートの守備についているし、鋼鉄ジーグはその小さな体躯を生かし、機械化歩兵と共に、基地内部の防衛についている。 対して、予想されるBETAの総数はおよそ3万。16対3万。これほどの戦力差は、さしものαナンバーズも今まで両手で数えられるほどしか経験がない。厳しい戦いになることは間違いない。皆、それぞれのコックピットの中でそれなりの緊張感を示している。 αナンバーズにとって、先の佐渡島ハイヴ攻略戦に続く、二度目の対BETA戦。だが、前回の戦闘経験を生かすことは難しいだろう。あまりに、状況が違いすぎるのだ。 前回がハイヴ攻略という典型的な攻勢任務だったのに対し、今回は基地防衛という完全な防衛作戦なのである。 佐渡島では、迫り来るBETAを唯ひたすら倒しながらハイヴを潜っていけば良かったが、今回は自らが盾となり、突破を試みるBETAの侵攻を阻まなければならないのだ。 どちらがより困難かは一概に言えないが、前者と後者とでは全く異なったスキルが求められるのは間違いない。 通常、対BETA防衛戦ではまず最初に一つの選択を強いられる。 それは、『必ず第一波としてやってくる突撃級の群れにどのような対応をするか』、ということである。 前面をダイヤモンドより硬い甲殻で覆い、最高時速170キロで突進してくる突撃級。対人索敵能力と旋回能力は限りなく低レベルだが、そんなことは何の慰めにもならないくらいに、その突撃の威力はすさまじい。 この敵に通常の砲撃は効果が薄い。そのため、この突撃級による第一波を無視して、第二波に砲撃を集中させるという手段をとることも珍しくはない。特に、今の帝国軍のような物資が枯渇しかかっている軍なら、そちらの方がセオリーに則っていると言えるくらいだ。 だが、それは当然ながら前線を守る戦術機部隊に多大な負担をかけることになる。いかに戦術機が、一直線に突っ込んでくる突撃級を回避しながら、その弱点である背面に攻撃を加えることが出来るとはいっても、千も二千も群れをなして突っ込んでくる突撃級の群れを相手にそんな難易度の高い機動を行えば、被害が出ないはずがない。 効果が薄いことを承知の上で第一波に砲撃を加えるか、第一波の危険を戦術機部隊に丸ごと押しつけて第二波に照準を据えるか。これは、どちらが正解というわけではない。強いて言えばどちらも不正解と言うべきだ。どちらにせよ不完全な回答なのだから。 かといって第一波、第二波の両方に砲撃を加えるという選択肢はもっと難しい。 突撃級のみで構成される第一波に降らせる砲弾は通常弾頭、対してレーザー級を含む第二波に使用されるのは当然対レーザー弾頭だ。第一波に通常弾を降らせた後、対レーザー弾に換装していては、絶対に第二波への攻撃が間に合わない。 どちらを選んでも不完全な二択。まるで今の人類の置かれている状況を象徴するかのような「どちらがよりましか」というマイナスとマイナスの選択。だが、ここに第三の選択を取る者達がいる。 第三の選択、それは極めて簡単だ。 突撃級の防御力を歯牙にもかけない大火力で、第一波をなぎ払ってしまえばいいのである。「ローエングリン、てーっ!」 かくして、ラミアス少佐の号令と共に、戦艦アークエンジェルから放たれた眩い陽電子砲が、地表に顔を出した約一千の突撃級をまとめて消し飛ばし、ここに横浜基地防衛戦の幕が開いたのだった。 ――アムロ小隊―― 第一波を一掃したからと言って、状況が好転するわけではないのが、圧倒的物量を相手にする厳しさだ。「第二波来るぞ!」 νガンダムに乗るアムロの声に呼応するようにして、乾いた荒野を揺らしながらBETAの第二波が地上にその姿を現す。αナンバーズの機動兵器部隊は、BETAの地表到達地点より若干東にずれた地点に陣を張っていた。上空には先ほど第一波を一掃した母艦、アークエンジェルの姿が見える。 レーダーに映る敵影は、およそ二千。要撃級を中心に、小型種も含めた数であるが、レーザー級、重レーザー級、さらには要塞級などの姿もちらほら見える。 そのBETAの津波を食い止めるべく、αナンバーズの戦士達は小隊ごとに固まったまま、横一列の陣形を築き待ち構える。『そこだ、落ちろ!』 アムロのνガンダムが、BETAの中でもひときわ目立つ要塞級の巨体にハイパー・メガ・ライフルの銃口を向け、無造作に撃ち放つ。 強力な粒子兵器が、全長60メートルの要塞級を一撃で粉砕し、おまけのようにその斜線上にいた要撃級数匹も塵と化した。 今回、νガンダムはHWS(ヘビーウェポンシステム)に換装していた。アーマー、シールド、そして武装を強化するHWSは極めて強力なオプションだが、僅かに機体の回避能力を損なわせるという欠点がある。そのためアムロはあえてノーマルモードを選択することが多いのだが、今回ばかりはそうもいっていられない。 νガンダムのメインウェポンとも言うべきフィンファンネルが、後一枚しか無いのである。この状態で贅沢が言えるわけがない。僅かでも火力を上げる為には、何でも利用するしかないのだ。まして、アムロの技量を持ってすれば、多少の回避力低下など大した問題ではないし、防御力も格段に上がるのだ。ガンダリウムαやチタン・セラミック複合装甲はともかく、ガンダリウムγならば、戦車級の歯にある程度抗しきれるのではないか、という報告も上がっている。これを使わない手はない。 アムロの攻撃を機に、他の者達も一斉に迫り来るBETAめがけ、攻撃を始める。『やらせないよっ!』 ケーラの乗る緑色の量産型モビルスーツ――ジェガンが、ビームライフルを連射し、迫り来るBETAの群れを駆逐する。小さな兵士級や闘士級の大半はビーム光の下を無傷でくぐり抜けるが、この際それは目をつぶるしかない。いかに百戦錬磨のαナンバーズといえども、16対3万で、水も漏らさぬ防衛ラインを引けるはずがない。『ケーラ! 要撃級に無駄弾を使うな、狙うのはレーザー級と要塞級だ!』 それどころか、今の攻撃に対しアムロから叱責の声があがる。現戦力では、三種類の小型種はもちろん要撃級さえ相手にしている暇がない。『了解です、大尉』 ケーラは短く返答を返すとすぐに辺りを索敵し、要塞級の影に隠れるようにして移動していたレーザー級を発見した。『逃がさないよ、ほら』 だが、ジェガンのビームライフルから放たれた光弾は、レーザー級を捉えることなく、その横にいた要撃級をかすめるに留まった。 それも無理はないだろう。レーザー級の全高は僅か3メートルしかない。全高20メートル弱のモビルスーツから見れば、あまりに小さな的だ。千を超えるBETAがまとめて迫ってくる中、狙って単射で仕留めるにはかなりの技量が必要とされる。『ッ』 舌打ちしながら、ケーラが再びレーザー級に銃口を向け直す。しかし、それより速く、隣から放たれたピンク色のビームが、いとも簡単にそのレーザー級を捉えたのだった。防御の貧弱なレーザー級は跡形もなく消え去る。『!?』 思わず、ケーラは横を向く。今自分の隣にはアムロ大尉しかいないはず。見るとそれは確かにアムロの仕業だった。 アムロのνガンダムHWSは、右手のハイパー・メガ・ライフルで右前方の重レーザー級と要塞級をまとめて仕留めながら、左手のシールドに備え付けられたビームガンで、ケーラが撃ち漏らしたレーザー級を仕留めたのだ。『集中するんだ、ケーラ』『はい、大尉……』 再度の叱責に、今度はちょっと反発心を感じながら、ケーラは返答を返す。(集中を切らせた覚えはないんだけどね……) 再度繰り返すが、BETAの集団に埋もれたレーザー級を単射で落とすというのは、熟練者でも失敗しておかしくないだけの難事である。ケーラとて、αナンバーズの一員として多くの戦場を生き抜いてきた猛者だ。スキルが低いはずもない。 そんな彼女が失敗するレベルの技を、片手間に成功させてしまうアムロ。「だからエース、か」 改めてそう認識すると、ケーラはコックピットの中で小さく肩をすくめた。 ――戦艦アークエンジェル――「エネルギー充填完了、ローエングリン撃てます!」「機動兵器部隊に通達、機動兵器部隊が射線上から待避完了し次第、ローエングリン発射」 オペレーターからの報告を受け、艦長席に座るマリュー・ラミアス少佐はキビキビと指示を出す。「了解、機動兵器部隊に通達。本艦主砲の射線上から待避せよ」 オペレーターからの指示を受け、モニターに映るαナンバーズのモビルスーツ達は即座に、左右に分かれるようにして、アークエンジェルの射線を確保した。「全機待避完了!」「ローエングリン、ってー!」 再び放たれた、アークエンジェルの主砲が、BETAの第二波をなぎ払う。ただし、今度は第一波のように一撃で全BETAを粉砕という訳にはいかない。 エネルギーチャージに時間を取っている間も、地表に表れたBETAたちは全速力で移動し続けていたのだ。半分近くはすでにアークエンジェルの下を通り過ぎている。 今の一撃で倒せたのは300匹ぐらいのものであろうか。 しかも一掃した次の瞬間には、地下から汚水がしみ出すようにして後続のBETAが現れている。瞬く間にレーダーマップは再び赤い光点で埋め尽くされた。 ラミアスは、舌打ちしたいのを我慢しながら指示を飛ばす。「本艦は、現空域に固定。エネルギー充填が完了次第、ローエングリンで地上BETAを掃討。レーザー攻撃には対空、対地ミサイルで時間を稼いで、モビルスーツ部隊で対処!」 この場で唯一の空中戦力であるアークエンジェルは、レーザー級、重レーザー級の最優先ターゲットとなる。幸い、前回の戦闘でラミネート装甲がある程度レーザーにも有効であることが判明しているが、まともに浴び続ければ長くは持たない。 ミサイルで的を散らしながら、早急にレーザーの照射元を絶つ必要がある。 しかし、オペレーターから返ってきた言葉は、あまりに意外なものだった。「地上にレーザー級、重レーザー級を多数発見。こちらに攻撃してくるそぶりはありません! 他のBETA同様、全速力で東進を続けています!」「機動兵器部隊からも同様の報告が入っています。BETAからの反撃は皆無、ほとんど無視されています!」「どういうこと!?」 ラミアスは、動揺を隠せず震える声を上げた。 確かに今回のBETAの最終目的は、横浜基地地下にある反応炉だと推測される。だが、それにしても昨日香月博士からもらったデータが正しければ、近くに戦術機や飛行物体があれば、ある程度攻撃的な行動を取ると予測されていた。 その予測が完全に覆されている現実。 こちらに被害が出ないという点ではいいかもしれないが、基地防衛という目的から考えれば最悪の行動を取られたと言える。まさか、BETAはあの佐渡島の戦いでこちらの戦力を見抜き、相手にしないという選択を取ったのだろうか? 思考の底なし沼に落ちかけていたラミアスは、二、三度首を振ると現実を見つめ直した。「機動兵器部隊はそのまま、レーザー級、重レーザー級、要塞級の撃破を継続。ただし、優先順位は重レーザー級を1、要塞級を2、レーザー級を3に変更。また、たとえ逃したとしても反転、追撃は全面的に禁じます。後続はまだまだ来るわ」 ラミアスは、張りのある声でそう指示した。元々は、重レーザー級、レーザー級、要塞級の順であった撃破優先順位の2と3をひっくり返したのは、この状況では現実的でないからだ。 攻撃に転じてくれるのならばともかく、この大群の中の紛れてひたすら突き進むだけのレーザー級を狙い撃つというのは、あまりに難しい。現状それが無理なく可能なのは、アムロ、カミーユの両エースぐらいではないだろうか。「ラー・カイラムのブライト艦長と連絡をつないで。現状を報告します」「了解しました!」 戦場に予想外の事態はつきもの。よく聞く言葉ではあるが、αナンバーズの艦長の中ではエターナルのラクス・クラインに次いで戦歴の浅いマリュー・ラミアスは、まだその言葉を飲み込めるほど、達観していなかった。 ――カミーユ小隊――「くそっ、どうなってるんだ、こいつら!?」 悪態をつきながら、カミーユのZガンダムは、右前方から迫る要塞級をハイパーメガランチャーで吹き飛ばした。その足下にいた要撃級や戦車級数匹も纏めて塵に返る。 アークエンジェルのラミアス達より先に、カミーユ達機動兵器部隊の人間はBETAがこちらに向かってこないという事実に気がついていた。特に、優れたニュータイプであるカミーユは、敵意や殺意に敏感だ。「俺たちは路傍の石じゃないんだっ、無視するんじゃないよっ!」 そう言いながら、カミーユは要塞級の死体の影に隠れていたレーザー級を手首に備え付けられているグレネードランチャーで吹き飛ばした。「カミーユ、気をつけて。前に出すぎると危険よ」 Zガンダムの隣に立つ、紺と薄い蒼の二色で彩られたモビルスーツ――量産型νガンダムからがそう声がかけられる。「分かってる。フォウこそ気をつけてくれ。インコムはファンネルほど思うとおりに動いてくれないからな」 その量産型νガンダムの前方に、強固な外殻を纏った突撃級が姿を現した。 第一波の突撃級一千はアークエンジェルがローエングリンで一掃したが、それが突撃級の全てではない。他のBETA種の渋滞に巻き込まれ、前に出られなかった突撃級も多数いる。これもそんな突撃級の一体なのだろう。「ええ、大丈夫よ、見ていて」 カミーユの返答を受け、フォウ・ムラサメはそのインコム・ユニットを動かし、正面から突っ込んでくる突撃級の背面にインコムを回りこませ、外殻に覆われていない柔らかい部分をビームで撃ち抜いた。そして、そのまま惰性で突っ込んでくる突撃級を素早く回避する。 量産型νガンダムの大きな特徴の一つが、このフィンファンネルとインコム・ユニットの換装システムである。 インコム・ユニットとは、簡単に言えば、有線式のファンネルのようなものだ。有線という制限がある以上、ファンネルと比べれば射程も操作自由度も大きく劣るが、ニュータイプでなくても使えるという大きなメリットがある。 とはいえ、人工ニュータイプとも言うべき強化人間であるフォウにとって、フィンファンネルよりインコム・ユニットが勝っている点はほとんど無い。 それではなぜ、あえて今インコム・ユニットを使っているかというと、単純にフィンファンネルがないからだ。アムロのνガンダムはかろうじて1枚だけフィンファンネルを残していたが、こちらは完全無欠に先の佐渡島ハイヴ攻略戦で使い果たしていた。 絶対運命にさえ勝利したαナンバーズでも、物資の欠乏という物理限界だけは突破できない。 一匹一匹はモビルスーツの敵ではないBETAも、これだけ津波のように押し寄せれば十分な脅威となる。「ファ、前の奴らを何とかしろ!」 ビームライフルの先から延ばしたビームサーベルで近寄るBETAをなぎ払いながらカミーユがそう叫ぶ。「分かってるわよ、いちいち怒鳴らないで!」 その声を受けて、ファ・ユイリィの乗るメガライダーは、Zガンダムの横をすり抜け前に出た。そして次の瞬間、その水上バイクのような機体の先端から、眩い粒子砲を撃ち放つ。 メガライダーの主砲・メガランチャー。流石に戦艦の主砲とは比べものにならないが、通常のモビルスーツのビームライフルなどとは一線を画す射程と、効果範囲を誇っている。 その一撃で、カミーユ小隊の前に迫っていたBETAの群れは一掃された。おかげで、僅かだが一息入れる時間が生まれる。「今の内に、体制を整えるわよ。ファは一度下がって、エネルギーチャージが終わるまでは後方に」 薄緑色のモビルスーツ――リ・ガズィに乗るエマ・シーンがそう呼びかけた。「はい!」 ファは素直にメガライダーを操作し、後ろに下がっていく。 カミーユ小隊の中心が、その名の通りカミーユであるのは間違いないが、小隊に指示を送るのはエマの方が多い。いかにカミーユが卓越したニュータイプで、歴戦のエースパイロットであっても、正規の訓練を受けたことのない民間協力者であることに変わりはない。 対して、エマは元ティターンズ、エリート部隊に所属していた正規の軍人である。 そうしている間に、もう次のBETAの群れがカミーユ小隊の前にやってくる。それはまさに、絶え間ない濁流にも似ていた。「畜生、行かせるか! お前達をここから先に進ませるわけには行かないんだよ!」 カミーユは、群れの中でひときわ目立つ要塞級をハイパーメガランチャーで狙撃した。【2004年12月22日10時50分、旧所沢市、キングジェイダー】 不毛の荒野に白く輝く鋼の巨人が仁王立ちしていた。 ラー・カイラムのブライトから「その場での待機、単機でのBETA迎撃」との要請を受けてから数十分。 荒野と化した旧所沢市で、キングジェイダーに乗るソルダートJは、BETAの襲来を待ち構えている。 ここにはかつて所沢航空記念公園と呼ばれる公園があったのだが、当然ソルダートJがそんなことを知るはずもないし、外見上は唯の荒野にしか見えない。 それは、国内にハイヴを持つ前線国家では特別珍しい話ではない。むしろ、すでに荒野と化していることはある意味救いとさえ言えるかも知れない。 なぜなら、今からここは戦場となるのだから。 押し寄せる万を超えるBETAと、立ちふさがる純白の巨人、キングジェイダーとの。「敵影発見。すでに射程内」 押し寄せるBETAの姿をソルダートJに見せながら、キングジェイダーに搭載された生体コンピュータ『トモロ0117』はそう警告する。 土煙を上げて津波のように押し寄せるBETAの群れ。この世界の人間ならば、誰でも絶望を感じるその光景を、ソルダートJは特に強い感情も示すことなく見つめていた。「まだだ」 そう言いながら、ソルダートJはキングジェイダーの両手の指をピンと延ばす。右手の五指、左手の五指、二つの五連メーザー砲が何も分からずに、唯愚直に突進してくるBETAの群れに向けられる。「さて、奴らはこちらにかまわず直進すると言っていたが」 ソルダートJは、BETAを挑発するように、ゆっくりとキングジェイダーを浮上させる。 レーザー種は飛行物体の迎撃を最優先すると言う。だから、これでもなお攻撃が来ないようならば、BETAがαナンバーズを無視しようとしてるという情報に信憑性が出るというものだ。 その結果はすぐに出た。「前方に多数の高エネルギー反応」 トモロ0117の警告に、すぐさまソルダートJは反応する。「ジェネレイティングアーマー展開!」 次の瞬間、遙遠方の地表から空に浮かぶキングジェイダーめがけて数本のレーザーが照射されたのだった。だが、その全ては、キングジェイダーの展開する防御フィールド『フィールドジェネレイティングアーマー』に阻まれる。「なんだ、攻撃してくるではないか」 ソルダートJは一度首をかしげたが、それ以上考えることはしなかった。素通りせずに敵対してくれるというのならば、それに越したことはない。「さあ、返してもらうぞ、貴様達が不当に奪った空を。この星の空は、この星の者達が飛ぶために存在するのだ。5連メーザー砲!」 高い攻撃力と桁外れの精度を持つレーザー級のレーザー照射であるが、それを行う最中は完全に動きを停止しなければならないという弱点を持つ。 どれほど小さくても、動かない的を撃つのはソルダートJにとってはたやすいことだ。お返しとばかりに、キングジェイダーの両手の指から放たれた十筋の光線が、遠方のレーザー級をその前後の小型種や要撃級を巻き込み、駆逐した。 レーザー級が足を止めてレーザー照射を仕掛けている間にも、それ以外のBETAは全速力でこちらに近づいてくる。 詳しく見るとその大部分は、3種類の小型種と要撃級、まれに突撃級が混ざっているくらいで、要塞級の姿は全く見られない。 レーザー照射をしているのも、全て小さなレーザー級で重レーザー級は一匹もいない。 どうやら第一次防衛ラインのアムロ達は十分な働きをしているようだ。 BETA達は、「モビルスーツ部隊やアークエンジェルを無視して進んでいった」という報告が疑わしいくらいに、キングジェイダーの周りに集まってくる。「全砲門斉射!」 キングジェイダーは足下にウゾウゾと集まってくるBETAに向かい、全ての火砲を開いた。とはいえ、本来八門有るはずの反中間子砲は五門、ESミサイルは使用不可という状態で、まともに稼働しているのは二つの五連メーザー砲のみなのだが。 それでもBETAを相手取るには十分な火力だが、駆逐し切るには足りない。 旧前橋市方面から押し寄せてくるBETAの数と、キングジェイダーが駆逐できるBETAの数。前者の数の方が多いため、キングジェイダーの周りのBETAは時間と共に増えていく。 とはいえ、そんなものがいくら増えたところで空に浮かぶキングジェイダーの脅威とはならない。足下で要撃級や小型種が自らの体を土台にして山を築いているが、そんな方法でキングジェイダーの足下までたどり着くには、万どころかもう一桁上のBETAが必要だろう。 問題は、やはりレーザー級だった。「レーザー照射源18、フィールド限界まで21パーセント」 トモロ0117が抑揚の無い機械音声で、淡々と現状を告げる。 確かにキングジェイダーの防御フィールドは十分に強力だが、エヴァシリーズのATフィールドのような問答無用の代物ではない。高威力の集中攻撃を食らえば、撃ち抜かれることは十分にある。 まして今は、ダメージ修復の関係上、ジュエルジェネレーターが出力50パーセントまでしか出せない状態だ。これ以上の集中照射は危険だ。防御フィールドを撃ち抜かれて、キングジェイダーの単一構造結晶装甲に直接レーザーを浴びれば、多少の傷は覚悟しなければなるまい。いかに、溶岩の熱と圧力をものともしないキングジェイダーの装甲といえども、無敵ではないのだ。「五連メーザー砲!」 キングジェイダーは両手の五指を巧みに動かし、レーザー級を優先的に打ち落としていった。【2004年12月22日13時31分、横浜基地、中央作戦司令室】 BETAの最終目的地である横浜基地。その防衛の頭脳とも言うべきここ、中央作戦司令室の空気を現すのなら『騒然』と『呆然』そして『熱気』の三言だった。 横浜基地の現戦力だけで、最低3万からのBETAを相手取り基地防衛を果たす。その絶望的な任務に、当初は皆、悲壮な決意で歯を食いしばっていたのだが、今はそんな暗い空気は欠片もない。 なにせ、戦闘開始から四時間がたっても未だ、基地内は一匹のBETAも侵入させていないのだから、これで士気が上がらない方がおかしい。 戦艦アークエンジェルを中心に、αナンバーズの先行分艦隊主力が担当する、旧前橋市の第一次防衛ライン。そして、キングジェイダーが単機で、旧所沢市に引いた第二次防衛ライン。 その二つを越えてやってくるBETAは、今のところ出現数の五分の一以下なのであった。しかも、レーザー級、重レーザー級、要塞級の三種は完全にシャットアウト。やってくるのは要撃級と3種類の小型種、そしてまれに突撃級。 無論それでも、数百という数でなんども波状攻撃をかけてくるのだから、楽勝というわけではない。だが、当初考えられていたような勝ち目のない絶望的な戦いではない。 今のところ戦況は、基地外部に防衛ラインを引く、第一、第二戦術機甲大隊と基地内部からの支援砲撃でどうにか支えられている。 横浜基地までBETAが押し寄せてからすでに一時間以上が経過しているというのに、未だ外壁すら破られていない。この時点ですでに、『奇跡』といっても過言ではないだろう。 その奇跡的な状況を演出しているのが、旧所沢市に君臨する白い巨大機であることは、誰の目にも明らかだった。「香月博士。この状況を説明できるかね?」 指揮が一段落したところを見計らい、基地司令・田辺大佐は、ボトルに入った合成日本茶で喉を潤しながら、近くに立つ香月夕呼にそう声をかけていた。 夕呼は一度、前線を映し出すディスプレイに目をやってから、振り返ると首を横に振る。「不明です。しかし、全ての状況から、あの白い機体――キングジェイダーにBETAが強く引きつけられているのは確かでしょう」 当初の推定より三十分速くBETAの第一陣が、旧前橋市に現れたという事実。 第一次防衛ラインで、BETAがαナンバーズの機体を無視して東進したという事実。 そして、そのBETA達がキングジェイダーの近くまで来ると、まるで吸い寄せられるようにして動きを止め、その白い巨人を取り囲もうとしているという現実。 そんなことは、天才香月夕呼でなくても、簡単に分かる。「そうか。確かにBETAにもターゲットに対する優先順位はあるが」 田辺はそういうと、黒く太い眉をしかめて首をかしげた。 一般的にBETAはより高性能なコンピュータを搭載している機体を優先的に狙うとされている。そして、コンピュータのレベルが同じならば、無人機より有人機を優先する。 その法則に則れば、単純な時間比較でも200年進んだ技術で作られているαナンバーズの機体が、最優先ターゲットにされるのは至極もっともな話だ。 しかし、同じαナンバーズの機体同士だというのに、旧前橋市に10以上いた機体を無視して、まっすぐ遠方のキングジェイダーを狙ってきたのは何故だろうか。それほど特別優秀なコンピュータをあのキングジェイダーという機体は搭載しているのだろうか? だが、なんにせよ、この現象はこちらにとって極めて幸いといえる。 なにせ、レーザー級の集中照射をものともしない防御フィールドを持つ機体に、勝手にBETAが固執してくれているのだ。 いかにあのキングジェイダーという機体が、桁外れの火力を有しているとは言っても、旧前橋市の第一次防衛ラインのように無視されていたら、ここまで絶大な戦果は上げられなかっただろう。 おかげで、横浜基地はまだ、こうして基地外部の防衛ラインでBETAを食い止めていられるのだ。 だが、それも時間の問題だ。いくらαナンバーズが大型種を中心に、敵を大幅に撃ち減らしてくれているとは言っても、元の数が推定3万。αナンバーズがBETAを五分の一まで撃ち減らしてくれるという理想の展開が最後まで続いたとしても、横浜基地防衛軍の受け持ち総数は、六千。 約120機の戦術機と、支援砲撃、あとは基地内部の機械化歩兵と警備兵だけで、六千のBETAを相手取るのは容易なことではない。 そうしているうちに、最初の望まれぬ報告が入る。「第二大隊、アップル4,アップル5大破、アップル8KIA! BETAの圧力に抗しきれません。防衛ライン突破されます!」 若い女管制官の声に、司令室の空気が一変する。 わずか七十機強の戦術機で、数百のBETAによる波状攻撃から、基地を守っていたのだ。一気に三機の戦術機が脱落した穴は、簡単には埋められない。「支援砲撃を集中させろ。その隙に第一、第二大隊は後退。防衛ラインを再構築するんだ」 田辺は半ば無茶としりながら、そう命令する。一度突破された防衛ラインをそんな僅かな時間で再構築できるはずがない。しかし、第一、第二大隊にがんばってもらわなければ、基地のゲートにBETAが押し寄せてきてしまう。 だが、そんな田辺の願いもむなしく、数分後さらなる凶報が届く。「Aゲート前、第三大隊接敵!」「メインゲート、伊隅ヴァルキリーズもBETAが接敵!」 ついに基地ゲートを守る最終防衛ラインまで、BETAが押し寄せてきたのだった。【2004年12月22日14時05分、横浜基地、メインゲート前】 香月夕呼直属の極秘特殊任務部隊、伊隅ヴァルキリーズ。元はA-01という名の連隊だったのが、夕呼の失脚に伴い、その規模を中隊まで縮小され、当時唯一の残っていた中隊『伊隅ヴァルキリーズ』がそのまま正式な部隊名となったという、過酷な歴史を持つ部隊である。 夕呼の失脚と権限の縮小。それは、そのまま伊隅ヴァルキリーズにもダイレクトに影響していた。それまでのように、夕呼が強権を行使して戦場に部隊を送り込むことが出来なくなった影響は、大きく分けて二つの結果を伊隅ヴァルキリーズにもたらしていた。 一つはプラスの影響、もう一つはマイナスの影響。だが、その二つは表裏一体。 プラスの影響は戦死者がでなくなったこと。なにせ、戦場に部隊を送り込めないのだから、戦死するはずがない。おかげでこの三年間の伊隅ヴァルキリーズの戦死者は文字通りゼロである。それまでの連隊規模(108機)が中隊規模(12機)まですり減らされていた状態が嘘のようだ。 そして、マイナスの影響というのもまさにそれであった。 この三年間、伊隅ヴァルキリーズは戦場に出ていないのだ。 つまり、この三年の間に任官した衛士達、涼宮茜少尉、柏木晴子少尉、築地多恵少尉、高原薫少尉、朝倉舞少尉の旧207A訓練分隊の5人に、珠瀬壬姫少尉と白銀武少尉を加えた実に7人が、事実上この防衛戦が初陣なのである。 衛士11人中7人が新米。精鋭部隊どころか、普通は可能な限り戦力に数えたくないたぐいの部隊だろう。どれほど訓練で好成績をあげていても、所詮訓練は訓練なのだ。 新米衛士の平均生存時間を現す『死の八分』という言葉は、ただの脅しではない。 とはいっても、今の横浜基地に新人だからといって衛士を遊ばせておく余裕などないし、そもそも彼女たちの直属の上司である夕呼はそんなに優しくない。 結果、武達は本日七人そろって、めでたく『死の八分』の壁に挑戦することになるのであった。「ふうう……」 武はコックピット中で何度目になるか分からない深呼吸をする。 そんな武の緊張状態をバイタルデータで見て取ったのだろう。武の所属するB小隊の小隊長である速瀬水月中尉は、からかうような口調で武に話しかける。「こーら、何緊張してるのよ。他の新米達はまだ甘く見てやっても良いけど、あんたは駄目だからね。「それ」に乗って無様なまね見せるんじゃないわよ」「は、はい、分かってます」 武は強気に返事を返して、初めて自分の声が震えていることに気がついた。無論、それは武者震いなどではない。 伊隅ヴァルキリーズの戦術機は基本的に皆、国連カラーであるブルーに塗られた『不知火』であるが、武だけは違う。 武が乗っているのは、漆黒の『武御雷』だ。 武の最愛の女性、御剣冥夜からあの日、愛刀『皆琉神威』と共に託された機体。三年前は何も分からなかった武も、今では『元は紫色に塗られていた』この武御雷が、帝国においてどのような存在であるか理解している。 だが、理解してもなお、武にはこの機体に乗らないという選択肢はなかった。冥夜は確かに言ったのだ。「そなたに託したいものがある」と。そして武は答えたのだ。「わかった」と。 限りなく身元不明の国連軍衛士が武御雷に乗る。 それがどれくらいとんでもなく異例なことであるかは、本当のところ武は未だ理解していないのかもしれない。 冥夜に送られたから冥夜の物。その冥夜が武に託したのだから武の物、などと簡単に決着のつく代物ではないのだ。『紫の武御雷』という代物は。 御剣冥夜に武御雷を送った『いと尊き御方』が、表に裏に尽力してくれなければ、搭乗許可が下りるどころか不敬罪でその身を拘束される寸前まで話が進んでいたことも、武は知らない。 結局、尊き御方の意志を尊重すると言うことで、どうにか武の武御雷搭乗は認められることになったのだが、そのボディカラーをどうするかでもまた、大論争が起きた。 最高位である『紫』のまま乗るというのは論外だが、わかりやすくUNブルーにするか、一般斯衛衛士用の黒にするかで意見が割れたのだ。 これはどちらにしても問題がある。国連ブルーに塗れば、まるで国連軍に武御雷を提供しているように見えるし、かといって黒にすれば武が斯衛に所属しているように見られかねない。 一部では本当に、白銀武を書類上だけでも斯衛に編入させ、その後国連軍に「出向」させる、という案も出たぐらいだ。 だが、最終的には今の状態、武は国連軍のまま、機体は黒く塗り、そのまま使うという形で落ち着いた。 はっきりと決着がついたわけではない。決着のつかないまま、うやむやになっている感がかなり強い。武の所属は国連軍の夕呼の直下だが、武御雷はどこの備品であるかは、未だ明記されていないままなのである。 おかげで、武はこの横浜基地では、ちょっとした有名人になっていた。武御雷に乗ることを許された新米の国連軍衛士。これが噂にならない方がおかしい。 そのため武は実機演習のたびに、好奇の視線にさらされていたのだが、今日ばかりは全く視線が集まらなかった。 アルブレードカスタム、VF-19エクスカリバー、そしてエヴァンゲリオン初号機F型装備。 好奇の視線は全て、この三体の正体不明な機体に注がれている。 謎の力でフワフワと宙に浮いている、アルブレードカスタム。 三段変形が可能で、既存の戦術機を歯牙にもかけない機動性を垣間見せるVF-19。 そして、平均的な戦術機の倍以上の体躯を誇り、機械と言うよりどこか有機的なフォルムを見せるエヴァンゲリオン初号機。 これらに比べれば、武の武御雷も「ちょっと珍しい戦術機」にしかならない。武自身、初陣の緊張感に縛られていなければ、好奇心全開の視線を向けていたことだろう。 武がもう一度、深呼吸をしていると、中央作戦司令室の涼宮遙中尉からオープンチャンネルで通信が入る。『外部防衛ライン突破されました! メインゲート前にもBETAが押し寄せて来ます。数およそ、100。レーザー属種は認められず。対処して下さい』「聞いたな? 小一時間も待機させられて、さぞ退屈していたことだろう。そのたまりにたまった鬱憤を、纏めて奴らにぶつけてやれ」 涼宮遙中尉の報告を受け、伊隅みちる大尉はすぐにそう部隊全員に発破をかける。「「「了解!」」」 返ってくるのは、9人の戦乙女と1人の男の諾の声。 続いてみちるは、この場にいる外部戦力の三人にも声をかけた。「ダイソン中尉、バランガ曹長、碇。一応ノア大佐からお前達に対する指揮権を預かってはいるが、正直私はお前達の技量も、その機体のポテンシャルもほとんど把握できていない。 よって、大まかな指示しかだせん。基本的にはそれぞれ独自の判断に任せる」「了解。期待して下さい。美人のお姉さんの期待には応えるのが、俺の流儀なんでね」「了解っす」「はい、分かりました」 いきなり軽口を叩くイサム、間の抜けた返事を返すアラド、一番まじめな返事を返しているのが軍人でもないシンジだというあたり、ちょっと救いがない。 前線には前線の流儀とルールがあるとは言うが、伊隅ヴァルキリーズがもう少し規律を重視する部隊ならば、多少の軋轢が生じてもおかしくないくらいの返答だ。 だが、今の返答だけでイサム達の人間性をある程度見て取ったみちるは、小さくため息をつくだけだった。少なくとも、今はそんな些細な問題にこだわっている場合ではない。もう、BETAは視認できるところまで来ている。「期待させてもらおう。来るぞ、全機かかれ!」 中隊長、伊隅みちる大尉の声を合図に、横浜基地メインゲート防衛戦の火ぶたがここに切られたのだった。