Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その7【2004年12月22日15時14分、横浜基地、Bゲート前】 90式戦車。それが、ここ横浜基地Bゲートを守る、戦車大隊の主力機の名称である。 本来戦車という代物は、極めて強力な兵器だ。桁外れの走破性と、十分な移動速度。強固な装甲と高い火力。 人間同士の戦争で使われる陸戦兵器としては、間違いなく戦術機より高い評価を受けるだろう。 正面装甲の厚さは戦術機の比ではないし、火力も全く負けていない。そして、なによりその小さな正面面積。試しに各国の主力戦車と戦術機とで、足を止めたまま正面から的当てゲームをやってみればいい。戦術機の衛士が言葉を失うこと請け合いの結果が待っているはずだ。おそらく戦車と戦術機の正面面積を比べれば、最低でも1:100位の差があるはずだ。 さらに、極めつけはそのコストパフォーマンス。一般的な第三世代戦術機を一台作るコストで、90式戦車ならば最低でも10台は作れる計算になると言う。 では、そんな優れた兵器である戦車がなぜ、対BETA戦では脇役に甘んじているのだろうか? その答えが知りたければ、戦車と戦術機をそれぞれクレーンでつり上げて、下から見上げてみるといい。 そこには今度は、戦車乗りが顔色を失う光景が広がっているはずだ。 二足歩行の戦術機と、キャラピラで動く戦車。その接地面積は軽く見積もっても10倍以上の差がある。しかも、いざとなれば360度どの方向にも、一瞬で十数メートル飛び退くことの出来る戦術機と比べれば、戦車の急発進は目を覆いたくなる遅さだ。 人間同士の戦争でならば、考慮する必要もない地中からの奇襲。だが、対BETA戦では、それは極めてありふれた攻撃なのである。『ヘッドクォーターより第一、第三戦車大隊各車へ! Bゲートに向かう移動震源を察知。推定大隊規模、対処せよ』 中央作戦司令室のCP将校から、Bゲートを守る戦車兵達に告げられたその言葉は、事実上の死刑宣告に等しかった。ゲート防衛という移動を制限された状態で、どうして戦車が地中から来るBETAの攻撃を避けることが出来よう。『総員、待避!』 大隊長の声がむなしく響いた次の瞬間、土中から複数の要撃級がそのサソリを醜悪にデフォルメしたような姿を現す。土中から戦車の下面にそのダイヤモンドより硬い爪を突き立てる。『う、うわあああ!?』『ち、畜生ッ!』 反撃する権利すらない地中からの攻撃に、戦車隊はいきなり5台の戦車を失っていた。『散開! 陣形を組み直せ!』 だが、皮肉なことに歴戦の戦車兵にとってこのような悲劇は珍しいことではない。少佐の階級章を下げた戦車大隊の大隊長は、狼狽えることなく部下達に命令を飛ばす。『了解!』 各戦車は副砲である12.7㎜機関銃で地中から這い出るBETAを、牽制しながら距離を取ろうとする。戦線のあちこちで、体中に小さな穴を開けられて死んでいく要撃級の姿が見える。『射線確保!』『撃て!』 さらに射線を確保した機体は、主砲である120㎜滑腔砲を地中から頭を出したばかりの要撃級めがけ撃ち放つ。その一撃で、比較的守りの薄い要撃級は肉片と化した。 元々戦車の火力は、BETAを相手取るにも十分な物がある。120㎜滑腔砲ならば、要撃級はおろか、要塞級や突撃級にも有効だ。しかし、ちょっと走れば要撃級の爪が届くこの至近距離は、間違っても戦車が得意とする距離ではない。土中から一気にこの距離を取られた時点で半ば勝敗は決している。『う、うわああ!』『ば、馬鹿野郎、誰が下がれと言った!?』『ひ、ひぃっ!』『勝手に撃つな! 味方に当たる!』 比較的練度の低い車両では、砲手や操縦手が車長の指示を待たずに衝動的な行動に出て、どやしつけられている。もしかすると、これが初陣の戦車兵なのかもしれない。初陣の兵士が死にやすいというのは、何も衛士に限った話ではない。『下がるな、大丈夫だ。後方からは来ない!』『ここを、突破されるわけにはいかんのだぞ、しっかりしろ!』 各小隊長達は大きな声で、自分の部下を叱咤激励する。BETAが出てきた地表の穴に十字砲火を加えるように、素早く陣形を組み直す辺りは流石だが、彼我戦力差は技量と士気で埋められるようなかわいらしいものではない。 肉片と化した要撃級の足下から、赤い異形の蜘蛛のごとき戦車級がウジャウジャとわき出て、90式戦車めがけて集ってくる。全長10メートル弱の90式戦車と、全長5メートル弱の戦車級BETA。共に『戦車』と名が付く両者を単純比較すれば、火力、防御力共に90式戦車の圧勝であるが、それはあくまで一対一での話、十分な距離を取っての話だ。 死にゆく味方を盾にするようにして沸いて出るBETAの群れは悪夢の一言だ。『う、うわあああ!』 あちこちで、戦車級に張り付かれた戦車兵達の悲鳴が響き渡る。まるで人間のそれをそのまま大きくしたような戦車級の歯が、バリバリと音を立てて90式戦車の装甲を食らい、内部機関を食らい、そして一番柔らかいその中身を食らう。 手のある戦術機と違い、戦車には張り付いたBETAを引きはがす手段は無いに等しい。バリバリと装甲を食われる音を聞きながら出来ることは、車内に持ち込んだ拳銃の銃口をBETAに向けるか、自分のこめかみにあてがうか、選ぶことぐらいだ。 BETA達は地中という絶対的に有利な地形効果と圧倒的数を武器に、戦車大隊を文字通り食いつぶしていく。 さらにBETAという名の濁流はそのまま、戦車隊の守りを押しつぶし、ついに彼らが文字通り体と命を張って守っていたBゲートへと張り付く。一度ゲートに張り付いたBETAには、砲撃を加えるわけことも出来ない。120㎜滑腔砲はもちろん、12.7㎜機銃でも、ゲートを破損させる恐れは十分にある。『畜生ッ!』『やらせるな、ここを破られたらおしまいだ!』『隊長、後は頼みます。操縦手そのまま突っ込め!』 一台の戦車が、その身を挺してゲートを守ろうとBETAの群れに突っ込んでいったが、そうして稼げた時間もほとんど誤差の範囲に収まる物でしかない。 イサムの駆るVF-19エクスカリバーが救援にやってきたとき見たものは、すでに20台を切るまで食いつぶされた90式戦車と、小さく穴の穿かれたBゲートの惨状であった。『ッ、野郎ッ!』 元々激しやすいイサムが、この状況に何も感じないはずがない。 イサムはガウォーク形態のVF-19で、地獄と化した戦場の低空を自由自在に飛び回り、断罪の鉄雨をBETAの頭上に降らせる。『まとめて、吹き飛べ!』 さらに、イサムは上空でVF-19をバトロイド形態に変形させると、反応弾を除く全ての火器を同時に使用した。 頭部の対空レーザー機銃、手に持つガドリングポッド、脚部から放たれた複数のミサイルが、一体の機体でよくぞ此処までと感心するくらいの弾幕を張り、BETA侵攻を食い止める。 それを見た戦車隊の大隊長の判断は素早かった。『最前線はあの戦術機に任せろ、全車後退! 適切な射撃距離をとれ!』 空を飛べる戦術機ならば、ゲートに空いた穴を『上』から守ることが出来る。幸いレーザー属種の姿は見受けられない。戦車が無理をして、穴の前に車両をねじ込む必要はない。『おおよ、任せろ!』 大隊長の言葉をすぐに理解したイサムは、その役目を果たすべく、小さく穴の穿かれたゲートの上に陣取り、ミサイルとガドリングポッドで迫り来るBETAの群れを駆逐する。『おらっ!』 その弾幕を乗り越えて迫ってくるBETAには、急降下でピンポイントバリアを纏った拳をお見舞いする。高い火力と、無制限に空を飛べるという圧倒的アドバンテージ。 たった一機の援軍が、絶望的だったBゲート前の戦況を一気にプラスへと引き戻す。しかし、それもほんの僅かな時間に過ぎなかった。 VF-19に積まれているミサイルの数はそう多くはない。いかなイサムのVF-19といえども、ミサイルが尽きれば、ガドリングポッドとピンポイントバリアパンチだけで、全てのBETAからゲートを守りきれるはずもない。 VF-19の足の下をくぐり抜け、兵士級と闘士級が一匹また一匹とゲートの穴をくぐっていく。『ッ、畜生。この野郎!』 思わず激しかけるイサムに、ラー・カイラムのブライトから通信が入ったのはその時だった。『ダイソン中尉、Bゲート内部には鋼鉄ジーグとルネが守りついた! 無理せず、小型種は通せ! 大型種だけは絶対に死守だ!』 こちらの様子をモニターしていたのだろう。ブライトからそう、的確な指示が来る。『了解!』 イサムは一度舌打ちしながらもそう返すと、完全防衛が出来ない鬱憤をぶつけるように、迫り来る要撃級にピンポイントバリアパンチをたたき込むのだった。【2004年12月22日15時34分、横浜基地、Bゲート内部】 ゲート外の主役が戦術機部隊ならば、中の主役は機械化強化歩兵である。 機械化強化歩兵。それは、移動車両、装甲車などを完備し、戦車隊にも追随可能な機動力を持った歩兵のこと、ではない。それはBETA戦以前の機械化歩兵のことだ。 今日、機械化強化歩兵と言えば、強化外骨格という名の巨大な動力鎧を纏い、文字通り『機械的に強化された歩兵』のことを指す。 横浜基地に配備されている機械化強化歩兵は一個連隊。当然その全てが現在、ゲート内部で防衛任務に就いている。元々、第一大隊がメインゲート、第二大隊がAゲート、第三大隊がBゲートと、均等に戦力を割り振っていたのだが、途中から第一大隊もBゲートの守りへと回った。 それはメインゲート前の攻防を見た基地司令・田辺大佐の判断である。伊隅ヴァルキリーズの奮闘と、なによりエヴァンゲリオン初号機F型装備のばかげた防御力を目の当たりにし、メインゲート陥落の可能性は無視できるくらいに低いと見なしたのだ。 そのため現在、Bゲート内部の広間には、二個大隊の機械化強化歩兵と、今さっき駆けつけた鋼鉄ジーグがその守りについていた。 戦術機と比べればその半分強の大きさしかない鋼鉄ジーグだが、こうして強化外骨格を装備した機械化強化歩兵の中に入ると、一回り以上大きい。 その黄色と緑のど派手な姿は、これまでのαナンバーズの活躍もあり、この場の機械化強化歩兵達にこの上なく頼もしく映る。「頼りにしてるぜ、兄ちゃん」 機械化強化歩兵連隊の連隊長が、強化外骨格姿のまま、ゴツンと鋼鉄ジーグの背中を叩きそう言った。「おう、任せてくれ」 力強くそう返すと、鋼鉄ジーグは人間くさい動作で一つ頷き返す。すでに鋼鉄ジーグは、佐渡島でBETAと一度対戦している。あの時は、主に救助任務に付いていたため、さほど多くのBETAを倒したわけではないが、要撃級や突撃級も何匹かは倒している。小型種だけならば、鋼鉄ジーグの敵ではない。 と、その時だった。『コマンドポストより機械化歩兵各員へ。Bゲート内部にBETA小型種が侵入。状況に対応せよ』 CP将校の声に、一同に緊張が走る。だが、若い兵士達が緊張感に手足を縛られるより早く、ひげ面の連隊長は強化外骨格の中から胴間声を張り上げる。「よし、てめえら、覚悟は良いか!」「「「はいっ!」」」 兵士達は半ば反射的にそう答えた。「CPの説明は聞いたな? 敵さんは小型種だけ。ならば、当方に迎撃の準備あり、だ。強化外骨格を与えられておいて、兵士級だの闘士級だのにびびってんじゃねえぞ、こら!」「「「はいっ!」」」 そう言う言い方をされるととたんに、小型種BETAなど敵ではない気がしてくる。実際、重機関銃を小銃並の手軽さで持ち運べる機械化歩兵にとっては、兵士級や闘士級はもちろんのこと、戦車級とて一対一ならば、特に恐れることのない相手なのである。 やがて、ゲートの向こうから、BETAがその醜悪な姿を現す。「撃てえぇ!」 広間へと侵入してきた兵士級、闘士級の群れに、強化外骨格部隊は12.7㎜重機関銃の洗礼を浴びせるのだった。 小さな穴から続々と侵入してくる小型種BETA。「くらえ、ナックルボンバー!」 がっちりと腰を落として、胸の前で両手を組んだ鋼鉄ジーグの手が、そのまま勢いよく飛んでいき、戦車級を貫いた。殴り、蹴り、圧巻の戦果を上げている鋼鉄ジーグであったが、その内心はかなりフラストレーションがたまっていた。 まず、鋼鉄ジーグ専用サポート機であるビッグシューターが近くにいないため、ジーグバズーカやマッハドリルと言った一部の武装がない。さらに、ジーグビームやスピンストームと言ったエネルギー放出型の攻撃も、施設破壊の恐れがあるため使用を自重する必要がある。「畜生、ミッチーがいれば、よ」 思わず鋼鉄ジーグの口から愚痴が漏れる。この場での鋼鉄ジーグの攻撃は、事実上殴る、蹴る、引き寄せて抱きしめる、の三つに限定されていた。無論、それでも強化外骨格などとは比較にならないほどの攻撃力なのだが、いかんせん、大量の敵を殲滅するには手が足りない。 ゲート内の作りがある程度BETAの侵入経路を限定してくれるとは言っても、その通路も完全な一本道ではない。その上、兵士級や闘士級ならばともかく、戦車級は壁を破って移動することも不可能ではない。 二個大隊の機械化歩兵達も、高い士気を持ってBETAを駆逐し続けているが、やはり水も漏らさぬ鉄壁の防御とはいかない。全体から見ればほんの僅かだが、必然的に取りこぼしが出てくる。 ほんの僅かな、兵士級と闘士級。 衛士や戦車兵はもちろん、機械化歩兵から見ても、ほとんど問題の無い敵だ。だが、ここより後ろにいるのは、一般警備兵。武装は小銃のみ。彼らにとっては、一匹、二匹の兵士級、闘士級も命がけの相手なのである。『B2F第六通路に闘士級発見。警備隊は急行せよ』『了解』 CP将校の指示に、警備隊の隊長は短く答えると、部下達に向き直る。 見渡せば、どの顔も程度の差はあれ、緊張と恐怖で引きつっていた。無理もない。警備兵達の大半は、BETAと直接銃火を交えるのは、これが初めてなのである。考えてみれば当たり前だ。 軍服に小銃だけを持ち、随伴歩兵と違い小隊内に機銃手すらいない彼らの任務は、ただひたすら基地内部の重要施設の警備である。周りの人間も本来であれば、彼らを対BETA用の戦力とは数えていない。彼らの仕事は基地内部の秩序保全と門番にすぎない。『前進、駆け足!』 それでも、部下の前では弱気は見せられないのが隊長の辛さだ。警備隊隊長は、小銃を持つ手よりもむしろ顔面に力を込めて、精一杯平静を装う。 警備兵達は、隊列を組み、駆け足でCP将校から指示された現場へと向かう。「ぐ、軍曹……」 緊張にたまりかねたのか、若い兵士は隣を走る軍曹に声をかける。「どうした?」 灰色の目をした軍曹は、少し訛りのある日本語でそう返した。髪は薄い茶色、今の横浜基地では非常に珍しい外国人の兵士だ。「自分たちは、BETAを倒すことが出来るのでしょうか?」 口に出してはいけない言葉だと内心分かっていながら、若い兵士は我慢できずにその言葉をはき出してしまう。彼の隣を走るこのスウェーデン人は、警備兵の中では数少ない対BETA戦の経験者である。欧州で最後まで踏ん張り続けたスカンジナビア戦線の生き残りだ。 気が付けば周りの兵士達も、黙々と足を動かしながら、意識は日本人兵士より頭半分背の高いスウェーデン人軍曹の返答に耳を傾けている。 前を走る隊長から叱責の声が上がらないところを見ると、隊長も彼の口から何か士気をあげる言葉が発せられるのを望んでいるのだろう。 スウェーデン人――スタファン・ブローマン軍曹は、薄い唇の両端をあげて不器用に笑うと、「大丈夫だ。ヴェナトル(兵士級)やバルルス・ナリス(闘士級)はコイツで十分にヤれる。訓練通りやれば問題ない」 そう言って、手に持つ小銃を掲げて見せた。「……はいっ!」 それだけで警備隊員の士気は目に見えて上がる。実戦経験者からの「俺たちは勝てる」というお墨付き。勝算のある戦いならば、命を懸ける価値もある。軍人が最も恐れるのは無意味な死、犬死にだ。 だが、警備隊員達が血色を取り戻す中、当のブローマン軍曹は内心、全く経験のない状況に心臓を通常の三倍の速度で高鳴らせていた。 確かに、ブローマン軍曹は、祖国スウェーデンで対BETA戦を経験している。しかし、彼の豊富な実戦経験からすると、基地を襲撃された場合の警備兵の未来は二つしかないはずなのだ。 一つは、どうにか基地防衛ラインが踏ん張ってくれて、警備兵達は一発の弾丸も放っていないピカピカの小銃を抱きながら、ホッと胸をなで下ろす未来。 そして、もう一つは、基地へのBETA侵入を許し、あれよあれよという間に基地は陥落。警備兵達は涙と小便にまみれながら狂ったように小銃を乱射し、そのままBETAに食われていくという未来。 後者の場合、ごく一部に幸運な例外として、基地首脳部の脱出に同行できる警備兵というのが存在し、ブローマン軍曹はその幸運な例外の1人なのである。(ストックホルム基地はBETAの津波に飲まれた。ヨーテボリ基地もそうだ。なのになぜ、ここは、横浜基地は、この状況になってもまだ、組織だった抵抗が出来る?) その疑問の答えは、ブローマン軍曹自身分かっている。今の軍事組織は情報の大部分を末端兵士にまで公開している。それらの情報を見れば答えは一目瞭然、『αナンバーズ』の存在がその答えである。 第一次防衛ラインで、重光線級と要塞級、突撃級の大半を討ち取ってくれている、空中戦艦アークエンジェルとその搭載機。 臨時に引かれた第二次防衛ラインで、光線級を中心に全BETAの四分の三以上を一機で受け持っている、キングジェイダー。 そして、メインゲートを馬鹿げた防御力でがっちりと守っているエヴァンゲリオン初号機と、流動的にA,Bゲートも守ってくれるアルブレード・カスタムと、VF-19エクスカリバー。 結果、横浜基地の既存戦力の担当は、彼らの撃ち漏らした要撃級と小型種のみだ。数で言っても全出現数の五分の一程度を相手取っているに過ぎない。 なるほど、これならば確かに、今の横浜基地の戦力でも防衛が可能なのも頷ける。 だが、ブローマン軍曹は思う。日本帝国にどれだけの底力があったのかは知らないが、あれだけの超兵器が、超技術が、一朝一夕でできあがるはずはない。 十年前、自分たちがスカンジナビア半島からの撤退命令を、血の涙と共に呑み込んでいたとき、本当にこれらの兵器は、影も形もなかったのだろうか? もし、あの時あの場所に、あのエヴァンゲリオンという機体のプロトタイプだけでもあれば、空中戦艦の主砲に使われている広域粒子兵器の雛形があれば、自分は今もまだ、ヨーテボリ基地で、月に一度届く妻と息子の手紙を読みながら、今も祖国防衛の為に戦っていられたのではないか? そんな暗い疑惑がわき上がってきてしまう。まあ、αナンバーズが文字通り、「突如やってきた」という事実を知らない人間からすれば、無理もない思いかも知れない。 だが、ブローマン軍曹は一つ頭を振ると、その暗い思考を振り払った。(未練だな。それに、俺も人のことは言えん) 今、自分は何を考えた? 十年前にこの兵器があれば? 十年前とはどういうことだ。十年前ではフランスは救われない。ドイツも潰れている。中東はとっくにBETAの巣だ。中国も半減している。 結局、自分のことしか考えていないのは、自分も同じだ。日本帝国が、日本の都合だけを考えて技術を出し惜しみしていたとしても、どうしてそれを非難できよう。 しかし、同時にブローマン軍曹は思う。(けどな。無事日本を守り切れたら、次は俺たちのために、力を貸してくれるくらいの期待はしても良いよな。スカンジナビアを、ヨーロッパ奪還に力を貸してくれよ、帝国さんよ!) そのためにも、今は自分が日本を守るために命を懸けるのだ。 ブローマン軍曹は決意も新たに、小銃を持つ手に力を込めるのだった。「ッ! 発見!」「撃てっ!」 隊長の言葉を合図に、7.62㎜の弾丸が狭い通路を走る兵士級BETAに浴びせられる。兵士級は、こちらに接近するまもなく、動かぬ肉塊と化した。当然、通路の横壁は外れた弾丸でボコボコになっているが、そんなことを気にする者は1人もいない。「……フウ」 誰ともなく、安堵のため息が漏れる。 警備兵と小型種の戦いは、どちらが先に相手を発見できるか、の一点にかかっている。小銃の攻撃で兵士級や闘士級の命は十分に奪える。 だが、兵士級や闘士級の一撃はそれ以上に簡単に、生身の人間の命を奪えるのだ。しかも、兵士級、闘士級の動きは人間とは比べものにならないくらいに速い。足の速い人間と遅い人間の違いなど、兵士級、闘士級の速度の前には無いに等しい。 だから、彼らは通路の向こうでそれを見たときは、自分たちの目がおかしくなったのだと思った。「逃がさないよっ!」 赤い髪をなびかせたスタイル抜群の美少女が、全力で走る兵士級にあっという間に追いすがり、一蹴りで兵士級の頭上まで飛び上がると、天井を両足で蹴りながら、両手のハンドガンを連射し、真下の兵士級を仕留めるなどという、ふざけた光景は。「…………」「ふう……」 言葉をなくす警備兵達の前で、右腕に緑に輝く大きな宝石をはめ込んだその少女は、大した感慨もなく、自らが仕留めた兵士級の生死を確認している。「き、君は?」 震える声で問いかける警備隊長に、少女はくるりと向き直ると、「司令室の方から話を聞いていないのかい? 私はルネ、αナンバーズの一員さ。基地内警備の手伝いをしている」 少しきつそうな顔立ちだが、その言葉は意外と丁寧なものだった。 αナンバーズ。 その名前を聞いただけで何となく「なるほど」と納得してしまいそうになる。だが、これは話が違う。どれだけ、特殊部隊『αナンバーズ」の機体が並外れていようが、所属しているのはただの人間のはずだ。ただの人間が、兵士級より速く走り、五メートル以上ある天井まで飛び上がれる理由にはならない。 しかし、今はそんな『些細なこと』を問い詰めている場合ではない。 警備隊長は慌てたように首を振ると、赤髪の少女を問い詰める。「君は単独行動なのか?」 少女――ルネの返答は、あっさりとしたものだった。「人手不足みたいだからね。小型種なら私は1人でも十分だから」 確かに、今の人間離れした戦闘力からしても少女の言葉に嘘はないだろうが、何せ見た目はスタイルの良い少女に過ぎない。思わず、警備兵達が心配してしまうのも、無理はない。「し、しかし」 警備隊長が説得の言葉を続けようとしたその時だった。 前の十字路から一体の闘士級が姿を現し、素早くこちらに迫りつつ、その象の鼻の様な触手を延ばしてくる。「くっ!?」 とっさに小銃を構えることも出来ない。触手が警備隊長の首に絡みつく寸前、その前に緑の宝石がはめ込まれた金色の腕が差し出された。 触手は、その腕――ルネの右腕に絡みつく。「ッ、ルネ君!?」 警備隊長の目の前で、ルネの体は中高く舞い上がり、闘士級に引き寄せられた。「クッ……!」 だが、ルネは舌打ちをしながらも、空中から自由になる左手のハンドガンで、闘士級を狙い撃つ。 とてもハンドガンとは思えない、大威力の弾丸が三発、ルネが空中にいる間に、闘士級の頭上に降り注ぐ。「フン」 ルネが闘士級の目の前に着地したときはすでに、その闘士級は虫の息だった。おまけのように右のハンドガンから弾丸を放ち、闘士級の息の根を止める。「だ、大丈夫か!」 駆け寄る警備隊長は、問いかけながら自分の発した言葉に空しさを覚える。 大丈夫なはずがない。闘士級の触手は、人間の首くらいあっさりもぎ取るだけのパワーがあるのだ。それに腕を絡まれて、思い切り引き寄せられて大丈夫なはずがない。ないのだが……見たところ彼女は特に怪我を負った風はない。「ああ、ちょっと油断した」 実際無傷のルネは、渋い表情でそう返した。言葉通り、今のはルネの油断だ。確かに、サイボーグであるルネは、闘士級の触手にも耐えられるくらいの耐久力はある。だが、その体はあくまで少女のものなのだ。機械化された部分により多少体重が増えていたとしても、全高2.5メートル、全長1.7メートルもある闘士級と綱引きが出来るはずがない。よほど愛と勇気を込めれば可能なのかも知れないが、通常は不可能だ。 下手に絡め取られれば、思わぬ不覚を取る可能性もある。「油断は禁物、か」 ルネはそう自らに言い聞かせた。【2004年12月22日16時07分、横浜基地、中央作戦司令室】「状況を報告せよ」「メインゲート未だ健在。伊隅ヴァルキリーズ、脱落者無し!」「Aゲートも健在です。第三大隊損耗率31パーセント」「Bゲート、小康状態を保っています。突破を許しているのは小型種のみ」「内部戦闘も撃ち漏らしはありません。機械化強化歩兵連隊の損耗率は8パーセント。警備隊の損耗率は4パーセント」 予想以上に順調な報告に、一瞬田辺司令の頬もゆるむ。 作戦司令室は、明るい熱気にあふれていた。「問題なさそうね……」 香月夕呼も無表情ながら、どこかほっとした空気を漂わせている。最悪の場合は、反応炉を停止させることも覚悟していたのだ。ある意味今一番ほっとしているのは、夕呼かも知れない。 反応炉の停止は『鑑純夏』の死を意味し、『鑑純夏』の死は、オルタネイティヴ4の大幅な後退を意味する。「ヴァルキリーズも問題ないわね?」 念を押すように訪ねる夕呼に、ヴァルキリーズのCP将校、涼宮中尉は、モニター前に座ったまま笑顔で答えた。「はい! 全機健在です。途中休息を取りながらの戦闘ですので、衛士達の体力も問題有りません」 エヴァンゲリオン初号機という反則機体がそばにいる伊隅ヴァルキリーズは、疲労から集中力を切らした者を一時的に初号機のそばに寄せて、「休息」を取らせていた。 その甲斐あってか、今のところ伊隅ヴァルキリーズは全機健在である。いかに伊隅ヴァルキリーズの機体が、第三世代機『不知火』だとは言っても、僅か11機でメインゲートを守っているにも関わらず、である。 現に、Aゲートを守る戦術機甲第三大隊は、36機で守っていたにもかかわらず、すでに10機を超える損害を出している。基地外部で防衛ラインを引いている、第一、第二大隊などは半減しているそうだ。 ちなみに、今はイサムのVF-19だけでなく、アラドのアルブレード・カスタムも手薄なBゲートの防衛に回っていた。 VF-19は確かに桁外れの高性能機だが、いかんせん武装のほぼ全てを実弾兵器に頼っている。そのため、どうしても戦闘継続可能時間が短い。しかも、この世界の戦術機のように機体が自分で補給できる作りになっていないため、弾切れのたびに横浜港に停泊しているラー・カイラムへと戻る必要がある。 それでは事実上、VF-19一機で守っているに等しいBゲートはたまらない。 そこで、他に比べて格段に余裕があるメインゲートから、アラドのアルブレード・カスタムがBゲートへと救援に向かったのである。 実際、メインゲートはヴァルキリーズとシンジのエヴァンゲリオン初号機だけで十分だった。 Bゲートはイサムとアラドの救援で持ち直しているし、Aゲートは第三大隊が多大な損害を出しながらも何とか防衛ラインを保っている。 これは勝てる。基地全体がそういう雰囲気に満ちている。 そして、次の瞬間、その雰囲気を決定づける報告を、αナンバーズとの連絡を受け持っていたピアティフ中尉が告げるのだった。「第一次防衛ラインより報告! BETA流出の停止を確認。地中振動波も計測されず!」 一瞬の沈黙の後、作戦司令室は沸き返る。 ついに無限とも思えたBETAの増援が途絶えたのだ。無限にも思えたBETAの物量の底が見えた。「全軍に通達しろ! 敵の底が見えたぞ!」「はいっ!」 田辺司令の言葉に、CP将校は頬を紅潮させた笑い顔で力強く答えた。【2004年12月22日16時30分、旧前橋市、アークエンジェル】 BETA流出の停止確認。第一次防衛ラインより伝えられたその報告を、入れたのは当然第一次防衛ラインを守っている戦艦アークエンジェルであった。 まるで、できの悪い噴水のように、不定期にBETAをはき出し続けていた地表の穴の奥から、振動波が計測されなくなっている。 画像で見る限りまだ、穴の入り口付近はBETAであふれかえっているが、それが最後の大規模援軍だ。この奥には敵はいない。「みんな、あと少しよ。気を抜かずに」『了解です』 ラミアス少佐の激励の声に、前線で戦う機動兵器部隊の人間から返事が返る。ローテーションを組んでの補給帰還時以外約6時間、ずっと戦い続けてきたαナンバーズの戦士達にも疲労の波は押し寄せているだろう。 だが、どうにか先が見えてきたことで、彼らの声にも張りが戻ってきた。 幸いにも、BETAは相変わらずこの場の機体は歯牙にもかけず、はるか東――旧所沢市上空を飛ぶ、キングジェイダーを目指しているため、被害らしい被害は出ていない。 とはいえ、その進行方向を明らかに遮っている場合などは、流石にその牙を向けてくるので油断は出来ない。 特に、バニング小隊のジムカスタムに乗る二人、モンシアとベイトはジムライフルの弾も頭部バルカンも補給分も全て撃ちつくし、ビームサーベル一本で戦っている。 アムロのνガンダムHWSも一枚しなかったフィンファンネルを使いつぶしているし、それ以外の機体も小型種駆逐のため頭部バルカンはほぼ全て撃ちつくしている。 パイロット達の疲労と集中力の欠如も考えれば、意外と彼らも危険な状態にあると言えた。『よし、あと一息ね。なんだったら、後は私に任せくれても良いわよ』 そんな中、景気の良い声を上げたのは、エヴァンゲリオン二号機のアスカだ。 今のところ、BETAの攻撃でATフィールドを突破できそうな攻撃はないため、アスカとレイはほぼ出ずっぱりにも関わらず、精神的にはあまり疲労していない。『そうはいくか、私だって出来ることを分からせてやるッ!』 その言葉に、強く反応を示したのは、エールストライクルージュで上空を飛び回る、カガリだった。 全てのレーザー属種が、レーザー照射を行わず東進するだけのこの戦場では、PS装甲で守られているストライクルージュも半無敵状態だ。流石にこちらは、要塞級の触手や突撃級の体当たりなどには注意する必要があるが、小型種の攻撃は完全無効化できる。 いつレーザー属種が優先順位を変えるか分からないので、おつきの三人娘――アサギ、マユラ、ジュリからすると気が気ではないのだが、無論、言ったところでそう簡単に聞き入れてくれるカガリではない。 そんな中、終わりの見えてきたことに気をよくしたアスカは、『よし、ファースト。それじゃあ穴にいる奴らを纏めて吹き飛ばすわよ』 そう言って、攻撃的ATフィールドの用意をする。今までは、下手に穴を塞いでBETAの出現ポイントが分散してしまうのが怖いので、穴への攻撃は禁止していた。しかし、これ以上追加がないのならば、せっかく固まっている穴への攻撃をためらう理由はない。 それは、アスカとしては自分はATフィールドを攻撃に回すので、守りは任せるという意味だった。『分かったわ』 しかしエヴァンゲリオン零号機にのるファーストチルドレン・綾波レイは異なる解釈を示す。『ファースト!?』 レイの駆る零号機は、やおらその手に何かを取り出すと、BETAのわき出る穴めがけ、『それ』を投擲したのである。無論それが何であるかは、ずっと一緒の小隊で戦ってきていたアスカには一目で分かった。一瞬で全身の血の気が引く。『え、ATフィールド全開ッッ!』『ATフィールド全開』 泡を食ったアスカの声と、限界まで抑揚を省いたレイの声が重なる。 二体のエヴァンゲリオンが、しっかりとATフィールドを張った次の瞬間、穴の奥で桁外れの大爆発が起こったのであった。 三機のエヴァンゲリオンは、基本的に同一の武装を持ちながら、それぞれが独自の武器も携えている。 シンジの初号機には、巨大な日本刀『マゴロク・Eソード』が。 アスカの弐号機には、巨大な薙刀『ソニックグレイブ』が。 そして、レイの零号機には、強力なエネルギー狙撃砲である『ポジトロンスナイパーライフル』ともう一つ、放射能汚染のない核兵器とも言える広域殲滅兵器、『N2地雷』が。『N2地雷』。その威力は見ての通りである。 この場にいる機体で、これ以上の広域殲滅兵器は、バニング大尉のガンダム試作二号機の『戦術核』しかない。 穴の奥から垂直に爆煙が立ち上る。穴に放り込むという使い方が良かったのか、はたまたアスカとレイが体を張って守ったからか、後方への被害はほとんど無かった。穴の中のBETAも見事に全滅している。 結果だけを見れば、めでたしめでたしだが、それでアスカの怒りが収まるはずもない。『あんた、何考えてるのよ!?』 怒り心頭なアスカの声にも、レイは全く動じることはなかった。『問題ないわ。BETAに人権はないもの』『BETAには無くても私にはあるのよ、人権も、生存権も! それをたった今、あんたに脅かされたのよ!』『大丈夫、あなたは死なないわ』『何でそんなことが言えるのよ!?』『なんか、しつっこそうだもの』『よーし、喧嘩ね。喧嘩売ってるのね? やったろうじゃないの!』 端から見ていると漫才のようだが、当の本人は本気で怒っている。 しかし、これは全面的にレイが間違っているとも言い切れないだろう。元々、穴からの距離を見れば、二機のエヴァンゲリオン以外はN2地雷の効果範囲から外れていることが分かるはずだ。 そして、エヴァンゲリオンならばATフィールドを防御に回せば、N2地雷もノーダメージでしのぐことが出来る。 レイの判断も理にかなっていると言えばかなっている。常識にはあまりかなっていないが。 とはいえ、穴の中のBETAは吹き飛ばしたと言ってもこの場にBETAはまだ数多く残っている。守りの要のエヴァンゲリオン二機がいつまでも遊んでいる余裕はない。『あんた……戻ったら覚えておきなさいよ!』 アスカは舌打ちしながらも、再び意識を戦場に戻すのだった。 ちなみにこの帝国本土で無断使用された『N2兵器』(帝国側には当初核兵器と誤解された)に対する釈明が、地上に降りてきた大河全権特使のこの世界での最初の仕事となる。