Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その1【2004年12月16日、太陽系小惑星帯】 イデの意志か、イルイの願いか。αナンバーズが、この世界に転移してきて、およそ24時間が経過しようとしていた。 激戦を終えたパイロット達が、各々のベッドで休息をとっている間に、各艦の整備員達はがんばってくれたらしく、すでに全機動兵器の修理と補給の見積もりが出されている。 それを元に、艦長達が意見を交換し、留守番組と先行組にパイロット達を割り振っていった。 先行組の発表があった後、、先行分艦隊に乗船する者達と、留守を預かる者達は、エルトリウムのブリーフィングルームで、互いに今後の健闘を誓い合っていた。「フォッカー少佐、後はよろしく頼む」「おお、任せておけ。アムロ大尉、そっちこそ、気をつけろよ」 先行組の機動兵器部隊長であるアムロ・レイ大尉と、居残り組の機動兵器部隊長のロイ・フォッカー少佐がガッチリと握手を交わす。歴戦のモビルスーツパイロットと、歴戦のバルキリー乗り。さすがにどちらも一目で分かる、雰囲気を纏っている。「任せて下さいよ、アムロ大尉。俺達スカル小隊がいる限り、残存分艦隊には指一本ふれさせませんって」「こら、柿崎。調子に乗るなっ」 大口を叩く柿崎速雄少尉を、同じスカル小隊の先輩である一条輝中尉がたしなめる。「そうだぞ、柿崎。あまり下らんことを言ってると、お前にはデストロイド・モンスターで出撃してもらうぞ」 にんまり意地悪げに笑い、そう言うフォッカー少佐に、柿崎は慌てて、手を振りながら言い返す。「ちょっ、勘弁して下さいよ、隊長! だいたい、そんなことして、俺のVF-1A・Sは、どうするんですか」 デストロイド・モンスターとは、ずんぐりむっくりな辛うじて人型をした鈍重な砲戦機である。重装甲、重火力、長距離射程と支援機としてはなかなか優れたものを持っているのだが、高機動を売りとするバルキリー乗りには当然評判が悪い。「あれは、マックスに乗ってもらう。お前が乗るよりよっぽど戦力になるぞ」「あいつは、バトル7の艦長でしょ!? そんなヒョコヒョコ前線に出てこれるわけないじゃないですか」「わからんぞ、なんだかんだ言ってもあいつも、根はバルキリー乗りだからな」 スカル小隊の三人は、居残り組では数少ない、乗機持ちである。それまで乗っていた最新型バルキリー『VF-19・エクスカリバー』は、大破寸前のダメージを被ったのだが、その前の乗機だった『VF-1・スーパーバルキリー』が三機とも健在だったのだ。 他に居残り組の乗機持ちは、兜甲児、ゲッターチーム、ジュドー・アーシタ、エルピー・プルの三人と一組だけである。 それぞれ機体は、マジンガーZ、ゲッタードラゴン、量産型νガンダム、キュベレイMk-Ⅱとなっており、こちらもスカル小隊同様、全員予備機である。彼らがメインで使っていた機体、マジンカイザー、真・ゲッター、フルアーマーZZガンダム、キュベレイといったところは、全て修理中だ。 そのジュドー・アーシタは、先行分艦隊に参加するカミーユ・ビダンと言葉を交わしていた。「大丈夫かい、カミーユさん。Zに乗るの、久しぶりだろ?」「問題ないさ。乗っていた時間なら、サザビーより、Zの方がずっと長い。すぐに勘を取り戻すさ。それを言えばジュドー、お前こそ量産型νは初めて扱う機体だろう?」「ははっ、何とかするよ。こっちはすぐに戦闘があるわけじゃないしね」 地球に向かう先行分艦隊とて、戦闘が有ると決まったわけではないのだが、ジュドーもカミーユも、優れたニュータイプだ。「地球に行けば戦わずにはすまない」そう漠然と肌で感じているのかも知れない。和やかに言葉を交わしながらも、二人のニュータイプの瞳には、緊張の色が浮かんでいた。「ねえ、カガリやっぱり僕が……」「そうだ、カガリ。考え直せ。なんだったら俺の方からブライト艦長に話を通してもいい」「駄目だ。大体お前ら、フリーダムもジャスティスも修理中だろ。モビルスーツはどうする気だ?」「だから、その、僕がストライクルージュで」「あれは、私の機体だ!」 一方別なところでは、キラ・ヤマトとカガリ・ユラ・アスハを中心としたグループが、出発を前にしてまだ、なにやらもめていた。 どうやら、先行分艦隊に乗るカガリを、キラとアスランが心配している様子である。 キラのフリーダム、アスランのジャスティスは共に、霊帝ケイサル・エフェスとの戦いで大破している。補助兵装のミーティアに至っては、一から作り直したほうが早い、と言われたほどだ。 対して、カガリのストライクルージュは、万全な状態である。というのも、最終戦近くはいつも、予備戦力として艦内待機をしており、実戦に出ていなかったのだ。オーブからついてきたお付きの三人娘――アサギ、マユラ、ジュリのM1アストレイも同様である。 だが、それはイコール実戦不足であることを意味する。キラやアスランが心配するのもある意味当たり前だ。もちろんそんな心遣いを有り難がるほど、カガリは人間が練れていない。「いいから、お前達はゆっくり休んでいろ! 私だってやれば出来ることを見せてやる」「そうそ。待機命令も命令のうちだぜ、アスラン」「大体俺達が同行するのだぞ。貴様はそんなに俺達が信用できないのか!」 金髪色黒の軽そうな少年――ディアッカ・エルスマンが軽口を叩き、それに呼応するように、銀髪色白の神経質そうな少年――イザーク・ジュールが畳み掛ける。 この二人も、先行組だ。カガリ達同様、神一号作戦でも霊帝戦でも艦内待機だったため、機体を損傷させていない。久しぶりの実戦の機会に、二人とも一目で分かるくらいに高ぶっている。「ああ、いや、もちろんお前達のことは信用している。カガリを頼む」「おお、まかせとけって!」「ふん、当然だ!」「だから、頼むな! 私は一人で戦えるんだぞ!」 アスランの言葉に、胸を叩いて請け負うディアッカと胸を張って請け負うイザーク。 プライドを傷つけられたのか、カガリは顔を真っ赤にして叫ぶ。「あはは……」 取り残された形のキラは苦笑するしかない。そのキラに、後ろから声をかけたのは、エヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジだった。「大丈夫だよ、キラ君。アムロさんや、カミーユさんも一緒なんだから。僕も、少しは力になれると思うし」「はい、よろしくお願いします。シンジ君」 頭を下げるキラに、「うん」と小さく笑いながらシンジは請け負う。横でエヴァンゲリオン二号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーが「なによ、バカシンジのくせに生意気」などと言っているのが聞こえるが、キラにはピンとこない。 碇シンジがちょっと前までは、ウジウジと情けない奴だったというのは、アスカ以外の人間も証言しているので、本当なのだとは思うが、いかんせんすっかり落ち着いたシンジしか見たことのないキラには、正直、情けないシンジというのが、想像つかなかった。「わかってるな、宙!」「ああ、最後に勝つのは!」「「勇気ある者だ!!」」 超進化人類・エヴォリュダー、獅子王凱と、最強のサイボーグ、司馬宙が、ガツンと拳と拳をぶつけ合う。「勇者ロボたちの復活は、まだ時間が掛かるのか?」 サイズの問題から、この場には来ていない勇者ロボ達を気遣い、宙は凱にそう訪ねた。「ああ。氷竜、炎竜と、光竜、闇竜の復帰は比較的すぐだと思うが、ゴルディマーグ、ボルフォッグ、マイクサンダース13世は、ちょっと復帰の目処が立っていない。皆、超AIに損傷はないのが、不幸中の幸いだが……」 さしもの凱も、少し顔を雲らせる。氷竜達4体が、比較的後方で行動していたのに対し、ゴルディマーグ達3体は、最前線をひた走る凱のジェネシック・ガオガイガーと常に行動を共にしていたのだ。 撃墜されていないだけでも、称賛に値すると言うべきだろう。「よし、そろそろ時間だ。先行分艦隊に任命された者は、それぞれの艦に移動しろ」 時間を確認した、ブライトがよく通る声で皆に命令する。「「「了解」」」 名残は尽きないが、こういった分離行動は何度も経験しているαナンバーズである。簡単に別れを済ませ、慣れた足取りで艦と艦をつなぐ連絡通路へと駆け出す。と、その時だった。「まって、ください」 ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声が、ブライトの背中を叩いたのは。 皆が振り向くとそこには、年輩の看護婦に抱きかかえられたイルイと、彼女を心配そうに見守る、アラド、ゼオラの姿があった。「イルイ!」「意識が戻ったのか!」「ねえ、大丈夫、イルイ?」「静かにしろ、お前ら!」 わき返るαナンバーズのメンバーを一括し、ブライトはイルイの元までやってくる。「もう、大丈夫なのか、イルイ?」「はい」 弱々しく笑いながら、頷くイルイを半ば無視し、ブライトは彼女を抱きかかえる看護婦に訪ねる。「イルイの容態は?」「ええ。ただの衰弱ですから、もう、ほとんど問題有りません。二、三日安静にしていれば、すぐに治ると思いますよ」 そう請け負う看護婦の言葉に、皆の間にほっと、安堵の空気が流れた。「そうか。だが、それならばなおさら、安静にしていなければならないだろう。アラド、ゼオラ、お前達が見ているんじゃなかったのか?」 ブライトもあからさまに安心の表情を浮かべながら、それでも注意すべき所はする。この辺りは、軍の上官と言うより、学校の先生と家庭の父を足して二で割ったような対応だ。「す、すいません」「申し訳有りません、ブライト艦長。イルイがどうしても、と言うので」 首をすくめて謝るアラドとは対照的に、ゼオラは謝りながらもしっかりと、意志を伝える。「すみません。どうか、私も地球に連れていって下さい」 弱々しい声で、だがはっきりとイルイは主張する。見た目は小さいイルイのままだが、その口調とまなざしは、イルイ・ガンエデンの人格を強く感じさせる。「なぜだ?」「分かりません。でも、そうしなければいけない気がするんです」「むう……」 ブライトは渋い顔で考え込む。「~な気がする」。普通なら全く歯牙にもかける必要がない話である。しかし、それを口にしたのは、他でもないイルイ・ガンエデンなのだ。 イルイは汎超能力者とも呼ばれるサイコドライバー。彼女が持つ力の一つに、極当たり前のように「未来予知」も含まれている。無論、全ての未来が見通せるわけでもないし、絶対に間違えないわけでもない。 だが、まるきり無視する訳にもいかない。 結局、ブライトはいつも通り、押し切られるのだった。「ふう……わかった。ただし、医務室で軍医の言葉に従うこと。軍医の許可なく決して医務室から出ないこと。この約束が守れるか?」「はいっ」 イルイの顔に、満面の笑みが浮かぶ。「よかったな、イルイ」「気をつけるのよ、イルイ」 笑い返すアラドとゼオラの顔には、笑みと同時に不安の色が滲んでいる。ビルトビルガー、ビルトファルケンが壊れている二人は、当然ながら居残り組だ。 本人たっての願いとはいえ、小さなイルイの側にいてやれないのが、心苦しい。 それを見て取ったブライトは深くため息をついた。そして、 「アラド、ゼオラ。お前達も乗れ! 今度こそ、ちゃんとイルイを護るんだぞ!」 そう命じるのだった。「……へ?」「あ、あの、ですが私たちの機体は……」 キョトンとするアラドとゼオラに、ブライトは畳み掛けるようにして声をかぶせる。「交代制で、アルブレード・カスタムを使え。余った1人は艦内でイルイの護衛だ」 アルブレード・カスタムは、ビルトビルガー、ビルトファルケンと同じ、マオ社製のパーソナルトルーパーだ。操縦系統に、大きな差違はない。「どうした、早く乗れ!」「はい!」「了解しました! ゼオラ・シュバイツァー曹長、全力で任務に当たります!」 アラドとゼオラは、日が射し込んだような笑顔で搭乗口へ駆けていくのだった。