Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その4【2005年1月10日、日本時間10時12分、横浜基地、演習場】 BETAによる自然破壊が進んだこの世界では、冬になれば関東地方でも雪が降るのが当たり前になっている。 昨晩降った雪がうっすらと積もった横浜基地郊外の演習場では、そのちんけな雪を吹き飛ばすような激しい演習が行われていた。 廃墟と化した街をそのまま演習場としているため、至る所に崩れかけたビルが乱立している。そんなゴーストタウンの様な演習場を縦横無尽に駆け巡っているのは、国連ブルーで塗装された戦術機、『不知火』だ。合計12機の不知火。それだけで、現在この演習場を使っているのがどの部隊なのか、分かる。 伊隅ヴァルキリーズだ。日本帝国製、第三世代戦術機『不知火』。量産一機目のお披露目から十年が過ぎた今でも、国連軍で不知火を使っているのは伊隅ヴァルキリーズだけなのだから。 これが対戦術機戦を想定した訓練であるならば、互いの索敵から始め、心理戦を交えたもっと地味な戦いになるのだろうが、本日の演習の主目的は、換装した新OSの実戦機動チェックである。 そのため、六対六の二手に分かれた十二機の不知火は、演習と言うよりバルジャーノンの集団プレイのような、ど派手な撃ち合い、斬り合いを展開していた。『高原ッ、九時方向から宗像中尉ッ!』『了解っ、うあわあ!?』『ふふ、甘いよ、朝倉』『白銀ぇ! 奥は任せたわよ』『はいっ!』『うわっ、たけるさんっ!?』『このっ、茜ちゃんの仇ッ!』 皆、一般的な不知火の基準からすれば規格外の動きをしているが、その中でも際だって良い動きを見せているのは、やはりヴァルキリー10――白銀武だ。 ここ最近はずっと武御雷を使っていたとは思えないくらいに、不知火を自由自在に動かしている。 他の者達がまだどこか、機体の鋭敏すぎる反応に振り回されているところがあるのに対し、白銀機だけはまさに水を得た魚のような、抜群の機動を見せている。鋭角に近い方向転換を繰り返し、そのくせ硬直時間は存在しない。 今も、ヴァルキリー11こと珠瀬壬姫の狙撃をかわしながら、そのエレメントパートナーである築地多恵機に87式突撃砲の銃口を向け、トリガーを引き絞っている。チカチカと銃口が光った数瞬後、築地機に撃墜の判定が出た。 一連の演習は、演習場の外れに設けられた仮設指揮所で、全てモニターされていた。 仮設指揮所と言っても大したものではない。数台の戦闘指揮車両と、大型テントの下に展開された必要最低限の機器に、必要最低限の人員がとりついているだけである。パイプ椅子の数も足りなかったのか、中には縦にした段ボール箱を椅子代わりにしている者すらいる。 そんな中、この演習の最高責任者である香月夕呼は、軽く腕を組んでモニターを見つめたまま、佇んでいた。 真冬の外ということで、いつもの白衣ではなく、野暮ったい軍支給のコートを制服の上から羽織り、口元からは白い息を吐いているが、その立ち振る舞いからは寒さに凍えるようなそぶりは欠片も見えない。 いつも通りの冷静な表情で、CP将校が操作するモニターを後ろからのぞき込む。「問題なさそうね」「はい。演習開始から二時間経過。OSの不備は発見されていません」 ヘッドマイクをつけたまま振り返る、CP将校――涼宮遙中尉の顔にも笑顔が浮かんでいる。 それだけ、演習は順調に進んでいると言えた。 武の提案で作られた戦術機用新型OS、仮称XM3。伊隅ヴァルキリーズの戦術機がその新型OSに換装してから、すでに五日が過ぎていた。 武が行ったシミュレーション実験で劇的な結果を上げたため、即決した夕呼がヴァルキリーズ全体に配布したのである。 一月二十日に予定されている甲20号ハイヴ攻略戦に参加することを考えれば、この時期にOS換装というのは、無茶を通り越して無謀とも言うべき暴挙のはずだが、結果としては大成功のようだ。 多少の慣れ不慣れを吹き飛ばすだけの性能が、このOSにはある。 通常の1.2倍を記録する反応速度に、使用頻度の高い行動を簡易操作で実現するコンボ。そして、そのコンボを含め、いざというときはいかなる行動も途中で中断して、次の行動を入力できるキャンセル。 正直、コンボとキャンセルに関してはまだ、扱いきれていない者のほうが多いが、反応速度の向上だけでも十分すぎるメリットだ。 その代わり無茶な機動が多くなり、整備班からは実機演習の度にため息が聞こえるようになっているが。「ヴァルキリー12の様子はどう?」 夕呼の問いに、遙はモニターを操作しながら答える。「良好です。全てのスキルにおいてヴァルキリーズの新人達の平均を上回っていますし、ヴァルキリー1との連携も実戦投入可能なレベルまで上がっています」 ヴァルキリー12とは、十日前に補充された衛士、榊千鶴少尉のことである。 元々ヴァルキリーズの衛士は11人だったこともあり、彼女は常識的な判断の元、唯一エレメントパートナーのいなかったヴァルキリー1――伊隅みちる大尉のパートナーとなっていた。 得手不得手の幅が小さく、視野が広く、指揮官適正が高いといった具合に、元々衛士としてのタイプが似ていることもあり、千鶴とみちるは、対等なパートナーと言うより、師弟に近い関係を構築している。 夕呼としても歓迎するべき事態だ。 今後、早い時期に鎧美琴中尉と彩峰慧少尉を呼び戻すつもりだし、神宮司まりも少佐が戻り次第、訓練部隊も再結成するつもりでいる。 今後のことを考えれば、指揮官適性の高い衛士は幾らでも欲しい。 現時点で、小隊長を任せられそうな人材は、現役の小隊長・中隊長を除けば、この間昇進したばかりの風間梼子中尉くらいだろう。 それに続くのが、C小隊の涼宮茜少尉と睨んでいたのだが、榊千鶴少尉の指揮官適正は、茜と同等かもしくはそれ以上だ。 そうして、夕呼がこの後の展開について思考を巡らせている間に、ヴァルキリーズの訓練は終了していた。 演習場の各地に散っていた12機の不知火は、中央部の広間に集合し、各自機体の被害状況を報告している。 どうやら、演習に支障のある損傷を負った機体は無いようだ。「香月博士。新OSの稼働実験が終了しました。ヴァルキリー1が次の指示を求めています」「いいわ。プラン通りに進めなさい」「了解。ヴァルキリーマムより各機へ。OS稼働実験は現時刻をもって終了。以後、新兵器の使用テストに移行して下さい」『了解! 聞こえたな? 各機は兵装を交換しろ。戦術機の数百倍貴重な兵器だからな。くれぐれも丁重に扱え』『『『了解!』』』 みちるの指示にヴァルキリーズの衛士達は息のあった声を返すと、演習場脇の兵器コンテナへと歩行で移動していく。 荒涼とした演習場の脇に備え付けられた戦術機用兵器コンテナ。その周りには、一個連隊を越える警備兵と、一個大隊の機械化強化歩兵が厳戒態勢で警護にあたっている。 警備兵だけでなく、強化外骨格を纏った機械化強化歩兵まで警備につけられている兵器コンテナ。尋常ではない警戒がなされているコンテナの中身は当然尋常なものではない。 その中身は二十五丁の『ビームライフル』と、三十振りの『ビームサーベル』であった。「流石に緊張するなあ」 どこかおっかなびっくりとした動作で、ビームライフルを不知火の右メインアームに握らせながら、武は息を吐いた。 αナンバーズからヴァルキリーズに貸与された、異世界兵器。 元々モビルスーツのビームライフル、ビームサーベルは、エネルギーチャージさえすめば、あとは外部からのエネルギー入力を必要としない独立した兵器である。極端な話、ビームライフルを大地に固定させ、トリガーに縄を掛けて、数人がかりで引っ張れば、それでビームは発射される。 そのため、戦術機のメインアームにあわせ、握りやトリガーの形状を少し弄るだけで、それらは簡単に戦術機用の兵装に早変わりしていた。この辺りは、モビルスーツと戦術機の全高が大体同じだという、幸運な偶然に助けられている。 伊隅ヴァルキリーズの半数は、十日後の甲20号作戦において、αナンバーズと行動を共にする予定になっている。 ごく当たり前のように、規格外の大兵力を自軍だけで受け持つつもりのαナンバーズに同行すれば、いかな伊隅ヴァルキリーズといえども、複数の戦死者を出す事態は免れない。 そういった事態を考慮した夕呼が交渉した結果、意外なほどあっさりと、これらのビーム兵器を貸与してもらえたのである。 αナンバーズの方針としては、今後『αナンバーズ岩国補給基地』が完成次第、それらの兵装の貸与、譲渡を世界的に広めていくつもりらしい。伊隅ヴァルキリーズはそのモデルケースなのだろう。『よし、まずはビームライフルの射撃訓練だ。射撃、始めッ!』 ビームライフルを構えた12機の不知火は、予定通りに様々な体勢から、遠近問わずあちこちに立てられた標的を撃っていく。 片膝を付いた体勢での狙撃。立った状態からの狙撃。動きながらの射撃、動く的に対する射撃。 ここで問われるのは衛士個々の技量の向上も、射撃プログラムの熟成だ。 反動も弾道特性も全く違う銃を扱うのだ。普通に撃って当たるはずがない。昨日までソ連製の小銃しか撃ったことのない歩兵に、突如日本製の小銃を使わせても、最初はうまくいかないのと基本的には一緒である。 これが歩兵の小銃の場合は、兵士個人の感覚の問題なのだから、解決手段は出来るだけたくさん試し撃ちするしかない。また、逆を言えば兵士個人の感覚の問題なのだから、銃にあわせた射撃をする技量があれば、即座に解決する問題とも言える。 しかし、これが戦術機の武装となるとそうはいかない。戦術機は、レバーとフットペダルの操作という「直接入力」と、ヘッドセットと強化装備を解して測定される脳波・体電流による「間接思考制御」、そしてコンピュータによる「プログラム補正」の三つが合わさり動いている。 つまり、乗り手である衛士だけが、新たな銃の特性をつかんでも、そのデータが機体側にフィードバックされ、プログラムに反映されない限り、思い通りの射撃は出来ないのだ。 αナンバーズからビーム兵器の提供を受けて今日で三日目。連日のデータ取りと横浜基地整備班の徹夜の努力のおかげで、かなり命中精度は上がっているが、現時点ではまだ、87式突撃砲などと比べると「扱いづらい」という感覚が残っている。 それでも、ビームライフルはまだマシな方だ。最悪だったのはビームサーベルである。 言うまでもないが、ビームサーベルとスーパーカーボン製の74式近接戦闘長刀では、比較にならないくらいに切れ味が違う。 この場合、切れ味が良ければそれで良い、ということにはならない。 74式長刀からビームサーベルに持ち替えるというのは、切る対象が大岩から雪の吹きだまりに変わるくらいの劇的な変化なのである。 大岩を叩き斬る感覚で、雪の吹きだまりに思い切り剣を振り降ろせば、どんな愉快なことになるかは、簡単に想像できるだろう。 初日、ビームサーベルの試し切りをやって、一度も機体を転倒させなかった者は、一人もいなかった。これはなまじ、長刀の扱いに慣れていれば慣れているだけギャップに苦しむ。事実、初日、最多転倒数を記録したのは、迎撃後衛や砲撃支援の人間ではなく、本来最も長刀の扱いに慣れているはずの、突撃前衛の者だった。 なにせ、ビームサーベルは長刀と違い、切るのに腰を入れる必要も体重を乗せる必要もないのだ。長刀の感覚で振り降ろした最初の者は、見事に戦術機で「前回り受け身」を決めたほどだ。『よし、次はビームサーベルだ。各員、武器を持ち替えろ』『了解ッ!』 みちるの指示を受け、一同はすぐに、その問題のビームサーベルに持ち替える。 一際大きな声で返事を返したのは、初日の汚名返上に燃える突撃前衛長だった。「どう、ピアティフ。実戦に間に合いそう?」 武達がビーム兵器の完熟に勤しんでいるのを見ながら、夕呼はデータ処理に追われる副官に話を向ける。「難しいです。このままのペースですと、実戦使用に耐えられるレベルには達すると思いますが、既存の兵器と同レベルまではいきません。完全な完成を見るには、最低一月は時間が欲しいところです」 形の良い眉を少し歪めながら、ピアティフ中尉は、率直にそう答えた。「そう。でもまあ、実戦使用に耐えられるのなら、使わない手はないわね」 こちらもOSの換装と同じ問題だ。 完熟レベルは既存のものに及ばなくても、新兵装のポテンシャルが圧倒的なのである。 100の潜在能力を100パーセントを発揮できる武器と、1000の潜在能力の内50パーセントしか発揮できない武器の比較だ。 結果は100対500で後者の圧倒的勝利となる。無論、実戦にいて兵器の「信頼性」というのは、士気にも影響する最重要パラメータなのだが、この場合はそれを考慮に入れても、新兵器の性能が魅力的すぎる。「戦術機用ビーム兵器プログラム、開発を急がせてちょうだい。ただし、機密保持が最優先。絶対に外に漏らさないように」 夕呼は、最後にそう念を押した。 αナンバーズは、岩国補給基地が完成次第、ビーム兵器を帝国その他、この世界の国に提供するという。 その際に、この「戦術機用ビーム兵器プログラム」はそれなりの意味を持つ。このプログラムがあれば、現在ヴァルキリーズの面々が行っている労苦をスキップすることが出来るのだ。一ヶ月というプログラム構築に必要とされる時間を短縮するために、それなりの対価を払う国は必ずあるはずだ。 大して強いカードではないが、それなりに意味を持つカードにはなるだろう。 それにしても、交渉のカードが手に入るのはいいが、おかげで全くと言っていいほど00ユニットの開発が進まない。元々行き詰まっている研究ではあるが、今はそれ以前に研究に割く時間がない。 科学者と言うより交渉人に近い我が身を省み、夕呼は内心ため息をついた。【2005年1月10日、日本時間13時05分、横浜基地、海岸演習場】 午前の演習兼、実験データ収集を終えた武達は、PXで昼食を済ませ、再び演習場に戻ってきていた。 ただし、今度はボディラインを剥きだしにした強化服姿ではなく、黒い国連軍の制服姿だ。上には防寒ジャンパーを着込み、足下は滑り止めの付いた冬季用軍靴を履いている。 その格好から分かる通り、午後は武達の演習があるわけではない。今度は見せる側ではなく、見る側である。 昨日、小惑星帯のαナンバーズ本隊から地球にやってきたという新戦力が、この横浜基地で演習を行うというのだ。 一応表向きの名目は、「しばらく離れていた1G下での機動に慣れるため」といっているが、実際には帝国に対する戦力アピールが主目的である。 十日後に予定されている『甲20号作戦』と平行して行われるαナンバーズの作戦『オペレーション・ハーメルン』。 あえて、帝国領海にBETAを引き寄せてそれを叩く、という帝国からすると、はた迷惑な作戦を決行する許可を貰うため、αナンバーズはそれを実行できる十分な戦力がある、ということをアピールしたいのだろう。 もっとも、すでに先の横浜基地防衛戦で、キングジェイダーの気違いじみた殲滅力を目の当たりにしている帝国の首脳部に、「今度はもっと凄い戦力があるから大丈夫です!」などと言っても、わき上がるのは安堵感ではなく、強い警戒心なのだが。「たけるさん、榊さん。さ、寒いねえ……」 丸い頬を赤く染めながら、壬姫は支給品の合皮手袋を填めた両手をこすりあわせる。「ああ。流石にこれはちょっとな」 武も、雪を踏みしめる軍靴から上がってくる冷気に震えながら、壬姫にそう返した。「これ、モニターしてるんだろ? 直じゃなくて、中央作戦司令室のモニターで見学するわけにはいかなかったのか?」「馬鹿ね。司令室に私達一兵卒が入れるわけないでしょ。しかも今は、基地司令や香月博士だけじゃなくて、帝国軍の将官も見学に来ているのよ。そもそもこんな間近で見学が許されたのは、司令室の人間を除けば私達だけなのだから、そんな贅沢言ったら怒られるわよ」 武の相変わらずどこか軟弱な発言に、千鶴は腰に手を当て、呆れたような声で返す。 この三年で、随分とたくましくなった武だが、やはりどこか根本的に価値観が違うところがある気がする。一年ぶりに武と再開した千鶴は、特に強くその違いが感じられた。「あら、みんなそろっているみたいね」 ヴァルキリーズの面々が身を寄せ合って演習の開始を待っていると、予想外の声が後ろから聞こえてくる。「ッ!? 敬礼っ!」「ああ、いいから」 予定外の上司の来訪に、驚いたみちるが号令を掛けるが、とうの上官――香月夕呼は手でそれを制すると、ゆっくりと歩いて武達の前に出た。「香月博士。博士は、司令室ではなかったのですか?」「モニターの画像データは後でも見られるからね。今は、せっかくだから生で見させて貰うわ」 みちるの言葉にそう返した夕呼の言葉に嘘はないが、夕呼が司令室に向かわなかった理由は、司令室にいる帝国軍の将校や官僚達の存在が大きい。 どうせ夕呼が入室すれば、モニターもそっちのけで交渉を持ちかけてくるに決まっているのだ。 それはそれで有益且つ必要なことであることは認めるが、こうも交渉と根回しに終始していると自分の本分を忘れそうになる。 たまには科学者としての好奇心を優先させても悪くはあるまい。「さて、今度はどんな機体かしらね……」 鋼鉄ジーグとキングジェイダーに耐えきった今の自分ならば、大概のものに耐えられる。意味不明な自信を込めた視線で、夕呼は港に停泊する、二隻の白い巨艦を睨み付けた。 夕呼は挑戦的な視線に誘われたわけではないだろうが、ちょうどそのタイミングで本日の主役は姿を現した。 港に停泊する戦艦、アークエンジェルのカタパルトデッキが開き、一気に飛び出してくる。 全長50メートルの巨体。全身真っ赤の派手なカラーリング。そして、意味不明な背中のマント。 それはゲッタードラゴンであった。「うおお、すげえ」 そんな声を上げ、上空を見上げる武の表情にも、以外と余裕がある。まあ、ゲッタードラゴンは大きさで言えばキングジェイダーの半分以下だし、色の派手さで言えば紫、赤、水色のエヴァンゲリオンシリーズほどではない。 そう言った意味では、ゲッターは確かにインパクトに欠けていた。この時点では。『いくぞ、ゲッター!』 何の必要があるのか、わざわざ外部マイクをオンにしたゲッターチームリーダー、流竜馬の声が横浜港の上空に響き渡る。 次の瞬間、深紅の特機は、空中に飛行機雲で星を描くような勢いで飛び回り始めた。「す、すっげー!」 これには改めて武も感嘆の声を上げる。二十度を下回るような鋭角なターンを空中で何度も見せるその様は、あのイサム・ダイソン中尉のVF-19エクスカリバー以上だ。 思わずウズウズと手を動かしている武に、夕呼は呆れた声色を隠さず声を掛ける。「真似しようなんて考えるんじゃないわよ」「えっ?」 図星を指されてビクッと身体を震わせる武に、夕呼はため息をつきながら諭す。「あんな動き、『慣性制御』しているに決まっているでしょ。耐G防御が強化装備頼りの戦術機であんな真似したら、あんた口から内蔵はみ出るわよ」 まあ、その前に機体フレームがGに耐えきれずに、旋回の度に手足を落としていくでしょうけど、と夕呼は付け加えた。「あ、そうか」 流石は異世界の技術だ。武の目に憧憬の色が浮かぶ。戦術機にも慣性制御装置が搭載されれば、自分もああいう機動が可能になるのに。『よし、次だ。隼人、準備は良いか!?』『おうよ、いつでもオーケーだ、リーダーさんよ』 熱血リーダー流竜馬の声に、クールな二番手神隼人が答える。『チェンジ・ライガー! スイッチ、オン!』 その声を合図に、ゲッタードラゴンは三機の戦闘機に分離した。 三機のゲットマシンは、縦横無尽に横浜の空を飛び回る。「………………」 基地の中も外も、見学者全員が呆然と言葉を失っている間に、三機のゲットマシンは合体を果たす。この世界の戦闘機では絶対に追いつけそうにない速度を全く殺さないまま、ガチャンガチャンと音を立てて戦闘機がくっつくと、それは人の形を取る。 蒼を基調にしたロボットが、地上に舞い降りる。右手がドリル、左手がアンカーになっている。あのアームでどうやって戦うのだろうか? 海神のような固定武装タイプなのだろうか? 皆が固まっている間に、夕呼は感嘆の籠もった声を上げる。「……興味深いわね。あれは、とんでもないレベルのコンピュータよ」「えっ?」 思わず声を上げる武に、夕呼は鈍いわね、言わんばかりに一度視線を向け、「あの高速で合体を成功させる。常識を越えたレベルでコンピュータ制御しているのよ。気温、湿度、気圧、それにおそらく重力といった外的変化要因。さらに、燃料消費や弾薬消費に伴う、質量変化や重心変化といった内的変化要因。それらを全てコンピュータが計算した上で、タイミングや位置がコンマ数秒、コンマ数ミリ狂っただけで衝突事故を起こしかねない、あの高速合体をオートで成功させているのよ」「な、なるほど……」 夕呼の説明に納得した武は、ゲットマシンに搭載されているコンピュータの優秀さに感心した。 夕呼の目にもギラリとした下心の色が滲む。それほどの優秀なコンピュータ。設計概念だけでも教えてもらえれば、00ユニットの開発に役立つかも知れない。まあ、本当に見せて貰いたいコンピュータは、キングジェイダーの『トモロ0117』だが。 そんなことを考えている夕呼に、武は素朴な疑問をぶつける。「でも、そもそもあの機体。どんな原理で合体してるんでしょうね?」「え? ごめん、聞いてなかったわ。何か言った?」 珍しくキョトンとした顔で聞き返す夕呼に、武はもう一度、同じ言葉を繰り返そうとする。「いや、だからあの機体の合体原理……」「ごめん、全然聞こえない。もう一度言ってくれる?」 武の語尾にかぶせるようにして聞き返す夕呼の表情はいつも通りなのだが、なぜか武は背筋にゾクリと寒いモノを感じた。「……いえ、何でもないです」「そう、ならいいわ」 夕呼の視線が外れると、不思議と悪寒はピタリと止んだ。 武はホッと安堵の息をついている間に、ゲッターGは次の変形に映る。『最後はお前だ。ちゃんとやれよ』『今回の主役は、お前なんだからな、弁慶』『応、任せておけ! チェンジ・ポセイドン! スイッチ、オン!』 先ほど同様、三機の戦闘機に分離したゲッターロボGは、再度合体を果たすと、水中戦用機体、ゲッターポセイドンへと変貌を遂げる。『うおお、いくぜえ!』 弁慶は雄叫びを上げながら、ゲッターポセイドンを横浜港へとダイブさせる。 今回の作戦で重要視されるのは水中戦闘能力だ。ここからが本番と言えるのだが、生憎この場からは見えない。 モニターには、水中カメラの画像が映っているはずだ。「ッ、失敗したわね。やっぱり司令室でモニターを見ているべきだったかしら」 夕呼がそう呟いた次の瞬間だった。『そりゃ、ゲッターサイクロン!』 突如、穏やかだった横浜の海に、巨大な渦が巻き起こる。「ふわああ……!」「な、なにが起きてるの?」 ヴァルキリーズの面々は、ザワザワと騒ぎ出している。まあ、さっきまで穏やかそのものだった横浜の海に、突如鳴門の大渦を越える異常海流が発生したのだから無理はない。「…………」 何となく、今モニターの前にいなくて正解だった気がする夕呼であった。【2005年1月10日、日本時間14時19分、横浜基地、会議室】 ゲッターGの演習が終わったところで、横浜基地に来ていた帝国軍将校達は、小さな会議室でαナンバーズの責任者達と会談の場を設けていた。 今回演習を行ったのはゲッターだけだ。ヒイロ達五人は元々正規兵というよりゲリラに近い性質のため、機体を必要以上に衆目に晒すことを拒絶した。 ガルドのVF-11サンダーボルトは、先に地上で活躍しているVF-19エクスカリバーより、性能が下だ。今更、パフォーマンスを見せても、インパクトは薄い。「いやあ、素晴らしい機体ですな。我々としても心強い限りです」 あからさまなおべんちゃらを使っているこの男は、帝国軍で少将の階級を持つ高級参謀である。 背が小さく、小太りで、頭頂部のはげ上がった冴えない中年男だが、交渉役としてはそれなりの実績がある。「は、ありがとうございます」「ご理解いただけたなら、幸いです」 対面に座る大河全権特使とブライト大佐は、殊勝な顔でそう言うと、小さく頭を下げた。 大河達は悪くない感触を得ていた。これならば、『オペレーション・ハーメルン』に帝国からの横やりが入ることはなさそうだ。 国連主導の甲20号作戦における犠牲者を減らすために、帝国領内にBETAを引き寄せる。それが『オペレーション・ハーメルン』の実態だ。 現状、国連とはあまり良い関係を築いているとは言えない帝国にとっては、決して面白い話ではないだろう。 だが、実際には帝国からすると、この提案を蹴るということは最初からあり得ない。 なにせ、帝国はこれまで二度、ハイヴ攻略戦で酷い目に遭っている。 シベリアの甲26ハイヴが陥落したときには、BETAの一部が佐渡島ハイヴを目指し、北海道に上陸した。 半月前、佐渡島の甲21号ハイヴが陥落したときには、残った全BETAが横浜基地を目指してやってきた。 それを考えれば、朝鮮半島の甲20号ハイヴが陥落したときに、残ったBETAの一部、もしくは全部が、また横浜にやってこない保証はない。 その場合、αナンバーズの協力なしに、対処するのは難しいだろう。 攻略戦に直接軍は出さないものの、今回の作戦は日本帝国にとって全く他人事ではないのである。 元々九州、四国、中国地方は対BETA戦の緩衝地帯として、無人のままにしてある。確実にBETAを殲滅してくれるならば、多少の無茶は許容範囲内だ。 ましてや、αナンバーズが立候補している対馬は、元々防衛ラインにも入っていない完全に切り捨てていた島である。極端な話、島そのものを海に沈めでもしないかぎり、抗議をするつもりはない。「では、我々の南日本防衛線への参加と、『オペレーション・ハーメルン』の発動を許可していただけるのですね」 念を押す大河特使に、男は笑いながら、「ええ、こちらからお願いしたいくらいです。ただし、対馬を海の底に沈めるのだけは勘弁して下さいよ」 あそこは貴重な我が国の領土ですから。そう冗談を飛ばす太めの参謀に、大河は、「はい。その点に関しましては、細心の注意を払う所存です」 神妙な表情で頭を下げた。 一瞬きょとんとした参謀であったが、大河の返答をウェットに富んだジョークの一種と取り、さも面白そうに笑った。 ひとしきり笑ったところで、参謀は本題を切り出す。 帝国の将官がわざわざこの横浜基地まで来たのは、横浜の牝狐経由でとびきりの情報が入ったからだ。しかも、その情報の一部は午前中の間に、この目で確かめている。 中年男は、わざとらしく数度咳をすると、話し始めた。「えー、それで午前中にご拝見したのですが、香月博士の直属部隊が、そちらの兵器を使用していたようですが」「はい。伊隅ヴァルキリーズの皆さんには、十日後の作戦に同行していただくことになりましたので、戦力強化のために貸与しました」 元々隠す気はない大河特使は、堂々と胸を張って答える。「それは、今回は特例、ということですかな?」 日本人の癖と言うべきか、少し遠回りな質問に、大河は「いいえ」と首を振ると、「現時点では我々も、あまり物資が豊富ではないので伊隅ヴァルキリーズに限らせていただきますが、岩国補給基地が完成した暁には、BETAと戦う国々から希望があれば、同レベルのものを譲渡するつもりです」 そうきっぱりと言い切る。 太った少将は動揺を隠しきれず、ガタンとテーブルに手をつく。「す、全ての国、ですか?」「はい。原則、全ての国に、です」 これが、現時点でαナンバーズが出した結論だった。 日本帝国の口から語られる国連という組織は、はっきり言えばかなり偏見が混ざっている。オルタネイティヴ計画が5に移行してから、国際社会の主流から大きく外れた日本は、どうしても国連及びそのバックのアメリカに良い感情を持っていない。 だが、その偏見の分を割り引いても、国連という組織が「国際社会の総意」を発するのではなく、アメリカという唯一の超大国の代弁者と化しているのは、事実のようだ。 国連がその公平性に付いて全く信用できないのであれば、全ての国と、個別に対応していくしかない。ただし、可能な限り公平に。求められたら全ての国に同じ条件で、同じものを提供する。それが日本であろうと、アメリカであろうと、ソ連だろうと、だ。 無論、このやり方でも多くの問題はある。 結局は、危険な武器をこの世界にばらまくことには変わらないし、そもそも領土を失った国が50を超えている現状で、どの勢力を『国』と認めるか、と言う問題もある。 このように予想される問題だけでも山積みだが、それでも国連を一括窓口にするよりはいいという判断なのだろう。 国連に一任すれば、下手をするとそれらの兵器は、全てアメリカの研究部に納められ、対BETA戦は今まで通りG弾を中心に、ということにもなりかねない。「もっとも、岩国補給基地の生産力にも限りはありますので、あまり過剰な期待はしないで戴きたいのですか」 大河は低く静かな声でそう付け加えた。 ミノフスキー粒子発生装置が無ければ、ビーム兵器も核融合炉もこの世界の技術にはなり得ない。まずは何をおいても、ミノフスキー粒子だ。 この世界の科学者達にミノフスキー粒子について理解して貰い、将来的でもいいから、この世界の人間の手でミノフスキー粒子発生装置を作れるようになってもらわなければ、それらの技術はこの世界に根付かない。 自分たちが去った後、BETAがやってくることを考えれば、ある程度の技術の流出は必要だ。 ブライトのような単純な軍人としては、いっそ難しいことを考えるのは全て放棄して、この宇宙に存在する全てのBETAをαナンバーズで撃ち滅ぼした方が速い気さえしてくる。「それでは、岩国基地で生産される最初のロットを予約することは可能ですかな?」「そうですね。しかし、我々にも無から有を生むことは出来ませんので、原材料は提供していただく必要がありますが。無論、その場合には……」 なおも交渉を続ける帝国将校と大河全権特使を横目で見ながら、ブライトは不慣れな席に腰を下ろす疲労感を顔に出さないよう、表情筋に力を込めるのだった。【2005年1月10日、日本時間16時03分、帝都東京、帝国技術廠、第壱開発局】 帝国の兵器技術開発における最高峰の一つに挙げられる、帝国技術廠。 ちょっとした修理工場が二つ三つは入りそうな大きな工房の片隅で、帝国有数の技術者達は、呼吸音すら押し殺し、モニターの画像に見入っていた。 それは、先の佐渡島攻略戦における、αナンバーズの活躍を纏めた画像資料である。実機テストのように専用のカメラ部隊が取ったものではなく、実戦参加している戦術機や戦車などのカメラからより集めて編集しただけの代物なので、素人が見れば酔ってもおかしくないくらいに、グチャグチャな映像だ。 だが、そんな、カメラワークの悪さなど、この場にいる専門家達は欠片も気にしていない。「…………」 熟練の技術者達、秀才の異名高い科学者達が、息を呑んで見入る画像の中心に映っているのは、白黒二色――モノトーンカラーに塗られたスマートなモビルスーツ、νガンダムである。 飛行の能力もないのに、戦術機を遙かに超えた回避力。ほとんど反則としか思えない威力のビームライフル。どう考えてもESP能力者だとしか思えない衛士の技量など、気になる点は多々あるが、明らかにこの映像がメインに添えているのはそれらではなかった。 衛士の操るとおり単独で空を飛び、そこからビームを放つ、摩訶不思議な白い板きれ。『フィンファンネル』と呼ばれるそれが、どうやらこの画像を持ってきた人間達が、彼らに見せたいものであったようだ。「…………」 画像が終わった所で、大佐の階級章をぶら下げた中年の男は、ゆっくりと話し始める。「見て分かったと思うが、この兵器『フィンファンネル』は、我々から見れば、新技術の宝庫と言える。諸君等に依頼したいのは、このフィンファンネルの技術解明だ」 そう言って中年の大佐は、左手を大きく広げ、横を指さす。 そこには見るまでもなく、先ほどモニターに映っていた、全長20メートル近い長大な白い金属板が、十数枚、立てかけられていた。 帝国軍が、佐渡島から回収したものだ。中には半ばから折れていたり、レーザーを浴びてひしゃげていたりするものもあるが、大半は原形を保っている。「高速で飛行する無線誘導、この大きさであの飛行時間を確保する高性能エネルギーパック、そしてビーム兵器。どれか一つでも解明できれば、対BETA戦線において、どれだけ劇的な変化をもたらすか言うまでもないだろう。 時間に制限はつけない。予算も可能な限り融通しよう。諸君等の奮闘に期待する」 予算も可能な限り、と言ったところで参謀の横に控えていた若い副官が、少し驚いたような表情を浮かべたが、話に聞き入っていた技術者達は全く視界に入れていなかった。 あまりに急な話だが、この場にいる技術者、科学者は皆軍人であり、目の前の参謀より階級も低い。 さらには、最初に技術廠の総責任者からの委任状も見せられている。ついでに言えば、全く未知の新技術に触れる機会を逃すような、知的好奇心を死なせた人間が、技術畑にいるはずもない。「分かりました。全力を尽くします」 技術者達は、明らかになれていない敬礼で、答えるのだった。「で、親父さん。どうします、こいつ?」 満足げに、参謀とその副官が去っていった後、早速技術者達は『フィンファンネル』の一枚をクレーンで持ち上げ、作業台の上に降ろし、調べ始めていた。 親父さんと呼ばれる、この中でも最古参に近い技術者に皆の注目が集まる。「まあ、これだけ数があるんだ。まずは一つ、壊れているのを試しにばらしてみるか」 親父さんは、早速その節くれ立った手に愛用のレンチを握り、解体作業に入ろうとしている。「了解です。けど、親父さん。何から調べるんですか?」 参謀が提示した技術だけでも三つある。「特殊無線誘導」「高性能エネルギーパック」そして「ビーム兵器」。どれも、この世界の基準からすればオーバーテクノロジーなのだが、オーバーテクノロジー過ぎて、どこから手をつければいいか分からない。 だが、親父さんの異名を持つ古参の技術者は、皺深い顔をくしゃくしゃにして笑うと、「そうだな。まずはこの板きれがどやって空中に浮いているのか調べてみっか。話はそれからだ!」 端的に、最大の謎に挑む宣言をするのであった。 一方、工房を出た参謀とその副官は早足で、灰色の空の下を歩いていた。 参謀の左斜め後ろを歩く若い副官が、少し焦った声を上げる。「大佐、良いのですか? 予算に付いて釘を刺さなくて」 元々兵器開発局というのは恐るべき金食い虫な上、技術屋や科学者という人種は金に頓着しない人間が多い。あんな言い方をすれば、どんな明細書を送ってくるか、知れたものではない。 しかし、参謀は正面を向いて歩き進みながら、答える。「良いのだ。君は知らないのかね? 昨今、財務省に毎日お客さんが訪れているのを」「お客さん、ですか」 尋ね返す副官に、参謀は前を向いたまま、頷く。「そうだ。一昨日は、ローマンブラザーズの極東支部長。昨日はモーガン・スタンレーのアジア・オセアニア支部長。今日などは、ゴールドラックスの本部副部長がわざわざ、アメリカから日本に来たのだぞ」 ローマンブラザーズ、モーガン・スタンレー、ゴールドラックス。どれも、世界有数の投資銀行である。そんな奴らが、わざわざ財務省に訪れる理由など一つしかない。「では……」「そうだ。皆、口を揃えて聞いてきたよ「今年の帝国国債はいつ発行するのか?」とな」 ある程度余裕のある連中は皆、未知の超技術を披露したαナンバーズとその母国、日本帝国に貸しを作りたくてしょうがないようだ。 副官は思わず言葉をなくす。そいつ等が去年までどんな態度でいたか、よく知っているからだ。「確か去年は」 怒気の籠もる副官の声に、参謀は苦笑しながら、「ああ、去年は財務省の事務次官クラスが、土下座行脚に近い真似をして、どうにか国債を買って貰ったのだがな」 それが、今年は掌を返し、「どうか、国債を売ってくれ」と言ってきている。財務省の試算では、去年の倍発行したとしても、国債は飛ぶように売れるだろうと出ているらしい。 おかげで今財務省は、今年の方針について大論争が起きている。この機を逃さず国債を売りまくれ、と言う者もいれば、この機会に、借金の泥沼から抜け出す試算を立てるべきだ、と言う者もいる。 若い副官は完全に立腹しているが、中年の参謀はむしろ感心してる。この、ドライで拘りのない価値観が、アメリカを世界唯一の超大国としているのか、と。 世界はいずれ気づくだろう。αナンバーズの技術は、帝国のものでも横浜の牝狐のものでもないことに。 幸い、この異世界の超技術の解明競争において、帝国は一足先にスタートを切ることが出来たのだ。なんとしてでもこのスタートダッシュで他国を引き離さなければ、帝国は永遠にアメリカに組み敷かれたままだ。 参謀は、冬の灰色の空を見上げながら、国のため己のやるべき事について考えていた。 【2005年1月10日、日本時間20時00分、横浜基地、港、ラー・カイラム、アークエンジェル】『それでは、甲20号作戦は、1月20日で正式決定ということだな?』 夜のフォールド通信会議は、確認するエルトリウム艦長、タシロ提督の発言から始まった。「はい。近々、横浜港にも国連軍の部隊がやってくる予定になっています。我々αナンバーズ先行分艦隊は、当日、対馬入りし、南日本防衛線に参加。その後、状況を見て必要とあらば『オペレーション・ハーメルン』を発動します」 横浜港に停泊する戦艦、ラー・カイラムの艦長席からブライトはそう告げる。『うむ。帝国からオペレーション・ハーメルン発動の許可が下りたのは何よりだな。しかし、1月20日では、これ以上の戦力増強は出来んな』『はい。光竜、闇竜共に復帰は1月22日の予定です』『こちらは、VF-11サンダーボルトの二機目が1月19日に完成する予定ですが、移動時間を考えるとやはり間に合いません』 タシロ提督の声に応え、GGGの火麻参謀と、バトル7のマックス艦長は淀みなく答える。『それ以外でしたら、ガンダム・ステイメンは、1月28日にフルオーバーホールが完了する予定になっています。正確な日時が提出されているのはそれで全てです』 淡々とした口調で、エルトリウム副長がそう付け加えた。 各機の復旧具合は順調なようだが、やはり1月20日の『甲20号作戦』に間に合う機体はないようだ。これ以上の戦力の増強は望めない。「分かりました。こちらは現状の戦力で、対処します」『うむ。すまんが、よろしく頼んだぞ、ブライト君』 ブライトとタシロはモニター越しに頷きあった。「それで、そちらの状況はどうなっているでしょうか?」 話を振られたタシロは、少し顔をほころばせ、話し始める。『こちらは比較的順調だ。BETAの着陸ユニットは毎日のようにやってくるが、いつも通り迎撃している。エルトリウムの医療班が定期検診をしているが、乗組員でストレス性の心身障害を起こしている者もいない』 元々一度は地球を追放され、宇宙を放浪する覚悟を決めた人間達だ。連日の警報くらいでおたおたする人間はいないのかも知れない。もちろん、これが今後もずっと続くのなら、また話は別なのだろうが。『本隊及び、資源回収部隊の警護を優先しているので、ペースは落ちていますが、火星ハイヴ間引き作戦も順調です。火星全体を衛星軌道上から検索した結果、火星のハイヴを46確認。そのうち、火星降下部隊はこれまでに4つのハイヴの攻略に成功しています』 エルトリウム副長は、タシロ提督の後に続けて、手元のクリップに目を落としながら、説明した。 12月31日から始まった『火星ハイヴ間引き作戦』。11日で4つというのは、当初予定していたペースより落ち込んではいるが、そう悪くないペースと言えるだろう。 いかにガンバスターやガイキングが無敵でも、タカヤ・ノリコやツワブキ・サンシローは不死身ではないのだ。『しかし、問題もある。一昨日ガンバスターとガイキングが火星に向かったところ、最初に落としたハイヴの近くに、新たなハイヴが建設されていた』 タシロ提督は少し顔をしかめてそう言う。「やはり、ですか」 同じく渋い顔をするブライトであったが、それはある程度最初から予測された事態でもある。 こちらはあくまで、惑星の外から定期的に攻撃をしかけているだけなのだ。火星のBETAが、ハイヴを修復したり、新しいハイヴを建設する余裕は幾らでもある。 実際、落ちたハイヴを修復されるという予想と比べれば、新たなハイヴを作られるというのは、遙かにマシだ。最悪というのはほど遠い。 新設されるハイヴなど現時点ではまだフェイズ1。フェイズ6ハイヴを四つ落としている間に、フェイズ1ハイヴが一つできる程度の抵抗ならば、いずれ力で揉みつぶせる。『もっとも、この世界の人類が経験したBETAの特性からすると、新たな攻撃を受けたBETAが対処法を生み出すまで、19日かかるとなっていますな。火星ハイヴ間引き作戦に問題が生じるとすれば、1月19日以降ということになりますかな』 楽観論に転がりそうな雰囲気に水を差すように、バトル7のエキセドル参謀はそう発言した。 確かにそうだ。この世界の地球でも最初のハイヴ攻略戦は航空戦力が有効に働き、圧倒的に人類が押していたのだという。そこに対空迎撃に特化したBETA――レーザー級、重レーザー級が現れ、戦況が一変したのだ。 火星でも、ガンバスターやガイキングに対抗する新たなBETAが生まれないとは限らない。『うむ、油断は禁物だな』 タシロ提督は、己を戒めるように深く頷いた。『あと、大きな動きとは言えないが、ガイキングその他の修理が完了したことで、大文字博士とサコン君が次の特機の修理に取りかかってくれている』 タシロ提督の言葉を受け、それまで聞き役に徹していた大空魔竜の総責任者、大文字博士が口を開く。『はい。所詮私は、ガイキング以外は門外漢ですので、どの程度お力に慣れるかは分かりませんが、まずはサコン君と力を合わせて、ダンクーガの修理に取りかかっています』 最初にダンクーガを選んだのは、この機体が特機の中では珍しく軍に所属する機体だからだろう。そのため、他の特機と比べれば、データや資料が多く残されている。 一般整備兵が見てもちんぷんかんぷんな資料も、特機の開発者である大文字博士や、人間コンピュータの異名高い、天才・サコンが見れば、十分修理に役立つ。 今は修理の前段階で資料の読み込みをやっているというが、将来的には修理できる目安は立ちそうだという。 一つでも特機の修理の目処が立つのは朗報だ。『こちらからの報告は以上だ』 大文字博士の説明が、終了したところで後を引き継ぐようにタシロ提督がそう締めくくる。「わかりました。では、こちらからの報告ですが、まず、香月博士の直下部隊、伊隅ヴァルキリーズに『ビームライフル』と『ビームサーベル』の予備を譲渡しました」 タシロ提督の言葉を受け、ブライトは今度は先行分艦隊の状況を説明し始める。『まあ、『オペレーション・ハーメルン』に同行されるのならば、それくらいの助力は必要でしょうな』 エキセドル参謀が相づちを打つように、その大きな緑色頭を縦に振る。『はい。ミノフスキー粒子発生装置は渡していないので、ビームの補充は出来ませんが、どのみち『オペレーション・ハーメルン』では、伊隅ヴァルキリーズの戦術機も、ラー・カイラムかアークエンジェルに搭乗して貰うことになりますので、問題はありません』 無論、この世界の兵器のように、補給コンテナを戦場にばらまけた方が効率が良いのは確かだが、無いものは仕方がない。『そして、今後『岩国補給基地』が完成すれば、同レベルの兵器をこの世界の国家に譲渡する、か』 何か考えることがあるのか、タシロ提督は目を瞑り、身体を艦長席の背もたれに預ける。 兵器の譲渡や技術の流出には、慎重論も多々出されたのだが、やはりこの世界の人類の生存を考えれば、ある程度は必要不可欠だという結論が出た。 それに、すでにビームライフルとビームサーベルは、香月夕呼の手に渡してしまっているのだ。 香月夕呼の評判は、上から下まで色々ある。正直、良くないものの方が多いが、それでも一つだけ、どれだけ夕呼を嫌っている人間でも認めぜるをえない長所がある。それは、香月夕呼が掛け値なしの『天才』だということだ。『天才』。その言葉で最初に思い出されるのはやはり、「ビアン・ゾルダーク博士」と「シュウ・シラカワ博士」の二人だ。 香月夕呼が、あの二人に匹敵する才の持ち主だとすれば、ビーム兵器など半年後には量産にこぎ着けていてもおかしくはない。 そう言う意味では、ここでαナンバーズがビーム兵器とその理論を流出しなかったとしても、技術の流出という問題に関しては、早い遅いかの違いしかない。 甲20号作戦発動まで、後十日。 時間はまだあるが、打てる手はどうやらもう無いようだ。 可能な限りの援軍は地上に降ろしたし、補給物資はラー・カイラム、アークエンジェルの積載限界近くまで補充した。 各パイロット達も十分にやる気を高めているし、伊隅ヴァルキリーズという現地の援軍も加わることになった。 人事はつくした。後は天命を待つのみ。もし、天命がろくでもないものであれば、その時改めて力尽くで天命をねじ曲げればいい。滅茶苦茶な考えだが、αナンバーズは今日までずっとそうやってきたのである。 αナンバーズの艦長達は、最後に互いの健闘を祈り、敬礼を持って通信を終えるのだった。