Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その6【2005年1月20日、日本時間12時10分、日本帝国帝都東京、大韓民国大使館】 時間は少しさかのぼる。 鉄源ハイヴに二度目のG弾が投下される前、東京の大韓民国大使館では、年若い駐日韓国大使が急な来客の対応に追われていた。 十把一絡げに大使といってもそこには明確な差がある。実力、年期、国によっては血筋などを考慮し、順位のつけられた大使達は、それぞれ評価の高い順に、より重要度の高い国に送り込まれる。 一番は言うまでもなくアメリカ合衆国である。これは、完全な別格だ。 各国とも在米大使には、エース中のエースを送り込んでいる。中東連合の国の中には、首長家の直系を据えている所もあるくらいだ。 それから遙かに下がった所の二番手が、国連大使。さらに少し下がった所が、アフリカ連合とオーストラリアだろう。その次がEUとソ連といったところだろうが、この辺りになると各国の事情により、優先順位は変動する。だが、確実に言えることはつい一ヶ月前まで、国際社会の中心から大きく外れていた日本帝国に対する重要度は、大体どの国も決して高くないということである。 必然的に、この駐日韓国大使も、あまり国内で重要視されている人間ではない。とはいえ、大使は大使だ。本国(この場合は、アメリカにある大韓民国臨時政府を意味する)に、直接話を通すことができ、逆に政府の指示も直接受ける立場にある。 αナンバーズ全権特使、大河幸太郎が目的を果たすには十分な相手であった。「でありますから、こちらの事情はご理解いただけると思います」「ええ、それはもう重々に」 身を乗り出して熱弁を振るう大河幸太郎の迫力に押されるように、ダークグレイのスーツを着た駐日韓国大使は、椅子に座ったまま少しのけぞりながら答えた。 現在ここ、韓国大使館の接客室には、五人の人間がいる。 強化ガラス製のテーブルを挟み向こう側に二人、こちら側に三人。 向こう側の二人は、大使本人とその秘書である。 対するこちら側の三人は、大河特使と、その護衛という名目で付いてきた破嵐万丈、そして、αナンバーズと駐日韓国大使館の間を取り持った、日本帝国外務省の高級役人だ。大河はもちろん、付き添いの万丈もオーダーメイドの背広を着こなし、この場の雰囲気に見事に溶け込んでいる。 単純な護衛としての能力だけを考えれば、サイボーグある司馬宙やルネ・カーディフ・獅子王のほうが向いているのだろうが、この場の雰囲気を考慮すればやはり、破嵐万丈という選択肢は正解だったといえる。 だが、この場の話は、大使と大河の二人だけで進められており、万丈は外務省役人同様、ただの聞き役に過ぎなかった。「我々αナンバーズがいかなる存在であるかという議論は、この際脇に置いておかせていただきます。問題は、甲20号作戦の余波がこの日本列島に及ぼす影響とその対処法なのです。現在、帝国軍と我々αナンバーズは、帝国領海に防衛部隊を展開しておりますが、貴国の領内に入る許可をいただければ、戦闘効率は格段にアップするのです」 大河は、そのゴツゴツとした両手を強化ガラス作りのテーブルにのせ、身を乗り出すようにして熱心に説いていた。 現在は日本の領海ギリギリに留まっているαナンバーズの先行分艦隊であるが、韓国領に立ち入ることが出きれば戦闘ははるかに効率的になる。 現状のプランでは、ジェイアークがおびき寄せるBETAを、海中部隊が掃討し、そこから漏れたモノを対馬に上陸しているαナンバーズ地上部隊と伊隅ヴァルキリーズ速瀬隊が対処、それでもなお取りこぼすモノを九州沿岸の日本帝国軍が水際防御、という形になっている。 しかし、これが韓国領に入ることが許されれば、αナンバーズは、朝鮮半島を南下してきたBETAが、日本海に入ろうとするその鼻先に、アークエンジェルやジェイアーク、ウイングガンダムゼロなどの大火力をくらわせることが出来るのだ。 敵が最も密集すると予想される地点に、最大火力を配置する。その効果は言うまでもあるまい。 それは、αナンバーズの戦力を全く知らない韓国大使にも十分に理解できる理屈であった。 この世界の常識でも、人類がBETAを相手に最も優位に戦う事が出来るのは、陸上のBETAを海上から攻撃することなのである。 それは、日本帝国がこの狭い領土内にハイヴを抱えながら、曲がりなりにも国家を維持できていたという事実からも分かるだろう。もし、甲21号ハイヴが、佐渡島という海上の小島に位置していなければ、今頃日本帝国はヨーロッパ諸国同様とっくに国土を放棄せざるを得なくなっていたはずだ。 よって、大使としても大河の要求は理解できる。しかし、世の中はそこまで単純な話で回っているわけではない。 帝国軍とαナンバーズは、今回の甲20号作戦には参加していない。G弾によるハイヴ攻略を是とするアメリカは、彼らの勝手な参戦を決して快くは思わないだろう。 韓国にとってアメリカとは、大家であり最大の援助者であり、事実上の主でもある。顔色を伺わずにいられない。「お話はよく分かります。しかし、現在、すでに甲20号作戦は始まっているのです。やはり、許可は出来ません。そのような横やりは戦場に混乱をもたらします」 大河の迫力に押されながらも大使は、きっぱりとした口調で言い切った。無論大河も、それで引き下がるわけはない。「なにも鉄源まで戦力をあげるとは言っていません。せめて、貴国の領海への侵入と、半島への地上攻撃を許可していただきたいのです」 時間という制約を背中に感じながら、大河幸太郎は焦燥の思いを一切出さず、粘り強く交渉を続けるのだった。【2005年1月20日、日本時間12時37分、朝鮮半島中央、鉄源ハイヴ】 上陸作戦が始まった。 国連太平洋艦隊、大東亜連合艦隊、両方の戦艦から補給コンテナが打ち出され、無人の荒野にばらまかれる。 その後を追うようにして、まず臨津江(イムジンガン)の河口に停泊した、大東亜連合艦隊の戦術機母艦から、何百という戦術機が一気に飛び立つ。 Mig-21、F-18ホーネット、そしてF-18Eスーパーホーネット。「いくわよっ!」「俺達が、俺達の手で取り戻すんだ!」「畜生、BETAの野郎! 目にもの見せてやる!」 押さえきれない感情を爆発させ、大東亜連合の衛士達は朝鮮半島に上陸を果たした。先頭を切るのは、韓国、北朝鮮国籍の衛士達だ。 衛士の平均年齢はおおよそ20歳前後。七年前の『光州作戦』では、まだ小・中学生であった世代が中心である。 あの時は、ただ無力に逃げ惑うしかなかった自分たちが、今は反撃に転じていると思うと、胸に熱いものがこみ上げてくる。 しかし、同時に荒涼とした無力感も感じずにはいられない。朝鮮半島放棄から七年。 現在眼下に広がっている荒野は、元々『逍遥山(ソヨサン)』と呼ばれる山並みがあったはずなのだ。確かに元々逍遥山は、標高600メートル弱のあまり大きいとは言えない山であったが、それでもどれだけの力を持ってすれば、僅か十年足らずで山を平地と化すことが出来るのだろうか。 すでに半島の動植物は完全に死に絶えており、地形も鉄源ハイヴを中心に、巨大なカンナを掛けられたように凹凸を奪われつつある。 まだ、辛うじて半島の南北沿岸、つまりは甲20号ハイヴから離れた辺りには裸の山並みが残されているが、このままではそれも時間の問題だったであろう。 淀んだ臨津江の流れに沿うように、戦術機の群れはまっすぐ鉄源ハイヴを目指す。 BETAの姿は見えない。 無人不毛の荒野を、大東亜連合の衛士達は一心不乱に突き進む。 その時、地中からBETAが姿を現したのは、おそらく誰にとっても予想外のことではなかった。 地表のあちこちに穴が空き、低空を飛ぶ戦術機の内部では、レーザー警報がうるさいくらい鳴り響く。「全機着陸! お客さんだ!」「支援砲撃頼む!」 戦術機部隊の反応は素早かった。 数機がレーザー照射を受ける間に、残りの全機が地上に降りる。 無論地上が安全地帯というわけではない。 緊急着陸の衝撃を殺しきれずに、硬直状態に陥っていたMig-21が、正面から突撃級にはじき飛ばされ、脱出装置を使う間もなく絶命する。「野郎ッ!」 死んだMig-21のエレメントパートナーだったのだろう、別のMig-21が、駆け抜けていった突撃級の背面に小銃を乱射し、かたきを取る。弱点である柔らかな背面に36㎜弾を喰らった突撃級は、走行中にエンストを起こした自動車のように蛇行し、そのまま崩れ落ちた。 だが、その隙に一体の要撃級が真横から近づき、Mig-21の腹部にその鋭く尖った右の爪を突き立てる。「グッ、この野郎!」 コックピットが歪む衝撃を強化服越しに感じながら、衛士は突撃砲の銃口を要撃級の醜い歯を食いしばった口のような尾節に向ける。「思い知ったか……ガッ!?」 はき出される36㎜弾が醜悪なサソリのような要撃級の身体を穴だらけにすると同時に、要撃級の左の爪が、Mig-21のコックピットを貫き、衛士の顔面を突き潰した。 静寂の荒野は、あっという間に騒音の戦場に、姿を変える。 飛行能力を持つ戦術機の後に続いて上陸するのは、自走砲からなる支援砲撃部隊だ。 千を超えるキャタピラが朝鮮半島の大地を抉り、辺りは瞬間的に震度2近い軽震に包まれる。「展開急げ!」「衛士達から、支援砲撃の要請だ。支援砲撃部隊の展開はまだか!?」「現在、支援砲撃部隊の展開率64パーセント。完了まであと15分!」「補給コンテナの射出はどうした? 第一陣の推進剤はそろそろ切れる頃だぞ!」 秩序だった大騒ぎ、といえば良いのだろうか? 混乱が起きているわけではなく、予定通り進んでいるのだが、それでもなお雑然とした喧噪に辺りは包まれている。 支援砲撃部隊が所定の位置に展開し、その護衛の戦車隊と歩兵が周りを固める。 現在は、海上の戦艦が支援砲撃を担当しているが、これ以上内陸に進めば戦艦からの支援砲撃は届かなくなる。前線衛士達の命を守るためにも、兵士達は一秒でも速く支援砲撃部隊の上陸、展開を終了させようと死力を尽くすのだった。「戦術機部隊第一派、ハイヴ東南東50キロに到達!」「ハイヴよりBETAの地上侵攻を確認。総数およそ2万。内レーザー級108、重レーザー級24!」「戦術機部隊損耗率12パーセント。前進体勢を維持!」「地上部隊の展開率78パーセント。後8分で、初期展開を完了します」 黄海に浮かぶ大東亜連合の旗艦艦橋で、大東亜連合艦隊司令官は軽く目を瞑り、次々と入ってくる報告にいちいち頷き返していた。「中央部の重金属雲の濃度はどうなっている? 対レーザー弾の支援砲撃が最優先だ! 補給コンテナの射出も忘れるな」「了解。各艦に通達。対レーザー弾の準備ができ次第、各自の判断で砲撃を開始せよ」 メインモニターに映る朝鮮半島のマップ中央が、あっという間にBETAを意味する赤い光点で埋め尽くされ、青い光点が次々と消えていく。 その様子を見て、司令官は少し口元を歪める。「やはり、まだBETAは戦力を残していたか」 苦い口調で誰にも聞こえないように呟く。 予想していたことだ。BETAを相手にしたとき、希望的観測は全て覆されると思った方が良い。いくら4発のG弾投下で、フェイズ4ハイヴの総数に近いBETAを仕留めたからといって、それで制圧がなったと考えるのはあまりに楽観的すぎる。 だが、それでもあの場面で上陸作戦を提案しないわけにはいかなかった。 一度目のG弾投下の後、『囮役』を担ったのは国連軍の部隊。ならば、必然的に二度目のG弾投下の後、次の『殴られ役』は大東亜連合軍が担当するのが筋というモノだ。 もし、あの場で静観という選択肢を選んでいたら、国連軍司令官から大東亜連合軍の上陸を「要請」されていただろう。決して断ることの出来ない「要請」だ。 それくらいならば、こちらから先に上陸作戦を「提案」した方がよい。アメリカの韓国に対する心証も良くなるだろうし、僅かなりとも戦果を強調できる。 とはいえ、そのためにダイヤモンドより貴重な祖国の若い命が湯水のように浪費されていく様には、年長者として忸怩たる思いは当然あるが。「国連軍司令部に連絡。最後のG弾の使用を提案してくれ」 すでに鉄源ハイヴの周囲は、BETAで埋め尽くされている。ここは一度全軍を引かせて、最後のG弾で地表のBETAを一掃するべきだろう。「了解」という通信士からの声を聞きながら、司令官は厳めしい顔つきで、赤い光点で埋め尽くされつつある祖国の地図を凝視していた。【2005年1月20日、日本時間13時01分、巨津港、国連軍太平洋艦隊司令部】「司令、大東亜連合艦隊から、G弾の投下が提案されました」「うむ」 報告を受け、初老の国連軍艦隊司令官は、我が意を得たりと頷いた。 こちらとしても、ちょうど同じ事を考えていた頃だ。 どうやら、あちらの艦隊司令と自分は、本作戦にたいして同じような考えをしているようだ。非常にありがたいことである。このような複数の艦隊が同時に動く作戦で、トップ同士の思考が重なり合っているというのは、大きなプラス要素だ。 予備用G弾を「最後の切り札」的に温存しておくという手もあるのだが、それまでに費やされる人命を考えれば、選びたい選択肢ではない。 まあ、どのみちこれがBETA側の最後の群でない限り、それらの命は先に失われるか、後で失われるかの違いしかないのだが。「了解した、と伝えよ。こちらも上陸部隊を上げるぞ。戦術機部隊に続いて、地上部隊を展開。輸送艦は補給輸送車を上陸させ次第、反転後退。堺港で補給を受けさせろ」「了解しました!」 司令官の指示を受けて、CP将校達は慌ただしく指示を飛ばす。 国連軍の補給役を担っている日本帝国は、鳥取県の境港に臨時の補給基地を設け、後方補給という縁の下の力持ちを演じていた。敵と戦火を交えるだけが戦争ではない。数字と物資を相手に格闘するものもまた、一つの戦争だ。「上陸部隊は、G弾の効果範囲に入らない上で、可能な限り前進。投下誤差を考慮に入れて、安全マージンは多めに取っておけ。G弾投下後の大東亜連合軍の戦術機部隊を支援するのだ」 おそらく最後のG弾を投下しても、この作戦は終わらないだろう。老司令官は半ばそう確信していた。 最初地上にいたBETAは5万。その後、マッドドッグ大隊がつり出したBETAが3万。そして、現在地上にいるBETAも2万。 数が多すぎるのでごまかされがちだが、BETAは明らかに戦力を分散させて逐次地上に上げている。 司令官は考える。 甲26号・エヴェンスクハイヴ、甲12号・リヨンハイヴ、そして、甲9号アンバールハイヴ。今まで三つのハイヴを攻略してきたG弾という兵器に、BETAも対処してきたのではないだろうか、と。 G弾という大規模破壊兵器に対する単純きわまりない対処方法。それが、戦力の分割投入なのではないだろうか? 戦力の逐次投入というのは、戦術の基本に則れば愚策だが、BETAの圧倒的な数がその常識を覆す。 2万という数は、BETAにとっては少数でも人類にとっては十分な数だ。まともに地上戦でこれを攻略しようと思えば、相当な人命と物資を消耗させられる。大概の司令官ならばG弾の使用を決断するだろう。 いわばBETAはその圧倒的な数を、広範囲殲滅力としてではなく、持久力として用い始めたと考えれば、一連の行動が理解できる。 最後のG弾が投下されればあとは、我慢比べだ。残りのBETAをG弾を用いない通常戦力で如何にして殲滅するか、殲滅できるかに勝敗はかかってくる。物量が武器のBETAを相手に消耗戦を演じる。正直ぞっとしない話である。「最悪、大東亜連合軍に生きているハイヴの攻略戦をやってもらうことなるかもしれんな……」 司令官は、最悪の未来を想像し、苦い呟きを漏らした。生憎アメリカ軍は、G弾による殲滅が基本戦術となっているため、戦術機を初めとしたあらゆる装備が、生きたハイヴを攻略する前提で作られていない。 最後のG弾が投下されたのは、それからおおよそ10分後のことだった。【2005年1月20日、日本時間13時58分、対馬、αナンバーズ先行分艦隊】 3度で都合5発のG弾投下。その様をαナンバーズ先行分艦隊と伊隅ヴァルキリーズ速瀬隊の面々は、対馬沿岸から眺めていた。無論、直接目視していたという意味ではない。 直線距離にして、500キロ以上離れた半島中央の様子を見るには、遠視能力だけでなく地球の丸みを貫く透視能力も必要になる。 彼らが見ているのは、帝国軍の通信施設を介して送られてくる映像だ。 甲20号作戦の正否によっては、九州・中国地区にBETAが押し寄せてくるかも知れないのだ。国連軍及び大東亜連合軍と帝国は事前に話をつけて、戦況の画像は可能な限りこちらにも流してもらうようにしている。その代わり、こちらの戦闘映像も原則向こうに流すことになっている。「……あれが、G弾」 武は、不知火のコックピットの中で、無意識のうちに呟いていた。両手の指先から血の気が引き、冷たくなっている。武は両手を操縦桿から離し、何度も開いたり閉じたりを繰り返し、血の気を戻そうとした。 初めて目の当たりにしたG弾の威力。半ば凍り付いた思考の中、武は納得していた。 なるほど、この威力ならば、アメリカを中心とした勢力がG弾を盲信するのも解る。単純に『BETAを殲滅する』という目的を考えれば、この上なく魅力的な力だ。いかな異世界の勢力、αナンバーズでもこれほどの威力の兵器は持ち合わせていないのではないだろうか? 間近で見た兵器の中では、エヴァンゲリオン初号機の『インパクトボルト』が最大の代物であるが、G弾の効果範囲と威力はそれすらも圧倒的に上回っている。 映像で見た、ラー・カイラムやアークエンジェルの主砲でもおそらく及ぶまい。 だが、だからこそ、日本を中心としたG弾に嫌悪感を示す人間の心情もこの上なく理解できる。 地上に広がる漆黒の半球ドームは、無条件で生理的嫌悪感を刺激するモノがあった。まして、その威力に晒された大地は、一切植物が根ざさなくなる死の大地になるのだと聞けば、これを祖国で使うことに抵抗のない者などどこにもいないだろう。 武が、グルグルと思考を巡らせていると、全体通信が開かれ、視界の右上に部隊長である速瀬水月中尉の顔が映る。『あんた達、見たわね。あれがG弾。このままの流れで行けば、あれが後20回ユーラシア大陸で使われることになるわ』 日頃は陽気と勝ち気の二色に彩られている水月の青い双眼に、今は押し殺した怒りと憤りの色が見え隠れする。「『『…………』』」 武を初め、伊隅ヴァルキリーズの面々は、無言のまま、重い緊張感に包まれた。『その流れを変えたければ、G弾を使わなくても人間はBETAに勝てることを実地で証明するしかない。幸せなことに、私達は、それが出来る立場にあるわ」 水月の言葉に、武はハッと思い直す。 そうだ。ビームライフルに、ビームサーベル。そして、武自身がアイディアを出した、新OS『XM3』。 自分たちの手には、G弾に頼らずに、ハイヴを攻略しうる可能性が握られているのだ。『とはいえ、戦場で余計なことを考えるのは禁物。今は忘れなさい。ただ、私達の戦果が世界の流れを変える一要素になりうる、その事を頭の片隅に止めておくこと。いいわね?』『『『了解ッ!』』』 伊隅ヴァルキリーズ速瀬隊の面々は、気力を取り戻した面持ちで、力強く唱和した。 その映像は、当然ながら、αナンバーズ先行分艦隊の旗艦、ラー・カイラムでも確認されていた。「あれがG弾か」 ラー・カイラム艦長、ブライト・ノア大佐は、艦長席に腰を下ろしたまま、顎に手をやり、一連の画像を見つめていた。「威力、効果範囲共に、反応弾に近いものがあると思われます。レベル1(有人惑星上戦闘)の戦闘兵器としては、破格の部類ですね」 管制官であるトーレスは、画像データを解析しながら、そうブライトに報告した。「うむ、重力兵器なのだな?」「はい、それは間違いありません。重力子の瞬間的な増大が確認されています」「データを纏めておいてくれ。後でエルトリウムの研究班と、GGGに回す」 ブライトの指示に、トーレスは了解と返した。 αナンバーズの世界では、重力はある程度制御可能な代物である。エルトリウムやバトル7は艦内に人工重力を発生させているし、G弾のような重力兵器も存在している。 調べれば、G弾の何が大地を不毛の地とするのかを、突き止められるかも知れない。 重力研究の権威であるGGGの平田昭子博士がいれば心強かったのだが、生憎彼女はこちらに来ていない。それでも、エルトリウムやGGGの研究者達は優秀だ。ある程度、期待しても良いだろう。 ブライトがそんなことを考えている間に、戦況は次の変化を見せていた。「鉄源ハイヴ周囲にBETAの地上侵攻が確認されたそうです。数はおおよそ2万!」 トーレスの報告に、ブライトは小さくため息をついた。「やはり、か」 これで、確認されたBETAはすでに、12万。最初の予測、8万~10万という数を大きく越えている。これは最低でも佐渡島ハイヴと同じく、15万はいると考えた方が良いだろう。 すでにG弾を使い果たしている以上、あとは力押しのハイヴ攻略戦となる。それは、先の佐渡島ハイヴ攻略戦を見れば分かるように、死者が多数派で生者が少数派となる凄惨極まる戦いだ。決して、許容できるものではない。 ブライトは一度大きく、息を吐くと決意を固めた。「頃合いだな。トーレス、帝国を介して国連軍に話を通達してくれ。我々はこれより『オペレーション・ハーメルン』を決行する。ソルダートJ!」 ブライトの声に応え、ラー・カイラムのメインモニターに緑の甲冑を纏った、鷲鼻の戦士の姿が映る。『なんだ?』 阿蘇山火口上空に待機するジェイアークから、ソルダートJは抑揚の押さえられた声で問いかける。「出番だ。やってくれ」 ブライトは端的にそう言う。細かな説明は事前に済ませてある。今更クドクド言うことはない。 ソルダートJは、気負いの欠片もない様子で一つ頷いた。その赤く輝く宝石――Jジュエルのはまった左手を大きく前に突きだし、宣言する。「いいだろう。ジュエルジェネレータ出力全開! ジェイアーク、発進!」「了解、ジュエルジェネレータ出力全開。目標、対馬西海上」 その数秒後、阿蘇山河口上空にいた純白の戦艦は、対馬の東海上上空に停泊しているラー・カイラムを追い越し、戦場となる対馬西海岸上にその勇姿を現すのだった。 【2005年1月20日、日本時間14時22分、巨津港、国連太平洋艦隊司令部】「て、鉄源地上の全BETA、南下を開始しました!」「うむ……」 驚きに声を震わせるCP将校の報告を聞きながら、国連軍司令官も、内心は同じ思いでメインモニターを見つめていた。 朝鮮半島中部を埋め尽くす、無数の赤い光点が、まるで誘蛾灯に誘われる羽虫のように、まっすぐ半島を南下している。 事前に、日本帝国軍から「オペレーション・ハーメルン」という作戦で、「地上のBETAをこちらに引きつける」という報告は入っていたものの、実のところあまり本気にはしていなかった。直線距離にして500キロ近く離れている海上から、BETAを引き寄せるなど、そんな都合の良い技術があると考えるのは、あまりに楽観的すぎる。「上陸部隊の支援砲撃が届くようならば行え。ただし、深追いは絶対にさせるな」「了解!」 返事を返すCP将校の声にも、明るい色が滲んでいる。それも、当然と言えば当然だ。 G弾を使い果たした後に、2万のBETAが地上に出てきたのだ。これからはG弾の代わりに、兵士の血と命をチップとしてBETA殲滅をはからなければならなかったところで、突然の全BETAの南進。 あまりに都合が良すぎて、逆に罠を疑いたいところだが、罠でないならば嬉しくないはずがない。「南進するBETAの最後尾が、ハイヴから百キロ以上離れた時点で地上部隊を前進させろ。大東亜連合軍にも歩調を揃えるように打診しておけ」「了解!」【2005年1月20日、日本時間19時48分、対馬沖、日本帝国領海海中】 オペレーション・ハーメルンの発動から五時間という時間がたっていた。すでに短い冬の日は落ち、海底は闇と静寂に支配されている。 その間、対馬上空、陸上、そして海中に陣を取るαナンバーズにはこれといった変化はなかった。 これは予定通りのことである。 元々BETAのいる鉄源ハイヴから、対馬までは直線距離にして500キロ前後あるのだ。最も足の速い突撃級でも最高時速は170キロ。しかも途中からは地上ではなく海底を移動するのだから、最高速度で来られるはずもない。 地上のBETAがいなくなった鉄源ハイヴでは、数時間前からついに大東亜連合軍の衛士達が、ハイヴ侵入を開始したらしい。 すでに、深度600メートルを超えるところまで到達しているが、今のところハイヴ内でBETAとの遭遇は一切ないと言う。 フェイズ4ハイヴの深度はおおよそ1200メートル。すでにその半分を踏破した大東亜連合の衛士達を守る意味でも、αナンバーズはこの『オペレーション・ハーメルン』を絶対に成功させなければならない。 もしも、この2万のBETAが生きてハイヴに戻りでもしたら、ハイヴ深く潜っている衛士達は頭上を押さえられてしまう。 αナンバーズ海中部隊は、じっと息を潜めその時を待った。 やがて、ラー・カイラムから連絡が入る。『BETA群、先頭が間もなく戦闘可能領域に到達する。気をつけてくれ』 待ちに待っていたといえば流石に不謹慎かも知れないが、それが彼らの率直な心情だろう。「おうよ、任せてくれ!」 ブライト艦長の言葉に、車弁慶はその分厚い胸板を叩いて、元気よく請けおう。「頼んだぞ、弁慶!」「フッ、ミスするなよ。せっかくの数少ないお前の見せ場なんだからな」 熱血そのものといった流竜馬のハッパと、皮肉げに神隼人のひねくれた声援が、車弁慶に送られる。「大丈夫だ。水中でこのゲッターポセイドンに勝てるものなどあるものか」 弁慶がそう力強く返したその時だった。ゲッターポセイドンのモニターに、海底の砂を巻き上げこちらに迫る異形の集団が映る。「おいでなすったな」 弁慶が力を込めると、同時にゲッターポセイドンもグッと膝を折り、両肩を迫り来るBETAの群れに向ける。 海中に舞い上がる砂が極端に視界を制限するため確認が難しいが、先頭はセオリー通り突撃級のようだ。とはいえ、その移動速度は、時速70キロにも満たない。やはり、海中はBETAにとって鬼門のようだ。 対するこちらは、海中を庭とする特機、ゲッターポセイドンだ。BETAが何匹いようが負ける気はしない。 まっすぐにBETAの群れはこちらに向かってくる。「弁慶!」「まだだ、もっと引きつけて……今だ!」 じれたのか、声を掛ける竜馬に、弁慶はそう答える。そして、ゲッターポセイドンの首回りのパーツが、ちょうど涎掛けの様な形に外れ、パカリと後ろに上がる。「喰らえ、ゲッターサイクロン!」 次の瞬間、巻き上がる海中の竜巻に、百近い突撃級BETAが為す術なく攪拌され、吹き飛ばされるのだった。 海中部隊の中心はゲッターポセイドンだが、それが全てではない。 ガンダニュウム合金と呼ばれる特殊な合金で作られたガンダムタイプのモビルスーツが4体。ゲッターポセイドンの周りを固めている彼らも、一瞬遅れて戦闘態勢に入っていた。「ターゲットロック、攻撃にうつる」 栗色の長い前髪で片眼を隠したトロワ・バートンは、愛機ガンダムヘビーアームズ改のコックピットでそう呟いた。 元々ガンダムヘビーアームズ改はその名の通り、モビルスーツには珍しい重装甲、重火力をコンセプトとした機体である。 僅かに緑がかったブルーの装甲は、その見た目の重厚さを裏切らない強度と、見た目の重厚さを裏切る身軽さを兼ね備えている。 余人が乗った場合は分からないが、少なくともトロワが乗れば、このヘビーモビルスーツは、地上で前宙三回ひねりを決めてみせるのだ。 だが、今はそんな曲芸を見せる必要もなかった。「いくぞ」 短く抑揚のない声と共に、トロワはいきなりガンダムヘビーアームズ改の全火器を同時に開いた。 頭部の小口径バルカン、オープンした胸部の四連マシンキャノン、肩、腰に備え付けられた多数のミサイルポッド、そして、両腕に二丁ずつ供えられた合計4丁のガドリングガン。 この世界の常識はもちろん、αナンバーズの元世界の常識に照らし合わせても、明らかに一機の機動兵器がなしえる弾幕ではない。 しかも、砂が舞う夜の海中という視界の悪さなど全く問題にしていないかのように、トロワの射撃は正確無比であった。 黙々と押し寄せる突撃級が、その最大の売りである頑丈なはずの正面装甲を、真正面から大火力で叩きつぶされる。「……弾切れだ。一時、母艦に帰還する」 四丁のガドリングガンがカラカラと弾切れを意味する空撃ちの音を響かせるようになった頃には、総数500を越える突撃級の第一波は、残らず海中の歪なオブジェと化していた。 第一波の突撃級を撃破したとは言っても、それは数にするとBETA全体の40分の一に満たない。 トロワ・バートンのガンダムヘビーアームズ改が、アークエンジェルに戻る間、次々と押し寄せるBETAを残る3体のガンダムは、ゲッターポセイドンと共に捕殺する。「間違いない。貴様達は、悪だ!」 意思の疎通もとれないBETAを相手にしても、張五飛の言動はいつも全く変わらなかった。まあ、元々知的生命体の天敵とも言うべき宇宙怪獣も「悪」の一言で断じたのだから、今更驚くには当たらない。ある意味、五飛の善悪論は、熱気バサラの歌並に、ぶつける相手を選ばない。 ガンダニュウム合金製ガンダムは、特徴的な機体が多いが、五飛のアルトロンガンダムもその例に漏れない。 アルトロンガンダムの両手には、竜の頭部を模して作られたギミックが備え付けられている。「いくぞ、ナタク!」 次の瞬間、両腕の竜頭――ドラゴンハングは蛇腹上に伸び、鈍い足取りでこちらに近づく要撃級に噛みついた。「噛み砕け!」 さして頑丈でもない要撃級の身体は、いとも容易く竜のアギトによってかみ砕かれる。「消え失せろ、悪の権化が!」 五飛のアルトロンガンダムは、両腕のドラゴンハングをまるで二本の鞭のように振り回し、近寄るBETA達を駆逐していった。「いくよ、サンドロック!」 トロワ・バートンのガンダムヘビーアームズ改、張五飛のアルトロンガンダムと比べると、カトル・ラバーバ・ウィナーのガンダムサンドロック改の働きは、一言で言って地味であった。 そもそもガンダムサンドロック改の武装は、両腕に供えられた二本のヒートショーテル以外は、頭部バルカンしかない。もちろん、頭部バルカンというのは、大概気休め程度の意味しかないため、事実上武装は接近戦用のヒートショーテルしかないと言ってもいい。装甲の厚さは、ガンダニュウム合金製ガンダムの中でも一番だが、攻撃力においては一段劣ると言わざるを得ない。 だが、そんなカトルはその事実を十分に理解した上で、巧みな操作でそれらのマイナス要素を補っていた。「通さない!」 カトルはサンドロックを海底より数十メートルほど浮遊させ、下を通るBETAに頭上からヒートショーテルを振り降ろす。 熱せられた歪曲剣の前には、要撃級の爪も、突撃級の外殻も意味をなさない。一振りごとに、BETAが一体ずつ倒されていく。 カトルが目をつけたのは、BETAが海底を歩くことしかできない、という点である。対するガンダニュウム合金製のモビルスーツは、自由に海中を移動できる。 それは言うならば、陸戦兵器に対する飛行兵器の持つ優位さに似ている。地上ではレーザー属種によって空を奪われた人類であるが、この海の底では、海中というもう一つの制空権を確保していると言える。 実際、BETAの水中適応性の低さは、驚くほどである。移動方法は海底を歩くのみで、しかもその速度は陸上の半分から三分の一程度。当然、海水という天然の光防御壁があるため、最大の脅威であるレーザー属種は事実上無力化されている。 もしこの世界で、ゾックやアッガイのような水中用モビルスーツを量産できれば、とてつもない戦果を上げるのではないだろうか? そんなことを考えてしまう。 もっともそれは、一面的な事実にしか過ぎない。この世界の人類も、BETAが水中では圧倒的に動きが鈍ることはとっくに理解している。 それなのになぜ、水中用戦術機の開発がさほど盛んではないのかというと、それが利用される戦場が極めて限定されるからだ。 ユーラシアに存在する20以上のハイヴの大半は内陸にあり、またBETAの動きが予測できない現状では海中でBETAを待ち構えるのも難しいのである。 αナンバーズには、ジェイアークというBETAをおびき寄せる存在がいるから、こうしてこちらが戦場を指定することが出来ているに過ぎない。通常、戦場の選択権はBETA側にあるのだ。 そして、BETA最大の脅威である、物量は海中でも十全に発揮される。「クッ、手が回らない!」 悔しげに呻くカトル右後方を、ゆっくりと巨大な要塞級が群れをなして通り過ぎていく。「デュオ、お願いします!」 カトルは、自分の下を通る要撃級をヒートショーテルで切り裂きながら、そう仲間に声を掛けるのだった。「了解、まかせときなっ!」 カトルの要請を受け、デュオ・マックスウェルは、コックピットの中で不敵に笑う。 デュオの愛機、ガンダムデスサイズヘルの漆黒のボディが、手に持つビームシザースの黄色いビームの灯りによって照らし出される。 シザース(ハサミ)という名前を裏切り、その形状は鎌そのものである。「おらおら、死神様がお相手するぜ!」 陽気に叫ぶデュオ自身はともかく、漆黒のボディに長大なビームの鎌を持つその姿は、なるほど死に神という異名がよく似合っている。 そんな、死に神の前に迫るのは、最大級のBETA、要塞級だ。それも一匹ではない。二十匹近い要塞級が何故か身を寄せるようにして、ひとかたまりになって海底を進んでいる。「なんだあ? 仲良しこよしってか?」 一瞬首をかしげるデュオであったが、その疑問はすぐに解けた。 巨体を寄せ合い作られたその輪の中に、不気味な一つ目のBETAが何匹も隠れていたのだ。 重レーザー級。BETA8種類の中で、最も脅威度の高いいわばBETAにとっての虎の子を、要塞級が護衛している。 例え一匹でも重レーザー級が上陸すれば、地上の戦況は不本意な変化を強いられるだろう。 だが、そのこざかしいBETAの動きも、デュオ・マックスウェルの陽気な笑みを消し去ることは出来ない。「その程度の手が、見抜けないと思ったか?」 どこか嘲るように笑いながら、デュオは、デスサイズを海底から跳び立たせると、要塞級の巨体を飛び越え、その中心で守られている重レーザー級の頭上で、ちょうど逆立ちの体勢を取る。「くらえっ!」 そして、そのまま頭の下にいる重レーザー級にめがけ、ビームシザースを一閃する。 一撃で重レーザー級はその一つ目のような頭部をごろりと切り落とされた。 デュオはそのまま機体をコントロールし、再び海底に着地する。 そんな重レーザー級の敵を取ろうとした訳ではないだろうが、先頭の要塞級が、砂地深くにその細長い黒い杭のような足を突き刺し、デュオのガンダムデスサイズヘルにその巨体をぶつけようと試みる。 しかし、要塞級が体当たりを敢行するより、要塞級の右最前足をガンダムデスサイズヘルのビームシザースが切り飛ばす方が速かった。「おおっと、突撃(チャージ)などさせるものか!」 突撃の直前に軸足を失った要塞級は、無様に水中で前転した。すかさずそこに、デュオはもう一度ビームシザースを振り降ろす。「死神様をなめるんじゃねえ!」 怒声と共に振り降ろされた死に神の鎌は、容赦なく要塞級の蜂のような頭部を切り飛ばした。【2005年1月20日、日本時間20時03分、巨津港、国連太平洋艦隊司令部】「に、日本領海に達したBETAの反応が次々と消えています。海底で消滅した数、1500を越えました」 震える声でなされたCP将校の報告に、国連軍司令官は、渋面を作りながら首をかしげた。「計器の異常か?」 思わずそう問い返す。 無理もない問いである。この世界では、海中のBETAを纏めて葬るような兵器はまだ開発されていない。この場合、そう考えるのが一番現実的である。 しかし、若い男のCP将校は、青ざめた顔色で首を横に振りながら答えるのだった。「いいえ。異常は見つかっていません。日本帝国軍の海中カメラ映像来ました。メインモニターに回します!」 己の任務に忠実なCP将校は、そう言うとメインモニターに繋がったばかりの映像を映し出す。「…………」「…………」 そこに映し出されたのは、お世辞にも見やすいとは言えない映像だった。 海中に設置された水中カメラが捉えた映像が映し出すのは、夜の海底だ。真っ暗な上、砂煙の舞い上がる海底の画像は見づらいことこの上ない。だが、その見づらさはこの場合むしろ救いだった。 なにせ、そこには通常の戦術機の倍以上ある巨大な人型機動兵器が、大漁のBETAをばかでかい網で纏めてとっつかまえ、グルングルン回している様が映し出されていたのだから。 痛々しいまでの沈黙が、国連軍太平洋艦隊の作戦司令部を支配する。「……これは、回線の異常かね?」 司令官は、その沈黙を破りCP将校に問いかける。平坦すぎる声色が、かえって老司令官の内心の荒波を現しているようだ。「い、いえ、回線に異常はありません」 健気にも、若いCP将校は一生懸命職務を果たす。「………モニターの異常かね?」「いえ……モニターにも異常はありません……」「………………では、一体何が異常なのかね?」「…………」 ついに、追い詰められたCP将校はしばし言葉を探した。少なくとも「異常なし」という返答だけは許されない空気である。かといってCP将校の誇りに掛けて虚偽の報告だけは出来ない。 結局、彼は顔から背中まで、全身を冷や汗でびっしょり濡らしながら、こう答えるしかなかった。「それは、その……現実が異常なのではないか、と」「うむ……」 ふざけているとしか思えないCP将校の返答に、老司令官は真剣な表情で何度か頷く。やがて老司令官は、右手の親指と中指で両こめかみをもみほぐすと、深く長いため息をつく。「まったく、横浜の魔女の考えることは分からんな」 横浜の香月夕呼が聞けば、もげるまで首を横に振って否定するであろう、不本意極まりない結論に達するのであった。