Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その2【2005年2月5日、13時02分、国連軍横浜基地】「バトル7着水。各部異常なし」「航行機構、大気圏内モードに移行」「艦内重力制御装置停止させます」 太平洋と呼ばれる大海原に、バトル7が着水する。 全長1500メートルという規格外の巨大戦艦が大気圏外から着水したにしては、異常なほど水しぶきが上がらないのは、優れた重力・慣性制御のたまものだ。「よし、各部損傷を確認。問題がなければこのまま微速前進。横浜基地を目指す」「了解っ」 各オペレーターから入る順調な報告聞き、バトル7艦長、マクシミリアン・ジーナス大佐――通称マックスは頷いた。 重力制御装置がオフになった艦橋に正しく地球の重力が働く。バトル7の艦内重力制御は完璧だ。よって理論的には何ら代わらない1Gのはずなのだが、マックスはそれがどこか特別懐かしいモノに思える。 異世界とはいえ、久しぶりの地球の重力だ。モニターに映る大海原と青空を見ていると、艦内にも潮の匂いが届くのではないか、とすら思える。 マックスがそうして感慨にふけっている間に、オペレーターから「各部チェック完了。問題なし」の報告が入る。 マックスは気合いを入れ直すように、かぶっている軍帽を一度丁寧にかぶり直し、命令を下す。「よし、微速前進、これより本艦は横浜基地に向かう」「了解。微速前進、目標、日本列島横浜基地」 艦長の指示を、若い欧米系の女オペレーター、サリー・S・フォードは復唱する。目元の泣き黒子が特徴的な、銀髪をショートカットにした魅力的な女だ。サリーはその理知的な美貌にマッチした落ち着いた声で、淀みなく艦長の指示を艦の各部へと通達する。 バトル7はゆっくりと海面から浮き上がると、静かに西へ向かい移動を始めるのだった。 程なくしてバトル7は、横浜港に到着した。 帝国、国連側にはとうの昔に通達が届いている。港には、バトル7を迎え入れるための準備が完全に整えられている。 道を作るように向かい合い、二列になって並ぶ戦術機。 その足下に軍服姿で小銃を担ぎ、整列する兵士達。 そして、港にはαナンバーズ先行分艦隊の艦、ラー・カイラムやアークエンジェルと共に、帝国海軍の艦艇がその勇姿を並べている。 中でも一際目を引くのが、艦隊の中心に位置する戦艦『紀伊』だ。超大和級とも呼ばれるその戦艦は、その呼び名通りあの大和級すら上回る巨大戦艦である。その全長実に300メートルオーバー。 もちろん、全長1500メートルのバトル7とは比べるべくも無いが、こちらは宇宙を旅する恒星間航行艦だ。海上戦艦でしかないことを考えれば、その大きさは十分驚嘆に値する。現にこの世界ではこれ以上の巨艦と言えば、アメリカ海軍の原子力空母くらいしか存在しない。 その戦艦『紀伊』がバトル7の入港に合わせ、砲塔を上空高くに向け、轟音と共に空砲を撃ち放つ。数秒の時間を空けてもう一発。空砲は、一分以上の時間を掛けて、合計二十一発連続して打ち鳴らされた。「帝国海軍所属戦艦『紀伊』より、礼砲二十一発を確認しました」「国連軍横浜基地から田辺司令の名で電報が届いています。『貴艦ノ入港ヲ歓迎スル』との事です」「艦長、答砲はいかがしましょう?」 礼砲を受けたバトル7の中で、クルー達は対応に追われる。責任者であるマックス艦長は、しばし目を閉じて黙考する。「儀礼上、答砲を行わない訳にはいくまい。しかし、当艦の祝砲は誤解を受ける可能性がある。少々変則だが、電報を先に送れ。内容は『歓迎の意、感謝する。これより、答砲を行う。攻撃の意図はない』といった具合に。細部は任せる」 マックスはそう命令するのだった。この辺りの配慮は流石と言うべきだろう。こちらがどれだけ礼儀に乗っ取ったつもりでも、文化風習の違いは簡単に誤解と言う名の火種を生む。この世界が異世界であることを忘れてはならない。「了解しました」 命令を受けたサリーはすぐに文章を頭の中で推敲し、艦長席に送る。「艦長、この様な形でよろしいでしょうか?」 送られてきた文章に目を通したマックスは、1度目を通すとすぐに小さく一つ頷いた。「よし、問題ない。電報の送信後、本艦はトランスフォーメーションを行う」『トランスフォーメーション』。マックスの言葉に、艦橋に勤めるクルー達に緊張が走る。「了解っ、トランスフォーメーション開始」「各ブロック異常なし」「反応炉エネルギー充填率35パーセント」 横浜港の海上で、バトル7はガシャンガシャンと大きな音を立て、変形を始める。上空に浮かぶ巨大戦艦から、腕が生え、足が生え、最後には頭が生え、みるみる間に人型ロボットに変形を遂げる。 全長1500メートルの戦艦が、全高1000メートルほどのロボットへ。そして、その手には、その超巨大ロボの手にもまだ余るほどの巨砲が握られる。「マクロスキャノン、礼砲モード。発射用意」「了解。マクロスキャノン、礼砲モード。発射準備整いました」 マックス艦長の指示に従い、テキパキと「答砲」の準備が整っていく。本来、マクロスキャノンは発射までのエネルギーチャージが必要なのだが、攻撃力ゼロの『礼砲モード』ならば、その必要もない。「念のため射線は上空に。地上には向けない方が良いだろう」「了解。マクロスキャノン射線軸修正」 巨大ロボに変貌を遂げたバトル7は、主砲「マクロスキャノン」の銃口を斜め四十五度くらいに挙げる。同時に、ザバザバと海水をかき分け、その場で90度立ち位置を回転させ、ちょうど横浜港に左肩を見せる体勢をとる。一応この辺りは戦艦や空母でも腹をこすらないように大きく掘り下げられているはずなのだが、着水したバトル7は膝くらいまでしか水に浸かっていない。 この位置ならばマクロスキャノンを発射しても、その光線は海岸線と平行して放たれることになる。万が一にも内陸に向かうことはない。 二重三重に注意を払い、やっとバトル7は「礼砲」を放つ準備が整った。 マックス艦長はマントのように前の閉じた軍服からスッと右手を出すと、「よし、マクロスキャノン、礼砲モード、撃て」 よどみのない動作で振り降ろす。「了解。マクロスキャノン、発射っ!」 次の瞬間、マクロキャノンが発射された。文字通り「天を貫く」光の柱。この光の前には、重レーザー級のレーザー照射さえ、か細い線香花火にしか思えない。その太さは、重レーザー級のレーザーを百匹集めても足下にも及ぶまい。 直視が難しい光の柱は、きっちり21秒間、日本領海の上空を貫いた後、何事もなかったかのように消え去るのだった。 前代未聞の『答砲』が返ってきた横浜基地は、控えめに言ってもパニックを起こしていた。「な、なんだありゃ?」「おい、ちょっと待てっ!?」「ヒャッハー! こいつぁすげえぜ!」「何の冗談だ、おいっ!」「ほ、本当に大丈夫なんだろな!?」 歓迎式典のため港付近に整列していた軍が、一目で分かるくらいに浮き足立つ。 流石に訓練を受けた軍人らしく、逃げ出す者はいなかったが、歩兵は皆例外なく一歩、二歩後ろにたじろいでおり、戦術機に乗っている衛士の中には、その手に持っているのが儀礼旗であることも忘れ、剣のように振りかぶっている者もいる。「騒ぐな、私語は慎め!」「あれは答砲だ! 攻撃ではない!」 士官クラスが声を枯らして何とか騒動を収めようとしているが、あまり効果は現れていない。まあ、これは彼らを批難するのも酷というものだろう。訓練通りの行動がとれていないというのならばともかく、訓練の想定外の自体については、一般兵士が責任を持つことではない。 そんな中、もっとも冷静さを保っていたのは、やはりと言うべきか、ダントツでαナンバーズとのつきあいが深い『伊隅ヴァルキリーズ』の面々だった。『総員、コントロールレバーから手を離せ。あれは礼砲だ!』 即座に隊長である神宮司まりも少佐がそう鋭い声で指示を飛ばすが、実のところヴァルキリーズの中で一番動揺しているのはまりもだった。 まあ、配属したばかりで彼女だけαナンバーズと戦場で轡を並べたことがないのだから、無理はない。一応夕呼からこれまでの戦闘画像はさんざん見せられているし、ブライト・ノア大佐やマリュー・ラミアス少佐といったαナンバーズ先行分艦隊の中枢の人間とは面通しも終わっているが、やはり生の迫力は別物だ。 しかも、機体のサイズと最大火力に関しては、バトル7はこれまでの機体と比べてもさらに一桁違う。『了解です、少佐』『うわ、これはこの間の「たーまーやー」が可愛く見えますね』 現に戦艦アークエンジェルのローエングリンや、ウィングガンダムゼロのツインバスターライフルを間近で目の当たりにしているはずの速瀬水月中尉や宗像美冴中尉達もある程度の驚きは現している。「相変わらずすげえな。滅茶苦茶って言葉でもまだ足りない感じだ……」 それは、白銀武も同様だった。不知火のコックピットで網膜投射ディスプレイに映る「バトル7」に魅入り、惚けたように呟く。 ひょっとしてあれ一機でハイヴを落とせるのではないだろうか? そんな甘い考えさえ、一瞬頭をよぎる。「いや、むしろあれだけでかいとレーザー属種の良い的かな」 それでもすぐに巨大兵器の欠点について思考を巡らせるのは、武も成長したと言えるのかも知れない。この世に万能兵器というモノは存在しない。それは分かっている。 しかし、どうもαナンバーズの機体を見ていると、比較対象がこの世界の兵器ではなく、元の世界で子供の頃見ていたアニメや特撮映像のヒーロー達になってしまう。はっきり言えば現実味を感じられないのだ。ちょうど、この世界に転移してきた初日に、撃震の残骸を見て興奮したり、横浜基地のクルクルアンテナを見て爆笑したりしていたときの感覚に近い。(そうだよな。アニメや漫画のヒーローでも、大抵弱点の一つや二つは絶対にあるもんな) 少々不謹慎ながら、武はそう考えることで、どうにか気を引き締めた。 スー○ーマンにクリプトナイト鉱石、ウル○ラマンにカラータイマー、ゼン○ーマンにウニ。武が子供の頃、夢中になって「ごっこ遊び」をしていたヒーロー達にも、必ず何らかの形で弱点はあったものだ。「油断は禁物、だよな」 楽観的な考えに支配されそうになる自らの思考を引き締めるように、武はそう呟くのだった。「なんと、これは」「うむ、壮観ですな」「早々に驚かせて下さいますな」 一方、野外式場の来賓席で暖を取りながら談笑していた人々の中には、素の驚きを面に現す者は一人もいなかった。 アメリカ代表、ジョージ・アップルトン外交官。ソ連代表、ツェーザリ・パンキン外交官。EU代表、シャルル・ペリゴール外交官等々。見た目は中年から初老の落ち着いた紳士ばかりだが、中身は全員、長年政治と外交の世界を渡ってきた、海千山千の狐や狸のたぐいである。 原則彼らの表情は、感情を表すものではない。怒りも笑いも、そして驚きも、周囲の出方を探るためのカードでしかない。この様な公的な場で素の感情をさらけ出すような修行の足りていない人間は一人もいなかった。 そうしている内に、「答砲」を終えたバトル7は再び戦艦形態に変形をとげ、ゆっくりと横浜港に接舷を果たす。 同時に、儀礼用に飾られた三機のVF-1バルキリーが、カタパルトから射出され、戦闘機形態のまま、大空高く舞い上がる。白、赤、黄、それぞれ色違いのスモークをたなびかせ、三機のバルキリーは横浜の大空に絵を描く。 中央の白いスモークを焚いているのが、ロイ・フォッカー少佐、右翼の赤が一条輝中尉、左翼の黄が柿崎速雄少尉である。「ほほう、これは見事な」「航空ショーですか。懐かしい」「いや、まったく。これこそ、日本帝国がBETAの脅威を退けた証と言えましょうな」 各国の代表は口々にそう褒め称え、誰ともなくパチパチと拍手を始めた。 確かに、アメリカやオーストラリアの様な後方国家ならばともかく、前線国家ではこの様な航空ショーは絶対に出来ない。どこからレーザー属種のレーザー照射が来るか分からないからだ。 そもそも、対BETA戦ではレーザー属種を淘汰しない限り、このような航空戦力は投入できないため、資金、資源に乏しい前線国家は、戦術機や戦車に重きを置き、航空戦力は乏しいというのが現実だ。そう言う意味では、こうして戦闘機が空を飛ぶというのは、ある意味「平和の象徴」と言えるのかも知れない。戦闘機の航空ショーが平和の象徴とは、あまりに皮肉が効いているが。 そうして、スカル小隊のバルキリー三機は、空にスモークで星やハートを描き終えるとバトロイド形態に変形を遂げ、港に降り立った。 同時にバトル7のハッチが開き、マクシミリアン・ジーナス大佐を中心としたバトル7のクルー達が横浜基地に降り立つ。 帝国陸軍音楽隊が、高らかに歓迎の曲を奏でる中、国連軍兵士と帝国軍兵士がつくる列の中を、ゆっくりとマックス達が歩いていく。 誰が言い出すでもなく、来賓席のお偉方もいつの間にか談笑を辞め、真面目な表情で式典に参加している。 日本帝国だけでなく、世界各国がαナンバーズと公的に認める為の儀式。 正しく「異世界交流」の第一歩がここに記されようとしていた。【2005年2月5日、18時48分、国連軍横浜基地、αナンバーズ特別会議室】 4時間にわたる式典は、恙なく終了した。 元々この手の式典というのは事前の根回しが9割で、よほどのハプニングがない限り、定められた筋書きをただなぞっていくだけの代物に過ぎない。そう言った意味では、各国代表団のエルトリウム行きに関する最後の詰めは、これからここで始まろうとしていた。「では、改めて。国連軍横浜基地所属、香月夕呼です」「αナンバーズ、後方本隊所属、戦艦バトル7艦長、マクシミリアン・ジーナス大佐です」「αナンバーズ、シティ7市長、ミリア・ファリーナ・ジーナスです」 夕呼は、マックス、ミリアと改めて挨拶を交わしていた。 夕呼サイドには、副官のイリーナ・ピアティフ中尉と、護衛役の神宮司まりも少佐が、マックス・ミリアサイドには、先ほど合流した大河幸太郎全権特使と、ロイ・フォッカー少佐を中心としたスカル小隊の面々が、それぞれ後ろに控えている。 簡単に自己紹介を終えた面々は、テーブルを挟み向かい合うようにして席に着いた。護衛役の者達は席にはつかず、そのまま椅子の後ろに立つ。「そう言えば、ファミリーネームが同じですが、ジーナス大佐とジーナス市長は?」 夕呼の問いに、マックスとミリアは1度目を合わせると、「ええ」「夫婦です。ややこしいでしょうから、私のことはミリアで結構です。皆もそう呼んでいますので」 すました顔でそう答える。「なるほど、ではミリア市長と呼ばせていただきます」「はい、それで結構です」「ハンサムでお人柄も良い旦那なんて、羨ましい限りですわ。ねえ、神宮司少佐?」 と夕呼は、ちょっと人の悪い笑みを口元に浮かべ、後ろに立つ親友に振り返る。 突然話を向けられたまりもは、吹き出しそうになるのを辛うじて堪えると、「ちょっ、香月博士! この様な場で……」 状況も忘れて素になりかけ、辛うじて取り繕う。「いえいえ、香月博士や神宮司少佐ほどの御器量でしたら、引く手あまたでしょう」「あら、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですわ。あ、ミリア市長、ご安心なさって下さい。私、どれだけ魅力的な男性でも、年下は射程外ですので」「い、いや、私は……」 重要事項を話し合う前の馬鹿話で場の空気がほぐれていく中、マックス達の後ろに控える護衛役の柿崎中尉が、隣に立つフォッカー少佐の袖を引っ張り小声で話しかけていた。(少佐。マックスを年下って、あの人ああ見えて50歳超えているってことですかね?) マクシミリアン・ジーナス。どう見ても二十代にしか見えない若さを保っているが、実年齢は50歳を優に超えており、妻ミリアとの間には、7人の娘を持つ。そのマックスを年下扱いすると言うことは、彼女もそれくらいの年齢だと言うことなのだろうか? まあ、普通に考えればあまりに若々しいマックスを見た目通りの20代と見た、と考えるべきなのだろうが、聞かれたフォッカーには部下の疑問を裏付けるとある情報があった。(うむ。よくは知らんが、あの香月博士という人物も、掛け値なしの「天才」らしい) フォッカーの言葉を聞いた柿崎が驚きでその小さな目を大きく見開く。(じゃあ、やっぱり!)(ああ。可能性は高いな)(すごいですね、天才って)(まったく、あやかりたいものだ)「天才」マックスは年を取らない。なぜなら、天才だから。理屈もへったくれもない話だが、αナンバーズの中では事実としてまかり通っている話である。ミリアのように戦闘種族ゼントラーディであるとか、イルイのように最強の念動力者・サイコドライバーである、といった老化を防ぐ論理的な説明がマックスにはないのである。それなのにマックスは年を取らない。 ならば同じ天才である香月夕呼が年を取らなくてもおかしくはない。いや、むしろそれは、必然と言えるのではないだろうか? いつの間にか、スカル小隊の中では『天才香月夕呼、実は60歳説』が定着しつつあった。 夕呼の預かり知らぬ所でとんでもない誤解が広まっている間に、話は本題に入る。「もう一度念を押しますが、バトル7は軍艦です。大きさこそ大したものですが、戦闘力を重視しているため、居住性は決して良いものではありません。はっきり言えば本来ゲストの方々を迎え入れるような船ではないのです。その点は重々ご理解願いたい」「もちろんです。その旨は何度も関係者一同に通達してあります。それでも万が一苦情が出るようでしたら、それは全てこちら側、国連軍横浜基地が引き受けますので」 念を押すマックスに、夕呼は口元に愛想笑いを浮かべて、そう答えた。その言葉はつまり、今回の各国代表のエルトリウム訪問を関して、地球側の窓口は夕呼が一手に引き受けているという事を意味する。(なるほど。話に聞いた通り、かなりのやり手のようだ) マックスは一瞬隣に座るミリアの方に目をやり、この場にミリアをつれてきたのは失敗だったか、と考えた。 ミリアは長年シティ7の市長を勤めていたと言う事実からも分かるとおり、政治的な能力はむしろマックスより上なくらいだが、そのやり口がどうにも不器用なのだ。大体の場合、正面から正論を攻撃的にぶつけるというやり方を取る。 ある意味、大河特使などと同じタイプだが彼ほど重厚な迫力は無く、その代わり彼よりも発言の攻撃色が強い。この場で下手にミリアが正論を吐けば、話がこじれる可能性も十分にある。 そんなマックスの内心を感じ取ってくれたのだろうか、それまでずっと沈黙を保っていた大河特使が小さく手を挙げ、発言する。「こちらからも一つ確認させて戴きたい。岩国基地建設の問題ですが、そちらの準備はすでに整っていると言うことでよろしいでしょうか?」 完全な話題の転換であるが、夕呼にとってもそれは好ましい話だったのか、夕呼は簡単に応じる。「ええ。帝国側の了承はとれています。では、今回のバトル7に?」 夕呼に話を振られ、マックスも頷き返す。「はい。岩国補給基地建築の資材一式を乗せてきました。帝国領内を移動する許可が戴けたなら、すぐに本艦は岩国に向かい、基地建設を始めたいと考えています。元々、エルトリウムで稼働してきた製造ラインをばらして地上で組み直すだけですので、半月もあれば完成するでしょう」 もっともそれはモビルスーツ『ジェガン』とその補給物資に関する製造ラインだけで、ラー・カイラムやアークエンジェル用の戦艦補修ドックなどの完成はもう少し後になる。 だがいずれにせよ、ついに、地上で異世界兵器が量産体制に入るのだ。それは夕呼にとっても大きな一歩であった。夕呼が、何にもまして力を入れて取り組んでいる『00ユニット』の製作は、せっかくこの間技術的なボトルネックを突破したのに、今度は製造段階で頓挫している。 理由は極めて簡単で、G元素がないのである。2001年にオルタネイティヴ4が打ち切られ、オルタネイティヴ5が始まった時点で、夕呼の手元にあったG元素の大部分はアメリカに摂取されていた。 しかし、現在は帝国にもG元素はある。この間攻略された佐渡島ハイヴのG元素だ。 以前夕呼は、帝都城に呼び出されたとき、「帝国にαナンバーズの補給基地が出来れば、そこで製造される兵器を帝国の提供するよう話を通してみせる」と豪語した。 その際の取引条件として、夕呼はαナンバーズの兵器が帝国に渡るタイミングで「帝国のG元素を夕呼の研究用に融通する」という密約を取っていたのである。 無論、これはαナンバーズの全くあずかり知らぬ事であり、この状況を第三者が公平な目で見れば夕呼のやっていることは「人のふんどしで相撲を取る」以外の何ものでもない。 αナンバーズには「この世界に補給基地が設けられるよう帝国に話を通します」と言って恩を売り、帝国には「αナンバーズの基地が出来ればその物資を帝国に提供させます」という。 結果、帝国は、香月夕呼の仲介の元αナンバーズに土地を差し出し、αナンバーズからそこで作られる兵器をもらう。 一方、αナンバーズも香月夕呼の仲介を受けて、兵器の一部を差し出す代わりに補給基地用の土地をもらう。 そして、夕呼はどこにも何も差し出さずに、αナンバーズからビーム兵器を、帝国からG元素をせしめる。 横浜の牝狐、面目躍如といったところだ。まあ、仲介者というのは元来そういうものなのだが、帝国から見れば小憎らしいことこの上ないだろう。むしろ、ごく普通に感謝の意を伝えているαナンバーズの対応の方が、夕呼からすると不気味に感じられる。「分かりました。では、各国の代表団を乗せてバトル7がエルトリウムに向かうのは、それらの作業が終わってから、ということになりますね?」「はい、こちらの都合でお待たせするのは心苦しいのですが」 マックスは申し訳ありませんと頭を下げた。確かに、各国代表を運ぶための船を物資輸送に使うというのは少々問題があるが、αナンバーズとしてもせっかくバトル7を地上に降ろすのなら、便利に使いたいと言うのが本音だった。 モビルスーツの製造ラインを一本宇宙から地上に運ぶには、エターナルでは何度かに分けて往復する必要がある。それが、バトル7ならば一度ですむ。このチャンスを逃す手はない。「いえ、そう言うことでしたら、各国の代表も理解を示すと思います」 笑顔でそう答えながら、夕呼は内心渋い思いでいた。各国の人間は間違いなく怒らない。それどころか大喜びするはずだ。 なにせ、αナンバーズが岩国基地建設予定地に物資を降ろす間、彼らは合法的にこの横浜基地にいられるのだから。現在横浜基地に滞在している部外者は、各国の代表外交官だけではない。各国からエルトリウムに派遣される予定の科学者、技術者、さらにはそれらの護衛としてきている兵士達。もちろん、護衛の兵士達がただの兵士であるはずもない。 まず間違いなくしばらくの間は、ここ横浜と岩国は、世界で最もスパイの人口密度が高い地域になるだろう。(言うまでもないことだけど、念のため帝国側にも警告しておいた方が良さそうね) 夕呼が笑顔で受け答えしながら、頭の中でそんなことを考えていたその時だった。 突如、会議室の入り口がノックされる。この会議室があるエリアには、αナンバーズの関係者と伊隅ヴァルキリーズのメンバー以外は立ち入り出来ないようになっているはずなのだが。なにか、異変があったのだろうか?「どうぞ」 首をかしげながら、夕呼が入り口に向かいそう声を掛ける。 ガチャリと若干荒い音を立て、入ってきたのは、αナンバーズ先行分艦隊の機動兵器部隊副隊長、サウス・バニング大尉であった。「失礼しますっ」 褐色に焼けたその顔に、隠しきれない焦りの色を滲ませている。「マックス艦長ッ、着任早々申し訳ありませんっ」 バニング大尉が大河特使ではなく、自分に話を向ける。しかも、明らかに不測の事態が起きたと言わんばかりの焦りを滲ませて。 それだけで、「誰」が問題を起こしたのかは理解したマックスは、バニング大尉の焦りが伝染したように顔色を変えると、椅子から腰を浮かせ、尋ねるのだった。「バサラがどうした、まさかっ!?」 一瞬最悪の予想が頭をよぎるマックスであったが、幸いにしてそれは即座にバニングが否定してくれた。「いえ、バルキリーは持ち出していません。ご安心を。ただ、バサラがいきなり、PXで「ゲリラライブ」を始めまして」「なんだ、そんなことか」不謹慎ながら、マックスの今の心境はその一言であった。基地内で歌うぐらいなら、何の問題もない。 いや、冷静に考えればよその国の基地を間借りしている分際で、基地の施設内で「ゲリラライブ」を行うのが、問題ないはずはないのだが、「いきなりユーラシアに歌いに行く」のや「いきなり月に歌いに行く」のや「いきなり帝都城に歌いに行く」のに比べれば、はっきり言って「異常なし」と言いたいくらい平和な話である。「状況はどうなっている? 基地の皆さんの反応は?」 それでもマックスがそう確認したのは、バサラには得意の爆弾は発言があるのだ。「戦争なんてくだらねえぜ! 俺の歌を聴け!」という、G弾級の爆弾発言が。元の世界でもおおいにひんしゅくを買った台詞だが、この世界では文字通りαナンバーズの外交関係を木っ端微塵にしかねない破壊力を持っている。 だが、幸いにもその悪い予想も今回は、外れたようだった。「はい、反応は上々です。今のところ苦情のようなものは聞こえてきていません」「そうか、分かった。基地に対する謝罪はこちらから通す。大尉はそのままPXに戻り、これ以上問題が広がらないように努めてくれ」「了解しました」 バニング大尉は、慣れた仕草で敬礼すると、ホッとした表情で出て行った。 バタンと音を立ててドアが閉まる。「香月博士。聞いての通りです。申し訳ありません。いきなり、うちのクルーがご迷惑をお掛けてしているようです」「申し訳ありません」「ご迷惑をおかけします」 マックスの言葉に合わせ、左右に座る大河特使とミリア市長も席を立ち、深々と頭を下げる。 いまいち状況のつかめていない夕呼は、表面上は平静を装いながら、確認するように今聞いたばかりの名前を口にする。「ええと、そのバサラというのは?」「はい。熱気バサラ。我がαナンバーズの一員で、サウンドフォースの中心メンバーです。どのような人間かと説明するのはその……非常に難しいのですが、彼は歌うのです」「歌う?」 マックスの説明に、夕呼は今度こそ本格的に首をかしげる。対してマックスの表情は非常に疲れたものだった。「はい、歌うのです。いつでも、どこでも、歌うのです。おそらく、それはここでも変わらないでしょう。まず、間違いなくご迷惑をおかけすることと思いますが、どうか、寛大な心で見てやっていただけるとこちらとしては、非常に助かります」 日頃からその立場の割に、異常に腰が低いのがαナンバーズの特徴であるが、それにしても彼らがここまで身の置き所がなさそうにしているのは初めて見た。「申し訳ありません、とにかくバサラは『非常識』に奴でして」 困ったようにそう言うマックスの言葉に、夕呼の頬がピクリと痙攣する。「非常識、ですか」「はい。特別な能力を持った者のサガなのかも知れませんが、彼を一言で言い表すのならばその言葉が最も適切ではないかと」「…………」 夕呼は口元に、手を当ててしばし考え込む。そして、自分の恐ろしい考えが当たっているか確認するため、勇気を出して質問を投げかける。「あの、つかぬ事をお聞きしますが。ジーナス大佐は、「鋼鉄ジーグ」をご存じでしょうか?」 唐突な質問の意図が理解できないマックスであったが、それでも素直に質問に答える。「ええ、それは無論。我がαナンバーズの一員ですから。それが何か?」「いえ。では、ジェイアークの事はご存じですか?」「? はい」「では、ゲッターチームの皆さんのことは?」「?? 彼らとは、それなりに長い付き合いですが?」「……なるほど」 質問を終えた夕呼は、なにか納得がいったように、コクコクと何度も頷いた。 どうやら、間違いないようだ。 彼は、鋼鉄ジーグもジェイアークも、ゲッターロボについても十全に知った上で、その「熱気バサラ」という男にだけ「非常識」という言葉を使用した。 つまり、熱気バサラは、αナンバーズの基準でも「非常識」な男ということか。(非常識の中では常識が非常識、てオチならいいのだけど。望みは薄そうね……) おそらく、その男は「突き抜けて」非常識なのだろう。「了解しました。正直、事態はあまり把握できていませんが、基地の施設や人員に被害がないようでしたら、こちらからのクレームは無いものと思って下さって結構です。ただ、そのような「非常識」な方が来られるのでしたら、事前のご報告を頂けたらこちらとしても、対処方法があったのではないかとも、思います」「はっ。申し訳ありません」 平身低頭に頭を下げるマックスを見ながら、夕呼は内心で(可能な限り、『熱気バサラ』とは距離を取ろう)と、心の中で誓うのだった。「いくぜ、お前等! ファイアー!」 その身に纏う緑のタンクトップを、じっとりと汗で濡らした熱気バサラが、あおるように叫ぶ。「「「ボンバー!」」」 PXに集まった兵士達は、声を揃えてそう答える。 PXは即席のライブ会場と化していた。 アンプ内蔵型のエレキギターを奏でる熱気バサラ。同じく、アンプ内蔵型のベースをつま弾くミレーヌと、苦笑しながらショルダータイプのキーボードを演奏するレイ。 流石にドラム一式は持ち込めなかったため、ビヒーダは後ろで無表情のまま、テーブルをスティックで叩いている。いつもと全く変わらぬ無言、無表情なのだが、どこか寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。 事の起こりは言うまでもなく、熱気バサラだった。 食事時の時間が過ぎても兵士達が屯しているPXを見て、唐突にギターを持って乱入したのである。すでに夕食の時間が終わっていたのは、幸運だったと言うべきか、不幸だったと言うべきか。 夕食の時間ならば、食事を邪魔された兵士の苦情が正式にαナンバーズへと届けられた可能性もあるが、同時にPXの最高権力者「食堂のおばちゃん」こと京塚志津江曹長が事前に事態を収拾してくれたかも知れない。 結局現実としては、誰も止める者もなく、バサラはゲリラライブを敢行したのである。 音を聞きつけたミレーヌがギリギリ間に合ったのは、僥倖以外のなにものでもない。「戦争なんて「わ、私の歌を聴きなさーい!」 と、どうにかバサラの危険な台詞を、横から打ち消すことに成功したのだから。だが、言ったことには責任を持たなければならない。 気がつけば、ミレーヌは見知らぬ兵士達の前で、バサラのギターをバックに、持ち歌「SWEET FANTASY」を歌うはめになるのだった。 続いて、今度はバサラが「POWER TO THE DREAM」を歌い、苦笑いを浮かべながらミレーヌのベースを持ってきたレイが、自らもキーボードで演奏に参加し、バサラとミレーヌが二人で「突撃ラブハート」を歌い始めた頃には、ファイアーボンバーの周りでは、縦揺れを起こす兵士達の輪が出来ていた。 それからさらに数曲の演奏を終えた今、会場はすっかりヒートアップしている。 国営の楽団が未だ維持されているクラシックなどと違い、ロックやポップスといった軽音楽は、ついこの間まで前線国家であった日本にはあまりなじみがない。「なんだか、なじみのない感じだけど、すげーなこれ」 それでも最初は戸惑っていた日本人の国連兵士達も、いつの間にか輪を作って拳を振りあげている。「ああ、ちょっと変わってるけど、これ多分、ロックだぜ」 数少ない外国人兵士の中には、アメリカでロックを耳にしたことのある者もいる。「よし、それじゃこれでラストだ。いくぜ「GONG」!」 そう言ってバサラは、先の霊帝ケイサル・エフェスとの戦いを勝利に導いた曲を演奏し始める。 勇壮な戦士が戦場に赴くというその歌詞の内容は、軍人達に聞かせるには最適だったようだ。最後の曲で盛り上がりは最高潮に達している。(そういえば、この曲ってバサラとミンメイさんが創ったのよね?) ベースを演奏しながら、ミレーヌはふとこの歌の由来を思い出した。そう考えると不思議な気がする。 あのもの静かなミンメイと、「戦争なんてくだらねえ」と言い切っているバサラが、こんな勇壮な戦いの歌を作るなんて。これではまるで、戦う事を肯定しているようだ。 しかし、考えてみれば、それがバサラなのかも知れない。バサラは恋愛ごとに興味を持っているそぶりも見せないが、「突撃ラブハート」のような愛を歌う歌も作る。日頃、傍若無人なまでに身勝手な事ばっかりやっているのに「MY SOUL FOR YOU」のような、人を優しさで包み込むような歌も作る。(歌作りの才能と、人格は関係ないってことなのかな?) 色々と考えている間に、歌は最後のクライマックスに入る。 ミレーヌはそんな疑問を忘れるように、バサラと声を揃え「永遠へ! 永遠へ!」と何度も歌い叫ぶのだった。【2005年2月5日、21時09分、国連軍横浜基地、地下19階、香月夕呼研究室】 慌ただしい1日が終わり、夕呼は静かな研究室で、天然物のコーヒーを飲み、一息ついていた。「とりあえず、大筋においては順調と言って良いわね」 各国間の調整も、今のところうまくいっている。帝国とは先ほど連絡を取り、岩国補給基地からビーム兵器が届き次第、こちらにG元素を送ってもらうよう確約を取った。 中華統一戦線の思惑に、帝国上層部が乗せられつつあるのが懸念事項といえば懸念事項だが、それもαナンバーズの助力が得られれば取り返しのつかない事態にはならないはずだ。 そこまで、考えて、夕呼は眠気を飛ばすように、小さく一、二度頭を振った。「危ない危ない。αナンバーズは味方じゃない。敵でもないけど、味方でもない」 そう、自分に言い聞かす。たまにこうして言い聞かせないと、その根本的な事実を忘れそうになる。実際、帝国の上層部にも、これまであまりに都合がよい行動ばかり取るαナンバーズに対し、すっかり警戒心の抜け落ちた者達も多数出てきているという。 油断したところで横腹を一突き、という事態は避けたいものだ。 夕呼は改めて、気を引き締め直した。 と、その時、研究室の入り口がコツコツと小さくノックされる。「社? 入りなさい」 夕呼がそう言うと、入ってきたのは確かに社霞であった。別段超能力を使ったわけではない。元々この研究室に向こうからやってくるのは、秘書のイリーナと、最近戻ってきた神宮司まりもと、白銀武と、この社霞の四人しかいないのだ。 そして、その中で無言のまま小さくノックをするのは、霞一人だ。イリーナとまりもはノックと同時に必ず名乗るし、武のノックはもっと荒々しい。 入ってきた霞はどこか、いつもと違う様子だった。その証拠に、普段は寝ているヘッドセットの黒いうさ耳が、今はピョコンと立っている。よく見ると、その白磁のような顔にも若干の赤みが差している。「どうしたの、何かあった?」 尋ねる夕呼に、霞はこくりと頷くと、衝撃の言葉を口にするのだった。「はい。さっきほんの僅かですが「純夏さん」の思考に明るい色のハレーションが起きました」「ッ!?」 思わず夕呼もガタリと音を立てて、椅子から腰を浮かしかける。オルタネイティヴ4完遂のため、必要不可欠な存在『00ユニット』。そのための重要人物、『鑑純夏』。 BETAに囚われ、脳髄だけの姿で今も「生きている」彼女には、五感というものが存在しない。そのため、よほどの何かがない限り、「鑑純夏」の反応はないはずなのだ。「間違いないのね。明るい色のハレーション?」 夕呼は念を押すように確認する。一概には言えないが、明るい色ということは、どちらかというと正の感情を刺激される何かがあったということだろうか?「はい。白銀さんがこの世界に来たときと比べればずっと弱くて、本当に短時間でしたけど」 霞は、はっきりと頷き肯定する。「それで、他にはなにか読み取れた? 具体的な言葉は?」「はい。一言だけですけど」「…………」 夕呼は緊張した面持ちで、無言のまま霞の言葉を待つ。そして、「その、「ボンバー」と」「…………は?」 非常に珍しい、マヌケな声を上げるのだった。