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No.4039の一覧
[0] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:51)
[1] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~プロローグ2[山崎ヨシマサ](2010/11/10 03:38)
[2] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その1[山崎ヨシマサ](2009/09/22 23:11)
[3] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その2[山崎ヨシマサ](2009/09/22 23:17)
[4] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その3[山崎ヨシマサ](2009/09/22 23:23)
[5] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その4[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:53)
[6] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その5[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:55)
[7] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その6[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:59)
[8] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その1[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:04)
[9] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その1[山崎ヨシマサ](2010/07/19 22:58)
[10] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その2[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:06)
[11] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:07)
[12] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その4[山崎ヨシマサ](2010/09/11 22:06)
[13] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その5[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:09)
[14] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その6[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:11)
[15] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その7[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:12)
[16] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その8[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:17)
[17] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その2[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:19)
[18] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その1[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:20)
[19] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その2[山崎ヨシマサ](2010/07/19 23:00)
[20] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:24)
[21] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その4[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:27)
[22] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その5[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:29)
[23] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その6[山崎ヨシマサ](2010/07/19 23:01)
[24] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その7[山崎ヨシマサ](2009/09/23 13:19)
[25] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その8[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:33)
[26] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:36)
[27] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その1[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:38)
[28] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その2[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:40)
[29] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:42)
[30] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その4[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:42)
[31] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その5[山崎ヨシマサ](2011/04/17 11:29)
[32] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その6[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:45)
[33] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その7[山崎ヨシマサ](2010/07/16 22:14)
[34] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その8[山崎ヨシマサ](2010/07/26 17:38)
[35] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その4[山崎ヨシマサ](2010/08/13 11:43)
[36] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その1[山崎ヨシマサ](2010/10/24 02:33)
[37] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その2[山崎ヨシマサ](2010/11/10 03:37)
[38] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その3[山崎ヨシマサ](2011/01/22 22:44)
[39] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その4[山崎ヨシマサ](2011/02/26 03:01)
[40] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その5[山崎ヨシマサ](2011/04/17 11:28)
[41] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その6[山崎ヨシマサ](2011/05/24 00:31)
[42] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その5[山崎ヨシマサ](2011/07/09 21:06)
[43] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第六章その1(最新話)[山崎ヨシマサ](2011/07/09 21:50)
[44] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~プロローグ[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:47)
[45] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第一章[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:49)
[46] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第二章[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:51)
[47] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第三章[山崎ヨシマサ](2010/06/29 20:22)
[48] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第四章[山崎ヨシマサ](2010/07/19 22:52)
[49] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第五章[山崎ヨシマサ](2010/08/13 05:14)
[50] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第六章[山崎ヨシマサ](2010/09/11 01:12)
[51] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~エピローグ[山崎ヨシマサ](2010/12/06 08:17)
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[4039] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その3
Name: 山崎ヨシマサ◆0dd49e47 ID:71b6a62b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/05 23:42
Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~

第四章その3



【2005年2月15日、日本時間15時25分、小惑星帯、エルトリウム】

 αナンバーズ後方本隊がこの世界で仮の本拠地と定めている小惑星帯(アステロイドベルト)宙域。そこに現在、少々場違いな艦影が追加されていた。

 つい先ほど、バトル7の格納庫から出てきた、小型の宇宙船である。

 一目見ただけで、それがαナンバーズ由来の機体ではないことが分かるだろう。この世界の地球で作られた『再突入駆逐艦』と呼ばれる宇宙船によく似たシルエットをしている。

 それもそのはず、この宇宙船は国連軍所属の『有人宇宙探査船』である。ベースとなる骨格は『再突入駆逐艦』と共通だ。

 その有人宇宙船の狭い船内では、選りすぐりの国連宇宙軍パイロットと科学者達が、各国から派遣された見届け人役である外交官達が見守る中、現在地の確認作業に力を注いでいた。

 パイロット達はともかく、日頃宇宙船に乗ることなどない科学者達は、無重力空間での体の使い方に四苦八苦しながら、モニターに映る星々の位置を調べ、現在地の特定を急いでいる。

 おそらく、同じ計算を何度も繰り返しただろう。科学者達はもう何度目になるか分からない頷きあいの後、白人の老科学者が代表して外交官達の方に向き直り、口を開く。

「間違いありません。ここは確かに『小惑星帯』です。モニターに写っている特別大きな紅い星が、火星です」

 老科学者の言葉に、背広姿のままシードベルトで座席に身体を固定していた各国の外交官達は、ホッと息を吐いた。

 わざわざこの言葉を聞くためだけに、彼らはαナンバーズと交渉し、この宇宙船をバトル7に搬入させてもらったのだ。

 地上からバトル7で飛び立ち、四日後エルトリウムに乗り換え、「はい、ここはすでに火星と木星の間の小惑星帯です」と言われても簡単に信じられるものではない。正確な位置測定は、αナンバーズの懐から出たところで行わないかぎり、信憑性の欠片も無い、というのが彼らの主張だ。

 それは、間違いなく正しい感覚である。相手側から与えられる情報を鵜呑みにするようでは、子供の使いに等しい。

「やはり、か」

「まあ、バトル7には人工重力も働いていましたし、今更驚くことではないのかも知れませんが」

「それでもやはり驚きでしょう。地球から小惑星帯までが片道僅か4日とは。教授、我々が自力でここにこようと思えば、どれくらいかかりますか?」

 外交官の問いに、老科学者は頭頂部の寂しくなった白髪を振り、少し考えながら答える。

「そうですね。通常の宇宙船では最速でも半年。G元素由来の動力を搭載した特別宇宙船でも、一月やそこらはかかるのではないでしょうか」

 この世界の技術では無人機を火星に送り込むだけでも、数ヶ月の時間を要するのだ。地球・火星間の距離が最接近時で5500万キロ、最隔離時9900万キロ。対して現在彼らがいるこの宙域は、先ほどの計算の結果、地球から最低でも1億キロ以上離れていると出ている。そもそも艦内の慣性制御技術を確立していないこの世界の技術では、どれほど高出力の動力を有した機体でも、人体が絶えられる限界以上の加速はかけられないのだ。

 G元素由来の技術を使わなければ、有人機を送り込むこと自体が難しいレベルの距離である。

『それでは、当艦はこれよりエルトリウムに向かいます。よろしいですか?』

「うむ。やってくれ」

 操縦席に座るパイロットからマイクを通して伝えられる言葉に、外交官の一人が代表してそう答える。

『了解しました。では、出発します。衝撃にご注意下さい』

 宇宙船は、ゆっくりと戦艦エルトリウムに向かい動き出す。

「むっ」

 さほどの加速度ではないのに、椅子に押しつけられるような力を感じるのは、これまで4日間、バトル7の艦内で、重力も慣性も制御された空間に慣れてしまったからだろうか。

「戦艦エルトリウムか。……これを見れば流石に誰も「αナンバーズはミス・コウヅキの作った秘密特殊部隊だ」などと言わなくなるだろうな」

 モニターに映る白い巨艦に目を奪われながら、老科学者がそうポツリと呟いた。

 αナンバーズ旗艦、戦艦『エルトリウム』。全長70キロ、横幅18キロ、全高9キロ強。規格外と言う言葉すら生やさしい巨大な戦艦である。

 地球で見たときは、想像を絶する巨艦に見えた全長1.5キロのバトル7でさえ、エルトリウムと並ぶと緊急脱出用のボートくらいにしか見えない。なるほど、これならば彼らが自らを『戦闘集団』ではなく、独立した一個の『自治組織』だと自称するのも分かる。もやはこれはただの戦艦ではない。宇宙を旅する人工の大地だ。

 幾ら天才香月夕呼といえども、こんな化け物戦艦、秘密裏に作れるはずがない。作れるようなら、最初から香月夕呼を『オルタネイティヴ4』の責任者などにせず、『オルタネイティヴ5』の責任者に任命している。

 やはり、彼らαナンバーズは、香月博士や日本帝国、そして彼ら自身が言うとおり「異世界」からの来訪者なのだろう。少なくとも、常識的理解を超えた超常の存在であることは疑いない。

「異世界からの来訪者……か。外宇宙からの来訪者はこちらの期待を裏切る無法者であったが、果たして彼らはどうなのだろうな……」

 年科学者は、何かを思い出すようにそう呟きながら、目を瞑る。

 今から遡ること47年。1958年のあの日、当時まだ二十歳をちょっと過ぎたばかりの若造だった彼は、今でもあの時の興奮を鮮明に覚えている。

 アメリカの火星探査衛星『ヴァイキング1号』が火星で初めてBETAの影を撮影することに成功したあの時のことを。

 ちょうどパリ第6大学で研究者としての人生をスタートさせたばかりった彼は、大学の研究室で一回り年上の同僚から、その世紀の大ニュースを聞かされたのだった。

 地球外生命体の可能性。しかも調査が進む連れ、それは『知的生命体』の可能性が高いという追加情報が入る。このニュースに好奇心を刺激されない科学者はいないだろう。当然彼も、当断続的に入ってくるニュースに耳を傾けながら、今人類が新たなステージに上がろうとしているのだ、と血が沸き立つような興奮を覚えずにはいられなかった。

 ある意味その予想は当たったと言える。あれ以来人類は確かに、「新たなステージ」に立たされた。「種の存亡を賭けて戦う」という、有史以来立ったことのない「新しいステージ」に。

 当時、若造だった彼の胸を高鳴らせてくれた地球外生命体――BETAは、それから9年後、月面にて地球人類とファーストコンタクトを果たし、そのさらに6年後、月から人類を追い出すのと前後するように、地球にその姿を現したのだ。

 1973年、中国ウィグル地区に最初ハイヴ、『オリジナルハイヴ』が落下。同年、月から人類は撤退し、月面は完全にBETAの手に落ちた。

 それから先のことは、正直あまりはっきりとは思い出せない。あれから三十年、家族も、友人も、故郷も、大事なものを失いすぎた。失うだけの人生だった。

 BETAは、あっという間にユーラシア大陸を席巻していった。

 彼の母校パリ第6大学も、生まれ故郷であるポーの街も、フランスとスペインを隔てていたあの長大な『ピレネー山脈』さえ、もはやこの世のどこにも存在していない。全ては何万何十万というBETAの波にさらされ、砕かれ、すりつぶされていった。

「…………」

 老科学者は、何かを吹っ切るように一つ頭を振ると、興味深げにモニターに映る戦艦『エルトリウム』を見据えた。

 こうやって至近距離から見ると、宇宙船と言うよりただの白い壁としか認識できない。

 BETAは、『G元素』という僅かな例外を除き、人類に死と絶望しかもたらさなかった。

 αナンバーズは、何をもたらすのだろうか? 希望か、それとも更なる絶望か。

「…………」

 老科学者が再び思考の海に沈みかけている間に、宇宙船はエルトリウムの格納庫へと収納されていった。

 しばらくして、シートベルトで座席に固定していた身体が、見えない力で下に引きよせられるのを感じる。

 どうやら、この『エルトリウム』という戦艦も、バトル7同様艦内に人工重力を完備しているようだ。

『着陸しました。シートベルトを外してください』

 スピーカーから、パイロットの声が響き渡る。気づいた者がいなかったのか、「着陸」という言葉の間違いを笑う者はいない。まあ、元々『再突入駆逐艦』のパイロットである彼は、自分が「着艦」作業を行う羽目になるなど、思ってみなかっただろう。

 指示に従いシートベルトを外した老科学者は、すぐには立ち上がらず、座先にその細く枯れた身体を沈めたまま、ゆっくりと何度も深呼吸をする。その後立ち上がろうとして、肘掛けに手を掛け、足に力を入れるが、身体が思うように動かない。

「なんだ?」

 老科学者は思い通りにならない自分の身体に疑問を覚え、右手を顔の前に持って来る。

 最近小さな染みが目立つようになってきたその手は、細かく震えていた。左手も、両足も同様に震えている。しかも、このままでは霜焼けになってしまうのではないかと思うくらい手足の指は血の気が引き、冷たくかじかんでいる。まるで野球のグローブでも填めているかのように指が上手く動かない。

 震える四肢。血の気の引いた末端部位。そして、うるさいくらいに脈動する心臓。

「ああ、なんだ。……そういうことか」

 己の状態を自覚し、老科学者は思わず苦笑する。

 何のことはない。自分は興奮しているのだ。異世界人とコミュニケーションを取り、異世界の技術に触れ、未知なる知識を吸収できるかもしれない、という今の状況に、年甲斐もなく自己制御が効かないほどに興奮して、身体が暴走し始めているのだ。

 何と懐かしい感覚だろう。

「なんだ。私もまだまだ、若いではないか」

 それは、47年前、地球外生命体のニュースを聞いたあの時と同じ反応だ。

 老科学者は晴れやかに笑う。それは、30年ぶりの本当の笑顔だった。









【2005年2月15日、日本時間16時00分、小惑星帯、エルトリウム】

 エルトリウムの艦内都市に、今初めてこの世界の人間が足を降ろしていた。

 お上りさんよろしくキョロキョロと周囲を見渡すその姿からは、4日という長旅の影響はあまり見受けられない。まあ、人工重力が働き、内部慣性も極力制御されたバトル7での移動は、狭いことと不自由なことを覗けば「移動」という認識を持つこと自体難しいのかも知れない。せいぜい「ビジネスホテルに缶詰にされていた」程度の不自由さだったのだろう。

 ついでに言えば、時差も存在しない。αナンバーズ先行分艦隊が地球に降りた際、αナンバーズの時間は、原則この世界の日本に合わせている。横浜基地を出発し、バトル7で移動し、エルトリウムに到着するまでの間、時計を調整する必要は一切なかった。

「凄いな……」

「これが、本当に戦艦の中なのか?」

「完全に街、いや『都市』だ」

 流石に各国の外交官達は、必要以上の驚きを示さないが、同行している科学者や護衛の兵士達はあからさまな驚きを隠せない。

 広い舗装された道と、その左右に立ち並ぶ近代的・未来的な建物。規則正しく植えられている街路樹と、一定区間ごとに設けられている広い芝生の公園。そして、ここまでの高さが必要なのか、疑問に思えるほど高い天井には、目をこらして注視しないと分からないくらい精巧な『青空』が映し出されている。

 その広さは実に650K㎡を超える。この数字にピンと来ないならば、東京二十三区の総面積が620K㎡強だといえば、ある程度感覚がつかめるだろうか?

 土地勘のない者、方向感覚の乏しい者、風の魔装機神操者をやっていて白黒二匹の猫をつれている者などは、あっという間に迷子になること請け合いの広さである。

「それでは、皆様の宿泊施設にご案内します」

 ある程度驚きが収まった頃合いを見て、αナンバーズから派遣されている案内係の兵士が、そう言って一行を促す。予定では彼らは一度、宿泊施設で準備を整え、夕刻からタシロ提督を初めとしたαナンバーズ後方本隊の中枢メンバーと夕食会を兼ねた顔合わせを行う事になっている。

 本格的な交流、交渉は明日以降の予定だが、何らかの形で「抜け駆け」を企んでいる外交官は一人や二人ではあるまい。もっともそう言った「前のめり」の交渉に、不快感を覚える人間も多いのもまた事実なので、あえて慎重に様子を伺うほうが多数派であろうが。

「ありがとう。手間を掛けさせてすまないね」

 だが、好々爺然と笑いながら、案内役の兵士達の労をねぎらう外交官達の様子からは、そんなギラギラした欲望の色は一欠片も見受けられなかった。






「戦艦バトル7、ただいま帰還しました。各国代表団の方々は、すでにエルトリウム艦内都市の宿泊施設に案内してあります」

「うむ、ご苦労だった、ジーナス艦長」

 一方その頃、バトル7艦長、マクシミリアン・ジーナス大佐は、妻のミリア・ファリーナ・ジーナスと共にエルトリウムの艦橋を訪れ、帰還報告をしていた。

 常日頃であれば、バトル7の艦長席から通信で済ませるところだが、今日はエルトリウムで行われる夜の夕食会に出席することになっているのだ。先にこちらに渡っていて悪いことはない。

 代わりに、艦長代理を務めるため、さっきまでエルトリウムで留守番をしていたエキセドル参謀がバトル7に戻っている。

「各国代表団の人員リストは先ほど確認しましたが、香月博士は来られないのですね」

 細かな確認作業は自分の役目とばかりに、エルトリウム副長はいつも通り抑揚のない淡々とした口調でそう問いかける。

「ああ、博士は現在色々と手の放せない職務を抱えているのだそうだ。代わりに名代として香月博士直属部隊である伊隅ヴァルキリーズの速瀬隊が来ている」

 マックスはエルトリウム副長の方に視線をやると、頷きながらそう答えた。

 夕呼が今現在、地獄のように忙しいのは事実だが、あえて代表団に自らを加えなかったのはもちろん、それなり思惑あってのことである。この機会を逃すことで「すでにがっつく必要がないくらい、香月夕呼はαナンバーズとの間に、太いパイプを保持している」と外部にアピールしているのだ。

 もし、これで各国代表団の誰かがαナンバーズ本隊を相手に直接のラインを築いたりすれば、夕呼としては大ダメージだが、今回の滞在期間5日という限られた時間では、まずそれはあり得ないと確信している。

 αナンバーズの交渉術は、一見稚拙なように見えて巧妙だ。「この世界をBETAの脅威から救うため、全面的な協力を申し出る」とう、極めて耳障りの良い表向きの目的を前面に押し出し、うちに秘めた真の目的は決して漏らさない。

 例え彼らの旗艦『エルトリウム』にたどり着いたとしても、その真の目的を僅か5日間に探り当てるのは、不可能に近いだろう。当然、向こうが真に求めているものが判明しない状態で、まともな交渉が成立するはずもない。

「そうでしたか。では、その速瀬隊の方々にも誰か人をつける必要がありますね」

 エルトリウム副長は、確認するように一つ頷くと、そう答えた。

 原則敵対者以外には、昼寝中の座敷犬並に無警戒なαナンバーズであるが、流石にエルトリウム内部で部外者達に全面的な自由行動を許すほど、間は抜けていない。

 各国代表団にはそれぞれ案内役の兵士がついており、兵士の同行無しでは、宿泊施設の外へはでないように通達してある。

「ああ。それならば、速瀬隊は機動兵器部隊の若い連中をつければいいだろう。彼女たちは、思いの外、我々と相性が良いようだ」

 マックスは、横浜基地ですっかり打ち解けて仲良くなっていた伊隅ヴァルキリーズとαナンバーズ機動兵器部隊の面々の事を思い出し、小さく笑った。

「うむ、そうだな。彼女たちも随分若いようだし、年齢的にも近い方がお互いやりやすかろう。副長、手配を頼む」

 うむうむと頷くタシロ提督を見て、副長は内心で若干速瀬隊の面々を気の毒に思いながら、表情には出さずにただ「了解しました」とだけ答えた。

 地球に降りている先行分艦隊とは違い、後方本隊には、今もなお、機体の修繕の目処も立たず暇をもて余している連中が大勢いる。コン・バトラーチームに、ボルテスチーム。グッドサンダーチームにSRXチーム等々。彼らは間違いなく、伊隅ヴァルキリーズ速瀬隊の面々を思いきり歓迎することだろう。

(騒がしくなるだろうな)

 副長は、ごく当たり前のようにそう近い未来を予想したが、特にそれを制止する必要性は感じなかった。









【2005年2月16日、日本時間13時48分、小惑星帯、エルトリウム・特別会議室】

 火星に今もなお数多く存在するハイヴ。

 そのBETAの巣とも基地とも言える建造物内部に、二つの招かれざる物影があった。

 一つは、胸部に大きな金色の髑髏面をあしらった人型ロボット。頭部からはバッファローのよう大きく曲がった二本の角が生えている。特機と呼ばれる機体は、特徴ある外見をしているものが多いが、これはその中でもトップクラスに「目立つ」機体だろう。

 ガイキング。それがこの特機の名前である。

 ゾルマニウム合金で全身を覆われたその防御力は、αナンバーズの機体の中でも上位に位置し、攻撃力も十分高いものを持っている。強いて欠点を上げるとすれば、元々戦艦『大空魔竜』と共に運用されることを前提として作られているため、今のように大空魔竜から離れて戦う任務では使用できない武装が存在することだろうか。

 全高はジャスト50メートル。特機としてはごくごく標準的なサイズである。

 一方、ガイキングの左を歩くもう一機の機体は、その半分にも満たない。モビルスーツやパーソナルトルーパーとほとんど大差ない大きさである。

 だが、この機体は歴とした特機だ。元の世界で、この機体をモビルスーツやパーソナルトルーパーと見間違える者はいないだろう。

 マジンガーZ。

 特機の前に「元祖」の二文字をつけても良い。掛け値なしで最も有名な特機だ。

 特機と言えば『マジンガーZ』。モビルスーツと言えば『ガンダム』。知名度で言えば、この二機が群を抜いている。

 そして、急速な技術の進歩と共に過去の存在と化した初代ガンダムと違い、マジンガーZは、大規模な改造を施されながら、こうして今もなお前線で活躍している。

 鉄の城と呼ばれるそのボディは、かつては超合金Z製で、今は超合金ニューZ製。その頑健さは間違いなく全特機を見渡してもトップクラス。重レーザー級のレーザ照射や戦車級の噛みつき、要塞級の強酸溶解溶液付の触手攻撃などでも傷らしい傷はつかない。

 攻撃手段も豊富である。目から放つ光子力ビーム。マジンガーの代名詞とも言えるロケットパンチ。そして、その胸部の紅い放熱板から放たれる必殺の熱線、ブレストファイヤー。

 流石に、同じマジンガーシリーズの上位機である、グレートマジンガーやマジンカイザーには破壊力において一歩、二歩譲るが、攻防共に十分頼りになる機体だ。

 青白くほのかに光る外壁の燐光だけが光源の、暗いハイヴ横坑を二体の特機はゆっくりと進んでいく。

 無論、ハイヴ内部にBETAがいないはずがない。

「サンシローさんっ!」

「ああ、分かってる、甲児君!」

 マジンガーZパイロット兜甲児の声に、ガイキングパイロットツワブキ・サンシローが即座に返す。

 ハイヴ横坑全体に小さな振動を響かせながら、前方からBETAの一群がこちらに向かってくる。横坑いっぱいに広がって迫ってくるそのBETAの津波を回避することは不可能だ。

 全高50メートルのガイキングと全高18メートルのマジンガーZが横に並んでもまだ十分に余裕があるこのハイヴ横坑に、回避する余地もない無いくらいびっちりと詰まったBETAの群れだ。総数はどれくらいいるか想像もつかない。最低でも数百、下手をすればこれだけで千を越えるかも知れない。

 だが、兜甲児とツワブキ・サンシローの両名に、恐れや戸惑いは一切無かった。

「いくぜっ!」

「おうっ!」

 マジンガーZ、ガイキング、二機の特機が息を合わせてグッと踏ん張りをきかせるように重心を下げる。

 そして、次の瞬間、

「喰らえ、ドリルミサイル!」

 マジンガーZの腕が途中から90度上方向に折れ、そこからドリルのように先がねじれて尖ったミサイルが複数発射され、

「そこだ、ザウゥゥルガイザァァッ!」

 同時に、ガイキングの胸部髑髏の目から放たれる赤・青二色の光線が捻れ、絡み、螺旋を描きながら、押し寄せるBETAの波に大きな風穴を開ける。

 ドリル状のミサイルが戦車級を貫き爆発し、周りの闘士級を巻き込み殲滅し、二色の線が要撃級をダース単位で纏めて貫き、駆逐する。

 この同時攻撃だけで、百を超える数のBETAを葬ったことだろう。しかし、それでも押し寄せるBETAの総数から見ればごく一部だ。

 もっと粘れば、この場にいるBETAぐらいならばマジンガーZとガイキングの二機だけで殲滅することも不可能ではない。だが、このハイヴ内には少なく見積もっても数十万のBETAが生息しているのだ。こんな所で足を止めていたら、次々とBETAが押し寄せてきて、面倒くさい事になってしまう。

「突っ込むぞ、甲児君!」

「了解だ、サンシローさん!」

 ガイキングとマジンガーZは、先ほどの攻撃で生じたBETA津波の穴に、勢いよく飛び込んでいく。全高18メートルほどのマジンガーZはともかく、全高50メートルのガイキングが通り抜けるには少々小さな隙間だが、そこはパワーと勢いで押し切る。

「うおおお、道をあけろ!」

 ガイキングは、まとわりついてくるETA達を半ば体当たりで仕留めるようにして、その場を離脱する。

「甲児君、このまま一気に主縦坑(メインシャフト)まで抜けるぞ!」

「分かった!」

 サンシローは、サブモニターに映るハイヴマップを見ながら、そう叫んだ。

 マップにはこれまで通ってきたルートがオートでマッピングされている。さらにそのマップには、上空から見た時の地上建造物の位置を参考に、主縦坑の位置も簡易予想的に書き込まれている。

 マップに描かれている主縦坑予想位置が間違っていなければ、すでにかなり主縦坑に近いところにまで来ているはず。

 そんなサンシローの期待は、すぐに現実のものなった。

「抜けたっ!?」

 飛び続けるガイキングの前の視界が一気に開ける。主縦坑に出たのだ。

「下だ、サンシローさん!」

「分かってる!」

 主縦坑に出たガイキングとマジンガーZは、そのまま垂直落下に近い勢いで、まっすぐ下へと下っていく。

 反応炉がある広間は、主縦坑の底からダイレクトで繋がっている。こうして主縦坑にさえ出れば、反応炉は戴いたも同然だ。

 ガイキングとマジンガーZは一気に主縦坑底まで降りると、直前でホバリングするように空中停止した。

 主縦坑底には予想通り、足の踏み場もないくらいBETAがひしめき合っている。光線級、重光線級もかなりの割合でいるが、ハイヴ内でレーザー照射をすることはないので、現状特に気にする必要もない。むしろ、厄介なのは要塞級だ。

 要塞級の尾節に収納されている触手は予想以上に長い。こちらの攻撃が届く程度の高度ならば十分に要塞級の触手も届く。無論、要塞級の触手程度で、ガイキングやマジンガーZがそうそうダメージを負うことはないのだが、下手にバランスを崩して、BETA溜まりに落ちれば、流石に少々厄介なことになる。

「よし、これでも喰らえ、ブレストファイヤー!」

 甲児は、攻撃を喰らわないように気をつけながら、マジンガーZにガッツポーズを取らせ、胸の紅いV字の放熱板から熱線を斜め下方向めがけ撃ち放つ。所詮炭素の固まりに過ぎないBETAではひとたまりもない。要撃級、突撃級、重光線級、その他小型種、一切区別無く熱線を浴びたBETAは跡形もなく燃え尽きていく。

 ブレストファイヤーの熱線が明るく主縦坑底を照らし出す短い間に、ガイキングに乗るサンシローは素早く反応炉のある広間に続く入り口を探し当てていた。

 この辺の手順は、中々手慣れている。伊達にこれまで何度も『火星ハイヴ間引き作戦』をやってきたわけではない。甲児とサンシローはこれまでに二人で、5個のハイヴを間引いている。これが6個目のハイヴだ。

「見つけたぞ、こっちだ!」

 そう言うやいなや、ガイキングは勢いよく広間に続く通路入り口に向かい飛び出した。

 通路の入り口は、仮称「門(ゲート)級」と名付けた、特殊なBETAが塞いでいる。ガイキングは空中で急停止すると、胸の髑髏の口から大きな火球をはき出す。

「くらえっ、火の玉魔球だッ!」

 その次の光景は、常識のある人間が見ればポカンと口を馬鹿のように開けることだろう。ガイキングはその燃え盛る火球をあろう事か、右手でむんずとつかんだのである。そして、そのまま野球のピッチャーの様に大きく振りかぶり、手に持つ火球を門級BETAめがけ投げつけた。

「ハイドロブレイザー!」

 火球は違うことなく、門級のど真ん中にぶち当たり、大穴を空けた。

 流石ツワブキ・サンシロー。元プロ野球球団レッド・サンのピッチャー、見事なピッチングだ、と言うべきだろうか? まあ、サンシローは現役時代サウスポーだったのに、ガイキングのハイドロブレイザーは右投げなので、実は何の関係もないのかも知れない。

「続け、甲児君!」

「おうよ、一気に行くぜ!」

 ぶち破った門の穴を、ガイキングとマジンガーZがすり抜けていく。

 反応炉のある大広間は広い。そして、その大広間の床が見えないほど、大量のBETAが重なり合って存在している。この大広間だけで数万を数えるであろう。だが、今更サンシローも甲児もその光景に驚愕したりはしない。これまでに何度も見てきた光景だ。

 いかに広間が広いとは言え、マッハを超える飛行速度を有する特機にとっては一瞬だ。ガイキングとマジンガーZはあっという間に反応炉の前まで飛んでくる。途中、天井から降り注ぐ戦車級が何匹か両機の背中に着地し、一生懸命噛みついていたりするが、今はそれにかまっている場合ではない。どのみちダメージはないのだから、後でゆっくり払えばいい。

 並ぶようにして空中停止した両機は、そろってグッと右拳を握りしめる。ガイキングは弓を引き絞るように右手を後ろ引き、マジンガーZはつきだした右腕の二の腕を、左手でしっかりと抑え、構える。共通しているのは、右拳がまっすぐ反応炉に向けられているということ。

「いくぜっ!」

「このロケットパンチはひと味違うぜっ!」

 次の瞬間、両機の右拳がうなりを上げて、反応炉めがけ飛び出した。

「カウンターパンチ!」

「喰らえっ!」

 肘関節より少し前の部分から分離したガイキングとマジンガーZの鉄拳は、雄々しくジェット炎をたなびかせながら、不気味な冷光を放つ反応炉に叩きつけられる。

 ガイキングの『カウンターパンチ』と、マジンガーZの『強化型ロケットパンチ』。

 たったの二発の鉄拳に、反応炉はひれ伏した。S11の爆発にも、当たり所次第では一発や二発は絶えられるとされているハイヴ反応炉が、まるでハンマーを振り降ろされたガラスの塊のように、粉々に砕けている。

 いつもの事ながら、それからの反応は劇的だった。

 まるで潮が引くように、広間に重なり合って蠢いていた数万のBETA達が、逃亡し始める。

「へっ、ざっとこんなもんだっ!」

「兜甲児様をなめるんじゃねえ!」

 粉々になった反応炉の前で、ツワブキ・サンシローと兜甲児は、勝ちどきを上げるのだった。






『……以上が、一昨日行われた『火星ハイヴ間引き作戦』の顛末です。この後、ガイキング、マジンガーZの両機は自力で火星重力圏を離脱。重力圏外で待機していた戦艦『大空魔竜』が両機を回収、帰還しました。なにかご質問はありますか?』

 大迫力の『火星ハイヴ間引き作戦』の画像が途切れたところで、エルトリウム副長は、会議室に集まった国連高官及び各国代表を見渡し、そう質問を促した。

 ここは戦艦エルトリウム内で一般人員は立ち入りが禁止されている、操艦ブロックにある特別会議室。会議室と言っても、一般的な会社などにあるような小さなモノではない。正面に巨大なスクリーンモニターを配備し、ひな壇のようになった傍聴席を有する巨大な代物である。ちょうど、大きな大学にある大講義室のようなものだ。もしくは、国会議事堂の本会議場の小型版と言った方が良いだろうか。

 議会を進行する側のαナンバーズ中枢メンバーは、皆正面の特大モニターの下に横一列となって座っており、国連の代表団はそれと正対するように、傍聴席に着いている。

 ちょっと見れば座っている位置で各国代表団の力関係が見て取れる。最前列真ん中にアメリカ代表。その左隣に、オーストラリア代表。右隣に、アフリカ連合代表。基本的に最前列に陣取っているのは、経済的に豊かな「大国」と言われる国々ばかりだ。

 例外は、最前列の右端にちょこんと座っている日本帝国代表くらいだ。オルタネイティヴ4を主導していた2001年までならばともかく、オルタネイティヴ計画が5に移行して以降は経済力、軍事力、国際発言力いずれの観点から見ても、ひな壇の真ん中から少し後ろくらいが妥当な立ち位置のはずだ。 

「……………」

 水を打ったような静寂が大会議室を支配する。

 一方、αナンバーズサイドの出席者は、計7名だ、中央に座る、タシロ・タツミ提督。その左にバトル7からマクシミリアン・ジーナス大佐とミリア・ファリーナ・ジーナス市長。大空魔竜から、十文字博士と、エターナルからラクス・クライン。GGG艦隊からは火麻参謀が大河長官の代理として出席している。そして、離れたところでモニターを操作しながら司会進行役を務めているエルトリウム副長。

 タシロ提督達、αナンバーズサイドは、この予想外に長い沈黙に、内心首をかしげていた。向こうサイドの立場に立ってみれば、昨日今日だけで随分と新しい情報が耳に入ったはずだ。正直、質問攻めにされることを覚悟していたのだが。

 無論、今の「火星ハイヴ間引き作戦」の状況を見せられた国連代表団の面々には、聞きたいことは山ほどある。だが、その数倍数十倍の『突っ込みどころ』がある。何を聞けばいいのやら、どこからつっこめばいいやら、海千山千の各国代表をそろって沈黙状態に陥らせたのだから、流石はαナンバーズと言うべきなのかも知れない。

 それでも永遠に沈黙が続くようでは、せっかくこの場を設けた意味がない。

 意を決した一人の男が手元のボタンを押し、発言許可を求める。

『はい、スウェーデン、ヨーン・クリストフ代表』

 エルトリウム副長に名前を呼ばれた男は、その場で椅子から立ち上がると、マイクを手に持ち質問を投げかける。

「えー、先ほどの画像はハイヴ反応炉破壊で終了していましたが、その後どのようにして火星重力圏を脱出したのでしょうか? 画像を拝見したところ、火星にもレーザー属種は存在しているようですが」

 火星の地表は無数のBETAがいるはず。その中には少なくない数のレーザー属種も存在するだろう。そんな中、地表から重力圏を離脱しようとするのは、自殺行為ではないだろうか?

 その質問は特別な判断が必要とされる質問でなかったため、そのままエルトリウム副長が答える。

『その点は問題ありません。ガイキング、マジンガーZ、両機共にその装甲の耐熱強度は、重レーザーの集中照射も問題としないレベルです。無論、装甲が完全に熱伝導を遮断するわけではないので長時間集中照射を受け続ければ、機体内部機関やパイロットの健康に被害が出ますが、重力圏離脱までの短時間ならば何ら問題ありません』

『……そうですか。分かりました』

 スウェーデン代表はちょっと言葉に詰まったような表情で、席に着いた。

 困った。質問をしたら、さらに突っ込みどころが増えてしまった。人類から空を奪ったレーザー属種のレーザー照射がなんだか「紫外線に対する皮膚がん予防対策」と同レベルの話におとしめられている。彼としては断じて「長時間浴びなければ問題ない」たぐいの話をしたつもりはない。

 だが、先陣をきったスウェーデン代表の勇気が場の空気を動かしたのは間違いない。

 続々と後に続き、手元の発言ボタンに手を伸ばす者達が現れる。

『配付された資料では、『火星のハイヴは46。これまで45日の間に19のハイヴを攻略、同時に9のハイヴが新たに新設』とあります。このペースで行けば、今年の4月下旬から5月上旬に火星から全てのハイヴが取り除かれる計算になりますが、その認識でよろしいでしょうか?』

『いえ、これまではフェイズ6の小型ハイヴを優先的に破壊してきたのでこのペースを守れましたが、この先はフェイズ7,フェイズ8のハイヴが相手です。おそらく間引きのペースは大幅に落ちることが予想されます』

 次の質問にも、エルトリウム副長は淀みなく答える。

 現在、火星ハイヴ攻略の戦力となっているのは4機のみ。ガンバスター、シズラー黒、ガイキング、マジンガーZの4機だ。αナンバーズ所属特機の中でも特に防御力に優れるこれらの機体は、原則BETAの攻撃でダメージを負うことはほとんど無いのだが、あくまで有人機であるという枷が存在する。

 機体は燃料が続く限り動き続けることが出来ても、中のパイロットは別だ。そのため、パイロットの安全確保のため、火星に滞在する時間は原則7時間、最大延長でも10時間と、αナンバーズ首脳部は定めている。

 フェイズ6ハイヴならばそれでも問題なかったが、フェイズ7,フェイズ8ハイヴの広さはフェイズ6ハイヴの比ではない。

 時間制限がある以上、今後は一度の探索では、反応炉にたどり着けず、マッピングだけして戻ってくることもありえるだろう。

『分かりました……ありがとうございます』

 質問者は、少し頬をひくつかせながら着席した。まさか、フェイズ6ハイヴを小型と表現されるとは思わなかった。地球でフェイズ6に達しているハイヴは、カシュガルのオリジナルハイヴだけなのだが。

『質問してよろしいでしょうか。拝見しましたところ、そちらの機体の攻撃手段は光学兵器が主で、実弾兵器が従である印象を受けました。これは、光学兵器の方が威力や携帯弾数に優れるという認識でよろしいでしょうか?』

『はい。おおよそその認識で間違いはありません。付け加えるならば、ミサイルなどの実弾兵器は熟練のパイロットにかかれば近接武器で『切り払われる』可能性が非常に高いので信頼性にかける、という問題もあります』

『そう、ですか……興味深いお話です』

 質問者は、自分の耳に深刻な健康被害が生じたのではないか、という不安を抱きながら、そう言って着席した。

『質問します。先ほどの映像では、そちらの機体は長時間無補給で戦闘を行っていましたが、弾薬、燃料はどの程度保つのでしょうか。また、具体的な動力機関、燃料の情報は秘匿情報なのですか?』

 これは少し微妙な問題を含む。提供する予定の技術、情報だけ公開するつもりの技術、一切公開するつもりのない技術とがあるからだ。そのため、副長に代わりタシロ提督が立ち上がり、マイクの前に立つ。

『えー、戦闘継続時間は機体ごとに違いますので、一概には言えません。動力機関、燃料についても同様です。核融合炉・反応炉ならば重水素とヘリウム3、縮退炉ならばアイスセカンド、光子力エンジンならばジャパニウム鉱石、GSライドならば勇気。非常に多岐にわたりますので、この場では細かな説明は控えさせていただきます。詳しい説明は、後日の技術交流会までお待ち下さい』

『……分かりました』

 質問した人間は、狐に化かされたような顔で、腰を落とした。なんだか最後の方でエネルギーの代わりに『ただの精神論』が混ざっていたような気がするが、この場で突っ込む『勇気』はなかった。

「「「…………」」」

 各国から集まった歴戦の外交官達が、目に見えて勢いを失っていく。外交官達は久しぶりに「口を開くのが怖い」という感覚に襲われていた。一つ質問を投げかけると、三つ突っ込みどころが返ってくる。

 当初の意気込みとは裏腹に、最初の全体会議は少々尻すぼみな結果に終わりそうだった。









【2005年2月16日、日本時間15時02分、日本帝国、帝都城】

 遙か宇宙の彼方で、各国代表団がαナンバーズと最初の会合を終えている頃、ここ帝都城でも帝国の首脳部が非公式の会合を開き、頭を悩ませていた。

「昨日光通信が届きました。各国の代表団は問題なく、αナンバーズの旗艦『エルトリウム』にたどり着いたようです」

 口火を切り、初老の政府高官がそう話を切り出す。

 小惑星帯にいるエルトリウムから地球までは、光の速度で十数分ほどの距離にある。よって、光通信ならばリアルな双方間通信は不可能でも、メールのように送りたい情報を送り届けることは不可能ではない。

 無論、どれだけ光に指向性を持たせて出力を上げても、地球全体に届かせるのがやっとのため、各国に傍受されることは最初から覚悟しなければならないが。

 一応、情報は暗号化してあるが、ほとんど気休めのようなものでしかない。大国が人員とコンピュータを大量につぎ込めば、ごく短時間で解読されてしまうだろう。事実、帝国側でもアメリカ代表やソ連代表が送ったと思われるデータの傍受に成功し、現在解読を急がせている。
 
「詳しい情報は分かりませんが、αナンバーズと各国との間に、話し合いの場が持たれているのは間違いないようです」

 初老の高官の言葉に、その場にいる省庁大臣や軍の将官達は、そろって渋い顔をした。

 無理もない。これまで帝国が独占していた「αナンバーズと直接対話をする」というアドバンテージが失われようとしているのだ。もっとも、αナンバーズ先行分艦隊は帝国に停泊したままだし、今週中には岩国に「αナンバーズ補給工場」が完成する予定なっている。しばらくはαナンバーズともっとも関係が深いこの世界の国家は、日本帝国で揺るがないであろうが。

 確かにその話は懸念事項であるが、しばらくは遠い夜空の向こうの話だ。

 今、彼らが話し合う事例は他にある。

 一端頭を切り換えた大臣達は、本日の主題について話し始める。

 話し始めたのは、国連との連絡を主任務としている一人の高官だった。

「えー、先ほど最終確認が終了しました。次の国連決議で、我が日本帝国は対BETA戦線「前線国家」から「後方国家」に国際的立場が変換されます」

「やはり、か……」

 呻くような口調でそう吐き捨てたのは、大蔵大臣である。銀縁眼鏡を掛けたやせぎすで神経質そうな大蔵大臣は、先ほどからしきりに左手で、胃の辺りをさすっている。

「断っておくが、我が国には当面「後方国家」の義務を果たせるような財力はないぞ」

 かみしめる歯の間から漏らす大蔵大臣の言葉に、一同は不本意ながら、頷かざるを得ない。

「前線国家」から「後方国家」になる。言葉だけ聞けば非常に喜ばしい話に聞こえるが、世の中そんなにうまい話はない。

 国連で「後方国家」と定められている国々は、前線国家を支える義務があるのだ。経済援助、軍事物資の安価提供、難民の受け入れなど。どれ一つとっても、未だ国土の半分が焼け野原から回復していない帝国にとっては、実行不可能に近い重荷である。

 そう言う意味では、やはりアメリカ合衆国は大したものだと言わざるを得ない。経済援助、軍事物資援助、難民の受け入れ、どの分野においても、アメリカが果たしている役割の大きさは、飛び抜けている。世界の胃袋と弾薬の半分以上は、アメリカが支えていると言っても過言ではあるまい。
 アメリカが後方を支えていなかったら、とっくに人類は滅びている、という言葉は純然たる事実である。

「そう言った意味でも、中国の提案は、魅力的ですね」

 比較的若い中年くらいの高官がぼそりとそう呟く。

「……うむ」

 中国の提案とは、以前から議題に上がっている「湖南省・江西省・浙江省の租借条約」の件だ。

 中国大陸に一時的にでも日本の領土が出来れば、日本はいまだ「前線国家」だと強弁がはれる。そう言った意味でもこの中国の提案は魅力的と言える。いかにそれが、日本とαナンバーズを大陸の対BETA線という泥沼に引きずり込む為の方便だとしても。

「私は反対だ。我が軍にこれ以上戦争を継続する力は残されていない」

 その案にきっぱりと反対の意を示したのは、陸軍大臣であった。現在の帝国軍は壊滅の一歩手前まで来ている。春になれば、来年度の徴兵が行われるので、人数だけはそろうが、そんな小銃の分解掃除も出来ないような奴ら、BETAの餌にしかならない。

 5年。それが、陸・海・本土防衛、三軍首脳部がはじき出した、帝国軍が最低限の体裁を整えるのに必要とされる時間である。

「だが、実際にそうすると今度は国に金がなくなる。借金で首が回らなくなるぞ」

「首が無くなるよりはマシだろう。もしくは、首以外何もなくなるよりはな」

 どちらも己の主張を譲らない。実際どちらの言うことも間違いではないのだから、無理はない。

「しかし、実際には中国もすぐに大陸奪還に動くつもりはないだろう。彼らの当面の狙いはハイヴとそこにあるG元素だ。それならば、αナンバーズの協力が得られれば、さしたる被害もなく達成できるのではないか?」

 さらに別な人間が、そう楽観的な意見を投げかける。少々、甘い見通しだが大筋においては間違っていない。

 中国政府も、BETA侵攻と核兵器による焦土作戦で荒廃した中国大陸に、すぐさま市民を戻すつもりはあるまい。ならば大陸でやることは、原則ハイヴ攻略戦のみ。彼らの最初の狙いである甲16、重慶ハイヴは随分と内陸に位置するため、攻略が容易ではないことは想像がつくが、それもαナンバーズの助力を得られれば、決して不可能ではない気がする。

 現に、あの横浜基地防衛戦では、5万近いBETAを敵に回し、最終的な死傷者は300人に満たなかった。防衛線とハイヴ攻略戦を同一の視線で語ることは出来ないが、αナンバーズの全面的な協力が得られれば、こちらの被害は許容の範囲内に収まるのではないだろうか。

 その場合大きな問題となるのが、現在エルトリウムで行われている各国とαナンバーズの会合だ。中国がわざわざ租借条約を持ち出してまで、帝国を大陸の対BETA戦に引きずり込もうとしたのは、当時αナンバーズが帝国の秘密特殊部隊だという見方が有力だったからだ。

 だが、現在αナンバーズはその主張通り、異世界からの来訪者で独立した自治組織としての立場を確立しつつある。

 もし、早急に中国とαナンバーズの間に、直接軍事協力条約の様な物が結ばされたりすれば、中国はあっさりと租借条約を引っ込めるだろう。

 そうなると最悪の場合、帝国はαナンバーズと言う戦力を失いながら、「後方国家」としての義務を果たさなければならなくなる。……まず間違いなく、国は破滅だ。少なくとも、向こう1世紀は国際社会で浮かび上がれないダメージを受けることは間違いあるまい。

「やはり、早急に租借条約を締結させるべきなのではないか」

 話が進むにつれてそう言った意見が多くなってくる。条約さえ結ばれれば、例えαナンバーズの立ち位置が変わったとしても、最悪「前線国家」の看板はしばらく残る。

「だがその場合、『台湾』と『アメリカ』の承認を取り付けることが絶対条件だ」

 租借条約を受け入れる方向に話が進んでいく中、内務大臣が釘を刺すようにそう発言する。

『台湾』こと『中国国民党政府』は、未だに自分達が「中国唯一の政府である」という見解を撤回していない。また、アメリカはその歴史上、中華人民共和国こと『中国共産党』よりも『台湾』に比重を置いた立場を取っている。

 一応、1971年の時点で中国の主権政府は国際的に中華民国(中国国民党政府)から中華人民共和国(中国共産党)に移っている。現在、国連で常任理事国として認められているのも、あくまで中華人民共和国の方だ。

 つまり、公式には中華人民共和国が日本と租借条約を結べば、国際社会的にはそれで承認されるはずなのだが、現在の中華人民民共和国は一切の領土を失い、中華民国の『台湾島』に間借りしている立場である。

 今後、中華民国が中国大陸で台頭していることは十分に現実的な予想であり、その場合日本と中華人民共和国の間で取り交わされた条約など、彼らは全く考慮してくれるはずもない。

 幸いと言うべきか、彼らは現在表向き『中華統一戦線』という看板の元、共同歩調を取っている。

「条約を結ぶ相手は、中華人民共和国でも中華民国でもなく、『中華統一戦線』。立会人としてアメリカも巻き込む。この条件ならば、租借条約を受け入れてもいいだろう」

 話は段々と一定の方向でまとまりつつあった。

「…………」

 それまでずっと沈黙を保っていた海軍大臣は何か言いかける。いつの間にか「αナンバーズの協力が無条件で得られる」ことが大前提になっていることに、彼らは気づいているのだろうか?

 おそらく、大半は気づいているだろう。だが、その大前提が無ければこの国はたちいかない所まで来てしまっているのだ。

 ここで、「αナンバーズがこちらの要求を受け入れてくれなければどうする?」などと言ったところで、解決手段は無い。

「……綱渡りだな。まあ、いつものことか」

 結局、海軍大臣は、誰にも聞こえないようにそう呟くに留まった。 


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