Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その5【2005年3月1日、アメリカ・パシフィック時間8時15分、アメリカ西海岸カルフォルニア州、第百三十七難民収容所】 アメリカ合衆国の各地に乱立する難民収容施設。その総数を把握している人間は、合衆国政府中枢でもごく僅かと言われるくらいに数多く存在し、同時に路傍の石の如く無視されている存在。 ここはそんなありふれた難民収容所の一つだ。 アメリカ政府が当初用意したバラック施設だけでは、増え続ける一方の難民を収容しきれなかっただろう。あちこちに、廃材とボロ布で作られた、掘っ立て小屋と呼ぶのも躊躇われるような粗末な建物が乱立している。 赤土と埃とボロ小屋だけで成り立つその空間は、どれほど立派な仕立て服を着ていても、十分もここにたっていればあっという間にすすけてしまいそうな、強烈な侘びしさが立ちこめている。だが、そんな貧しい閉鎖空間の中でも、人々は逞しく生きている。 赤土を踏み固めただけの道を多くの人間達が足早に進み、左右に立ち並ぶボロ小屋からは活気のある喧噪が聞こえてくる。ただ、よく気をつけて見てみると、そこにいる人間の性別・年齢層が偏っていることが分かるだろう。 多く見られるのが、女子供、そして年寄り。少ないのが、壮年の男。希に見かける壮年の男は、大概身体のどこかに大きな傷を負っている。 なぜ、健常な壮年男性が少ないのか? それは、健常な男は、皆自分のため、もしくは自分の愛する家族のため、アメリカ合衆国の国籍を取得せんと、軍に志願し、戦場に赴いているのだ。 だから、五体満足にしか見えないその金髪の男は、ここでは非常に珍しい存在なのであった。「おはよう、ドロテア。手伝おう」「あら、おはよう、ロス。いつも悪いわね」 空の荷車を押して、ゲートに向かっていた恰幅のよいイタリア人の中年女は、金髪の男――ロスの声に顔を上げ、笑顔で挨拶を返す。 ロスは、中年女――ドロテアから受け取った荷車を押しながら、ゲートに向かっていく。「本当、ロスは働き者で助かるわ。それなのにあいつ等ときたら、なにが「臆病者」よ。あんたも、あんな奴らの言うことなんて、気にすること無いわよ。心の傷ってのは、身体の傷より治りづらいんだからね」 ドロテアの言う「あいつ等」というのは、この難民収容所にいる男達の一部のことである。ロス以外の男達は皆、五感か五体のどこかに致命的な損傷を負い、志願兵となれなかった者達だ。無論、その大部分はロスの事情を理解し、同情を寄せてくれているが、一部にはロスを「臆病者」とこき下ろし、心ない言葉をぶつけてくる者がいる。「ああ、ありがとう」 自分のために憤慨してくれている感情豊かなドロテアに、ロスは小さく笑みを浮かべながら礼の言葉を返した。 一見して健常者にしか見えないロスが、志願兵とならない理由。それは故郷から脱出する際に植え付けられたBETAに対する「恐怖症」のせいだということになっている。 実際、BETA恐怖症の人間というのは珍しくない。催眠と薬物で心を補強されている兵士達の中にも、心を砕かれる者が続出しているのだ。精神制御が出来ていない一般人が、BETAに襲われればトラウマとなるのは、必然とさえいえる。もっともロスの場合、夜うなされたり、突然恐怖が反芻されて呼吸を荒くしたりといった「心理的外傷」の分かりやすい症状を、人前で見せた事はないのだが。 いつも通り、よくしゃべるドロテアの言葉にロスがたまに相づちをうちながら、二人はゲート前までやってきた。「ああ。毎日ご苦労さまです」 荒野には似合わない鉄筋コンクリート3階建ての建物の前には、深緑色の合衆国陸軍の制服を着た若い軍人が、フレンドリーな笑顔を浮かべて、手を振っていた。 本来ならば、軍人は職務として、ロスとドロテアに「止まれ」と命じ、ゲートに近づいてきた理由を問いたださなければならないのだが、そんな堅苦しい手続きは、もう一年以上やっていない。 ドロテアとは三年、新参者のロスでも三ヶ月以上の付き合いだ。監視する者とされる者の間柄でも、すっかり気心が知れてしまっている。「そっちこそ、毎日ご苦労さん。ぼんくら共の食い物、もらいに来たよ。ロス」「ああ」 ロスは、兵士の足下に積み上げられていた合成食料の入った段ボール箱を一つずつ持ち上げ、荷車の上にのせていく。その間に、ドロテアは、兵士と立ち話を始めていた。「どうさ、お国の景気は? なんか、おもしろい事あったかい?」 人見知りという言葉自体知らないのではないかというなれなれしい態度で、ドロテアは兵士に世間話をねだる。若い兵士もすっかり慣れたもので、重い小銃を足下に放り出したまま、のんべんだらりと世間話を始める。「そうですねえ。最近、起きた事件といえば、やっぱり何はさておいても『αナンバーズ』でしょうねぇ」 αナンバーズ。その言葉に、それまでこちらを向くことなく、荷車に段ボールを乗せる作業を続けていたロスが、一瞬ピクリと肩をふるわせる。しかし、そんなロスの様子に気づかないドロテアと兵士の話はそのまま続く。「αナンバーズ? なんだい、それは?」「それがですね。信じられないかも知れないでしょうけど、彼等はこの世界ではない別な世界から……」 兵士の口からαナンバーズの正体と、αナンバーズが国連と条約を結んだという現状を聞かされたドロテアは、でっぷりと太った腰に手を当てて、大げさに驚いた。「へえ、どう聞いても出来の悪い作り話としか思えないけど、国連のお偉いさんの正式発表なら本当なんだろうね。なんだかんだいっても、主は私達を見捨ててなかったということなのかねぇ」 イタリア人の常に漏れず、カトリックのドロテアは「異世界からやってきた救援部隊」の存在を、神のご加護と表現する。「ドロテア、こっちは終わったぞ」「っと、了解。まーた、話し込じまった。それじゃ、腹空かせてる奴らがブーたれる前に、戻って朝飯を作ってやるとするかね」 身の丈より高く段ボールを積み上げた荷車を押すロスの横につき、ドロテアは年と体重を思わせない軽い足取りで歩き出す。「それじゃね。またなんか、面白い話があったら聞かせとくれっ」「了解です、お気をつけて」 ロスとドロテアは、手を振る若い兵士に見送られながらゲート前から去っていった。「しっかし、驚いたね。αナンバーズだって。異世界からの救援なんて、正直この目で見ないと信じられないけどねえ」 帰りの道中、ドロテアの話は案の定、αナンバーズに対する感想で埋め尽くされていた。 2月24日に正式にその存在が全世界に向かって発表された『異世界の住人達』。彼等は国連と条約を結び、その遙かに進んだ科学技術をもって、地球圏からBETAを駆逐するために協力を約束したのだという。確かに、簡単には信じがたい話である。 だが、ロスは小さく笑うと、「確かに突拍子もない話だが、BETAのような宇宙人がいるのだ。異世界人がいてもおかしくはないのかも知れないな」 そう、答えた。「あはは、そうだね。悪い宇宙人の後には、良い異世界人が来たって事か」 ロスの言い方が気に入ったのか、ドロテアはパンパン腹を叩きながら気持ちよく笑い声を上げる。 ロスは、そんなドロテアを横目で見ながら表情には一切出さないまま、先ほど聞いた情報を整理していた。(αナンバーズと国連との間に条約が成立、か。予想以上に早く話が進んでいるな) ロスと名乗っている金髪の男――αナンバーズ、ダンクーガチーム所属、ブラックウィングパイロット、アラン・イゴールはこの難民収容施設に潜り込んでからの数ヶ月を思い返す。 予想通り、収容所の管理態勢はいい加減そのもので、潜り込むのは難しくなかったが、その後が大変だった。 収容所から出る正規の手段は、軍人になるしかないという事実を知り、アランはあえて短期で収容所を出るという考えを捨てた。情報収集のためとはいえ、この世界の軍人になるのは、万が一正体がばれたときのリスクが大きすぎる。 だから、アランは「BETA恐怖症」という偽りの「心理的外傷」を装い、軍への志願を拒否してきたのだ。幸い、難民収容所には毎月のように国連軍に籍を置く元難民の軍人達が、家族の様子を伺いにやってくる。 彼、彼女たちの最大の心配は、難民施設に残してきた家族の健康と安全だ。それをすぐに理解したアランは、目立ちすぎない範囲で施設内の安全管理と秩序維持に尽力し、元難民の軍人達の信頼を勝ち得ていた。 そうやって気心の知れた軍人は、すでに30人を超える。彼等から、不審がられないレベルで情報を集めれば、いずれは悪くない情報網になるだろう。そのためにも、何とかして大手振ってアメリカ大陸を闊歩できる立場になる必要がある。一応、破嵐万丈とは、こういったケースのための対策も話し合っているが、果たしてうまくいくだろうか。「今は、万丈を信じるしかないな」「あらあら、もう腹を空かせたろくでなし達が集まってるわ。ロス、悪いけどちょっと急いどくれ!」 ロスの小さな呟きは、賑やかなドロテアの声にかき消される。「了解だ」 ロスと呼ばれたアランは、小さく頷くと、すでに人々が集まっている調理施設のある方向に、早足で荷車を押していくのだった。【2005年3月2日、日本時間9時00分、帝都東京中央区、東京証券取引所】 かつてはロンドン証券取引所、ニューヨーク証券取引所と並び、『三市場』とも呼ばれた東京証券取引所であるが、日本帝国の零落にともない、その国際的な存在価値は大きく減じていた。 しかし、その東京証券取引所が、今日ばかりはあふれかえらんばかりの混雑を見せ、初春の寒さも吹き飛ぶ熱気で満ちあふれている。 少しその筋に詳しい人間が見れば、この状態の異常さは簡単に分かるだろう。日本帝国はもちろん、諸外国の証券会社も例外なく代表を送り込んでおり、さらには名の知れた個人投資家達も姿も見える。 世界中の証券会社と投資家を、左前になったはずの極東の島国に引き寄せた要因。それは、本日行われる『ストーム・マテリアル日本支社』の株式公開にあった。「すごーい、万丈ったら、また一気にお金持ちね」「ほっほっほっ、この度の会社設立は営利目的ではありませんぞ。それを忘れてはいけませんな」『ストーム・マテリアル』代表代行という肩書きでこの場に立つ、グラマラスな金髪美女と白髪の老紳士は、衆目の視線を集めながら、いつも通りリラックスした様子で佇んでいた。『ストーム・マテリアル』は、αナンバーズの一員である破嵐万丈が代表を務める株式会社である。一応本社はαナンバーズの本土である戦艦エルトリウムにあることになっているが、その実体は限りなくペーパーカンパニーに近い。そう言う意味では、この日本支社というのが、実質的な本社となる。 株のうち、21パーセントはαナンバーズが団体名義で所有し、20パーセントを代表である破嵐万丈が持ち、さらに10パーセントを大河全権特使やミリア市長といったαナンバーズの主要人物が個人所有している。今回、公開されたのは残りの49パーセントだ。『ストーム・マテリアル』が取り扱うのは、戦艦エルトリウムの『元素転換装置』で作られる物資の数々だ。『元素転換装置』では、金だろうが白金だろうが自由に製造できる。 そう考えればこの『ストーム・マテリアル』の株券が、投資家にとってはどれほど魅力的な代物か、少しは理解できるだろう。 なにせ、今までは採掘することしかできなかった金属を、彼等は作ることが出来るのだ。これまでレアメタルの需要と供給の関係には、どれほど需要があっても供給に限界があったが、『ストーム・マテリアル』にはその供給の限界がない。少なくとも、十分な時間をかければ、地球上に存在するほとんどのレアメタル・レアアースを用意することが可能なのだ。 その気になれば、この世界の経済基盤を根こそぎ破壊することも可能な、強力無比な『打ち出の小槌』である。 もっとも、破嵐万丈はそういったこの世界の経済基盤への影響を極力抑えるために、わざわざこうしてこの世界のルールに則り株式会社を設立し、物資の提供を行う事を提案したのだが。「ふむ。問題ないようですな」 ギャリソンは『ストーム・マテリアル』の株式公開が無事終了することを確信すると、ゆっくりと出口へ向かって歩き出した。「あら、もう帰るの? それじゃ、バーイ」 ギュッとウエストの絞られたワインレッドのスーツを着こなしたビューティ・タチバナは、衆目にチュッと投げキスを投げると、ギャリソンの背中を追いかけ、早歩きで歩き出す。 二人が東京証券取引所から外に出てくると、玄関の周りには各国の記者達が軒の並べていた。警備のため、臨時に派遣された帝国軍人達の輪を外から押しつぶすように身体を寄せながら、レコーダーのマイクをこちらに向け、口々に質問を投げかけてくる。「ミスタ・ギャリソン、何か一言!」「本日の株式公開の意図はどこにあったのでしょうか!?」「破嵐代表は、この度の件について、どうおっしゃってますか?」 なにせ、地上に降りているαナンバーズの面々は、全員横浜基地か岩国基地に引きこもっており、一般人の前に中々姿を現さない。あの衝撃の『国連・αナンバーズ友好条約』締結から一週間、世界中のマスコミと市民は、αナンバーズに関する新しい情報に飢えている。 無遠慮なカメラの集中砲火とフラッシュの嵐の中でもギャリソンはにこやかな表情を崩さず、よく通る声で発言する。「まずは、本日皆様の協力を持ちまして無事、『ストーム・マテリアル日本支社』の株式公開を終えたことを感謝と共に発表させていただきます。また、我が『ストーム・マテリアル』は今後も全世界規模に活動を広げていく予定です。それぞれの国と調整が取れ次第、各国に支社を設けていく所存です」 ギャリソンの発言に、記者達の間から「おー」という驚きの声が上がる。「それでは、各国にαナンバーズの皆さんが来られるということですか?」 記者から出る質問にギャリソンは首肯すると、「はい。ですが、αナンバーズから派遣するのは各支社の代表など一部です。大部分の人員は、それぞれ現地の方を募集する予定です。また、難民施設からの人員募集も可能になるよう、国連及び各国と現在調整中です」 再び記者団からどよめきの声が上がった。「それは、『αナンバーズ国籍』が取得できるということですか!?」 勢い込んで聞く記者の質問に、ギャリソンは今度は首を横に振った。「いえ、あくまで現地法人ですから、国籍はそのままです」 考えて見れば当たり前である。国内にある外資系企業に雇われたからといって、外国の国籍が取得できるはずもない。実際、難民のヘッドハンティングというのは、この世界の企業も結構やっている話である。 一言で難民といってもその数は多い。中には十分魅力的な特殊技能者・知的技能者も紛れ込んでいる。それらを自社に引き込み、難民施設から出すことを国に許可してもらうのだ。無論、それが可能なのは、国に働きかけ、就労ビザの発酵を促すことが出来るだけの、大企業に限られる。 もっとも、今の難民施設に魅力的な特殊技能者など残っていないだろうから、これはαナンバーズの難民救済活動と取るべきなのかもしれない。世界中の難民の数を考えれば、救える人数はあまりに微々たるものだろうが、うまくいけばイメージアップにも繋がる。なんだかんだいって、異世界からやってきた強大な軍事組織であるαナンバーズを強く警戒している人間は少なくないのだ。「それでは、もう時間ですので失礼します」 ギャリソンはビューティを引き連れて、なおも質問をぶつけている記者団の前から立ち去っていった。【2005年3月3日、日本時間12時08分、横浜基地】 3月3日の『ひな祭り』。5月5日の『こどもの日』と並び、日本で古くから祝われてきた伝統ある年中行事である。 桃の花やひな人形を飾り、雛あられを食べ、白酒を飲む。由緒正しい女の子のためのお祭りだ。ここ数年は、帝国自体が存亡の危機に瀕していたため、ひな祭りを祝う余裕もろくになかっただろうが、今年からは少しずつそういった余裕も戻ってくるはずだ。 そして、ここ横浜基地でも、お祭り好きなαナンバーズが伊隅ヴァルキリーズの面々と結託し、基地内でひな祭りを開催していた。「おーすげー」「結構良くできてるな-」「あはははは」 横浜基地の港付近で、αナンバーズの面々は巨大な「お内裏様とおひな様」を見上げ、愉快そうに笑っていた。だが、中には笑っていない者もいる。その代表格であるカガリは、頬を紅潮させながら、「おひな様」を指さし、大声を上げるのだった。「おい! なんで、私の「ストライクルージュ」があんな格好をさせられているんだ!?」 確かにそれは、カガリのモビルスーツ、ストライクルージュであった。ただし、身体には赤く染めた大きな布をかけ、頭部に曲げた鉄パイプを金色に着色した冠をつけ、「おひな様」に見えなくもない格好をさせられている。 「いやあ、フェイ・イェンとかビューナスAとか、いかにも女の子の機体があったらそっちでやったんだけどさ。ほら、今地上に降りてる機体にそういうのないじゃん? そんな中で一番女の子のイメージがあるのがルージュだからさあ」 全く悪びれずにそう答えたのは、今月になって地上に降りてきたジュドー・アーシタである。本人の言葉通り、この「モビルスーツでひな祭り」作戦の首謀者だ。ちなみに実行者は当然、ラー・カイラム、アークエンジェル両艦の整備班連中である。ここ一ヶ月以上、先行分艦隊側は戦闘に巻き込まれていないので、比較的暇だったらしく、ジュドーの予想以上に、彼等は快く引き受けてくれた。 確かにジュドーのいうとおり、ストライクルージュは基本的なシルエットはガンダムそのものであるが、全体のカラーリングが薄紅色をしているので、どことなく女性的なイメージがない訳でもない。「だからといって、私に断りなく勝手なことをするな!」「あはは、でもカガリ、あれ結構上手くできてるよ」 激高するカガリをいなすように、キラ・ヤマトがちょっと引きつった笑いを浮かべながら話しかける。「お前はまさか、それでフォローしているつもりなのか? おい、アスラン、お前もなんかいったらどうだ!?」「あ、うん。まあ、確かに不本意だが」 話を振られたアスラン・ザラは、横目でちらりと「お内裏様」を見上げる。こちらは、濃紺に染めた布地をすっぽりとかぶせ、頭部に廃材を削りだして作った烏帽子を被らされている『ジャスティスガンダム』だ。元々全身深紅に近いカラーリングの機体のため、こうして濃紺の布をかぶせられていると、まるでイメージが違う。「なんだ、その気のない返事は?」 怒りを露わにするカガリとは対照的に、アスランはため息をつきながらどこか諦めの空気を漂わせていた。というより、ジュドー達シャングリラチルドレンの悪ふざけに対し、感情的に反論してもかえって喜ばせるだけだということを、理解してきているのだろう。 百歩譲って「おひな様」役はストライクルージュしかなかったとしても、「お内裏様」役はジャスティスガンダム以外にも幾らでもあったはずだ。それなのにあえて、自分のジャスティスガンダムをお内裏様にしたのは、自分とカガリを「お内裏様とおひな様」になぞらえて、からかおうとしている意図が見え見えである。「諦めるしかないだろう、カガリ。当日まで、ジュドー達の悪巧みに気づけなかった時点で俺達の負けだ」 アスランは小さく肩をすくめると、もう一度ため息をつくのだった。 αナンバーズが用意したひな祭りの用意は、ジュドー主催の悪ふざけだけでない。雛あられや白酒、さらにはひな祭りを意識した飾りの多い特別メニューが、ラー・カイラム、アークエンジェル両艦の食堂では振る舞われていた。 雛あられと白酒は横浜基地のPXにも下ろしたが、流石に特別メニューはそこまで数が用意できないため、両艦の食堂だけだ。 そのため、横浜基地所属の軍人の中では例外的に両艦への入艦が許可されている伊隅ヴァルキリーズは、ここ、アークエンジェルの食堂で、αナンバーズ機動兵器部隊の面々と肩を並べて食事を取っていた。 卵やエビでカラフルに飾り立てられた、ちらし寿司をメインとしたひな祭りメニューに、伊隅ヴァルキリーズの女衛士達は喜色満面に箸を進める。「へー、流石天然物」「ええ、美味しいですね」 その中性的な美貌に、感動の色を滲ませながら箸を進める宗像美冴中尉の隣で、一足先にカラにした重箱をテーブルに戻した風間梼子中尉が「ごちそうさま」でしたと、上品に手を合わせている。ちなみに宗像中尉の重箱は、まだ半分近く残っている。 風間梼子、特技は早食いと言われているのはダテではないようだ。小柄で華奢な体躯と、お嬢様然とした容姿のイメージ通り、見ていてがっついている印象は全くないのに、まるで画像を早送りしているかのように、食事ペースだけが速い。「あー、こっちも可愛い」「あ、これは……うーん、ちょっと予算オーバーかな」「あ、茜ちゃん。茜ちゃんとおそろいのネックレス……」 一方、高原麻里少尉、朝倉舞少尉、築地多恵少尉の三名は、食事もそっちのけで、コンピュータ端末をのぞき込み、通信販売に熱を上げていた。 現在伊隅ヴァルキリーズは「神宮司隊」と「速瀬隊」に分かれているが、彼女たちは全員「神宮司隊」である。この間、「エルトリウム艦内都市」で買い物を愉しんできた「速瀬隊」からその話を聞いた「神宮司隊」の面々が、心底羨ましがったのは言うまでもない。 もちろん、武達「速瀬隊」の人間達は、ちゃんと彼女たちにお土産を買ってきていたが、それとこれとは話が別だ。ショッピングの楽しみというのは、ものを入手することだけではない。自らの目で見て、迷って、選び抜くその過程こそが楽しいのだ。 その話を聞いた破嵐万丈や大河幸太郎といったαナンバーズの中枢メンバーは、せめてもの慰めになればと、「神宮司隊」の衛士と社霞に、エルトリウム艦内都市で「速瀬隊」に渡したのと同額のマネーカードを渡し、アークエンジェル、ラー・カイラムの端末を利用したネットショッピングを許可したのであった。 ここで注文した品物は、現在月二回ペースで地球・小惑星帯を往復しているエターナルが補給物資と共に地上に持ってきてくれる。「ウィンドショッピング」そのものの楽しみと比べれば少々劣るが、これはこれで中々評判がよい。 ちなみにジャンケンで負けた「神宮司隊」の残り三人、神宮司まりも少佐、榊千鶴少尉、珠瀬壬姫少尉の三名は、多恵達の様子を横目で見ながら、先に食事を愉しんでいる。「榊、そんなに恨めしそうな目で見るな。後でちゃんとお前の順番も来る」 興味なさそうな表情を装いながら、何度もチラッチラッと多恵達の方を見ている千鶴に、まりもは苦笑混じりの口調でからかう。「少佐、わ、私は別に……!」 反論しかけた千鶴は、途中で語尾を濁す。流石に、視線をコンピュータ端末に向けながらでは説得力が何事に気づいたのだろう。「珠瀬もだ。そんなに見ると穴が開くぞ」「えへへ……」 恥ずかしそうに、その幼い顔を赤らめる壬姫にいたっては、まるきり隠すそぶりもない。先ほどからずっと、「まだかな、まだかな」といわんばかりに、多恵達の方ばかり見ている。 そんなまりも達の前に、一組の男女がトレイを持ってやってきた。「正面、よろしいですか?」 軽くウェーブのかかった濃い栗色の長髪をなびかせた二十代中盤の女士官と、「お邪魔しますよ、少佐」 片眼、片腕、片足の一目で分かる歴戦の雰囲気を漂わせる三十代前半の男。「ッ、ラミアス艦長っ!?」「わっ!?」 驚いて腰を浮かしかける千鶴と壬姫に、マリュー・ラミアス少佐は「そのままで」と笑いかけながら、対面の席に腰を下ろした。 同様に笑いながら、ラミアスの隣に腰を下ろした男――アンドリュー・バルトフェルドは、「難しいとは思うけど、階級のことはあまり気にしないでもらえるかな。じゃないと、僕の立場がない」 そういって、一つしかない目を細めて、人なつっこい笑みを投げかける。「了解しました。榊少尉、珠瀬少尉、せっかくのお言葉だ。楽にしろ」 ラミアスとバルトフェルドの言葉を受け、まりもはそう部下二人に声をかけだ。だが、わざわざ「少尉」とつけるあたり、言外に「最低限の礼儀は守れ」と念を押している。「はっ!」「はいっ」 千鶴と壬姫の返事を聞き、ラミアスは少し嬉しそうに微笑みながら、ちらし寿司に箸を延ばす。 実際、バルトフェルドのいうとおり、『Z.A.F.T』の人間が参加しているαナンバーズに、「階級」を厳密に当てはめることは不可能である。 コロニーに住むコーディネーター達の自衛義勇軍であり、実体は国軍そのものである『Z.A.F.T』(ザフト)には、そもそも階級というものが存在していない。 バルトフェルドなど、元は「ザフト北アフリカ駐留軍司令官」という要職に就いていたのだから、この世界の常識に当てはめれば最低でも大佐、おそらくは将官となるはずなのだが、それでも階級は存在しない。 そんな人間を相手に、この世界の常識に乗っ取って対応することはことは不可能に近い。「原則階級を気にしない」というのが、この場合最善の対応なのだろう。「それで、何かお話があるのでしょうか?」 気を取り戻したまりもが、失礼でないくらいに砕けた口調で話しかけると、ラミアスは少し苦笑しながら首を横に振って、口を開く。「話、と言うほどのではないのですけど。ただ、うちには同世代の同性が少ないので、神宮司少佐とはお話がしたったのです。ご迷惑だったでしょうか?」「いえ、そんなことはありません。私でよろしければ喜んで」 考えて見れば、まりもとラミアスは共通点が多い。年齢はまりもが若干上だがほぼ同世代といってもよく、どちらも女で、すでに少佐という年齢不相応に高い階級を勤めている。 生まれた世界は違えども、話してみれば意外と気が合うところもあるのかも知れない。「君達は、紅茶とコーヒーではどっちが好き? 紅茶? いや、コーヒーも悪くないよ。どうだい、一度僕の……」 二人の少佐が、徐々に話を弾ませていく横で、バルトフェルドは得意の軽い話術を駆使し、いつの間にか千鶴と壬姫を自分の会話に巻き込んでいた。「どうだ、霞。美味しいか?」「はい。美味しいです」 一方白銀武は、食堂の隅でモグモグとちらし寿司を食べる霞を見守り、笑みを浮かべていた。限りなく無表情に近いこの黒ウサギ少女だが、それなりに付き合いが長くなってきた武は、ある程度その感情が見て取れる、気がする。 武の目が確かなら、今の霞の顔は、美味しい物を食べて幸せそうにしている表情だ。 だが、そんな霞の箸があるモノにふれた所で、ピタリと止まる。「…………」「どうした、霞? ああ、それか」 霞が箸の先でつまんだそれを見た武は、納得が行くと同時に少し吹き出すようにして笑う。それは、ひな祭りにちなみ「桃の花」の形に切られた生のニンジンだった。 美味しいご飯の中に、自分の嫌いなモノが混じっている。動きの止まった霞は、今度は一目で分かるくらいに悲しそうな表情を浮かべている。それでも、ニンジンを残そうと考えない辺り、食卓マナーがしっかりしているのだろうか。「あー、霞。これは、まあ一種のお祭り料理だからな。こんな時くらいは……」 きらいなモノは残しても良いんじゃないか? 武がそう言おうとしたその時だった。 配給口に並んだ、黒髪のパイロットが、慣れた口調である台詞を叫ぶ。「ニンジンいらないよっ!」 今月になって地上に降りてきた、ガンダム・ステイメンのパイロット、コウ・ウラキ少尉だ。 ウラキは、相棒のチャック・キース少尉と一緒に武達とは逆の端の席に座り、はつらつと食事を始める。「!?」 その言葉を聞いた霞は小さな目をまん丸に見開き、頭に着けている黒いうさ耳ヘアバンドをピンと立てた。 その手があったか。今まで霞にとって、ニンジンとは「行儀が悪いけど残す」か「我慢してなんとか食べる」の二択しかない、難敵であった。だが、まさか「最初から断る」という選択肢が存在していたとは。 これこそ、まさにコロンブスの卵というべきだろう。 その感動の言葉を脳裏に焼き付けるように、霞はコクコクと何度も頷く。 ちなみにこのことがきっかけとなり、本日の夕食時、PXの最高権力者、食堂のおばちゃんこと京塚志津江曹長が珍しい怒声を上げることになる。「ニンジン、いりません」「誰だい!? 霞ちゃんにろくでもない知恵つけたのは!」【2005年3月3日、日本時間15時41分、横浜基地地下19階、香月夕呼研究室】 下の人間が一時的な平和や平穏を満喫しているときというのは、上の人間が下に仕事を振ることが出来ないくらいに忙しかったり、仕事がうまくいっていなかったりする場合が多い。 今の横浜基地もその例に漏れず、ひな祭りを愉しんでいる伊隅ヴァルキリーズの面々とは裏腹に、香月夕呼は今日も難問に頭を悩ませていた。「αナンバーズには現状元の世界に帰る手段がない、か」 一週間前に公表されたその爆弾情報が、今の夕呼を悩ませる最大の要因である。 黒い皮ばりの豪華な椅子に身体を預け、天井を見上げながら夕呼は考えを纏めていく。「確かに、帰る手段がないのなら、今の行動も整合性がとれるわね」 今の行動というのは、『(株)ストーム・マテリアル』の設立のことだ。αナンバーズがいずれ帰るかりそめの客でなく、この地に流れ着いた異邦人であるのならば、この世界で経済活動を活発化させようとするのも当たり前だ。「問題は、完全に帰ることを否定しているのではなく、「現状帰る手段がない」と言っているってことよね」 夕呼を悩ませているのはその点だ。もし、彼等が開き直ってこの世界の住民になろうとしてるのならば、αナンバーズのこれまで取ってきた行動もある程度納得がいく。 どれほど卓越した科学技術、戦闘力を持っていても、彼等は総数僅か10万人ちょっとしかいない。この世界の勢力として幅をきかせるには、少々数が足りない。全盛期からは遙かに減っているとはいえ、現在でも地球には10億人前後の人間が住んでいるのだ。 10万人で10億人を高圧的に「支配」するのは難しい。ならば、あえて友好的な態度で接して、この世界に溶け込もうとするのも納得が出来る。 だが、彼等の第一目的は、あくまで「地球圏からBETAを駆逐した後、元の世界帰ること」だという。 もし、その言葉が事実なのだとしたら、夕呼が考えていた「αナンバーズが秘匿している真の目的」に対する二つの推測のうち、一つが完全に無くなることになる。 すなわちαナンバーズは「恩を売る係」であり「恩を取り立てる係」が後日やってくると言う可能性だ。 よもや、無事に往復できる保証もないのに、わざわざ「恩の売る係」と「恩を取り立てる係」に部隊を分けるような、非効率的な手段は取らないだろう。 となると、当初夕呼が立てた推測のうち、残っているモノはただ一つ。「αナンバーズの真の目的が、「この世界を救う」という表向きのお題目と一切矛盾しない可能性」。 笑えるくらいに都合の良い可能性だ。だが、今となってはその一番都合の良い可能性が、一番彼等の言動との整合性がとれてしまっている。「ここまできたら、その可能性も無視できないわね」 原則シビアなモノの考え方をする夕呼としては抵抗があるが、ここまで条件がそろえばその「甘い可能性」を考慮しないのは、かえって現実的ではないだろう。「この推測が正しければ、BETAを駆逐するための協力要請をすれば、原則彼等の合意は得られる、ということになるんだけど……」 難しい顔をして夕呼は、先ほど入れたコーヒーを口元に運ぶ。片眼片腕片足の男が「今度のは意欲作ですよ」といって譲ってくれた特製ブレンドだ。「…………」 その黒い液体を口に含んだ夕呼は、「ッ!? 酸っぱ、酸っぱ苦ッ。 なに、これ。黒いレモン汁?」 次の瞬間、渋い顔をする。「なんで? この間のは美味しかったのに」 信じられない気持ちでコーヒーカップをデスクに戻す夕呼であるが、これは夕呼の勘違いである。夕呼は、バルトフェルドを自分と同じ「コーヒー好き」だと思っているが、その実体は違う。バルトフェルドは「コーヒーマニア」、より正確にいえば「オリジナルブレンドコーヒーマニア」だ。 美味しいコーヒーが飲めればそれで満足するコーヒー好きと違い、一度美味しくできたコーヒーでも「さらに美味しいコーヒー」を求めてブレンドを変え続けるのが「コーヒーマニア」なのである。 どうやら今度のは、酸味の強い豆の配合を増やしすぎたのだろう。ほどよい酸味、というのは微調整が難しい。 さすがにこの「黒いレモン汁」にこれ以上口をつける気にはなれない。 夕呼は、インターフォンを手に取ると、隣室に控えている副官のイリーナ・ピアティフ中尉に連絡をいれた。「ああ、ピアティフ? ちょっとこっち来て頂戴。片付けてもらいたいモノがあるの」『分かりました』 いつも通り、打てば響くようなレスポンスの良い返事が返ると、しばらくして入り口のドアがノックされ、黒い国連軍の制服を隙無く着こなした、金髪ショートカットの女士官が入ってきた。「失礼します」「わるいけど、そのコーヒー、片付けて。豆も一緒に処分して」「? はい、了解しました」 豆も一緒にというところで少し首をかしげたピアティフであったが、そこは出来た副官らしく、すぐに上司の指示を実行する。 脇にコーヒー豆の入った袋を挟み、右手でコーヒーが入ったままのコーヒーカップを持ち上げたところで、ピアティフはふと思い出したように口を開く。「そう言えば、帝国陸軍の技術廠・第壱開発局から博士にαナンバーズへ仲介を願いしたいと打診がありました。いかがしますか?」「帝国軍技術廠? 今更何よ。すでに、帝国とαナンバーズとの間には、軍事・技術協力協定が結ばれているでしょう」 夕呼が怪訝そうな顔をするのも無理はない。2月24日の国連発表以来、αナンバーズの存在は全世界的に『異世界の住人』として認知されており、去年の12月に結ばれた帝国・αナンバーズの友好条約も一般的なモノとなっている。 今更、夕呼を窓口にしなければならないような事は、ないはずである。「なんでも、戦術機の次世代突撃砲について、αナンバーズの技術協力を得たいのだそうですが」「ああ、あれね。思い出したわ」 そう言われて夕呼は、数日前に目を通した資料の内容を思い出した。 伊隅ヴァルキリーズが使い、夕呼が作製した「戦術機用ビーム兵器使用プログラム」は、すでに帝国、アメリカ、アフリカに様々な交換条件の下、提供している。そこには、速瀬中尉達が実戦でビームライフルを使用した際に提出させた『使用考察レポート』も含まれている。 ビームライフルに対する現場の評価は原則極めて高いモノであったが、皆共通してあげた難点が「36㎜弾と比べ携帯弾数が少ない」ということと「36㎜チェーンガンと比べ、連射性に劣る」という点であった。 それらのレポートを踏まえ、帝国軍の技術屋が提案してきたアイディアは極めて単純なモノで「ならば、ビームライフルと36㎜チェーンガンを組み合わせた、新しい突撃砲を作ったらどうか」というものだったのだ。 現在、世界的に使われている『87式突撃砲』は『36㎜チェーンガン』と『120㎜滑腔砲』の複合砲だ。 それを、36㎜チェーンガンはそのままに、120㎜滑腔砲の代わりに、ビームライフルを使用するというのである。 確かにそれが出来れば、戦術機の戦闘力は飛躍的に上昇する。ビームライフルが連射性能や携帯弾数に難があるというのは、あくまで36㎜チェーンガンの比較しての話だ。 120㎜滑腔砲との比較ならば、威力、射程、速射性、携帯弾数、あらゆる面で比較にならないくらいに凌駕している。 小型種や要撃級は36㎜弾で駆逐し、固い突撃級やタフな要塞級はビームライフルで打ち倒す。それが出来れば、戦術レベルで革命が起きるのは間違いない。もっとも現行ビームライフルの製造は、αナンバーズにしか出来ない以上、それが一般的なモノなるのは最低でも十年以上先のことだ。まずは実験レベルで『ビーム突撃砲』を作製し、それが本当に有効なのか、実戦データを収集したいというのが大方彼等の狙いなのではないだろうか。 新兵器の開発というのは、全世界的な競争だ。早いに越したことはない。「それで何だって言ってるのよ? ビームライフルの実物は取説付ですでに帝国に渡ってるでしょ」 岩国のαナンバーズ補給工場が、一応の完成を迎えたは先月の21日のこと。モビルスーツ『ジェガン』自体はまだ一機目の完成をみていないが、オプションパーツであるビームライフル、ビームサーベルは数日前に完成し、早速約束通り帝国軍に提供されていた。「それが、トリガー部分の発射の仕組みが分からないようで。ビームライフルと36㎜弾のトリガーを共有するのに問題があるのだそうです」 ピアティフ中尉は、夕呼の質問に極めて簡潔に答えた。 現在使われている『87式突撃砲』でも120㎜弾と36㎜弾のトリガーは一つだ。それを機械の内部でコントロールしており、戦術機の側から、120㎜弾と36㎜弾、好きなほうを発射できるようにボタン一つで操作できるようになっている。 トリガーの共有が出来なければ、戦術機の武装としては失格だ。まさか、トリガーを別に二つつけて、戦術機の側でそのたびに別なトリガーに指をかけ直すわけにもいくまい。そんなことをすれば、間違いが生じる元だし、第一一瞬のタイムラグが命取りの戦場で、あまりに大きなタイムロスだ。「なるほどね。それにしても予想以上に早いアクションね。プライドよりも実利を取るなんて、ちょっと見くびってたかしら」 夕呼は、少し見直したように感心してみせる。 技術者にとって「分からないから教えてくれ」というのは、白旗を揚げるに等しい行為だ。それを、ビームライフルの現物を見てから僅か数日間で決断するなど、ベテラン、有能の自覚がある者ほど取りづらい行動のはずである。 実際には、夕呼の考えは外れている。『帝国陸軍技術廠・第壱開発局』は、1月の初めにνガンダムのフィンファンネルを入手しており、すでに二ヶ月以上、その研究を進めていたのだ。 その結果、ビームの発射機構については、「お手上げ」「何も分からない」という結論を出しており、今回ビームライフルの改造の話が舞い込んだとき、ちょっと調べてすぐに「これは自分たちの手に負えない」と判断を下すことが出来たのである。 そう考えればこの二ヶ月の努力も無駄ではなかったと言うことなのかも知れない。その二ヶ月の無駄な努力のおかげで、今回は無駄な努力をせずにすんだのだから。 そんな事情は知らない夕呼は、しばらく考えた後、ピアティフに対し頷き返すのだった。「いいわ。私の方から、大河特使に話を通しておく。先方にはそう伝えておいてちょうだい」「了解しました」 返事を受けたピアティフは、コーヒー豆とコーヒーカップを持ったまま、小さく頭を下げると夕呼の研究室を出て行った。「……さて、これでαナンバーズはどう出るかしらね。私の予想が正しければ、比較的すぐに色良い返事が返ってくるはずだけど」 一人になった研究室で、夕呼は顎に手をやりそう呟く。 夕呼が今日までに色々の可能性を潰していき、たどり着いた予想。「αナンバーズの真の目的は、「この世界を救う」という表向きのお題目と一切矛盾しない」という予想が、正しければ、この程度の要求には、何の見返りも求めずに応じてくれるはず。 万が一断ってくることがあっても、この程度の要求ならばさほど心証を害することもないだろう。 夕呼にとっては、ちょうど良い探り針である。夕呼は、どのタイミングでこの要求を大河特使を打ち明けるか、思案し始めていた。【2005年3月3日、日本時間21時00分、横浜基地港、ラー・カイラム】『それではもう一度確認します。先月から今日までに修理・製造が完了した新たな機体は、『ダイターン3』『ボルフォッグ』『ブラックウィング』『トールギスⅢ』『トーラス×2』『VF-11サンダーボルト×2』です』 エルトリウム副長の説明を、フォールド通信会議に参加している一同は、頷きながら聞いていた。 ちなみに、そのうち『ダイターン3』『ボルフォッグ』『ブラックウィング』の三機はすでに地球に下ろされており、『ダイターン3』以外の2機は、その存在を首脳部以外には秘匿してある。 GGGの隠密とも言うべき勇者『ボルフォッグ』と、現在アメリカに潜入中のアラン・イゴールの愛機『ブラックウィング』。この両機は、対BETA戦を想定してない。『ゼクス・マーキスのトールギスⅢと、ルクレツィア・ノイン特尉のトーラスは、そのままこちらの哨戒任務ローテーションに加わってもらう予定ですが、ヒルデ・シュバイカーのトーラスは、地球に降ろす予定です。また、一昨日完成した5機目のVF-11サンダーボルトの使用方法はまだ未定のままです」 ゼクス・マーキスが乗るトールギスⅢは、チタニュウム合金製だが、その分厚い装甲と桁外れに高い機体出力、そして最大火力はヒイロ達五人のガンダムに匹敵する。地上に降ろせば心強い戦力となるだろうが、小惑星帯でも火星の攻略作戦が同時に進行している以上、地上ばかりに戦力を偏らせるわけにも行かない。 幸い、トーラスは、量産型モビルスーツであるが、可変機であり高い機動性となかなかの攻撃力を有している。ヒルデ・シュバイカーは、ヒイロ達の同世代の少女であり、αナンバーズの中であまり高い能力を有しているとはいえないが、それでも十分戦力とはなるだろう。 問題は、やはり5機目のVF-11サンダーボルトである。これまでの4機は、ガルド・ボーマンとダイヤモンドフォースの3名が使っており、何の問題もない。 そうなると、現状専用のバルキリーを持っていないバルキリー乗りは、バトル7艦長であるマクシミリアン・ジーナス大佐だけである。 では、この五機目のVF-11はマックス艦長のモノになるのかというと、話はそう簡単ではない。現在も戦う市長として、哨戒任務に就いているマックスの妻、ミリア・ファリーナ・ジーナスが乗っているVF-1Jは、30年以上も前の骨董品だし、スカル小隊の3名が乗っているVF-1も、ミリアのVF-1Jとまでは行かないが、VF-11より旧式の機体だ。 乗り換えが可能ならば、乗り換えさせてやりたいところではある。『それは、私が乗ります。艦長には艦長の業務があるでしょうから』 誰もが口に出しづらい話を、きっぱりと言い切ったのは、戦艦バトル7から「市民の代表」という立場でこの会議に参加している、当のミリア市長だった。『ミリア、それを言うなら、君にも市長としての責務があるだろう』『艦長、公私の区別はつけて下さい。私は、市民の安全を守るのも、市長としての義務であると考えています』 帽子とサングラスで表情を隠しながら、ため息混じりに窘める夫の言葉を歯牙にもかけず、ミリアは堂々と自分の意見を主張する。 バルキリーに乗って戦うのを「市長の義務」と言い切るミリアの言葉は暴論だが、言っていることは意外と効率的でもある。 バトル7の艦長としての業務があるマックスと違い、シティ7がこの世界に来ていないミリアの市長という肩書きは、正直あまり意味がない。そしてミリアの腕が、αナンバーズの中でもトップエースの一人であることは、誰もが認める事実である。 そうなれば、ミリアには一介のバルキリー乗りとして腕を振るってもらう方が、有効と言えば有効だ。『了解した。あの機体は、ミリア市長に預けよう。ただし、出撃に際しては、我々首脳部の指示に違うこと。それは理解してくれ』『了解しましたわ、ジーナス艦長』 全面的な勝利を得たミリアは、緑色の短い髪を揺らしながら、会心の笑みを浮かべた。「それでは、その話はそれでよいとして、次に地球での軍事行動について、現状を説明させていただきます」 話の切れ間を縫い、そう新たな話題に切り替えを計ったのは、ラー・カイラムの甲板に立つ、大河幸太郎全権特使であった。「現在もっとも差し迫った軍事行動は、統一中華戦線の要請で行われる、『重慶ハイヴ攻略戦』です。まだ正式な打診はありませんが、どうやら、4月の上旬に計画を実行したいと考えているようです」『それは、予想以上に早いな』 大河特使の言葉に、戦艦エルトリウムの艦長であるタシロ提督は、少し驚いたように声を上げた。 確かに、ハイヴ攻略戦という大規模作戦を考えれば、中々早い行動だ。なにせ、日本と統一中華戦線との間に租借条約をキモとする条約が結ばれたのが2月中旬のことだ。 つまり彼等は、約一ヶ月半でハイヴ攻略の戦力を整えると言うことになる。もっとも、台湾を本拠地とする統一中華戦線は、この間の『甲20号作戦』でも、後方の補給基地としての役割に終始していため、戦力をほとんど消耗していない。そう考えれば、不可能ではないのだろう。「はい。細かな内訳はまだこれからですが、大ざっぱな戦術は、今まで通りのオーソドックスなやり方に、我々αナンバーズの戦力を加えた形になるようです。 まず、ハイヴ周辺に戦力を展開し、ハイヴのBETAをおびき寄せ、手薄になったところで大気圏外から対レーザー弾を投下。重金属雲が発生している間に、突入部隊が降下。我々には主に囮部隊でのBETAの駆逐と、そこから戦線を突破しハイヴに痛撃を与えて欲しい、との事です』 ラー・カイラム艦長、ブライト・ノア大佐の口から、『甲16号ハイヴ攻略戦』に対する大まかな説明が伝えられる。 細かな話が進まない限り断言は出来ないが、これまでの以上にきつい戦いになることは間違いないだろう。 朝鮮半島の鉄原ハイヴでも、海上からの艦砲射撃は直接ハイヴには届かなかったが、それでも上陸地点からハイヴまでの進路の8割以上は、艦砲射撃の援護が受けられた。 だが、今度の重慶ハイヴはそうはいかない。 佐渡島ハイヴは、海岸線から10キロ弱。 鉄原ハイヴでも、100キロ強。 しかし、重慶ハイヴは、1500キロ近い距離がある。海上からの援護射撃は絶望的と言ってもよい。 機動降下以外の方法で、重慶ハイヴまで到達するには、どれほどの戦力がいるか想像もつかない。おそらく、地上からハイヴに到達可能なのは、αナンバーズだけだろう。 そのαナンバーズにしても不安は残る。αナンバーズと言えども、モビルスーツなどの継続戦闘時間はそう長いものではない。どうやっても、アークエンジェル、ラー・カイラムでの補給は必須だ。 しかし、この両艦で中国大陸のレーザー級、重レーザー級の集中照射に果たして耐えきれるだろうか。エヴァンゲリオン三機と、ジェイアークは、戦艦の防御に専念させる必要があるかも知れない。 幸い、三月中旬には岩国補給基地の戦艦修理ドックも完成する予定なので、その頃にはラー・カイラムも完全復活しているはずだ。とはいえ、やはりアークエンジェル、ラー・カイラムでは不安が残る。『どうでしょう。それならば、私の『大空魔竜』を地上に降ろしては。私は、現在ダンクーガの修理にかかりきりですので、ピート君に全権を委任することになりますが』 場の空気を読んだのか、そう提案して来たのは、戦艦『大空魔竜』の製造者にして総責任者、大文字博士だった。 外部装甲が特殊金属、『ゾルマニウム鋼』で出来てる大空魔竜の防御力は、特機ガイキングすら凌駕する。BETAのレーザー照射にも十分耐えうる防御力を有しているのは間違いない。 とはいえ、大空魔竜は現在、火星ハイヴ間引き作戦の足として活躍している。地上に降ろすとなれば、火星ハイヴ間引き作戦の作業進捗は大幅に遅れることになるだろう。『分かった。その辺については、今後話がもっと煮詰まってからもう一度検討してみよう』 これ以上この場で意見を交わしても結論が出ないと見たタシロ提督は、そう言って一端この話題を打ち切った。『了解です。では、最後に、今後近々復帰が予定されている機体の報告をさせていただきます』 タシロ提督の言葉を受け、隣に立つエルトリウム副長が、次の話題を初める。『先ほど、大文字博士からの言葉にもあったとおり、『ダンクーガ』は今月中には復帰する予定となっています。GGGでは、『氷竜』『炎竜』の二機も、復帰の目処が立ってきたそうです。 また、モビルスーツの修繕も順調です。 『百式』『メタス』『ドーベンウルフ』『メガライダー×2』は、重慶ハイヴ攻略戦には間に合うでしょう』 続々と上げられる修理完了予定の機体名に、艦長達の表情にも喜色が浮かぶ。『心強いですね』 少しホッとしたように、マリュー・ラミアス少佐は、アークエンジェルの艦長席で笑顔を見せる。『あとは、重慶ハイヴ攻略戦に間に合うかどうかは、微妙なところですが、『ビルトビルガー』『ビルトファルケン』『ダイゼンガー』『アウセンザイター』の修理も順調です。場合によっては、半数程度は、ギリギリ間に合うかも知れません』 ビルトビルガーとビルトファルケンは、比較的使われている技術に特殊なものが少ない『修理の容易い機体』である。だが、破損レベルがスクラップ寸前だったため、修理がこれまで長引いていた。 ダイゼンガーとアウセンザイターはその逆だ。どちらもあの天才ビアン・ゾルダーク博士が手塩にかけて作り上げたワンオフ機で、全高も50メートルを超える特機である。だが、乗り手の腕のおかげか、はたまた運が良かったのか、ケイサル・エフェス戦を戦い抜いた機体の中では、比較的破損が少なかったのが幸いした。 タイプは違えど、いずれも強力な機体であるのは間違いなく、もし間に合えば、非常に心強い戦力となる。「分かりました。間に合うに越したことはありませんが、こちらでは最悪の状況に備え、現行の戦力だけでも作戦を実行できるように考えておきます」『うむ。また、負担を強いることになるが、よろしく頼む』 きっぱりというブライトの言葉に、タシロ提督は少しすまなそうな顔をしながら、頷き返すのだった。