Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その6【2005年3月25日、日本時間12時45分、横浜基地】 広い横浜基地の敷地の中でも、一般兵士の立ち入りが禁じられている港よりの区域。 俗に言う『αナンバーズ区域』内に優雅な音楽が鳴り響いていた。 演奏しているのは、二人の少年と一人の女だ。 演奏している楽器は、ヴァイオリンが二つにフルートが一つ。 αナンバーズのカトル・ラバーバ・ウィナーとトロワ・バートン、そして伊隅ヴァルキリーズの風間梼子の三人である。 カトルと梼子がヴァイオリンを奏で、トロワがそこにフルートの音色を重ねる。 春の日差しを思わせる、透明感と暖かさを兼ね備えた旋律が心地よく響き終えた時、その場にいた面々はそろって拍手で迎えた。「おお、すげー!」「さっすが!」「久しぶりに、梼子の演奏を聴いたわ」「シンジ、あんたも遠慮しないで混ざれば良かったのに。弾けるんでしょ、この曲」「いや、僕のチェロはもっとお遊びみたいなレベルだから……」 口々に皆が褒め称える言葉に、梼子ははにかんだように笑いながら、小さく皆に頭を下げる。「拙い演奏でしたが、喜んでいただけたのなら幸いです」 顔の前に流れた長い緑の髪を手で背中に戻す梼子の顔には、久しぶりの演奏に、満足した色が伺えた。「俺としてはこれきりにしてもらいたいものだな。俺の演奏は、人前で披露出来るレベルではない」 半ばカトルに引きずれるようにして、演奏に加わったトロワは、そう言っていつも通りの無表情のまま、小さく肩をすくめる。「いいじゃないですか、トロワ。音楽は楽しめればそれが一番ですよ」 一方、引き込んだ側のカトルは無邪気に笑い、達成感の籠もった息をついている。 確かに、3人の演奏は、プロのレベルで見れば、大したものではなかっただろう。 元々、カトルもトロワも、楽器の演奏をたしなんでいるとはいえ、それに人生を注ぎ込んだ訳ではない。 梼子はもう少し、音楽というものに情熱を傾けているが、それでも今は一国連の衛士だ。ヴァイオリンにかけている時間と労力は、その道のプロと比べれば何分の一という次元だ。 そんな三人が、今日初めて音を合わせたのだ。正直、ちぐはぐな部分もかなりあった。 だが、だからこそ、梼子は今の演奏に、ポッと胸の奥が熱くなる思いを感じていた。(二百年後の異世界にも、今のこの世界で親しまれている曲がそのまま残っている) それは、音楽という文化を後世に残すために戦う、という梼子が衛士になった理由と指し示す道に見えた。 今、三人が演奏したのは、17世紀後半にヴェネツァで生まれた作曲家が作った曲だ。 その曲を、三百年後の日本人である自分が、五百年後の異世界人と共に演奏する。 音楽というものには、時代も国境も越えていくだけの力があるのだと実感する。 梼子の思いは間違っていない。実際、音楽には次元の壁すら越えるだけの力が備わっているのだ。 その実例である熱気バサラは、先ほどから部屋の隅でスケッチブックのようなものとペンを取り出し、なにやら書き殴っていた。「あっ、バサラ。それ、新曲? ええと、『name 君の――あ、なにするのよっ!?」 横からのぞき込んだミレーヌは、鼻先でパタンとスケッチブックを閉じられ、抗議の声を上げている。「勝手に見てんじゃねーよ」 閉じたスケッチブックを小脇に抱えたバサラは、鼻先で笑うような口調でそう言うと、その場を歩き去っていった。「もう、いいじゃない、ちょっとくらい見せてくれたって。私だって、ファイヤーボンバーの一員なんだから!」 ミレーヌは一瞬、バサラの背中を追いかけようかとしたが、思いとどまり、視線を梼子達の方に移す。 今はバサラに文句を言うよりも、彼女たちにねぎらいの言葉を捧げたい。 クラシックとロック。 ヴァイオリンとエレキベース。 音楽性も楽器も違うが、同じ音楽をたしなむ者として、ミレーヌも今の演奏には、それなり以上に感じたものがある。その思いを伝えたい。 そう思ったミレーヌが、梼子達の方に一歩足を踏み出したその時だった。 基地全体に警報が鳴り、続いてアナウンスが入る。『1315、横浜港に大気圏外より、αナンバーズ所属大型戦艦『大空魔竜』が着水の予定。担当部署の者は、所定の位置で対処せよ。繰り返す。1325、横浜港に――』 それは、一週間後に迫った重慶ハイヴ攻略戦『甲16号作戦』に参加する、αナンバーズの増援部隊の到着を知らせる声であった。 それから約三十分後、横浜港には、また一つ、見たこともない異形の機影が浮かんでいた。 戦艦『大空魔竜』。 大きさこそ、全長400メートルと、αナンバーズの宇宙戦艦の中では特筆するほどのものではないが、その独特のフォルムが与えるインパクトは、全長1キロ越えのバトル7にも匹敵するだろう。 二足歩行する青い機械竜。 大空魔竜の外形を端的に言い表すのなら、そうなる。 比喩でも何でもない。 二本足と、長い尾と、そして背から尾にかけて生えるトゲトゲのヒレはどう見ても、恐竜としか言いようがない。 本来ならば頭部に、金色の双角を生やした髑髏顔がつくのだが、今はその髑髏顔を胸部とする特機――ガイキングが小惑星帯の本隊に残っているため、見慣れている者には少々物足りない感じになっている。 やがて、横浜港に接舷を果たした大空魔竜から、数人の人間が降りてきた。 先頭に立つのは、明るい茶髪が印象的な、生真面目そうな青年士官だ。 青年士官は、出迎えた帝国の高官と敬礼をかわす。「αナンバーズ所属、大空魔竜艦長、ピート・リチャードソンです。入国許可を感謝します」「日本帝国入国管理局、松浦です。貴艦の入国を歓迎します」 いかにαナンバーズが日本帝国と軍事同盟を結んでいるとはいえ、日本の領海・領空に戦艦を新たに投下するにはれなりの手続きがある。 ここで入国の手続きを終えた後、大空魔竜は明日には、岩国αナンバーズ補給基地に向かい、そこで『甲16号作戦』に向けての最終調整を済ませる予定になっている。 岩国αナンバーズ基地は、一応の完成を見ている。 量産型モビルスーツ『ジェガン』の製造ライン。 ビームエネルギーパック、ジムマシンガン弾倉、バルカン弾倉など、消耗品の製造ライン。 そして、戦艦の補修ドックをはじめとした各種修理施設。 長らく下面装甲を簡易修理でごまかしていた戦艦ラー・カイラムは早速補修ドックで修理を済ませ、今では完全に元の防御力を取り戻している。 ジェガンはこれまでに三機製造されており、一機は日本帝国、一機はアメリカ、もう一機はついこの間統一中華戦線に譲渡された。 無論、ビームライフル、ビームサーベルと言った複数のオプション兵器や、予備の核融合炉、それらの整備マニュアルデータと一緒にだ。 簡単に複製が可能な整備マニュアルデータだけは、実機に先んじて希望する全ての国に配布されたが、無論そんなデータだけで各国が満足するはずがない。「一刻も早く我が国にもジェガンを」そんな声が、公式、非公式問わずあらゆるルートを通り、αナンバーズ全権特使大河幸太郎の元に、届けられている。 各国の新兵器解析・開発競争は既に始まっているのだ。データだけで全くの新技術を再現できるはずもない。 ちなみにより多くのモビルスーツを得ようと、自らを「国家ではなく複数の国家からなる共同体」と称した国――ソビエト連邦の元には、同じ整備マニュアルデータが二十近く届けられ、関係者一同苦虫をかみつぶしたような顔をしたという。 とりあえずそれは「将来的には二十機弱のジェガンがもらえる約束手形」と考え、アラスカのお偉方は自分たちを納得させたようだ。 だが現状、αナンバーズ岩国基地のジェガン製造ラインは一本のみ。 この調子では、希望する全ての国にジェガンを譲渡するのに、三年以上かかる計算になる。さすがにそこまでは、どの国も待っていられない。特にEU各国など、どの国が先んじてジェガンを手に入れるかで、熾烈な水面下の争いが始まっている始末だ。 イギリスは来月、フランスは来年、ドイツは再来年、などと言うことになれば、EU内の結束を揺るがすことになりかねない。 各国からせっつかれた(半ば泣きつかれた)αナンバーズは、ジェガン製造ラインの複製計画も検討し始めている。 ともあれ、大空魔竜の地球降下により、『甲16号作戦』に参加する戦力がより一層増強されたのは間違いない。 大空魔竜の中には、復帰したばかりの特機やモビルスーツも複数搭載されているのだ。 青い機械竜を見上げる横浜基地の兵士達は、人類がBETAに対し確固たる反撃に転じているのだという認識を、改めて抱くのだった。【2005年3月25日、日本時間15時03分、横浜基地】 唐突に自体が動いたのは、その日の午後の事だった。 武達伊隅ヴァルキリーズ速瀬隊の面々が、明日に控えた、中東への『XM3』搭載機の教導に向かう最終準備を整えている最中、会議室に全員集まるよう、通達を受けた。「中東行きは中止よ。明日からは通常の訓練に戻りなさい。今日の残りは特別休暇ね」 黒い強化装備姿で整列する、伊隅ヴァルキリーズ速瀬隊の前に現れた香月夕呼は、いつも通りの淡々とした口調でそう告げる。 あまりに急な話に、武はしばらく夕呼の言った意味が理解できなかった。 中東行きの中止。 出立の予定日は明日で、教導用のXM3搭載不知火は、既に全機とも戦術機母艦に搭載済みであるこの期に及んで何故? 元々、中東国連軍へのXM3提供とXM3指導教官の派遣は、夕呼と中東国連軍の間で成立した取引の一つだったはずだ。 その派遣が中止になったと言うことは、取引自体が直前で不成立になったと言うことなのだろうか。 ならば、彩峰慧と鎧衣美琴はどうなる? 自分たちがバグダッド基地でXM3の指導を終えた後、一緒に連れて帰る予定になっていたはずの二人の身柄は。「それじゃあ、せっかくの半休なんだから有意義に過ごしなさい」「敬礼っ!」 武がぼうっとしている間に、報告を得た夕呼は、面倒くさそうに敬礼を受けると、白衣のポケットに片手を突っ込んだまま、会議室から出て行った。 途端にヴァルキリーズの皆も騒がしく話し始める。「速瀬中尉、これってどういう事なんでしょう?」 この急な予定変更はただ事ではないと察した涼宮茜少尉は、不安げな表情で敬愛する上官、速瀬水月中尉に尋ねる。「さあ、さすがにちょっと分からないわね。けど、なにか大事があったのは確実よ。後で私の方から、神宮司少佐に聞いてみるから、あんた達は下手に騒ぎ立てるんじゃないわよ、いいわね?」 水月は意識して平静な表情を保ちながら、そう答える。 理由不明の、唐突な派遣中止。こんな事の真相をかぎ回れば、周りにどんなうわさ話が流れるか分かったものではない。 「はいっ!」 と返事を返したのは、茜だけではなかった。 宗像美冴中尉、風間梼子中尉、柏木晴子少尉の三人が、茜と声を揃えて諾の返事を返す。 そして、唯一人その声に唱和しなかった白銀武は、「あっ、白銀? どこ行くのよ?!」「すみません、速瀬中尉! ちょっと急いでますんでっ!」 矢も楯もたまらず、廊下へと駆けだしていくのだった。「先生、先生っ!」「やっぱり来たわね」 武が地下十九階の香月夕呼の研究室に駆け込むと、既に武の来訪を予見していた夕呼は、ウンザリとした口調でため息をついた。「先生、派遣が中止ってどういう意味ですか!? 彩峰と美琴はっ」 武は、後ろ手で入り口のドアを閉めながら、足早に夕呼が座る木製のデスクに近づく。 夕呼は、「派遣が中止って言うのは、派遣しないって意味よ。彩峰と鎧衣は、まあ、万が一生き残ったらここに戻ってくるでしょう。転属の手続きはもう済んでいるから」 そう答えて小さく肩をすくめた。「万が一生き残るって、あいつ等どうしたんですか!? なにが、どうなってるんですか、先生!」 武の剣幕に、下手に隠し立てする方が面倒だと理解したのか、夕呼は机の上から通信機の受話器を手に取ると隣室に控える副官のピアティフ中尉に命令する。「ああ、ピアティフ? 私の部屋にロックをかけて頂戴。外からも「内」からも開けられないように。そう、お願い」「ッ先生?」 後ろで今入ってきたドアがガチャリと音を立てるのを聞きながら、武は先ほど剣幕は嘘のように、恐る恐ると言った口調で夕呼に尋ねる。「いいわ。どのみちあと三十分もしたら、基地全体に知れ渡ることなんだから教えてあげる。 BETAに動きがあったわ。 甲2号『マシュハドハイヴ』のBETAが西進を開始。同時に甲3号『ウラリスクハイヴ』からの増援も確認。狙いは、アンバール基地で間違いないでしょう。あそこはここ同様、反応炉が生きているハイヴ跡基地だから。 BETAの総数は少なく見積もって二十万。中東戦線の防衛は絶望的。よってあんた達の派遣は中止。彩峰と鎧衣は、生きていれば、後で拾い上げる。理解した? 理解したら、警報が鳴るまでこの部屋で適当に時間を潰していなさい。しばらくすれば警報が鳴るはずだから」「…………」 武は顔色を失い、崩れる膝を支えるようにデスクに両手をついた。 彩峰と美琴がその身を置くバグダッド基地は、アンバール基地の北東に位置する。西進するBETAがアンバール基地を目指しているのだとすれば、通り道以外の何物でもない。 というよりも、元々バグダッド基地自体が、貴重な生きた反応炉を有するアンバール基地を守るために建設された前線基地なのだ。「勝算は……」「二十万よ、あると思う? あんただって座学で習ったでしょ」 一縷の希望にすがるような武の言葉を、夕呼はにべもなく一刀両断に切り捨てた。 確かに、あの帝国軍を半減させた『竹の花作戦』の佐渡島ハイヴでも、BETA総数は十五万ほどだったのだ。 それが二十万。ハイヴ攻略という攻勢任務と、基地防衛という守勢任務を同等に見るわけにはいかないだろうが、この数はそんな些細な違いなど踏みつぶすだけのものがある。『竹の花作戦』自体、αナンバーズと言う桁外れのイレギュラーがなければ、帝国軍は壊滅していたはずなのだ。そのことを思い出した武は、ハッと顔に喜色を浮かべる。「あっ、で、でもαナンバーズならっ!」「生憎、αナンバーズに戦力派遣を要請できるのは安保理だけよ。私にも現地の国連軍にも、αナンバーズに援軍要請を出す権限はないわ。それに、一週間後に『甲16号作戦』を控えている彼等にそんな要請、出来ると思う?」 事実上、アンバール基地を所有しているアメリカは了承するかも知れないが、一週間後に『甲16号作戦』を控えている中国は、まず間違いなく拒否権を行使するだろう。常任理事国のうち一国でも拒否権を行使すれば、安保理の決議は採択されない。 武の最後の希望も、夕呼は現実というシビアなナイフで切り裂いた。『今日アラビア半島で二十万のBETAと戦って、一週間後中国大陸でハイヴ攻略戦の主力を担ってくれ』 こんな要請を受ければ、αナンバーズも顔をしかめて「しんどいな、それは」くらいのことは言うだろう。 元の世界では、一年以内に五十前後の戦場を駆けめぐったαナンバーズでも、さすがに一週間以内にこれほどの大規模な戦場を連続した経験は両手にちょっと余るくらいしかない。 ましてや、この世界の常識で計れば「喧嘩を売っている」としか取れない話である。 やはり、これは諦めるしかない。夕呼はすでにそう判断を下していた。 彩峰慧も、鎧衣美琴も、夕呼としては、出来れば手元に引き戻したい人材ではあるのだが、是が非でも必要な駒というわけでもない。 むしろ、この大攻勢を五体満足で生き延びるようならば、それは高い『00ユニット適正』を示すものであり、彼女たちの価値も上がるというものだ。そういった意味では『見捨てる』ことも無益ではない。「そもそも、BETAの先頭がバグダッド基地に来るまであと二時間もないわよ。今からどうやって間に合わせるのよ」 BETAレーザー属種の脅威が空を支配している今、輸送の主力は海路である。 ここ横浜基地からアラビア半島まで、戦術機母艦では、どれだけ急いでも一週間以上かかる。 一方バグダッド基地は、八時間持てば上出来、半日持てば奇跡と呼べるレベルというのが、専門家達の見解である。 緊急で出航準備を整えたところで、日本の領海を抜ける前に、バグダッド基地は陥落していることだろう。「でも、だからっ……」 なおも諦めきれずに、言葉を探している武に、夕呼は少し目を細める。 例え間に合ったところで夕呼としては、今、『白銀武』をそんな危険な任務に送り込む気はない。 この間、帝国から提供されたG元素で、やっと『00unit』の作製が、本格的に始まったところなのだ。 00ユニットの素体である『鑑純夏』の心は、99.9パーセントの「たけるちゃんに会いたい」と0.1パーセントの「ボンバー」で占められている。 万が一、白銀武を失うようなことがあれば、00ユニットの最終調律は至難を極めるだろう。 武自身、もう少し精神的にタフになってくれなければ、00ユニットの正体を知ったところで拒絶反応を示しかねないため、基地に閉じ込めておく気はないが、生還率が二割を切っていそうな戦場に送り込む気もない。「…………」 言葉を無くした武が、無言のままデスクの前で俯く。 やっと静かになったか、と夕呼が聞こえないようにため息をついたその時だった。 デスク上の通話機が音を立てる。夕呼が目をやると、それは隣室からの内線通信の知らせだった。 夕呼は武に「ちょっと待ってなさい」と断り、受話器を取る。「ピアティフ? なにかあった?」『はい、博士。αナンバーズの大河特使が、至急香月博士と会談の場を設けたいと仰っています』 それは予想通りとも、予想外とも言える知らせだった。 十中八九間違いなく、彼の話の内容は、BETAのアンバール基地侵攻に関することだろう。 彼等がその情報を察知していることは予想通りだ。 今のαナンバーズは岩国基地という独自の本拠地も確保している上、帝国をはじめとした各国とも夕呼を通さない外交ルートを築きつつある。 非合法の手段も辞さないのならば、この世界の通信を傍受することも彼等の技術ならばさほど難しくないのかも知れない。 だから、彼等が情報を知っていること自体は予想から外れる話ではない。 予想外なのは、今、このタイミングで、彼等の方から話し合いの場を設けたいと言いだしたことである。(今のαナンバーズには、ここで動く理由も、動いて益になること無いはずなのだけど……) 現在の夕呼は、「αナンバーズの真の目的は、『この世界をBETAから救う』という表向きの目的と矛盾しない」という予想に、かなり確信を持っている。 だが、今αナンバーズが動く事は『この世界をBETAから救う』という表向きの目的にさえ沿っていない気がするのだ。 ここでαナンバーズが大々的に動くのは、どうやっても国連と結んだ条約に反する行為だし、もし国際社会の目を盗んで動くのだとすれば、幾らαナンバーズといえども、BETAの侵攻を阻止することは出来ない。 せいぜい、若干BETAの進行速度を鈍らせて、撤退する兵士の命を多少多く救うのが関の山だろう。(いくらなんでもそんな「そこに救える命があるのなら、少しでも力になりたいんだ」みたいな、青臭い話ではないだろうし) となると、αナンバーズはアラビア半島に何か、是が非でも守りたい、もしくは回収したいものがあるのだろうか? いずれにせよ、これは早急に会う必要があるようだ。「分かったわ。私の部屋のロックを解除して、すぐにお通しして頂戴」 本来ならばどこか会議室を押さえて、階段の場を設けるのがスジなのだろうが、恐らく今は一刻を争うはずだ。会議室を手配する時間も惜しい。『了解しました』 ピアティフ中尉の返答を聞いた後、夕呼は受話器を通信機に戻した。「突然の訪問、申し訳ございません。貴重なお時間を割いていただき、感謝します」「とんでもございません、大河特使。お気になさらないで下さい。特使とのお話に優先する業務など、いくつもありませんから」 夕呼の研究室の片隅で、αナンバーズ全権特使、大河幸太郎と香月夕呼は対面を果たしていた。 特に退出しろとも言われなかったため、武は夕呼が座る椅子の斜め後ろに立っている。 大河も一瞬ちらりと武の方に目をやったが、退出を要求することはなかった。 武は、αナンバーズの素性が秘匿情報だった頃から、夕呼とαナンバーズの間のメッセンジャーを務めたりしていたので、それなりに「特別」だと見なされているのかも知れない。 大河は挨拶もそこそこに、話を切り出し始めた。「香月博士も既に聞き及んでいると思いますが、話というのは中東戦線に対するBETAの大規模侵攻に関してです。 どうにか、我々が援軍に向かうわけには行かないでしょうか?」 事前にある程度予想しておかなければ、夕呼も驚きで目を見開いていたところだ。実際、後から武が驚きで息を呑む音が聞こえた。 なぜ、この状況で援軍に向かいたいと言い出すのか、正直さっぱり分からない。 アラビア半島の戦線の長さは、七百㎞ちかい。 いかに非常識の塊αナンバーズと言えども、この戦線を二十万のBETAから守り抜くことは不可能なはずだ。行ったところで出来るのは、撤退支援が関の山だ。 夕呼は出来るだけ、平坦な口調で答えた。「不可能です。ご存じの通り、αナンバーズへの援軍要請には国連安保理の決議が必要です。今からでは、会議場に各国の代表を集めている間に、戦線は崩壊してしまいます」「正攻法で不可能なのは、我々も理解しています。ですから、なにか方法がないか、知恵をお借りしたいのです」 夕呼の冷たい返答にもめげず、大河は毅然とした態度で食い下がる。「そもそも、物理的に救援が可能なのですか? 失礼ですが、専門家の予想では、中東戦線の崩壊まで後10時間前後と見なされていますが」 戦場は、日本国内ではないのだ。ここからバクダッドは直線距離にしても八千キロ以上ある。まあ、恒星間航行すら可能にしているαナンバーズの基準では、大した距離ではないのかも知れないが。 大河は、その太い眉をしかめると、少し苦い者を含んで口調で語る。「むっ、十時間ですか。さすがにそれは少し厳しいですな。現在地球に降りている戦艦は、大気圏内ではせいぜいマッハ3から5程度のですから。しかし、機動兵器の中にはそれより遙かに高速のものも存在します。そういった機体を先行させれば、どうにか」 今日の午後、地球に降りてきた大空魔竜がマッハ3、アークエンジェルとラー・カイラムもそれとさほど大きくは違わない。 一方、機動兵器の方ならば、VF-19エクスカリバーがマッハ20オーバー、VF-11サンダーボルトでもマッハ8、特機のキングジェイダーにいたっては、宇宙空間では最高時速1億キロ、地上でも阿蘇山から横浜までの八百㎞以上ある距離を、十秒前後で到着した実績がある。 間に合うか、間に合わないかという単純な話であれば、十分に間に合う。 いい加減αナンバーズのスペックには慣れてきてる夕呼は、さほど驚きもせず頷きながら大河の説明を聞いていた。「なるほど、能力的には不可能ではない、ということですね。しかし、やはり、公式な許可を取るのは不可能です。それに、ここでαナンバーズの皆さんが条約に反する行動を取れば、長期的な目で見ればマイナスに働きます」「それは、理解しています」 失礼とも取れる夕呼の言葉に、大河は重々しく頷いただけだった。 夕呼はこれまでの付き合いで、αナンバーズの首脳部がこう言った率直な意見に対し、臍を曲げることはほとんど無いことを学習していた。 そして、夕呼の言葉は掛け値無しの事実である。 αナンバーズは既に国連と条約をかわした公的な存在なのだ。 そのαナンバーズが、いかに人命救助のためとはいえ条約を破り、勝手な判断で戦闘を行えば、この世界のルールは滅茶苦茶になる。 そんな掟破りの戦闘集団のことなど、今後どの国も認めてくれなくなるだろう。 もし、それを認めれば、極端な話、ソ連やイギリスと行った前線国家に勝手にαナンバーズが上がり込み、『いずれやってくるBETAからこの国を守るために来た』と言って、そこに居座る事も出来るのだ。 BETAを駆逐したαナンバーズが次の侵略者になる。それは、この世界の首脳部達が何よりも危惧している事なのである。 全権特使として、各国の代表を何度も会談の場を設けている大河は、当然そう言ったこの世界の危惧を理解している。 理解した上で、なにか少しでも出来ることはないのか、という思考を止めることが出来ない。 大河はなおも食い下がる。「たしか、香月博士の部隊は近々、中東に派遣することになっていましたね? 我々はそれの護衛、ということに出来ないでしょうか?」「それは不可能ではありませんが、それでもαナンバーズの機体が行動可能なのは公海上までです。各国の領海、領土への侵入は許されません」 その説明は夕呼としては断りの言葉のつもりだった。 だが、その説明を聞いた大河の眼がキラリと光る。「公海上までは可能なのですね?」「お断りしておきますが、朝鮮半島でやったような真似は二度と許可されませんよ」「む……そう、ですか」 夕呼の付け足しに、大河は一度燃え上がった瞳の炎を沈下させた。 朝鮮半島でやった真似、というのは、「上陸は許さないが海上から陸上への攻撃派許可する」と言う韓国臨時政府の言葉を受け、朝鮮半島の南端からESウィンドウを開き、直接鉄原ハイヴに攻撃を叩き込んだ一件のことである。 確かに条約には触れていないが、あまりに非常識な行動に、各国政府は最大限に警戒を高めた。 実際、ESウィンドウ越しの攻撃が許されるのならば、地球上でαナンバーズの手の届かない領域はない事になってしまう。「うむ……」 なおも考え込む大河の前で、夕呼は表情を動かさないまま、思考を巡らせていた。 なぜ、αナンバーズがそこまでして中東戦線に向かいたいのかは分からないが、これは夕呼としても悪い話ではない。 バグダッド基地に最初のBETAが到達するまでまだ二時間前後は時間がある。 その後も、二,三時間は秩序だった戦線を維持していられるだろう。もしその間に、バグダッド基地に到着できれば、彩峰と鎧衣を比較的少ないリスクで救出できるかも知れない。 もっとも突然やってきた援軍が、全く戦わないで前線から衛士二人を引き抜けば、味方から撃たれかねないので、現地では命を懸けて戦う必要があるだろうが。 夕呼は少し考えながら、大河に尋ねた。「大河特使。もし、戦術機を六機ばかり最速の手段で、バグダッド基地に送るとなりますと、最速でどのくらいの時間がかりますか?」 突然の質問に大河は少し天井を見上げ、考えながら答える。「戦術機六機、ですか。それくらいならば、キングジェイダーにくくりつけて運ばせれば、輸送の時間は三十分もかからないと思いますが」 キングジェイダーは、アークエンジェルやラー・カイラムのように本来、機動兵器を運搬するようには出来ていない。だが、その大きさは百メートル以上、エンジン出力は二億キロワット以上ある。くくりつけることさえ出来れば、戦術機の六機や七機、運ぶのはへでもない。 二億キロワットという数値にピンと来ないのであれば、日本全体の総発電量が二億キロワット強だと言えば、ある程度はその出力が想像できるだろうか? 予想以上に速いタイムだ。いける。 夕呼は内心、ほくそ笑んだ。 戦術機をキングジェイダーにくくりつける作業に一,二時間費やしても、十分に勝算がある。「分かりました。そう言うことでしたら、ご希望に添えるかと思います。ただし、重ねてお断りしておきますが、αナンバーズの機体が入れるのは公海上までです。そこから先には、進めませんがそれでかまいませんか?」 夕呼の説明に、大河は力強く頷き返す。「はい。それでかまいません。うまくいけば、キングジェイダーが公海上までBETAを引き寄せてくれるでしょう。そうすれば多少は、前線の負担を減らせます」 なるほど、確かに超高性能コンピュータを搭載するキングジェイダーは、BETAを引き寄せる性質がある。そのおかげで、横浜基地防衛線は随分と助かった。 しかし、朝鮮半島の鉄原ハイヴ攻略戦では、後半ハイヴ下層に留まっているBETA達は全く引き寄せられなかった。 確たる目的を持っているBETAは、引き寄せられないのだとすれば、今回の西進するBETA群にもあまり効果は期待できない。 そこまで考えたところで、夕呼はそれ以上の推測を控えた。 人員を送ると決めた以上、ここからは時間との勝負だ。時間が遅れる度に、彩峰・美琴の生存確率は下がっていく。「分かりました。輸送予定の戦術機は、戦術機母艦に搭載してあります。すぐに引き上げますので」「はい。キングジェイダーへの固定作業は、こちらでやります。では、慌ただしくて恐縮ですが、これで失礼します」 そう答えた大河は、その言葉通りすぐに席を立つと、大股で部屋を出て行く。「…………」 急に二転三転する展開に、すっかり言葉を失っている武に、椅子から立ち上がった夕呼がポンと小突く。「聞いての通りよ。やっぱりあんた達に行ってもらうことになったわ。すぐに準備に取りかかりなさい」「先生っ! ありがとうございます!」 夕呼の言葉を受け、再起動を果たした武は、そう言って腰を九十度近く曲げて礼をする。「やめなさい。誤解がないように言っておくけど、私は最初から彩峰と鎧衣を見捨てたかった訳じゃないのよ。ただ、さっきまではどうやっても助けられる手段がなかったから見捨てた。 今は、助けられる手段が見つかったから、助ける。ただそれだけ」「はいっ!」 ぶっきらぼうに言う夕呼の言葉は、全面的に本心である。 それが分かっているのか、満面の笑みを浮かべる武に、夕呼はため息をつきながら忠告した。「ただし、これから言う二つの条件を呑まない限り、あんたの派遣は認めない。いい?」「なんですか、条件って?」 夕呼の声色から冗談ではないことを察した武は、すぐに真面目な表情を取り戻す。「それはこれから言うわ。で、どうなの? 条件は呑むの? 呑まないの? 私はどっちでも良いのよ。あんた一人いなくたって、速瀬達五人でも任務にはさほど支障はないだろうから」 その言葉が嘘であることは、武にも分かった。 六機の戦術機と五機の戦術機では、まるで違う。この場合の一機減少というのは、単純に戦力が六分の五になるだけではすまない。 隊長である水月のエレメントパートナーが居なくなれば、水月は隊全体の面倒を見ながら自分の背中も自分で守らなければならなくなる。 だが、夕呼ならばそれでもあえて、武を外すくらいのことはやりかねない。場合によっては、一週間後の『甲16号作戦』に参加予定の伊隅ヴァルキリーズ神宮司隊から、誰か一人引っ張ってくる可能性もある。 結局、武には他の選択肢は存在していなかった。「わ、分かりました」 武の答えに夕呼は、胸の前で腕を組みながら、「そう」と素っ気なく返す。「それじゃあ、一つ目の条件よ。もし、彩峰や鎧衣の救出が難しそうな場合、二人は見捨てなさい。少なくとも、二人の身柄を救うために、あんたの命を危険に晒すことは許さない」 予想外の条件に、武は返答に詰まる。 当然と言えば当然だろう。救出任務のはずなのに、「危険なようなら見捨てろ」と言われたのだから。 確かに二次被害の拡大防止は、救出に優先する課題だが、それにしても夕呼の言葉は少々過保護に感じる。「え? でもそれって」「ああ、質問は受け付けないわよ。私の研究には、今後生きたあんたが必要なのよ。つまり、私にとってはあんたと彩峰達の命は等価ではないってこと。不満? 不満なら良いわよ。別に、無理に出撃しなくても。その方がありがたいわ」「いえ、分かりました」 夕呼は本気だ。 それを理解した武は、この場は頷くしかなかった。ここで反論をしたら、すぐに夕呼は武の派遣を取りやめるだろう。 武の返答に一応は満足したのか、夕呼は話を続ける。「もう一つの条件は、もし彩峰と鎧衣、どちらかしか救えないと言う状況に陥ったら、その場合は必ず鎧衣を助けなさい。彩峰は見捨てなさい。これもさっきと一緒。彩峰と鎧衣二人合わせても、その命はあんた一人分より軽いけど、二人の中でも差はあるって事よ。 彩峰の命は、鎧衣よりも軽い。少なくとも、現時点で私にとってはね」「そんな……」 衝撃的な条件の連続に、武は今度こそ言葉を失った。 なんだ、そのシビアという言葉すら生ぬるい、命の不等号は。 顔色を失う武を見下しながら、夕呼は口元に皮肉げな笑みを浮かべる。「何度も言うけど、嫌なら良いのよ。時間がないのよ、早く決めて」「で、でも、なんで、そんな……」「それをあんたに説明する、必要はないわね。私が聞きたいのは返答だけ。イエス? ノー?」 そう言って夕呼はわざとらしく、壁に掛けられた時計に目をやる。 いかにも時間がない、と言わんばかりの夕呼と態度に、武は夕呼が望むとおりの返答を返すことしかできない。「わ、分かりました」 大丈夫だ。そんな、シビアな状況にならなければ良いだけの話だ。自分も、美琴も、彩峰も、もちろん速瀬中達他の皆も全員生還する。そうすれば、夕呼先生も文句はないはずだ。 武は、そう自分に言い聞かせる。「よし、それじゃ、すぐに準備取りかかりなさい。速瀬達にはピアティフの方から連絡を入れさせるから。ほら、いった」「はい、失礼します」 パンパンと手を叩く夕呼に追い払われるようにして、武は呆然とした表情のまま、夕呼の研究室から出ていった。 武の退室を確認したところで、夕呼は再び通信機の受話器を手に取る。「ああ、ピアティフ。速瀬に私の部屋に来るよう伝えて頂戴。ええ、そう。大至急、最優先でよ」【2005年3月25日、日本時間15時48分、横浜基地】 中東戦線に、BETAが大規模攻勢をしかけていた。 そのニュースが警報と共に横浜基地にも届けられた頃、αナンバーズが間借りしている区域の会議室では、数人の男女が、真剣な表情で緊急ブリーフィングを開いていた。「以上が現在の状況だ。諸君等には、伊隅ヴァルキリーズ速瀬隊をバグダッド基地へ輸送してもらいたい。なお、ヴァルキリーズの戦術機は、二機のメガライダーに乗せて固定する。ジェイアークはメガライダーを牽引してくれ」 水上バイクに似た形のオプション兵器、メガライダーは、その上にモビルスーツをのせる作りになっている。幸い、モビルスーツと戦術機の全長はほぼ同じだ。上にのせて固定するだけならば、戦術機にも不可能ではないだろう。「はい」「オッケー、任せてよ、ブライトさん」 本日、大空魔竜と共に地球に降りてきたばかりの、二機のメガライダーのパイロット、ビーチャ・オーレグとイーノ・アッバーブは、そう請けおう。「ふん。まあ、いいだろう」 一方、白き箱船を戦闘艦ではなく輸送艦として扱われたソルダートJも、不快げに鼻を一つならしたものの、それ以上は悪態をつくこともなくブライトの要請を受け入れた。 一番難色を示しそうなソルダートJから了承を取り付けたブライトは、ホッと小さく安堵のため息を漏らす。「輸送は海上だ。念のため、護衛としてデュオのガンダムデスサイズヘルも同行してくれ」「りょーかい」 ブライトの言葉に、デュオ・マクスウェルは長い三つ編みを揺らし、不敵に笑う。「速瀬隊をバグダッド基地近くまで送り届けた後、ジェイアークは出力を全開にして、BETAのおびき寄せを試してみてくれ。上手くいけば、防衛ラインの負担を多少は軽減できるはずだ。 ただし、我々には中東各国の領海に進入する権利がない。もし、おびき寄せにBETAが反応しなかった場合は、公海上で、速瀬隊の帰還を待つこと。いいな。 ジェイアークもデスサイズヘルも、極めて優れたステルス性能を有しているが、間違っても国連軍の目を盗んで戦闘に参加しようなどとは考えるな! 万が一そんなことが発覚した時は、我々首脳部が全面的に責任を取らされるのだからな!」 珍しく高圧的なブライトの物言いに、しばらく一同は沈黙する。 やがて、デュオは意味深な笑みを浮かべながら、答えた。「りょーかい」「よし、それでは準備に取りかかれ。いいな、くれぐれも馬鹿な真似はするんじゃないぞ」 念を押すブライトの言葉を聞き流しながら、緊急輸送部隊に選ばれた一同は、退室していった。「ふん、組織の中で生きる人間というのは、窮屈なものだな」 廊下に出たところで、ソルダートJはその特徴的な鷲鼻をならし、口元を笑みの形に歪める。「まあ、ブライトさんが苦労人なのは、昨日今日に始まった事じゃないか」 そう言ってイタズラっぽく笑うのは、ビーチャだ。「『最悪の場合、そのステルス性を生かして、極秘に参戦しろ。万が一事態が明るみに出た場合の責任は、俺が取る』って言ってたんだよね?」 人の良さそうな、地味な顔の少年――イーノは先ほどのブライトの言葉をそう的確に『翻訳』する。「ま、そうだろうな。そうじゃなけりゃ、キングジェイダーはともかく、俺のデスサイズヘルを派遣する理由がねえよ」 神父服姿のデュオ・マクスウェルも楽しげにクツクツと笑う。 日頃は、実直な物言いしかしないブライトの下手な腹芸がよほど面白かったのだろう。 とはいえ、それが今のαナンバーズに許される最大の助力であることも確かだった。 元々、キングジェイダーもガンダムデスサイズヘルも、目視以外に発見の方法がないレベルのステルス性能を有している。上陸地点に気をつけて、現地の国連軍と合流しないようにさえすれば、証拠はほとんど残さずにすむはずだ。 だが、そんな影に隠れるような戦闘参加で、どれだけの戦果を上げられるというのだろうか? いかに一騎当千のαナンバーズといえでも、参戦できなければ戦果を上げることは不可能だ。「さしもの死神さまも、鎌の届くところまで近づかねえと、どうにもできねぇよ」 それまでの陽気な笑みが消えたデュオの表情は、これから向かう戦場の過酷さを物語っているかのようだった。