Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その4【2005年3月28日、アメリカ・パシフィック標準時間15時13分、カルフォルニア州、ロサンゼルス中心街】 アメリカ西海岸でも、もっとも大きな都市、ロサンゼルス。 その中心部にあるオフィス街で、つい最近一つの会社が開業し、ちょっとした話題になっている。 開業それ自体はそう珍しいことではない。ロサンゼルスは、ニューヨークに次ぐアメリカ第二の大都市だ。起業を志す者は毎年現れるし、ここに居を構えようとしている多国籍企業は、それこそ数えきれないくらいにある。 珍しいのはその企業の国籍だ。 αナンバーズ系企業『ストーム・マテリアル』ロサンゼルス支社。 それがその企業の正式名称である。ついこの間、国連と条約を結んだ、異世界からの来訪者達が作った新企業。その支社がアメリカ西海岸に出来たのだ。話題にならないはずがない。『ストーム・マテリアル』ロサンゼルス支社の社屋は、ビル一つである。 ロサンゼルスオフィス街でも、それなりの大きさを誇る二十階建てのビルを丸ごと買い取ったのだ。 初期の募集社員が百人に満たなかったのと比較すると、少々箱が大きすぎる気がするのだが、そこはこれからも随時増員の予定があるのか、はたまた代表である破嵐万丈の派手好きな性格が表に現れた結果か。 いずれにせよ、現時点ではその二十階建てのビルには、百人弱の現地採用社員と、契約を交わした現地の警備会社の警備員が十数人いるだけだ。 肝心のαナンバーズの面々は常勤していない。 代表である破嵐万丈にしても、代表代行であるギャリソン時田にしても、ロサンゼルス支社以外の仕事が多数ある身だ。特に今は、甲16号作戦を直前に控えたとき。 万丈もギャリソンも、ダイターン3のデビューを前に準備に余念がない。 とはいえ、作ったばかりの支社をまるきりほったらかしにも出来ない。 本日、初日以来となる出社を果たした破嵐万丈は、社長室に各部門のチーフを順番に呼び、作業進捗状況を聞き出していた。「なるほど。この国で起業する以上、成果主義の導入は必須条件だと君は言いたいのだね?」 マボガニー製の机と、黒い本革張りの椅子。 まるで映画のセットのような、典型的な『社長の椅子』に腰をかけた破嵐万丈は、中年の白人男性の意見を聞き、そう結論づけた。 中年の男は大きく頷くと、よく通る声で熱弁を振るう。「はい。難民出身者が六割を占める我が社ですが、残る四割は合衆国国民です。また、難民出身者も現在は就労ビザで暮らしていますが、帰る母国がない者が大半です。いずれ、合衆国に永住することを考えれば、この国のやり方に合わせておいた方が良いと、考えます」「なるほど、非常に参考になった。ありがとう。ミスタ・ホッチキス。僕が聞きたかったことは以上だ。通常の業務に戻ってくれ」「はい、失礼します」 男は、一礼すると真新しい社長室から出て行った。「ふう。僕は幸せ者だね、ギャリソン。できたてほやほやの会社だというのに、社員は皆、弁の立つ有能な者ばかりだ」 万丈は社長の椅子に座ったまま、大きく伸びをすると、斜め後ろに立つ万能執事にそう笑いかける。 ギャリソンは、白く整った口ひげの下で小さく笑いながら答えた。「たしかに。特にチーフの方々は四人とも非常に有能ですな。とてもついこの間まで職にあぶれていたとは思えません」「まったくだ。神様の贈り物かね」 正直ここまで、各国があからさまな態度に出るとは少々予想外だった。 αナンバーズが起業し、社員を現地から雇うと言えば、スパイを送り込もうとするのは予想の範囲内だったが、それにしてもあからさま過ぎるくらいに優秀な人材が多い。 正直「お前等身元隠す気ないだろう?」という連中がゴロゴロしている。「ジョセフ・ホッチキス。コロンビア大学卒業。兄は、現国連本部防衛軍司令官、ジョナサン・ホッチキス。合衆国政府とは無関係と言われても、正直対応に困りますな」 執事の言葉に、万丈は大げさに肩をすくめる。「でもまあ、本名を名乗っているだけ、彼はまだマシなほうだよ。他三人なんて、全員あからさまな偽名じゃないか。中国系アメリカ人、王大人(わん・たーれん)、ロシア系アメリカ人、イワン・イヴァノーフ、唯一の女性はナンシー・ブラウンだ。なんだか僕は、ジュニアハイスクール向けの英語の教科書に迷い込んだ気分だよ。 彼等は本当にスパイなのかね。ここまであからさまだと、かえって疑わしくなる」「実際、違うのかも知れません。スパイにしては、チーフ四人は目立ちすぎです。彼らはあくまで各国が友好のために送り込んだ人材であり、一種のアピールを行っているという可能性もございますな。無論、その影では本命のスパイが活動していることでしょうが」「なるほどね。その本命のスパイの割り出しは?」 主の問いに、執事は少し無念そうな表情で首を横に振った。「正直、いつになるか。向こうもプロですし、この世界では我々は完全な異邦人です。諜報合戦に関しては、少々分が悪いと言わざるを得ません」「そうか。そうなると、彼との話はより一層重要になってくるね。ギャリソン、そろそろ最後のチーフを呼んでくれないかな」「はい。少々お待ち下さい」 万丈の言葉を受けた執事は、インターフォンを手に取り、待機している五人目のチーフを社長室に呼び出した。 しばらくして、『ストーム・マテリアル』ロサンゼルス支社、五人目の部門チーフが社長室にその姿を現した。 四つボタンのダークスーツを隙無く着こなしたその金髪の青年は、五人のチーフの中で唯一人、難民キャンプ出身だ。 難民キャンプ出身者と言うことは、その身元を証明するものがほとんどないと言うことだが 彼だけは絶対にスパイではないと断言できる。いや、むしろ逆に彼は完全無欠にスパイだと言い切れると言うべきか。「失礼します」 礼儀正しくドアを閉めて挨拶をする青年に、大股で近寄った万丈は朗らかに笑いかける。「やあ、久しぶりだね。ここの盗聴対策は完全だ。いつも通りにいこうじゃないか」 万丈の言葉に、男は小さく笑い、気安い口調で答えた。「了解だ。三ヶ月ぶりだな。元気そうで何よりだ、万丈」「君こそ。獣戦機隊の皆も心配していたよ。お帰り、と言うべきかな、アラン」 この世界では、ロス・ブラックホークと名乗る男。 αナンバーズ獣戦機隊所属、ブラック・ウィング、パイロット、アラン・イゴールは三ヶ月ぶりに再開した仲間と、固く握手を交わすのだった。「申し訳ないが、怪しまれる行動は可能な限り避けたいんでね。君との面会だけ時間を延ばすわけにいかないんだ。手短に話を進めようか」「ああ、それでかまわない」 向かい合うようにして椅子に腰を下ろした二人は、ギャリソンが入れてくれた紅茶で喉を潤しながら、情報交換を始める。「まず、難民施設の雰囲気から教えてもらえるかな。彼等の、アメリカに対する心情はどんな感じだい?」「一言では言えないな。全体で定まった一つの方向性があるわけではない。憧れ、嫉妬、感謝、妬み。あらゆる感情が渦巻いている状態だ」「それはそうか」 万丈は納得したように一つ肩をすくめた。 確かに、人間の感情というのは単純そうで複雑だ。 アメリカによって養われているのだから、感謝している者がいてもおかしくない反面、故郷を追われた自分たちの横で、昔通りの繁栄を極めている人間がいるのだから、嫉妬や逆恨みの感情を持つのも、ある意味当然と言える。 一言で難民と言っても立場は違うし、同じ立場の人間でも感じ方は違う。更に言えば、同じ人間でも、その日の気分でもののとらえ方が違うことだってあり得るのだ。「なるほどね、キャンプ全体が負の感情に支配されていないって事は、アメリカの難民対策はそれなりにうまくいっていると言うことかな。それでは、アメリカ軍のG弾によるユーラシア攻略についてはどういう感想を持っているのかな?」「そちらも一概には言えないな。無論、歓迎している者は少ないが、理解を示している者はそれなりにいる。母国にハイヴを作られていない者の中には、例えG弾を使用してでもユーラシアからBETAを駆逐するのが先だ、と言っている者もいるな」「そうか。では、僕達αナンバーズの評判はどうかな? 正直、これが一番気になるんだか」「それは、率直に言って、まだまだ「眉唾な話」として受け取っている者が大半だな。難民キャンプは情報が届きづらいという問題もあるのだろうが、それ以上に我々のやったことがちょっと想像を超えていたようだ。「本当にそんなことが可能なのか?」という意見がよく聞かれる。 逆に、信じている者の中には、αナンバーズを『神の使い』か何かと勘違いしている奴もいる。『ピレネー山脈を元に戻してくれ』とか『死んだ家族を生き返らせてくれ』などと頼もうとしている奴もいたぞ。無論、ごくごく一部だが」「おやまあ。どこの世界でも、情報が末端に広がると、正確さを失っていくようだね」 その後も、万丈は細々とした情報をアランの口から聞き出していった。 その大半は、これと言って使い道のない情報だが、こうした「この世界の一般人目線」の情報は、非常に得がたいものだ。これだけでも、アランの努力の成果はあったといえる。 そろそろ、時間が迫ってきたところで、万丈はアランに確認する。「それで、今後も情報入手については期待していいのかい?」 アランは自信を持って、頷いた。「ああ。月に一度は難民キャンプに顔を出すことになっているからな。また、国連軍に所属している難民キャンプ出身者とも定期的に情報交換をすることになっている。そちらの情報もやがて入るだろう。ただし、どちらも一月に一度だから、情報の鮮度には少々問題がある」「いや、十分だよ。その調子でよろしく頼む。ただし、無理は禁物だよ。こんな事を君に言うのは、釈迦に説法だろうがね」「承知している。それでは、そろそろ俺は戻る」 時計を確認したアランはそう言うと、紅茶の残りを飲み干し、立ち上がった。 社長室を後にしようとするアランに、万丈はふと思い出したような表情で声をかけた。「ああ、そうだ、忘れていた。チーフクラスには特別ボーナスとして、こちらから自家用車を一台進呈することになっているんだ。もちろん、合衆国に申請してちゃんとナンバーを取ったものをね。せっかくだから、この国の運転免許を取得してくれないか?なに、金銭的な負担はこちらでする」 足を止めたアランは少々怪訝そうな顔で振り向く。「それは、かまわないが、良いのか? 進呈する車というのは、我々の世界の車なのだろう?」 当たり前だが、戦艦エルトリウム内部の艦内都市では、大量の自動車が運用されている。 チーフ達に進呈する四台の車というのは、そういった代物だ。 艦内都市という閉鎖空間で使用されるため、排気ガスを排出するエンジンは使用できない。全て、電動式のモーター車だ。αナンバーズの世界では、そうとうに枯れた技術だが、こちらの世界の人間からすれば、未知の技術の塊だろう。 だが、万丈はニヤリと笑い、答えるのだった。「かまわないよ。念のため『勝手に売り払ったり、解体したりしたら、罰金十万ドル』と言ってある」 それは裏を返せば、十万ドル(日本円にして約一千万円)払えば、好きにしても良いということでもある。「なるほどな」 万丈の意図を察した、アランは納得したように頷いた。 これも、万丈から差し出した一種の探り針なのだろう。各国が、ここで十万ドルの罰金を払って、勝手に解析するようならば、その国はαナンバーズとの友好関係より、より直接的な新技術を欲していると言うことになる。 この一件だけで、各国の態度を決めつけるのは早計だが、それでも一つの判断材料にはなる。 なにより、最高に話がうまく進めば、アランの正体を知らない各国の諜報員がアランに「交渉」を持ちかけてくるかも知れない。 そうなればしめたものだ。アランは一種の二重スパイの役割が果たせる。 もっとも、例えどのようなことがあったとしても、アランの車だけは売ることも、解体することも出来ないのだが。「それじゃ、君の車は地下の役員専用ガレージに止めてあるよ。後で『挨拶』しておくといい」「ほう、俺の車は『彼』か。無事、復帰を果たしたのだな。了解だ、これからは随分世話になるのだし、今日中に声くらいはかけておこう」 アランに送られる車、その名を『ボルフォッグ』という。 αナンバーズ、GGGに所属する超AI搭載勇者ロボの一人。 本来ならば、ボルフォッグの車両形態はパトカーの形をしているのだが、さすがにそれは目立つので、今は一般的なスポーツカーに見えるように、改造が施される。 無論、いざとなれば全高十メートル超のロボット形態に変形して、戦う事も可能だ。 この三ヶ月、単身情報収集のためアメリカに潜入していたアランにとって、それは非常に心強い援軍であった。【2005年3月28日、日本時間11時29分、横浜基地、地下十九階香月夕呼研究室】「やっと完成した、か。後は、中身をダウンロードするだけね」 大きな仕事を一つ終わらせた香月夕呼は、研究室の椅子に座り、大きく息を吐いていた。 長らく頓挫していた、00ユニットの制作。それが、つい先ほど完了したのだ。 帝国から『佐渡島ハイヴ』のG元素をせしめたのは良かったのだが、その際の交渉で、99式電磁投射砲のコアユニットの少数量産を優先的に依頼されたため、今まで00ユニットの作成は後回しにせざるを得なかった。 さらに言えば、現時点で完了したのはその器だけである。誰がどこから見ても『鑑純夏』にしか見えないその人形には、まだ情報が入っていない。 その頭部にある量子電動脳に、『鑑純夏』の脳髄から全情報をダウンロードして、初めて00ユニットは完成を迎える。 本来であれば、すぐにでもダウンロードを始めたいのだが、今は少し不確定要素が発生している。 夕呼は眉の間に皺を寄せ、不機嫌そうに呟く。「なによ、ボンバーって。あんたのタケルちゃんをボンバーしろっていうの? そうすればあんたは満足するわけ?」 最近になって時折訳の分からない言葉を発するようになった『鑑純夏』に、夕呼は態度を決めかねていた。『ボンバー』と言うときは、小さいながらも明るいハレーションを起こしているので、悪い変化ではないのだが、変化は変化だ。 その変化が、ダウンロードになにか予想外の結果をもたらす可能性は、ゼロではない。「だいたい、『鑑純夏』は脳髄だけなのよ? 耳、無いのよ? それがなんで、歌に反応するわけ? モノが聞こえるっていう物理的現象に付いて、一度とことん説明してやろうかしら。あの丸めがねギター野郎に」 最初に『鑑純夏』が『ボンバー』といってから、今日までに同様の反応が、すでに十回以上確認されている。それだけのモデルケースがあれば、状況から原因を探り与えることは、そう難しくない。『鑑純夏』が『ボンバー』もしくは『ファイヤー』というときには、必ず同時間、横浜基地内で熱気バサラが歌を歌っていたことを、夕呼は簡単に突き止めたのだった。 歌に反応する、脳髄だけの少女。この場合、特殊なのは、歌か少女か。 まあ、考えるまでもなく歌だ。 その事実が判明してから、一度さりげなく大河全権特使に、熱気バサラの歌について聞いてみたところ『歌エネルギー』などという、非常に不吉な言葉が返ってきた。 大河全権特使は、ご親切にも「詳しく知りたいのでしたら、歌エネルギー研究の第一人者であるドクター・千葉をお呼びしますが?」と言ってくれたので、出来るだけ丁寧に、だが断固として断っておいた。 これ以上、謎現象を増やされては、夕呼が危うい。「ま、なんにせよ、とりあえず『甲16号作戦』が終わるまでは、アクションを起こさない方が良いでしょうね」 一度頭を振って、変な方向に向かっていた思考を元に戻した夕呼は、そう呟いた。 00ユニットのダウンロードは、そう簡単なモノではない。間違っても、作業途中に「他の重要な仕事」が舞い込むようなことがあってはならないのだ。「正式名称は『甲16号作戦』ではなく、『万鄂王作戦』というそうですよ。命名は台湾がされたようですが」 無人のはずの研究室で、突如聞こえてきた他者の声。 だが、いい加減その声の持ち主の乱入に慣れていた夕呼は、平然と話を合わせる。「相変わらず、あの国は派手な呼称が好きね」「おや、あまり驚いてくれませんな」 鎧衣左近は、少し残念そうな声でそう言うと、物影からその姿を現した。 相変わらず、ロングコートとスーツ姿で、室内にもかかわらず帽子を被って、表情の読めない笑みを浮かべている。「はいはい。それで、用件は? とっとと本題に入って欲しいんだけど」 夕呼は、戯れ言にかかわっている暇はないと言わんばかりに、ヒラヒラと手を振った。「ご存じですかな? 今回の作戦名は、中華統一戦線のお歴々が、出陣する軍を前に行った演説で「敵BETA百万あれど、ここに万を超える鄂王(昔の中国の英雄、岳飛のこと)がいる。我々は勝利を確信している」と言ったことから命名されたそうですよ」「余所の国の演説なんか興味はないわよ。いいから、本題に入りなさい」 さも面白そうに話を脱線させる左近に、夕呼は冷たい視線を浴びせ、本題に入るように圧力をかける。 だが、鎧衣左近がその程度で殊勝な態度を取るはずもない。「アラスカは、色々予想外の事態が発覚しているようですな。やはり、ロシア以外の国々にジェガンのデータが送られたのが、拙かったようです。なんとかその技術開発でロシアを出し抜き、独立の足がかりにしようとしている勢力が蠢いています。 さしずめロシアは『β派』、それ以外のソ連各国は『α派』ですかな」「『α派』と『β派』? なによそれ?」 左近の脱線話につきあうのはシャクだが、それ以上に好奇心を刺激された夕呼はそう尋ねる。「おや、ご存じない? 最近、世界各国で使われるようになった呼称ですよ。αナンバーズ由来の技術を重視する者を『α派』、BETA由来の技術、端的に言えばG元素を使った技術を重視する者を『β派』と呼ぶのですよ」「なるほどね、α(あるふぁ)とBETA(べーた)というわけか……」 夕呼は納得がいったように、そう呟いた。 無論、『α派』と『β派』といっても、言うほどきっぱりと二手に分かれているわけではない。『α派』と呼ばれる者の主張でも、その内容は「世界の未来はαナンバーズの技術にあり、限りある資源に頼るG元素由来の技術からは、可能な限り早く脱却するべきだ」というモノであり、一方『β派』の主張というものも、「将来的にはαナンバーズの技術が必要だが、当面は、既に確立されたG元素由来の技術こそ、重視するべきである」という程度のものなのである。 よく聞けば、前者と後者が本質的には同じ事を言っていることが分かるだろう。「今はG元素技術、将来はαナンバーズ技術」という点では両者の主張は一致を見ている。 ただ、少しでも早くαナンバーズ技術を会得することを優先するのが『α派』で、可能な限りG元素技術を延命させようとしているのが、『β派』というだけだ。「かの国も現政権が主に『β派』、二大政党のもう一つが『α派』と意見を違えておりますな。日々あちこちで、興味深い意見が交換されているとか」「まったく、ちょっと余裕が出てくると、どいつもこいつも陰謀の虫が疼きだして」 吐き捨てるような夕呼の言葉に、左近はわざとらしく笑い、「はっはっは。そう言った意味では我が国も負けておりませんぞ。官僚と軍の強硬派がこの度、共同で意見書を提出したそうです。その内容は「帝国とαナンバーズによる月攻略作戦」だとか。なんでも彼等に言わせれば、月は『二十一世紀の中東』なのだそうです」 月を中東に例えるのは、中々的確な例えである。 月面のハイヴは地球のそれより遙かに発達している。そこに眠っているG元素は地上のそれを越える量があるだろう。 また、月面の砂は大量のヘリウム3を含んでいる。ヘリウム3は言うまでもなく、αナンバーズ技術の中枢、ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉の燃料だ。 ヘリウム3は、地球上にはほとんど存在していない物質である。 G元素由来の技術だけでなく、αナンバーズ由来の技術の方向から考えても、将来的には月は重要な意味を持つ可能性が大だ。 まあ、三十年前後BETAの支配下に置かれた月に、どの程度ヘリウム3が残っているかは未知の話だが、もし十分な量が残っていれば、それは確かに次世代の大油田地域と言っても良い価値があるだろう。 だが、どちらにせよ、それはαナンバーズの戦闘力を全面的に当てにした話である。 「止めてよね……そいつら、αナンバーズをいつの間にか帝国の戦力だと勘違いしてない?」 さしもの夕呼もその言葉には、天を仰いだ。 夕呼の「αナンバーズの真の目的は、表向きのお題目と表裏一体である」という仮説が正しければ、αナンバーズはBETA殲滅に関しては、全面的に協力してくれるはずだが、それにしてもそこまで何でもこちらの言うとおりに動いてくれる保証はない。 まして、末端の構成員は、良くも悪くも純粋で正義感の強い人間が多いのだ。 欲の皮の突っ張った提案をすれば、それこそ逆鱗に触れる可能性もある。 そこまで考えた夕呼は、いつの間にか左近の戯れ言にすっかり巻き込まれている事に気がついた。「……で、いい加減本題に入って欲しいんだけど?」「ははは、これは怖い」 夕呼の声のトーンが一段低くなったのを敏感に聞き分けたのか、左近はそう言って帽子を被り直す。 帽子で表情を隠したたま、左近は口を開いた。「この度BETAに奪還された甲9号・アンバールハイヴに、また動きがありました」「アンバールハイヴが? まさか、まだ動きが止まっていないわけ!?」 予想外の報告に、さしも夕呼も表情を取り繕えず、僅かに声を荒らげる。 まさか、アンバールハイヴを奪還しただけに留まらず、そのままスエズ運河を越えて、アフリカ大陸まで南下して来たというのか? もしそうならば、今からでも『甲16号作戦』を停止し、αナンバーズにアフリカ防衛に回ってもらうよう、要請する必要がある。まさに、非常事態だ。 だが、夕呼の最悪の予想は、すぐに否定された。「いえ、確かにアンバールハイヴに入ったBETAの動きは止まっていないのですが、進行方向は、逆です。アンバールハイヴに一度入ったBETAが、なぜかそろって甲2号ハイヴに戻っていっているのです」「……なによ、それ?」 左近からもたらされた情報は、最悪のものではなかったが、最悪の予想よりまだこちらの予想を超える代物だった。 数十万という大群を持って、わざわざ奪還したアンバールハイヴから、僅か数日で撤退したというのか。 BETAの行動原理は元々よく分からないが、それにしてこれは極めつけだ。「地上構造物(モニュメント)は?」「作られていません」「本当に全てのBETAが撤退したわけ?」「衛星からの情報ではそのようです。少なくともハイヴに入ったBETAの数と出て行ったBETAの数はおおよそ一致しているとか。詳しい情報は、今後の偵察次第でしょうが」「…………」 夕呼は思わず考え込んだ。だが、すぐにその思考を停止される。 今は考えるべきではない。あまりに、状況が突飛すぎ、情報が少なすぎる。 だが、ひょっとするとあのマイクロフィルムは、また大きく価値を上げることになるのではないだろうか? 夕呼は無言のまま、一度ゆっくり唇を舐めた。「分かったわ。詳しい情報が入ったら、教えて頂戴。この件に関してはこちらも、それなりに協力するわ」 BETAの動きは確かにとても不可解だが、それは人類にとって即座に脅威となる動きではない。 ならば、この情報が入っても中華統一戦線は『甲16号作戦』を取りやめたりはしないだろう。 やはり、しばらくは主戦場は東アジアだ。中東ではない。「分かりました。それでは私はこれで」 最後まで表情を見せなかった左近は、そう言うと入ってきたときとは裏腹に、礼儀正しく一礼をして部屋から出て行った。【2005年3月28日、日本時間21時00分、岩国基地、戦艦ラー・カイラム】「この件に関する報告は以上です。理由は不明ですが、アンバールハイヴを奪還したBETAが全面的に撤退したのは事実のようです」 その夜の艦長会議では、早速大河長官が、アンバールハイヴからBETAが撤退したという情報を報告していた。 これほど大規模なBETAの動きが、世界中に知られないはずがない。 夕呼が左近から情報を聞いた数時間後には、この不可解な情報は、ほとんど世界中の人間が共有する情報となっていた。『さすがに、思考パターンが全く読めませんな』『確かに。思考があるという報告が、疑わしくなるくらいに訳の分からない行動だ』 小惑星帯に停泊中のバトル7から、エキセドル参謀とマックス艦長がそう言ってそろって頷く。 奪還したばかりのハイヴから、突如撤退したBETA。 その動きは、さしものαナンバーズを持ってしても理解の外にあったようだ。 艦長達の表情にも戸惑いの色が見て取れる。 だが、いつまでもこだわるたぐいの情報でないことも確かだ。 不可解な動きは不気味だが、それによって人類に何か不利益が生じたわけではないのだ。油断は禁物だし、予想もある程度は立てるべきだろうが、その動きに縛られるワケにはいかない。『よし、この件に関しては、追加情報が入るまで置いておこう。誰か、他に報告事項はある者はいるかね?』 エルトリウム艦長、タシロ提督はそう言って、停滞した会議を動かし始める。 その言葉受けて、口を開いたのは、タシロ提督の横に立つ、エルトリウム副長だった。『それでは私の方から。以前、『クォヴレー・ゴードン』から送られてきたデータの解析が一通り終了しました。結論から申し上げますと、あのデータは人間の脳と同等の働きを機械にさせるための基本設計図のようなものです』「どういうことですか、それは?」 なにやら、穏やかではない言葉に、ラー・カイラム艦長ブライト・ノア大佐は、驚きの声で聞き返す。 エルトリウム副長は、いつも通りの淡々とした口調で説明を続けた。『はい。分かりやすく言えば、『ブレイン・モーションキャプチャー』と言いますか、人の脳の働きを読みとり、機械その動きをトレースさせるというコンセプトだと思われます。 無論、機械を完全に人間の脳と同じにするメリットはありませんので、最終的に目指すところは、機械と人間の脳のいいとこ取りのスーパーコンピュータを作ることが目的なのではないか、とこちらの解析班は予測をしました。 しかし、懸念事項としては、この技術を使えば、機械に人の心を持たせることも出来るのではないか、という推測も上がっているという点です」『それは、GGGの勇者ロボのようなものが出来ると言うことですか?』 戦艦アークエンジェルの艦長席で、驚きに目を見開いたマリュー・ラミアス少佐はそう声を上げる。 だが、エルトリウム副長は首を横に振り、否定した。『いいえ、違います。もっとダイレクトに、人の頭の中身もしくは心までをダウンロードして機械に宿らせることが出来るかもしれないのです。いわば、脳髄まで含めた一切の生身を捨て去った、スーパーサイボーグが作れる可能性があると言うことです』 エルトリウム副長の言葉に、艦長会議に参加している一同は、押し黙った。 それほどの超技術は、αナンバーズの世界にも存在しない。 クォヴレー・ゴードンはそのデータを香月夕呼に渡せと言ったのだ。 それはつまり、香月夕呼ならばこのデータを形にできるということなのだろう。『香月博士。天才の異名に偽りなし、か』 タシロ提督は、思わず感嘆の息を漏らした。『ええ。もしかすると、香月博士ならば、未だ復旧がなっていない特機の復活に力になってくれるかも知れません』 今は地球に降りている、大空魔竜の責任者にして生みの親である、大文字博士はそう提案した。『検討の余地はありますな』 バトル7のエキセドル参謀もそう言って同意を示す。 当初と比べれば随分と戦力の戻ってきたαナンバーズであるが、やはり特機の回復は遅れている。 孤軍奮闘する大文字博士は、ついこの間ダンクーガを復活させたし、今はグレートマジンガーも手がけてくれている。大空魔竜にも光子力エンジンが使われていると言うこともあり、ある程度共通項のあるマジンガー系は、大文字博士の手に負えそうだが、それにしても彼一人では順番待ちをしている特機の数が多すぎる。 進化するエネルギー、ビムラーで動くロボット、ゴーショーグン。 超電磁力をエネルギー源とする、合体変形ロボ、コン・バトラーVとボルテスⅤ。 光の高エネルギー結晶体、ダイモライトを動力源とする、変形ロボット、闘将ダイモス。 古代ムー大陸の守護者であり、神秘の超エネルギー、ムートロンを動力源とする、勇者ライディーン。 そして、ゲッター線の申し子、真・ゲッターと、意思を持つ魔神、マジンカイザー。 未だ手つかずの修理待ち特機は、数多くあるのだ。『そうですね。駄目で元々ですから、一度纏めて香月博士に見てもらうと良いかも知れません』 夕呼が聞けば、腰を抜かしたまま四つん這いになって逃げ出しそうな方向で、話がまとまりかけた、その時だった。「ちょっとお待ち下さい。実は、私からも報告することがあります。それが、もしかすると先ほどの話と関係するのではないかと思うのですが」 決まりかけた話の腰を折り、ブライトが発言する。『うむ? なにかあったのかね?』 モニターの向こうからそう問いかけてくるタシロ提督にブライトは、「はい」と答え頷くと、「実は、最近になってイルイの『力』がかなり戻ってきたのだそうです。それに伴い、イルイが気づいたらしいのですが、どうやら横浜基地の最下層には何者かが、常にいるのだそうです」『む? それが何か問題なのかね?』 今一言っている意味を理解していないタシロ提督に、ブライトは言葉を重ねて説明を続ける。「はい。本当にいつも全く同じ空間にいるのです。特に熱気バサラが歌を歌うときに、その者は強い反応を示すそうなのですが、それでもその位置は全くずれないのだとか」『それは、確かにおかしいですな』『ええ。そこまで行くと、動かないのではなく、動けない状態なのだと考えた方が自然です』 エキセドル参謀の言葉に、エルトリウム副長もそう言って同意を示した。 もし自由の身なのだとすれば、一度くらいは地上まで上がってきているはずだし、何らかの理由で地下に閉じ込められているとしても、音楽に反応を示した時は多少は身体を上下させるはずだ。 それすらないと言うことは、その者は身体を揺らすことも出来ない、極めて不自由な状態に置かれていると推測できる。「また、イルイは何度かその思念を読みとろうとしたらしいのですが、かなり心が壊れた状態で、意味のある言葉はほとんど聞き取れないとも言っていました。辛うじて聞き取れた言葉は三つ、一つは『ボンバー』、もう一つは『ファイヤー』。そして、最後に一つは『タケルちゃんに会いたい』だそうです」「……鑑純夏」 ブライトの横に立つ大河長官がぼそりとその名前を口にする。 クォヴレー・ゴードンが白銀武にあのデータを送った際、言った言葉。「今度こそお前の手で、鑑純夏を救……」 あの後、香月博士と白銀武に鑑純夏という人間について聞いたが、どちらともあからさまにごまかした返答が返ってきていた。 クォヴレーが名指しで、白銀武に「救え」と言った存在。 そして、横浜基地の最下層で『タケルちゃんに会いたい』という思念を飛ばし続けている、身動きの取れない誰か。 少々短絡的かも知れないが、状況は符合する。「クォヴレーが白銀少尉に救えといった『鑑純夏』。 何故かその存在について言葉を濁す、香月博士と、白銀少尉。 横浜基地の最下層で『タケルちゃんに会いたい』という思念波を飛ばし続ける何者か。 そして、クォヴレー・ゴードン少尉が白銀少尉経由で、香月博士に送ったデータは、人をコンピュータにダウンロードしうる設計図だった。一連の流れは、繋がっていると考えた方が、自然ですね」 改め、大河長官がそう、一連の流れを纏める。そう言われると、確かに、何か香月博士のやろうとしていることが見えてくる気がした。『決めつけるのは危険だが、確かに一度香月博士と腹を割って話をする必要があるようだな。大河君』「はい」『早めに場を設けて、何とか事の真相を聞き出してくれ。香月博士のやろうとしていることが、ゴードン君のいうような『鑑純夏を救う』ための事ならば、我々としても最大限の援助をしたい』「分かりました。今は、甲16号作戦』を控えているため、まとまった時間が取れませんが、作戦が終了次第、早急に対処します」『うむ。よろしく頼む』 タシロ提督のその言葉を持って、その話題は一度打ち切りになった。 後は、四日後に迫った『甲16号作戦』に関する最終打ち合わせがある。「最終確認ですが、地上の戦力は四月一日まで現状のままですね?」『はい。現在修復中の機体で、当日までに地上に降ろせるものはありません』 ブライトの言葉に、エルトリウム副長は手元の資料に目を通しながら、答えた。 先に地上に降りていたパイロット達、全員分の機体が既に地上に降ろされている。獣戦機隊のブラック・ウィングさえ下ろされているのだ。ブラック・ウィングのパイロットであるアラン・イゴールは極秘潜入に就いているため、愛機に乗る機会はしばらく無いはずだが。 エルトリウム副長の答えを受けて、ブライトは話し始める。 「了解しました。それでは、『甲16号作戦』における我々αナンバーズの役割をご説明します。 甲16号ハイヴはこれまでのハイヴと違い、大陸内陸部にあるため、現地戦力では補給部隊を奥深くまで送り込むことが難しくなっています。 そのため、日本海側から侵攻予定のラー・カイラムとアークエンジェルは、ほぼαナンバーズ単独での作戦となります」 空中浮遊母艦に戦力と補給物資を全て積み込んでいるαナンバーズと違い、この世界の軍隊が甲16・重慶ハイヴまで戦力を送り込もうとすれば、BETAの支配地域である中国太陸を千キロ以上も補給輸送車を守りながら、走破する必要がある。 さすがにそれはあまりに非効率的なため、今回中華統一戦線の地上部隊は、湾岸地域での陽動に徹する手はずとなっていた。 中華統一戦線の地上軍が陽動をしかけている間に、ラー・カイラムとアークエンジェルは中国大陸を突き進み、可能な限り重慶ハイヴに近づく。 それから、頃合いを見て中華統一戦線の宇宙軍が、ハイヴに対レーザー弾を投下。重金属雲が十分に発生したところで、地上降下部隊を投入。 その際に、中華統一戦線の降下部隊に先んじて軌道降下をおこなうのが、αナンバーズの戦艦・大空魔竜だ。 全体を超金属ゾルマニウム鋼で覆われた大空魔竜は、例え重金属雲がなかったとしても、レーザーの集中照射もへでもないくらいの防御力を有している。「大空魔竜に乗る機体はハイヴ攻略部隊です。こちらは中華統一戦線の戦術機部隊も参加することになっているますが、最終的には我々が主力を担うことになると思われます」 形の上では、今回の重慶ハイヴ攻略戦は「中華統一戦線が、日本帝国とαナンバーズの援助を受けて攻略する」という形になっているため、中華統一戦線の戦術機が重慶ハイヴに突っ込むのは、最初からの決定事項だ。「最終的には、ラー・カイラム、アークエンジェルの搭載部隊も重慶ハイヴまで肉薄し、場合によってはハイヴ攻略に参加する事も想定していますが、理想としてはその前に大空魔竜隊と中華統一戦線の機動降下部隊だけで、ハイヴ攻略を成し遂げたいと考えています」 無論、何もかもがそう予定通りに進むほど、戦場という空間は甘くない。 歴戦の艦長であるブライトも、それはよく分かっている。 だが、今回は今までとは比較にならないくらい、戦力が充実しているのだ。 ブラック・ウィングを除いた獣戦機隊、ダンクーガ。 光竜と闇竜。 アンドリュー・バルトフェルドのラゴゥ。 キラ・ヤマトのフリーダムガンダムと、アスラン・ザラのジャスティスガンダム。 ジュドー・アーシタのガンダムZZに、ビーチャ・オーレグのドーベンウルフと、イーノ・アッバーブの百式。 バニング大尉の部下であった、モンシア、ベイト、アデルの三人は宇宙に上がってしまったが、代わりに、コウ・ウラキのガンダム・ステイメンとチャック・キースのジムキャノンⅡが地上に降りている。 そして、αナンバーズでも屈指のエースコンビ、ゼンガー・ゾンボルト少佐のダイゼンガーと、レーツェル・ファインシュメッカーのアウセンザイターが、ギリギリで駆け込むように、今回の作戦に間に合ったのだ。 並大抵のハプニングならば、力尽くで突破できるだけの戦力だ。『分かった。よろしく頼んだぞ、ブライト君、ラミアス君、ピート君』「はっ、微力を尽くします」『はい、最善を尽くします』『はっ、全力を挙げて』 タシロ提督の言葉に、地上に降りた三艦の艦長達は、引き締まった表情で敬礼を返すのだった。