Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その1【2005年4月1日、日本標準時間08時25分、岩国αナンバーズ基地】 中国大陸内陸部深くに存在するハイヴ、甲16号重慶ハイヴ攻略を目的とした一大作戦、『万鄂王作戦』決行当日。 作戦の中核をなすαナンバーズの面々は、岩国基地海上に浮かぶ三隻の戦艦、ラー・カイラム、アークエンジェル、大空魔竜の中で、最後のブリーフィングを行っていた。 αナンバーズのパイロット達はそれぞれ三艦のブリーフィングルームの中で、通信用のモニターに注目している。例外は、アークエンジェルの格納庫にいる光竜と闇竜だけだ。さすがに、勇者ロボが入れるような大規模なブリーフィングルームがあるのは、旗艦エルトリウムだけである。 皆の注目が集まる中、最初に口を開いたのは、ラー・カイラム艦長ブライト・ノア大佐だった。「それでは、作戦決行前に最終確認を行う。本作戦において我々は、大きく三つのチームに分かれる。アークエンジェルを旗艦とするAチーム、ラー・カイラムを旗艦とするBチーム、大空魔竜を旗艦とするCチームだ。 Cチームは大気圏外から直接ハイヴに降下し、ハイヴ攻略を担当するため、全くの別行動を取るが、A・B両チームは原則、共に行動する。ただし、同時に戦闘にはでない。Aチームが戦闘中はBチームが休息。Bチームが戦闘中はAチームが休息といった具合に、交代制で行く。 日本海沿岸から中国大陸内部の重慶ハイヴまでは、1500キロ近い道のりだ。作戦開始から終了までは、三十時間を想定しているからな。休息無しではとてもではないが、身体が持たん」「え? そうなのか? 三十時間くらいなら、どうにかならないか?」 ブライトの言葉に、そう疑問の声を上げたのは、鋼鉄ジーグこと司馬宙だ。 ブライトは宙の発言に、ばつが悪そうに一つ咳払いをすると、「あー、鋼鉄ジーグ。君の感覚で計らないでくれ。生身の人間に三十時間戦闘は酷だ」 そう答えた。宙は元々本人の意図しない所で戦闘用サイボーグに改造された人間だ。既にその機械の身体とは折り合いを付けてはいるものの、他人がそれを指摘するのは少々憚られる。 だが、そう言われた宙はブライトの言葉に、特に気を悪くしたふうもなく、「いや、もちろん俺が例外なのは分かっているけどよ。他の人たちも大丈夫そうじゃないか? なあ、万丈さん」 そう言って自分の隣に立つ、長身の男に疑問を投げかける。 破嵐万丈は、苦笑しながら頷き返す。「うーん、まあ、確かに僕もそれくらいならどうにか、がんばれそうだけどね」「俺は無理だな。そんなにゲッターに乗ってたら腹が空いちまう。あ、でもそれなら弁当を持ち込めばいいのか」「フッ、コックピットで弁当をひっくり返さないようにな」 ゲッターチームの車弁慶と、神隼人がそんな会話を交わしている。 ブライトは、頭痛を堪えるような表情で、大きくため息をつくと、強引に会話に割り込んだ。「一部の特殊な人間を基準に作戦を立てるわけにはいかんだろうが。うちにだって普通の常識的な人間もいるんだ。とにかく、地上は2チーム交代制で行く。これは決定事項だ。いいなっ!」 ブライトのきっぱりとした言葉に、パイロット達はそれ以上異論を上げなかった。 もう一度、大きく息を吐いたブライトは、気を取り直して言葉を続ける。「戦闘部隊は原則として6時間で交代だ。休息中の行動は自由だが、食事と最低三時間の睡眠は取るように。また、戦艦のクルーは二交代制にするだけの人数がいないため、パイロットより少し無理をしてもらうことになる。 その辺も考慮して、休息中の母艦は戦闘中の母艦より後方に下がり、必要最低限の自衛に努める形になるだろう」 ようは、戦艦も二交代制ということだ。積極的に戦闘に出るのは、一つの戦闘チームと一隻の戦艦と言うことになる。 ちなみに、この作戦でもっとも大変なのは言うまでもなく、両艦の艦長であるブライト自身と、マリュー・ラミアス少佐だ。 戦闘部隊は二交代制、その他のクルーも状況次第で休息が許されるが、全体の最高意思決定者であるブライトとラミアスは、三十時間艦長席から離れられないと思った方が良い。 よくて、合間を見ながら、艦長席に座ったまま、十数分の仮眠を取る程度だろう。もちろん、命を懸けて機動兵器を操るパイロット達と比べれば、身体の負担は低いだろうが、三十時間の戦闘指揮というも、十分なハードワークであることは間違いない。 だが、ブライトはそんなことはおくびにも出さずに、話を続けた。「各員は既にそれぞれ所定の戦艦に乗り込んでいると思うが、念のため今一度、チーム編成を確認しておく。ラミアス少佐」「はい」 ブライトに話を向けられた、アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアス少佐は、小さく頷くと、自らが担当する乗っているAチームの名前を読み上げる。「Aチーム。 アンドリュー・バルトフェルド、ラゴゥ。イザーク・ジュール、デュエルガンダム。ディアッカ・エルスマン、バスターガンダム。 キラ・ヤマト、フリーダムガンダム。アスラン・ザラ、ジャスティスガンダム。 カミーユ・ビダン、Zガンダム。フォウ・ムラサメ、量産型νガンダム。エマ・シーン、リ・ガズィ。ファ・ユイリィ、メガライダー。 カガリ・ユラ・アスハ、ストライクルージュ。アサギ・コードウェル、M1アストレイ。マユラ・ラバッツ、M1アストレイ。ジュリ・ウー・ニェン、M1アストレイ。 碇シンジ、エヴァンゲリオン初号機。 イサム・ダイソン、VF-19エクスカリバー。ガルド・ボーマン、VF-11サンダーボルト。 ソルダートJ、ルナ・カーディフ・獅子王、トモロ0117、Jアーク。 光竜。闇竜。 流竜馬、神隼人、車弁慶、ゲッターG。 以上、24名、20機です。なお、現場の指揮は、バルトフェルドさんにお願いします」「了解。ご期待にそえるよう、努力しましょう」 Aチームの戦闘部隊長に任命されたバルトフェルドは、その片眼が潰れている顔に、人なつっこい笑顔を浮かべ、軽い口調でそう答えた。 続いて、ブライトが口を開く。「ラー・カイラムはBチームだ。 サウス・バニング大尉、ガンダム試作2号機。コウ・ウラキ少尉、ガンダム・ステイメン。チャック・キース少尉、ジムキャノンⅡ。 鋼鉄ジーグ。アラド・バランガ曹長、ゼオラ・シュバイツァー曹長、アルブレード・カスタム。 惣流・アスカ・ラングレー、エヴァンゲリオン二号機。 破嵐万丈、ダイターン3。 藤原忍少尉、イーグルファイター。結城沙羅少尉、ランドクーガー。式部雅人少尉、ランドライガー。司馬亮少尉、ビッグモス。 神宮司まりも少佐、不知火。榊千鶴少尉、不知火。珠瀬壬姫少尉、不知火。築地多恵少尉、不知火。高原麻里少尉、不知火。朝倉舞少尉、不知火。 ゼンガー・ゾンボルト少佐、ダイゼンガー。エ……、レーツェル・ファインシュメッカー、アウセンザイター。 以上、20名、19機の編成となる。 部隊長は、バニング大尉だ。神宮司少佐、結果として階級を無視する形になるが、ご了承願いたい」 話を向けられた神宮司まりも少佐は、黒い国連軍の制服姿で、綺麗な敬礼を返すと、「いえ、自分の立場はわきまえているつもりです。お気遣いなく。むしろ、それでしたら、ゾンボルト少佐が……」 そう言って、視線をブリーフィングルームの端に立つ、腰に日本刀を下げた銀髪の男に向ける。 銀髪の男は、厳つい顔を少しまりものほうに向けると、小さく首を横に振った。「問題ない。バニング大尉が適任だ」「ゼンガー少佐と私は特機乗りだ。特機は単独行動が多く、部隊指揮には向かないケースが多い。αナンバーズの流儀は色々と、一般の軍隊の常識とはかけ離れたところがあって、神宮司少佐も戸惑うことだろうが、おいおい理解していってもらいたい」 言葉足らずなゼンガーの言葉を、隣に立つレーツェル・ファインシュメッカーがそう付け足した。「は、はあ……」 まりもは、ど派手なゴーグルで顔を隠したαナンバーズの中でも屈指の怪しい男に、予想外に紳士的な説明を受け、何と答えて良いか分からず言葉を濁した。 そもそも、相手が戦闘部隊に所属しているにもかかわらず、階級がないため、上として接すればいいのか、下として接すればいいのかすら分からない。 そんなもの気にしない、というのが正解だというのことは、この数ヶ月である程度理解しているのだが、軍人気質がしっかり染みついているまりもには、なかなかの難題なのであった。 まりもが戸惑っている間に、最後のCチームを担当する、大空魔竜の艦長であるピート・リチャードソンが発表を始める。「最後に、ハイヴ突入部隊であるCチームだ。 アムロ・レイ大尉。νガンダム。ケーラ・スゥ中尉、量産型νガンダム。 ジュドー・アーシタ、ガンダムZZ、ビーチャ・オーレグ、ドーベンウルフ。イーノ・アッバーブ、百式。 ヒイロ・ユイ、ウイングガンダムゼロ。デュオ・マクスウェル、ガンダムデスサイズヘル。ヒルデ・シュバイカー、トーラス。 カトル・ラバーバウィナー、ガンダムサンドロック改。トロワ・バートン、ガンダムヘビーアームズ改。張五飛、アルトロンガンダム。 綾波レイ、エヴァンゲリオン零号機。 以上、12名、12機だ。 隊長は、アムロ・レイ大尉。なお、長時間の無補給戦闘に不安が残るトロワ・バートンのガンダムヘビーアームズ改は、本艦の直衛として地上に残ってもらう」「了解っ」「了解した」 ピートから名指しされたアムロとトロワは、それぞれ了承の声を返す。 後を引き付くように、再びブライトが口を開く。「なお、熱気バサラ、ミレーヌ・ジーナス、レイ・ラブロック、ビヒーダ・フィーズ、シビルの5名は、ラー・カイラムに搭乗してもらうが、原則どのチームにも属さない。 どうせ、言うだけ無……サウンドフォースという特殊な能力を発揮するには、本人達の感覚とテンションを重視した方がよい結果がでると、ドクター千葉から助言を頂いている。 ただし、休息は必ず取ってもらう。こちらが、下がれといった場合は即座に……いや、そのとき歌っている歌を最後まで歌い終わった時点で、必ず帰還してくれ。いいな」 これ以上ないくらい厳めしい顔でそういうブライトの言葉に、熱気バサラは、不敵な笑みで鼻の下を一度擦ると、「へっ! 三十時間耐久ライブか、燃えてきたぜ!」 そう、嬉しくて今にも飛び出していきそうな、無駄にエネルギーあふれる声を上げた。「……レイ・ラブロック。頼む」「はあ、まあ、最善は尽くしますが」 悲痛な声で頼むブライトの願いを無碍にも出来ず、ファイアボンバーのリーダーであるレイラブロックは、苦笑を浮かべながら、そう請けおった。 どうやら、熱気バサラの暴走は、最初から覚悟しておいた方がよさそうだ。そもそも、あの熱気バサラが地球に降りてきてから今日まで、約二ヶ月。一度も、BETA支配地域に無断出撃していないのが、奇跡なのだ。 多少の暴走は、許容範囲だ。 ブライトは胃の辺りを押さえながらそう自分に言い聞かせて、なんとか自分を騙した。「海岸線から重慶ハイヴまでの道のりは、大ざっぱに見て1500キロほどだ。 作戦上はこの距離を、400キロずつ4つの区域に分けて考える。 第一段階で6時間以内に400キロ地点に到達。第二段階で12時間以内に400キロ地点に到達といった具合に進み、第四段階で24時間以内の重慶ハイヴ到着を目指す。 その後、ハイヴ地上建造物及び周囲のBETA、特に光線属種を優先的に排除した後、Cチーム――大空魔竜と、中華統一戦線の機動降下部隊がハイヴに突入。六時間でハイヴ攻略という手はずになってる」 24時間で、BETA百万匹とも言われる中国大陸を1500キロ踏破し、その後6時間でハイヴ攻略を済ませる。 αナンバーズの実力は十分に理解している、日本帝国や中華統一戦線の軍首脳部も、最初にこの作戦を聞いたときは、さすがに少々懐疑的な眼を向けたものだ。 まあ、無理もあるまい。2隻の戦艦と、四40前後の起動兵器でだけで、BETA支配地域を1500キロ踏破するというのは、常識で考えれば、無謀を通り越している。 だが、αナンバーズにとっては、この作戦も特筆するほど困難なものではないのか、緊張を露わにしているのは、まりも以下、伊隅ヴァルキリーズ神宮司隊の6名だけだった。「第1段階から第4段階までの作戦は、いかに時間内に母艦が予定区域に到達するか、というものになる。アークエンジェルとラー・カイラムの護衛をしつつ、両艦の進路を確保してくれ。いいな」 一定時間内に、母艦を目標ポイントまで無事に到達させる。 この手の勝利条件は、これまでにもαナンバーズは何度か経験している。 皆が頷く中、カガリ・ユラ・アスハが笑顔でポンと手を叩く。「ああ、分かった。あれだろ。ようは、制限時間内にレーダーに映る敵を全滅させろ、っていうやつだ」「…………」 ひまわりのように朗らかな笑顔を見せるオーブのお姫様に、ブライトは右手の中指と親指で両こめかみをもみほぐしながら答える。「……全滅させる必要はない。母艦の進路さえ確保できればいいんだ」 だが、そんなブライトの答えに、カガリは不思議そうに首を傾げて、言葉を返す。「え? でも、そういう時って今までもだいたい、敵を全滅させていたじゃないか? それじゃ、駄目なのか?」「いや、駄目ではないが……」 カガリの疑問に、周りのパイロットは笑い声をかみ殺していた。 確かにカガリの言うとおりである。「一定時間内に、母艦を所定の位置まで導け」とか、「一定時間内にこの宙域を抜けろ」と言った作戦に対し、αナンバーズのパイロット達はいつも、「最大速で、母艦が所定のポイントに到達可能な時間を差し引いた残りの時間内に、周囲の敵を全滅させる」という行動を取ってきたのだ。 本来ならば、ゆっくりと母艦を前進させつつ、周囲や前方の敵を起動兵器部隊が駆逐する方が、正攻法なのであるが、αナンバーズの面々は、たいがい「殲滅戦法」ばかり選択していた。 そう言った意味では、カガリの言っていることは全面的に正しい。「分かった。もちろん、全滅させられるのならばそれでもいい。ただし、不可能だと感じたら、母艦を護衛しつつ、先を進むという選択肢もあることを忘れないでくれ」 形勢が悪いと見たブライトは、妥協するようにそう言うのだった。【2005年4月1日、日本標準時間9時49分、中国大陸、福建省湾岸、東シナ海海上】『万鄂王作戦』は、中華統一戦線が主導する作戦と言うことになっており、αナンバーズと日本帝国軍はあくまで協力者という立場である。 とはいえ、実際には作戦の主力を担うのはαナンバーズであり、αナンバーズの各艦は、原則日本標準時を基準としている。当然ながら、日本帝国軍もだ。 台湾標準時は日本標準時とちょうど一時間違いなのだが、時計の統一は、共同作戦における必須事項だ。 そういった事情により、『万鄂王作戦』の間は、参加する軍の時間は全て日本標準時に合わせてある。『万鄂王作戦』の開始を十分後に控え、ラー・カイラムとアークエンジェルの両艦は、中国福建省の省都、福州市の沿岸で、作戦開始のその時を待っていた。 有視界範囲内に、中華統一戦線や日本帝国の戦力は見あたらない。通常であれば上陸部隊を援護するため、最低でも海上戦力による支援砲撃くらいは行われるものだが、この場合は下手なことをすると弊害のほうが多い。 αナンバーズが想定している最初の攻撃は、ラー・カイラムのハイパーメガ粒子砲と、アークエンジェルのローエングリンの平行掃射だ。 強固な外殻で守れている突撃級BETAの群れも纏めて一掃できるこの広域粒子兵器の使用を前提とすれば、敵はむしろ固まってくれていた方がありがたい。 下手に、援護部隊が近くにいればBETAが拡散する可能性が高まる。 そういった理由により、中華統一戦線軍と日本帝国軍は、αナンバーズの上陸地点よりそれぞれ南北に最低百キロ以上離れた海上に待機している。 αナンバーズの福州市上陸を確認後、中華統一戦線軍と日本帝国軍は上陸を始める算段となっている。 作戦開始まで1分を切った今、アークエンジェルの艦橋内はさすがに張り詰めた緊張感に満たされていた。「作戦開始30秒前、上陸予定ポイントの周囲にBETAの姿は確認できませんっ!」 アークエンジェルのオペレーター、ミリアリア・ハウがよく通る高い声で報告する。 ミリアリアは、元々キラ・ヤマトなどと同じ、オーブ首長国のコロニー『ヘリオポリス』の学生だ。それが、紆余曲折を歴てαナンバーズに参加し、今ではオペレーターとしてそれなりの仕事をこなすようになっている。「意外だな。もっとBETAがひしめき合っているのかと思ったぜ」「んなわけないだろ。BETAの大半はハイヴの中にいるんだぜ。それに幾らBETAが何百万匹もいたとしても、ユーラシア大陸は広いんだ。湾岸地域までBETAがいなくても不思議はないさ」「そうか。朝鮮半島の甲20号ハイヴもすでにないんだもんな」 艦橋に勤めるクルー達は、小声でそんな会話を交わしている。 少々意外な展開ではあったが、確かに彼等が言うとおりである。ユーラシア大陸には現在、20のハイヴと数百万のBETAが存在しているが、ユーラシア大陸の表面積は、約5500平方㎞もあるのだ。 冷静に考えてみれば分かるだろう。中国だけに限っても、BETA侵攻前は10億人を越える人間が生活していたのだ。だが、中国国内に人間が住んでいない地など幾らでもあった。 そう考えればいかにBETAが人間よりずっと大きいとはいっても、高々数百万匹程度で、ユーラシアの大地を覆い尽くせるはずがないことが分かる。 とはいえ、上陸地点に全くBETAがいう状況が想定外であったことも事実である。「しっかし、そうなると火星にはどれくらいのBETAがいるんだよ?」「ああ、映像で見ただけだけど、あそこは洒落抜きで露出している地表面積よりBETAの方が多いような有様だったからな」「あ、でも、最近はかなり数が減ってきてるらしいぜ。本隊のハイヴ間引き作戦が結構順調に進んでるらしいから」 クルー達の少し脱線した雑談を聞き流しながら、艦長席に座るマリュー・ラミアス少佐はラー・カイラムのブライトに通信を入れる。 「ブライト艦長、どうしますか?」 現時点は、アークエンジェルを旗艦とするAチームが戦闘を担当する時間帯なのだから、ラミアスが判断を下しても問題はないのだが、階級でも実績でも圧倒的に勝るブライトを差し置いて全体の指揮を執ることには、やはり抵抗がある。 そんなラミアスの内心を知ってか知らずか、ブライトは打てば響くように、即決で答える。『うむ。確かに、予想外だ。だが、好都合でもある。敵影が見えないのならばこのまま上陸を果たし、Aチームの戦闘部隊を展開してしまおう。その後、予想される突撃級BETAの集団突撃に遭遇した場合は、当初の予定通り両艦の広域粒子砲で片付ける。これで、どうかな?』「はっ、了解しました」 通信を終えたラミアスは、すぐさま艦全体に指令を飛ばす。「本艦はこのまま上陸を敢行する。上陸後、機動兵器部隊を展開。敵影発見まで、機動兵器部隊は本艦とラー・カイラムの護衛に付け」「了解っ!」 戦艦アークエンジェルの操舵手、アーノルド・ノイマン少尉はそう言うと、アークエンジェルを巡航速度で前進させた。 僅かに遅れてその隣を、ラー・カイラムが併走する。「…………」 海上上空から陸上上空へ。 レーダーで周囲に敵がいない事は分かっていても、緊張の一瞬だ。しかし、幸いにしてBETAの奇襲を受けるようなこともなく、両艦は無事に福州市跡上空へとやってくる。「よし、アークエンジェル一時停止。機動兵器部隊、出撃せよ。機動兵器部隊全機出撃後、本艦は、巡航速度で進行を再開する」「了解、アークエンジェル停止」「ブリッジより、機動兵器部隊へ! 全機出撃して下さい。繰り返します、機動兵器部隊、全機出撃」 低空で停止したアークエンジェルから、機動兵器部隊Aチームの機体が次々と、不毛の荒野と化した中国大陸に降り立っていく。「パイロットはノーマルスーツの着用を推奨。着用しない者は可能な限り、コックピットの外に出ないようにお願いします」 オペレーターのミリアリアがそうパイロット達に注意を促す。 中国大陸は、かつて核を用いた大規模な焦土作戦を決行した地である。その後ろくな調査もされていないこともあり、どこがどれくらい汚染されているか、分かったものではない。 ごく短い時間でAチームに属する機動兵器、20機が大地に降り立った。 中心に立つのは、黄色い四つ足の獣のような姿をした特徴的なモビルスーツ、ラゴゥである。 Aチームの隊長に任命されたアンドリュー・バルトフェルドはラゴゥのコックピットから、いつも通りの陽気な声を上げる。「さあ、みんな。リラックスしていこうか。先は長いんだ。今から緊張していては、先が思いやられるぞ」 そう言いながら、バルトフェルドは、左手と左足を動かして、義手・義足の感触を確かめる。 αナンバーズの技術で作られたその義手と義足は、ほとんど生身と遜色なくバルトフェルドの意に沿った動きを見せる。実に、出来が良い。その手足が偽物であることを忘れてしまうほどだ。 だからこそ、今の今までバルトフェルドは、その義手・義足を付けることを躊躇っていた。 とても人には言えない感傷的な理由だが、そうして手足を取り戻してしまうと、『半身』とも言うべき女を失ったことも、忘れてしまいそうな気がするのだ。 既に一人乗り用に改造されているラゴゥの副座席を残しているのも、同じ理由だ。「おっと、アークエンジェルが動き出した。みんな、遅れるなよ」 バルトフェルドは、片眼の潰れた顔に人付きのする笑顔を浮かべると、チーム全体にそう声をかけ、ラゴゥを発進させる。「行くぞ、アイシャ」 通信を切った後に呟いた一言は、誰の耳にも入ることなく、孤独な副座のコックピット中だけに響きわたった。 レーダーが敵影を捉えたのは、それから30分ほど時間が経ってからのことだった。「レーダーに敵影有り。前方から高速で接近してきます。数は約300、速度は……時速120キロ?」 報告を入れたアークエンジェルのオペレーター、サイ・アーガイルが少し驚いたような声で、報告を入れる。 サイの疑問ももっともだ。通常、BETA群の先陣をきるのは、突撃級と相場が決まっている。突撃級の最高時速は、170キロである。元々防御力と直線移動能力だけに特化している突撃級が、このだだっ広い荒野で速度を50キロも絞っている理由が見つからない。「本当に突撃級なの? モニターの画像は?」「駄目です、まだ地平線の向こうです」「そう」 ラミアスは顎に手をやり、少し考えた。ラミアス自身の対BETA戦の戦闘経験は大したものではないが、日本帝国や香月夕呼から、この世界の対BETA戦のデータは十分に受け取り、目を通している。 そのデータに間違いがなければ、BETAの攻撃パターンというのは、ここ30年近くほとんど変化がなかったはずだ。 それが例え、速度の鈍化という些細なものであれ、変化があるというのは不気味である。「いずれにせよ、軽はずみな行動は取れないわね。停止して、この場で敵を迎え撃ちます。ローエングリン発射用意!」「了解っ、ローエングリン発射用意!」 モニターに映る地平線にモウモウと土煙が立ち上る。突撃級の群れが来る前兆だ。やはり、突撃級か。ならば、なぜ、この平地で50キロも最高時速を落とす必要があるのか? 敵の戦闘が地平線から顔を出した時点でローエングリンを発射するべきか、当初の予定通りもう少し引きつけて、一撃で一網打尽を狙うべきか。 ラミアスが判断に迷ったその時だった。『ブライトさん! マリューさん! 避けろ!』 Zガンダムに乗るカミーユ・ビダンの絶叫が、オープンチャンネルで響き渡る。「えっ?」 状況が分からず、ラミアスはほんの1秒にも満たない時間、惚けてしまう。『急速下降! 激突しても構わん! 高度を下げろ!」 一方、ブライトの操るラー・カイラムは、一瞬のタイムラグもなく、地表に墜落する勢いで急速下降を始めた。 二人の艦長の違いは、年期の違いと、なにより優れたニュータイプの直感に対する理解度の違いだ。 その違いが両艦の運命を分けた。 次の瞬間、土煙の中から伸びてきた無数のレーザー光が、大天使の名を持つ白亜の空中戦艦に突き立てられた。【2005年4月1日、日本標準時間10時44分、中国大陸、福建省、福州市跡】 完全な奇襲のタイミングで放たれた、BETAのレーザー攻撃。 回避に失敗したアークエンジェルであったが、そこからのラミアスの判断は迅速であった。「ローエングリン、てーっ!」 圧倒的な光量に全モニターがホワイトアウトする中、ラミアス艦長は緊急回避ではなく、反撃を命ずる。 今から急速降下で回避するより、反撃でレーザー照射源を駆逐した方が被害が少ない。 無数のレーザー光を押す返すように、左右2門の陽電子破壊砲が野太い光を放つ。 破壊の力を秘めた光が、地平線の彼方から迫りくるレーザー光発生源の大半を駆逐するとほぼ同時に、アークエンジェルは力尽きたように、落下し初めた。「ッ、駄目です、制御不能っ。落ちますっ!」「総員、耐衝撃用意っ!」 ガツンと衝撃が走り、アークエンジェルは大地に墜落する。「ッ! 状況、報告!」 ラミアス少佐は衝撃で朦朧とする頭を振りながら、精一杯の大声を張り上げる。「主機関、緊急停止中。復旧班を向かわせますっ!」「防御装置、ラミネート装甲の廃熱限界を超えた模様です。機能不全に陥っています。なお、前方下面装甲の一部ラミネート装甲は物理的に破損」 墜落のショックもまだ抜けないまま、アークエンジェルのクルー達は、それぞれ己の責務を十全に果たす。「モニター回復しました。画像、来ますっ!」 しばらくして、レーザー照射と墜落のショックでホワイトアウトしていたモニターが正常に戻り、外の情景を映し出す。「…………」 モニターに映し出される敵影を見たクルー達は、しばし言葉を失った。「なに、あれ……?」「ちょっと、反則じゃねえの?」「いや、発想自体は凄く単純なんだけどな」 そこに映る画像は、何も知らない者が見れば、思わず吹き出すくらいにコミカルなものだった。 だが、少しでもBETAという存在について理解している者が見れば、全身の震えが止まらない恐怖に襲われることだろう。「光線級が、突撃級の背中に乗ってやがる……」 そこには突撃級の上に、足を広げて乗馬のように跨る光線級の姿があった。 確かに、突撃級の全長は18メートルもあるのに対し、光線級の全高は3メートルほどしかない。光線級が、突撃級の背中に乗ることは、物理的にはなんの問題もない。 まあ、人間のような二本の足しかない光線級が突撃級の背中に乗るのはかなり不安定なのは間違いない。だからこそ、突撃級は光線級を振り落とさないように、速度を時速120キロまで落としたのだと思われる。 BETAの上にBETAが乗るという状況は、地上ではともかく狭いハイヴないでは頻繁に見受けられる現象だし、要塞級が重光線級を取り囲んでまもるような、互いの特色を生かした戦術らしき行動を取ったこともある。 そう考えれば、これは予想してしかるべき行動だったのかも知れない。ラミアス少佐は、混乱する頭の片隅でそんなことを考えていた。 だが、今はそんなBETAの行動について詳しい考察を働かせている場合ではない。 突撃級の速度と、光線級の射程を合わせた先発隊が、こちらに牙を剥いているのだ。 上空から落ちたことで一時的に地平線の影に隠れているが、時速120キロで迫る突撃級+光線級BETAは、すぐにもこちらをレーザーの射程内に収めることだろう。「アークエンジェル各員は復旧作業を続行! 機動兵器部隊は、アークエンジェルの護衛を最優先に、BETAを殲滅! 急いで!」 ラミアスは頭を一つ振ると、大声で命令を飛ばした。 無論、戦場に出ている機動兵器部隊Aチームの面々は、言われるまでもなく、敵殲滅とアークエンジェル護衛のために動き出していた。「エヴァ初号機はアークエンジェル、キングジェイダーはラー・カイラムのそれぞれ前で防御態勢。攻撃は一切考えなくて良い」「はいっ!」「ふん、私を盾がわりにする気か。まあ、良いだろう」 この期に及んでもなお、余裕を失わないアンドリュー・バルトフェルドの指示に、エヴァンゲリオン初号機に乗る碇シンジと、キングジェイダーを駆るソルダートJはすぐさま行動に移った。 遙か遠方から伸びるレーザー光を、エヴァンゲリオンのATフィールドと、キングジェイダーのジェネレイティングアーマーが断固として遮る。「よし、今のうちに背中の上に乗っているにくい奴を打ち落とすとしようか。総員、その場から攻撃。届かないからと言って無理に前に出ないように。頼むよ」「了解っ!」「やらせないよっ!」 十数機のモビルスーツと二機のバルキリーが、迫り来る突撃級と光線級の群れにその銃口を向ける。「畜生、お前達なんか、いなくなればいいんだよっ!」 カミーユ・ビダンの操るZガンダムが、長大なハイパーメガランチャーから太く長いビーム光を撃ち放つ。 野太いビーム光は固い外殻に覆われた突撃級もその上に乗る小さな光線級も区別なく消し飛ばす。「そこっ!」 更にカミーユはその卓越した感覚で、発射中のハイパーメガランチャーの銃口を横にスライドさせ、纏めて十数匹の突撃級と光線級を消し飛ばす。「こいつは俺向きの仕事だな。いくぜぇ!」 バスターガンダムに乗るディアッカは、長距離狙撃ライフルで突撃級を光線級ごと纏めて狙撃していく。 その精密さと距離を考えれば、十分に驚異的と言える速さで、ディアッカは連続して狙撃を成功させる。 だが、もっとも効率的に攻撃を繰り出していたのは、やはりキラ・ヤマトのフリーダムガンダムだろう。「ターゲットロック……いけぇ!」 フリーダムガンダムの丸いレーダーディスプレイに映る、無数の赤い光点をキラは桁外れのスピードでロックしていき、フリーダムガンダムの全火器を次々と放っていく。 背面から伸びる2門のプラズマ収束ビームライフル。両腰に設置された2門のレール砲。そして右手に持つ主武器であるルプス・ビームライフル。 五つの砲門を自在に操り、高速でロック・射撃を繰り返す。 赤、緑、黄色。鮮やかな火線が荒野に光線を描く度に、BETAは一匹また一匹とその姿を消していった。 無論、他のパイロット達も、ただ座して見ているわけではない。「くそ、そこだ、当たれ!」「カガリ様、前に出ちゃ駄目です!」「でも、これ本当に当たらないっ!」「ちょっと距離がありすぎるわね」 カガリのストライクルージュと、オーブ3人娘のM1アストレイ3機が、横一列になりビームライフルを掃射し、「いけ、フィンファンネルっ!」「カミーユ、援護するわ」「そこっ、当たって!」 カミーユ小隊のフォウ、エマ、ファがそれぞれの機体の最大火力をBETAにぶつける。「畜生、まどろっこしい。こっちから突っ込めば、あの程度俺一人で全滅させてやるのによっ!」「貴様の馬鹿は、いつまで経ってもなおらんな。アークエンジェルの防衛が最優先という指示をもう忘れたのか」「んだと、こらっ! 誰が馬鹿だって、もういっぺん言って見ろ!」 相も変わらず喧嘩を続ける、イサム・ダイソン中尉とガルド・ボーマンのバルキリー乗りコンビは、バトロイド形態のVF-19エクスカリバーとVF-11サンダーボルトで、並んでガドリングガンポッドを撃っている。 だが、当然ながらBETAもただ黙ってやられているわけではない。 突撃級の上から、光線級がこちらに向かいレーザー光を照射してくる。 これまでの攻撃で200匹以上の光線級を倒しているが、まだ100匹弱残っているのだ。「チィッ、各員防御態勢っ、闇竜!」「はいっ」 バルトフェルドの声を受け、一歩前に進み出たのは、漆黒に塗られた女形の勇者ロボだった。「邪魔をしないでください、シェルブールの雨っ!」 黒い女勇者ロボ――闇竜は、背面のミサイルコンテナを起動させると、何十というミサイルを同時に撃ち放つ。 当然放たれたミサイルは、レーザー照射を受けてその大半が撃墜されてしまい、BETAに届いたのは片手で数えられるだけだが、それで目的は達せられた。 闇竜のミサイル掃射の目的は、攻撃ではない。一時的にでも、レーザー光の狙いをこちらから外させることにある。 その隙に各部隊は皆、エヴァンゲリオンやキングジェイダー、ゲッターGと言ったレーザー照射に耐えられる機体の近くより、いざという時その背中に隠れられるようにした。 「よーし、あたしも負けないからねー。それッ! フルパワー、プライムローズの月!」 続いて、闇竜の双子の姉に当たるもう一体の女勇者ロボ、光竜がそのピンク色のボディを誇らしげに光らせながら、闇竜の隣に進み出ると、背面アームを起動させ、メーザー砲を最大出力で撃ちはなつ。 その一撃で、また十匹を越える光線級が、その下の突撃級もろとも消し飛んだ。 アークエンジェルが墜落し、戦闘部隊Aチームが奮闘している頃、もう一隻の戦艦ラー・カイラムもまた、状況の確認に追われていた。 アークエンジェルと違い、こちらは攻撃回避のため自主的に降下したのだが、その乱暴極まりない降下はほとんど墜落と大差ない。大事に至るダメージがなかったのは、艦や乗組員達の優秀さも多少はあるだろうが、大半は運によるものだろう。 再浮上しても問題ない状態であることを確認したブライトであったが、すぐに艦の浮上を命じたりはせず、まずはアークエンジェル艦長とAチームの隊長であるバルトフェルドと通信をつないだ。「ラミアス艦長、無事なようで何よりだ。そちらの被害状況は?」 モニターに映ったラミアスに怪我がなかったことを確認したブライトは、そう話を切り出す。『はっ、報告します。前方下面のラミネート装甲が小破。ラミネート装甲の廃熱機構が一時的にオーバーフロー。主機関が一時的な停止状態。主立った被害は以上です』 すでに各部からの報告を纏めていたラミアスは、キビキビとした口調でそう答えた。「む、つまり現在アークエンジェルは再浮上不能ということか。主機関の回復の目処は?」 少し眉をしかめたブライトの問いに、ラミアスは先ほど同様、素早く答える。「はい、現在主機関の再起動を最優先で行っています。復旧に向かった部隊からの報告では、復旧の目処は既に立っているとのことです。最低限、浮遊可能になるまでの時間は最短で30分、最長で1時間だそうです」「了解した。それならば、1時間の予定で考えておこう。バルトフェルド隊長、機動兵器部隊にはこれより1時間、身動きの取れないアークエンジェルの護衛を頼みたい。援軍は必要かね?」 即座に方針を固めたブライトは、そう言って話をラゴゥに乗るバルトフェルドに振る。 バルトフェルドはラゴゥの背中に背負った二連ビームキャノンで光線級BETAを屠りながら、自信ありげな口調で答えた。『いえ、大丈夫ですよ。このくらいで、予定変更の必要は感じませんな』 ブライトの言う「援軍」とは、交代要員であるBチームの機動兵器部隊のことである。ここで彼等の手を借りるようであれば、開始僅か1時間でで万鄂王作戦』は大幅な計画修正を強いられることになる。 アンドリュー・バルトフェルドは、無意味な強がりで部下の命を危険に晒す男ではない。それを理解してるブライトは、バルトフェルドの言葉は信じた。「了解した。それでは、いきなり予想外の事態で申し訳ないが、この場はそのままAチームに委ねる。1時間アークエンジェルを守り抜き、その後300キロ地点到達まで護衛を頼む」『了解しました。ちゃんと予定通り、400キロ地点までエスコートして見せますよ』 ノルマを100キロ削ったブライトに、バルトフェルドは強気な笑顔でそう返した。 元々、この作戦では6時間で400キロの移動作戦を4回繰り返すことで、1500キロの道のりを踏破する予定になっている。400かける4は1600。100キロ分の安全マージンがある計算になる。 その、安全マージンをここで使っていいとブライト言い、バルトフェルドは使わなくてもいいと答えたのだ。 バルトフェルドは戦闘を行いながら、なおも強気に言葉を続ける。『なに、少々驚かされましたが、所詮こいつは奇襲のたぐいです。ネタが割れれば脅威とはなりません。むしろ、今後BETAがこの様な作戦をとってくれるのであれば、好都合なくらいです』「うむ、確かに、な」 ブライトは、すぐにバルトフェルドの言わんとしていることを理解した。 確かに今回は、光線級を乗せた突撃級にアークエンジェルを落とされたが、最初から突撃級の上に光線級が乗っていると分かれば、対処の仕方は幾らでもある。 時速120キロで移動し、超長距離レーザーを飛ばしてくると言えば脅威に感じるが、実はこの攻撃は、突撃級のメリットも光線級のメリットも削り合っているのだ。 突撃級のメリットは言うまでもなくその速度である。本来は170キロを誇る突撃級が50キロも速度を落としてくれれば、砲撃を当てるのも遙かに容易くなるだろう。 そして砲弾を迎撃するはずの光線級であるが、突撃級の背中に乗った光線級のレーザー照射は明らかに、地上で停止した状態のそれと比べると精度が落ちていた。 良い証拠が先ほどの闇竜の『シェルブールの雨』だ。闇竜の『シェルブールの雨』は確かに単体としてはかなりの量のミサイルだが、それでもあの時点で光線級は50匹以上いたのだ。 本来であれば、ミサイルは全て撃墜されていなければおかしい。それが、数発とはいえ撃ち漏らすとは、光線級BETA本来の能力からは、あり得ない話である。 だが、そこでバルトフェルドは少し表情を曇らせる。『もっとも、奇襲としては極めて有効であったことは確かです。ここからでは確認できませんが、友軍が同様の攻撃に晒されているとすれば、一抹の不安はぬぐえませんね』 バルトフェルドの言葉に、ブライトは初めてその可能性に気がついた。 確かに、この奇襲を中華統一戦線軍や日本帝国軍が受けているのだとすれば、とんでもない騒ぎになっていてもおかしくはない。「トーレス! 友軍と連絡を取れ!」 ブライトは大声でラー・カイラムの管制官の名前を呼ぶ。「はいっ……陽動部隊に被害大! 向こうも混乱していて詳しい情報は入ってきませんが、予想外の事態があった模様です!」「ちぃっ!」 ブライトは、かみしめた歯の間から、呻き声を漏らした。 まず間違いなく、こちらと同じ奇襲を受けたのだろう。 実のところ、この攻撃の一番厄介なところは、突撃級の移動速度と光線級の超長距離攻撃力が組み合わさったことにあるのではない。 光線級がBETA群の先陣をきること、そのものにあるのだ。 BETAは決して味方を誤射しない。その性質があるからこそ、乱戦時には戦術機でも光線級BETAと渡り合うことが出来る。だが、敵の第一陣が光線級と言うことは、周囲にBETAという身を隠す盾がないということを意味する。 もし最初の支援砲撃で光線級を全滅させることが出来なければ、光線級BETAは一切身を隠すことの出来ない人類軍に、遠方から思う存分レーザーを浴びせることが出来る。「拙いぞ、下手をすれば全滅もあり得る」 ブライトが固く拳を握る。 その時、トーレスが再び大きな声を上げた。「艦長! 中華統一戦線軍司令部より入電です! 読み上げます。『現在我が軍は陽動の任務を順調に遂行中。貴軍は貴軍の任務を遂行すべし』以上です」 それは端的に言えば「お前達はこっちに構わず先に進め」という言葉だった。 考えて見れば、当たり前の反応なのかもしれない。ブライト達αナンバーズにとってはこの作戦は、まだ20以上残るハイヴの一つを攻略するものに過ぎないし、中華統一戦線のお歴々の狙いはG元素と、国際的な地位向上にあるのだろう。 だが、現場で働く中華統一戦線の軍人達にとっては、これは紛れもない「祖国奪還作戦」なのである。 自分たちの命を心配するより、速やかな作戦の成功を願うのも不思議はない。 ブライトは一度大きく深呼吸をして、精神を無理矢理落ち着かせる。「……了解した。トーレス、返信をしてくれ。『了解。貴軍の武運を祈る』と」 そう言うブライトの表情に、迷いの色は浮かんでいなかった。 そちらの話が一段落したところで、まだ通信を切っていなかったバルトフェルドが、ブライトに話しかける。「ブライト艦長。確認しますが、ラー・カイラムに被害は軽微と考えてよろしいんでね?」「ああ、幸いこちらは特別これと言った被害を出していない」「それでしたら、こちらが辺りの光線級を全滅させ次第、ラー・カイラムを浮上させて、いつでもハイパーメガ粒子砲を撃てるようにスタンバイをお願いできますか」 ブライトの返答を聞いたバルトフェルドは、そう提案してくる。 ブライトは少し首を傾げながら、尋ねた。「それは、アークエンジェルの代わりと言うことか?」 本来であれば、この時間帯は戦艦アークエンジェルが矢面に立つ時間であるが、今アークエンジェルは戦力になる状態ではない。 ブライトの問いにバルトフェルドは首肯した。「ええ。僕の杞憂であればいいですが、現状のまま敵の第一波を受ければ、ちょっとしゃれにならない被害が出そうですので」 ますます分からないバルトフェルドの言葉に、ブライトは質問を続ける。「第一波? 第一波は今対処しているのではないか?」「いいえ。こいつらは、言うならば第零波で、本当の第一波この後に来まのではないか、と考えてまして。おかしいとは思いませんか。ここはBETAの支配地域だというのに、第一波の突撃級が僅か300匹前後だったというのが」 ブライトもようやくバルトフェルドの言わんとしていることが理解できた。 確かに、300という数は、突撃級の数としてはあまりに少ない。BETA群全体に対する突撃級の割合は、おおよそ7パーセントと言われている。 もし300という数が突撃級の総数だとすれば、このBETA群は全体でも4000匹強しかいない計算になる。これは確かに、BETAの支配地域であるユーラシアのBETA群としては少ない。 だが、この300という数が光線級の数に合わせたものであるとすれば、話は違う。光線級の割合は全体の約1パーセントだ。ここから導き出されるBETA群の総数は、3万。 3万のBETAに含まれる突撃級の数は単純計算で2100。後、1800匹の突撃級BETAが残っている計算になる。「なるほど、先ほどの突撃級はあくまで、新戦術である光線級の足がわりだったということか。了解した。残りの突撃級の攻撃があると想定して用意しておこう」 物わかりの良い上官の答えに、バルトフェルドはにやりと笑い、言葉を返した。『ご理解いただきありがとうございます。ついでに、もう一つ。BETA本隊を相手取る際、撃破優先順位を変更して、『要塞級』を1位にしてもよろしいですかね?』 これまた、唐突なバルトフェルドの提案に、ブライトはもう一度首を傾げる。 本来要塞級の撃破優先順位は、重光線級、光線級に継ぐ3位である。 確かにその60メートルを超す巨体と、溶解液を発する長い触手はなかなかの脅威だが、レーザー属種と比べれば、遙かに組みやすい相手だ。 だが、ブライトはバルトフェルドの次の言葉を聞き、その認識を一変させるのだった。『いえ、こいつは僕の杞憂に過ぎない可能性が高いんですけどね。BETAの新戦術の組み合わせが、光線級と突撃級だけに限定されていればいいですが。万が一、要塞級の上に光線級が乗って、レーザー攻撃を加えられたら、さすがにちょっとしゃれにならないのではないか、と思いました』「ッ!」 バルトフェルドの言葉に、ブライトは思わず息を呑む。 乱戦において、光線級がさしたる脅威とならないのは、他のBETAが邪魔をしてレーザー照射を行うチャンスが中々ないからだ。 しかし、もし光線級BETAが全高60メートルの要塞級の上に乗り、そこからレーザー攻撃を行えば。 αナンバーズの機体は、モビルスーツで、20メートル弱、特機ならば50メートル近くある。対して、BETAの本隊の主力である要撃級の全高は12メートル。戦車級の全高は僅か2,8メートルしかない。 60メートルの高所から20メートルの目標を撃つのに、12メートルや2,8メートルの障害は、ほとんど障害の役割を果たすまい。「了解した。その辺りは、現場の判断に任せる。トーレス、念のため、中華統一戦線と日本帝国軍にも今の情報を送れ。懸念が当たれば、向こうにも大被害が生じるぞっ!」 戦術機の全高は、モビルスーツとほぼ変わらない。条件は、αナンバーズと同じと考えて良い。「了解しましたっ!」 事の重大性を理解したトーレスは、慌てて友軍に通信を送るのだった。