Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その3【2005年4月1日、日本標準時間16時00分(万鄂王作戦第二段階)、踏破距離380キロ地点(重慶ハイヴまで1120キロ)】 万鄂王作戦開始からちょうど6時間。重慶ハイヴ攻略を目指すαナンバーズのA・B両チームは、踏破距離380キロ地点で一時停止していた。 低空に空中停止する二隻の戦艦、ラー・カイラムとアークエンジェルを守るように、アンドリュー・バルトフェルドの乗るラゴゥを中心としたAチームの機体が円陣築き、周囲の警戒に当たっている。『すみませんね、口ほどにもなくて。あと20キロ押し込めませんでした』「いや、十分だ。よくやってくれた、バルトフェルド隊長」 ラー・カイラムの艦長席に座るブライト・ノア大佐は、そう言ってモニターの向こうで苦笑混じりに謝罪する片眼の男を労う。 実際、バルトフェルド達Aチームの面々はよくやっていた。 BETAの奇襲作戦。その攻撃をもろに受けた母艦・アークエンジェルの不時着というトラブルに見舞われながら、あと20キロの所まで挽回したのだ。思ったよりBETAの襲撃が少なかったという幸運に助けられたのも事実だが、それでもこの結果は、バルトフェルド達Aチームの奮戦があったからこそだ。『いえ、予想よりBETAの襲撃が少なかったですからね、これくらいは。ユーラシア全体のBETA総数がこちらの見積もりより少ないのならばいいですが、単にまだ外周だから少なかったのだとすれば、後半にツケを残しただけになりますね』 この6時間でBETAの大規模襲撃は4回。BETA総数は、小型種まで含めて15万から16万。確かに、ちょっと拍子抜けする数だ。なにか裏がありそうで不気味ですらある。 だが、ブライトは一度大きく息を吐くと、首を左右に振り、答える。「確かに、色々と懸念事項もあるが、それはこちらで考えておく。そちらは帰還まで油断せずに、周囲の警戒に専念してくれ」『了解しましたっ』 バルトフェルドは、野太い笑みで答えた。「レーダーに敵影無し」「有視界モニター、敵影確認できず」「Aチーム戦闘班からの報告もありません」 オペレータからの報告を聞いたブライト艦長が指示を出す。「よし、Bチーム各機、出撃」「了解、ブリッジより格納庫へ告ぐ。Bチーム各機、出撃せよ。繰り返す、Bチーム各機、出撃」 ラー・カイラムのカタパルトデッキが開き、Bチームの出撃が始まる。 いくらレーダーで周囲に敵影がないとは分かっていても、万が一の事を考えれば緊張の瞬間だ。「Bチーム各機はカタパルトから射出後、即座に地表に降りろ。どこにレーザー属種が潜んでいるか分からんぞ」 ブライトが警告の声を発する最中、フライング気味に飛び出したのは、特徴的な前進翼をもつ、深紅の戦闘機――ファイアーバルキリーだった。『へっ、待ちくたびれたぜっ。行くぜ、BETAッ! 俺の歌を聴けぇぇ!』 ジャランとギターをかき鳴らす音が、荒野と化した中国大陸の大地に響き渡る。『アーーーー♪』「熱気バサラッ! 飛ぶなっ! 降りろ! ガウォーク形態に変形しろっ、死にたいのか!」『過激にファイヤー!』「聞いてるのかっ、おいっ!?」 αナンバーズ機動兵器部隊Bチームはいつも通りの様子で、順調に次々とラー・カイラムのカタパルトデッキから飛び出していくのだった。『Bチーム、全機所定位置に到着。バルトフェルド隊長、これより防衛任務は我々Bチームが引き継ぎます』『了解、バニング大尉。では、Aチームは全機、アークエンジェルに帰還する。後はお任せします』 A・B両チームの隊長は短く言葉を交わすと、すぐに行動に移る。『警戒を怠るな。有視界モニター、レーダー、自分の感覚、全部に平行して気を配れッ!』『慌てる必要はないぞ。決められた順番通りに行こう。帰るまでが任務だぞっ』 バニング大尉達Bチームが周囲の警戒に当たる中、バルトフェルドの指示に従い、Aチームの機体はアークエンジェルのカタパルトデッキの上に飛び乗っていく。『キラ・ヤマト、フリーダムガンダム。帰還します』『アスラン・ザラ。ジャスティスガンダム、着艦するッ!』 飛行可能な機体はそのまま素早く飛び上がり、『カミーユ・ビダン。ウェイブライダー、帰還します』 変形することで飛行可能な機体は、変形して低空を飛び、アークエンジェルのカタパルトデッキに着艦する。『ふえぇ、体中砂だらけ。かえったら、整備の人達に水洗浄してもらいたいなー』『光竜、少し静かにしていてください。今、集中しているのですからッ』 一方、単独での飛行能力を持たない、光竜、闇竜はジャンプとバーニア噴射を併用し、どうにか無事に着艦する。いつも通り、光竜は足から、闇竜は頭から。『ふめぎゃっ!』『大丈夫、闇竜? なんで闇竜、着地が上手くならないんだろうね?』『……知りません。炎竜お兄様に聞いてください……』 幸いなことにBETAの奇襲はなく、Aチームの面々は全員問題なくアークエンジェルへと帰還を果たしたのだった。【2005年4月1日、日本標準時間16時32分(万鄂王作戦第二段階)、踏破距離430キロ地点(重慶ハイヴまで1070キロ)】 無事、護衛チームの交代を終えたαナンバーズは巡航速度での西進を再開する。 巡航速度で飛行を続ける戦艦アークエンジェルの中では、6時間ぶりに帰還したAチームの面々が次の出撃ため、心身の疲労回復に努めていた。 狭い艦内でできる疲労回復手段は大きく分けて三つ。風呂、飯、寝る、である。 身も蓋もないが話だが、事実だ。アークエンジェルは月単位の単独航行を前提とした艦であるため、乗組員のストレス対策についてはかなり発達しているが、それでも所詮は全長350メートルほどの閉鎖空間でしかない。まして、休息時間が6時間と限られている以上、やれることは限られている。 その三つの中でもっとも混雑するのは言うまでもなく、風呂――シャワーだ。 食事は食堂に行けば誰でも好きなだけ取れるし、自室のベッドで睡眠を貪ることを邪魔する者はいない。だが、シャワールームの数は限られている。流石に、Aチーム機動兵器部隊全員が同時に浴びられるほどの数はない。 そういった事情を考慮してか、男連中は先に食堂で食事を済ませ、一番風呂は女パイロット達に譲っていた。「ふう……」「ああ、気持ちいい……」「あまりシャワーの温度を上げ過ぎちゃダメよ。体温が急上昇する恐れがあるから」「はい」「分かりました、エマ中尉」 フォウ・ムラサメ、ファ・ユイリィ、エマ・シーンの3名はシャワーを浴びて髪と体の汚れを洗い流し、気持ちよさそうに眼を細めていた。「はあ……」 フォウ・ムラサメの短く切り揃えられたエメラルド色の頭髪が、暖かなシャワーを浴びてしっとりと濡れる。「ん……」 フォウはシャワーを浴びながら、裸の体を支給品の白い浴用タオルで擦り、汗と汚れを落としてく。首筋、胸元、腰回り、そして手足。温かなシャワーとタオルの摩擦で、真っ白なフォウの肌は、ほんのりと桜色に染まっていく。「はあ、これでシャンプーやボディソープが使えれば、最高なのに」 薄い壁越しに聞こえるファ・ユイリィの言葉にフォウは内心同意しながら、否定の言葉を返す。「ダメよ、戦闘中はお湯だけ。そういう規則でしょ」「それは分かっているんだけど」 言われるまでもなく、ファもそれは理解している。 戦闘中の入浴にソープの使用が禁止されている理由は、三つある。 まず一つめは、もっとも単純な理由で、ソープを使うと一人当たりのシャワーの使用時間と水の使用量が跳ね上がるからだ。 現に今も、男連中は食堂で先に食事を済ませながら、順番待ちをしている状況だ。手早く済ませなければ、全員がシャワーを浴びる時間が作れない。 水の使用量も大きな問題である。ソープを使えばその分、その泡を流すためより多くの水を必要とする。当然ながら、アークエンジェル艦内の水の量は限られている。アークエンジェルには汚水の浄化再利用装置があり、シャワーで使用した水は再利用が可能だが、汚水の濾過・浄化にはそれなりの時間がかかる。 短時間に複数の人間が大量に水を使うと、浄化が間に合わなくなる。 もう一つは、戦闘直後の体というのは本人が思っている以上に疲労し、弱っていることがある、という点だ。しかも、戦闘直後の兵士は皆例外なく脱水症状気味になっている。 そんな体にシャンプーやボディーソープを使ってしまうと、頭髪や皮膚からソープを体内に吸収していまい、皮膚に思わぬ健康被害を生じる可能性がある。たかが皮膚とはいえない。肌荒れの痛みが原因で、戦闘に集中できなければ十分にそれは命にかかわる問題である。「贅沢言うのは止めておきましょう。戦闘中の戦艦で、シャワーを浴びられるだけでも贅沢という物よ」 もうファの隣のシャワールームから、エマ中尉が笑いを含んだ口調でそうファを窘める。「もちろん、それは分かってるんですけど。でも、汚れた髪を水洗いしただけだと、ギシギシいって」「あはは、分かる分かる。指を通すとギッていうのよね」「ええ、そうなの。それに、体も水洗いだけじゃさっぱりした気がしないし」 裸のまま壁越しに談笑するフォウとファの姿は、年相応の少女のものだった。 一人少し年上のエマ中尉は、苦笑混じりに会話に加わる。「そういえば、アークエンジェルにも湯船を張った大浴場を作る計画があるそうよ。それが実現すれば、制限も多少は緩和されるのじゃないかしら」「えっ、本当ですか、エマ中尉?」「大浴場って、宇宙ではどうするの?」「さあ。訓練施設のような、遠心力を使った疑似重力室にでも作るのかしら」「へえ」「驚きねぇ」 エマからの予想もしない情報に、フォウとファはそろって驚きの声を上げた、ちょうどその時だった。 グッと、船体が揺れたような感覚が三人を襲う。「ッ、対ショック防御! どこかに掴まって!」「きゃっ!」「はいっ! くうっ!」 次の瞬間、アークエンジェルがグラリと大きく揺れた。 狭いシャワールームの中で、フォウ達はとっさに保護棒に掴まり、どうにか揺れにたえる。幸い揺れは大したものではなかった。「ッ。今の揺れからすると、ローエングリンを使ったのかしら。二人とも、怪我はない?」「はい、大丈夫です」「私も、少し肘を壁にぶつけただけです」 フォウとファの報告に、エマ中尉はホッと裸の胸をなで下ろす。 これが戦闘中、ソープを使用してはいけない理由の三つ目である。 もしソープを使っていたら、この程度の揺れでもまず間違いなく、三人とも転倒していたことだろう。 無論、そのような事態を想定し、全ての壁や床に弾力のあるウレタンのような素材を使っているが、それでもこのせまいシャワールームの中で転べば、手足の関節をおかしくする可能性がある。 エマは頭を振って髪の水滴を飛ばすと、シャワールームのカーテンを開き外に出る。「どうやら、外では戦闘が始まったみたいね。まだ入っているつもりなら、二人とも気をつけなさい。あと、制限時間にもね。カミーユ達を待たせると悪いわ」 そう言いながら、エマは棚からオレンジ色のバスタオルを二枚取ると、一枚を体に巻き、もう一枚で頭髪の水滴を拭き取る。「はい、私も今出ます」「ええ、十分です」 程なくして、フォウとファも少し慌てた様子で、シャワールームから出てくるのだった。 その頃、戦艦の外では、新たに押し寄せてきたBETAの群れを相手に戦闘を開始していた。 口火を切ったのは、ラー・カイラム、アークエンジェル両艦の広域殲滅粒子兵器、ハイパーメガ粒子砲とローエングリンである。 二艦の広域粒子砲は、上に光線級を乗せた突撃級の群れに何もさせないまま殲滅していた。 なにせ、光線級を上にのせた突撃級の移動速度はせいぜい110キロ程度で、方向転換や加減速もほとんど行わないのだ。地平線の上から姿を現す瞬間に攻撃を重ねるのはそう難しくない。 どうやらBETAは、突撃級の上に光線級をのせるという戦術を完全に一般化させてたようだ。幸いなことに、バルトフェルドが懸念していた「要塞級の上に光線級をのせる」戦術はまだ取ってきていないようだが。『BETA先発隊全滅を確認。続いてBETA本隊来ます。接敵は10分後』『来るぞ、各小隊陣形を保ち、互いのフォローを忘れるな!』 ラー・カイラムからの管制を受け、ガンダム試作二号機に乗るサウス・バニング大尉がBチーム全体に檄を飛ばす。『はん、やってやろうじゃないのっ!』『承知……ッ』『へっ、やってやるぜっ!』『うおおっ、行くぜ、BETA、俺の歌を聴けッ『NEW FRONTIER』!」 各小隊長達が威勢の良い返事を返す中、伊隅ヴァルキリーズ神宮司隊の隊長である神宮司まりも少佐も少し遅れて部下達を叱咤していた。『聞こえたな、お前達。来るぞ。各員、戦闘用意。エレメントを崩すなよッ!』『了解っ!』 部下達の手前、毅然とした面持ちを崩さないまりもであったが、視線は先ほどからチラチラと何度も友軍の機体に向けられていた。 ある程度話には聞いていたが、彼等の機体は一体どうなっているのだろうか? 全高20メートルほどのマンモス型機動兵器。全高10メートルほどの豹型機動兵器と獅子型機動兵器。 それらの前に立つ6~7メートルほどの極めて小さな人型機動兵器は、鷹を模した飛行形態に変形することもあるのだという。 事前に目を通した資料によれば、彼等『獣戦機隊』の機体はそれぞれ、ノーマルモード(戦車型)、アグレッシブモード(獣型)、ヒューマノイドモード(人型)の三形態に変形し、その上四機が合体することにより、超獣機神ダンクーガとなるらしい。 まりもは機械の専門家ではないが、三つの変形モードと一つの合体モードを一つの機体に押し込むというのが、どれくらい滅茶苦茶な話であるかは理解できる。信じがたい超技術を信じがたい無駄な方向に発揮しているように見えて仕方がない。 ほかにもドでかいスピーカーを背負ったロボだの、全長50メートルを超える武者鎧ロボだの、二丁の長銃身のライフルを持ちマントをはためかせたロボだの、製作者の正気を疑いたくなるデザインの機体がテンコ盛りだ。 それでも部下の前では、厳しくも頼れる上官としての顔しか見せないあたり、まりもはよくできた軍人だった。『来るぞっ、ヴァルキリー12。私から離れるなっ』『はいっ!』 まりもの凛とした声に、エレメントパートナーである榊千鶴少尉は緊張を隠せない声で答える。千鶴にとってこの戦いは、『竹の花作戦』に続く二度目の実戦である。実戦慣れなどしているはずもない。 とはいえ、「新人だから」と甘えたことも言うわけにも行かない。神宮司隊の残りの面々、珠瀬壬姫少尉、築地多恵少尉、高原麻里少尉、朝倉舞少尉の4名も、実戦は先の「横浜基地防衛戦」しか経験しておらず、実戦経験という意味では千鶴とどっこいどっこいである。「大丈夫、私は出来る。こんな所で躓いてたら、白銀や茜に笑われるわっ!」 千鶴はこの場にいない伊隅ヴァルキリーズ速瀬隊の仲間達の顔を思い出し、気合いを入れ直すのだった。【2005年4月1日、日本標準時間18時47分。帝都東京、帝都城城内】 αナンバーズが順調に順調に重慶ハイヴへと侵攻を続けている頃、とっぷりと日が暮れた帝都城では、官民の技術者達と、技術部門の責任者達が集まり、特殊な会合を開いていた。 長テーブルを箱型に設置した会議室内で、各社の責任者と技術者達が座り、帝国陸軍の軍服を着た中年の佐官が議事進行役を担っている。「では、この計画は三社合同で行うと言うことでよろしいかな?」「はい」「了解です」「それで構いません」 中年の軍人の言葉に、日本が誇る戦術機メーカー三社――河崎重工、富嶽重工、光菱重工の責任者達は、そろって首を縦に振った。 彼等が話し合っているのは、αナンバーズより譲渡された兵器『モビルスーツ・ジェガン』に用いられている技術の調査及び、技術習得の計画であった。 特に肝となっているのが、モビルスーツ全ての動力源となっている核融合炉、『ミノフスキー・イヨネスコ型核反応炉』の技術解明だ。 河崎、富嶽、光菱の三社は、初の国産戦術機『不知火』開発の際にも、共同開発という形で歩調を合わせた経験がある。 無論、利権を求めての鍔競り合いや、各社が抱える固有技術の守秘条件など、調整しなければならない点は山ほどあるが、とりあえず全体の流れとして、足並みを揃えることに否はない。 なにせ対象となる兵器は、彼等から見ると200年も進んだ未来技術の塊なのだ。単独で技術開発可能だとは、どの会社の人間も思っていない。 議事進行役の軍人の目配せを受け、上座に座っていた中将の階級章をつけた初老の軍人が、コホンと一つ咳払いをして口を開く。「では、よろしく頼む。ミノフスキー粒子の研究。ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉の制作。そして、熱核反応炉を主機関に用いた戦術機の開発。三つの開発段階を平行進行して貰うことになる。 かなり無理のある計画であることは分かっているが、すでに各国は動き出している。皆の尽力をお願いしたい」「はい」「全力を尽くします」「朗報をお届けできるよう、全力を尽くす所存です」 三社の代表達の言葉に、軍サイドは表情を動かずに頷き返した。 それにしても、初老の中将が言うとおり滅茶苦茶な計画である。『ミノフスキー粒子』の研究、製造方法の確立は問題ない。 問題は、ミノフスキー粒子を自国で量産できる目算も立っていないのに、ミノフスキー粒子が無ければ成り立たない『ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉』の製造に着手し、あまつさえ、その『ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉』を主機関にそえた戦術機の開発も同時に進行させようという点だ。正直暴挙と言うよりほかない。『ミノフスキー粒子』がなければ、『ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉』は作れない。『ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉』がなければ、『ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉を搭載した戦術機』など作りようがない。 それなのに『ミノフスキー粒子』『熱核反応炉』『戦術機』の製造を同時進行しようとしている。 これは、例えて言えば、ガソリンエンジンの強度に耐えられるだけの製鉄技術もない国が、一足飛ばしに国産自動車の開発に着手しようとしているようなものだ。 しかし、その無茶を承知でやらなければならない状況が今の世界情勢であった。 αナンバーズは原則として、『公開する技術に関しては、この世界の国、組織から特許料を取る意図はない』と明言している。 それは、原則として歓迎すべき話であるが、同時に極めて危険な要素を孕んでいた。 すなわち、αナンバーズの技術を最初に取得した国・組織は、その技術の国際特許を取得できる、可能性が出来てしまったのだ。 無論、そのような事態はαナンバーズとして不本意であるらしく、『αナンバーズが公開した技術の特許は原則αナンバーズにあるが、その技術を各国・各員が独自に会得、使用する場合、αナンバーズに対し特許料も特別な届け出も必要としない』、という形に納めようとしているらしいが、現状はまだ予断を許さない。 万が一の可能性を考えれば、ここで研究の手を緩めるという選択肢はない。 各国は既に動き出している。 ブラジル政府は超硬スチール合金の研究を精力的に始めているし、ドイツ政府はジムマシンガンの機構を研究し、次世代突撃砲のスタンダードを模索しているという。 イギリスは、両腕に2本ずつヒートロッドを搭載した水中型戦術機の開発に着手したという噂があるし、アメリカにいたっては全く隠す気もなく、堂々とスペースコロニー建造のため、猛烈な勢いで多方面に渉って動き出している。 例え、特許取得・独占という流れにならなかったとしても、このスタートダッシュでの遅れは国際競争社会において致命的なロスとなりかねない。「何か質問は?」 議事進行役の言葉に、各社の技術者達がパラパラと手を挙げる。最初に指名された痩せぎすで分厚い眼鏡をかけた技術者は、その場で起立すると質問を投げかけた。「こちらの資料では、三社合同の研究施設は帝国が用意するとなっていますが、その施設にこちらで必要な資材、機材を持ち込んでも良いのでしょうか?」「原則駄目だ。必要な資材・機材は書面で要求してくれればこちらで用意する。ただし、緊急性を要する場合、特殊な機材で自社でしか用意が難しい場合などは、特例として許可することもある」 議事進行役の軍人がそう答えると、質問をした技術者は納得したのか「分かりました」と返事を返し、席に着いた。「他には?」 その声を待っていたように、さっきより勢いよく技術者達は手を挙げる。「質問です。その研究施設には『ジェガン』や、そのオプションパーツが搬入されているのですね? それは、我々が自由にバラしても良いのですか?」「ダメだ。非分解系のデータ取りは自由にやっても構わないが、分解は軍の立ち会いの下、三社の現場責任者がそろった場合に限ってくれ。二機目のジェガンの搬入は早くても一年後なんだ」「それは、オプションパーツもですか?」「いや、そっちは比較的融通してもらえる。ビームライフル、ビームサーベル、エネルギーcapカートリッジ、チタン合金と特殊セラミックの複合装甲など。その当たりはある程度そちらの好きにしてもらっても構わない」「は、反応炉はどうなのですか?」「反応炉の予備は二つしかない。一つは分解しても良いが、もう一つは動かしてデータを取るのに使ってくれ。なお、反応炉を分解する際の注意事項がマニュアル化されてαナンバーズから送られてきている。絶対にその指示から外れないように。 当然、ジェガン本体に搭載されている反応炉は、原則手出し不可だ」 好奇心剥きだしの技術者達の質問に、中年の佐官は逐一答えていく。 いい年をした男達が目をきらめかせている様は少々鬱陶しいが、彼等の好奇心と探求心に帝国の未来がかかっているのだ。あまり水を差すわけにも行かない。 ある程度、技術者達からの質問が出そろった所で、今度は軍人達が率直に質問を投げかける。「それで、仮にキミ達の考える人員で予算の縛りがないとして、この三つの研究はどれくらいで目処が出ると考えるかね?」「………」 その問いに、それまでずっと威勢良く口を開いていた技術者達は一斉に口を閉ざした。「………」 互いに目配せをしあう、気持ちの悪い沈黙がしばし続く。 その沈黙をため息で破り、立ち上がったのは中年から初老に差し掛かった年頃の技術者だった。「ミノフスキー粒子その物に関しては、率直に申し上げて分かりません。あまりにも未知の存在ですから、大ざっぱなタイムスケジュールさえ明言するのは難しいです。 逆に、「ミノフスキー粒子」さえあるのならば、反応炉の試作は比較的早い段階に完成するのではないかと思われます。『ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉』の原理は、原則我々が実験室レベルで作っていた物とそう大きく違いませんから。 機動兵器に搭載できるほどの信頼性と小型化を両立させるのは難しいでしょうが、現在国内で稼働している原子炉の代用として、備え付けの大型『核反応型発電機』と言う形であれば、早くて5年くらいで試作第一号をお見せできるかと。 無論、実験用の「ミノフスキー粒子」が潤沢に入手できることが大前提ですが」 希望を見いだして良いのか、絶望した方が良いのか、何とも微妙な目算に軍部の人間はどういう表情を浮かべればよいのか、戸惑った顔で首を傾げる。 それでも気を取り戻した初老の中将は質問を重ねる。「そうか。では、戦術機は?」 素人目には一番短期の成果が出そうに思えるのが、この分野だ。 なにせモビルスーツと戦術機の大きさはほとんど同じで、形も同じ人型、その上主動力はどちらも電力なのである。乱暴な言い方をすれば、主機関だけをチョンチョンと載せ替えて調整すれば動くだけは動きそうな気さえする。 その考えはある意味あたっていたのか、技術者は明るい表情で胸を張って答える。「はい、そちらも比較的明るい見通しが立っています。出来るだけ現行の戦術機製造方法から逸脱せず、変更点を絶対必要な部分に限った形で作っていけば、5年以内に試作1号に火を入れて、8年、いや7年以内には実戦投入可能なレベルの試作機をご覧に入れます」 おう、それは凄い。という反応を待っていた技術者であったが、軍部からの返答は予想外の物であった。「そんなに……かかるのかね?」「もう少しどうにかならんのかね?」「7年か。うーむ、それでは」 予想外の反応に、代表して答えていた技術者は慌てる。「ちょ、ちょっと待ってください。これは、凄いペースなのですよ。全く未知の動力を搭載した機体を5年で動かしてみせると言っているのです!」 5年、7年という数字も、はっきり言って可能な限りタイトにタイムスケジュールを組んだ場合に話なのだ。彼が頭の中で考えているタイムスケジュールを部下や同僚に見せれば「鬼」「悪魔」「魔王」「冥王」「デスマーチ指揮者」など、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられるだろう。そんな決死のタイムスケジュールをそのように言われては、立つ瀬がない。(ひょっとすると彼等は、αナンバーズの非常識と目の当たりにしすぎたせいで、自覚がないうちに感覚が麻痺し始めているのではないだろうか?) 技術者はふと、そんな事をも思いつく。 あり得ることだ。特に自分の専門分野以外だと、その傾向が強い。 現に自分がそうだった。ついこの間まで祖国滅亡がリアルに迫っていたはずなのに、この間会社の同僚が、「日本列島の危機を完全に取り除くためにも、最低でも甲25,甲19ハイヴは早急に攻略すべきだ」などと言った際、自分も「まあ、理性的に判断すればそうするべきなんだろうな」などと、同意を返してた。 現在の帝国軍の実情を知る高級軍人が聞けば「寝言は寝てほざけ」と言いたくなる意見だろう。 どうしてもαナンバーズの破竹の連続勝利を見てしまった所為で、対BETA戦に対する感覚が麻痺してしまっているのだ。 それと同じ事が、この軍人達にも起きているのかもしれない。下手に、間近でαナンバーズの超技術を見てしまったせいで、技術開発という物がどれくらい大変な物であるか、物差しが狂って正確に測れなくなっているのではないだろうか。「とにかく、5年というのは駆け引き抜きでこちらが提示する最速ラインです。かつてF-15のライセンス生産を始めてから、『不知火』を完成させるまでにかかった年月を考えて見て下さい」 帝国がF-15Jイーグルのライセンス生産に踏み切ったのが、1985年。一方、初の国産戦術機『不知火』が誕生したのは1994年である。 第二世代戦術機の製造ノウハウを吸収し、第三世代戦術機を作るだけでも9年の月日を要したのだ。 それと比較すればなるほど、ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉を搭載した戦術機の実戦試作機完成が7年というのは、普通ならばはったりと取られてもおかしくないくらい、短い期間なのかも知れない。「いいですか、中佐。どうか、ご理解いただきたい。我々はαナンバーズではないのです。我々には我々の常識がある」 技術者は言葉を重ね、軍の人間達の理解を求めた。 【2005年4月1日、日本標準時間20時02分。万鄂王作戦第二段階)。踏破距離620キロ地点(重慶ハイヴまで880キロ)】 αナンバーズBチームは、数万のBETA本体を相手取り、奮戦していた。「世のため人のため……って、この口上もタンク状態じゃちょっとしまらないね」 あくまで陽気な口調を崩さずに、破嵐万丈はダイタンクを操り、二門のキャノン砲をBETAの中へ無造作に打ち込んでいく。 無論、無数ともいえるBETA達は仲間が消し飛ぶ中も前進を止めず、津波のようにダイタンクに押しよせて来るが、万丈は気にもとめない。「その程度で、このダイタンクを止められると思ったかいっ?」 ダイタンクは、αナンバーズでも指折りの巨大ロボ、ダイターン3の戦車形態である。その全長は実に80メートル。総重量は800トン。闘士級や戦車級と言った小型種はもちろん、要撃級でもそのキャラピラの下になればただぺしゃんこになるだけだ。 走行の邪魔になりそうなのは、全高60メートルを誇る要塞級ぐらいのものだが、その数は少ない。「おおっと、そこかッ、ダイターンキャノン!」 動きの遅い要塞級は特大のキャノン砲を喰らい、木っ端微塵に吹き飛ぶ。「よーし、次行ってみようか」 陽気な快男児の進軍は、止まりそうもなかった。 しかし、いかにダイタンクのキャラピラが凶悪とはいっても、押し寄せる全ての小型種を踏みつぶせるわけではない。 グチャグチャのミンチと化した仲間の死体をかき分けて、何匹かの戦車級BETAはダイタンクの上へとよじ登ることに成功する。「おっと、こいつは少し拙いかな」 レッドシグナルがなるコックピットの中で、万丈が少し眉をしかめる。 この辺りが、超大型特機を運用する難しさだ。小型の敵機に張り付かれては反撃の手段が極端に少なくなる。 これが、エヴァンゲリオンシリーズやキングジェイダーならばそもそも敵を寄せ付けない防御フィールドを持っているし、マジンガーシリーズやガイキングならば戦車級の噛みつきさえ気にする必要がないだけの装甲強度を誇っているが、生憎ダイターン3はそうではない。 無論特機の例に漏れず、モビルスーツやバルキリーなどとは一線を画する防御力を持っているが、戦車級の噛みつきにも傷一つ付かない、と言い切れるほどのものではない。こうしていつまでも集られているれば、いずれ装甲を食い破られてもおかしくはない。 しかし、万丈がアクションを起こすより先に、全体の状況を見ていたバニング大尉が声を上げた。『ウラキ、キース! ダイタンクのフォローに入れ!』『はいっ!』『了解ですっ!』 バニング大尉の命を受け、コウ・ウラキ少尉の乗るガンダム・ステイメンとチャック・キース少尉の乗るジムキャノンⅡがダイタンクに近づいていく。『よし、こいつをくらえっ』『万丈さん、機体に異常があったらすぐに言ってください』 そして、二機のモビルスーツは、手に持つ小さなビームライフルの銃口をダイタンクに向けると引き金を引き絞ったのだった。 二つの銃口から、桃色のビーム光が撃ち出される。だが、そのビームの形状は通常想像するようなまっすぐのものではない。まるで霧吹きのように大きく広がる円錐状のものだ。 効果はすぐに現れた。大きく拡散されて放たれたビームを喰らった戦車級BETAは、まるで殺虫剤を吹き付けられた虫のように簡単に息絶えて地上に落ちてくる。『万丈さん?』「大丈夫。計器に異常はない。がんがんやってくれたまえっ!」『了解、すぐにすませますっ!』 万丈からの報告を聞いたウラキはガンダム・ステイメンの脚部バーニアを拭かし、ダイタンクの上に飛び乗ると手に持つビームスプレーガンで、ダイタンクにへばりつくBETA小型種を次々と葬っていた。 これが、αナンバーズが対BETA小型種用に開発した新兵器、ビームスプレーガンである。 新兵器といっても、特別なことは何もしてない。単に通常のビームライフルを少し弄っただけだ。『短射程』『広範囲』『低威力』になるように。 これは、以前に戦車級BETAにたかられて危ういはめに陥った、バニング小隊の面々が提出したレポートを元に作られてた代物である。 もともとBETA小型種の防御力や生命力は弱い。無論、生身の人間と比べれば十分に高いのだが、戦場の兵器と考えれば、極端なソフトスキンと言えるだろう。 なにせ、小型種の中では一番防御力の高い戦車級でも、12.7㎜機銃の掃射で駆逐できるのだ。 言うまでもないが、12.7㎜程度の火力では、特機はもちろんモビルスーツやバルキリーの装甲だってびくともしない。 ということは、乱暴な言い方をすれば、12.7㎜機銃ならば小型種に集られた機体に心置きなく銃弾を浴びせても良い、と言うことになる。 このビームスプレーガンという兵器はそういった思想を作られていた。 戦車級BETAの防御力以上で、量産型モビルスーツの防御力以下の威力のビーム兵器。それもできるだけまとめて複数の小型種を巻き込めるように、範囲を広くし、閉鎖空間でも使用できるように射程をわざと短くして。 これは初の実戦テストだったのだが、結果は良好だった。『よーし、思った以上に使えるようだな。お前達はそうやって特機のフォローに回れ。緊急時以外は、モビルスーツには向けるなよ。そこまで威力の切り下げが出来ていないからな。原則、モビルスーツに取り付いた小型種は、ビームダガーで対応しろ』 新兵器の効果に少し頬を緩めたバニング大尉が、厳しい声を作って直属の部下二人に指示を飛ばす。『了解っ!』『了解です』 ビームスプレーガンの威力は一応理論値では、ジムキャノンⅡやジェガンの装甲にもほとんどダメージを与えないようになっているのだが、戦場には常に不確定要素がある。 ビーム光が間接部に潜り込んだ場合や、既に食いちぎられた傷跡にビーム光が差し込んだ場合などは絶対安全と言い切れない。現状、モビルスーツに取り付いた小型種は、ビーム光を極端に短くしたビームサーベルのモーション、通称『ビームダガー』で丁寧にはぎ取ることが推奨されている。『よし、こっちはこれで全滅だ』『コウ! 向こうで、獣戦機隊が小型種に取りつかれたみたいだっ!』『分かった、すぐに向かうっ!』 ウラキとキースは、これまでずっと物資輸送任務に就いている戦艦『エターナル』の護衛任務に就いていたため、これが始めての対BETA戦である。 しかし、なんだかんだ行ってもウラキもキースも、長らくαナンバーズに籍を置く歴戦のパイロットである。 モビルスーツを駆り、乾いた戦場を駆けめぐるその動きには、戸惑いや困惑の色はカケラも感じ取れなかった。 BETAとの初遭遇と言えば、熱気バサラを除くファイアーボンバーの残り三人もBETAと遭遇するのはこれが初である。 だが、意外なことにと言うべきか、当然ながらと言うべきか、レイ・ラブロックも、ビヒーダ・フィーズも、そしてミレーヌ・ジーナスも、大地を埋め尽くす異形の群を前にしても、これといった反応は示していなかった。というよりも、BETAに反応するだけの余裕がなかったと言った方が正しい。『いくぜっ! 次の曲だッ『HOLY LONELY LIGHT』!』『ちょっと、バサラ! 危ないじゃない、いくらガウォーク形態でもそんな跳び上がったら、光線級に狙われるわよっ!』『♪♪♪!』『バサラ!』 熱気バサラは、ガウォーク形態のファイアーバルキリーで、BETA犇めく大地を縦横無尽に駆け回り、傍若無人に歌声を響き渡らせていた。途中何度か、群の中にいる重光線級がその巨大な目玉をバサラのファイアーバルキリーに向けたこともあるが、バサラはその度に警報が鳴るより早くBETAの群れの中に自機を沈み込ませ、レーザー照射から逃れていた。『ああ、もう、知らないッ! 私の歌も聴きなさーい!』 結局いつも通り、どうやっても熱気バサラの歌は止まらないと悟ったミレーヌは、やけになったように操縦桿と一体になったベースをかき鳴らし、自らも声を張り上げてコーラスを入れるのだった。『レーダー範囲内より、光線属種の全排除を確認。繰り返す、レーダー範囲内より光線級属種の全排除を確認』 戦場で戦うパイロット達に、ラー・カイラムの環境から明るい報告が入る。 その報告を待っていた、神宮司まりも少佐は素早く網膜ディスプレイに部下達の機体の状況を映し出すと、即座に命令するのだった。『よし、聞いたな。ヴァルキリー8、ヴァルキリー9。今の内に戦艦に戻って補給を済ませてこい』 命令を受けた、ヴァルキリー8とヴァルキリー9、高原少尉と朝倉少尉はそろって目を丸くして、思わず反論する。『えっ? わ、私の機体はまだ補給の必要はないようですけど』『こちらもです。まだ、弾薬も推進剤も半分近く残っています』 若い二人の言葉に、まりもは目を怒らせて、低い声を発する。『ばかもん、推進剤が半分を切ってたら十分だ。私達の機体は推進剤切れを起こせば、自力で帰還も叶わないのだぞっ!』 この世界の戦術機は推進剤切れを起こすと、全く飛べなくなってしまう。電力さえ残っていれば歩行は可能だが、それではいくら低空とはいえ、空中で停止中の戦艦ラー・カイラムの甲板まで跳び上がるのは不可能だ。 自力で帰還が叶わなくなるという最悪の事態を想定すれば、大げさなくらいこまめに燃料補給に向かせるというまりもの判断は決して間違っていない。『わ、分かりましたっ!』『了解ッ。ヴァルキリー9、これより一時、母艦に帰還します』 そんな理屈を思い出したと言うより、上官の低い声色に押された雰囲気で、高原少尉と朝倉少尉の不知火はその場から跳び上がると、まっすぐラー・カイラムへと戻っていった。『ついでに顔を拭いて、水と食い物を腹に入れてこいっ! 先は長いぞっ!』『はいっ!』『了解っ!』 まりもは、部下二人の不知火が無事ラー・カイラムのカタパルトデッキから中へと収納されるのを横目で確認し、ホッと安堵の息をついた。「しかし、映像では見てたけど、この人達本当、滅茶苦茶ね……」 全ての通信がオフになっていることを確認したまりもは思わずそう素直な感想を漏らす。 BETAを千匹単位で纏めて吹き飛ばす、空中戦艦。 BETAを踏みつぶして走る、全長80メートルの戦車。 化け物じみた機動でBETAの攻撃を避け続け、なぜか延々歌を歌い続けている手足の生えた戦闘機のような機体。 そして、今向こうの方では「忍、合体だ」「おうっ、やぁってやるぜっ!」等という声が聞こえ、不思議な光を放たれたかと思うと、四機のアニマル機体が合体して、30メートル強の大きなロボットに変貌を遂げている。『うおお、みんな纏めて吹き飛ばしてやるぜっ。断空砲フォーメーションだっ!』 そのロボットが攻撃をするとBETAの群れが、また千匹くらい纏めて消し飛んだようだ。 なんだか、真面目に一匹ずつ倒している自分が馬鹿に思えてくる。 さらに、別な方向でには両手に一丁ずつ長銃身ライフルを持ち、マントをなびかせた機体と、馬鹿げてでかい剣一本を持った武者鎧のような機体が、冗談の様な破壊力でBETAを駆逐している。 どちらも全長50メートルを超える戦術機の倍以上ある巨体だが、その軽快な動きからは全く鈍重さは感じられない。 まりもの気のせいでなければ、あの武者鎧型の機体はさっきから一度も火器を放っていない。まさか、武器はあのあほのように大きな剣一本だけだというのだろうか? 近接戦を特に重視する日本帝国でも、そこまで極端なコンセプトを持った機体は存在しないのだが。「よもや、マネをする馬鹿は出ないだろうな……」 一瞬、まりもは此処が戦場であることも忘れ、戦後この戦闘画像を見た者が受ける影響を心配してしまう。『一刀両断! 我が名はゼンガー、ゼンガー・ゾンボルト! 悪を絶つ剣なり!』 気のせいだろうか。巨大剣を構えて大見得を切るその機体の後ろに、とっくに暮れたはずの夕陽が見えた気がした。【2005年4月1日、日本標準時間23時01分。横浜基地地下19階。香月夕呼研究室】 日もとっぷりと暮れて、今日という日があと一時間に満たなくなった時間になっても、香月夕呼は研究室のデスクの前で、忙しなく資料に目を通していた。「あー、だるっ」 夕呼は熱いコーヒーを一口すすると、肩のこりをほぐすようにグルグルと首を回す。 夕呼にとって本道とも言うべき00ユニットに関する仕事は現在一時的に凍結状態だが、それでも夕呼の仕事量は睡眠時間を圧迫するくらいある。 αナンバーズとの交渉、帝国との取引、国連と帝国の仲介。さらには、刻一刻と変化する国際情勢やBETAの動向に対する情報の収集と分析も怠るわけにはいかない。「ふーん、αナンバーズは22時の時点で850キロ地点に到達ね。最初はトラブルが会ったみたいだけど、結局問題はなさそうね。ってあいつ等の心配何てするだけ無駄か」 夕呼が今手に取った用紙は、監視衛星からの情報だ。衛星軌道から見た画像情報だから詳しい事は分からないが、予定踏破距離を突破しているのだから、大勢に影響はないのだろう。 夕呼はその紙を無造作に、横に置くと次の用紙を手に取る。「これは……ああ、帝国から技術提携の要望書か。なに、αナンバーズのレールガンに使われている技術を99式電磁投射砲に応用? G元素に頼らない電磁投射砲の可能性ねえ」 夕呼は少し考えた後、その用紙を要検討と書かれた箱の中に入れた。 そうやって夕呼は、ブツブツ悪態をつきながら書類を片付けていく。大半は目を通す価値もないゴミ情報のたぐいだ。そう言った代物は、適当に斜め読みしただけで屑籠に放り込む。「ったく、貴重な森林資源の無駄遣いよね。こう言う下らない情報なら電子データで十分でしょうに」 けだるそうな夕呼の表情が変化したのは、そう言う夕呼が次の用紙を手に取り、何気なく目を通したその時だった。「アンバールハイヴ跡に国連軍の工兵部隊が到着? へえ、随分急ね。BETAが謎の撤退をしてからまだ4日しかたっていないのに」 これは何かあったと考えるべきだろうか? 夕呼は少し姿勢を正し、少し真剣に資料に向き直った。 そこに印されているのは、世間一般に公表されている情報だ。秘匿情報の様な物ではない。 アンバール基地に送り込まれた工兵の数。彼等が持ち込んだ武器や車両の数。アンバール基地再建のために輸送された資材の見積もりなど。 やけに行動が早いのが気になるが、基本的におかしな所はない。しかし、注意深く資料を見ていた夕呼の目には、どうしても見過ごせないおかしなポイントが見つけられた。「輸送船からアンバールハイヴ跡に資材を運んだ輸送用トラックのタイムスケジュールか妙ね」 アンバールハイヴはアラビア半島付け根のほぼ真ん中に位置する。補給物資を運んできた船が停泊する地中海沖からアンバールハイヴ跡までは、トラックでの輸送となる。 その動きが、妙なのだ。気のせいと言えばそれまでの小さな事なのだが、トラックの移動時間が、行きより帰りの方が時間がかかっていのである。 普通は帰りの方が若干速いものだ。当然だろう。何せ行きは荷台に資材を満載させているのに対し、帰りの荷台は原則カラなのだ。多少乱暴な運転をしても、物資を破損させる心配もないし、車体自体も軽くなっている。 それなのに、このトラック部隊は行きより帰りに時間をかけている。まるで、帰りの方が「より慎重に運ばなければならない物資」を積んでいるかのように。 それは何か。思いつく物は一つしかない。 反応炉とアトリエがまだ生きているはずのハイヴ跡から運び出される「貴重品」など。「まさか、G元素? アトリエが活動を再開させたと言うこと? それが事実なら、この間のBETAのアンバール基地襲撃の目的はこれ? アトリエの再起動?」 夕呼は、緊張で乾いた唇を一度舐めて、また考える。(もしそうだとすると、なぜBETAはわざわざ再起動させてアトリエを放棄したの? いえ、放棄したのではなく、人間の手に『稼働中のアトリエ』を転がり込ませることが目的と考えれば……) まるで何かに導かれるように、夕呼は推測を深めていく。 BETAは人間が稼働しているアトリエを持つことを望んでいる。それはイコール人間が、定期的にG元素を手に入れることを望んでいるということだ。 人類の手にG元素があれば、どのようなことが起こるか。「まさか……だとしたら、まるで蜜蜂みたいね」 その可能性に気づいたとき、夕呼の顔は血の気が引いて紙のように白くなっていた。 震える手でコーヒーカップを掴み、まだ暖かいその中身を一気に飲み干す。 その熱くて苦い飲み物の刺激で少し冷静を取り戻した夕呼は、すぐに机の上のインターフォンを取ると、隣室に控えている副官のピアティフ中尉に連絡を入れる。「ああ、ピアティフ? 悪いけど、国連の珠瀬事務次官とαナンバーズの大河全権特使と連絡をって頂戴。直接面談の機会を設けたいの。ええ、出来るだけ早く。お願い」 受話器を戻した夕呼は、大きくため息をつくと、体の震えを止めようと何度も深呼吸を繰り返した。「仮定に仮定を重ねた、推測と言うよりほとんど妄想に近い想像だけど。万が一にもこの予想が当たってたら、しゃれにならないわ。打てる手を打っておかないと」 どうにか気を取り直した夕呼は、それでもまだ苛立ちを隠せない表情で強く唇を噛むのだった。