Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その5【2005年4月5日、10時23分、横浜基地通路】 時間は僅かに遡る。 会議室を飛び出した破嵐万丈は、カツカツと大きな音を立てて、横浜基地の廊下を足早に進んでいた。 今のところまだ、誰ともすれ違っていないのは、幸いと言える。今の万丈の顔を見れば、どんな鈍い人間でも「何かあった」と悟ることだろう。そうした風評が広がるのは、αナンバーズにとっても、横浜基地にとっても良いとはない。 常人の駆け足にも匹敵するほどの早歩きで、万丈が角を曲がろうとしたその時だった。 「万丈さん、待ってくれ!」 駆け寄る足音と共に、聞き覚えのある男の声が背中から聞こえてくる。 反射的に足を止めた万丈の前に、その声の主はあっという間に回り込んだ。「ふう、良かった。どうにか、間に合った」「宙君……」 万丈は目の前の男――司馬宙を、複雑な感情を乗せた眼で見つめる。「大河長官の護衛はいいのかい?」 本来ならば自分も護衛役である万丈が、思わず自分の事を棚に上げてそう言う。 宙は苦笑しながら答えた。「その大河長官の指示だよ。っていうか、どう見ても、いま一人にしておいたらヤバイのは大河長官じゃなくてあんただ、万丈さん」「……すまない」 らしくない殊勝さを見せ、万丈は視線を逸らし謝罪の言葉を口にした。 破嵐万丈が今回のような問題行動を起こすのは、非常に珍しい。元々破嵐万丈は、問題児がスタンダードタイプと言われるαナンバーズの中では、数少ない大人な思考能力と、広い視野を併せ持つ、まとめ役の一人なのである。「まあ、しかたねぇよ。俺も邪魔大王国関連の敵が出たら、自分を抑えられる自信ねぇし。そういう奴はうちにいくらでもいるぜ。って、俺の場合、邪魔大王国に限らねえけどな、ハハッ」 万丈を慰めるように、宙はそう言って苦笑する。 司馬宙の言うとおり、αナンバーズの特機乗りには、『不倶戴天の敵』を持つ者が多い。 鋼鉄ジーグには、女王ヒミカ率いる『邪魔大王国』。 ガイキングには、ダリウス大帝率いる『暗黒ホラー軍団』。 ゲッターロボには、帝王ゴール率いる『恐竜帝国』など。 そして、ダイターン3を操る破嵐万丈にとって不倶戴天の敵とは、ドン・ザウサーとコロス率いるサイボーグ軍団『メガノイド』の事を指す。 メガノイドとは、破嵐万丈の父、破嵐創造博士の手によって生み出されたサイボーグのことだ。 元々、人類の宇宙進出のために開発されたサイボーグ・メガノイドは、結局失敗に終わり、その後独自の進化を遂げたメガノイドは、人類に反旗を翻し、地球圏に争乱の種をまき散らした。 しかも、破嵐創造博士はメガノイド開発の途中、息子と妻――万丈にとっては兄と母――を人体実験の犠牲にしている。 その時感じた、父とメガノイドに対する憎しみと怒りは、いまだにかけらも減じることなく万丈の腹の底でグツグツと煮えたぎっている。 そんな万丈に、メガノイドを連想させる人体改造に「偏見を持つな」と言うのは、土台不可能な話だ。「すまないね、あんな態度、君だっていい気はしないだろうに」 それでも、十把一絡げに『サイボーグ』全体を嫌悪する自分の態度が、目の前のサイボーグ・司馬宙を侮辱する態度であると思いついた万丈は、ばつが悪そうにそう年若い戦友にわびる。「いいよ、万丈さん。あんたの立場で、感情を抑えろってほうが無茶だ」「……分かっているのだがね。君やルネ君、ソルダートJや以前の凱のように、心を失わないサイボーグが存在することは。それに凱などは、獅子王麗雄博士がサイボーグ手術を施さなければ、死ぬしかなった身なのだからね」 サイボーグイコール悪でもないし、サイボーグ化手術イコール悪でもない。それは、理解できる。理解は出来るが、感情は収まらない。 そんな万丈を元気づけるように頷き返し、宙は同意を返す。「ああ、俺だって、親父に勝手にサイボーグにされちまって、最初は反発したさ。けど、邪魔大王国の野望を挫くには、鋼鉄ジーグの力がどうしても必要なのであって、親父だって好きで俺をこんな身体にしたわけじゃねぇんだ……多分。だから、香月博士もそんな感じ何じゃねえかな。俺達が来るまで、この世界の人間は全滅する寸前、って感じだったんだろ?」 そう言う宙から、万丈はスッと眼を逸らした。「う、うん。司馬遷次郎博士とは、生前お会いする機会が無くて正解だったかな……?」 司馬宙の父、遷次郎博士は本人に断りなく、実の息子である宙を勝手にサイボーグに改造し、鋼鉄ジーグとして邪魔大王国と戦うよう強要したという、香月夕呼もびっくりな人物である。 司馬宙は、獅子王凱のように、事故にあってサイボーグ化しなければ助からない状態だったというわけでもない。すこぶる健康に過ごしてた息子を、勝手にサイボーグにして「さあ、戦え」と言ってのけたのだ。 万丈が知る限り、万丈の父である破嵐創造博士ともっとも似通った前科の持ち主だ。生前に司馬遷次郎博士と会っていれば、万丈は、ダイターン3で全力パンチを叩き込んでいたかも知れない。 しかし、考えて見ればその技術はすさまじい。サイボーグ化された宙は、自分が生身の人間ではないと、かなりの長い期間、気づかずに普通の日常を過ごしたのだ。 最低でも、食事、排便、睡眠は生身と同じように出来るのだろう。この三つに支障があれば、どんな鈍い人間でも一週間も過ごせば、自分の身体がおかしいこと気づく。 いつの間にか、とりとめもなく思考が脱線していっていることに気づいた万丈は、目頭を押させ、二,三度強く頭を振る。「ふう。ダメだね。しばらく僕はここには来ない方が良いみたいだ。感情に振り回されて、考えがまるでまとまらない。 宙君、悪いけど大河長官に伝言を頼んでいいかい。僕はアメリカのストーム・マテリアル、ロサンゼルス支社に行ってるよ」 00ユニットの話はさておいても、香月夕呼の予想通り、G弾奪取にBETAが北米大陸にやってきたら事だ。 既に香月夕呼は、珠瀬事務次官を通して国連にその懸念を伝えている言う。国連を通し話がアメリカに伝わるのは、時間の問題だろう。その際、あの国がどのような対応に出るか? アラン・イゴールが築いた情報網はまだまだ脆弱なものだが、なにか判断材料の一つとなるような情報くらい入っているかも知れない。最悪の場合は、アランとボルフォッグに、少々乱暴な情報収集を頼むことも念頭に置いておいた方が良い。 そう決断した万丈は、再び歩き出す。「分かった。大河長官の護衛は、俺とヒイロ達でやっておくから、任せてくれ」 ヒイロ・ユイや、デュオ・マクスウェルは、年こそ若いがモビルスーツ戦に限らない戦闘全般におけるスペシャリストだ。護衛任務ぐらいは問題なくこなす。「悪いね」 小さく言葉を返して歩み進む万丈は、やがて基地施設から外へと出る。 春の穏やかな日差しは、万丈の身体を暖かく包み込み、ささくれだった精神を優しく解きほぐしてくれる。「ふう。外の空気に当たると、頭が冷えるね」 日頃の冷静さを取り戻した万丈は、素早く周囲を見渡し、『十分な広さ』があることを確認すると、後ろを振り返り、司馬宙に言うのだった。「それじゃ、後は頼んだよ。何かあったら、ストーム・マテリアルのロサンゼルス支社に連絡を入れてくれ」「ああ、分かった。そっちも気をつけてくれよな、万丈さん」 そういって、手を差し出す宙と握手を交わし、再び基地入り口前の空きスペースに向き直った万丈は、首に提げているペンダントを空高くかざし、声高に叫ぶ。「ダイターン、カムヒア!」「ば、万丈さん!? こ、ここで呼ぶのか!?」 岩国αナンバーズ基地からマッハ20の快速を飛ばした飛来した、全長100メートルの巨大飛行戦闘機『ダイファイター』の着陸音が、宙の驚愕の声を完全にかき消す。「ちょっと、万丈さん!?」「大丈夫、基地への乗り入れ許可は貰っているよ」「いや、そう言う問題じゃなくって!」 軽やかにダイファイターに乗り込んだ万丈は、すぐさま離陸する。「…………」 宙は呆然と見守る中、破嵐万丈を乗せたダイファイターは東の空の彼方へと消えてく。どうやら本当に真っ直ぐアメリカに向かう気らしい。 どうやら、破嵐万丈の精神状態は、まだまだ平静にはほど遠い状態のようであった。【2005年4月5日、21時00分、岩国αナンバーズ基地、戦艦ラー・カイラム】 香月夕呼から衝撃の告白を受けたその日の夜、岩国基地に停泊中の戦艦ラー・カイラム、アークエンジェルの両艦は、小惑星帯の旗艦エルトリウム、戦艦マクロス7、GGG艦隊、さらには地球・火星間を航行中の大空魔竜、エターナルも交え、フォールド通信会議を行っていた。 最初の議題は当然、BETAによるG弾奪取の可能性と、00ユニットの正体及。そして、その被験者である『鑑純夏』の救済方法である。「本日午前、香月博士からお聞きした情報は、昼のうちにデータ化して転送したので、目を通して頂けたかと思います。 まずは最初に、BETAがG弾を奪取するため、北米大陸に侵攻する可能性についてですが」 そう話を切り出したのは、戦艦ラー・カイラムの艦長席の隣に立つ、大河幸太郎全権特使である。『うむ、事実だとすれば由々しき事だな』『事実である可能性は、決して否定できませんな』『証拠はなにもありませんが、話の筋は通っています』 サングラスと帽子で顔を隠してもなお、暗い表情を隠しきれないバトル7艦長マクシミリアン・ジーナス大佐の言葉に、バトル7の参謀であるエキセドルと、エルトリウムの副長がそろって冷静な声で、同意を示す。『最悪の場合は、国連の承認を得ずに武力介入する、か。覚悟を決めておく必要はあるな』 戦艦エルトリウムの艦長である、タシロ提督はその言葉通り、覚悟を決めた表情でそう呟いた。 モニターを見渡せば、出席している全員が今のタシロ提督の言葉に同意を示している。 条約違反は無論大問題だが、条約を遵守するため世界の危機を見て見ぬふりをするほど、αナンバーズの価値観は硬直化していない。 タシロ提督の言葉を引き継ぐように、エルトリウム副長は四角い眼鏡を指で押し上げながら発言する。『では、この問題については、『最悪の場合は、独自の判断で武力介入も辞さない』ということでよろしいですか? よろしいようですね』 念を押す副長の言葉に、『否』と返す者は誰もいなかった。各国の中枢にいる人間が見れば、間違いなく顔色を失う、とんでもない結論である。 なにせ、世界を丸ごと敵に回しても問題なく勝利できる戦闘集団が、『いざという時は条約の遵守よりも、己の良心に従うことを優先する』と断言しているのだ。 武力では止めようがない絶対的な存在が、いざという時は法の鎖を引きちぎる意思があると分かれば、心穏やかではいられないのは、当たり前のことである。『良心に基づいた行動』などと言う代物は、どんな侵略戦争にでもあとからこじつけられるものだ。まさか、本当にαナンバーズの行動指針が、世間一般で言うところの『良心』であるなどとは、誰も思うまい。 いずれにせよ、この問題に対するαナンバーズの対応は、決定した。 議題は次の問題、『00ユニット』の正体と『鑑純夏』の救済方法へと移る。「では次に、00ユニットの正体と、鑑純夏の救済方法についてですが……」『はい。昼のうちに大まかなデータを、技術部、医療班に回して検討して貰ったのですが、正直厳しいです。なにより、恐らく存在するであろう、いつか分からないタイムリミットがやっかいです』 エルトリウム副長は、相変わらず無表情のまま、手に持ったファイルに目を通しながら、そう言う。 BETAの手により脳髄だけにされた『鑑純夏』は、どうにか生きながらえているが、その状態がいつまで続くか、保証はない。『鑑純夏』以外の同じ状態にされた人間は、全員横浜ハイヴ奪還時に全て死んでいたことを考えれば、むしろ今日『鑑純夏』が生きていることの方が奇跡とも言える。『『マイクローン装置』で肉体を再構成するという案もありましたが、率直に言って賭の要素が大きすぎますな。我々ゼントラーディも『マイクローン装置』の能力を全て把握しているわけではありませんからな』 エルトリウム副長の後引き継ぎ、エキセドル参謀はそういつも通りののんびりとした口調で発言した。『マイクローン装置』とは、巨人種族であるゼントラーディの保有していた、生体の複製・再構成装置である。この装置を使えば、巨人であるゼントラーディを人間サイズに縮めることも、逆に人間をゼントラーディサイズに巨大化させることも、一瞬で出来る。 また、かつてゼントラーディは男女の生殖行動ではなく、この装置による複製で数を維持していたという事実からも分かるとおり、マイクローン装置は生体クローン装置としての能力も併せ持つ。 扱い方次第では、人の身体を意図的に強化したり、特定の臓器を増やしたりも出来るのだから、理論上、脳髄だけの人間を五体満足な状態に再構成することも不可能ではないのかも知れないが、生憎そうするための正しい操作方法を知っている者がいない。 元々マイクローン装置は、謎の宇宙文明『プロトカルチャー』が作ったものであり、ゼントラーディや地球人にその全容を知る者はいないのだ。 マイクローン装置の研究は日々進んでいるので、将来的には可能になるのだとしても、『鑑純夏』にそれを待つだけの時間が残されている保証は、どこにもない。 続いて、GGG技術部のレポートを手に声を上げたのは、大河長官の留守を預かる火麻参謀だった。『GGG技術部からの報告は、俺がさせて頂きます。GGGのサイボーグ技術ならば、脳以外全て機械化したサイボーグの身体を作成することは可能だそうです。ただ、問題はいかにして現在BETAが作ったシリンダーの中で生きている『鑑純夏』の脳髄を殺さずに取りだすのか、という問題で止まっています。 また、サイボーグボディを作成にも一定の時間は必要ですので、その間『鑑純夏』の命が尽きないのか? という疑問を上がってます』『『「…………」』』 静まり返る中、サラに追い打ちを掛けるように口を開いたのは、特別にエルトリウムの艦橋に招かれていた、ネルフの責任者葛城ミサト三佐だった。『我々ネルフでは、ネルフ独自のクローン技術を用いて状況の打破を思案してみましたが、やはり苦しいです。生きた細胞さえあれば、『鑑純夏』をクローニングすることは可能です。ネルフの技術で作成するクローン体には、原則『魂』が宿りませんので、その身体に『鑑純夏』の脳を移植できれば、彼女を生身の身体を戻すことが可能なのでしょうが、第一の問題は、クローニングをしようにも、元となる『鑑純夏』の細胞が、シリンダーの中の『脳細胞』と『神経細胞』しか存在していないという点です。 脳細胞から万能細胞を培養し、そこから全身を生成する。それ自体は不可能ではないらしいですが、そのためにはシリンダーを割り、脳細胞にメスを入れる必要があります。 それから、クローン培養が完了するまで、月単位の時間、シリンダーから出た『鑑純夏』を生き長らえさせる手段が、現状見つかりません』 どこまでも否定的な意見が続く。さらに、エルトリウム副長がとどめを刺すように言う。『ゼ・バルマリィ帝国ならば、人体のクローン技術も人を脳髄だけで生かし続ける技術も存在しているのですが、生憎我々の元にいるゼ・バルマリィ帝国人は、バラン・ドバン、ルリア・カイツの両名だけです。バラン・ドバンは生粋の武人ですし、ルリア・カイツは幅広い教養はあっても、流石に専門医学的な知識はないようです』 結局、どこからも明確な『鑑純夏』の救済方法は提案されなかった。 暗く静まり帰った雰囲気に負けないよう、大河長官はあえて胸を張り毅然と問いかける。「つまり、我々には打つ手がない、と?」 その言葉に反発するように、反射的に大声を上げたのは、大河の直属の部下である火麻参謀だった。『いえ! んなこたぁ、ありませんぜ。少なくとも、GGGでは鑑純夏ちゃんのために、Gストーンを使った、特製サイボーグボディを用意する準備があります。 まあ、動力源以外の部分に関しては、横浜の香月博士が作られた物の方が、より生身に近いみたいですから、香月博士と技術のすりあわせをしながら作成することになるかと思いますがね』 そう言って火麻参謀は、人差し指で鼻の下を擦った。 聞けば、00ユニットの頭脳である量子伝導脳はODLという反応炉から取れる液体を、冷却装置として用いているのだという。そして、そのODLは時間と共に劣化するため、最低でも72時間に一度、反応炉で数時間に亘るODLの浄化処理が必要であるらしい。 72時間――3日に一度、数時間に亘る処理。つまり、鑑純夏は今のままでは、反応炉がある横浜から長時間離れることも出来ないということだ。 それに対して、GGGの誇る奇跡のエネルギー結晶Gストーンは、無限情報集積回路であり、超超高速度の情報処理システムであり、人の感情――勇気を糧とする天井知らずのエネルギー発生装置でもある。 よって、Gストーンを組み込んだボディならば、鑑純夏を72時間のくびきから解き放ってやることは可能かも知れない。ほとんど生身の身体と変わらない、香月夕呼製のボディにGストーンを組み込めば、鑑純夏は今後機械の身体であることを意識せずに生きていくことが出来るかも知れない。 無論、そのためには獅子王雷牙を筆頭としたGGGの技術スタッフと、香月博士との技術のすりあわせが必須である。完成には、通常は年単位、非常識なまでの発展進化速度を誇るαナンバーズの技術陣や、天才香月夕呼をも持ってしても、最低月単位の時間が必要だろう。 少しは明るい情報が出たところで、さらにネルフの葛城ミサトが続けて発言する。『こちらでも、多分に希望的観測含んだアプローチではありますが、一つ提案があります。 鑑純夏を香月博士の手によって00ユニットにしたと後での話ですが、全ての情報を抜き取られて、量子伝導脳にダウンロードされた鑑純夏の脳髄は死を迎えます。しかし、脳としての機能は死んでいても、この時点で全ての脳細胞が死滅している訳ではないはずです。 ですから、00ユニットへのダウンロード作業が終了した直後、鑑純夏の脳髄から生きた脳細胞を確保、培養し、鑑純夏のクローンボディを作成することは可能であると、判断します』 ミサトの意見に、それまで黙って話を聞いていた戦艦ラー・カイラムの艦長ブライト・ノア大佐は、首を傾げて口を挟む。「む? しかし、その段階でクローンを作成して何か意味があるのか? すでに、鑑純夏は00ユニットになっているのだし、脳移植をしようにも脳は死んでいるのだろう?」 そんなブライトの疑問に、ミサトは一つ頷くと、『はい。ですから、ここから先はかなり希望的観測含んだ話になります。 この時点で存在するのは00ユニットになった『鑑純夏』と、クローン培養された魂の入っていない生きた『鑑純夏の肉体』です。我々にはこの時点で手の施しようがありません。 しかし、脳髄から00ユニットに全情報をダウンロード可能であった香月博士ならば、逆に00ユニットからクローン体への再ダウンロードも可能なのではないでしょうか?』「むう、それは……」 ブライトは、難しい顔で顎に手をやる。 正直かなり滅茶苦茶な話だ。銃口から発射された弾丸を拾って投げれば、再び銃口に収まると言ってるような乱暴な理論である。しかし、得てしてこの手の超技術というのは、その乱暴な理論がまかり通り世界である。 空中合体を成功させるには、千分の一秒単位でペダルを踏むタイミングを合わせればいい。コンバインをOKにしたければ、五人の脳波を合わせればいい。成功の確率が低いのならば、勇気で補えばいい。 少なくとも、試しても見ないで「無理」と切って捨てるには、魅力的な提案である。「了解した。早速、GGGの新サイボーグボディ案と合わせて、明日にでも香月博士に提案しよう」「ええ、なんとか説得しましょう。この問題に関しては、香月博士の協力が必要不可欠だ」 ブライトの言葉に、隣に立つ大河長官も頷き同意を示す。 これで、00ユニットと鑑純夏に関する話は一時的に終了した。最善の結果が出ても、鑑純夏が一時的に00ユニットになるのは避けられないようだ。 やはり、脳髄だけの鑑純夏がいつまで生きられるのか、全く保証がないのが痛い。00ユニットにすることを拒否して、最善の救済方法を模索している間に、脳髄が死んでしまっては元も子もない。 どうしても、取るべき手段は、長期プランの最善ではなく、短期プラン次善になる。 一人の少女の救命も、重大な問題ではあるが、それだけにかまけていられないのが、今のαナンバーズの立場である。 会議の議題は次へ移る。『では続いて、火星ハイヴ間引き作戦の経過ですが、やはり間引き対象が大規模ハイヴになってから、ペースが大幅に落ちています。以前は、一度の出撃で必ず一個のハイヴを間引くことに成功していましたが、最近は、ハイヴの間引きに成功するのは二回に一回か、よくて三回に二回といったところです。 2005年4月5日の現時点をもって、攻略したハイヴは27。当初の火星ハイヴは全部で46でしたから、残りは19になる計算ですが、我々が火星ハイヴ間引き作戦を決行したのちに新設されたハイヴが17に上ります。よって、現在の火星の総ハイヴ数は36。 火星ハイヴ間引き作戦の開始から今日で95日になりますが、全体の数だけで言えば、46あったものが36――10しか減らせていません。特に、攻略対象がフェイズ7以上のものとなった2月15日以降の攻略ペースは、BETAがハイヴを新設するペースとほぼ同じです。このままでは』『イタチごっこ、か』 長々と説明を続けていた副長は、タシロ提督の言葉に『はい』と短く肯定の言葉を返した。 確かに、ハイヴを攻略するスピードと、新設されるスピードが釣り合っていては、永遠にハイヴの間引きは終了しない。 もっとも、破壊しているハイヴはフェイズ7か8で、新設されるハイヴはすべてフェイズ1なのだから、『イタチごっこ』というのは言い過ぎである。以下に数の上では同じ1個でも、フェイズ8のハイヴとフェイズ1のハイヴでは規模がまるで違う。 いずれ、当初存在していたハイヴを全て攻略すれば、その後新設されたハイヴの攻略は数倍の速度で終了することだろう。だから、イタチごっこなのは紙の上の数字だけの話であり、火星ハイヴの間引きは十分に前進していると言える。 とはいえ、壊すはしから新設されるという状況は、少々気が滅入るのも確かだ。 その状況を打破すべく、声を上げたのは大空魔竜の艦長であるピート・リチャードソンだった。『それならば、今後は我々大空魔竜も火星ハイヴ間引き作戦に参加してはどうでしょうか? 幸いにしてこの度の『万鄂王作戦』で、大空魔竜はレーザー属種の集中砲火にも耐えうるという実戦証明が出来ています。 大空魔竜が火星地表までの輸送を担当すれば、火星ハイヴ間引き作戦に参加可能になる機体は現状より遙かに増えるはずです』 ピートの提案に、一同はなるほどと、考え込んだ。 確かにその通りである。火星ハイヴ間引き作戦における最大の問題は、火星着陸時と離脱時に受けるレーザー属種の集中レーザー照射だ。 これを歯牙にも掛けないだけの防御力を有する機体は、流石のαナンバーズといえどもそう多くない。そのため、火星に向かわせられる機体に限りがあり、ハイヴ攻略が中々進まなかったのだが、着陸・離脱のリスクを大空魔竜が肩代わりしてくれるのならば、本体に残っている他の機体も十分、火星ハイヴ攻略の戦力となる。 そうなれば、ハイヴ攻略スピードは上がるだろう。問題は、毎回レーザーの集中照射を受ける戦艦・大空魔竜のメンテナンスだが、全長400メートルの大空魔竜は、無理をすればどうにかエルトリウムの格納庫に収納が可能だ。点検・修理はそう難しい話ではない。 そこで、ふと思いついたように声を上げたのは、戦艦アークエンジェルの艦長、マリュー・ラミアス少佐だった。「賛成です。そのためにも、今後復帰する機体は、今までのように私達先行分艦隊にばかり配備するのではなく、後方本隊にもある程度戦力を割り当てべきかと」 これまでは地球のハイヴ攻略戦を支援する関係上、戦力の割り振りは先行分艦隊にかなりの比重を裂いてきた。しかし、火星の攻略にも力を入れるのならば、本隊にもある程度戦力を割り振る必要がある。もっとも、地球でもBETAの北米大陸侵攻の懸念がある以上、全てを戦力を後方本隊に割り振るわけにはいかないが。「そういえば、復帰予定の報告はまだ聞いていませんでしたね。現状はどうなっていますか?」 ブライトとの問いに、モニターの向こうでエルトリウム副長が、手に持ったファイルをペラリとめくり、淡々と答える。『はい。現在、グレートマジンガー、ビルトビルガー、ビルファルケン、ストライクガンダムの四機が修理完了。氷竜、炎竜、Hi-νガンダム、サザビーの四機が近々修理完了の見通しで、さらに、バンプレイオスとR-GUNパワードの両機も、五月上旬には復帰する予定です』『ほう……!』 副長の報告に、会議に出席している面々は、喜びに満ちた驚きの声を上げた。 それだけ戻れば、αナンバーズの戦力は半分方戻ったことになる。 特に、バンプレイオスとR-GUNパワードの存在は大きい。この二機の合体必殺技である『天上天下一撃必殺砲・改』は、威力多可で知られるαナンバーズの中でも、トップクラスの破壊力を秘めている。 地球に送るか、火星攻略に回すか、どちらにしても大きな戦力になるはずだ。 さらに、その後を受け継ぎ、GGGの火麻参謀が口を開く。『勇者ロボ達はそれ以外も、全て復旧の目処が立っています。五月中旬には、ジェネシックガオガイガーが、六月の上旬には、ゴルディマーグとマイクサウンダース13世も復帰できるでしょう。まあ、それ以外のマイクサウンダース部隊の復帰は、ちょっと何時になるか分かりませんがね』 その報告に、GGGの長官である大河幸太郎は、喜びを一切隠さずに大きな歓声を上げる。「そうか! 勇者達が完全復活か!」『はい。それで、先ほどの『鑑純夏』ちゃんが絡む話になるんですが、勇者ロボ達は全員、地球行きにさせてもらえませんかね? Gストーンを使った00ユニットの素体を作るには、うちの研究班と香月博士が、長期間角突き合わせる必要があります』「ああ、なるほど、確かに。多忙な香月博士を、小惑星帯までお呼びするわけにはいかない、か」 そうなれば、現在はまだGGG艦隊内で修復中の勇者ロボ達は、全員一度地球に降りることになる。それならば、最初から勇者ロボは先行分艦隊所属にしておいた方が、移動のロスが少なくてすむ。『はい。となると、こっちが横浜に出向くしかないでしょう』「GGG艦隊、三隻丸ごとか。分かった。帝国及び横浜基地の許可はこっちで取っておこう」 香月博士との共同研究と言うことになると、GGG艦隊の降下ポイントは岩国αナンバーズ基地ではなく、横浜国連基地だ。『お願いします、大河長官』 火麻参謀は、そう言ってモニターの向こうの上司に頭を下げた。 GGG艦隊は現状、三隻の特殊宇宙戦艦で構成されている。すなわち、超翼射出司令艦『ツクヨミ』、最撃多元燃導艦『タケハヤ』、極輝覚醒複胴艦『ヒルメ』の三艦だ。 名前から各艦の役割を推測するのは少々難しいが、大ざっぱに言えば、ツクヨミは勇者ロボ達の空母、タケハヤはセンサーと情報解析に特化した電子艦、ヒルメは勇者ロボや各種ツールの整備、補修を担当する工場艦である。 GGGの勇者ロボ達の復帰が、他の特機と比べて早いのは、このGGG艦隊とそれに搭乗する何百という専用のバックアップスタッフのおかげである。 GGGの動向が決定したところで、バトル7のエキセドル参謀が口を開く。『他の報告事項としては、持ち帰った反応炉の欠片の調査が一段落しましたな。まだ、実験レベルのプロトタイプですが、反応炉の通信妨害装置も作成中。また、反応炉の固有振動数の割り出しも順調ですな。 これらの研究が実を結べば、戦況を優位にしてくれるのではないですかな』 研究班は研究班で、後方の闘いを続けている。その成果は、戦闘班のように常時目に見えるものではないが、成果が実ったときには劇的な一手となりうる。「そうですか。順調のようで、一安心です。それ以外の特機の修復状況はどうなっていますか? また、かなり急ピッチで修繕が進んでいますが、資源は足りているのでしょうか?」 ブライトの問いに答えたのは、エルトリウムの艦橋から通信に参加していた、大空魔竜の責任者、大文字博士だった。『グレートマジンガーの修理が終了した現在、ダイアナンAとビューナスAの修理を手がけています。あ、後ついでにボスボロットもですね。それが終了したとは、コンバトラーとボルテスの修理に取りかかります。コンバトラーチームの小介君が可能な限り資料を纏めてくれてますので、意外と早く実際の修理作業に取りかかることが出来そうです。 それ以外の特機は、正直まだ目処が立っていませんね。マジンカイザー、真・ゲッター、ライディーンなどは、眠ったままです。いつ目覚めるのかは、本人にしか分からないでしょう』 ここでいう、『本人』とは、パイロットのことではない。機体その物の事である。この手の意思のある機体は、いざという時は頼もしいのだが、中々こちらの都合に合わせてくれないのが、玉に瑕だ。 話し終えた大文字博士の後をつぎ、タシロ提督が口を開く。『資源の方も問題ない。確保した資源衛星の切り出しも、元素転換装置による資源の生成も滞りなく行われているようだ』 そうだな? と確認を取るタシロ提督に、副長は無表情のまま頷き返すと、『はい、問題ありません。ただ、問題というわけではないのですが、一つ提案があります』『む? なにかな?』『はい、そろそろエルトリウムも大規模なメンテナンスを行う時期に差し掛かっています。そこで、資源切り出しに使っている衛星の中央部をくりぬいて、エルトリウム用の簡易ドックとすることを提案します』 エルトリウム副長の提案に、バトル7のマックス艦長は首を傾げる。『む? エルトリウムは宇宙空間でも自己フルメンテナンスが可能だと、記憶しているが?』 戦艦エルトリウムは、恒星間の超長距離を単独で航行する前提で作られた艦である。宇宙空間での自己メンテナンスは当然可能なはずだ。 マックス艦長の言葉に、エルトリウム副長は無表情のまま頷き返し、『はい、その通りです。しかし、その場合は外部装甲のチェックや付着物の除去など、船外活動では、常時複数の命綱を着けた不自由な作業を強いられることになります。 おおよその概算ですが、小惑星を簡易ドックに改良する手間と時間を加味しても、簡易ドックを使用した方が効率的だと思われます』 戦艦エルトリウムの外部装甲は、人工素粒子『ヱルトリウム製』であり、理論上は破損も状態変化もしないことになっている。しかし、理論はあくまで理論だ。世の中には既存の理論を覆す奴はいくらでもいるし、例え破損はしなくても外部装甲に、航行に有害な付着物がへばりつく可能性は十分にある。 そのため、定期的に外部装甲の点検が必要になるのだが、この作業ばかりは船外活動になる。さらに、本当に細かな作業になると、作業用ロボットや船外活動の乗り物から降りて、ノーマルスーツ姿の人間が、直接手を出さなければならない状況も想定される。 宇宙での船外活動で、一番恐ろしいのは言うまでもなく、勢い余って宇宙へと飛び出してしまうことだ。無論、万が一の為に作業員達は全員通信機と発信器を常備しているのだが、宇宙放り出された一人の人間を無事に保護するというのは、決して簡単なことではない。 宇宙に放り出された人間は、決して止まることなく、等速直線運動的にどこまでも飛んでいく。 宇宙の広さ間は文字通り無限大であり、そこに放り出された人間を捜し当てるというのは、初動が遅れれば遅れるほど、絶望的になる。 そのため、そういった事故を防ぐために、宇宙空間での船外活動では、二重三重の命綱で身につけ、万が一にも人員が宇宙に放り出されないように、万全を期すことになっている。 しかし、命綱の存在は、作業の効率化・高速化には大きくマイナスに働く。 よって、エルトリウム副長に言うとおり、ただの小惑星をくりぬいただけの簡易ドックと呼ぶにもはばかれるような代物でも、あれば作業は劇的に効率化するのである。『さらに余裕があれば、作業中だけでも簡易ドック内部を人間が生存可能な気圧、気温、成分の気体で満たすことが出来れば言うことはありません。幸い、圧縮空気の製造も順調ですので、一考の価値はあるのではないでしょうか』『むう、内部を呼吸可能な気体で満たすというのは少々勿体ない気もするが、簡易ドックは確かに魅力的だな。作業員の心身にかかる負担が大幅に減る』 副長の提案に、エルトリウムの艦長であるタシロ提督はそう言って、同意を示した。 どのみちエルトリウムのメンテナンスに船外活動が必要不可欠なのであれば、小惑星を簡易ドックにするのは、悪い提案ではない。 αナンバーズが、現在資源衛星として確保している衛星の直径は、おおよそ120キロ。一方、エルトリウムの全長は70キロで、幅は18キロ、高さは9キロ強と言った所だ。 小惑星の真ん中に、直径30キロから50キロ程度の円柱型の穴を貫通させれば、エルトリウム用簡易ドックのできあがりだ。鰻の寝床並みの狭さだが、入り口から入って出口から出て行くようにすれば、出入りはそう難しくない。 副長が言うように内部を人間が生存可能な空気で満たそうと思えば、出入り口のシャッターやドックの内壁も、十分な機密性を持たせなければならないが、中の作業員が宇宙に放り出されるのを防ぐだけならば、かなり乱雑なものでもよい。 その辺は、時間や手間と相談だ。『私は賛成だ。皆はどうかね?』「賛成です」「私も、異論はありません」『よいのでは、ないでしょうか』 賛否を問うタシロ提督の声に、一同はそろって賛同の声を上げる。 そんな中、少し考えた後、少々毛色の違った発言をしたのは、バトル7のエキセドル参謀だった。「私も基本的には賛成ですかな。しかし、一つ確認をしたいのですが、エルトリウムのメンテナンスを終えた後、その簡易ドックをどうするのですか、もう決まっているのですかな?」 エキセドル参謀の質問に、珍しくちょっと虚を突かれた表情を浮かべたエルトリウム副長は、一度眼鏡に手をやってから、答える。『そうですね。明確なプランはありませんが、今後の事を考えれば、そのまま残しておくつもりでした。いずれ元の世界に戻るつもりではいますが、それが何時になるか分かりません。 資源切り出し用の物資は、くりぬいた中央部分の破片だけも当面は持ちますし、それで足りなくなれば、また小惑星帯から適当な大きさの物を引っ張ってくれば良いだけですから』 エルトリウムのメンテナンスは、一度やればそれで終わりではない。副長の言うとおり、今後何年も元の世界に帰還が叶わない事態になれば、一年か二年後にはまたメンテナンスの必要が出てくる。『む……そうですな。再度使う可能性があるのでしたな……』『エキセドル参謀? なにか、問題があるのか?』 考え込むエキセドル参謀に、隣の艦長席に座るマックス艦長が首をエキセドル参謀の方に向け、声を掛ける。 エキセドル参謀は、小さく肩をすくめて答えた。『いえ、問題はありませんな。ただ、その小惑星をどうにか、地球と火星の間に設置することを提案したかったのですな。いずれ、我々が帰還した後、この世界の人類が太陽系の防衛を自力で行うのには、地球と火星の間に中継基地となりうる存在が必要なのではないかと、考えたわけですな』『なるほど、我々が帰還した後の話か……』 エルトリウムの艦長席に座る、腕を組んで神妙に考え込んだ。 以前にも何度か、この艦長会議の議題に上がったが、αナンバーズは将来的には元の世界に戻るつもりである。無論、地球、月、火星のハイヴが全て排除されるまでは、無責任にこの世界を去るつもりはないが、その後帰還の手段が見つかれば、速やかに帰還する予定でいる。 しかし、BETAは太陽系の外から来た可能性が高い。つまり、地球、月、火星、果てには木星や土星の衛星まで含めて、太陽系全体からBETAを駆逐したとしても、銀河系のどこかにはBETAはまだ存在していると考えられる。 そうであれば、一度馳駆しても、再度BETAが太陽系に侵攻してくる可能性は否定できない。 その際、現状の宇宙防衛レベルでは、火星はまた無抵抗のまま、BETAの支配地となってしまうだろう。 この世界の科学力では、無人機を火星に送り込むのにも、片道半年以上の時間を必要とするのだ。とてもではないが、火星に防衛部隊や、開拓団を送りこむのは現実的ではない。 しかし、火星と地球の間に、地球の公転と同期するように公転し続ける小惑星を置けばどうだろうか。 地球から小惑星まで、三ヶ月。小惑星から火星までも三ヶ月だ。地球・小惑星間に補給艦を行き来させ、小惑星に水、圧縮空気、食料、燃料などをため込めば、今よりはずっと現実的に、人類は火星に人を送りこむことが出来るのではないだろうか。『一考の価値はあります。しかし、懸念事項も幾つか』 エルトリウム副長の言葉に、提案者であるエキセドル参謀は、重々しく頷き返す。『そうですな。まず、小惑星を移動させるための大型核パルスエンジンの制作に、時間と資源を取られることになりますな。その労力のせいで、現行のハイヴ攻略が遅れれば、本末転倒、ですかな』『はい。それと、そのような重要なポイントに補給基地となりうる小惑星を残せば、我々が去った後の『小惑星の所有権』が問題です。下手をすれば、ただ火種を残すだけになる可能性もあるでしょう』 エルトリウム副長と、エキセドル参謀。αナンバーズ首脳陣の中でも、指折りの現実主義者二名の推測に、他の者達は神妙に耳を傾けている。『『『…………』』』 しばし続いた沈黙を破り、口を開いたのは、エルトリウムの艦長であるタシロ提督だった。『よし、分かった。エキセドル参謀の提案も念頭には置いておこう。副長、技術班から人を選抜して、あの小惑星を移動可能な核パルスエンジンの設計と、その完成に必要な物資・労働力の見積もり及び、タイムスケージュール表を提出させてくれ。それを見てから、もう一度議題に挙げよう』『了解しました』 タシロ提督の決定に、副長は素直に頷き返した。 確かにこれは、特別急ぐ案件ではない。 現状、それより優先しなければならない懸念事項が多数存在する。 BETAが北米大陸に侵攻する可能性に対する、対応。 00ユニットの完成と、鑑純夏の救済。 未だ修理待ちの状態である、多くの特機。 そして、先ほど戦力増加を決定したばかりの、火星ハイヴ間引き作戦。 小惑星を惑星間航行用の補給基地として移動させるプランの検討は、それらより遙かに優先順位が低い。『それでは、他に議題がなければ、今日はこの辺で閉会としたいのですが、よろしいですか?』 そう言ったエルトリウム副長はしばし間を置いたが、新たな議題を上げる人間はいない。『うむ。無いようだな。では、これで失礼する』『はっ!』『長官、次は地球で会いましょう』「うむ。光竜、闇竜と待っているぞ!」 こうして、数多くの情報が入り乱れ、多くの方針が決定された、2005年4月5日のフォールド通信会議は、幕を閉じたのであった。