Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その4【2004年12月20日、地球圏】 時間は少しさかのぼる。 12月16日に小惑星帯を出発した、ラー・カイラム以下三隻のαナンバーズ分艦隊は、無事地球圏へとたどり着いていた。 火星と木星の間の小惑星帯から、地球までわずか4日。これも艦尾につけられた惑星間航行ブースターのおかげだ。 4日間の航海の間、ゆっくり病室で休息をとったイルイは、念動力こそまだ戻らないものの、それ以外は完全に健康を取り戻していた。 そして、やっと病室から出ることを許されたイルイは、ラー・カイラムの艦橋で、ブライト艦長と話をしていた。「では、イルイ。君も、詳しいことは分からないのだな?」「うん。でも、みんなをこの世界に呼んだのは私です。……ごめんなさい」 イルイの口調が、イルイ・ガンエデンのものから、小さなイルイのものに近くなっている。そのことに気づいたブライトであったが、特に指摘することなく質問を続ける。「うむ。では、君の力が戻ったとして、我々を元の世界、元に時代に戻すのは可能なのか?」「それは、無理です。あのときは、無限力がみんなをどこかに連れていこうとしていたの。私はその力の方向を曲げただけ。私一人の力で、時空間の壁を越えるのは無理です」「そうか……」 ある程度は予測していた返答である。問題と言えば大問題だが、差し迫った問題ではない。ブライトは、思考を切り替えて、もっと身近な問題に質問を切り替える。「では、なぜ我々をこの世界に導いた? リュウセイたちが見たという「助けを求める少女のイメージ」と言うのが、関係しているのか?」「うん。あのとき、世界の壁を越えて、小さな女の子が助けを求めていたの。地球が、人間が、宇宙人に攻められて滅亡の危機に瀕している、って」「人類、滅亡か」 ブライトは呟く。なかなかスケールの大きな話だが、まあ、あり得なくはないだろう。そもそもαナンバーズ自体が、元の世界では多種多様な宇宙人と戦火を交えてきたのだ。星間連合、ゼ・バルマリィ帝国、そしてバッフ・クラン。似たような勢力がこの世界の地球を襲ったとしても、不思議はない。「その少女は、念動力者なのか? どうやって、少女は我々の存在を知った? 今もイルイは少女の存在は感じられるのか?」 矢継ぎ早なブライトの質問に、イルイは短く的確に答える。「念動力者かどうかは分からない。でも、何かの力は持っている。助けは私たちに求めた訳じゃないみたい。誰でも良いから助けて下さい、ッて感じだった。存在はこっちに来てから感じられない」「うむ……」 ブライトは顎に手をやって考え込む。今一欲しい情報が入らない。しかし、一つ確実に分かったことがある。それはこの世界の地球が、相当危険な状態にあると言うことだ。 そうでなければ、特定のターゲットも定めず、次元を越えた世界にSOSを送ったりはしないだろう。どう考えても、非効率的すぎる。この世界は、そんな暗闇の中で闇雲に手を振って命綱を探すような手段をとらなければならないほど、追い込まれていると言うことだ。少なくとも、その少女はそう思っている。「分かった。では最後に一つ。その少女は地球のどこにいるか、分かるか?」 最後の質問に、イルイは初めて少し、何かを思いだそうとするように考え込む。「詳しくは分からないけど……きっと、日本のどこか、だと思う」「なるほど、やはり日本か」 半ばその返答を予期していたブライトは、苦笑した。 元々の世界でも、特殊現象の大部分は日本から始まっていた。 恐竜帝国に、邪魔大王国。キャンベル星人に、ボアザン星人。いずれも主に暴れたのは日本列島だ。そしてそれらに対抗するために作られた特機、マジンガーZ、ゲッターロボ、ボルテスⅤ、ライディーン等々……。現在、αナンバーズに所属している特機の8割から9割が、日本原産である。 この世界でも、日本という地域は、地球の特異点なのだろうか?「よし、トーレス。地球圏の宙域に何か異変は有るか?」 突然ブライトに話を振られた管制官は、慌てるでもなく即座に的確な返答を返す。「ラグランジュポイントや大気圏外周辺にスペースデブリ多数。大気圏外周辺には監視衛星らしきものの姿も確認できます。どうやら、この世界の地球人も、ある程度宇宙に進出しているようですね」 ブライトは一瞬、こちらから人工衛星や地上に向けて通信を送ることを考えた。だが、すぐにその考えは否定する。 敵宇宙人の通信技術がこちらを上回っていないという保証はない。下手に傍受でもされようものなら、どんな危機を招くか分からない。安易な行動は避けるべきだ。極端な言い方をすれば、今トーレスが確認した人工衛星だって、敵宇宙人に乗っ取られていないとは限らないのだ。「となると、連絡を取って問題がないと言えるのは、イルイにメッセージを送った少女がいるという、日本か」 ブライトは念のためイルイに確かめる。「イルイ。その少女が、すでに敵宇宙人にとらわれているという可能性は?」「それは大丈夫、だと思います」 少女の思念に、我が身に危険が迫っているという意志は感じられなかった。無論、その少女が「自分の命も省みず、ただ世界の救済を祈っていた」という可能性は残っているが、そこまで考えるときりがない。「そうか……」 そうなるとやはり、何とかして最初は日本に連絡を入れたい。フォールド通信ならば、ピンポイントで日本に通信を送れるが、この世界の日本にフォールド通信を受信出来る装置があるとは思えない。 ブライトは腕を組み考え込む。その時だった。「ッ、大気圏再突入する機影多数。少なくとも100は越えています」「なに? 地表への戦闘行動か?」 ブライトは、身を乗り出すようにしてトーレスに確認した。「そのようです。あっ、地表よりレーザー照射! 何機かが迎撃されました! とんでもない精度と射程です! 再突入機は、高度1万メートル前後で攻撃を受けています!」 高度1万メートル上空の敵に違わずレーザー照射する。それは敵味方に非常識な連中ばかりを抱えてきた、αナンバーズにとっても、十分に驚異といえる能力だった。「どこだ! どこが戦場になっている!?」「今計算しています……出ました。降下予想ポイント、レーザー発生ポイント共に日本です。日本海、佐渡島! そこが今戦場になっています!」「戦場をモニターできないのか?」 ブライトの声にトーレスはお手上げを言わんばかりに、両手をあげて肩をすくめる。「さすがにここからじゃ無理ですよ。ただ、佐渡島全域で高熱反応が何度も確認されていますから、現在も戦闘が継続中なのは間違いないです」 ラー・カイラムはそれなりに高性能艦ではあるが、この距離から地球の小さな島で行われている戦闘の詳細をモニターできる様な能力はない。 だが、この艦にはそんな機械よりもっと精密な感覚を有する特殊技能者が何人も乗っているのだった。「ああ、駄目! すぐに、すぐに助けに行かないと、手遅れになる!」 突如、艦長席の隣に設けられた予備席に座っていたイルイが、目の色を変えて声を上げる。「イルイ? どうした!?」 ブライトがイルイの肩をつかみ、強く揺するが、イルイは瞳を大きく見開きながら、ガタガタ震えるだけだ。椅子の端をつかむ指の先が血の気を失って真っ白になっている。「分岐点が、すぐそこに。間に合わない! 駄目、助けないと……!」「予知か? ちぃ。誰か、医務室に連絡を!」 イルイの体力はまだ戻ったばかりだ。いきなり「力」を使ったせいか、イルイはブライトの腕の中で、気を失った。 それと同時に、艦橋の入り口の方から軽いエアー音が聞こえる。 もう救護班が来たのかと思い、ブライトは振り向く。しかし、入ってきたのは救護班ではなく、二人のパイロットだった。「ブライト、何があった!」「ブライトさん、人の魂が! 強くて悲しい思いが、どんどんと流れて来るんだ!」「アムロ、カミーユ。お前達か」 入ってきたのは、ラー・カイラムが誇る二人のニュータイプだった。アムロはまだ冷静さを保っているが、カミーユに至っては、完全に顔色を失っている。「お前達も何かを感じたのか?」 ブライトは小さなイルイの肩を抱いたまま、アムロとカミーユに問いかける。「ああ、地球の上で人の命が散るのを感じた」「その命の悲鳴の元を辿るように意識を集中したら、その先でものすごい数の人が死んでるんです! 戦って死んでるんだよ!」 アムロが言っている「地球の上で散った命」というのは、さきほど撃墜された再突入機のことだろう。カミーユの言う、「元をたどった先」というのはトーレスの言っていた「佐渡島」に違い有るまい。やはり地表では今まさに、相当過酷な戦いが繰り広げられているようだ。 考えてみれば、今の再突入攻撃自体が、地球人類が劣勢に立たされている証拠ではないか。 地球を母星とするはずの人類が、大気圏外から奇襲をかけ、宇宙から飛来したはずの宇宙人が地球の地表からそれを迎撃する。どう考えても立場が逆である。地球の大部分が宇宙人に占領されていると考えなければ、辻褄が合わない。 そして、イルイの今の言葉。予知と思われる言葉。「すぐに助けないと」「手遅れになる」「分岐点」。 イルイの予知。アムロとカミーユの反応。これだけ条件が重なれば、何の異能力のないブライトでも、いやな予感を覚えるというものだ。「よし、トーレス。アークエンジェルのラミアス少佐と、エターナルのラクス嬢に連絡! 本艦とアークエンジェルは地球への強行突入を敢行する!」「了解、降下ポイントは佐渡島ですか?」 両艦に通信を送りながら、聞き返すトーレスに、ブライトは首を横に振る。「いや、先ほどのレーザーを纏めて食らえばアークエンジェルはともかく、ラー・カイラムは危ない」 それなりの重装甲を施されるラー・カイラムが、たとえ大気圏突入時でも、レーザーの1本や2本で落ちるとは思えないが、10本20本となると話は別だ。 それに比べれば、アークエンジェルはまだ分がいい。アークエンジェルの外部装甲は最新式のラミネート装甲である。これは、本来対ビーム装甲なのだが、そのコンセプトが「ビームエネルギーを熱エネルギーに変換して廃熱する」というものだ。 光熱線を集中照射するレーザーはまた勝手は違うが、ある程度、熱拡散、廃熱処理による防御が期待できる。 とはいえ、それでもいきなり先ほどのレーザーが待ち受けている佐渡島への降下は危険が大きすぎることには変わりない。 そうしている間に、アークエンジェル、エターナルとの三方向通信の準備が整った。「こちら、アークエンジェル」「いかがなさいましたか、ブライト様」 ラミアス、ラクス、両艦長の顔がモニターを二分して浮かぶ。どちらの顔にも、程度の差はあれ、厳しい表情が浮かんでいた。先ほどの大気圏降下部隊とそれを迎撃したレーザーを、彼女たちも確認しているのだろう。「状況が動いた。本艦とアークエンジェルはすぐに地球への降下を開始する。エターナルはここで待機。いざというときのために、エルトリウムとの連絡をお願いしたい」「はい、了解しました!」「はい、お任せ下さいませ」 ラー・カイラムとアークエンジェルは、どちらもあらゆる状況を想定した万能艦として作られているの対し、エターナルは宇宙で高速機動に特化した作りとなっている。それを念頭に置いた役割分担だ。 今後地球での戦闘が長引けば、エルトリウムから援軍や補給物資を運搬する必要があるだろう。その際、エルトリウム←→地球圏の運搬をエターナルが担当するということだ。 無論、ラー・カイラム、アークエンジェルの両艦に万が一のことがあったときの保険の意味もある。「降下ポイントは、太平洋上日本列島沖370㎞。なお、レーザー照射を危険を考えてアークエンジェルに先行してもらう」「了解です、ブライト大佐。準備完了次第、降下シーケンスに移行します」 モニターの向こうでラミアス少佐が敬礼をする。「ああ、宜しく頼む」 ブライトは敬礼を返した。【2004年12月20日12時37分、国連軍横浜基地】 正午過ぎ、昼食を迎え、いつもは僅かながら活気を取り戻すこの時間になっても、横浜基地の雰囲気は凍り付いたような緊張感に包まれていた。 まあ、それも無理はあるまい。現在横浜基地に所属している兵士は、ほぼ全員が日本帝国軍から出向してきた人間だ。 同胞が今まさに、佐渡島で国の命運をかけて戦っていることを知った上で、美味しくご飯を頬張れる胆力の持ち主が、早々いるはずもない。 そんな暗く静まり返ったPXをよそに、香月夕呼は地下19階の専用研究室で、今日も1人研究に勤しんでいるのだった。「ふう……やっぱり駄目ね。どうやっても半導体並列回路の小型化がボトルネックになっている。劇的な技術革新が起きない限り、研究はとん挫したまま……か」 夕呼は、パイプ椅子をギシリといわせ、背もたれにもたれかかった。 研究は完全に煮詰まっていた。ブレイクスルーを期待して、色々と門外漢な分野にも手を伸ばしてみたが、全てからぶり。オルタネイティヴ4の研究は、はっきりいって3年前のあのときから一歩も進んでいない。後一歩で届くのに、その一歩が絶望的に遠い。 佐渡島の戦況も気になるが、あちらは夕呼がどうこうできるものではない。ならば、出来る事をやるだけ、と寝食も忘れ研究に没頭する夕呼を呼び出したのは、机に設置されたインターフォンだった。「ったく、なによ、今更私に」 舌打ちをしながら、夕呼が受話器を取ると、そこから聞こえてきたのは聞き覚えのあるひょうひょうとした男の声だった。「いやあ、突然すみません、香月博士。実は、取り急ぎご相談したいことがあるのですが」「鎧衣? なによ。用があるならいつもみたいに勝手に入ってくればいいでしょ」 それは、帝国情報部課長、鎧衣左近の声だった。不機嫌を隠さない夕呼の声に、鎧衣は笑いながら、言葉を返す。「いえ、ですから、急いでいまして。あれは意外と時間がかかるのですよ」 あれ、とはいつもやっている不法侵入のことだろう。鎧衣は普段、伊達や酔狂で不法侵入を繰り返しているわけではない。職業柄、可能な限り自分の所在を記録に残したくないが故の行動だ。 その鎧衣左近があえて正式な手順を踏んでまで、時間を惜しんでいる。何かがある、と感じるには十分な材料だ。「分かったわ。許可は出しておくから、勝手に入ってきなさい」 夕呼はそれだけを告げると、乱暴にインターフォンを戻した。 5分後、夕呼は研究室で鎧衣左近と対面していた。 いつも通りの、帽子とコート。とらえどころのない笑顔を浮かべ、表面的にはいつもとどこも違わないように見える。「いやあ、すみません。実は、先ほど予想外の出来事が起きましてね」 だが、この男が何の無駄口も叩かずに、いきなり本題にはいること自体が極めつけの異常事態である。「なによ、佐渡島に向かった帝国軍が全滅でもした?」「いえいえ、それならば最悪の事態ではあっても予想の範疇です。佐渡島ハイヴ攻略戦は予想通りに負けています。予想外なのは日本海側ではなく、太平洋側でして」「太平洋?」「はい、先ほど大気圏外から所属不明の戦艦が二隻、太平洋上に降下してきまして。帝国が連絡を取ってみたところ、「佐渡島へ救援に向かいたい」とこう言うわけで」「結構なことじゃないの。今は戦力になるなら、猫の手でも借りたいところでしょ。おおかた、国連軍の兵士が独断で動いたんじゃないの?」 祖国をBETAに奪われた国出身の兵士達の多くは、アメリカよりも日本に好意を抱いている。まあ、自分の祖国をG弾で人の住めない土地にしようとするアメリカと、あくまで人の手で取り戻そうとする日本を比べれば、当たり前のことだが。 そんな、彼らが今回の「竹の花作戦」を聞きつけ、独断で行動したとしても不思議はない。 だが、左近は大げさに顔の前で手を振ってそれを否定する。「いえいえ、確かにそれが普通の再突入駆逐艦であれば、そうなのですがね。現れた艦というのが、全長400から500メートル近い巨大な艦で、しかもそれが海面上十数メートルの所をバーニアも噴かさず、『浮遊』しているんだそうですよ」「…………」 夕呼は不覚にも息をのむ。そんな夕呼の様子に気づいていないはずはないのだが、左近は飄々とした表情を崩さず、話を続ける。「これはどうにも訳の分からない事態だ、こういう訳の分からない事態は、日頃から訳の分からないことばっかり言っている香月博士の管轄ではないか、とこうなったわけですな。一応、この基地の司令室でその「所属不明艦」と通信が繋がるようにしてあるのですが」 よく聞くとかなり失礼な言い口なのだが、今の夕呼にそれをつっこんでいる余裕はなかった。「!!」 夕呼は、パイプ椅子を蹴倒すようにして立ち上がると、すぐに司令室へを駆け出すのだった。 十分後、基地司令室で香月夕呼は、モニター越しに、所属不明戦艦の艦長と対面を果たしていた。 司令部にいる人間は現在、夕呼の他に、社霞、鎧衣左近、そして帝国より出向中の中年の基地司令と、その副官だけだ。 本当ならば、司令と副官も追い出したい所なのだが、今の夕呼の権限ではそこまで力が及ばない。「ここで聞く話は、一切他言無用」と念を押すのがやっとだった。「国連軍横浜基地所属、オルタネイティヴ6総責任者、香月夕呼です」『独立部隊αナンバーズ、ラー・カイラム艦長。ブライト・ノア大佐です』 夕呼の呼びかけに、モニターの向こうの人物は落ち着いた声で答えた。「おそらく、「この世界」では私が貴方達の置かれた状況を最もよく理解していると思います。よって、私が窓口となりますが、ご了承下さい」「この世界」という部分に強いアクセントをつけて夕呼はそう言った。 どうやら、その意味を正確に感じ取ったらしく、ブライトはピクリと眉を動かす。『では、貴女が我々を?』「はい。社、モニターに顔を映して」「はい」 無表情のまま、霞がモニターの前に進み出る。「社霞。彼女が私の指示で、貴方達にSOSを送りました。ここに来て下ったということは、我々に救援の手を差し伸べる意志がある、と考えてよろしいでしょうか?」 モニターの向こうでブライトは、霞の容姿を確認する。 青みがかった銀髪。真っ黒なドレス。不思議に透き通った表情。 おおよそ、イルイやリュウセイ達が言っていた「救援を求める少女」の外形と一致する。どうやら、運良く一番接触したい人物と、一番最初に接触できたらしい。ブライトは小さく安堵の息を吐き、答える。『そのつもりです。早速ですが、佐渡島で行われている紛争に介入したいと考えています。許可していただけるでしょうか? あ、「佐渡島」で通じますか? 我々はあなた方が今戦場としている小島をそう呼んでいるのですが』 あまりに当たり前のことを確認するブライトに、夕呼の後ろの司令官と副官が首を傾げる。 夕呼は口元に笑みを浮かべながら、小さく頷いた。「ええ、我々もそう呼んでいます。ちなみに私は今「日本」の「横浜基地」にいます。通じますか? 通じるようですね。どうやら、思っていたよりも「近い」所からいらしたようですね」「佐渡島」「日本」「横浜」。全ての地名に共通の認識がある。どうやら、科学技術その他はともかく、基本的にかなり近い「地球」から彼らは来たようだ。『そのようですね。それで、我々の参戦は認められるのでしょうか? 失礼ですが、あまり時間がないと思うのですが』「そうですね……」 夕呼は顎に手をやり考える。彼らが救援に向かうとして、問題は勝ち目があるかどうかと言うことだ。 次元の壁を越えてきたり、400メートルを超える戦艦を宙に浮かばせたりと、明らかにこの世界より技術的に進歩した世界からやってきたようだが、それだけで勝てるほどBETAは甘い相手ではない。「まずは、BETAのデータをそちらに送ります。それを検討しておいて下さい。司令」「む、何だね?」 突然話を振られた、横浜基地の司令官は、驚いたような顔をしながら返事を返した。「先ずは彼らの入国を許可していただけないでしょうか。責任は私がとりますので」 唐突な話に、大佐の階級章をつけた司令は、しばし考え込んだ。 この謎の飛行戦艦の素性は分からないが、香月夕呼という女についてはある程度理解している。 決して無条件に善良とは言えないが、その精神は基本的に曲がっていないし、何より聡明な女性であることは間違いない。「分かりました。入国を許可しましょう」 しばし考えた後、司令はそう答えた。ちなみに当たり前だが、基地司令で大佐に過ぎない彼に他国の軍艦の「入国許可」を出す権限などない。だが、現実問題として、現在日本の太平洋側の戦力は、彼の貴下にある横浜基地所属軍のみである。 その彼が現場の判断で「許可」をすれば、物理的に入国を遮るものはなくなる。後は、書類上の手続きを、事後承諾で整えればいいだけだ。 これは下手をすれば、司令の首が物理的に飛ぶくらいの暴挙だが、彼も帝国の軍人である。今の帝国が必要としているのは、法の順守ではなく、一隻でも多くの援軍であることを理解していた。 自分の首一つで、佐渡島ハイヴ攻略の可能性が1パーセントでも高まるのなら、本望だ。「ということですが、ブライト艦長?」『はい、聞こえました。感謝します』 ブライトは、モニターの向こうで敬礼をした。不思議とその敬礼の仕方は、帝国式のそれと非常によく似ていた。「それでは、そのまままっすぐ直線コースで、佐渡島を目指して下さい。ただし、たとえ先についても、日本海にはまだ出ないで下さい。参戦許可を取り付けますので」『了解しました』 夕呼の言葉に、ブライトはもう一度敬礼を返した。【2004年12月20日13時14分、松浦湾上空】「……以上が、今回の我々の敵、『BETA』のデータだ。全七種類、大まかな特徴は頭に入ったな?」 日本帝国からの参戦許可が下りる前の時間を使い、ブライトはラー・カイラムのブリーフィングルームで、夕呼から送られてきたデータを元に対策会議を開いていた。 無論、アークエンジェルに乗っているパイロット達も、モニター越しに参加している。「厄介なのは、レーザー級と重レーザー級ぐらいのもので、BETA個々の戦力は大したものではない。 問題はその数だ。これから向かう佐渡島ハイヴだけでも、出現予測総数は8万。おそらく何度も補給をする必要が出てくるだろう。 出来るだけ機動兵器は、いざというときすぐに戦艦に戻れる距離を維持しておいてくれ」 この世界の兵器と比べれば、αナンバーズの火力は破格だが、弾切れの危険は常につきまとう。むしろ、補給コンテナを戦場にばらまいている帝国軍の方が、その分野については遙かに優れていると言えるだろう。「上陸の順番は、最初にエヴァ小隊。お前達が上陸地点の安全を確保した後、後続が続く。重要な任務だぞ」「はいっ!」「OK、任せなさい!」「了解……」 ブライトの言葉に、シンジ、アスカ、綾波の三名は、三者三様の返答を返す。「後はいつも通りだ。前方の敵を駆逐しつつ、戦艦と共に前進。攻略目標であるBETAの巣『ハイヴ』をラー・カイラムとアークエンジェルの射程内に納める。ただし、現地にはまだこの世界の日本軍が展開しているから気をつけろ。 彼らの識別信号はインプットされていないからな」「念のため、小隊を確認しておく。 シンジ・エヴァ初号機、アスカ・エヴァ二号機、綾波・エヴァ零号機。以上がエヴァ小隊。 アムロ・νガンダム、ケーラ・ジェガン。以上がアムロ小隊。 カミーユ・Zガンダム、フォウ・量産型νガンダム、エマ・リガズィ。以上がカミーユ小隊。 バニング・ガンダム試作2号機、ベイト・ジムカスタム、モンシア・ジムカスタム、アデル・ジムキャノンⅡ。以上がバニング小隊。 カガリ・ストライクルージュ、アサギ・M1アストレイ、マユラ・M1アストレイ、ジュリ・M1アストレイ。以上がカガリ小隊。 ディアッカ・バスターガンダム、イザーク・デュエルガンダム。以上がディアッカ小隊だ」 皆が頷き、確認する中で、名前を呼ばれなかったファと宙が声を上げる。「あの、艦長私は……」「おい、俺の名前が呼ばれなかったぞ!?」 それに対し、ブライトは分かっていると頷き、「ああ。ファのメガライダーと、鋼鉄ジーグには特別任務がある。お前達は二人で」「艦長! 横浜基地、香月博士より入電! 参戦許可がおりました!」 その言葉を遮るように、ブリッジから速報が入った。 ブライトは即座に答える。「よし、本艦及びアークエンジェルは、最低高度を保ったまま、前進! 各機動兵器パイロット達は自機の中で、戦闘待機! あ、宙とファは残れ。今、お前達の任務を説明する」「「「了解!」」」 機動兵器パイロット達は、名指しされた宙とファを残し、皆格納庫へと消えていった。『たった今、貴方達の参戦許可が下りました。そのまま西進して下さい』「了解しました」 戦闘艦橋の艦長席に戻ったブライトは、モニター越しに夕呼と言葉を交わす。『詳しい情報は私の所までは入ってきていませんが、率直に言って戦況はかなり悪いです。最悪、まともに戦えるのは、貴方達だけという可能性も無視できません』 それでも、救援に向かいますか? 言葉にはせず、眼でそう問いかける夕呼に、ブライトは頷き返した。「了解しました。かなり厳しい状況ですが、どうにかなるでしょう。貴女から頂いたBETAのデータと予想総数に大きな差違が無い限り、最悪反応炉の破壊ぐらいは成し遂げられると思われます」 夕呼はパチリと瞬きをする。『あの……失礼ですが、ちゃんと資料に目を通していただけましたか?』「ええ、BETA七種類。総数は約8万~10万ですね?」『……』「……」 今度は逆に、ブライトが怪訝そうに首を傾げる。どうやら互いの認識に大きな、ずれがあるようだ。 ブライトはBETAを知らず、夕呼はαナンバーズを知らない。この場合、より大きくずれているのはどちらだろうか。『……分かりました。では、私は旗艦『最上』の小沢提督に連絡を入れておきます。一度失礼します』 そう言って夕呼からの通信はとぎれた。 その間に、ラー・カイラムのメインモニターに、佐渡島の島影が見えてくる。 その島は、ここからでも分かるくらいにあちこちから、黒い煙が立ち上っていた。密閉されているはずの戦闘艦橋に、鉄と油の燃える臭いが漂ってきた気さえする。「艦長、BETAらしき影がこちらの上陸予定ポイントに次々と集まってきています。その数……約5000!」 ブライトはその報告を受け、すぐさまラー・カイラムの前を進むアークエンジェルに連絡を入れる。「ラミアス艦長、アークエンジェルをラー・カイラムと併走させてくれ。ラー・カイラムのハイパーメガ粒子砲と、アークエンジェルのローエングリンの並行掃射で上陸地点のBETAを一掃する」『はっ、了解しました! アークエンジェル微減速、ラー・カイラムに横付けして。同時に、ローエングリン発射準備!』 真っ白な二隻の戦艦が、横並びになり、佐渡島へと迫る。両艦のモニターには、海岸沿いに集まってきたBETAの醜悪な姿が大写しにされている。「うわ、なんだありゃ」「宇宙怪獣や使徒も目じゃないグロテスクぶりだな……」 両艦の艦橋のあちこちから、嫌悪の声が挙がる。確かに、BETAの外見上のインパクトはすごい。百戦錬磨のαナンバーズでも、ここまで醜悪な敵を相手にするの初めてかも知れない。 やがて前進する二隻の戦艦は、姫崎全体を主砲の射程内に捉える。「ハイパーメガ粒子砲……」『ローエングリン……』「撃て!」『てー!』 二種類の極太の粒子兵器が、佐渡島の一角を舐め尽くす。跡に残ったのは、無惨に地表を捲り上げられた荒野のみ。「上陸地点のBETA一掃、敵影有りません!」「よし、ラー・カイラム及びアークエンジェルは海岸線まで前進。同時にエヴァ小隊を上陸させろ!」「了解!」『了解しました』 二隻の戦艦はすぐに海岸線を越え、佐渡島へと上陸する。『エヴァンゲリオン初号機、行きます!』『エヴァ二号機突貫しまーす!』『エヴァンゲリオン零号機、出ます……』 続いて三機のエヴァンゲリオンが、先行上陸を果たしたとき、再びラー・カイラムのモニターに香月夕呼の姿が映る。「たびたびすみません、ブライト艦長。帝国軍旗艦『最上』の小沢提督と連絡が付きました。小沢提督はブライト艦長との対話を希望しています。出来ましたらそちらから、通信をおくって欲しいのですが」「了解しました。トーレス!」「了解!」 ブライトはすぐに請け負う。元々αナンバーズの通信機は、バッフ・クランや星間連合といった全く規格の違った異星機器とも双方間通信が可能な代物である。その気になれば、この世界の通信に割り込むのは容易い。「こちら、独立遊撃戦隊αナンバーズ所属、ラー・カイラム。『最上』、応答願います」 返答はすぐに帰ってきた。『こちら『最上』、司令の小沢だ』 メインモニターの一角に、解像度の荒い画像が映る。真ん中には、威厳深い初老の男が映っている。軍人以外の仕事が想像できないくらいに、軍人前とした男だ。 ブライトは敬礼を返す。「自分はラー・カイラム艦長、ブライト・ノア大佐です。大まかな話は香月博士より聞いています。細かい話はまた後ほど。我々αナンバーズ先行分艦隊は、これより貴軍を援護します」 それは、人類による一大反撃の口火を切る、宣言であった。