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No.4039の一覧
[0] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:51)
[1] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~プロローグ2[山崎ヨシマサ](2010/11/10 03:38)
[2] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その1[山崎ヨシマサ](2009/09/22 23:11)
[3] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その2[山崎ヨシマサ](2009/09/22 23:17)
[4] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その3[山崎ヨシマサ](2009/09/22 23:23)
[5] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その4[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:53)
[6] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その5[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:55)
[7] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その6[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:59)
[8] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その1[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:04)
[9] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その1[山崎ヨシマサ](2010/07/19 22:58)
[10] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その2[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:06)
[11] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:07)
[12] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その4[山崎ヨシマサ](2010/09/11 22:06)
[13] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その5[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:09)
[14] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その6[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:11)
[15] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その7[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:12)
[16] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その8[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:17)
[17] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その2[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:19)
[18] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その1[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:20)
[19] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その2[山崎ヨシマサ](2010/07/19 23:00)
[20] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:24)
[21] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その4[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:27)
[22] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その5[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:29)
[23] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その6[山崎ヨシマサ](2010/07/19 23:01)
[24] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その7[山崎ヨシマサ](2009/09/23 13:19)
[25] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その8[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:33)
[26] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:36)
[27] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その1[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:38)
[28] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その2[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:40)
[29] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:42)
[30] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その4[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:42)
[31] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その5[山崎ヨシマサ](2011/04/17 11:29)
[32] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その6[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:45)
[33] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その7[山崎ヨシマサ](2010/07/16 22:14)
[34] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その8[山崎ヨシマサ](2010/07/26 17:38)
[35] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その4[山崎ヨシマサ](2010/08/13 11:43)
[36] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その1[山崎ヨシマサ](2010/10/24 02:33)
[37] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その2[山崎ヨシマサ](2010/11/10 03:37)
[38] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その3[山崎ヨシマサ](2011/01/22 22:44)
[39] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その4[山崎ヨシマサ](2011/02/26 03:01)
[40] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その5[山崎ヨシマサ](2011/04/17 11:28)
[41] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その6[山崎ヨシマサ](2011/05/24 00:31)
[42] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その5[山崎ヨシマサ](2011/07/09 21:06)
[43] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第六章その1(最新話)[山崎ヨシマサ](2011/07/09 21:50)
[44] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~プロローグ[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:47)
[45] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第一章[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:49)
[46] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第二章[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:51)
[47] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第三章[山崎ヨシマサ](2010/06/29 20:22)
[48] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第四章[山崎ヨシマサ](2010/07/19 22:52)
[49] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第五章[山崎ヨシマサ](2010/08/13 05:14)
[50] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第六章[山崎ヨシマサ](2010/09/11 01:12)
[51] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~エピローグ[山崎ヨシマサ](2010/12/06 08:17)
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[4039] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第六章
Name: 山崎ヨシマサ◆0dd49e47 ID:71b6a62b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/11 01:12
Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~

第六章

【西暦2001年、日本時間12月21日21時45分、横浜市海岸付近】

 

 真夜中の海岸線に、三つの人影と、一つの大きな物影があった。
 人影は、白銀武、香月夕呼、クォヴレー・ゴードンの三名、物影は砂浜に片膝をついてしゃがむ人型機動兵器、ディス・アストラナガンである。
 武は白い白陵学園の制服姿、夕呼はいつもの扇情的な白衣姿の上からコートを羽織り、クォヴレーは数日ぶりに、銀と青のパイロットスーツを着込んでいる。
 鑑純夏が意識不明の重傷を負ったあの日から四日、どうにか全ての用意を終えた武達は、最後の締めくくりを行うため、こうして夜の浜辺にやってきたのだ。

 この四日間、もっとも大変な時間を過ごしていたのは間違いなく夕呼だろう。
 純夏の事故で大騒ぎを続ける学校での仕事をこなしながら、白銀武の記憶を失った者と失っていない者の会話の齟齬を適当にごまかし、家では次元転移装置の改良に勤しんだのだ。文字通り目が回るような忙しさだったに違いない。
 その努力に報いるため、武も必死になって自分の役目に打ち込んだ。
 コピー用紙百枚分の数式を、その頭に叩き込むという難事。必死の努力が実り、夕呼が言った「三日」という期日には間に合わなかったものの、一日遅れの四日でどうにか数式をその頭の中に納め終えたのは、大したものと言うべきだろう。
 実のところ、まだ細部はポロポロと歯抜けの部分や、記憶違いを起こしている部分も多量にあるが、夕呼はあっさりとオーケーを出した。

「あんたにはその数式を一文字も間違えず暗記してもらう」

 という当初の夕呼の台詞は、どうやらただの脅しだったようだ。
 考えて見れば当たり前である。余人ならばともかく、武が数式を渡す相手は、天才『香月夕呼』だ。多少の間違いや歯抜けがあったところで、骨格となる部分さえしっかりしていれば、自ら正しい答えを導き出してみせるくらいの能力はある。
 無論、万が一の危険を考えれば「一文字の間違いもなく完璧に覚える」に越したことはない。それをあえて、完璧ではない状態で作戦実行の決断を下したのは、タイムリミットが迫っているからだ。
 これ以上、武のことを忘れた者が増えれば、世界が白銀武がいない状態を正常と判断し、武をこの世界から放逐してしまう。
 多少不安はあっても、今やるしかないのだ。

「さて、白銀。これでこの世界とはお別れよ。覚悟はいい?」

「はい、先生」

 真剣な面持ちのまま、軽い口調でそう言う夕呼に、武は緊張で強張った声でこたえた。
 暗い浜辺では表情もろくに見えないはずだが、声だけで武の決意を感じ取ったのか、夕呼は満足げに頷く。

「よし、それなら手早く済ませるわよ。ゴードン! 上げて頂戴!」

『了解だ。乗ってくれ』

 夕呼の声を受けて、クォヴレーの操るディス・アストラナガンは砂地に片膝を着いた体勢のまま、武と夕呼の前に左手の平を下ろした。
 開きっぱなしになったディス・アストラナガンのコックピットから漏れる光だけを頼りに、武と夕呼は砂浜に下ろされたディス・アストラナガンの手の平によじ登る。

『乗ったな。動かすぞ』

 クォヴレーは、武と夕呼がしっかり手の平の上に乗ったのを確認してから、ゆっくりとディス・アストラナガンの腕を動かし、コックピットの前まで持って来る。

「大丈夫です、夕呼先生。俺が後ろから支えてますから」

「こっちだ、手を延ばせ」

「さすがにこれはちょっと、度胸がいるわね。あんた達、ちゃんと支えてなさいよ」

 夕呼が、クォヴレーに手を引かれ、武に後ろを支えられながら、手の平の上からコックピットへと乗り込む。続いて武が、軽い身のこなしで、空いている隙間に滑り込んだ。

「うわっ、狭いっ」

「我慢してくれ。本来は一人乗りだ」

「白銀、あんたそこどきなさい。機械の接続が出来ないでしょ」

「は、はい。痛ッ!」

 狭いコックピットの中、無理矢理武をどかせた夕呼は、持ち込んだ次元転送装置をディス・アストラナガンの出力機関に接続する。
 見た目は壊れたTVゲームに秋葉原で買ってきた基板をデタラメにつなぎ合わせたような代物だが、天才『香月夕呼』渾身の一品だ。
 さらに夕呼は、一緒に持参した三冊の大学ノートと三本のボールペンを、一冊一本ずつ武とクォヴレーに渡す。

「異世界に接続中の会話は筆談でしなさい。声を出して良いのはクォヴレーだけ。特に白銀、あんたは絶対に駄目だからね。例え声だけでも『因果導体』同士が情報交換をしたら、なにが起きてもおかしくはないんだから」

「は、はい、分かりました。喋りません」

 それは、夕呼自身も同様である。因果導体である武ほど深刻ではないだろうが、向こうの世界にも「香月夕呼」は存在するのだ。香月夕呼と香月夕呼の間で、因果情報の流出入が起こる可能性がある以上、下手な行動は慎んだほうがいい。

「これでいいわ。それじゃあ、始めるわよ」

 接続を終えた夕呼は首をひねり、コックピット席に座るクォヴレーと、その横の隙間に身体をねじ込んだ武に、最後の確認をする。

「ああ」

「はいっ、先生!」

 クォヴレーは静かに、武は空回り寸前まで気合いの入った様子で、それぞれ返答を返す。

「クォヴレー、ディス・アストラナガンの出力を上げていって。白銀は、「一番最初の転移世界」の事を思い出して。間違っても「二番目の転移世界」のことを考えるんじゃないわよっ」

 ここでいきなり「二つめの転移世界」と繋がってしまえば、一気に武が向こうに転移してしまい計画がご破算となってしまう。
 夕呼が、鋭い声で武に警告するも無理はなかった。

「了解だ。吠えろ、ディス・レヴ……」

「はい、先生。最初の転移世界……クリスマスの後……」

 武は固く目を瞑り、必死に最初の転移世界のことを思い出した。
 二つめの転移世界と間違えない方法は簡単だ。二つめの転移世界ではまだ経験していない時間軸の事を思い出せばいい。
 二つめの転移世界では、2001年の12月11日までしか過ごしていないが、一つめの転移世界ではその後も数年過ごしているのだ。

「…………」

 武が一つめの転移世界に意識を向けている間に、クォヴレーはディス・レヴの出力を上げていった。

「っ、ディス・レヴ、フルドライブ。現状ではこれがマックスだ。まだか!?」

「まだよ、予想以上に世界が『遠い』、いえ、『固い』んだわ。なんらかの要素が、世界を閉ざしている」

「世界が閉ざしている? どういうことだ?」

「分からないわ。でも、そうとしか考えられない。外部干渉を排除しようとするのは世界本来の防衛機能だけど、ここまで強力なのはおかしいわ。なにか別の要素が加わっているとしか思えないわねっ」

 いきなりの障害に、夕呼の表情にも焦りの色が浮かぶ。
 ディス・アストラナガンの化け物じみた出力を持ってしても、本来接触できないはずの世界への干渉はなお、難しいというのか。

「チッ、やむを得んッ」

 クォヴレーは素早く操作し、コックピットを閉じて、ディス・アストラナガンを直立させる。

「ちょっと、何をするつもり?」

「『メス・アッシャー』を使う。攻撃に出力を回す分だけ、瞬間的に『ディス・レヴ』の出力上限が上がるからな。これで駄目ならば、ディス・レヴをオーバードライブさせるしかない」

 夕呼の問いに答えながら、クォヴレーは『メス・アッシャー』発射の準備を進めた。
 ディス・アストラナガン背面の羽根の一部に見えたパーツがグルリと胸の前に回り込み、長大な銃身に変貌を遂げる。

「少し揺れるぞ、しがみついてろ」

 そう断ると、クォヴレーは、ディス・アストラナガンをブリッジをさせるように腰をそらせ、胸部から生えた長い銃口を、まっすぐ夜空へと向ける。

「うわっ!?」

「ちょっと、あんた、もう少し早く言っときなさいよ、こういうことするときはっ!」

「すまん、次からは考慮する」

 クォヴレーは、あまり誠意の感じられない謝罪を口にしながら、『メス・アッシャー』発射の手順を進めた。

「ゲマトリア、誤差修整」

 夜空に向けられた銃口の先から、虚空のエネルギー波が漏れ出す。
 同時に、夕呼の前で『次元転移装置』が強く反応する。

 いける。
 夕呼はとっさに上げそうになった声を呑みこみ、状況を見守る。

「メス・アッシャー、発射!」

 クォヴレーがそう叫んだ次の瞬間、ディス・アストラナガンが放った虚空のエネルギー波は、夜空へと立ち上らず、「どこか」へと吸い込まれていった。

「えっ?」

 きょとんとした顔で、疑問を口にしようとする武に、夕呼は足を延ばして蹴りを食らわせ、大学ノートにボールペンで書き殴った。

『しゃべるな。すでに次元がつながってる!』

 よほど焦っていたのだろう。ほとんど漢字を使っていない夕呼の言葉を見た武は、慌て自らも、大学ノートに言葉を書いた。

『すみません』

『わかったら、静かに。油断するんじゃないわよ』

『はい』

 武が夕呼に、筆談で怒られている間も、クォヴレーはこじ開けた次元の向こう側と連絡を取るべく、全周波数を使い呼びかける。無論、こちらの世界に通信が漏れないように、指向性は高めてある。

『こちら、αナンバーズ所属、クォヴレー・ゴードン少尉だ。この通信を聞いている者がいたら、応答してくれ』

「…………」

「…………」

 武と夕呼は、固唾を呑んでその様子を見守っていた。
 夕呼の予想が正しければ、次元の穴は『向こうの白銀武』の側に開いているはずだ。白銀武は因果導体という因果地平の特異点とも言える存在。その周囲がもっと次元がほころびやすくなっているはず。
 向こうの武は軍人だ。基地にいるにせよ、出撃しているにせよ、どちらにしても近くに通信システムとなるものがある可能性は高い。問題は、その場の責任者が誰かと言うことだ。
 横浜基地の副司令である香月夕呼がいれば、話は早いのだが、武の記憶が正しければ、2001年の12月24日以降の香月夕呼は、すでに失脚しているという。
 情報がうまく、武や夕呼の所に届く可能性は、正直あまり高くない。
 果たして、どのような人物が返答を寄越すか。
 何があっても驚かないように身構えていたクォヴレーだったが、通信機に届いたノイズ混じりの声は、そんなクォヴレーの心構えなどあざ笑うような驚愕の声だった。

『クォヴレー、クォヴレーなの!?』

 それは年若い女の、驚きに満ちた声だった。
 クォヴレーは、驚きに目を見開いた。
 クォヴレーにとってはあまりに耳になじみのある声。向こうの世界にいるはずのない人間の声。だが、ついこの間まで、もっとも側で聞いていたその声を聞き間違えるはずがない。

「その声はまさか、ゼオラ……か?」

 信じられない思いのまま、クォヴレーは喉の奥から絞り出すような声で、その人物に問いかけた。

『そうよ、クォヴレーなのね』

 少し涙で湿った声で、肯定の返事が返る。

 予想外の事態に、クォヴレーの左右では、武と夕呼が顔を見合わせて、筆談を行っていた。

『ゼオラって誰? あんた、知ってる?』

『知りません。ぜんぜん』

 そんな武と夕呼の様子に、「これは後で説明しなければならないな」と頭の隅で考えたクォヴレーであったが、今は驚きが先に立ちすぎて武達へのフォローまで気が回らない。
 こちらが驚きと不理解で固まっている間に、次元の向こうから今度は落ち着いた男の声が届く。

『ゴードン少尉か。一体どこで話している?』

「その声はブライト大佐?」

 今度の驚きはある意味、ゼオラの声を聞いたとき以上のものだった。
 一パイロットであるゼオラ・シュバイツァーだけならばともかく、αナンバーズの中核をなす戦艦ラー・カイラムの艦長であるブライト・ノア大佐まで向こうにいるとなると、これはただ事ではない。
クォヴレーがふと通信モニターの記録を見ると、ゼオラの通信はパーソナルトルーパー『アルブレード・カスタム』、ブライトの通信は戦艦『ラー・カイラム』が発信元となっている。
 間違いない。『向こうの世界』に戦艦『ラー・カイラム』が来ているのだ。

『おう、オレもいるぜ、クォヴレー!』

 驚いているクォヴレーの耳に、さらに聞き覚えのある若い男の声が届く。
 アラド・バランガ。
 ゼオラ・シュバイツァーのパートナーであり、クォヴレーはこの二人と小隊を組んでいた。αナンバーズの中でももっとも親しかった人間の一人だ。

「アラドまで。ひょっとして、そこにはみんないるのか?」

 戦艦『ラー・カイラム』がいる以上、その可能性が高い。クォヴレーの予想はすぐに肯定された。

『ええ。あなた以外全員いるわ。あなたは今、どこにいるの?』

 懐かしい声にクォヴレーが口元をほころばせて言葉を返そうとするが、その時横から夕呼がクォヴレーの脇腹を突く。

(なんだ?)

 反射的にクォヴレーが横を向くと、そこには鬼のような形相で大学ノートをこちらに突きつける夕呼の姿があった。

『時間がない、ほんだいに入れ!』

 殴り書きされたその言葉を見たクォヴレーは、この状態が長続きしないことを思い出した。
 クォヴレーは正面に向き直ると、早口で話し始める。

「すまないが時間がない。その「閉ざされた世界」に干渉するのは、ディス・レヴの力と「因果導体」の協力を持ってしても難しい。『メス・アッシャー』まで使って辛うじて小さな穴を開けただけだ。現状でそちらに送り込めるのは、エネルギーと情報だけだ。それもいつまでもつか解らない。

 悪いが、こちらの用件を優先させてくれ。そこに、「香月夕呼」はいるか?」

『え? 香月博士? 博士は横浜基地だから、この場にはいないけど……え? なんで、クォヴレーが香月博士を!?』

 ゼオラの驚いた様子の返答に、クォヴレーは少し緊張を緩めた。
 その場には、香月夕呼はいないようだが、ゼオラの言葉から推測するに、αナンバーズは既に向こうで香月夕呼と知り合っているようだ。これならば、最悪『00unit data』は、αナンバーズに渡してしまえばいい。そうすれば、香月夕呼の手に届くことだろう。
 クォヴレー・ゴードンにとって、人格的にも能力的にも、αナンバーズ以上に信頼できる相手というのはいない。

「すまないが本当に時間がないんだ。では、「白銀武」はいるな?」

 今更ながら、時間が限られていることを実感したクォヴレーは、早口でそう確認する。

『……へ?』

 若い男の発した間の抜けた声が次元の穴を通りこちらに届く。
 それは、非常に短い声だったが、それだけでその声の主が誰であるか判別することは可能だった。なにせ、同じ声の持ち主がすぐ隣にいるのだから。

「武か?」

『あ、ああ。オレは確かに白銀武だけど、なんで、俺のことを、ていうかお前誰?』

 クォヴレーの問いに「向こう」の白銀武は、パニック寸前の声で答える。
 一方こちらの白銀武は、クォヴレーの横で、苛立ちと羞恥のない交ぜになった表情で明後日の方を向いている。
 自分の間の抜けた声をリアルタイムで聞かされるというのは、中々に居心地の悪いもののようだ。
 クォヴレーはこちらの白銀武の様子にかまわず、向こうの白銀武と話を続けた。

「お前はクォヴレー・ゴードンを知らないようだが、俺は白銀武を知っている。通信が通じるところを見ると、お前は今、何か機体に乗っているな?」

『な、なんなんだ? だから、お前誰なんだよ?』

「今からお前の機体に、データを送る。それをそのまま、香月夕呼に渡せ。それが「世界を救う鍵」らしい。もっとも、皆がいる以上、俺のやっていることも徒労だった可能性が高いがな」

 クィヴレーは『00unit data』を転送しながら、口元をほころばせた。
 よもや向こうの世界にαナンバーズの皆がいるとは思わなかった。
 彼等がいるのならば、向こうの世界は心配ない。少なくとも自分しかいないこちらの世界よりは、よほど恵まれている。とはいえ、このデータ転送の真の狙いは、向こうの世界を救うことではなく、この世界の歪んだ因果を修整するための一手なのだから、徒労という表現は当てはまらない。
 なにより、夕呼の予測が当たっていれば、武が気づいていないだけで、向こうの世界にも『鑑純夏』がいる可能性が高いのだ。
 クォヴレーは、『鑑純夏』の事故を聞かされたときの武の取り乱しようを思い出す。
 因果導体という思い枷を背負わされた白銀武。
 その武の幼なじみであり、一連の鍵を握ると目される鑑純夏。
 鑑純夏という少女とは一面識もないが、クォヴレーは最後に付け加えずにはいられなかった。

「だが、本当の意味でその世界を救うことが出来るのは、武、お前だけだ。いいか、データを必ず香月夕呼に渡すんだ。そして、今度こそ、お前の手で『鑑純夏』を救うんだッ!」

 いつの間にか、クォヴレーはこちらの白銀武と向こうの白銀武を混同してしまったように、そう叫んでいた。

「武? 聞こえているか、武!」

「もう切れてるわよ、ゴードン」

「む、そうか……」

 夕呼の言葉で我に返ったクォヴレーは、いつの間にかシートから前に乗り出していた身体を元にも戻す。

「心配しなくても大丈夫よ。会話のほとんどは届いたはずだから。もちろんデータもね」

「そうか、ならばひとまずは成功だな」

 向こうにαナンバーズがいる以上、対BETA戦の勝利は疑いないが、それがイコール白銀武の『因果導体』からの解放や、鑑純夏を救うことに繋がるとは限らない。
 だが、今送ったデータと先ほどの会話を聞けば、αナンバーズならば必ず事態解決に動いてくれるはずだ。
 シートの背もたれに体重を預けたクォヴレーの口元に、穏やかな笑みが浮かぶ。
 なにやら満足げにしているクォヴレーに、おずおずと声をかけたのは、何がなにやらさっぱり分からなくなっていた武だった。

「あー、クォヴレー。満足そうにしているところ悪いんだけど、説明頼めるか? 正直何がなにやら。さっきのゼオラとかブライトとって人、お前の知り合い?」

「あ、そうだな。すまん、今から説明する」

 武と夕呼を置いてけぼりにして話を進めてていた事に今更ながら気づいたクォヴレーは、改めてαナンバーズについて説明を始めるのだった。





「へー、あいつ等がクォヴレーが前に言ってた仲間だったのか。すごい偶然もあるもんだな」

 クォヴレーから、αナンバーズに関する説明を聞き終えた武は、驚きの声を上げる。

「恐らく、単純な偶然ではないでしょう。次元転移装置の方向性を定めたのは白銀の記憶だけど、エネルギー源となるディス・アストラナガンを操っていたのはゴードンだからね。ゴードンの記憶に引きずられたと考えた方が自然だわ」

「なるほどな。あいつ等が『向こうの世界』にいたのは偶然だが、数ある平行世界の中から、あいつ等がいる世界にアクセスしたこと自体は偶然ではない、ということか」

「そう言う事ね」

 狭いコックピットのシートに腰を下ろしたまま、クォヴレーは納得したように頷いた。

「何はともあれ、あいつらがいるというのは朗報だ。向こうの世界の人類が滅びることは無いと言えるだろう」

 あまりにきっぱりと言い切るクォヴレーに、武は少し驚いたように声をかける。

「なあ、そのαナンバーズってそんなに強いのか? 数はどれくらいいるんだ?」

「旗艦『エルトリウム』が来ているのならば、総人数は十万人強だな。そのうち、機動兵器兵器のパイロットは百人前後だが」

 クォヴレーの答えに武は少し当てが外れたといった風に、表情を曇らせた。

「百人って。どれくらい強いのか知らないけど、BETAはものすごい数がいるんだ。地球にいるやるだけも何百万もいるんだ。それだけじゃ、きつくないか」

 だが、クォヴレーは武の言葉にたじろぐことなくこたえる。

「そうか、手強そうだな。だが、やはりあいつ等が負けるところは想像がつかん」

 仮にも向こうの世界の人類を滅亡寸前まで追いこんでいるのだから、BETAとやらが手強いのは間違いないだろう。だが、手強いと言うことで言うならば、クォヴレーが元所属していたゼ・バルマリィ帝国も手強かった。ソール11遊星主は事実上の不死身だった。宇宙怪獣など、一匹一匹が数キロメートルの大きさを誇る上に、何十億という数がいたのだ。

 その全てに、αナンバーズは勝利してきた。無論、αナンバーズ単独で勝利したわけではなく、その後ろには地球連邦を中心とした所属国家のバックアップや、連邦軍全体の活躍があって勝利だが、αナンバーズが常にその中心的役割を担ってきたのも間違いのない事実だ。

「大丈夫だ。αナンバーズは負けない」

 確信を込めたクォヴレーの言葉は、BETAの脅威をついこの間肌で感じたかばかりの武の心にも届く。

「そうか。勝てるのか」

 一つめの転移世界はすでに武にとって無関係と言ってもよい世界だが、改めてあの世界が救われると聞くと、喜びが胸にわき上がる。
 一つめの転移世界の記憶は、かなりおぼろげではっきりとしない。だが、そんなあやふやな記憶の中でも、確信を持って言えるのは、オルタネイティヴ5では人類は救われず、地球の人類は滅亡したという事実だ。
 例え自分とは既に無関係となった世界でも、滅びの運命を回避できるのであれば、こんな喜ばしいことはない。
 そう考えた武はふと、思いついた。

「あれ? でもちょっと待って下さい、先生。もし、クォヴレーが言うとおり、向こうの世界が救われてしまったら、俺の二度目の転移が起こらないことになりませんか? そうなると、この計画失敗するんじゃ」

 一つめの転移世界が救われるのは喜ばしいが、この計画の目的は、『二つめの転移世界』の過去を改ざんし、その流れでこの世界の因果律を正すことなのだ。
 一つめの転移世界で事態が完結してしまっては、本末転倒である。
 だが、そんな武の少し焦った声に夕呼は、ため息をつきながら答えるのだった。

「なんだ、そんなこと。それなら、言っちゃ悪いけど、心配は無用よ。あんた、何か勘違いしているみたいだけど、人類の滅亡とあんたが因果導体であることに直接の関係はないのよ。たとえ世界がBETAの脅威から救われたとしても、あんたが因果導体である原因を取り除かなければ、二度目の転移は起こる可能性が高いわ」

「あ、そうか。でも、さっきクォヴレーが純夏の名前を口にしてましたよね? 確か、先生の推測じゃ、純夏は因果導体の鍵の可能性があるって。もし、純夏について調べられたら、向こうの世界の俺が因果導体じゃなくなる可能性があるんじゃあ」

 あまりに希望に満ちあふれた武の予想を、夕呼はわざと冷たい声で反論する。

「それもまずないわね。世界全体を見れば、BETAの駆除が最優先でしょ。さっきゴードンが話しただけの情報では、向こうの私が力になってくれる可能性は低いでしょうし、αナンバーズという連中も十万単位の戦闘集団なんでしょ? 向こうの白銀が、αナンバーズとどれくらい親密な関係か知らないけど、現地の一兵士や、正体不明の少女一人を救うために、そいつ等が力を貸してくれると思う?」

「あ……」

 夕呼の冷たい声色に、武は『向こうの世界』で夕呼に言われた言葉を思い出した。

「それで、私のメリットは?」

 武が何か提案する度に返されたその言葉は、とりわけ夕呼ががめついというわけではない。組織の動かすということは、そういうことなのだ。メリット、デメリットを無視して感情で動いては、組織は立ちゆかなくなる。
 夕呼はとどめを刺すつもりで、クォヴレーに話を向けた。

「どう、ゴードン? 『一人の兵士や一人の少女を救うために、無償で力を貸してくれ』と言われて首を縦に振るような人間、αナンバーズの中枢に何人いる?」

 だが、夕呼の期待に反し、返ってきた答えは全く予想外のものだった。

「全員だ」

 間髪入れずに返ってきたクォヴレーの返答に、夕呼は間の抜けた声を発する。

「……は?」

「だから、全員だと言っている。そのような状況になれば、αナンバーズの人間は一人の例外もなく、武と鑑純夏を救うために、協力することを約束するだろう。間違いない」

 夕呼は信じられない思いで、もう一度確認する。

「……ええと。そいつら、軍隊なのよね?」

「ああ、地球連邦軍所属独立部隊、αナンバーズ。民間施設からの出向組も多いが、基本は軍隊だ」

「それなのに、現場が勝手な判断で、無償で手を貸してくれるわけ?」

「そうだ。αナンバーズに、人を救うために手を差し伸べるのを躊躇うような人間はいない」

 誇らしげに胸を張るクォヴレーの返答に、夕呼は困ってしまった。
 ひょっとして、クォヴレーのいた元の世界というのは、こことは根本的に異なった世界なのだろうか? 規律や国益より、現場の良心を優先して動く軍隊など、この世界の常識で考えれば、恐ろしくて仕方がないのだが。

 クォヴレーにはある程度、夕呼の戸惑いが、理解できた。
 クォヴレー自身も、αナンバーズに参加した当初は、軍隊の常識とはかけ慣れた彼等の行動原理に、戸惑いを覚えた人間だからだ。あまり理想を追いすぎ、人命を重視しすぎるαナンバーズの思考パターンは、一般的な軍隊や営利組織の常識を知っている者ほど、信じがたい。

「そんなやり方では遠くない未来、致命的な失敗をする」

 常識的な人間が口を揃えてそう言う方針をαナンバーズは頑として曲げず、最後には宇宙そのものを救うまでになった。
 その力も、行動原理も非常識なαナンバーズを、口頭説明だけで理解してもらうのは不可能に近いだろう。それが分かっているクォヴレーは、ここで言葉を重ねて夕呼を説得することはしなかった。
 どうにか気を取り戻した夕呼は、無理に抑えた声で話を進める。
 
「なるほど、ゴードンがそこまで言うなら、そうだと仮定して。あとは、そいつ等にこの問題を解決する能力があるかどうかね。戦闘力や科学技術はずいぶんなレベルみたいだけど、因果導体となったものをそのくびきから解き放つというのは、また別な力が必要となるわ」

「確かにそれは問題だな。だが、あいつ等は、負の無限力を我がものとした悪霊の王を払い、アカシックレコードに記されていた銀河滅亡の絶対運命すら、ねじ曲げて見せたんだ。因果導体の解放も、やってやれないことはないと思う」

「…………」

 今度こそ夕呼は、完全に沈黙した。

「先生。よく分からないけど、やっぱりまずんじゃないですか?」

 話の内容は今一理解しきれないが、どうやら夕呼の予想とは大幅にずれていることを察した武は夕呼の服を引っ張り、不安げにそう言う。

「…………」

「先生、先生。聞こえてますか?」

 返事のない夕呼に、再度武が問いかける。
 
「…………」

「先生っ!」

「ッ!? いえ、大丈夫。問題はないわ」

 耳元で声を出された夕呼は、数度首を揺ると大きく一つ深呼吸した。
 
「え? マジですか? 問題ないんですか?」

 武の問いに、夕呼はいつもの自信満々の表情を取り戻し、答える。

「ええ。前にも言ったでしょう。世界は無数の平行世界から成り立っているの。一言で「一度目の転移世界」といってもそれは一つじゃないわ。最低でも白銀がこました女の数だけ平行世界が存在しているのよ」

「こましたって、先生。そんな人聞きの悪い……」

 武の抗議の声を右から左に聞き流し、夕呼は説明を続ける。

「つまり、「一度目の転移世界」は一つじゃない。それなら、今の調子でほかの「一度目の転移世界」に情報と『00unit data』を送れば、一切問題なしという訳よ。幸い今ので、平行世界とアクセスできることは証明されたわけだから、後は同じ事の繰り返しね。念ため、2,3回はやっておいた方がいいわね。
 さあ、というわけで次行くわよ、次。白銀、今度から具体的に誰と結ばれた世界か意識しなさい」

「ええと……」

 武は夕呼の勢いに押されながら、今夕呼が言ったことの意味を考える。

(ようは、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる式にやるってことだよな? 昨日までいっていた予定と違ってるぞ。てことはやっぱり、さっきのは駄目だったってことじゃねーか!)

「先生、認めましょうよ、間違いを!」

 思わず上げてしまった武の突っ込みに、夕呼はフンと鼻を鳴らしててそっぽを向く。

「うるさいわね。万全を期するだけよ。さあ、時間がないんだから、くだらないこと言ってないで、次、次」

「ひっでー、ごまかし通す気だ、この人!」

「よく分からんが、要は今と同じ作業をもう何回か繰り返すのだな?」

「ええ、そうよ、ゴードン。あ、あんたは出来るだけ何も考えないようにして頂戴。あんたの思考引きずられたら、また同じ世界にアクセスしちゃうから」

「了解だ」

「先生、間違いを認めることは恥じゃないですよ、先生!」

「うるさい、うるさい。時間がないのよ。はい、はい、次!」

 結局、武達はその後も同じ要領で、複数の平行世界に『00unit data』を送る事になるのだった。









【西暦2001年、日本時間12月21日22時51分、横浜市海岸付近】

 色々と予想外のハプニングに見舞われながらも、どうにか「一つめの転移世界」にデータを送るという作業を終えた武達は、最後の作業を前に今一度打ち合わせを行っていた。
 もう『メス・アッシャー』を使う必要もないため、ディス・アストラナガンは再びコックピットを開き、砂浜に片膝を着いた体勢でとっている。

「あー、空気が美味い」

「確かに、狭っ苦しかったのは確かね」

「この機体は宇宙戦闘も可能なのだぞ。コックピット内の空調に問題はなかったはずだが?」

 一時間ぶりに外気に触れた夕呼と武が、十二月の夜風に眼を細めている横で、クォヴレーは不思議そうに首をひねっている。

「あー、確かに息苦しいとか、暑いとかはなかったけどな」

「気分の問題よ」

 苦笑する武に、何度も深呼吸をしていた夕呼も同意を示す。

「そういうものか」

 二人の言うことはよく分からないが、とりあえずはクォヴレーも納得しておくことにした。
 元々、戦闘用クローンであるクォヴレーは、情緒面においてそうとう疎いという自覚がある。

「とにかく、これで全ての作業が終わったというわけね。後は白銀が「向こうの世界」に帰るだけよ。白銀、準備はいい?」

「一つめの転移世界」と比べれば武がこれから帰還する「二つめの転移世界」はすぐ隣のようなものだ。武の意志さえしっかりしていれば、こちらはまず失敗しない。

「はい、大丈夫です」

 武はそう答えると開けっ放しになったコックピットから出て行く。コックピットの前にはディス・アストラナガンが手の平をまっすぐに伸ばして添えてある。
 その上に立った武は、長い間狭いところに押し込まれていた身体を伸ばした後、パンパンと身体を払い、制服のシワを伸ばす。

「それじゃ、始めるわよ。クォヴレー」

「了解。ディス・レヴ、出力上昇」

 クォヴレーがディス・レヴの出力を上げるに従い、次元転送装置が唸りを上げる。

「白銀、イメージしなさい。向こうの世界に戻った自分を。間違えるんじゃないわよ、今度は『二つめの転移世界』だからね。ただつなげるだけじゃなくて、あんた自身が向こうに帰るのよ」

「はい、先生」

 ディス・アストラナガンの手の平の上でまっすぐ立つ武は、スッと目を瞑る。
 これから、武は一度逃げ出したあの世界に戻るのだ。
 恐怖や躊躇が全くないとは言わないが、今回の一件で自分が因果導体である以上、逃げても事態を悪化させるだけであることは学んだ。
 まずは、向こうの世界に帰り、BETA戦の情勢を一段落させた後、自分を因果導体とした要因を探さなければならない。
 その鍵となるのは、『鑑純夏』だ。
 向こうの香月夕呼が「そんな人間はいない」と断言し、こちらの香月夕呼が「いる」断言した存在。

(純夏。お前は本当にいるのか?)

 朱い髪をポニーテールにして、一房だけ触角のようにピンと伸ばし、いつもクルクルと表情を変えていた、大切な幼なじみ。こうして目を瞑ると、今でもその姿が鮮明に思い出される。
 この世界の鑑純夏を救うためにも、武はこの世界からいなくならなくてはならない。
 
(けど、向こうの世界はどうなるのかな? 「最初から俺があの数式を覚えていた世界」になるって先生は言っていたけど)

 最初から武が、あの数式を知っていたとなると、変化するのは武の転移だけではないだろう。
 武の知っているあの世界では、武が夕呼に数式の話をする11月28日の段階まで、『オルタネイティヴ4』は頓挫していたはずだ。
 それが、10月22日の段階から香月夕呼が正しい数式を知るとなると、単純に考えれば『オルタネイティヴ4』の進捗状況が一ヶ月以上前倒しになる。
 当然、夕呼の精神状態にも余裕が生まれ、武が頼んだXM3の開発などにも影響がでると考えられる。
 基本的には良い変化のはずだが、その反動がマイナスの方向に向かう可能性も十分になる。
 なにせ『オルタネイティヴ4』は、世界の命運をかけた一大計画だ。その影響は計り知れない。
 BETAの行動にはさすがに影響はないだろうから、11月11日の佐渡島ハイヴからのBETA侵攻は動かないだろうが、それ以外のスケジュールはまったく当てにならない。



 11月28日の珠瀬事務次官の来訪と、再突入駆逐艦(HSST)落下未遂事件。

 12月5日のクーデター。

 そして忘れもしない、12月10日のXM3トライアルと、捕獲BETAの脱走事件。



 いずれも香月夕呼、もしくは『オルタネイティヴ4』と何らかの関係がある事件だ。
 事務次官という国連の高官が横浜基地にわざわざやってきたのは、『オルタネイティヴ4』の進捗状況を確認に来たという要素が間違いなくあるはずだし、爆薬を満載した再突入駆逐艦を横浜基地に落下させようとしたのは、反オルタネイティヴ4勢力の仕業だ。

 クーデターとは直接のつながりはないが、そもそも武が知っている「一度目の転移世界」ではクーデターなど起きなかった。何かの弾みで、その時期がずれることは十分に考えられるし、もしかするとこっちの世界でもクーデターが起きないという可能性もある。

 XM3のトライアルに関しては言うまでもないだろう。XM3の制作者が香月夕呼なのだ。本命である『00ユニット』が先に完成すれば、その分XM3のお披露目が前倒しになるというのはごく自然な流れだ。場合によっては『00ユニット』が先に完成し、XM3と『00ユニット』の完成の順番が、前後することも考えられる。
 いずれにせよ、何があっても驚かないくらいの心づもりをしていた方が良さそうだ。

「…………」

 武は目を瞑ったまま、汗ばむ手の平をギュッと握った。
 ディス・アストラナガンの手の平の上で直立する武に、夕呼が話しかける。

「そろそろお別れね、白銀。最後に言っておくわ。これから、あんたは過去を改ざんした世界に行くことになる。もしかしたら、そこであんたは「こんなはずじゃなかった」という事態に遭遇するかも知れない」

「はい」

 武は、目を開きコックピットからこちらを見る夕呼に頷き返した。
 その覚悟は出来ている。武はこっちの世界の歪みを修整するため、向こうの世界の過去を改ざんすることを選んだのだ。そのことで予想外の影響が及んでいたとしても、それは正面から受け止める覚悟を決めている。

「まあ、今のあんたなら、悪い影響が出ていても受け止めるだけの根性はあるでしょう。だから私が心配しているのは、良い影響があった場合」

「え? 先生、それってどういう?」

 別れ間際に予想外の言葉を聞かされて、武はパチパチと目を瞬いた。

「過去を良い方向に改ざんする。本来起こりえた悲劇を後から回避する。これは人間なら誰もが、一度は望むこと。もし、それが為されてしまったら、白銀。あんたはその魅力に取り付かれてしまうかもしれない」

「先生……」

 武は漠然とだが、夕呼の心配を理解した。
 一度、過去の改ざんに成功してしまえば、何か悲劇に出くわす度に、二度目三度目の改ざんを望んでしまう。心が強い弱いの問題ではない。人の心とは、本来そういったものだ。

「だから、はっきりと言っておくわ。今回のは、たった一度の例外よ。もう一度同じ事をしようとすれば、次はあんたが世界の異物と見なされ、世界から放逐されてしまう。覚えておきなさい。これはたった一度の奇跡。二度と繰り返されない偶然。後悔が先に立つのはこれ一回きり」

「はい、分かりました。先生」

 武は強く頷いた。
 そうだ。一度奇跡に遭遇しただけでも、身に余る幸運なのだ。奇跡も幸運も通り過ぎれば、後に残るのはただの現実のみ。
 向こうの世界では現実とは限りなく地獄に近い意味を持つ。
 だが、武はその地獄で生きる決意をした。地獄で抗うと覚悟を決めた。地獄を終わらせる心に誓った。
 やがて、武の身体を眩い光が包み込む。

「パラポジトロニウム光よ、転移が始まるわっ!」

「それじゃ、先生。行ってきます。お世話になりましたっ!」

 光の中、武は夕呼に敬礼する。

「武、しばしのお別れだ。俺も必ず後から行く」

「ああ、待ってるぜ、クォヴレー。お前とディス・アストラナガンの力、あてにさせてもらうからなっ」

「ああ、任せておけ」

 武とクォヴレーが、笑顔で再開の約束を交わし合う。
 その次の瞬間だった。

「くるっ!」

 一際強く光った後、白銀武は「向こうの世界」へと帰っていた。

「…………」

「…………」

 残されたのは、コックピットに座るクォヴレー・ゴードンと、その横で中腰になっている香月夕呼。そして、意識を失ったようにディス・アストラナガンの手の平の上で崩れ落ちる『白銀武』。

「武?!」

 驚くクォヴレーを尻目に、ホッと胸をなで下ろした夕呼は、弾んだ声を上げながら、手の平の上へと、這い出していく。

「良かった。間に合ったんだわ。大丈夫よ、ゴードン。あんたの知っている白銀は今ので間違いなく、向こうの世界に転移したわ。これは、こちらの世界の白銀武よ」

 夕呼の最大の懸念事項もこれで払拭された。どうやら、まだこの世界は「白銀武」を異物とは見なしていなかったようだ。最悪、このタイミングで白銀武がこの世界から放逐される可能性も小さくはなかった。

「『白銀武、誰それ?ゲーム』も、少しは役に立ったのかしらね」

 夕呼は、崩れ落ちた武の顔の前に手をやり、呼吸を確かめるとそう言って笑った。

「なるほどな。それは、この世界の白銀武か。よし、下ろすぞ」

「ええ、お願い」

 クォヴレーはゆっくりとディス・アストラナガンを動かし、夕呼と武を乗せた左手の平を砂浜へと下ろしていった。





 武と夕呼を砂浜に下ろした後も、クォヴレーはディス・アストラナガンのコックピットから出て来なかった。クォヴレーは、コックピットのハッチを閉めると、ディス・アストラナガンをその場で直立させる。

「もしかして、あんたもそのまま向かうの?」

 まだ意識を取り戻さない武に膝枕をしながら、夕呼はディス・アストラナガンを見上げて問いかける。

『ああ。どうやら、そうなりそうだ。ディス・アストラナガンが俺を導こうとしている』

 クォヴレーは音量を絞った外部マイクでそう返答する。

「そう。向こうの白銀を、よろしく頼むわね」

『ああ。BETAとやらがどの程度のものかは知らんが、あいつを死なせはしない」

「まあ、そっちの方は心配していないわ。話半分だとしても、その機体の性能は桁外れみたいだし。ああ、あとあんたは働くのには向いてないんだから、向こうでも馬鹿なことは止めておきなさいよ」

『むっ……』

 笑いを含んだ夕呼の忠告に、クォヴレーは少しむっとしたような声を上げるが、すぐにそれに言葉を続けた。

『分かった。向こうにも香月夕呼はいるらしいからな。向こうでもお前のヒモをやる事にしよう』

「あははは、それ、良いわ! それ、最高!」

 ツボにはまったのか、夕呼は武の頭を膝に乗せたまま、腹を抱えて笑い出した。
 ある日突然異世界から転移してくる人型機動兵器。そのパイロットは若い銀髪の美青年。

「あなた何者?」と問う夕呼。

「俺は、クォヴレー・ゴードン。香月夕呼のヒモだ」と堂々と答えるクォヴレー。

 その答えを聞いた向こうの香月夕呼は、どんな顔をするだろうか?
 正直、金を払ってでもみたいだけの見物だ。

『どうやら、こっちも時間のようだ。それでは、世話になったな』

「まあ、食費や光熱費はそれなりにかかったけど。それだけで世界を救ってもらったと思えば安いものよ。ああ、服はそのまま使って頂戴」

 夕呼がこの数日でクォヴレーに買い与えた服は、スポーツバッグに詰めてディス・アストラナガンのコックピットに押し込めてある。

『ああ、ありがたく使わせてもらう』

 クォヴレーがそう言葉を返した数秒後のことだった。
 シュンという古いラジオの電源を切ったときのような音がしたかと思うと、次の瞬間には浜辺からディス・アストラナガンの姿は消え失せていた。
 まるで、そんなもの最初からなかったのではないかと思うほど、唐突な消え去り方だ。
 だが、それが幻ではなかった証拠に、浜辺には大きな足跡が残っている。
 残された夕呼は、暢気に寝息を立てている武の頭を抱いたまま呟く。

「頼んだわよ、ゴードン。私の教え子を」

 滅多に聞けない香月夕呼の真剣は言葉は、誰の耳にも届くことなく、夜風にまかれて消えていった。








【西暦2001年、日本時間12月21日23時04分、横浜市海岸付近】

 白銀武は、奇妙な肌寒さを感じて目を醒ました。

「あれ……?」

 目を開けたはずなのに、なぜか灯りが見えない。ぼやけて見えるのは、澄んだ冬の星空だけだ。

「……は? 星空?」

 武はガバッと上体を起こす。

「あら。やっと起きた」

 起きがけに、聞こえるはずのない声を聞き、武のパニックは更に高まる。

「ゆ、夕呼先生? なんで、ここに? っていうか、ここどこだよ、おい?」

 この段階になってやっと、武は自分が浜辺で夕呼に膝枕をされて寝ていたことに気づく。

「先生、これってなにがどうなってるんですか?」

 この寒空の下で寝ていたため、身体が強張っているのか、フラフラ頼りない足取りの武は、元凶と思しき女に問いかけた。

「なによ、あんた覚えてないの?」

 すっとぼけた夕呼の返答に、武は言葉に詰まり、まだぼうっとする頭を無理矢理回転させて記憶を掘り起こす。
 だが、その成果は芳しくなかった。

「ええと、俺は今日も先生の実験につきあわされて学校を休んで。夜には……駄目だ。なんで、俺はここにいるんだ?」

 どうやら白銀は、本当に今晩の記憶がないらしい。

「なるほどね。下手に記憶があると整合性を取るのが難しい部分は、いっそ真っ白の状態なのか」

 武の様子を見た夕呼は、砂浜から立ち上がりながら、口の中でそう呟いた。

「え? なんか言いましたか。夕呼先生?」

「なんでもないわ。「あんたの記憶がないのなら、私の実験は成功ね」って言ったのよ」

 パンパンと尻に付いた砂を払いながらそう言う夕呼の言葉に、武は大げさに顔を引きつらせる。

「な、なんなんですか、その滅茶苦茶怪しい実験結果は!?」

 ついにこの人、人体実験まで始めたのか! と叫ぶ武に、夕呼は無言のまま近づく。

「あの、先生?」

「動かないで」

 腰が引ける武を制し、夕呼は左手でがっちりと武の右肩を掴んだ。そして、

「ふんっ」

 次の瞬間、なんのことわりもなく、固く握った右拳を武の下腹部突き立てた。
 グニャリと柔らかい感触が夕呼の拳に返る。

「げふっ!」

「あら、やわやわ。間違いなく、『白銀』のようね」

 あっちの白銀武の六つに割れた鉄板腹とは大違いだ。
 無論、夕呼の意図が分かるはずもない武は、腹を押さえてくの字になったまま抗議の声を上げる。

「そ、それ以外の誰に見えるっていうんですか。先生、もしかして紙一重を越えて、馬鹿になったとか?」

「へー、言うじゃない、白銀。それは、今後も私の遊びにつきあってくれるという、宣言かしら?」

「い、いえ。違います! ただの冗談です、冗談!」

 襲いかかる理不尽な運命から、なんとか逃れようと武が手をバタバタ振っていると、制服のポケットから音楽が鳴り出す。

「あ、携帯が鳴ってる。先生、ちょっと失礼します」

 これ幸いと、電話を取った武は夕呼に背を向けると、二つ折りの携帯を開き、ディスプレイに表示されている名前を見てチッと舌打ちをした。

「なんだ、純夏か。なんだってんだ? こんな夜に?」

「ッ!」

 後ろで夕呼が息をのんだのに気づくこともなく、武は無造作に電話に出る。

「はい、何だ純夏、こんな時間に」

『もしもし、タケルちゃん? もータケルちゃんだけだよ-。うちのクラスで、私のお見舞いに来てくれていないの。タケルちゃんの薄情者ー!』

 大きな声が、携帯から漏れ、夕呼の耳にも聞こえる。
 それは間違いなく、本来まだ意識不明の重体のはずの鑑純夏の声だった。

「鑑が、治っている?」

 いや、お見舞いと言っているのだから、事故そのものがなかったことになっているわけではないのか。夕呼は耳をそばだてて、常用把握に努める。

「あ-、お前今入院中なんだろ? 携帯使って大丈夫なのか?」

『大丈夫だよ、ここ御剣さんが取ってくれた個室だし。私の怪我なんて、右足が折れただけなんだから。手術だってもうとっくに終わってるよ』

「まあ、お前も大概悪運強いよなー。落下するバスケットゴールの真下にいて、足折っただけって」

 聞き耳を立てていた夕呼は、なるほどと納得した。
 どうやらこの世界の過去の改ざんが成功したのは間違いないようだ。ただし、全く何もなかったことにするには大きすぎる出来事は、ある程度元の形を残しているのだろう。世界は、大きな変化を嫌う。
 それで、鑑純夏の事故は、『奇跡的な軽傷』というレベルになったのだろう。
 そう考えると同時に、夕呼の頭の中にはもう一つの記憶がわき上がってくる。
 因果導体となった白銀武が来なかった、今のこの世界の『正しい』記憶だ。

(記憶がダブっているっていうのは、なんだか奇妙なものね)

 意識していないと、二つの記憶を混合してしまいそうだ。
 しばらくは、周りの状況を見ながら、慎重に言葉を選ぶ必要があるだろう。
 夕呼がそんなことを考えている間にも、武は携帯電話で純夏と話し続ける。

『だから、なんでタケルちゃんはお見舞いに来てくれないのー?』

「なんでって、お前。『白銀武、誰それ?ゲーム』はいいのか? ってこの電話をしてる時点でお前は失格だけどよ」

『私はあのゲーム、最初から参加してないよー! タケルちゃんのばかー!』

「あれ、そうだっけ?」

 形勢が不利になったのか、少し慌てる武を純夏が更に追い詰める。

『タケルちゃんの薄情者、浮気者、歌舞伎者-!』

「なんだそりゃ、俺がいつ歌舞いた? 適当ばっか言ってんじゃねーぞ、馬鹿純夏」

『馬鹿はタケルちゃんだー、薄情馬鹿!』

「分かった、明日行ってやるから」

『ホント?』

「ああ、本当だ。俺が嘘付いたことあるか?」

『そんなの、数え切れないよ』

「ぐっ。と、とにかく、明日だ、明日」

『分かった。じゃあ遅れた罰として、お見舞いはメロンね』

「ちょ、待て、おい! 今の時期メロンって、幾らすると思ってるんだ!? おい? ……切りやがった」

 一方的に約束を突きつけられて、電話を切られた武は、ツーツーとむなしい音を立てる携帯を手に持ったまま、呆然と立ち尽くす。
 何とも平和な光景に、夕呼はクスリと笑いをこぼした。

「さて、それじゃあ戻るとしますか。ほら、白銀。ぼうっとしたら置いてくわよ」

 そう言って夕呼は勝手にスタスタと歩き出す。

「あ、待って下さいよ、先生っ!」

 慌てて武は夕呼の背中を追う。
 こんな夜更けに、こんな人気のない海岸線に置き去りにされれば、うちに帰るまで何時間かかるか分かったものではない。
 夕呼は、真夜中の砂浜を歩きながら考える。
 明日には、学校に顔を出し、『白銀武、誰それ?ゲーム』の終了を告げて、勝者を発表する必要があるだろう。恐らくまりもはまだカンカンに怒っているだろうから、何とか言いくるめなければならない。
 いや、たまには素直に怒られるのもいいか。この世界の過去で見れば、まりもの怒りは正当である。
 まあ、いずれにせよ、大した問題ではない。
 もう、死の因果や怪我の因果が流入してくることもないし、忘れられる者もいない。

「先生、待って下さいよ!」

「ふん、平和ねえ」

 夕呼は、武の悲鳴を背中で聞きながら、冬の夜空を見上げた。


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