Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その5【2004年12月20日15時4分、佐渡島、】 ――エヴァ小隊――「私がオフェンス、シンジがディフェンス、優等生はバックアップ。いいわね!」「ちょっと、アスカ!? いつもと違うじゃないか!」「ごちゃごちゃうるさいっ。ほら、来たわよ! こぉのぉおおっ!」 抗議の声を上げるシンジを後目に、アスカは弐号機を前進させると、一直線に駆け抜けてくる10数体の突撃級にまとめて、ATフィールドを叩きつける。 ダイヤモンドを越える硬度を持つ突撃級の外殻だが、赤く透き通った力場の刃の前には、その堅さも無意味だ。「はん、ざっとこんなもんよ!」 真っ赤なエヴァ弐号機が腕を一振りした後には、まるで交通事故にでもあったように10数体の突撃級がまとめて宙を舞った。 だが、その一瞬の隙をつき、遙か遠方から極太の光線が伸びる。「アスカっ!」 それを防いだのは、シンジのATフィールドだった。戦艦の装甲でも10秒と持たないはずの重光線級のレーザー照射を、日光を手で遮るくらいの軽さで受け止めている。 そして、レーザーを照射できるということは、イコールこちらからみても射線が通っているということを意味する。「そこ」 初号機の後ろに控えていた綾波レイの零号機は、淡々とした静けさで狙いを定めると、ポジトロンスナイパーライフルのトリガーを引き絞った。 遠方で血の花が咲く。 戦術機の120㎜でも、一撃では仕留められないことも多い重光線級が、その一撃で上半身を丸ごと失った。 まさに鎧袖一触。「OK、橋頭堡確保! みんな上がってきていいわよ!」 アスカの赤いエヴァ弐号機は、くるりと後ろを振り向くと、やけに人間味のある動きで手招きをする。 続けてシンジが冷静な警告を付け加える。「さっきのラー・カイラムとアークエンジェルの攻撃で、この辺りの重金属雲は吹き飛んでいるみたいです、気を付けて下さい!」『了解した。機動兵器小隊、レーザー級の狙撃に注意して上陸しろ!』「「「了解!」」」 ラー・カイラム艦長ブライト・ノアの声に、パイロット達の諾の返答が返った。 ――バニング小隊―― バニング小隊、別名『不死身の第四小隊』。モビルスーツ乗りとしては最古参兵といっても過言はない、バニング大尉に率いられたその小隊は、『小隊』としての熟練度でいえば、αナンバーズでも屈指だ。4人全員が生え抜きの軍人という、αナンバーズでは希有な小隊であり、派手さはないが常に堅実な働きが期待できる。 エヴァ小隊に続き、佐渡島上陸を果たした彼らは、そのまま海岸線に沿い、西進する。「大尉、前から歯茎サソリがうじゃうじゃきますぜ!」 真っ先に敵の存在を察知したのは、小隊の前衛右翼を受け持つモンシア中尉だった。「要撃級だ馬鹿、ちゃんと覚えておけ! ほら、弾幕を張れ、奴らは以外と速いぞ!」 モンシア中尉の軽口をたしなめながら、バニング大尉は小隊全体に指示を飛ばす。「「「了解!」」」 モンシアとベイト、二人のジムカスタムが、並んでジムライフルをフルオートで連射する。 二機のジムカスタムが放つ90㎜弾の弾幕が、迫る要撃級を纏めて挽肉と化す。「隊長、後ろから要塞級が一匹来ます!」 隙無く前面に弾幕を張りながら、ベイト中尉が声を上げる。「アデル!」「はい」 隊長の命を受けた、アデル中尉のジムキャノンⅡは、腰部から状態安定用のアームを地面におろし、両肩のビームキャノンの照準を合わせる。「よしっ」 放たれる二筋の桃色の光は、鈍重な要塞級を撃ち貫いた。タフさが最大の売りの要塞級が、それだけで原型を止めないまでに破壊されている。 最後はバニング大尉自身だった。「よし、お前ら離れろ。纏めて薙ぎ払う」 ガンダム試作2号機サイサリス。ガンダムシリーズにしては人相が悪く、重装甲の機体だ。 バニングの試作2号機は、肩の上に重厚なビームバズーカを構える。 狙いは、要撃級を中心として、側面からこちらに迫ってくるBETAの集団。その大多数は小型種だが、数にすれば100匹を越える。「ふんっ」 放たれる光粒子砲。試作2号機の放つビームバズーカは、要撃級も小型種も、区別無く光の海の中に消し去った。 しかし、ビームが放たれる前に接近を果たしていた一匹の戦車級が、バニングの試作2号機のシールドにかみつく。「チィ、なに? シールドが破損しただと!?」 かみついた戦車級はすぐに頭部バルカンでずたずたに引き裂いたが、その1噛みで試作2号機の重厚なシールドが一部噛みちぎられていた。「冷却装置は……無事か」 バニングは、モニターでシールドの破損状況を確認し、胸をなで下ろす。試作2号機のシールドは、大規模な冷却機関を内包している。これが破損すると、試作2号機の最大の特徴ともいえる核バズーカが使用できない。 むろん、こんなところで使用するつもりはないが、搭載している兵器に制限はつかないほうがいい。 とりあえずは、ほとんど問題がないレベルの破損であったが、ガンダリウムα製のシールドが、噛みちぎられたという事実は重い。「お前ら、絶対に戦車級を接近させるな! お前達の装甲ではひとたまりもないぞ!」 バニングは部下達に警告を飛ばした。 ジムカスタム、ジムキャノンⅡの外部装甲は、チタン合金とセラミックの複合装甲だ。ガンダリウムαと比べれば、防御力は低い。 戦車級にたかられれば、この世界の戦術機と大差ない結果となるだろう。「「「了解!」」」 モンシア達は、緊張感を取り戻し、次に迫ってくる突撃級に銃口を向けた。 ――ディアッカ小隊、カガリ小隊――「よし、いくぞ、お前ら!」 先陣を切り、カガリのエールストライクルージュが飛び出す。「カガリ様、あんまり張り切って高度を取ると撃ち落とされますよ」「そうそう。レーザー種の話、聞いてなかったんですか?」「カガリ様が張り切ると、大概ろくな事にならないから」 それをM1アストレイに乗る三人娘がはやし立てる。「う、五月蠅いな!」 怒鳴り返しながらも、カガリはエールストライクルージュを地上に降ろした。ひょっとすると本当に、勢いに任せてレーザー種の存在を忘れていたのかも知れない。 ある意味、今回出撃しているメンバーの中で、最も不安があるのが彼女たち四人だった。パイロットの技量的に他の者と比べると一段劣る。 とはいえ、乗っている機体は最新鋭機だ。「よし、来るぞ!」「このっ!」「それそれ!」「私も!」 エールストライクルージュと、3機のM1アストレイ。4機の主武装はビームライフルだ。 技量の低さは数で補う、とばかりにカガリ達は横一列になり、迫り来るBETAの群にビームライフルを乱射する。 一直線に荒野の向こうから駆けてきた30匹近い突撃級の群が、一匹残らず途中で力つきた。 正面から打ち抜くのは容易ではないとされる、突撃級の外殻もビームライフルならば、当たり所さえよければ一撃だ。 遅れてやってくる50匹を越える要撃級も、同じくビーム弾の嵐にあい、同じ運命を辿る。 しかし、くせ者は同時にやってくる小型種だ。 なにせ、エールストライクルージュや、M1アストレイの全高は18メートル前後ある。 対する小型種は兵器級で2.3メートル、闘士級で2.5メートル、一番大きな戦車級でも全高はわずか2.8メートルだ。 わかりやすく戦術機を人間に例えれば、要撃級や突撃級は人間大の大きさ、対して小型種は家猫や小型犬の大きさだ。 的に当てる、と言う一点に限れば、どちらが難物かは一目瞭然だろう。 しかもビームライフルは、戦術機の36㎜チェーンガンと比べれば、速射力において格段に劣っている。 連射速度は低くても高威力のビームライフルは、突撃級や要撃級を相手取るには向いているが、大量の小型種を駆逐するには向いていない。 弾幕の間を縫い、下を這い、生き残った小型種が続々と押し寄せる。「このー!」「いやー!」「こないでー!」 焦る三人娘の射撃はなおさら正確さを失う。「お前ら、もっとちゃんと狙え!」 唯一、カガリだけは精確な射撃で、戦車級を中心にその数を撃ち減らしているが、数にませて小型種達は、じわじわ距離を詰めてくる。責任感の強さか、好戦性の現れか、カガリは仲間を護るように、一歩前に踏み出した。「く、こいつら!」 距離を詰めたカガリのエールストライクルージュは、ビームライフルをあきらめ、ビームサーベルに武器を持ち替えようとする。しかし、それは明らかにタイミングを逸していた。ビームライフルを収納し、ビームサーベルを引き抜いた一瞬、前方から複数の戦車級が飛びついてくる。「ああ!?」「「「カガリ様!?」」」 大きく口を開いた戦車級がエールストライクルージュのメインモニターに大写しにされる。次の瞬間、赤い機体の前面に、十匹近い戦車級がとりつき、その装甲に食らいつく。「うわああああ!!」 さしものカガリも魂を絞り出すような悲鳴を上げた。『馬鹿が、何をやっている!?』 だが、そんなカガリを叱責する声が通信機から響き、同時に左方から飛んできた5連ミサイルが、カガリのエールストライクルージュを吹き飛ばす。 直撃したミサイルは、エールストライクルージュに張りついていた戦車級を一掃し、そのまま尻餅を尽かせた。『馬鹿、とっと立て! お前の機体にも『PS装甲』が施されているのだろうが!』 口汚くののしりながら、その機体――デュエルガンダムは、尻餅を付いたカガリ機を護るようにその前に立った。「え? あ……!」『PS装甲』、やっとその存在を思い出したカガリは、各計器に目をやり機体の状況を確認する。オールグリーン。何一つ問題なし。機体内部の損傷はおろか、装甲にも傷一つ付いていない。 フェイズシフト装甲、通称PS装甲は特殊な金属に一定の電圧を流すことで相転移させた、装甲のことである。相転移した装甲の対物防御力は、非常識なまでに高まる。対ビーム兵器には効果が薄いこと、攻撃を食らう度に電力を馬鹿食いすることなど、弱点も多々あるが、搭乗者にとって非常に頼りになる守りであることは疑いない。 少なくともその守りは、戦車級BETAの噛みつきを全面的に無効化出来る程度には、頑強だったようだ。「カガリ様あ!」「大丈夫?」「怪我はないですか?」「お前ら、わ、私は大丈夫だから持ち場を離れるな。ほら、向こうからも敵が来てるぞ!」 照れ隠しのように大声を出しながら、カガリは機体を立ち直らせると、側面からやってくるBETAの群をビームサーベルで指し示す。要撃級を中心に、200匹ほどはいようか。中には馬鹿でかい要塞級の姿も2体ほど見える。 だが、3機のM1アストレイが行動を起こすより速く、後方より放たれた砲撃が迫り来るBETAの群の中心を狙撃した。 まだかなりの距離があるというのに、その一撃は精確に2体の要塞級を纏めて活動不能にしていた。周りで複数の小型種も巻き沿いを喰っている。『グゥレイト!』 会心の一撃だったのか、狙撃を行った機体――緑色のガンダムのパイロットは、こちらに接近しながら歓声を上げた。『遅いぞ、ディアッカ!』『わーりぃ、わりぃ。遅れた分はすぐに取り戻させてもらうぜ、イザーク!』 駆けつけたディアッカ機――バスターガンダムは、長射程狙撃ライフルを二つに分解し、素早く腰の左右のアームに収納する。 分解された狙撃ライフルはそれぞれ単独でも、実力を発揮する。 右腰のは350㎜ガンランチャー。左腰のは94㎜高エネルギー収束火線ライフル。 ディアッカは2種類の火器を巧みに使い分け、迫り来るBETAの群を見る見るうちに殲滅していく。 確かに重火力型のバスターガンダムは、こういった大多数の敵に弾幕をはるという状況を得手としているが、それ以上にディアッカの腕に寄る部分が大きい。伊達にザフトのエリートの証である「赤服」を着ていないと言うことか。 そして、イザークも同様だった。いや、乗っている機体がバランス型のデュエルガンダムと言うことを加味すれば、ディアッカ以上の奮闘といえるかも知れない。こちらも、ビームライフルと、右肩に備え付けられた大口径レールガン『シヴァ』を巧みに使い分け、BETAの接近を許さない。 イザークとディアッカは事実上、二機だけで前方と左方、二方向から来るBETAの群を足止め、殲滅している。『ここは俺達が引き受ける。お前は一度アークエンジェルに戻れ!』 相変わらず、棘のあるイザークの言葉に、カガリは案の定反発する。「ば、馬鹿にするな! 私だってまだ戦える!」 だが、そこにイザークの罵声と、ディアッカのからかう様な声が浴びせられる。『馬鹿、エネルギーゲージを確認しろ!』『そうそ、そっちの3機も、ビームライフルの残弾は大丈夫?』「え? あ!」「うそ?」「あれー?」「何時の間にこんなに」 案の定と言うべきか、カガリのエールストライクルージュのエネルギーゲージは半分を切る寸前、アサギ、ジュリ、マユラのM1アストレイのビームライフルに至っては、8割近くを撃ち尽くしていた。 PS装甲は圧倒的な防御力をもたらしてくれる代わりに、発動した際桁外れに電力を消耗する。あれだけ、全身を戦車級にたかられていたのだから、当たり前と言えば当たり前だ。 M1アストレイの残弾もそうだ。技量の低い兵士ほど、弾の消費は激しいのは戦場の必然である。『分かったら、とっとと補給に行け!』『そっちの補給が終わったら俺達と交代ってわけ。OK?』 ここまで言われて、なお意地を張る理由はない。「分かった、すぐに補給を済ませて戻ってくる!」「「「よろしくお願いします!」」」 カガリ小隊の4機は、素早く後退していった。 残されたのは、デュエルとバスター、2機のガンダム。 そして、二方向から迫ってくるBETAの群。「どうよ、イザーク。こいつはさすがにちょっと厳しいか?」 言葉とは裏腹に、自信に満ちたディアッカの言葉を、イザークは鼻で笑う。「はっ、全然足りん! 俺をヤりたければ、この三倍は持ってこい!」「おうおう、言うねえ!」 実際、BETAは今のところ、この2機に近づくことさえ出来ていない。だが、彼らは忘れていた。この小さな島には今、10万匹を越えるBETAがひしめき合っているのだという事実を。「……おい、イザーク」「……言うな」「お前が変なこと言うから」「だから、言うな! 関係ない、俺は関係ないぞ!」 どうにか300匹のBETAを倒し終えた二人の前に、現れたのは要撃級を中心とした900匹を越えるBETAの群だった。【2004年12月20日15時38分、佐渡島沖、旗艦『最上』】「αナンバーズ、加茂湖東岸まで到達!」「途中、全てのBETAを駆逐しています!」「各前線のBETA、加茂湖側に引きずられています。前線の各部隊はこちらの指示を求めています」「よし、前線は一度初期防衛ラインまで後退。戦線を立て直した後に、再度押し上げろ」「了解、各戦隊は一度初期防衛ラインまで後退。戦線を立て直して下さい」 オペレーター達が指示を伝えている間に、小沢提督は周りに気取られないよう、小さく息を吐いた。「まさか、これほどまでとは……」 小沢は島全体を写すモニターに、目をやる。BETAを示す無数の赤い点が、αナンバーズが上陸した方向に引き寄せられ、次々と消失している。 ここからモニターで見ている限りでは、まるで熱したナイフをバターの固まりに突き刺すような容易さで、αナンバーズは迫り来るBETAの群を屠っているようにしか見えない。(これは、本当に今度こそいけるのか……?) 高揚感が高まると同時に、不安感も増していく。当然と言えば当然だ。これまで何度、期待を裏切られてきたことだろう。今度こそ人類の反撃だ。そう思う度に、BETAはその圧倒的な物量で、希望の目を押しつぶしてきた。 それでも希望を抱かずにはいられない。それだけのモノを今、αナンバーズは見せてくれている。「提督、αナンバーズのブライト艦長から通信が入っています!」「ッ、回してくれ」「はいっ」 即座にモニターにブライトの顔が映し出される。『失礼します、小沢提督。本艦とアークエンジェルは、今から15分後にハイヴ地上構造物を主砲の射程に納める予定となっています。つきましては、主砲の射線上と射線延長線上から避難して頂きたいのですが』 そう言って、ブライトは最上に予定進行ルートと主砲の被害を受けるであろう区域のデータを送る。 データに目を通した小沢は、ラー・カイラムとアークエンジェルの予想攻撃範囲の広さに一瞬目を見開いたが、すぐに平静を取り戻した。疑問や驚嘆は全て後回しだ。いちいち彼らのやることに驚いていてはきりがない。「了解した。貴艦の武運を祈る」 小沢は、モニターの向こうに敬礼を返した。『前線を初期防衛ラインまで後退。戦線を再構築せよ』 その命令は、前線で戦う衛士達にとって、大げさでなく崖っぷちの命を救う言葉であった。 αナンバーズの方にBETAが引き寄せられつつあると言っても、地上に出ているBETAの半数は、彼らが引き受けているのだ。半数でもおよそ4万。半ば壊滅状態の帝国軍に取っては十分絶望的な圧力である。 そしてそれは、ここ、桜山の南西に陣を張る矢神中隊にとってもそうであった。「よし、待望の後退命令だ! まだ生きてる奴は何人いる!?」 ボロボロになった撃震を駆る、矢神大尉の声にいくつかの声が返る。『こちら、カッパー2、健在です』『カッパー3、同じく』『カッパー7、どうにか生きてます』 返ってきた返事は3つだけだった。12機からなる戦術機中隊が、矢神自身を4機。1個小隊にまで撃ち減らされたと言うことか。 もちろん、全滅している部隊の方が多いくらいのこの戦況で、部隊として機能しているというのはそれだけで称賛に値するのだが、そんなことが前線で戦う衛士の慰めになるはずもない。「畜生、たったの4人かよっ」 己の非力さを呪うように、矢神大尉は吐き捨てる。しかしその声に、カッパー7が異を唱える。「いえ、先ほどこの先2キロのポイントで、カッパー11とカッパー12の反応を確認しました。今はモニターできませんが、まだ生きている可能性は高いと思われます」「なにぃ!? あの新米お嬢様、何特攻してるんだ!」 矢神大尉は思わず舌打ちをするが、実の所、カッパー11,12――榊千鶴少尉と巴伊織中尉は、別段突出しているわけではない。それどころか、この2機が最も命令に忠実に、初期の前線押し上げ命令を実践していた。ただ、少々現場にあわせた臨機応変さに少々欠けていたのも事実だが。「カッパー12、フォックス3!」「カッパー11、フォックス2」 千鶴は、前線で暴れていた。ここまでの戦果は、突撃級が2匹に、要撃級18匹。小型種は戦車級を含め数知れず。悪くない成績といえるだろう。 いや、死の8分を越えたばかりの新人が、旧式の撃震であげた戦果としては、破格と言ってもいい。 それは、エレメントを組んでいる巴中尉が一番よく分かっている。(ちょっとした才能ね、これは) 迫り来る要撃級に36㎜弾をたたき込む千鶴の撃震を、120㎜の単射でフォローしながら、巴中尉は心の中でそう呟いた。 機動、射撃、格闘、全てにおいてそつが無く、なにより非常に視野が広い。単純な技量は、既に自分より上だ。 巴中尉は、極当たり前のように五歳以上年下の新米少尉の力量をそう認めた。 だが、そんな風に意識を少し飛ばしていたのが悪かったのだろうか。 巴中尉の撃震の中に、レッドシグナルが点滅し、けたたましく警告音が鳴り響く。「ッ、レーザー照射!? しまった!」 自動回避モードに入った撃震のコックピットの中で、巴中尉は歯を食いしばる。 一度レーザー照準を向けられた戦術機に出来ることは一つしかない。相棒を信じることだ。「カッパー12!」「はいっ!」 すぐに千鶴は、索敵し、巴中尉を狙う光線級の姿を発見した。大き目の岩に下半身を隠すようにして、こちらにそのギョロリとした双眼だけを覗かせている。一応、ここからでも120㎜なら射程内だ。しかし、一発必中で中てるのは、ずいぶんと狙撃のセンスが必要とされる距離でもある。(珠瀬なら、楽勝であてるんでしょうけど) 千鶴の脳裏に一瞬、訓練小隊で一緒だった、桃色の髪の少女が思い浮かぶ。だが、生憎千鶴には、彼女のような神業じみた狙撃センスはない。「巴中尉、絶対に助けます!」 千鶴は全速力で光線級との距離を詰める。何としても巴中尉を助ける、その思いに駆られていた千鶴は気付かなかった。右側面の岩影に、一体の要撃級が潜んでいたことに。偶然待ち伏せの形となった要撃級は、不用意に近づく戦術機にその鋭く尖った前腕を叩きつける。「あっ!?」 間一髪で機体をひねるが、要撃級の爪が、撃震の右腕をその手に持つ87式突撃砲ごと、切り飛ばした。当然勢いの付いていた千鶴の撃震は、半回転しながら転倒する。「ああああああ!!」 千鶴は転倒した撃震のコックピットで声を絞り出す。機体のダメージなど大した問題ではない。腕の一本ぐらいなくなっても、戦術機は動けるように作られている。突撃砲だって一つ失っても後三つも残っている。だが、状況は絶望的だった。絶望的に……時間がなかった。 一度転倒した常態から、千鶴が機体を立て直し、目の前の要撃級を迂回し、その後ろにいる光線級に36㎜弾をたたき込むのと、既に照準を付けつつあるレーザー級が巴機を撃ち貫くのとでは、どちらが速いか、考えるまでもない。「中尉ぃぃ!」 それでも千鶴は必死に機体を立て直す。片腕を失ったバランスの悪さを思えば称賛に値する速さだ。しかし、そこまでだった。無情にも立ち上がったばかりの千鶴の視界を、レーザーが横切る。「ああ……」 思わずガクリと力が抜ける。だが、次の瞬間、千鶴の前には予想だにしない現象が次々と起こった。『いけっ、フィンファンネル!』 後方から飛来した、コの字型の何かから光のようなモノが放たれたと思うと、奥にいた光線級が一瞬で蒸発する。「えっ?」 惚けたように呟く千鶴の視界に、緑色の戦術機が現れる。『危ないよ、そこのあんた』 そして、その戦術機は手に持つライフルから光弾を放つと、千鶴の撃震が相対していた要撃級をあっさり仕留めた。『大丈夫だったか?』 遅れてこれまた見たことのない、白と黒のモノトーンカラーの戦術機が千鶴の前にやってくる。「あ、はい。貴方は?」 少なくても帝国軍のモノではない。混乱しながらも、それだけは確信し、千鶴は目の前の戦術機に声をかける。 だが、それに対する返答は、目の前のモノトーン戦術機からではなく、後ろからやってきた。「援軍、だそうよ。榊少尉」「と、巴中尉!?」 驚きのあまり千鶴の声が裏返る。「い、生きていらしたんですか!?」 あまりに驚きが強すぎて、すぐに喜びが沸いてこない。「ええ、私も何があったのかよく分からないけど、この人に助けられたみたい」『間一髪だったが、フィンファンネルが間に合って良かった』 モノトーンの、戦術機に乗る男――アムロがそう答える。『フィンファンネル』というのは、どうやら先ほどレーザー級を撃破した光線を放つコの字型の板のことのようだ。 千鶴は、巴の撃震がレーザー照射を受けたポイントに、溶けて拉げた『フィンファンネル』が一枚落ちていることに気が付いた。(まさか、あれでレーザーを受け止めたの?) なるほど、受け止めること事態は不可能ではないだろう。レーザー照射を受けていたのは極短時間だったはずだし、あの金属板がそれくらいの耐熱強度を持っていてもそれ程おかしくはない。 だが、問題は「どうやってそれで受け止めたのか?」だ。千鶴の知らない新兵器なのだと思うが、少なくともその制御は、乗っている衛士が行っているはずだ。 つまり、このアムロ大尉とやらは「自動回避運動中の戦術機と、それを狙う光線級のレーザー照射の直線上に、ピンポイントで板きれを滑り込ませた」ということになる。と同時に「もう一枚、別のファンネルを操り、遙か彼方の光線級を仕留めた」と言うわけだ。 控えめに言っても人間技ではない。 だが、今の千鶴にそんなことをゆっくりと考えている余裕はなかった。『アムロ大尉、2時の方向、お客さんです』 緑色の戦術機の衛士がそう声を上げる。 そちらを見ると、そこには突撃級だけで形成される30体ほどの群がこちらに向かって突撃してきていた。まるで怒り狂ったイノシシの群を想像させるような光景だが、破壊力はそんなかわいらしいモノではない。『ケーラ、フォローしてくれ。フィンファンネル!』『了解です、大尉』 白い戦術機は、周りにフワフワと浮いていた、5枚の板を突撃級の方向へ飛ばす。 コの字に曲がったその板から、光線のようなモノが放たれる度、突撃級は一匹、また一匹とその動きを止めていく。 化け物じみた精度だ。BETAの中でも最高速度と最高硬度を誇るはずの突撃級が、結局一匹もこちらに近づくこともなく討ち取られる。「嘘、突撃級が近づくこともできないなんて。なに、これ……アメリカの実験機?」 千鶴は目の前の光景が信じられない。単独で浮遊する細長い板。そこから放たれる光学兵器。そして、それを操る明らかにF-4ともF-15とも系統の違う戦術機。全てが千鶴の常識を越えている。 呆ける千鶴に、アムロ大尉から通信が入る。『ここは俺達が引き受ける。君たちは一度後方に下がるんだ』「え、でも」 戸惑いながらも持ち前の責任感のせいか、とっさにイエスの返答を返せない千鶴に、巴中尉から声がかかる。「榊少尉、今矢神大尉からも後退命令が入ったわ。一度下がって戦線を再構築するそうよ」「わ、分かりました」 正直状況は全く分からないが、直属の上司からの後退命令ならば従わない理由はない。「では、この場はお願いします」『ああ。任せてくれ』 片腕となった千鶴機は、巴機に先導され後ろに下がっていった。 一時後退命令。ある意味前線を支える衛士達が最も待ち望んでいた命令だが、全ての衛士が即座にその命令を実行に移すことができたわけではない。後退しようにも退路をふさがれている部隊、ジャンプユニットや脚部をやられて、後退するにも十分な速度を維持できない部隊、そしてそもそも既に全滅してる部隊。そんな部隊が、戦場には大量にあふれている。 そして、ここでも、1個小隊4機の戦術機が、いかにして後退しようかと、頭を悩ませていた。「どうだ、クラッカー2、クラッカー4。どうにかベイルアウトできそうか?」 小隊長であるクラッカー1は、稼働不能になった部下の戦術機にそう声をかける。先の戦闘で、部下2機の戦術機が、BETAの攻撃にあい、稼働不能状態となったのだ。だが、他の部隊を比べれば、彼女たちは比較的幸運な部類といえた。 部隊が全滅する直前、紅蓮醍三郎大将率いる斯衛の2個大隊が救援に駆けつけてくれた上、なぜかBETA達が何かに引きずれるように、この戦域から去っていってくれたたのだ。おかげでクラッカー2、クラッカー4は機体は失ったモノの、九死に一生を得たのであった。「駄目です。さっきから何度もやってるんですが」「こっちもです、隊長。やっぱりこれはコックピットを引き剥がすしかないのでは」 だが、緊急脱出装置に不具合が生じたらしく、どうやってもベイルアウト出来ない。このまま時間がたてば、折角助かった命をこの場で散らすことになる。そんな馬鹿馬鹿しい結末は認められない。「チッ、やむを得んか。クラッカー3、お前は見張りをしていろ!」「了解!」 クラッカー1は自分以外で唯一機体が無事なクラッカー3に見張りを任せ、65式短剣を慎重にクラッカー4のコックピットブロックに差し込んだ。「フッ!」 コックピットの位置を正確に思い浮かべながら、クラッカー1は慎重に差し込んだ短剣をぐいとひねる。「くそ、硬いな。戦車級の歯ならアッという間にぶち破ってくれるだろうに……」「隊長~、物騒なこと言わないで下さいよ~」 部下の情けない声を聞きながら、クラッカー1はどうにかクラッカー4を動かなくなった戦術機のコックピットから、助け出した。黒い強化装備を身に纏った女の衛士は、コックピットから這い出てきて、大きく一つ伸びをする。「よし、クラッカー4。お前はしばらくそうしていろ。クラッカー2を助けたら私のコックピットに入れてやる」「了解です。早めにお願いします」 衛士にとって、戦場で戦術機を降りるというのは、裸で放り出されるに等しい恐怖があるのだが、クラッカー4はどうにか、理性でその恐怖を押さえ込み、隊長の命令に従った。「よし、待ってろ。すぐに終わらせてやる」 クラッカー2を助けようと、クラッカー1の撃震がナイフを構えなおしたその時だった。「隊長! 22時の方向から何か来ます!」 見張りに立っていたクラッカー3が声を上げる。「なんだ、BETAか!」「いえ、BETAではありません! ですが、戦術機でもありません。戦闘機? いや、とにかくよく分からないオレンジ色の機体が、こちらに迫ってきます!」 それ以上の説明は不要だった。猛烈なスピードで近づくそれは、アッという間にクラッカー小隊の前までやってきて、急停止した。 こうして間近で見ると一番近いのは、水上バイクであろうか。上に、人を乗せるようなくぼみもある。だが、その大きさは人が跨ることが出来るような大きさではない。ちょうど戦術機が跨るのにちょうどいいような大きさだ。 そして、そこには戦術機ではない不思議な機体が乗っていた。全長は10メートルほど、大体一般的な戦術機の半分強といった大きさだ。緑と黄色という恐ろしく派手なカラーリングをしているが、新型の強化外骨格なのだろうか。 子供が無理矢理、リッターバイクしがみついている様な感じで、まるきり大きさが合っていないが、今のクラッカー小隊にその姿を笑うだけの余裕はなかった。 クラッカー小隊の皆が呆然としている間に、オレンジ色のホバーバイクから外部スピーカーで声が届く。『こちら、αナンバーズ、特別救助チーム、ファ・ユイリィです。要救助者がいれば、こちらで引き受けます!』 オレンジ色のホバーバイク――メガライダーからファが、そう呼びかける。『おう、怪我で動けないんなら手を貸すぜ!』 緑と黄色の強化外骨格――鋼鉄ジーグが素早くメガライダーから降りると、倒れているクラッカー2の撃震に近づいてくる。「お、お前達は?」『救援に来ましたαナンバーズ隊の特別救助チームです!』『よし、ちょっと揺れるけど、我慢しろよ。オラア!』「う、うわあ!?」 クラッカー1とファが話をしている間に、鋼鉄ジーグは稼働不能な撃震に手を伸ばし、アッという間にその装甲を引き剥がして、コックピットに閉じ込められていたクラッカー2を助け出していた。クラッカー2は、クラッカー小隊で唯一の男性衛士だ。 転がるようにして出てきた黒い強化装備を纏った男に、鋼鉄ジーグは声をかける。『怪我はないか? 歩けるんなら、あれに乗ってくれ』 指し示す先では、メガライダーがハッチを開けて待っている。 メガライダーは、元々その上に1機から2機のモビルスーツを載せて、長距離航行が出来るように作られたオプション兵器だ。その中には、簡易居住空間が設けられており、その気になれば4~5人の人間が、一ヶ月くらいはその中で生活できるようになっている。 なるほど、戦場での救助任務を受け持つには最適の機体だろう。「た、隊長?」「どうしましょう?」 クラッカー2,クラッカー4が急展開する事態に付いていけず、小隊長に指示を求める。 クラッカー1とて、事態が全く理解できていないことには変わらないのだが、さすがに小なりとも隊を預かるだけはあり、この場では迅速な決断が求められている事を理解していた。「よし、二人ともこちらのお世話になれ」「隊長?」「い、いいんですか?」 疑問の声を上げる部下に、クラッカー1は大胆に言ってのける。「正直私もよく分からんが、彼らが生身の人間であることは間違いないようだ。少なくとも、BETAじゃない。なら、敵じゃないってことだ。ん? どうした、そこの機械化歩兵?」『い、いや。なんでねえ。乗るなら早く乗ってくれ』 クラッカー1の言葉に、なにやらビクリと反応した鋼鉄ジーグであったが、それをごまかすように言葉をつむぐ。 やがて、クラッカー2,クラッカー4の二人は首を傾げながらも、メガライダーの中へと入っていく。 二人を乗せたところで、メガライダーのハッチがしまり、また鋼鉄ジーグはメガライダーの上に無理矢理跨る。 去っていく謎の機体と、謎の強化外骨格を、2機の撃震が無音で見送る。「よし、私たちも後退するぞ。こんな所で死んだら犬死にだからな。ついてこい、クラッカー3!」「了解!」 やがて、二機の撃震は忠実に命令を実行し、初期防衛ラインまで後退していった。 メガライダーの居住空間の中、シートに腰を下ろし、やっと息の整ってきたクラッカー2,クラッカー4の前に、おにぎりとお茶を乗せた盆を持ったゼオラが現れる。「ええと」「君は?」 問われて、ゼオラは左手一本でお盆を支えながら、右手で敬礼する。「は、私はαナンバーズ所属パイロット、ゼオラ・シュバイツァー曹長であります」「あ、ああ。俺は、帝国陸軍第133連隊クラッカー小隊所属、クラッカー2西川少尉だ」「同じく、クラッカー小隊、クラッカー4吉田少尉」 αナンバーズの中では例外的に階級というモノに厳格なゼオラは、しっかりと背筋を伸ばしたまま、丁寧に対応する。「私は、ファ・ユイリィです。運転中ですので、このまま失礼します」 ファは、メガライダーの操縦席で前を見たまま、声だけで挨拶をする。「よろしかったらどうぞ」 ゼオラはそう言って、盆を二人の前の台座においた。さすがにお茶はこぼれないように密閉容器にストローがさしてある形だが、おにぎりはプラスチックの皿の上でフワリと湯気を立てている。 もとより、日本出身者が多いαナンバーズでは、米はパン以上に多くストックしてある。これは、急きょラー・カイラムのキッチン班が用意した炊き出しだ。「ああ、折角だしもらおうか」「あ、私も」 二人はおずおずとお茶に手を伸ばした。ストローを吸うと飲みやすく温めに入れた日本茶が、カラカラに乾いた喉を潤していく。身体が水分を欲していたせいか、それは日頃PXで飲んでいる合成日本茶より数段美味しく感じた。 なまじ、中途半端に腹にモノを入れてしまうと、忘れていた空腹を意識してしまう。 本来、強化装備を着たまま、一般の食物を口にするのは、排便の関係上あまり望ましくないのだが、なにかまうモノか。既に戦術機を失い、後方に戻る最中だ。 万が一、予備の戦術機で再出撃することがあるとしても、トイレを済ませるくらいの余裕はあるはずだ。 そんないいわけを頭の中で考えながら、二人はおにぎりに手を伸ばす。そしてそれを一口ほおばり、思わず目の色を変える。「う、嘘だろ……」「なにこれ、めちゃくちゃ美味しい。まさかこれ、本物のお米?」 本物の米。それはこの世界で最高の贅沢品と言ってもいい。現時点で食料を自然食料だけでまかなうことが出来る国など、実に数が限られている。アメリカ、オーストラリア、アルゼンチンといったところか。だが、それらの国は、全て小麦を主食とする国ばかりで、米を主食とする国はない。 つまり、金を出せば購入できるルートがないわけではない天然パンと違い、天然の米は正真正銘幻の食材と化しているのだ。 呆然と訪ねる、クラッカー4――吉田少尉に、ゼオラは首を傾げながら答える。「本物って、別に普通のお米だと思いますが?」「え、そうか?」「やっぱり、腹が空いてると何でも美味しく感じるのか?」 当然、この世界の食糧事情など知るはずもないゼオラの回答に、二人は気のせいかと自分を納得させながら、残りのおにぎりを頬張った。 お茶を飲み、おにぎりを食べ、人心地ついた衛士は、やっと戦況に気を配るだけの余裕が生まれる。「それで、状況はどうなっているんだ? あんた達、αナンバーズだっけ? 援軍が来たんだろう?」 クラッカー2の言葉に、ゼオラは誇らしげに大きな胸を張る。「はい。戦況は順調です。ご覧になりますか?」 そういって、モニターに外部の様子を映し出す。気を利かせたゼオラは、モニターを操作し、後方のハイヴ地上建造物を大写しにする。 そこにはちょうど、低空飛行で此処までやってきた、ラー・カイラムとアークエンジェルの姿も映っていた。「な、なんだ、あれは?」「航空機、いや、戦艦、か?」 クラッカー2もクラッカー4も驚きの声をあげる。見たこともない巨大な白い戦艦が二隻、低空を浮遊している。「我がαナンバーズの母艦、ラー・カイラムとアークエンジェルです」 ゼオラがにっこり笑って説明したその時だった。 ラー・カイラムのハイメガ粒子砲とアークエンジェルのローエングリンが、同時にハイヴ地上構造物を襲う。「「なっ!?」」 モニターが焼き付くほどの光の奔流に、二人は思わず目を瞑る。「っくしょう」「なんだったの、今の……!」 目尻に涙を浮かべながら、どうにか視力を取り戻した二人の前に映ったのは、「なんだ、ありゃあ……」「ハイヴが……吹き飛んでいる……」 原形を留めないまでに破壊された、甲21号ハイヴの地上構造物跡であった。 六年前から、ずっと祖国を蝕み続けた、憎きBETAを象徴する建物が、圧倒的な力にひれ伏したように、砕け散っている。「…………」「…………」 二人の若い衛士は息をのむ。しばしの沈黙が続き、そして、「「ウオオオオオオオ!!」」「畜生、やった、やりやがった!」「本当に、俺達はやったんだ!」 獣じみた雄叫びをあげる。それは、6年分の思いのこもった歓喜の雄叫びだった。