Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その6【2004年12月20日16時1分、佐渡島ハイヴ上空、ラー・カイラム】「それでは我が隊は、これより、ハイヴ攻略を開始します。目標は、ハイヴ最下層にある反応炉の確保と、ハイヴ内の全BETAの殲滅。それが不可能な場合は、速やかな反応炉の破壊。作戦の趣旨は、以上で問題ないでしょうか?」『うむ。問題ない。よろしく頼む』 モニターに映る小沢提督の目元が、赤く充血している。おそらく、泣いていたのだろう。 それは、恥じることではない。二筋の閃光が、ハイヴ地上建造物を粉々に砕いたあの瞬間、泣かなかった兵士はいない。叫ばなかった兵士もいない。あのとき、佐渡島で戦う全ての帝国軍兵士が、心を合わせ、泣き、叫び、感情を爆発させていた。 とはいえ、高揚する精神の高ぶりに任せて戦うのは、末端兵士の特権であって、指揮官には許されない贅沢だ。 小沢は、歓喜に支配された己を恥じるように、厳めしい顔を作りながら、ブライト艦長との対話を続ける。『おかげでこちらは、戦線の再構築が可能になった。30分後、再び戦線を押し上げる』「それは……いえ、了解しました」 一瞬言葉に詰まったブライトであったが、すぐに了承の意を伝える。確かに、地上戦力のフォローは非常にありがたいが、あまり無理をして欲しくないと言うのが正直なところだ。 だが、これはあくまで彼らの戦いなのである。たとえ、ハイヴ攻略という一番大事な所をよそ者であるαナンバーズが、担当してしまうとしても、いやだからこそ、彼らが命をとして戦う権利を奪うわけにはいかない。 小沢は、ブライトの僅かな表情の変化と口調から、何を言おうとしたのか、何を言わずに飲み込んだのか、ほぼ正確に理解した。 自分と比べればまだ『若造』と言ってもいい、若い艦長の配慮に内心感謝する。 事実上彼らαナンバーズがハイヴを攻略するのだとしても、それを指をくわえて見ていたのでは、日本という国は死ぬ。 たとえ形の上だけでも、「αナンバーズと帝国軍が協力してハイヴを攻略した」という事実を残さなければならないのだ。 我ながら欲張りなことだ、と小沢は内心笑う。 つい一時間前まで、国体の解体か、全国民の死滅か、と魂がすり減るような二者択一を迫られていたはずの自分が、今は「国のメンツ」を考えて指揮を執っている。 確かにそれも大事なことではあるが、もしこの場に一時間前の自分がいたら、こんな脳天気なことを考えている今の自分を、力一杯はり倒していることだろう。『それでは、先ほどハイヴに突入した流星連隊の記録をそちらに送る。虫食いだらけで恐縮だが、一応、地下500メートル付近までの地図だ。少しでも役立ててもらえると幸いだ』「了解しました。ありがたく使わせて頂きます」 先ほどハイヴに突入した部隊、帝国軍最精鋭部隊であり、すでにハイヴで全員その命を散らしているという。ブライトは、死んでいった衛士達に敬意を示すように、ただ静かに礼を述べた。『では、健闘を祈る』「はっ、全力を尽くします」 ブライトは見事な敬礼を見せる小沢に、精一杯の敬意を込めて、敬礼を返した。 機動兵器部隊が、ハイヴ突入を控えた現在、αナンバーズ先行分艦隊で最も忙しいのは、間違いなくラー・カイラム、アークエンジェルそれぞれの整備班であった。「ジムライフルを交換するんだぞ! なに?違う、そうじゃない! 弾倉の交換じゃなくてライフル自体を予備と交換するんだ! 撃ちすぎで銃身がへたってるんだよ! ビームライフルのエネルギーパックはどうなってる!? 充電がすんだものと全部交換しておけよ!」 ラー・カイラムの格納庫に、整備主任アストナージの大声が響きわたる。 そうやって、整備班に指示を送りながらも、アストナージは手を休めず、自らはエヴァンゲリオン3機の動作チェックを行っている。 モビルスーツの整備が出来る人間は多いが、エヴァンゲリオンのような特機を整備出来る人間は少ない。別段それは、彼らが無能というわけではない。モビルスーツやバルキリーといったある程度規格の定まった機体ならばともかく、マジンガーZ、ゲッターロボと言った特殊エンジンを積んだ特機や、果てには生物兵器に近いエヴァンゲリオンまで1人で整備できるアストナージのほうが、どこかおかしいのだ。 ある意味、アムロやカミーユのような戦闘部隊のウルトラエース以上に、αナンバーズの特殊性を象徴している人物といえるだろう。「フィンファンネルはこれで最後か? 最後か。アムロ大尉、フォウ! フィンファンネルの予備が尽きた、次からはちょっと使い方を考えてくれ!」「分かった、アストナージ!」「了解、次からは気を付けるわ」 フィンファンネルを使う機体――νガンダム、量産型νガンダムに乗るアムロとフォウが、格納庫の隅で、水分を補給しながら、手を挙げて答えた。 フィンファンネルは事実上使い捨ての兵器だ。一度背面フォルダから飛び立てば、二度と戻ってくることはない。もちろん壊れていなければ、後で拾い集めて再利用も可能だが、戦闘中の武器としては、やはり「使い捨て」と呼ぶしかない。 整備班は、いつもと勝手の違う状況にとまどいを隠せなかった。これまでの各機の損耗率は、予想を遙かに下回る数値と、遙かに上回る数値のどちらかしかない。 すなわち、装甲板や各部間接パーツなど、機体本体に関するパーツの消耗は極めて低いのに対し、弾薬やエネルギーパックなど、武器に関する消耗品の消費量は目をむくほどに高い。 それでもビーム系の兵器はほとんど問題ない。ビームライフルのエネルギーパックは、格納庫の充電装置に30分も差し込んでおけば、満タンにたまる。エネルギーパックやビームライフル自体を破損しない限り、補給が途絶えることはないのだ。 問題は実弾兵器の方である。特に消耗が激しいのが、全てのモビルスーツに備え付けられている、頭部バルカンの実弾、『60㎜弾』もしくは『75㎜弾』だ。 今までαナンバーズが戦ってきた敵――宇宙怪獣や、バッフ・クランの巨大戦艦相手には、気休めにもならなかったこの武装が、対BETA戦では極めて有効だった。 こちらの弾幕をかいくぐって、足下まで接近を果たした小型種を掃討するのに、これほど適した武装はそうない。 事実、補給に戻ってきたモビルスーツのほぼ全てが、頭部バルカンを使い果たしていた。 例外は、アムロ・レイのνガンダムと、カミーユ・ビダンのZガンダムだけだ。まあ、この二人の場合はそもそも「足下に集られるまでの接近を一度も許さなかった」というのだから、機体がどうこういう話ではない。単純に、搭乗者が人類の規格から若干はみ出していたというだけだ。 やがて、整備と補給のすんだ機体に、パイロット達が乗り込んでいく。 パイロット達が全員、各機体に乗り込んだ所で、通信機からオープンチャンネルで指揮官であるブライトの声が響く。『今より10分後に、ハイヴ攻略を開始する。ハイヴ突入部隊は、エヴァ小隊、アムロ小隊、カミーユ小隊、バニング小隊。 カガリ小隊とディアッカ小隊は、地上でラー・カイラムとアークエンジェルの護衛だ』 これはある意味当然の配置といえた。なにせ、ハイヴ内部は補給が効かない。 核融合エンジンを搭載している通常タイプのモビルスーツや、S2機関などという反則級の永久機関を搭載しているエヴァシリーズと違い、カガリ小隊とディアッカ小隊のモビルスーツは、バッテリーで動いている。充電電力が切れたら動くこともままならない機体を、補給のめどがつかないハイヴに放り込むのはさすがに、危険が大きすぎる。 それに、現時点でも地上にはまだ、5万を越えるBETAが存在しているのだ。艦の護衛は絶対に必要だ。『なお、ハイヴ内部では通信が妨害される恐れがあるそうだ。各機、あまり離れるな。念のため、アムロ機とバニング機に、フォールド通信機を搭載しておいた。外部との通信は、二人が担当しろ』『分かった、ブライト』『了解』 空間と空間を直接入れ替えるフォールト通信は、フォールド断層以外で妨害されない。確実に外と連絡が取れる手段があるというのは、突入部隊を精神的に楽にさせてくれる。『既にデータは各機のコンピュータに送ってあるが、見ての通りハイヴの地図は地下500メートルまでしかない。ハイヴの予想最大深度は1200メートル、後700メートルは地図なしになる。十分に注意して、素早く攻略するんだ』 あまりと言えばあまりなブライトの言葉に、「おいおい、どっちだよ」とか「ちょっと矛盾してないか、その条件」と言った声が漏れる。 だが、その声色はあくまで苦笑に彩られたもので、悲壮感のようなモノは欠片もない。まあ、αナンバーズにとって、味方の援護を期待できない敵地に乗り込むというのは、特に目新しいことではない。 こんな事でいちいち動揺していては、αナンバーズはつとまらない。「よーし、全機整備完了だ! 思いっきりやってこい!」 ギリギリまで最終チェックを行っていたアストナージが、作業着の袖で額の汗を拭い、大声を上げる。『了解、行ってくるよ、アストナージ』 ケーラがジェガンのコックピットから外部マイクでアストナージにそう答える。女パイロットと整備主任の間柄を知っている周りの若い整備士達から、ヒューヒューと冷やかしの声が挙がった。【2004年12月20日16時34分、佐渡島ハイヴ深度300メートル】 αナンバーズがハイヴ内で行っている戦闘、それはこの世界の衛士が見れば、頭を抱えるくらいに非常識なモノだった。「来るぞ、シンジ!」「はい、ATフィールド全開!」 まず、先頭に立つシンジのエヴァ初号機がその強力なATフィールドで狭い通路の前方を完全にふさぐ。 突撃級、要撃級、その他小型種も纏めて赤い壁を破れずにガチガチと向こう側で足掻いている。 その隙に、エヴァ初号機の両脇に、2機のモビルスーツがスタンバイする。 右に、ビームバズーカを構えた、バニング大尉のガンダム試作2号機。 左に、ハイパーメガランチャーを構えた、カミーユのZガンダム。「よし、今だ、シンジ!」「はい! ATフィールド、カット!」 ATフィールドをぐっと一度奥に押し返し、次の瞬間シンジはATフィールドを消失させる。 当然遮るものがなくなったBETA達は、堰を切ったように押し寄せようとするが、それより先にバニングと、カミーユがトリガーを絞る。「落ちろよ!」「直撃させる!」 BETAという濁流は、ビーム粒子というもっと強い激流に正面から飲み込まれた。高出力粒子ビームをまともに食らえば、突撃級の外殻も、要撃級の爪も纏めて吹き飛ぶ。だが、さすがにそれだけで全滅とは行かない。他のBETAが上手い具合に盾となり、生き延びたBETAがちらほら見える。 戦車級が4匹、闘士級が2匹、そして要撃級が一匹。どれも無傷ではないが、そんなことにはお構いなしだ。足を失い、体液を滴らせながら、それでも何の痛痒も感じていないように、まっすぐこちらに向かってくる。 無論、それを黙って見過ごす理由などどこにもない。「つっこめ、無駄弾を使うことはない!」「はい!」「いくわよ!」 アムロの号令にあわせ、フォウの量産型νガンダムと、エマのリガズィが、ビームサーベルを構え突撃する。リガズィは日頃、バックウェポンシステムを装備し、戦闘機形態をとっていることが多いが、さすがに今回は、モビルスーツ形態をとっている。蟻の巣のようになっているハイヴ内を、戦闘機形態で飛び回れるほど、エマの腕は卓越していない。 量産型νガンダムとリガズィは、闘士級を踏みつぶし、戦車級を切り払い、要撃級を滅多切りにした。この程度の数ならば、ビームサーベルでの接近戦でも、モビルスーツが負けることはないだろう。 帝国軍の衛士と比べれば、αナンバーズのモビルスーツ乗りは、剣の技量では劣る者が多いかも知れない。だが、戦術機のスーパーカーボン製の長刀とビームサーベルとでは、破壊力が違う。 そうして前方に立ちふさがるBETAの群を完全無欠に駆逐しながら、アムロ達はハイヴの奥へと進んでいく。 この世界の衛士が見たら、あきれて何も言えないような力尽くの突破だ。 なにせ、ATフィールドという絶対的な防御力を持った壁役がいる上に、機体は全て半永久的に稼働可能な核融合エンジン搭載か、S2機関搭載だ。 その上、試作2号機のビームバズーカや、Zガンダムのハイパーメガランチャー、νガンダムのビームキャノンと言ったように、機体のジェネレーターをエネルギー源とする兵器がいくつかあるため、部隊単位での完全な弾切れというのが存在しない。 それ以外の機体にしても、最低限ビームサーベルは有るのだから、丸腰になることはないのだ。 推進材、燃料電池、武器弾薬、全ての制限を考えながら戦わなければならない、この世界の戦術機とでは、根本的に初期条件が違いすぎる。「よし、ゆっくりしている理由はない。とっとと進むぞ」 指揮を執るように、バニング大尉が声を上げる。 一応、突入部隊の部隊長はアムロ、副隊長がバニングとなっているが、声だしはバニングがやる方が多い。「「「了解!」」」 一同は、声をそろえて返事を返すと、前をシンジのエヴァ初号機とアスカのエヴァ弐号機、後ろを綾波のエヴァ零号機に護られながら、斜め下へと伸びるハイヴ横坑を降りていった。 順当に下へ下へと進む中、最初にその異変に気付いたのは、やはり最もニュータイプ能力の高いカミーユだった。「ッ、アムロさん!」「ああ、これはっ」 一瞬遅れて反応するアムロに、バニング大尉が問いかける。「どうした?」 答えたのはカミーユの方だった。「なんだか、気配を感じたんです。この下から人の気配を」「馬鹿な? ハイヴの中に人がいるわけがない。先の突入部隊だって、全滅したはずだ」 バニングはカミーユ達の感覚を否定する言葉を述べる。 だが、同時にバニングは思い出す。正確には先の突入部隊――流星連隊はどうなったと言っていた?「主縦坑を攻略していた第一大隊は全滅、横坑の安全確保を担当していた第三大隊も壊滅。そして、補給コンテナを護っていた第二大隊からの連絡もとぎれた」 確か、そう言っていた。「? 第二大隊からの『連絡が途切れた』?」 バニングは、自分たちが勝手な思いこみをしていたことに気付いた。 状況が状況のため、そう思ってしまうのも無理はないが、「連絡が途切れた」のと「戦死が確認された」のは別なのだ。「全員、その場に止まれ! 物音を立てるな!」 バニングは素早く全員にそう命じる。同時に各種センサーの感度を最大にする。「「「…………」」」 思わずコックピット中で息まで殺して、皆沈黙を保つ。 やがて、振動センサーが下方からズンという重い衝撃を拾う。同時に、外部スピーカーに遠くで何かが爆発したような音が届いた。「これは……?」「バニング大尉! 確か、この国の機体は自決用に爆弾を積んでると言ってませんでしたか」 アデルの言葉に、バニングはすぐに反応する。「総員、降りるぞ! まだ、生き残りがいるかもしれん! カミーユ!」「分かってます! 先に行きます!」 カミーユのZガンダムは、その場でウェイブライダーに変形すると、先陣を切り下方に繋がる縦坑へと飛び込んでいく。 こういったところは、モビルスーツが戦術機に劣っている点だろう。元々、ハイヴ攻略を念頭に置いて作られたわけではないモビルスーツは、飛行能力を有していない機体が多い。垂直に近い縦坑を降りるには、どうしても慎重にならざるを得ない。 そのため、この中で唯一の可変機、唯一飛行能力を有するZガンダムが、単機で先行するのだった。「見えた、そこか!」 単機先行したミーユの視界に、その光景が見えてくる。そこは、縦坑と横坑が複数交差する大きな広間だった。 天井が高く、広さも十分になる。無理をすればウェイブライダーのまま、飛び回れるくらい広さと高さだ。 その中央に、戦術機――不知火の姿が見える。6機の不知火が、複数の補給コンテナを中心にグルリと輪になって、互いの背中を護っている。 そして、その周りにはBETAがいた。どこに、と言う問いはこの際無意味だ。全てだ。ウェイブライダーが飛び回れるくらいに広い空間に、一欠片の隙間もなく、ぎっしりとBETAがひしめいている。 いわば、BETAの海の中央に、不知火6機が小島を築いて、辛うじて溺死を免れているという状態だ。「おまえ達、やらせるかあ!」 カミーユは吠えた。上からビームライフルをBETAの海に撃ちおろす。一見すると、頭に血が上って乱射しているようにも見えるが、その光弾は例外なく、要塞級、突撃級といった大物を撃ち貫いている。 ハイヴ内ではBETAはレーザーを撃ってこない。そのため、こうして宙を舞うウェイブライダーに攻撃可能なのは、壁づたいに天井に上がり落ちてくる小型種と、要塞級の触手ぐらいだ。もちろん、そんなとろくさい攻撃を食らうカミーユではない。「無駄なんだよ!」 狭い限定された空間とは思えない機動で巧みに要塞級の触手を回避すると、ビームガンの掃射でその要塞級もうち倒す。 確かにウェイブライダーは、BETAに対し圧倒的だ。しかし、やはりBETAの数はそれ以上に圧倒的だった。 カミーユが5匹、10匹と倒しても、広間に繋がる縦坑・横坑から、50匹、100匹とBETAが広間にやってきている。「畜生、このままじゃ!」 カミーユはウェイブライダーを天井ギリギリまで急上昇させ、そこでZガンダムに変形させる。当然、機体はまっすぐ下に落ちるが、足と背中のバーニアで落下速度を限界まで殺しながら、ハイパーメガランチャーを構える。「消えてなくなれえ!」 ほとばしる琉光の奔流は、BETAの海に僅かな干拓地を築く。カミーユは素早くそこにZガンダムを着地させた。 無論、それはほんの一瞬のことだ。すぐに全方位からBETAが押し寄せる。爪を振り上げる要撃級、頭からつっこんでくる突撃級、そして足下からはい上がってくる戦車級。 だが、それでどうにかなるほどカミーユ・ビダンは甘くない。「近寄るな! お前達は、存在してはいけないんだよ!」 ビームライフルの銃口から、長大なビーム刀身を発生させ、近寄るBETA達をなで切りにする。 文字通り、BETAの海を切り裂き進み、カミーユは円陣を築く6機の不知火の側までやってきた。 不知火に乗る、流星連隊第2大隊の生き残り達からしてみれば、突然乱入してきたZガンダムは全く見覚えのない、とてつもなく不審な存在だったはずだ。 大きさこそ既存の戦術機とほとんど変わらないが、全く見たことのないフォルムをしており、さらには戦闘機形態に変形も可能で、あまつさえ攻撃は全てビーム兵器。 いくらこんな状況だからと言っても、「何者だお前?」という思いはあったに違いない。だが、そんな無駄な問いは行わず、弾幕を張り続けた彼らは、選りすぐりの精鋭に相応しい判断力を兼ね備えているといえた。「大丈夫ですか!」 問いかけるカミーユの言葉に、不知火に乗る衛士の1人が言葉を返す。『君は? もしかして、援軍に来てくれたのか!』 返ってきた言葉の意外性に、カミーユは思わず返答に詰まる。 この人は今何と言った? 援軍、といったのか? 普通、この状態で出てくる言葉は違うはずだ。10人いれば10人が「救出に来てくれたのか?」と聞くはずだ。 救出とは自分たちを救いに来てくれる者のことであり、援軍とは自分が達成しようとしている目標に力添えしてくれる存在のことを言う。 つまり、彼らはこの期に及んでも、脱出しようとしていたのではなく、当初の予定通り目的を達成しようとしていたということだ。「ハイヴ最下層の反応炉を破壊する」という目標を。「駄目だ、貴方達はここで死んでいい人たちじゃない!」 知らずにカミーユは叫んでいた。不知火の輪の中に入り、ビームライフルをうち続ける。「大丈夫です、今、助けが来ますから! それまで!」 まるでその言葉を待っていたかのようなタイミングだった。『はあああ!』『すみません、カミーユさん。遅れました!』 戦術機の倍ほどある2体の巨人が、縦坑から飛び降りてくる。 アスカのエヴァ2号機が、縦坑から飛び降りざま、攻撃的ATフィールドでBETAを纏めて薙ぎ払い、足場を確保し、一瞬遅れて降りてきたシンジの初号機が、防御的ATフィールドで、自分とアスカを護る。 さすがのコンビネーションで、シンジとアスカは、縦坑の真下に小さな橋頭堡を確保した。 その小さな空間に、続いてアムロのνガンダムが降りてくる。此処を勝負所の一つと見たのだろう。着地と同時に、6枚しかないフィンファンネルの内、3枚を同時に起動させる。『そこだ、フィンファンネル!』 アムロは、3枚のフィンファンネルと、シールドに備え付けられたビームキャノンを巧みに使い、BETAの群に弾幕を張る。アムロ一機で事実上、4機分の弾幕が張れるわけだ。じわりと、BETAの海の干拓地が広がる。 そこに今度は、エマ中尉のリガズィと、フォウの量産型νガンダムが同時に降りてくる。『二人とも、弾幕を張ってくれ! フォウ、ファンネルを使うんだ!』『了解です、アムロ大尉!』『はい、フィンファンネル!』 3体のモビルスーツが、3つのビームライフルと、6つのフィンファンネル、あわせて9つの銃口を持ってBETAの群を駆逐していく。 ぐっと大きく広がったこちらのテリトリーに、さらなる増援が次々と降りてくる。『よし、一気に行くぜ!』『あまりで過ぎるな、モンシア』 バニング大尉率いる、バニング小隊の4人が、同時に降下し、『どうやら、間に合ったみたいだね』 続いて、ケーラのジェガンも降りてくる。 最後に、殿の守りを引き受けていた綾波のエヴァ零号機がやってきた。これで、全員が再び合流したことになる。『よし、一気に押しつぶすぞ!』「「「了解!」」」 バニングの号令に一同は、景気のいい返事を返し、その言葉通り圧倒的な火力で広間のBETA達を駆逐し始めた。『す、すごい』『本当に、あれだけいたBETAを全滅させた……』 30分後、BETAの流入の止まった広場で、流星連隊の生き残り6人は、呆然と立ちつくしていた。 広間はやけにガランとしていた。BETAの死体が溜まり、射線が遮られるようになる度に、Zガンダムのハイパーメガランチャーと、ガンダム試作2号機のビームバズーカで死体を纏めて吹き飛ばしたからだ。 これが、戦術機のように実弾兵器だけで相手をしていたら、今頃この広間はBETAの死体で身動きも取れなくなっていたことだろう。 ほとんど無限とも思えたBETAの群を、一時的にでもこの広間から駆逐した謎の救援部隊の偉容に、流星連隊の生き残り達は、息も忘れて見入っている。『αナンバーズ、機動兵器部隊隊長アムロ・レイ大尉です。こちらの責任者は?』 アムロに問われ、一体の不知火が一歩前に踏み出す。『流星連隊第2大隊所属、ライカ小隊隊長、前島中尉です』 それはまだ若い男の声だった。『任務遂行ご苦労様です。俺達は……』 アムロは簡単に自分たちの事を説明する。無論、異世界から来たことなど、信じさせるのに時間のかかることは全て省き、現状で必要なことだけを伝える。 自分たちは、救援に来た外部部隊であること。地上の戦況は、五分五分まで持ち直していること。そして、自分たちが流星連隊に替わり、ハイヴ攻略を任されたこと。『そうでしたか』 前島中尉は、ほっと一つ息を吐いた。『君たちはこのまま、地上に戻ってくれ。何人か護衛を付ける』『いえ、自分たちは大丈夫です。ですから、全力でハイヴ攻略をお願いします』 それは前島中尉1人の言葉だったが、心は他の五人も全く一緒だった。 自分たちの命を守るために、ハイヴ攻略の戦力を裂くなど、絶対に許されない暴挙だ。『駄目だ、危険だ。上の階層も完全にBETAを掃討したわけではないんだぞ』 それでも首を縦に振らないアムロに、前島中尉は言い募る。『大丈夫です。幸い、弾薬や推進材は豊富にありますし、帰り道なら地図もあります。地上に帰るだけならば、問題有りません』 事実上彼ら第2大隊は、一個連隊分(108機)の補給物資を一個大隊弱(約30機)で使っていたのだ。補給には事欠かない。それに不知火はモビルスーツと違い飛行が可能なのだ。 確かに、下手に守りを付けて足を遅くするよりも、最短距離を最大速度で飛び抜けてしまった方が、かえって危険は少ないのかも知れない。『わかった。気を付けて帰還してくれ』 そう考え、アムロも同意する。『はい! では、反応炉破壊を、日本をよろしくお願いします!』「「「お願いします!」」」 6機の不知火から、あわせたようにそろった声が挙がる。『了解した』 答えを返したのはアムロだけだったが、その思いはこの場にいるαナンバーズの全員が受け止めていた。【2004年12月20日18時5分、佐渡島ハイヴ上空、ラー・カイラム】 冬の18時は、夕方というより夜に近い。ほとんど日が暮れかかった佐渡島は、代わりに無数の軍用ライトで辺りを照らし、BETAとの戦闘を継続していた。「左舷、弾幕薄いぞ! なにやってんの!?」 ラー・カイラムもハイヴ上空に陣取ったまま、近寄るBETA達に猛攻撃を加えている。 低空を飛んでいるラー・カイラムとアークエンジェルにとって、驚異となるのはレーザー級、重レーザー級、そして要塞級の3種類だ。 もう少し高度を取れば、要塞級の触手など全く届かなくなるのだが、そうなるとどうしてもレーザー級の攻撃を一身に浴びてしまう。 元々、動きが鈍い要塞級は、護りについているモビルスーツ達から見るとカモのようなものだ。この高度を保っているのが正しいだろう。 もっとも、この低高度でも図体が大きく、空に浮いているラー・カイラムとアークエンジェルは、レーザー級の熱視線を一身に浴びる存在であることに違いはないのだが。 また、ドンと爆音が響き、艦全体が小さく揺れる。「くうう……状況報告!」「右舷に重レーザー照射を受けました! 内部で誘爆! 隔壁、自動消火装置は正常に作動しています!」 防御力、ダメージコントロール能力ともに、ラー・カイラムはこの世界の戦艦と一線を画している。これまでにも、何度か、レーザー級、重レーザー級の攻撃は受けているが、今のところ航行に支障をきたすダメージは受けてない。「重レーザー級の位置を洗い出せ! すぐに、迎撃に向かわせろ!」「カガリ機が既に向かっています! あっ、重レーザー級の反応消失しました」「あの、猪突猛進お姫様が……」 ブライトは思わず苦い顔をした。いくら何でも早すぎる。距離的に考えて、エールストライクルージュは空を飛んでいったとしか思えない。 危険だから、可能な限り空は飛ぶなと厳命してあるのだが、どうやらオーブのお姫様の頭は熱がたまると、情報の一部を破損させる欠陥があるらしい。 とはいえ、その無謀とも言える吶喊攻撃のおかげでラー・カイラム、アークエンジェル両艦の負担が激減しているのも確かだ。だからこそ、叱責も難しい。 なんとも、扱いづらいパイロットである。もっとも、αナンバーズでは、扱いやすいパイロットというのは、数えるほどしかいないのだが。 それでも戦況は順当に推移しているといえた。 この状態ならば、地上部隊はまだまだ優位に戦える。とはいえ、いくら機体自体は活動可能でも、動かしているのは生身の人間だ。人間は不眠不休で戦えるようには出来ていない。 戦艦のクルーはまだしも、機動兵器のパイロット達は相当疲労がたまっていることだろう。 そう考えれば、朝から今まで10時間以上戦っている帝国兵士達のがんばりには本当に頭が下がる。兵器はともかく、兵士の質はこの世界の方が高いのかも知れない。「いずれにせよ、今の我々はアムロからの連絡待ちか……」 ブライトがそう呟き、艦長席のシートに身を埋めたその時だった。「艦長! アムロからフォールド通信が入っています! そちらに回します!」 トーレスの声が、艦橋に響きわたる。「よし、こちらブライトだ。どうした、アムロ?」『ブライトか。こちらは反応炉にたどり着いた。しかし……』 つき合いの長いエースパイロットからの苦い報告を聞き、ブライトは眉をしかめる。「了解した。そっちはお前の判断に任せる』 アムロからの報告を聞き終え、ブライトは一つため息をつく。戦場では、なかなかこちらの思うとおりにいかないのが定石というものだが、それはこの世界でも当てはまるようだ。「トーレス、『最上』の小沢提督と通信を繋いでくれ」「了解!」 帝国軍の前線総司令部である、旗艦『最上』。暗く静まり返った日本海に浮かぶその艦の中は、海の様子とは裏腹に、明るい報告の連続にわき返っていた。「再編成した、第33機甲連隊、進軍を再開。順調に前線を押し上げています」「斯衛大隊、健在。損耗率18パーセント」「ポイントA-23-303で、アップルジャック中隊が補給を要請しています。周囲10キロに健在な補給コンテナは有りません。特殊砲撃を要請します」 どれもこれも、始まった当初と比べると、順調な報告ばかりだ。さらに、そんな中でも彼らの志気を一気に最大限まで引き上げる報告が入る。「ッ!? 流星連隊第2大隊より連絡! ハイヴ攻略をαナンバーズに引き継ぎ、地上に帰還! 前島中尉以下6名が生還!!」 108人中、たったの6名。だが、生存が絶望視されていたハイヴ突入部隊の生還報告に、艦内は沸き返った。「生きていたか……戻った6人は後方に下がらせろ! 司令部からの絶対命令だといえ!」「了解しました!」 思わず、小沢は大きな声で命令した。ハイヴに突入し、そこで7時間を超える戦闘を経験し、生還した衛士達。これは、国の宝だ。絶対に彼らを失うわけには行かない。彼らの情報、彼らの経験、彼らの魂。全てが、どんなレアメタル、レアアースより貴重な帝国の財産だ。 そこに、ブライトからの連絡が入る。「提督! ラー・カイラムから通信が入っています!」「むっ、回してくれ」「了解」 すぐに小沢の前のモニターに、ブライトの顔が映し出される。「おお、ブライト艦長。どうしたのかね?」 その顔は、思っていた以上に優れない。今更、何か悪い報告でもあるのだろうか? 平静を装う小沢の鼓動が、緊張で高鳴る。 モニターの向こうで、ブライトは無念そうに話し始めた。『はい。先ほど、突入部隊から連絡がありました。彼らはどうにか、ハイヴ最下層の反応炉までたどり着いたのですが・・・・・・』 まさか、彼らを以てしても駄目だったのか? 一瞬で小沢の顔から血の気が引く。 だが、その続きは、小沢の予想を遙かに超えるものだった。『三十分ほど前から、反応炉のある広間でBETA迎撃を続けていたのですが、残弾が危険な域まで達しています。これ以上の戦闘継続は危険と判断し、目標を反応炉の確保から、破壊に切り替えました』 まことに申し訳有りません、とブライトは己の力不足を噛みしめるようにそう言った。 小沢はとっさに言葉を返せない。それでもどうにか気を取り戻して、言葉を返す。「あ、ああ……そうかね。反応炉の破壊は、すぐに実行に移せるのかね?」『はい。反応炉の破壊ポイントに関するデータは、横浜の香月博士より頂いています。破壊するだけなら、何の問題もありません』「了解した。では、よろしく頼む」『はっ、最善を尽くします』 敬礼をして、ブライトからの通信は切れた。「……ふう」 小沢は、ものすごく深いため息を一つ吐く。 よもや彼らが、本気で反応炉の確保を目指しているとは思わなかった。「しかも、反応炉の前で、30分以上戦闘を継続していただと?」 そこは、人類が今まで経験したこと無いような、BETAの圧力があったはずだ。そこで30分。 本当に彼らは何者なのだ? 戦闘の終結が間近に見えてきたことにより、改めて小沢の頭にその根本的な疑問が浮かぶ。 アメリカやEUの新兵器、と言う可能性はない。いくら今の帝国が国際社会から孤立しているとはいっても、あんな化け物じみた戦艦や戦術機が開発されていれば、兆候ぐらいは掴んでいる。 では、香月博士が作った新兵器か? その可能性も薄い。確かに彼女は掛け値なしの天才だが、魔法使いでも錬金術師でもない。あれだけの、兵器を作るだけの資材をどこから調達したというのだ。「となるとやはり、オルタネイティヴ6か」 小沢は周りの誰にも聞こえないように、小さな声で呟く。 日本が命運をかけ、結局廃棄されたオルタネイティヴ4。現在世界を席巻している、オルタネイティヴ5。それに続く、全く新しい計画、オルタネイティヴ6が香月博士の元、始動しているという話は聞き及んでいる。 しかし、6で香月博士に与えられた予算は4の百分の一、権限は千分の一と程だったと聞いている。いったいそれでどうやって、あんな化け物じみた戦力をそろえたというのだろうか。「まあ、いい。そういった話はまた明日だ」 小沢は、被りっぱなしだった帽子を取って、こりをほぐすように首を回す。 また明日。何と良い言葉だろうか。明日という日がやってくることが前提の言葉。 それを今は臆面もなく口に出来る。今の日本には明日があるのだ。こんな喜ばしいことはない。 それから十分後、ラー・カイラムのブライト艦長から、反応炉が無事破壊されたとの報告が入った。【2004年12月20日17時00分、横浜基地地下19階、研究室】「そうですか。無事に終了したということですね。ありがとう御座います。私からも、この世界を代表してお礼を言わせていただきます。それで、戦艦の停泊場所ですが、当横浜基地の使用許可を取り付けてあります。 私達の技術ではあまりお力になれないとは思いますが、可能な限りお手伝いをさせて頂きます」 通信が切れ、無音となった研究室で、香月夕呼はギシリと身体をパイプ椅子の背もたれに預ける。「反応炉の破壊に成功。αナンバーズに死傷者は無し。大破以上の機体も無し、か。どうやら、とんでもない化け物集団を呼んでしまったみたいね」 夕呼は、ポットから煮詰まりかかった合成コーヒーをカップに入れ、一口すする。「さて、色々面倒な話なるでしょうね。帝国への説明、国連への説明。アメリカも黙ってはいないでしょうし……」 正直、頭の痛いことだ。しばらくは、オルタネイティヴ4の研究に、時間を割けなくなるかもしれない。 だが、そんな夕呼の思考時間をぶちこわすような騒がしい人間が、研究室に乱入してくる。「先生、先生、先生!」 ここに夕呼の許可無く入ってくる人物は3人しかない。さらに、これだけ五月蠅い奴となると、1人だけだ。「なによ、白銀。あんた、待機中にこんな所にきていいの?」 騒がしい乱入者――国連軍衛士、白銀武少尉に、夕呼はうんざりしたような声で問う。佐渡島で大規模な戦闘が行われていたのだ。ここ、横浜基地でも戦闘員には即時戦闘に入れるよう、待機命令が出ていた。 だが、武はそんな夕呼の様子に気付く余裕もなく、必死の形相で言い募る。「その待機命令がさっき解けたんですよ! ってことは、佐渡島ハイヴの結果が出たって事でしょ!? 先生の所だったら、詳しい情報が入ってませんか?」 夕呼は一瞬で考える。適当にあしらって、追い返すこともできるが、どうせすぐに報告は入るし、問題のαナンバーズもこの横浜基地に来るのだ。寧ろ、最低限の説明をしておいた方が、後の面倒が無くてすむ。「ハイヴ攻略は成功よ。佐渡島ハイヴの反応炉は破壊されたわ。残存BETAは地中に撤退。帝国軍も大打撃を受けたけれど、一応健在みたいね」 あっさりとした夕呼の言葉に、武はぽかんと口を開ける。「マ、マジですか?」「マジよ。何遍いってもその白銀語直らないのね。なに、なんか不満? あんたは佐渡島ハイヴが落ちたら拙い理由でもあるわけ?」「い、いや、そんなことは無いですけど。でも、今回の作戦、滅茶苦茶成功率が低かったんでしょ? そりゃ驚きますよ」 白銀もこの世界に来て既に3年。今回の『竹の花作戦』がどのくらい無謀な作戦であったか、理解できる程度の知識は身に付いている。「そうよ。実際、成功率が低いというより、ゼロではないってレベルね」 夕呼はあっけらかんとした口調で答え、肩をすくめる。「そ、それがどうして成功したんですか?」「救援が現れたのよ」「救援? アメリカですか? もしかして、G弾」「違うわよ。救援に来たのはあんたのお仲間」「俺の? ってことは国連軍ですか!」 察しの悪い武の返答に、夕呼はうんざりしながら、言葉を紡ぐ。「違うって。だから、あんたのお仲間。あんたはどこから来たの? 3年前、あんたはどこにいた?」 そこまで言われて、やっと武も夕呼が何を言っているのか、理解した。「じゃあ、そいつらも俺と同じ平行世界から……?」「正確には同じ平行世界じゃないわ。最低でも、数百年は科学技術が進歩した世界から、来たみたいね」 そうしている間に、夕呼のコンピュータにラー・カイラムから今回の簡易戦闘データが届く。「ああ、丁度そいつらの戦闘画像データが届いたわ。見る?」「い、いいんですか?」 あまりにあっさりとした夕呼の態度に、逆に武は不安になって確かめる。「かまわないわよ。どうせ、明日には本物がここに来るんだし。あんたは全くの無関係とは言えないんだから。ただし、ここで見たものは他言無用よ」 正確には、無関係どころか、武は彼らをこの世界に呼びだした『オルタネイティヴ6』の中核人物の1人だ。本人には全く自覚がないだろうが。「は、はい。分かりました」 武が頷くのを確認して、夕呼はモニターの電源を入れた。いきなり、画面一杯に、戦艦アークエンジェルが映し出される。「うわあ、すげえ! なんですか、これ!?」「五月蠅い、静かに見なさい」 夕呼にたしなめられ、武は口を閉ざす。 戦闘データは次々とαナンバーズの勇姿を映しだしていく。無論映画ではないのだから、揺れはひどいし、必ずしも見たい対象が画面の真ん中に映るとは限らないのだが、生の迫力はそんなものを消し飛ばすものがある。 ローエングリンで1000を越えるBETAを吹き飛ばす、アークエンジェル。 重レーザー級の集中照射も全く歯牙にもかけないエヴァシリーズのATフィールド。 そして、ほとんど全てのモビルスーツに配備されている、突撃級の外殻も正面から打ち抜く、ビームライフル。 気がつけば、武は叫ぶのも忘れて画面に見入っていた。「……すげえ」 武の手前、冷静さを装っているが、実際の所受けた衝撃の大きさで言えば、夕呼の方が上だろう。 武には「滅茶苦茶すごい兵器」にしか見えないものも、なまじ知識と見識が有るせいで、夕呼にはそれがどれだけとんでもない代物か分かるのだ。 しばらくして、やっとある程度衝撃が抜けた武は、モニターの前で跳びはねるようにして喜びを露わにする。「すごい、すごいですよ、夕呼先生! この人達がいたら、BETAなんて楽勝じゃないですか!」「そこまで話は簡単じゃないわよ」 どこか不機嫌そうに返す夕呼の様子に、気付くこともなく武は喜色満面、言葉を続ける。「だって、これ、BETAが全然相手になってませんよ! 実際この人達が、反応炉を破壊したんでしょ!?」「……まあね」「すげえ、マジ、すげえ!」 脳天気な武の喜びように、夕呼の苛立ちは最高潮に達する。「分かったから。ほら、もう帰りなさい。明日になったら、本人達に会わせてあげるから」「マジですか? 絶対ですよ!」「はいはい、マジマジ。だから、出ていく。私は忙しいのよ」「分かりました。それじゃ、絶対明日、お願いしますよ、先生!」 よほど嬉しかったのだろう。大して抵抗もしないで、武は夕呼の研究室から出ていった。 再び静寂が戻った研究室で、夕呼は入り口の鍵をしっかりとかけると、大きくため息をついた。「ったく、あの脳天気は。まるで状況を理解してないのね。いっそ、羨ましくなるわ」 白銀武とαナンバーズをさっきはお仲間、と言ったが実際には比較にならないくらい大きな違いがある。 それは、白銀武が本人の意思とは無関係にこの世界に来てしまったのに対し、αナンバーズは、こちらからSOSを送信したとはいえ、「本人達の意志でやってきた」と言う点だ。 つまり、彼らにはこの世界にやってくるだけの理由があるということになる。「あれだけの戦力よ。資金、資材、人材を大量に消費して兵器をつくって、命の危険を冒して戦って、BETAを倒した後「では、これで役割はすんだのでさようなら」なんて言うと思っているのかしら。どこのおとぎ話のヒーローよ、それ。実在するなら、是非お目にかかりたいものね」 人は目的なくして動くことはない。まして、組織となるとそれは絶対だ。 確かに無数に広がる平行世界の中には、そんな都合のいい集団がいる可能性もゼロではないのだろうが、それは非現実的なまでに低い可能性だろう。 一応彼らは、こちらのSOSを受けてやってきたのだ。しかも、いきなり佐渡島ハイヴを攻略してくれている。「つまり、最低でも当面表層的には、こちらと利害が一致しているというわけね。彼らの目的が新兵器の実践テストとかだったら、いいんだけど」 それならば、一番利害を一致させやすい。こちらは、彼らの補給を可能な限り支えてやり、適度な戦場を提供してやればいいのだから。 実際その可能性は、低くないだろう。さっきちょっと見ただけでも、彼らの兵器は、驚くほど粒がそろっていなかった。20機程度の機動兵器で、同じ種類でそろえているのが、せいぜい2,3機程度なのだ。 新兵器の実践トライアルと言われても、正直納得は行く。 無論、可能性はそれだけではない。もしかすると、G元素を求めてきているのかも知れないし、何らかの調査が目的なのかも知れない。最悪、彼らこそが異世界からの侵略者という可能性だって否定は出来ない。 あらゆる可能性を考慮しておく必要がある。そう言う意味では「彼らが全く私心のない、異世界から来た救世主である」という可能性も一応頭から否定するべきではないのかも知れない。「明日、面会の時、社にリーディングさせようかしら?」 一瞬、夕呼はそんな誘惑に駆られる。実際それが成功すれば、彼らの本音を暴くには一番簡単な方法だ。 しかし、忘れてならないのは、彼らは霞のSOSプロジェクションを受信して、この世界にやってきたということだ。 つまり、最低でも1人はESPか、それに準ずる能力を持った人間がいるはず。万が一、こちらが勝手に心を暴こうとしていたなどとばれたら、最悪の結果を引き起こしかねない。「やはり、社は同席させるだけにした方が良さそうね」 幸いと言うべきか、あちらの代表であるブライトという男は、一目で分かるくらいに実直で真面目そうな人物だった。腹芸に長けているタイプには見えない。 上手くやれば、結構簡単に腹の底が読めるのではないだろうか。 最悪の可能性から順に、あらゆる可能性を虱潰しにしていく。そうしていけば、少しずつ良い未来が見えてくる。夕呼は実に、現実的かつ論理的に、今の状況を分析していた。 故に、香月夕呼がαナンバーズの本質を理解するには、まだまだ未来のこととなるのであった。 早々簡単に理解できるはずがないのだ。αナンバーズという極めて非現実的な、お人好し集団の本質が。