リロイ・ハロルド准尉は格納庫のタラップに膝と掌を付いた。
発注とちがうじゃん――――――その瞳から熱い涙がこぼれる。
彼は苦労人である、補給部隊から何の因果か最前線へおとり任務に駆り出され、いけ好かない上司に気に入られ、
果ては先日の月面制圧作戦でまたしてもババを引かされた(くわしく話すと長いので端折る)
そんな風に戦場を右往左往しているうちに、そろそろトップエースの面々にも『面倒狩りのリロイ』などと覚えられ始めた。
――――――大変に不本意である。
*
フレームアームズという兵器が有る。
旧時代の二足歩行ロボット兵器に似たコンセプトだ。
骨格たるフレームアーキテクトはもともとは汎用重機として開発されていたものの、月面に有る生産プラントが暴走。
やがて地球にまで勢力を伸ばさんと、暴走アーキテクト『アント』が送り込まれてきた時点で、泥沼の攻防は始まった。
人類の劣勢をかろうじて兵器化したフレームアーキテクト『フレームアームズ』で押し戻す日々。
疲弊してゆく戦況に歯止めをかけるべく行われる反抗作戦。
防衛機構の無理解と敵月面陣営の新型『NSG-Z0系』――――――謎の第三勢力機『バルチャー』の出現。
そんなすったもんだの末、前線兵士を待っていたのは兵器の残存数不足である。
部隊として活動できるだけの定数を大きく割り込み、明日の自身の命を守るため、
各人は陳情やツテまで頼って予備機の確保を急いでいるところであった。
*
そして先の大作戦で部隊の中核を担ったリロイの部隊もまた、どうにかして『フレームアームズ』を確保しなければならなかった。
新型機を与えられたゆえ、激戦区を担ったゆえ、すでに彼らの部隊の乗機はスクラップである。
部品取りに使えるかもわからん。
もちろん上層部へ話をつける大任はリロイ・ハロルドに一任された。
まかり間違っても上司が直接陳情することはない、何を言うかも何を言われるかわからん。
ゆえに彼は、部隊の活躍も自分の功績もなげうって『フレームアームズをください』と言った。
「出来れば新型を――――――駄目ならウェアウルフ系の派生機体でもいいんです」
お得意の土下座外交は防衛機構のお偉方にも伝わった――――――そう信じた、そのときは…………。
*
「…………いい機体じゃないか」
金属製のマグに満たされた熱いコーヒーを頬に押し当てられ、狭いキャットウォークを転がるリロイ。
してやったり、見たいな笑顔を浮かべたのは件のいけ好かない上司――――――ジャン・B・ウィルバー少尉。
手荒い使い方で何機ものフレームアームズを乗りつぶしてきた男だ。
防衛機構もこの男の扱いに舌を巻いていたものだが、彼の戦いは一般市民からの受けは良く、最近ちょうどいいお目付け役も見つかって万々歳。
加えてちょっとケツに火をつけただけで見事なガッツを見せた(旧式で月の新型を撃破、イーギル事件)相棒をなんだかんだでウィルバー自身も気に入っているらしく、
特殊部隊SCARUに目をつけられた手前、当人もちょっとおとなしくしている(つもり)だ。
そんな彼の期待に、相棒たるリロイは今回も答えてくれた。
予備部材を流用したため、武器懸架用のスラッブハンガーは片方しかないものの、新品同然のセカンドジャイブを一機。
そしてリロイ自身にあてがわれたのはウェアウルフ系の最新型である。
どこの部隊も物資不足で頭を抱えているご時勢だ、コーヒー一杯淹れるくらいで報いるほどはかなわぬほどの大戦果。
それなのにどうして、こいつは意気消沈しているのだろうか、傍若無人を絵に描いたようなウィルバーも、悩みがあるなら聞いてやる位の気持ちを見せた。
――――――明日はベリルが降るかもしれない。
「新型にして運用方法は実戦実証済みのコンセプト、おまけに従来機より小回りも利く…………新型(カトラス)よりよっぽど戦場での受けは良いと思うがな」
ずず、と自分のマグからコーヒーをすすり、ウィルバーはいう。
しかし、暑さでほっぺたを真っ赤にしたリロイはウィルバーにキッ!と鋭い視線を飛ばして吼えた――――――座敷犬のように。
「だって少尉――――――こいつ『フレームアームズ』じゃないじゃないですか!!」
フレームアームズ:ガール――――――轟雷。
重装甲と運動性を兼ね備え、重量からお蔵入りされていた装備『フリースタイル・バズーカ』を装備するほどの出力とパワーがある最新型のウェアウルフ系だ。
*
「…………今までの装備は、こいつでも丸ごと使えるらしいが?」
「どっか故障したらどうするんです!整備できるんですか!?」
「一応フレームアーキテクト準拠らしいが?まあ装甲引っぺがされたら替えを手に入れるのは少々手間だと思うが」
轟雷はちょっと頬を赤らめて、脚部装甲に手を伸ばした。
ほっそりした足元を、ニーソックスが包んでいる。
その足元では整備班がタブレット片手に首をかしげている――――――何をどうやって換装したら資料のフレームアーキテクトが轟雷になるのだろう、別人じゃん?
「外観も、どうして女の子の形をしているのか!」
「……受けが良いからじゃないか?」
それが困ったことに前例があるのである。
YSX-24『バーゼラルド』の設計の際、最も技術班を困らせたのは『外観の再現徹底』であった。
新型の必要性は現場、一般市民共に疑問視されていた手前、執拗に喧伝を重要視した上層部。
それは生産型の『カトラス』にまで飛び火し、わざわざ試作機のパーツまで組み込んで見た目にこだわる有様なのである。
高出力・ヒロイック――――――そして紙装甲。
どうしてこうなった、と現場が意見をすれば帰ってくるのは『――――――かっこいいからだ』との返答だ。
グライフェン開発チームの動向が気になる。
「まあ、ラピエール以来の衝撃だがコッチはまだましだぞ?
航空部隊にまわされた新型のスティレット、気が強くて調整にすげえ手こずっているらしい」
ずず、と再びコーヒーをすするウィルバー。
なんすかそれ、と再び食って掛かろうとしたリロイであったが、横からかけられた声に制止される。
『あの、マスター…………私に至らぬ点があれば修正しますので、どうか使ってもらえませんでしょうか?』
「!――――――しゃべったァ?しゃべりましたよ少尉!?」
「ああ…………こいつどんなOS使ってるんだろうな」
これ以上ガキのお守りはごめんだ、ときびすを返すウィルバー。
あー准尉なかしたー!と足元から責められるリロイ、どうにかしてなだめすかそうとするリロイ。
がんばれ!リロイ・ハロルド准尉、面倒事にくじけるな!
やがて『無傷のリロイ』の渾名が世界に轟く日まで、愛機『フレームアームズ:ガール・轟雷』のご機嫌を取る戦いは始まったばかりなのだ!
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《あとがき》
筆者は、フレームアームズ・ガール――――――手に入りませんでした。