───レフティアは鎌を装備したネクローシスの一人。テイラー・クアンテラとの再会を果たし、図らずしも再戦の組み合わせとなった。
「あぁん時は取り逃しちゃったけど、今回はちゃんと殺してあげるからね〜!!!まったくもー弱いからって今回は逃げないでよ〜?」
レフティアはそう煽り立てると、俊敏な走り込みでクアンテラに接近戦を颯爽と仕掛ける。
「……愚かな女だ、あの方を見てまだ我々に勝てる気でいるのか」
テイラー・クアンテラの言う「あの方」、ネクロウルカンを横目で見るようにしながら鎌を構える。
「えぇ?関係ないじゃない。なんで今その親玉の事なんて気にしないといけないのぉ〜?今は〜とにかくあんたに『夢・中・な・の』他人の力に期待してないで自分の力で私を畏怖させてみたら?」
クアンテラはその剛腕で強大な鎌を振りかざし、レフティアを間合いから追い払おうとするが、彼女が剣先で矛先を転じて受け払う。
鎌を受け払われ、障壁も素手で同時に中和されたクアンテラは、それに気づくと蹴りでレフティアの腹を突き、彼女と距離を大きく放す。
「───フッ、中々に不快な女だ。あの時より更に煩わしさが増しているようだな。貴様の前ではこの障壁は無いのも同然ということか」
「……そりゃーね。波長の解析もなしにあんた達に挑む訳が無いでしょ。まぁ滅多に対策なんてしないんだけど一応ね、それに障壁の中和は元々私の得意分野なの、純粋なフィジカルタイマンで蹴りをつけましょう~」
レフティアにそう言われたクアンテラは、その言葉を素直に聞き入れ、鎌をずっしりと引きづるように構え直した。
「潔いいいわね。……ところで……その鎌。今更だけど、それって貴方のソレイスじゃないわよねぇ......?それが例の強奪された『四騎士の遺物』って奴なのかしら?───貴方って、きっとあの親玉にとっては捨て駒なんでしょ。よくノコノコとついていけるわよね」
彼女がそう言葉を口にすると、クアンテラは鎌の先を地に下ろした。
「なぜだか気になるか。なに、簡単な事だ。我々には......。生まれ時から何も持ち得なかったのだ、人並みの在り方。家族も友人も愛も知らない。極々有り触れた、不幸せな存在だ。ただ、その中でも唯一我々が知り得ているのは、負の感情を司るレイシスであるという事。人に仕える兵器として生まれたことを教わり、正しく訓練された力はカロマに陥らず、やがて負の加護に恵まれた我々が最後に成せるのは、この身を捧げ、恩師たるレイシスに尽くす事だ。それが例え、自己の破滅であろうとも、我々にはこの他に目的を持って生きる理由はない。───どの道不可能な話なのだ。元より世界に祝福された者同士、どのような形であれ、1度戦う場に身を賭した以上後戻りは出来ぬ。今は唯、貴様と同じように……新しい秩序を齎す為に……」
クアンテラはそう言うと鎌を再び構え、次は彼からレフティアに仕掛け始めた。
クアンテラは障壁の斬撃を放つ。
「出来損ないの癖に心掛けだけは色々と立派なようね」
レフティアは放たれた斬撃を華麗に避けると、至近距離に再接近する。その場で振られた鎌を右に回り込むように回避すると、クアンテラの鎌の持ち手をソレイスで切断した。
「でも所詮は一億万流なのよネクローシス、貴方達はその遺物の純粋な力の側面だけに振り回されて、その在り方の本質的な使い方を知らないのよね。他人のソレイスを、一体どうしてそこまで信用出来るというのかしら、この『ディスパーダもどき』。鬱陶しいから半端な雑魚は消えなよ」
───レフティアはそう言うと、クアンテラの首を豪快に刎ねる。
クアンテラが瞬時に展開した、奥の手。二重目の空間障壁。そのSフィールドすらレフティアの腕力によって打ち砕かれていた。
クアンテラは、体から黒い煙を散らせながら地に平伏し、意志なき肉体は慣性に従い武器を放り投げた。
「───呆気ない、不運な孤人達。貴方達に孤独なディスパーダの道は似合わない。……とっとと世界に還元されて楽になってよね……」
───一方。ダグネス率いる第十一枢騎士団は、ガントレットを装備したネクローシスの一人。シュベルク・ドッチェランテと対峙していた。
ドッチェランテのガントレットの力。黒滅の四騎士『ガルネーデ・アメスフィラ』の『闘争を呼び覚ますもの』によって、周囲の電磁気に作用し一定範囲の歩兵と見なされる存在の持つ銃火器系統が使用不可能になる。
それによって無力化された通常歩兵は、枢騎士達の戦いを観戦するが如く、ただ離れた場所から彼らの剣の対話を外野から眺める事しか出来なかった。
ドッチェランテの繰り出すヘラクロリアムの重力子化地形操作によって足元の地盤が緩み、ドッチェランテの方向へと姿勢を崩された枢騎士達が次々と倒れ込む。その隙を跨るように飛びかかるドッチェランテの拳によって、枢騎士達の頭部を尽く粉砕していく。
「───こいつは地形を有利に操れるのか......。厄介だな、あまり魔法みたいな事するなよ」
ダグネスはドッチェランテから一定距離を置いてそう言いつつ、彼の様子を伺った。
「ダグネス様、これでは近づこうにも埒が明きません!!!」
───ベルゴリオがダグネスにそう言った瞬間。
ダグネスの周囲がドーム状に変形した地形によって密閉空間の中へと閉じ込められる。
「ダグネス様......!」
しかし、ダグネスは枢光を使ってドーム内から直ちに穴を開けると、すぐ様にその場から脱出した。
ドームを破壊したその枢光は、そのままドッチェランテの方向に向けられていた。だがドッチェランテはそのガントレットによって枢光を反射させる。
反射した枢光は、ダグネスの左腕を吹き飛ばした。
「───ぐっぅぅ......!!!」
ダグネスは気を失いそうになる前に、瞬時に右手のイレミヨンを投げ捨てると、ポーチから取り出した救急止血剤で吹き飛ばされた左腕部位に振りかけて素早く止血した。
「───しまった!枢光を受けられたか!!!しばらくダグネス様は動けんぞ!!我々で奴の動きを止める!」
ベルゴリオはそう言って周りの枢騎士達に呼びかけると、枢騎士達は再びドッチェランテに対して接近戦を連携度外視に仕掛ける。
地形を歪まされ上手く踏み込めずにいたベルゴリオだが、周りの枢騎士達がドッチェランテの気を引き、障壁を損耗させている内に、何とか懐に踏み込んだ。
そのまま障壁ごと足を狙い斬りかかるも、それに気づかれて投げられぶつけられた枢騎士の遺体によってベルゴリオは大きく跳ね飛ばされる。
しかしドッチェランテのその動作で左側に隙が生じ、その隙を見計らった数人の枢騎士が障壁を破壊し、関節を斬りつけ、ダメージを与える。
個で敵わない枢騎士達は、連携のない攻撃の畳み掛けでドッチェランテの体に傷を負わせる事に成功する。
ドッチェランテはそれらを左拳で振り払うも、足にしがみついていた枢騎士がソレイスを左足に突き刺し、そのまま振り払われると同時にドッチェランテの左足を持っていった。
それによって、大転倒したドッチェランテは、とうとう地面に背広なその背を激突させた。そのまま枢騎士達によって両腕、右足などの稼働部位を地面に突き刺され身動きを封じられる。だが、そんな状態でもドッチェランテは無我夢中に上体を起こし、枢騎士達を振り払おうとする。
───しかし、傷を癒したダグネスが舞い戻っていた。彼の胸部を彼女は踏みつけ、再びドッチェランテの背を地につけさせた。
「お前ひとりの力でどうにかなるほど、我々枢騎士は甘くないぞ......」
ダグネスは息の上がった様子でそう言うと、右手をシュベルクの頭部にかざし、至近距離で枢光を放った。
それによって彼の頭部は直ちに消失する。
頭部を失ったドッチェランテの体からは、徐々に力が抜けていき、やがてその肉体が再び起き上がることはなかった。
一方レイシア隊は、双剣のネクローシス。シュベルテン・ハウグステンと対峙していた。
ハウグステンは双剣を重ねる。
以前彼女に喰らわせた時と同じ構えだ。
ソレイスに伝導させ増幅されたパルスエネルギーを、レイシア少佐に向けて放出する。
「───いくぞぉ少佐!!!」
それはルグベルクがレイシア少佐の正面に投擲した自動展開型物理シールドによって防がれる。
するとハウグステンは、この状況下でレイシア少佐に接近戦を仕掛けられることを恐れ、距離を取ろうとする。
「───逃がさねぇよ」
マドはつかさず中距離射程でレイシア少佐を援護できるポジションに着くと、ハウグステンに対し対装級ライフルから放たれる準徹甲強穹圧AE弾を撃ちこんだ。
対装級ライフルは、ヘラクロリアムが一定の気体に干渉して生じるディスパーダの防壁。その空間障壁を気圧のアプローチから突破する為に用いられる専用の対物系統のライフルだ。
設計思想試験段階のライフルだが、以前の戦いから並の武装では太刀打ちできないと考えていたマドは、元警察特殊部隊エルエスに属していた頃の影響力を使い、センチュリオン・ミリタリア共和国セクター支部技術研究機構から独自入手し、人体で扱える用にカスタムした。
その効果は空間型障壁に対しては絶大であり、特殊な加工AE弾は着弾時のエネルギーによって周囲の一定周囲の空気を瞬時に圧縮。それにより引き伸ばされる形で僅かに障壁が脆弱になる、そこにプラズマ化した指向性エネルギーを加え、安易に破壊できるという物。理論上は如何に強固な結合を施された空間障壁であっても突破する事が可能とされるが、その実現には理想的な環境要因を必要とする。
また、実際に運用されたことは記録上ない為、彼で初の試作運用という事になる。
やがてそれは撃ちこまれ、障壁に着弾する事にその絶大な衝撃が障壁内の気体に伝わり、ハウグステンの上体が大きく仰け反る。
その様子は、まるでガラスでも叩き割るかの如く、容易く空間障壁に次々と穴を開けていった。
ハウグステンは磁場を展開し、銃火器を無効化しようとするも、レイシア少佐がその隙を与えないように常に接近して立ち回る。
ハウグステンは脆弱な防御体勢となってしまった為に、集中砲火を受けないように動きまわるが、包囲するように陣形を取りつつ追いついてくるレイシア隊の前に苦戦を強いられていた。
「───ぬぅぅ、あの時とは中々違うようだな......」
「当然だ、レイシスなど何人も相手にしてきている。お前らの手の内など直ぐに分かることだ。如何にお前が特別でも、所詮はレイシス。我々に狩られる内の一体でしかない」
レイシア少佐とハウグステンは至近距離で啀み合う中、そう言い合った。
包囲戦でポジション移動の際に、一時的に孤立するライフルマンのフィンやホノルの行動を見極めたハウグステン。それらを各個撃破しようと、ハウグステンはレイシア少佐に対しパルスエネルギーを小刻みに放射、彼女を躱してライフルマンポジションに急接近する。
「「うわこっち来た!!!」」
フィンとホノルは同時に声を挙げた。
しかしそれは、常にハウグステンを追い掛け回すレイシア少佐が許さなかった。
距離を取られても、瞬発力に長けたレイシア少佐は直ぐにハウグステンに背から追いついた。ライフルマンへの接近を辞めたハウグステン、レイシア隊による対ディスパーダ包囲戦術によって、ハウグステンは対応しきれずにいた。次々と穴の空いた障壁からやがてその身に被弾する。
「───これでも喰らいなぁ!!!」
ハウグステンの身動きが鈍くなるタイミングを見計らっていたルグベルクは、バッテリーと共に背負っていたAE型チェーンガンを構える。
そしてそれを、かの者に乱射し始めた。
空間障壁を損耗していたハウグステンはそれを双剣で何とか防ぎながらも、双剣に覆われなかった体の部位に凄まじい損傷を負った。
やがて両腕部が破損すると、双剣をその両手から手放してしまう。
完全に防御ががら空きとなってしまったハウグステン、背後に近づいていたレイシア少佐は颯爽とその頭部を装甲と共に切り払った。
頭部を失った体は、血の代わりと言わんばかりに黒い煙を辺りに散らせ、地面にひれ伏していった。
「……すげぇ......。これならこいつにも......届きうるのか……?」
レオは拘束されている傍らでレイシア隊やレフティア、ダグネス達の繰り広げた戦闘を鑑み、ネクロウルカンに対して多少の勝算を感じ始めていた。
「───愚かだ」
ネクロウルカンはそう言うと大剣を担いだ。
彼女の前には見渡す限りの敵対者、一定時間の変わり身を生み出すレヴェナス・デュプリケートから復帰した第三共和国軍空挺部隊。独立機動部隊レイシア隊。第十一枢騎士団。陣営の垣根を超えたレイシスとイニシエーターが入れ乱れた利害関係による戦力が集結していた。
しかし、そんな光景を目の当たりにしても尚、ネクロウルカンに動揺する気配は微塵もない。その姿は正しくレイシスの神話に謡われる伝説の枢騎士。
黒滅の四騎士、その人だ。
彼女に付き従っていた第一枢騎士団の枢騎士達は、気づけばいつの間にかその場から姿を消していた。
逃走したのか、彼女に気を使って去ったのかは分からない。ただ、今となってはこの領域で唯一人の敵対者、彼女で構成された孤軍のみが残された。
「───この戦いにはなんの意味もありはしないのだ。貴様達が如何にこの世界でつけあがった存在なのか、余が直々に教えてやろう」
彼女がそう言った瞬間、復帰していた空挺部隊による一斉射撃を受ける。
しかしネクロウルカンが周囲に張り巡らせた堅牢な障壁は一切の損傷を色褪せない。
「通常兵器でやり切れたら苦労しねぇ、オレがやるぜ」
マドはネクロウルカンに狙いを定め、そして準徹甲強穹圧AE弾を轟音と共に打ち込んだ。
しかし、障壁と接触した途端にそれはあらぬ方向へ跳弾し、不発になる。
「は......どういうことだ?」
ネクロウルカンは地下祭壇で行った時と同じ、右手を掲げ、何かを握り潰すような所作をし始めた。
「───あ、あれは、マズイ......!!!お前らさが───!」
レオのその言葉がレイシア隊の面々に届こうとしたその時、レオが想定した通りの悲劇が目の前で引き起こされる。
───ネクロウルカンを前にした全ての生き物たちは例外なく平等に、鳥類、昆虫、微生物に至るまで、あらゆるものが足並みを揃えてその活動を停止した。
次々に、一切の言葉を発することなく、胸を抱えながら味方が倒れ込んでいくその様子に、レオは絶句する他なかった。
しかし、そんな絶望的な状況の中でも立ち上がる者の姿はあった。その者たちは、当然として全て《《ディスパーダ》》である。
レオは、地下祭壇の時と同様に繰り広げられたこの虐殺。これに人が足掻くことも出来ずに繰り返されるだけの光景に、儚い希望すら打ち砕かれ、唯絶望する事しか出来なかった。
人々は死に、一定の耐性のあるディスパーダ達だけがその場で立ち上がる。そのもの達はその身に起こった現象に体内から押し出される血反吐を吐きながら、必死に現状理解を努めようとする。
起き上がったレイシア少佐は、周りをゆっくりと見渡し、倒れ込んだまま動かなくなった戦友達の亡骸を見て言葉を失う。
「え、なに。なんなの……。まさか、僅か一瞬の内に全ての視界内の人間を殺害したっていうの......?」
レフティアは、体を自分の血で汚しながら辺りの亡骸に視線を回し、立ち上がってそう言った。
残された共和国陣営はレフティアやレイシア少佐、そして空挺と共にやってきた第3共和国の数人のイニシエーター達。そしてレジスタンス陣営のダグネスやベルゴリオ、数百人の枢騎士達だ。
「───あ、ありえない......。こんな力が存在していいわけがない......」
「......我々には認知できない力の領域か......」
傷を癒し、立ち上がったダグネスとベルゴリオは辺り一面をウロウロと見ながらそう言った。
そしてネクロウルカンは、やがて左手を差し出し始めた。
「───や、やめてくれ!!!これ以上やる必要はないだろ!!!」
レオはそう呼びかけると、ネクロウルカンはレオに対して口を開いた。
「……余は、生きるために、存在の為に殺戮をしなくてはならない。それはまるで、人が活動の為に息を吸うような自然の行いだ。それに加え、不完全な依代だ。負の領域が満たさなければ、自身の存在を保つ事も儘ならない。誰でも生きる為に、生き物を殺すだろう。それと変わりない事だ。余が世界にレイシスオーダーを示さなければ、過去の英雄たちにも示しがつかない。受け継がれてきた重みを呪いながら、余は殺生する事を肯定する他ないのだ」
彼女はゆっくりと翳した左手を、何かを描くように降ろし始めた。
その大胆な隙に、ネクロウルカンの間合いへ詰め寄る枢騎士達やイニシエーター。
レオの叫びを聞き、彼女のその動作の危険性を
悟ったディスパーダ達は、何としてでもネクロウルカンのその所作を阻止しようとする。
だが、彼女の障壁を一向に突破できない。
「───いくら何でも剣先に手応えが無さすぎる!!!……これは、まさか……『次元型障壁』か!?!?」
レイシア少佐はその障壁の正体に勘づくが、理解したところでその対処法は存在しない。
やがてネクロウルカンの左手が振り下ろされると、受け継がれた『勝敗を制す槍《デアスエラーテ》』が発動する。
「───憎しみの連鎖は、余を持って最終着とする」
彼らは、槍に貫かれた。
「……全て、終わりかよ。こんなので……」
レオは、深層心理の深くへと意識が落ち銷魂する。レオが短期間の間に手に入れた居心地は、たった一時の間に殆どが失われた。
メルセデスによって授けられていた均衡中和剤の効力も切れ始めた頃に訪れた、深くて大きい人としてのマイナスの感情。やがてレオの中の混在していた負のヘラクロリアムは、それを原動力として次第に増幅し始め、人としての感情の器を決壊させ始めた。
ネクロウルカンは背後で発生し始めたレオのの変化に瞬時に気づく。
「貴様、一体......」
突然レオは、ネクロウルカンが生み出す鎖の中でその人体の形状を変質させる。
白く禍々しい羽のような物が彼から生え初めた、両腕から白い液体が溢れ、やがてそれが形作るように蠢くと、腕を増設するかのように形態変化を遂げる。やがて彼は四本の腕を持ち、その下段の手には剣のソレイス二本を、上段にアイザックの銃型ソレイスを二丁持っていた。
顔面は白い液状の物質で覆われ、それはあたかも、彼の増幅された人としての弱さを覆い隠す為の仮面、それを取り繕うように作られ始めたのだ。
その形態変化の過程でネクロウルカンの鎖は浸食し、腐食して破壊される。
かつてレオだったそれは、ネクロウルカンの拘束から解放された。
「……これは『カロマ』なのだろうか。しかし、過去に余が生きた1700年の間の中でも、お前のような『カロマ性レイシス』は見たことが無い。ふふっ、正しく。レイシスの子と言える、素晴らしいな。貴様を使えば……余も『救世時代の旧神』に手が届きうるやもしれん。この上ない手土産を最後に枢爵共は用意してくれたようだ。……いや、奴らにこれが用意出来るとはおもえんな。───貴様は、何処から来たのだ」
ネクロウルカンの問いかけは、今のレオには届かない。彼は手に持っていた4つのソレイスをその場で投げ捨てた。
そして、ネクローシス達が装備し放られていた遺物を磁石のようにその手に引き寄せ、それぞれのソレイスを構えた。
双剣を下段の腕に持った。そして上段の腕、両手にガントレットを装備すると、それを嵌めたまま最後に右手で鎌を持つ。
大剣以外の黒滅の異物が、彼の元に吸い寄せられるように結集した。
すると突如、紅く鈍い閃光を放ちながらレオはネクロウルカンに急接近する。
彼は、鎌で障壁を容易く切り裂いた。
その斬撃がそのまま身体にまで到達したネクロウルカンは、一気にレオから距離を取る。
「余の障壁を破るとな......座標直接干渉か」
己の左肩に手をあて、その血を眺める。
彼の猛攻は止まらず、ネクロウルカンの背後に瞬時に彼は現れた。
「──僅かな残像がない!?貴様......!!!『表象跳躍』を使うのか!?」
背後に意表を突かれたネクロウルカンは、下段の双剣で両腕を切り落とされた。
そして空いた手のガントレットで彼女の顔を掴み、地面に叩きつける。
そのまま追撃するように鎌を振り下ろす。
しかし、既に腕の再生を果たしていたネクロウルカンが空中落下の大剣を拾い、それを受け止めた。体勢を立て直し、レオを突き放して起き上がるネクロウルカンは、レオと凄まじい亜音速の斬撃を繰り広げる。
だが、ネクロウルカンは徐々にその圧倒的な手数に圧倒され、再び両腕を失う。彼女の再生は、繰り返される損傷に耐えられず、傷口が塞がらなくなっていた。
「───くっ、ネガヘラクロリアムが足りない。……仕方ない、世界への負担は大きいが……『渇望する趨勢剣 |《テンデーシア・デルアンヘロ》』を局所解放する他あるまい」
ネクロウルカンは右腕だけを集中的に再生させ大剣を拾うと、人並外れた脚力で空高く飛翔した。
そしてその大剣を、自らの胸部に突き刺した。
「───余が、この世の勝敗を制する」
突き刺した瞬間、濃紫に輝く稲妻が周囲の大気に伝導する。やがて黒い布状の物体が体を包み込む。そしてそれを、地に留まるレオは何をする事もなくそれを静観する。
やがて稲妻が落ち着き、黒い布状の塊からネクロウルカンはその姿を現す。
濃紫に輝く光子の輪を背に形成し、破損していた鎧は構造が変化し、体の一部であるかのようにそれは修復されながらその威厳を宿した。
そしてネクロウルカンは、区画一帯そのもの覆い尽くさんとばかりの枢光をその手に集積させ始める。
それは、一目で一帯の文明を原初へと帰す光であると、自ずと理解する事すら出来るものだった。
「───貴様を構成せしめる哀れな構成核の奴隷達を解放する。……惜しい存在だが、仕方あるまい」
それを放とうとした時、突然と共和国首都のある方角から、淡い光がやって来た。
───その光線は、あっという間にネクロウルカンを貫いた。
「───うっ……なっ……にが……!?」
ネクロウルカンは自身の身にに起こったことに理解が及ばない様子だった。
胸部を貫かれた彼女はそのまま行動不能になると、地に堕ちた。
その絶好の隙を伺ったレオは、ネクロウルカンのゆったりと正面に移動すると、大きく振りかざした鎌で、その首を丁寧に刈り取った。
ネクロウルカンの体は、他のネクローシス達と同じ運命を辿り始めていた。
黒い血飛沫にも似た煙を上げながら、その依り代と共に、やがて消滅した。
───数刻前。
ミナーヴァは、その華奢な指を遥か彼方の大空。ブリュッケンの方角。その空へと向けていた。
彼女は蒼い輝きを、その凍てついたように白い指先から一瞬と放った。
「……ミナーヴァ、本当に良かったの?」
綺麗に整えられたもみあげと、美しいキューティクルを輝かせる黒髪のその女性。
デュナミス評議会メンバーである『ブライトレア・キシズカ』は、中央セクターデュナミス評議会堂屋外大テラスにおいて彼女の放った光を見届けると、柱にその背を預けながらミナーヴァにそう話をかける。
「───はい」
常に浮遊するように足を浮かせるミナーヴァは、短くその問いに答えた。
彼女のありとあらゆる動作は、決して地にその足を着けることはなく、その在り方は水流の如く心地よく、見るものを癒し、深く儚い印象を抱かせた。
───レフティアは目を覚ました。
胸元に貫かれて居たはずの槍の姿はなく、傷口も塞がっていた。
辺りを見渡すとレイシア少佐やダグネス達の倒れ込んだ姿もあった。
彼女たちの傷は治されており意識は失ったままであったが、深い呼吸を繰り返している様子を見るに、命に別条がある様には見えなかった。
それを見たレフティアは、嬉々として儚い希望を抱きながら、レイシア隊創設以来の仲であったホノルの元へと駆け寄った。
だが、彼女の傷が治されていた様子はなく、以前として静止し、全ては冷たいままだった。
どうやらこの場で傷が治っていたのは、直近に倒されていたディスパーダのみのようであった。
やがて、彼女は辺りを散策していると、要塞跡地の中央に、この世の生き物とは思えない造形をした生物を発見する。
そのおぞましさにレフティアは思わず身構えるが、その生物から放たれていた気配に見覚えがあった。
「───この感じ……まさか、レオ君なの?」
レフティアはそれに駆け寄ると、かつてレオだったモノに触れようとした。
だが、その気配に気づいたレオは、凄まいじい速さで彼女に振り返ると、手にした鎌をそのままレフティアへ向けて、迷わず振りかざそうとする。
レフティアはレオが繰り出したその攻撃に、無警戒だった故に反応する事ができず、そのまま彼に切り裂かれようとされていた。
───しかし、レフティアの前を見慣れない人影が過ぎると、それが寸前にレフティアへ繰り出されていた危害を阻止した。
「───レオ君......。君は少し休んだ方がいい」
───そう言ってその場に現れたのはクロナだった。
彼女は彼の放った鎌を左手の素手で受け止めると、レオの額を右人差し指で優しく突いた。
すると、みるみるうちにレオの体を覆っていた白い液状の物質は剥がれ落ちていき、レオの本来の顔貌が取り戻された。
生身の上半身が露わになる頃、そのままレオはクロナの方へと倒れこみ、クロナは躊躇する様子もなく体全体で彼を受け止めた。
レフティアはその規格外の彼女の力を見て、ある確信を得るとクロナに問いを投げる。
「もしかして貴方が私達を治して......?」
「───まぁ……正確には違うけど、大体そう。あの黒滅の四騎士の力は、命を純粋に奪うのではなく、槍に貫かれた生命の命を可逆的に操る事ができる。だからその主導権が無くなってから僅かの間でなら、その命の在り方を私が導いてあげる事が出来る。けど……それは命に曖昧なディスパーダだけの話。最も原始的な人々の生命は……どう足掻いても干渉する事は出来ない。ごめんなさいね……」
クロナはそう言うと、抱えていたレオを、膝から崩れ落ちていたレフティアの膝元へと置く。
「───まさかデュナミスのお姫様が干渉してくるなんてね……」
クロナはそう言いながら、共和国首都のある方角へとその顔を向けた。
―――中枢機関を失った帝国は、共和国陣営との講和会議を経て「レジオン戦役」と呼ばれたこの戦いは終結した。
第三共和国の助力により、枢爵の傀儡であった皇帝をレジスタンス主導の新政府機関が解任し、代わりに即位したエクイラがレジオン帝国の新皇女として君臨した。
枢騎士評議会は組織形態をそのままに枢爵位を廃止、準議会制に移行した枢騎士評議会にアイザック・エルゲートバッハは議長として就任する。
レジスタンス政府との取り決め通り、積極的に介入したアンバラル第三共和国による独立保証によって、レジオン帝国は主権を保護されると、他の共和国軍閥による併合を逃れた。
「───それじゃあ......、セントラルに帰りましょうか......!!!」
「えーやだやだ!ミルちゃん、絶対私達とっ捕まるって!」
「いや、そうとも限らんかも知れないぞレフティア。戦争終結に貢献した重要貢献人として───」
「いやいや!私の場合ホントに色々やっちゃってるから!ある意味勲章もんだから!!!」
「あぁ、それはまぁ......。私も擁護する術を知らないが……まぁなるようになれ。だろう……いずれにせよレイシア隊は壊滅してしまった上に独立機動部隊方針からの逸脱諸々。軍事審問への招集も覚悟せざるをえまい。だが……、お役所に付き合う前に我々はまだやり残した事がある」
「え、なんだっけ」
「レオの入隊祝いだ。こいつの気が覚める前に、とっとと連れ帰ってやろう。先に逝った戦友達も、我々の悔やむ姿を見るのは余り望んでいないことだろうしな。ぱーっといこうか」
「あぁ、たしかにたしかに!賛成!!!置いてきたゼンベルもセーフハウスで待ってることだろうしね!!!戦勝祝いも兼ねて~!!!」
「……まったく……つくづく生命力に溢れてお元気な方々なんですから……仕方ないですね」
【第一部・帝国争乱編完】