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No.43338の一覧
[0]  アスナ「グレてやる!」(SAO 多重クロスかもしれない)[罪歌](2019/08/25 01:22)
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[43338]  アスナ「グレてやる!」(SAO 多重クロスかもしれない)
Name: 罪歌◆81ec0217 ID:ae6c1002
Date: 2019/08/25 01:22
 アスナ「グレてやる!」(SAO 多重クロスかもしれない)
 
 
 罪歌と申します。
 軽そうなタイトルですが、内容はかなり重いめに作ってます。前回作った小説が周りから「重い」と言われ、個人的に「重いって良いよね」と感じたからです。ある意味でタイトル詐欺ですね。
 
 
 SAOファンではありますが、いつの頃からか主人公がモテるような展開が多くなったので嫌気がさしてます。一応は男女平等を掲げてる人間として、ここらでアスナがソロ時代にキリト以外と交際していたという小説を書いてみました。
 タイトルに多重クロスと記載してますが、ぶっちゃけオリジナルキャラを考えるのが面倒だったので、他の作品からキャラをお借りしただけです。なのでクロスと名乗っても良いのかどうか微妙です。
 
 
 またXXXの板に投稿しておりますが、エロい描写の大半は割愛しております。シリアスがメインとなってますので、本来はその他の板に投稿すべきかとも思ったのですが、念のためここに投稿することにしました。なのでエロを期待しておられるのであれば、申し訳ございませんと、先に申しておきます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 旧SAOの英雄キリトには妻がいる。
 かのSAO事件の終盤―――65~75層を攻略する間に、かつての低層での暫定パートナーだったアスナと少しずつ距離を縮め、ついには恋人を通り越して『夫婦』を名乗るようになった。
 この『夫婦』というのも、SAO内の結婚システムによる関係だけではなく、文字通り苦楽を共にする―――何の比喩でも冗談でもなく、文字通り命がけの死線を何度も潜り抜けた果てに結ばれた、非常に重い関係である。
 
 
 とはいえ2人が結ばれる前―――暫定パーティが解除され、互いがソロだった頃には、両者ともそれなりに異性との出会いというものがあった。
 
 
 例えばキリトの場合、かつて自分の迂闊さで死なせてしまったギルド『月夜の黒猫団』に所属していた、紅一点の少女サチ。
 ある時を境に、彼はサチと何度も同じベッドで一緒に寝た―――と言えば卑猥に思えるかもしれないが、これは文字通り『寝ただけ』である。両者とも何もしていない。……とはいえ互いに思春期であるにも関わらず異性とベッドを共にするという時点で、両者ともそこまで心を開いていたと考えてみる時、もしも『月夜の黒猫団』が誰1人として欠ける事が無ければ、彼はサチと結ばれていたのかもしれない。
 また、その壊滅した月夜の黒猫団を生き返らせるのを失敗した贖罪だったのかどうかは本人にも分からないが、相棒を失ったビーストテイマーの少女に、使い魔を生き返らせる『プネウマの花』を手に入れるべく親身になって協力したり、彼のもう1つの愛剣であるダークリパルサーを作るのにダンジョンで一泊することになったマスタースミスの少女など、彼と結ばれていたかもしれない女性は後を絶たない。
 
 
 こういった『異性との出会い』というのは、SAO内では割と日常茶飯であった。何しろ日々が命懸けだからだ。無論、安全マージンを十分取るよう心がけて入るものの、それでも思わぬアクシデント等により、命の危機に瀕するのだ。……そして偶然にも通りすがりの強者が、まるで電車内で老人に座席でも譲るような気軽さで窮地を救うだけで、そのまま『命の恩人』となれる。なってしまう・・・・・・のだ。
 ましてや一番命の危険に晒されがちなのは攻略組と呼ばれる、常に最前線で戦おうとする者達である。背中を守り、守られることなど、毎日のように起こっている。
 そんな攻略組のプレイヤーが、日々感じる戦いへの恐怖や不安といったストレスと向き合うには3つの方法がある。1つは恐怖や不安を『スリル』と割り切って楽しむというもの。かの英雄キリトも、僅かながらそういった傾向があった。
 2つ目は趣味を作って没入する事。釣り、料理、クラフト、鍛冶、何でも良い。
 そして3つ目は恋人を作り、時に支え合い、時に慰め合うことだろう。……無論、後者は同性の『親友』でも代用できなくはないし、実際に恋人を作りたくても作れないといった男女もそこそこはいる。
 さて、長々と説明したものの、ここで言いたい結論は1つだけだ。
 
 
 ソロだった頃の黒の騎士ことキリトがサチを始めとする、複数の女性プレイヤーと寝食を共にすることがあったように―――かの閃光のアスナにも、ソロだった頃には何度か男性経験があった、という事だ。
 
 
 別に不思議なことではない。
 世間でも「あんなに可愛い子なんだから、彼氏の1人や2人くらいは居るだろう」という言葉を聞くだろう。ならアスナほどの美人であれば、当然のごとく大勢の男性からモテる上、それだけ大勢の男性が言い寄ってくるのであれば、中には彼女の眼鏡にかなう異性が何人か居ても、何ら不思議ではない。
 
 
 ……これは、彼女の悲しい失恋の物語である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 アスナは少し年上の男性と交際していた。
 それは暫定パーティのキリトと別れてから、しばらくしてからの事だった。
「「いただきます」」
 料理スキルが6割ほどコンプリートしている彼女お手製の料理を超える者は、現時点でプレイヤー・NPCを問わず存在しない。そんな彼女の作ったサンドイッチは、まさに絶品の一言に尽きる。
「……美味しい。アスナは良いお嫁さんになれるね」
「やだもうジークったら。……SAO内じゃこんなのしか作れないけど、いつか私の本気の料理を食べさせてあげるわよ」
「約束だぞ? 僕もアスナを絶対に死なせはいないさ」
「それこそ約束だよ? 絶対―――絶対に2人で生きて元の世界に帰ろう……」
 珍しいくらい爽やかな気候のフィールドでの食事。普段であれば天候や小さな虫の数の微増など、何かしら不快な現象がランダムに発生しているというのに、この日に限って言えば最高に快適なフィールド属性だった。
 緑豊かな草原、遠目に山あり谷ありの絶景と、春風のような心地の良い風。……そしてアスナお手製のサンドイッチ。具材はタルタルソースと白身魚のフライを組み合わせ。現実世界では身近にあった、されどこの世界ではほとんど口にできない味わいに、ジークは郷愁を覚えた。―――むしろ、これが彼がアスナに交際を申し込む切っ掛けとなった。
「味噌や出汁の味ならともかく、まさかジャンクフードに郷愁を覚えるとはな……」
「……身近にあったものと似ているものに、人は懐かしさを覚えるわ。遠ければ遠いほど、それを渇望する思いは強くなる。私はネトゲ廃人どころか、SAOが始まる日まで一度もゲームなんて触ったことすら無かったけど、ずっと現実の生活に嫌気がさしていたの……。けど、こうして現実世界に帰れなくなった今、あのつまらない家が、やさしいお父さんやお兄ちゃん、それにただ怖くて厳しいだけだったお母さんが恋しく感じる」
「……お父さんも怖そうだけど、そのお母さんに俺を紹介する時の方が怖そうなのは気のせいかな」
「気のせいじゃないわ、当たり前だけど」
 とニッコリ笑って答えるアスナに、ジークは苦笑いを浮かべる。
 
 
 
 年上の彼氏であるジークとの出会いは、11層の攻略中での事だった。
 当時に『攻略組』という単語が存在していたかどうかは、もう思い出すことはできないが、それでも攻略組という概念は存在していた。冒険の最前線を行く『フロントランナー』という考えだ。
 そして11層が最前線だった頃、当時ソロだったアスナが迷宮区を歩いていると、同じくソロの男性が、アラーム・トラップに掛かって複数のモンスターに囲まれているのを見つけてしまった。しかもあろう事か、その男性の後ろ姿が、なぜか兄と似ていた気がした。
 
 ―――フラッシュバックする兄との思い出と、その兄の命の危機。アスナが雄叫びを上げながら突撃するまで1秒も掛からなかった。
 
 大勢のモンスターを倒し、自分たちのHPをギリギリまで削られ、そして運良くトラップ部屋から逃げ出せた時、張り詰めていた心が緩み、思わずアスナは泣き崩れてしまい、そんな彼女に戸惑いつつも抱きしめて落ち着かせようとしたのが、2人の関係の始まりだった。
 アスナ自身に男性経験がない―――というにはやや怪しいところがある。攻略組の間でも悪評のあるビーター、その中でも最初のビーターと呼ばれるキリトという男とパーティを組んでいた時期があるとアスナ自身が言っていたからだ。
 男として若干の嫉妬はあるものの、今はそのキリトとはボス戦でしかパーティを組んではいないし、更にはアスナも「彼とは恋人ではない」と言っていた。それに仮にそうだとしても、すでに別れたものとジークは考える事にした。顔立ちの整っているジークもリアルの事を考えると、モテ期と呼べるような経験だって何度かあるのだ。自分の事を棚に上げる訳にもいかない。
 1つだけ、ジークにとっての不満は、アスナとの交際を周囲のプレイヤーには秘密にせざるを得なかった事だろう。同じ攻略組の中にいるシヴァタとリーテンというカップルがいるが、普段はフルプレートアーマーを纏っているリーテンが女性プレイヤーだというのと、2人の交際という事実が周囲にバレるや否や、ハリウッドスターのデート中に現れたパパラッチ集団のように周囲が騒ぎ出したからだ。そんな好奇の視線に晒されるのは、アスナもジークも耐えられそうになかった。
 ……無論、誰もかもが、そんな心無いリアクションを取る訳ではない。同じ攻略組の者同士であれば、例え普段から仲の悪い相手であっても、騒ぎを大きくしたりせず、「おめでとうさん」と言うくらいの祝福に留めるだけだ。
 ……もっとも、この2人の場合、交際の情報がどこから漏れるのか分からないため、同じ攻略組にすら知られないように交際していたりする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんなある日だった。
 
 
 それは24層のボス攻略時での事だった。
 ハリネズミのような針を背中一面に持つ、10tトラックほどの大きさのトカゲ。―――当然のように、自然界のトカゲのような丸みを帯びた体付きや目付きではなく、まるで翼の無いドラゴンのような獰猛さを感じさせるフォルムと目付きだ。挙句、ある程度近づくと「かるるるる……」という猛獣じみた唸り声まで聞こえるが、まぁ攻略組にとってはその程度の威嚇にビビる者など、今さら居ない。
 実際、このモンスターはドラゴンの一種だ。それも第3層から第9層まで続いたキャンペーンクエストにて名前だけが登場し、第24層にてとうとう複数形にて姿を現した邪竜シュマルゴア―――を大量に産卵するとされるのが、このボスことクイーン・オブ・シュマルゴアだ。
 
 そしてこの怪物は、他のシュマルゴアが持ってるはずの麻痺毒が使えない代わりに、過去最悪とも言える能力を持っていた。

 野球用のバットほどもある巨大な針を打ち出す能力―――と言えば単発式の銃撃を思い浮かべるかもしれないが、このボスの能力は『それ』を嵐のように一方行に掃射・・するのだ。マシンガンという言葉ですら生ぬるい。更に分の悪い事に、一発当たりの攻撃力が高い分、その射線上に立ってしまうと、いかに高レベルかつ重装備のタンクであっても死は免れない。
 ……もちろん、それほどの高威力な技を連発はできないし、技の発動前には必ず分かりやすいモーションを起こすうえ、一度掃射が始まれば途中で方向転換なども行わないので、きちんと冷静に対処すれば避ける事は簡単だ。ましてや攻略組と呼ばれるほどの戦士達だ。1対1の試合形式であれば、間違いなく喰らうことは無いだろう。
 
 
 ―――とはいえボス戦とは「混戦」が基本であり、極一部の遠距離攻撃を除けば接近戦しかできないプレイヤーがボスを十重二十重に囲って戦っているのだ。しかもボスの攻撃手段は針だけではない。多種多様な攻撃パターンの合間に必殺の一斉掃射が来るゆえに、運悪く射線上から逃げそびれる者が続出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!』
 
 
 映画ジュラシックパークにてティラノサウルスが初登場した時と、全く同じ咆哮がボス部屋を震撼させる。
 たかが咆哮と侮ってはいけない。何回かに一回、咆哮と同時に強烈な火炎放射が吐き出される。しかもブレスがある時と無い時の違いがモーションから分からないゆえ、例えブレスが無い可能性があっても避けなければならない。
「くっそ! ハリネズミみてぇにトゲトゲしよって!! 苦労人は角が取れるって知らへんのかコラァッ!!」
「キバ……それブーメランだから」
「エギル! キリト! 今だ斬りまくれ!!」
「助かったぜクライン!」
「シヴァ、こっちから回り込むよ!!」
「任せろリーテン! それと気を付けろよ。ああいうトゲだらけの奴は、下手に接近戦をしてもトゲでこっちがダメージを受けちまう! 今回はお前らタンク連中がメインでないとダメージがほとんど通らねぇ!!」
「リンドウさん、今っす!!」
 敵のHPゲージも残りわずかだった。しかし油断はしない。かの第一層のボスもまた、HPが残り少なくなったとたんに攻撃パターンが変わり、攻略組の中でも希少なくらい指揮に優れた人間が犠牲になった。だからこそ、ここからが最も危険な戦いになると、この場に居合わせた誰もが思っていた。
 
 
 そう―――頭では分かってはいたのだ。
 
 
 このボスもまた、奥の手を有していた。
「おい! なんか今までにないモーションが―――!!」
 ボスが両前足を大きく持ち上げた。踏みつぶす攻撃だろうか? 確かに10tトラック並みの巨体から繰り出されるそれを喰らえば、即死は免れないだろう。しかしボスの前にはプレイヤーの姿は無い。誰もがボスの側面か後ろに集中している。モーションを見て逃げたのではなく、最初から居なかったのだ。となるとこれ・・は攻撃ではなく―――
 瞬時に思いついた未来予想に、アスナは思わず叫んだ。
「あれで地面を揺らす気よ! みんな跳んで!!」
 
 
 
 と、次の瞬間―――盤石な石材の地面が揺れた。
 
 
 
 とっさの判断で飛び上がった者は、全体の3割くらいだった。しかも飛び跳ねるタイミングを外す者も多かった。『揺れ』により次々とプレイヤー達がよろめく。ある意味で物理的なスタン効果のある隠し技である。そしてモンスターの攻撃の場合、ソードスキルでない限り技の発動後の『硬直』が存在しないのだ。
 そこから先は、『ほんの数秒』の硬直を余儀なくされたプレイヤー達への、大ダメージ技のオンパレードだった。
 一番プレイヤーが密集している場所まで10mほど猛ダッシュ。人の身体がボーリングのピンのように宙を舞った。
 かと思えば数mほど離れたプレイヤー集団のところまで一足飛びに着地し、全身を半回転させた。―――口で言えば簡単だが、ボスの後ろには長い鞭のような尻尾が、正面からはファイアブレスが叩きつけられるという、全方向への攻撃付きだ。
 そして今度は遠くまで大きくジャンプし、しかも着地の衝撃がさっきよりも大きいせいで、多くのプレイヤーをスタンだけでなく転倒までさせた後――――――全プレイヤーを最大級の恐怖が襲う。
 
 
 
 ―――気付いたのだ。この場にいる約6割のプレイヤーが、ボスの真正面の延長線上に位置しているという事に。
 
 
 
 ここまで大技のオンパレード―――今までHPを減らす過程で何度も使われた技を一通り披露してきたのだ。ならば次は必ず あれ・・が来るはずだ。そしてあの必殺・・技は、ボスの真正面にしか放たれないとはいえ、攻撃範囲の幅は軽く5m以上はある。
 
 
 
 ―――つまり先ほどまでの攻撃は、全てこの瞬間のための仕込まれた、ボスの『戦術』だったのだ。
 
 カシャン―――カシャカシャカシャン!!
 ボスが頭を低くして下半身を持ち上げ、全ての巨大な針をプレイヤー集団に向けた。同時に地肌から生えるはずの針が、まるでロボットが変形するかのような音を立てながら、切っ先をプレイヤー達に向けらる。間違いなく、あの凶悪過ぎる必殺技の兆候―――それをアスナは、ボスに一番近い場所に倒れながら呆然と見上げる。あたかも複数の機関銃が一斉に自分だけに向けられたかのような錯覚を覚える。
 
 
「―――させないッ!!」
 
 
 突如、そんな彼女の前に割り込んだ人影があった。
 その人影―――ジークは、ボスまでの距離が離れていることから攻撃を諦め、素早くステータスウィンドウを表示し、本来のスピード重視の装備からガチガチの重装備を全身に纏った。その全てが、最近アスナと一緒に手に入れたレアドロップ装備で、確かオークションに出すと言っていたのを覚えている。
 次に彼は全ての持ち物をオブジェクト化し、即席のバリケードを設置する。かなりの早業ではあるが、単純に全てを一斉にオブジェクト化したのではなく、衣服や食料などを攻撃の当たらない一番下にオブジェクト化し、その上に防具や武器、そして硬いインゴットを乗せるという工夫をしてだ。
 そのバリケードに、いくつものタワーシールドを重ねて片足で押し当て、左手にもタワーシールドを、そして右手に長めの片手剣を持って構えを―――剣を扇風機のように振って敵の攻撃を弾く『スピニングシールド』の構えまでとった。
 
(―――ちょ、嘘やろ)
(無理だろ絶対……)
(いくらジークが、今の攻略組で最強だからって、あの針の嵐だけは……)
 
 誰もが諦めと戸惑いの思いを込めて見守る中、ついにボスの『必殺』たる針の嵐が放たれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―――後に、彼のお陰で生き延びた、アスナを含む多くのプレイヤーが、至近距離から見た針の一斉掃射について、こう語った。
 
 
 『まるで自分の左右を特急列車が通り過ぎて行ったようだった』と。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして最強最悪の『必殺技』が放たれる。
 
 
 ―――ガガガガガガガキンガキンガキンガキンッッッ!!!!!!
 
 
 野球用のバットのような針の弾幕が真横を通り過ぎる。そんな中、自分達に致命傷を与えるであろう針が、次から次へと即席のバリケードに突き刺さり、次々と防具やインゴットを消滅させるが、さすがは硬いアイテムというべきか、簡単には消滅せずに、刺さった針そのものをに次の針が刺さるという感じにプレイヤー達を守り、1秒……また1秒と時間が流れていく。
 この最悪の針の嵐は、今回のボス戦で見ている限りおよそ30秒は続く。直撃すればHPが0になるまで続く恐ろしい技だが、避けさえすればボスを左右と後ろから袋叩きにできる絶好の攻撃のチャンスでもある技だ。敵の残りHPが残り数ドットということもあり、攻撃範囲の外でようやくスタンが解けたキバオウとリンドウ、それにエギルとクラインが、ボス目掛けて走り出す。1秒でも早く、この攻撃を終わらせるために。
 ……しかし遅い。その間にも、バリケードは削れていく。いかに刺さった針に別の針が刺さろうとも、この世界にはピアーシング属性というものがあり、刺さったままだとアイテムそのものの耐久性が徐々に減って消滅するのだ。
 ボスの攻撃開始から10秒、とうとうバリケードと数枚重ねのタワーシールドが全て消滅し、ジークはスピニングシールドのソードスキルを発動させた。
 数秒後、ソードスキルが発動を終える寸前―――スキル後の硬直が発生する前に、ジークは素早く左手のタワーシールドを突き出す。
 あっという間に表面がハリネズミと化し、タワーシールドが消滅するも、すでに硬直が解けたジークは最後のスピニングシールドを発動させる。
「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッッッッ!!!!!!」
 今生で最大級の咆哮。人生最期のソードスキル。次々と巨大な針が叩き落される。
 
 
 そして数秒が過ぎ、とうとうスピニングシールドは止まった。
 
 
 ……だがこのソードスキルは、剣を持った手を前に突き出して発動するスキルであり、あらかじめもう片腕も前に出していた事もあり、まるで腕で顔と胸をガードするかのような姿勢でスキル発動後の硬直をする事になる。
 そして両腕にハリネズミのように針が刺さり、アームガードが消滅。続いて剥き出しの両腕にも針が山ほど刺さって部位欠損して消滅し、更には兜と鎧の胴部や腹部にも剣山のように刺さって防具が消滅し、やがて剥き出しの全身に針が―――
「あああああぁぁあぁぁぁぁああっっ!!!? 渦波かなみいいいぃぃぃぃッッッ!!!!」
 アスナの絶叫が上がる。
 最愛の男の命がデータ化されたポリゴンの全身が、文字通り削られて消えていく。
 その壮絶な死にゆく様子に、思わずかつて彼から聞いた本名を叫ぶ。
 そんな時、アスナの耳に穏やかな声が届いた。
 
「不可能を可能にする―――案外、やれば出来るもんだな。……僕ですら出来たんだ。アスナならきっと、このゲームを終わらせてくれる。もし―――もし次に誰かと付き合うなら、僕みたいな弱い男より、もっと強い奴と付き合った方が―――」
 
 彼の言葉は、最後まで口にする事さえ叶わず―――彼は最期を迎えた。
 そして同時に、キバオウ達の攻撃がボスに叩き込まれ、針の嵐はボスと共に消滅した。膨大な時間の出来事に感じられたが、実際には20秒しか経ってなかった。しかし常人なら5秒と持たない猛攻を防ぎきるという偉業を、彼は成し遂げたのだ。
 
 
 
 
 
 ジークフリードこと相川渦波は、後に第75層で黒の剣士キリトが茅場明彦を打ち取ったのに匹敵する(少なくとも攻略組の人間にとってはキリト以上の)偉業を成し遂げ、多くの仲間達と、最愛の恋人を守り切った英雄となった。
 
 
 第24層ボス攻略人数48人(マックスレイド)中、犠牲者20人。現時点で過去最悪の犠牲者数だったという。ボスが運悪く即死に近い攻撃手段を持っていたのと、当時では攻略組の中でも比較的レベルの低いプレイヤーが大半だったのが、犠牲者の多い理由だと推定されている。
 
 ……なお、この『過去最悪』という人数が、次の第25層―――つまりはクォーターポイントにて更新されるなど、この当時の憔悴しきったプレイヤー達に予想できるはずもなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―――死に際のジークの言葉が頭から離れないまま、アスナはフラフラと長期契約している宿屋へと帰ってきた。
 自分でも、どこをどう歩いて帰ったのか、全く覚えてなかった。
 ただひたすらに、胸に穴が開いたかのような喪失感が、彼女を極度の無気力状態に突き落としていた。
 昨日まで何を考えてただろうか?
 ボス戦への軽い不安はあったような気がするが、どうせいつも通り犠牲者も無く終わると思っていた。
 ……もうやだ、何もしたくない。
 風呂に入って汗を流す? ……面倒くさい。
 消費した回復薬の補充や、武器や防具のメンテ? ……面倒くさい。
 寝る? 眠気も無い。
 
 
 食事は―――気付けば腹ペコだった。
 
 
 
 
 のろのろとベッドから起き上がり、階下の食堂まで降りると、そこには先客がいた。そういえば利用客が少なそうな穴場の宿屋をジークと一緒に選んだのに、偶然にも大人数パーティが同じ日に長期契約をしていたのを思い出した。
 
 
 ……というか、その先客というのが、さっきのボス戦でパーティメンバーを2人だけ残して死んだ攻略組、ギルド『総武高校』の2人だった。呆然と席に座っている彼らは、確かファルコンとエイトという名前だったと思う。さっきボス撃破直後では慟哭していた彼らだが、今のアスナと同じく、随分と憔悴していた。魂が抜けたような顔と言っても良い。
「……相席、良いかな?」
 何となく、アスナはそう提案していた。
 SAOで女性プレイヤーがナンパされる確率は高く、街中でのハラスメントコードが無ければ性犯罪が横行していたかもと言われるゆえ、女性にとって男性は鬼門と言われている。アスナ自身も、ボス戦や何らかのイベントで他人と一時的にパーティを組む以外で、積極的に男性に声をかける事は無かった。
「……どうぞ」
 ファルコンが投げやりに言うと、アスナは彼らの丸テーブルに着いた。
「「「…………」」」
 特に彼らと何かを話すわけでもなく、料理が運ばれ、それを食べ始める。
 自棄を起こしていたのか、3人とも一番高いものを頼んでいた事もあり、傷心ながらも不思議なくらい食が進んだ。
 そして一息つくと、無意識の内にアスナは呟いていた。
「―――なんであの時、ナーヴギアを被っちゃったのかな……」
 するとそれまで死んだ魚みたいな目をしていたエイトが、ぽつりぽつりと口を開いた。
「俺ら、そーいえば企業見学でアーガス本社に行ったんだよな」
 彼の口から出た『俺』という言葉―――仮想世界に来てから幾度となく耳にしたはずの言葉なのに、その1人称を使う人間と久しぶりに『会話』していることに今さらながら気付く。
 続けてファルコンも、
「企業見学、みんな同じ会社を選んじゃったよな。だから俺達、ナーヴギアも無いのにアーガス本社からログインできたんだ。それも学年全員分のナーヴギアは用意できないから、抽選で決まった人だけが世界初のフルダイブ型RPGを体験できるって奴でさ、運良く―――っていうか運悪く当選しちゃったんだよ、俺達」
 思わぬとこから出てきたログインの―――悲劇に巻き込まれた理由に、アスナはジーク以外に語った事の無い、自らのログインの理由を語っていた。
「私は……会社員のお兄ちゃんがナーヴギアとSAOのソフトを持ってて、偶然にもSAOサービス開始日に出張しに行っての。だからかな? 今までゲームなんて全然してこなかったのに、仮想世界ってのを体験したいって思ったのは。……後は好奇心に負けてナーヴギアを被っちゃった……」
 言ってから、また重い沈黙が降りる。でも気にしない。そんなもの、どうでも良い。
 何となく呟く。
 
 
「なんで―――なんで世界は、こんなに理不尽なのかな……」
 
 
「「…………」」
 3人とも、その答えは知っている。危険を承知で、攻略組になってしまったからだ。
 もしも第1層に今も引きこもっていたら? あるいは中層プレイヤーとして、日々遊んで暮らしていたら? 確かにそれならアスナは恋人を失うことは無かったし、アスナは知る由もないが、ファルコンやエイトもかけがえのない仲間を―――そして片思いの女性達を失わずに済んだ。
 でも仕方がなかったのだ。
 『誰かがやってくれる』―――それは誰もが期待する展開だろう。だが自分が動かなければ、現状は変わらない状況だってある。そしてこのSAOは、そんな積極性のある人間が数百人はいないと、まともに攻略できない仕様になっている。2:8の法則というのだろうか。大勢の人間がいれば、全体の2割しかまともに働かないという。そしてSAOには『命の危機』が伴う分、実際に本気で攻略に取り組むのは1万人中、1割どころか5%もいないのが現状だ。
 アスナは、自身の呟きに猛烈な苛立ちを覚えた。
 大勢の捕らわれたプレイヤーを助けるために前線に立った―――という立派な訳ではないが、それにしたってあんまりな現実だ。生まれて初めて出来た恋人は、数時間前にナーヴギアに脳を焼き切られて死んだ。ボス戦の寸前まで、共に笑って今夜は何が食べたいなどと言葉を交わした相手が、まるで最初から居なかったかのようにだ! なのに宿の外から聞こえてくる喧騒は、こんな上層まで遊びに来た低層プレイヤーの能天気な笑い声で満ち溢れている!! 常に上位が変動しているとはいえ、この世界で最強プレイヤーであったジークが大勢の命を救って死んだというのにだ!!!
 アスナは思う。
 
 悲しんでよっ!?
 
 死者を悼んでよ!?
 
 階層が1つクリアされるごとに、この仮想世界にとって攻略組という名の極僅かな『勇者』が片っ端から命を落としているという事実に何で気付けないの!!?
 
 
 
 
 ―――だからだろうか。脳の奥で何かがブチィッ! と切れる音を聞いたアスナは、今まで口にした事の無い口調で叫んだ。
 
 
 
 
「あーっ、もう知るかッ!! 今までお嬢様とか言われて品行方正をデフォに洗脳されて生きてきたけど! そんなもん今日で全部捨ててやる!!!」
「あんた、お嬢様だったの? ゆきの―――スノウと同じなんだな」
 エイトが何か言っていたが、今のアスナにとってはどうでも良かった。
 彼女はアイテムのウィンドウを開き、その中からスプレー缶のようなアイテムをオブジェクト化すると、まるで拳銃自殺する人間のように側頭部の一点に当て、勢い良く吹き付けた。
 あっという間に彼女の髪が全てショッキングなまでのチェリーピンクへと変色する。その典型的な『グレてやる!』な光景を見ていた男2人が、唖然としながら眺めていると―――
「今日からビッチになってやるっ! 真面目に攻略に専念するのも止めだ畜生ッ!! 手始めにあのクソ忌々しいPK集団を見つけ出してブッ殺してやる!! 正当防衛って名の、最高のストレス発散だぁッ!! バラバラのズタズタに引き裂いて引き裂いて引き裂いてやる!!!」
「おいおいおい待てって! 確かにあいつら、俺らが命がけで攻略してんのを邪魔してくんのはムカつくけど! そもそもどこに住んでるか分かんねぇだろ!? あとその願望はビッチじゃなくて人殺しって言うんだ! っていうかSAOにスプレー缶なんてあるの初めて知ったなオイ!?」
 すぐさまファルコンに羽交い絞めにされ、エイトがそう言うと、アスナは急に全身から力が抜けて、ファルコンの腕の中で軟体動物のようになった。
「ぐすっ……もういいもん。じゃあ一緒にお風呂入ってよ。徹底的にビッチになってやるんだからぁっ……」
そこまで言って、嗚咽を漏らし続けるアスナに、男2人は微妙な顔になる。
 ……エイトとファルコンの名誉にかけて解説するが、普段の彼らなら間違いなくここで、明らかにヤケクソになっているアスナを注意する言動を取る。
 
 
 ―――しかし今の彼らもまた、今のアスナと同じく、仲間や片思いの人間を失ったという、人生史上最悪の精神状態であった。
 
 
 
 
 
 
 
 ……で、結局。
「そーいやここ、こんな立派な風呂があるんだよな」
「雪乃ちゃん……スノウがお風呂にこだわるタイプだったから」
 後ろからのしのしと付いてくる男達を連れ、脱衣所へと入るアスナ。……ちなみにこれはSAOに存在する全ての風呂付き宿屋共通であるが、露天風呂そのものがインスタントマップになっており、同時に脱衣所に入らない限り、景色は同じ露天風呂でも全く別の異空間に出ることになる―――ようするに宿の外からは一切見えないように作られているのだ。……でなければ、こんな大通りから丸見えな露天風呂に入ろうなどと考える女性は居ないだろう。
 そして脱衣場まで来ると、男共も急にそわそわした様子になる。
 アスナはそんな男2人の様子を鼻で笑い、何の躊躇もなくメニューウィンドウを操作して一瞬で全裸になった。
 生まれて初めて、家族以外の異性に見せる裸身。互いに思春期のド真ん中という状況なのに、不思議と恥じらいは感じず、むしろ自然とドヤ顔になるアスナ。
 顔も身体も芸術品のような女の見せる裸身に、男2人のリアクションは―――!
 
「「「………………」」」
 
 エイトが口を開いた。
「……なんだろう。ナーバスになってると、美人で有名な『閃光のアスナ』の裸を間近で見ても、何も感じないんだな」
「……俺、こんなに性欲の無い奴だっけ?」
「なんか腹立つッ……!!」
 とは言うものの、今の自分の心理状態が、そのまま目の前の男達と同じ状態なのだ。案の定、エイトとファルコンが全裸になり、垂れ下がった男性器を見せられても不思議なくらい何も感じなかった。第2層で筋骨隆々とした上半身裸のトーラス(ミノタウロス?)族を相手にキャーキャー騒いでたのは誰だと、かつての自分を鼻で笑う。
「これ、女の人の裸を見たとたんに大きくなるんじゃないの?」
「あー、何となく勃ちそうで勃たないんだよな。今のメンタルのせいだろ、これ?」
 エイトがそう呟くと、3人でまたもや重い空気になる。
「……さっさとお風呂に入ろ……」
 
 
 ―――こうして、3人とも思春期かつ顔立ちや体型も異性を刺激する程度に整っているというのに、結局誰も興奮しないまま混浴することとなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あ、エイト。ちょっと背中洗ってくれる?」
「おう。後で俺も洗ってくれよ」
「いいわよ。じゃあファル、洗ってあげるから背中向けて」
「それはどーも」
 3人ともバスチェアに跨ったまま、ファルコン、アスナ、エイトの順に縦に並んで背中を洗う。
「……何してるんだろうな、俺ら……」
 先頭に座るファルコンが、アスナに背中をハンドタオルでゴシゴシされながら、覇気の無い声で呟く。
 エイトが答えた。
「アスナに『一緒に風呂に入ろう』と言われた時からあえて言わなかったが、仲間失ってやさぐれて風俗に行く男―――ってのと同じ事してるだけだろ、俺ら。……今の閃光さんのようにな」
「あら分かってるじゃない」
 軽口を叩き合うも、また会話が途切れる。別に今さら気まずいなどとは思わない。
 ふとエイトは思い出したように呟いた。
「こうして女の背中を洗ってると、小さい頃に妹の小町と一緒に風呂入ってたのを思い出すな。……あいつ、元気にしてっかな……」
 その呟きに、アスナも感じるものがあった。
「私も男の人の背中を洗ってると、お兄ちゃんと一緒にお風呂入ったのを思い出すわ」
 目の前のファルコンの背中は、同年代より背丈も全身の発育も進んでるアスナより広い。
 その事が郷愁となって、アスナの脳裏を駆け巡る。
 そして同時に、数時間前まで笑ってイチャついていたはずのジークを思い出し、不意に涙が込み上げてくる。
「ふっ…うっ、くっ……」
 聞こえてきた嗚咽に、男達は何のリアクションも示さなかった。美人な攻略組のアスナが、ジークとどういった経緯で交際に至ったのかは、一般プレイヤーには知られていないものの、同じ攻略組の間では常識となっている。今の会話だけで、彼女はもう居ない恋人を思い出したのだと瞬時に気付いた。
 次の瞬間、ファルコンは背後からアスナに抱きしめられ、それでも動じる事が無いまま彼は呟いた。
「俺ら……こんなんで生きていけるんだろうか」
 するとエイトが、2人の背後から涙声を投げかける。
「みじめだろうがただれてようが、今は生きる意志だけは失うんじゃねーよ」
 
 
 ―――大切な者を失った彼らは、こうしてヤケクソな気分のままパーティを組むこととなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 1ヶ月後の大通り。
 アスナやエイト達が、大切な恋人や仲間達を失って傷心なのを攻略組の人間はみんな知っている。
 しかし一般層のプレイヤーにとっては、彼らの『心の痛み』など知りようがない。
 だからこうして―――
 
「おい見ろよ……あの閃光のアスナが、前の彼氏が死んだとたんに別の奴に乗り換えたようだぜ?」
「意外とケツの軽いビッチだってのか? 俺、これからちょっとナンパしてくるわ」
「あっ、ずるいぞ俺もだ! おーい、そこの姉ちゃーん!! 良かったら俺らとイイコトしねぇっ!?」
 
 
「―――あ゛?」
 
 
「「ひいぃッ!!?」」
 ―――というように、今まで大衆に見せた事の無い顔で凄まれ、慌てて回れ右する者が後を絶たない。
「……見たかよファル。今のアスナ、眉毛がハの字みたいになってたぞ?」
「あとビッチになるって自分から言ってなかったっけ? 人に言われると余計に腹が立つみたいな―――」
「聞こえてるわよ、2人とも?」
 とチェリーピンクが、今度は営業スマイルを向けてくるが、どこか殺気立っている。
 2人は涼しい顔をしながら殺気を受け流し、
 
「……正直、あの時のアスナが自暴自棄にグレて混浴だの何だの、エロい事に巻き込んでくれたお陰で、俺らアインクラッドの外縁から飛び降りなくて済んだんだよな……」
 
 というエイトの呟きに、アスナは遠い目をし、1ヶ月前の自ら起こした『暴挙』を思い出す。あれが無ければ何の比喩でも冗談でもなく、この2人は飛び降りていたのだ。……そして、2人に出会えてなければアスナもまた、意図せずに同じ運命に―――。
 ファルコンは鼻で笑って言葉を返す。
「思えば何が悲しくて野郎と心中しなきゃいけないって話だ。天国にいる姫菜を興奮させるだけだろ」
「違いねぇっ。腐女子を喜ばせる餌を与えるだけだな。―――あんまり早くみんなに会いに行ったら、あいつら感激して泣き崩れっぞ」
 3人で混浴してから1ヶ月経つが、今もパーティは組んだままだ。互いに前のパーティとは違った仲間意識が心地よく、また男女とはいえ一番やさぐれている時に『裸の付き合いこんよく』なる儀式を体験してしまった以上、下手に距離感が無いから気を使う必要が無いのだ。未だに一緒に風呂に入っているし、何ならパーティを組んだ初日の夜には3人とも人生初の3Pなるセックスにも挑戦した。―――もっとも、それは『倫理コード解除』という設定をこなさなければ出来ない仕様になっており、それを知らないまま、ジャンケンで勝ったファルコンが男性器をアスナに入れる寸前、男性器が半透明の紫色をした『ここから先は進入禁止』という表示にぶつかって進めなくなった。その際にアスナが『この身体の持ち主である私がスるって言ってるのに、なんでシステムが通行禁止にしてんのよっ!?』と言ってキレてたのも、今となっては良い思い出である。結局、3人で全裸のまま川の字になって寝るに留まった―――生殺しな気分だったが。
 攻略に関しては、最初はするつもりは無かったが、今ではボチボチ参加しているといったところだ。
 無論、攻略に参加するか否かは、本人達にとって『面白そう』かどうかだ。
 
 
 例えば―――
 
 
 
 
 
 
「まさかの『お風呂のダンジョン』!?」
 
 
 目をキラキラさせるチェリーピンク頭のアスナ。ショッキングな髪の色のはずなのに、彼女ほどの美人がすると、まるでアニメキャラのように違和感がないのだから不思議だ。
 場所は28層の、主街区から遠く離れた温泉街:フーロン。
 風呂好きなアスナにとって、これほど魅力あふれる街など、ここ以外に無いだろう。
 街の至る所に温泉宿があり、内風呂や露天風呂が所狭しとあった。
 そんな中で何度かNPCと会話していく内に判明したのが、『お風呂のダンジョン』の存在だ。
 詳しい話は長いので省略するが、この温泉街のどこかの温泉宿で、第6層の町やダンジョンが呪いの影響でパズルに埋め尽くされていたのと同じように、とある殺人事件から銭湯の中が大きな迷宮と化す呪いが発生したそうだ。
 しかし現状、そんなダンジョンがどこにあるのかは分からない。この町を訪れるプレイヤーの、中でも風呂好きな連中でさえ、町中を手分けして探しているのだが、これがまた主街区に匹敵する都会じみた広さと、その大半を温泉宿が占領するため、未だに発見には至ってないのだ。
 そんな中で『もしかしたら私達なら運良く見つけられるかも!』と言いながら適当な宿屋にチェックインするアスナ。その様子を眺めながら、エイトとファルコンは言葉を交わす。
「ああ言ってる内は、見つかりそうで見つからないな」
「全くだな。宝くじ、俺なら当たりそうな予感が―――ってのに近いもんな」
 そんな軽口を叩きながら宿屋へと入る。
 客間の方は、まぁ日本の一般的な温泉旅館の客室と同じ作りになっていた。残念ながら冷蔵庫やテレビは無かったものの、なんと温泉街限定で装備可能な『浴衣』が置いてあった。無料貸し出しのようである。
 ……とはいえ、大の風呂好きのアスナがいつまでも部屋でゴロゴロしているはずがない。浴衣に着替え彼らは、すぐにここでは珍しい内風呂の大浴場に向かった。
 すると脱衣所の入り口にいた仲居のお姉さんが、少し驚いた表情を浮かべて口を開いた。
「おやおや……驚きましたね。お客さん達、久しぶりにお風呂のダンジョンに挑戦されるおつもりで?」
 
 
「「「………………は?」」」
 
 
 どういう訳か、いきなりダンジョンのある本命の宿屋を引いてしまったようだ。
 アスナが質問する。
「あ、あの……確かにお風呂のダンジョンは探してましたけど、まさかここだったんですか?」
 すると仲居は、にんまりとした笑みを浮かべ、
「ええ。まぁ噂になるのを恐れて口外しないようにしていたのですがね? それでも稀にダンジョン目当てで来る人がいるんですよ。そう……ダンジョン化の原因である『1人の女を取り合う複数の男』の事件になぞらえ、女性は1人以上、男性は2人以上で当宿屋の浴衣を身に着け、こちらの大浴場に入りますとあら不思議。脱衣所の向こうが迷路のように―――」
 
(……ねぇ、SAOって全年齢向けのゲームよね?)
(間違いなく、そのはずだ。少なくとも茅場明彦は結構硬派なイメージが強いから、この手のイベントは作らないと思っていたのだが……)
(だったら他のスタッフだろうね。その中に一際スケベな奴がいたんだと思う)
 
 ひそひそと話し合い、すぐにどうでも良くなってフッと笑う。
 今回はとても運が良かったのだ。ダンジョンのある宿屋を一発で引き当てたのも、3人が出会うと同時にグレた事から始まった裸の付き合いが原因で、他のプレイヤーには真似できない混浴をこの宿屋で実行しようとしたのも、全ては運が良かっただけの事。
 3人は暖簾をくぐる。するとなぜか仲居まで付いてきたが構わず、浴衣姿のまま脱衣場から大浴場へと続くガラス戸をスライドさせ―――
 
 ―――そこには普通の大浴場が広がっているだけだった。
 
 ここまで何故か付いてきていた仲居が口を開く。
「お風呂のダンジョンは、確かに当宿屋の浴衣を身に着けてなければ入れませんが、それは脱衣場までです。そこからはきちんと脱いで裸にならなければダンジョンには入れませんよ? あとダンジョン内では服は着れませんし」
「「「何そのこだわり!?」」」
 思わずハモる。
 
 
 
 
 
 
 ―――というように、面白いと思える場所を放浪し、面白そうなイベントには片っ端から首を突っ込む。低階層のイベントは攻略に取り組んでいる頃から一通り体験してきたので、面白いイベントは必然的に最前線に近いほど発生しやすくなる。結果として、攻略組と何ら変わらない、むしろ攻略組上位をキープしたまま、時間が過ぎていった。
 
 
 
 
 
 
 
 時は流れ、現在の最前線は第49層。ちょうどクリスマスボスのイベントが終わった頃である。
 
 
 
 ―――グレるのは、さすがにもうやめた。今では真面目に前線の攻略やボス戦に積極的に参加している。……髪は今でもチェリーピンクのままだが。
 
 
 
 フィールドを歩いていると、エイトが思い出したように呟いた。
「そーいや知ってるか? クリスマスのイベントボスからドロップする『人が生き返るアイテム』、あれを手に入れたギルド風林火山が語った真相」
 アスナは首を横に振る。
「え? あれ実在したの? っていうか手に入れたの、クラインさんとこだったの?」
 ……どうやら彼女は、SAO史上最高の話題に乗り遅れたらしい。
 ファルコンが苦笑しながら説明する。
「正確には、手に入れたのはキリトだよ。彼、自分がレベル隠して弱小パーティに入ってたのに、ヘマして仲間全員に先立たれたの知ってるでしょ? だからこないまで物凄い無茶してレベリングして、やっとボスをタイマンで倒して手に入れたんだって」
 のほほん―――とした様子で話しているが、あの噂が出回った頃、この3人もまた血眼になってそのアイテムを探していたのだ。最愛の人を、あるいは仲間達を蘇らせるために……。
 だからこそファルコンの表情から、アスナは察した。
「―――結局、生き返らせられなかったんだね」
「ああ。正しくは『死んでから10秒以内』しか使えないアイテムだったって、大勢の攻略組の前でクラインが解説してたよ。……なんでキリトからクラインの手に渡ったのかは、何となく察しが付くけどね」
「……そっか」
 
 
 ―――どんな気持ちだったのだろう? すべてを犠牲にして手に入れたアイテムが、大切な人を蘇らせることの出来ないガラクタだったという心境は。
 
 
 3人は―――否、大勢のプレイヤーは知っている。キリトを含む多くのプレイヤーは、レベリングに向いているアリ谷と呼ばれる場所で、嘲笑どころか嫌悪の目で見られながらも、狂ったようにレベル上げに没頭していた。それほどまでに例のアイテムには魅力があったし、事実としてアスナ達も同じように鍛えながら探していた。
 アスナ達は自分たちと同じように、血眼になって探し続けた大勢のプレイヤーの徒労に、黙祷にも似た想いを捧げた。
 もちろん死んでいったプレイヤー達への黙祷も。
 軽く目を閉じての黙祷を終えると、アスナは空を仰ぎながら言った。
「……なんかね、人生で初めての恋人を失って荒れてたけど、時間が経てば落ち着くもんだよね。あんなに『ジークほど好きになれる人なんて絶対に現れない』って思ってたのに―――今じゃあなた達が好きで好きでたまらないの」
「や、やめてくれ。同じこと思ってたんだから恥ずかしいだろ……」
 エイトが耳を赤くしながらそっぽを向く。SAOは感情表現が隠せないから面白い。
 ふとファルコンは、空を仰ぎながら口を開いた。
「前の仲間だった材木座や大岡が言ってたんだけどさ、何年か前まで男性主人公がモテまくる物語りが流行ってたけど、今の俺達は全く逆だな。それも三角関係みたいにアスナを取り合うんじゃなく、一夫多妻ならぬ一妻多夫みたいな関係でさ。公認の二股か、もしくは逆ハーとかいうんだっけ?」
「案外悪くないもんだよな。妹の部屋で逆ハー系の漫画を読んだ時は、『男も女もモテたいだけか』って思ってたけど、実際に逆ハーの取り巻きになってみると、これがまた中々……。知ってるかアスナ、俺とこいつ、前にアスナを取り合ってデスマッチの決闘した事あんだぜ? まぁどっちも死んでないから、結局は仲直りしたけどな」
 その言葉にアスナは眼を見開く。
 
 
 女を取り合って殺し合い―――昔の映画でもやってたパターンだ。アスナを独り占めしたくなるほど魅力的に感じている男が、2人以上いるからこそ起こる現象。嬉しい反面、アスナが最も嫌忌する結末。
 
 そして『それ』をやった上で、今の関係を壊さずに続けてくれている。
 
 
 ―――それ・・が、アスナにとって堪らなく嬉しかった。
 
「……馬鹿!!」
 アスナは飛びつくように2人の間に入り、彼らの肩を抱き寄せた。
「うわっと……!?」
「おおっと。へへ、そう思ってもらえるなら光栄かな、お姫様?」
「殺し合いなんてしなくても、2人とも大好きだって分かるでしょ馬鹿! 馬鹿ぁっ……!!」
「おいおい、何も本当に泣かなくても……」
「それこそアレだろ、デスマッチの意味を軽く考えすぎだぜ? 仲間が死んで、俺らがどんだけ精神的にえらい目に遭ったか、分かるだろ? エイ…比企谷にとって、雪乃ちゃんと結衣がお前を取り合って殺し合いなんてしたら、どう思うんだよ」
「そりゃ―――うわ最悪だな。悪かったよ、アスナ。自分を好いてくれる異性が殺し合うなんて、こんなにも最悪だったんだな。軽率だったよ……」
 一瞬、アスナにとって名前しか聞いた事の無い女の名が出て、冷や水を浴びせられた気になるものの、その女の名が彼の死んだギルドメンバーだと気付き、すぐさまどうでも良くなる。
「だって思わないでしょ!? 自分にとって最愛の人達が、私を取り合うまでならともかく、それが原因で殺し合うなんてっ……一生会えなくなるなんてっ……!!」
「……いや悪かったって」
 そう言ってエイトは、アスナの頬に口付けする。
 本来のアスナなら、真っ赤になって右往左往する場面だが、エイトやファルコンに限って、彼女がグレてた頃から卑猥な事―――セックスこそシステムの都合上、未だに体験してないものの、混浴や一緒に裸で寝たりキスしたりと、色んな事を体験してきたので今さら焦ることは無かった。
 
 
 ……だが焦ることは無くとも、胸の中に満たされていく熱いもの・・・・はあった。
 
 
 胸熱展開という言葉を知っているだろうか。見ていて胸が熱くなるような、少年漫画の―――いや男としての意地を掛けた展開というのは確かに、それ・・が好きな人間にとって魅力を、そして高揚感を感じさせてくれるだろう。
 同時に、この胸熱展開は少年漫画の戦闘シーンだけではなく、恋愛を描いた展開にも登場する。胸の中を満たす『温かさ』をも超えた『熱さ』―――恋愛を至上とする者にとって、これを堪能できる事ほど嬉しいものは無いだろう。
 
 
 エイトこと比企谷八幡は、小学校の低学年の頃から不自然なくらい孤立気味な男だった。
 
 
 影が薄いというのもあるが、それだって幼稚園の頃までは同級生と普通に遊び、同性や異性を問わず友達を作り、そんな友達の家にまで遊びに行くという、割と平凡な少年だったはずだ。
 しかし小学校に上がってから、彼の人生は一変した。
 誰か一人が不幸な目に遭うのを笑う―――お笑い番組で見かける展開かもしれないが、事あるごとに八幡はその対象となった。はたから見てる分には面白いかもしれないが、精神構造の未熟な低学年の人間にとって、それは自分の存在を全否定されるのに等しい拷問だ。
 当然ながら、幼い頃からそんな学校生活を送る少年が、真っ直ぐでまともな人間に育つなど、一部の例外を除けばまずありえないだろう。もちろん八幡も例にもれず、ずいぶんと捻くれた性格に育ち、中でも彼が自負する『孤独』は、生半可な思いやりでは埋めるなどできるはずもなかった。
 
 
 それ・・を埋めたのが、彼の所属していたギルド『総武高校』だった。
 
 
 誰もが一癖も二癖をある集団だった。
 彼が元々所属していた部活仲間だけでなく、疎ましく思っていた教室内でのスクールカーストの頂点グループですら、実際に背中を預けて戦いの中に身を置くと、いつの間にか言葉を交わすことなく意思疎通ができるようになっていた。あれほど他人とのコミュニケーションが苦手だと思っていたのは何だったのだと感じた。
 
 
 だからこそ―――それ・・を失った痛みは、生半可ではなかった。
 
 
 自他共に認めるシスコンではあるが、それは孤独な彼にとって妹だけが心を許せる存在だったからだ。その妹に匹敵する、親友にして戦友でもある彼ら彼女らの存在がいかに重かったか……。胸に穴が空いてるみたい? そんなぬるいものではない。全身が蜂の巣になった気分だった。
 ファルコンこと葉山隼人も似たようなものだった。
 彼は八幡のクラスどころか、同じ学校全体のカースト1位とでも言うべき立ち位置の男だった。
 
 ―――が、当然ながらそんな事を彼は望んではいない。
 
 事なかれ主義と言えば悪く聞こえるかもしれないが、それは八幡とてあまり変わらない。ただ皆と平等に、それでいて楽しく生きていたかった。
 しかし周囲はそれを許さない。高給取りな家柄というのもあり、学校での高い成績と運動能力を要求された。
 それも家族からのみならず、幼くしてクラスの中心人物だったこともあり、『何でもできる凄い奴』という幻想を求められた。
 ……後になってから考えれば、幼稚園や小学生の頃に「もう無理!」とギブアップ宣言していれば、彼は『普通』に生きられたかもしれない。いつの間にか彼は、クラスの中心・・という名の僻地・・に追いやられていた。
 そんな彼が変われたきっかけは、やはりSAOだった。
 八幡と同じく、これまで上辺だけの付き合いだった仲間達に背中を預ける戦いは、予想以上に『絆』を深めてくれた。
 
 
 比企谷八幡と葉山隼人。
 
 相反する2人は、SAOという仮初の世界にて初めて本物の仲間を、想いを、絆を、そして『居場所』を手に入れたのだ。
 
 
 悲劇であるかのボス戦で仲間を失った彼らが、生きる目的も気力も失って飛び降り自殺を図る寸前、アスナという女神に出会えたことの何と幸運な事か……。
 第2の『居場所』になってくれた彼女を、絶対に失う訳にはいかなくなった。
「……いつまでも一緒なんだからね……」
 アスナの囁きに、2人は微笑んで頷く。
 もしも無事に現実世界に戻れたら、今の3人の関係はどうなるのだろうか?
 学生時代の内は、まだ3人公認のアスナによる二股という言葉で、嘲笑や羨望、場合によっては嫌悪に晒されるものの、まぁやっていけるだろう。
 だが社会人になれば別だ。
 もちろん、世間からの冷たい目を無視してでも、己の愛を貫こうと一夫多妻や一妻多夫を実現する人間なら、地球上にごまんといるだろう。だが固まった倫理に捕らわれやすい日本国内で、そんな生活を送るというのは茨の道になる。それも自分達だけでなく、生まれてくる子供も含めてだ。それとも3人の内、アスナとファルコンの家が金持ちなのを利用し、日本の恋愛観の異なる海外に移住するか? ……いや、2人の家は金持ちである以前に、社会的地位がある分、その社会的立場でやってはならない行為でもある。残された可能性は、必然的に駆け落ちしか無いだろう。後はその『覚悟』があるかどうかだ。
 
 
 覚悟を固めるか、エイトとファルコンがデスマッチをするか―――。
 
 
 答えが出ないまま、時間は過ぎていく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 号泣しながら、アスナは叫ぶ。
「ああああああああぁぁっ!! なんでっ……なんで死んじゃったのリーテンさんっ!? シヴァタさんとっ……シヴァタさんと結婚するって、あんなに嬉しそうに言ってたのは何だったの!!? いつかSAOをクリアしたら―――クリアしたら本当にプロポーズしたいって言ってたのにぃ―――――っ!!!」
 もしもここにリーテンの遺体か墓があれば、間違いなく縋り付いて泣き崩れていただろう。
 
 
 クォーターポイント、第50層のボス戦直後。辛うじてボスを倒すことに成功したものの、予想されていたとはいえ多大な犠牲が出た。
 涙ながらにボスに攻撃を叩きこんだアスナ達攻略組は、砕け散ったポリゴンの欠片が宙を舞うのを眺めながら、誰もがそのポリゴンの欠片から散っていった戦友達の魂を連想し、戦いの高揚から一瞬で冷め、失った仲間達の重みに涙を流した。
 
 ……予想はしていたのだ。第25層のボスという、初めてのクォーターポイントの『悪夢』を体感したあの日から、まだ見ぬ第50層、第75層、そして第100層には、現SAOプレイヤーの勇者たる『攻略組』の心を粉々に砕く、悪魔のようなボスが現れるということを……。
 
 ……予想はしていたのだ。普段のボス戦の直前も似たような雰囲気はあったものの、特に今日に限って多くの戦士達が、ボス戦に不参加である親しい者達に遺言を残しているし、ボス戦に参加する者同士でも、己の死の先にある『解放の日』への希望を捨てない、何の比喩でも冗談でもない勇者・・としての表情を誰もがしていた。下手をせずとも『今日、俺を含む半数以上が死ぬ』という覚悟と予想が、確かにあった。でも―――
 
 
 ―――大勢の戦死者の中に、シヴァタとリーテンという名が出た。出てしまった……
 
 
 これが赤の他人であれば、まだ『お気の毒に……』という言葉と共にしんみりするだけで済んだのだろう。
 しかしエイトやファルコンにとっては、何度もボス攻略戦で背中を預けた仲だ。もう数えきれないほど、致命傷になりかねない敵の攻撃をソードスキルで弾いてもらったり、逆に弾き、互いの命を守り合ったと言えるほど戦友の絆のある奴らだった。……そう、今回はついに『助ける事が出来なかった』のだ。―――その結果がこの様だ。
 またアスナにとってシヴァタとリーテンは、第4層にて初めて確認されたオレンジプレイヤーの企みを阻止するため、少人数で第4層のボス攻略を決行せざるを得なくなり、共にギリギリの、命がけで戦った戦友であり、エイトやファルコン以上に付き合いは―――魂レベルでの繋がりは長い。特にリーテンは、ただでさえ少ない攻略組の中でも特に少ない同性の友達―――否、親友だった。
 ……当然、死んだのは彼らだけではない。
「なんでやっ! なんでワイを残して死んでもたんやリンドウ!? ワイらが喧嘩しながらもDKBとALSが切磋琢磨してたから、ここまで攻略が進んできたんやろがっ!! それとその舎弟のシヴァタ!! お前になら―――お前にならリーテンを幸せにしてやれると思てたのに、なんで女の1人も守り切れんかったんや!!!」
「キバ…泣かないで……あたしまで……あたしまで泣きたくなっちゃうからっ……!!」
 
 サボテンのような刺々しい髪形をしたALSのリーダーは、自分と同じく号泣する恋人に背中から抱きしめられながら泣き叫び―――
 
 褐色肌の巨漢の斧使いは、第1層から組んでいた己のパーティ仲間の全滅に、片手で顔を抑えて静かに涙を流し―――。
 
 黒衣の少年剣士はソロであり、同時にクリスマスボスのイベントでのショックが抜けず、ボス戦前と同じく放心したような顔で虚空を見つめつつ、心のどこかでシヴァタとリーテンの死に痛みを感じ、表情を変えないまま静かに頬に涙を伝わらせ―――。
 
 バンダナを巻いた野武士面の刀使いである青年は、パーティメンバーを誰1人として欠いてはいないものの、見知った攻略仲間を大勢失ってしまった事に、アスナと同じように声を上げて慟哭する。
 
 マックスレイドの内、半数が尊い犠牲となった。
 ……これでもキリトがクラインに譲渡したプレイヤーを生き返らせるアイテム『還魂の聖晶石』のお陰で、20人までは生き返らせられた。裏を返せば、今回の犠牲者に20人を加えた数こそが、本来の犠牲者の数字なのだ。しかも、還魂の聖晶石も万能ではなかった。20人目を生き返らせた瞬間、還魂の聖晶石は砕け散り、多くのプレイヤーに絶望と、「やはり人数制限があったのか」という落胆にも似た感想を与えた。
 この時、誰もが思った。
 SAO事件は、確かに歴史に残る大事件となるだろう。
 ……しかし同時に、エイトとファルコンは思う。
 仮にアインクラッドから全てのプレイヤーが解放されたとしても、数年後、あるいは数十年後に、この悲惨な戦いで散っていった勇者達は、名を残すことが出来るのだろうか?
 
 
 
 ―――自らの命と引き換えに、「俺は確かにここに生きた!」という『己の生きた証』を残す事が、本当に彼らは出来たのだろうか!?
 
 積極的に最前線であるボス攻略に参加しない人間には、永劫に分からないだろう。勝利の美酒だけでなく、『誰かの喜び(ボス撃破やSAO解放)の陰で犠牲になった仲間達』の喪失感を!
 
 背中を預け合い、名前すら知らない間柄ながらも、肩を並べて共に戦った『仲間』がポリゴンの破片になって散りゆく際の、あの絶望と虚しさを! 涙ながら怒りと共に牙を剥き、ボスへと斬りかかるあの闘争心を!! 例え事件に無関係だとしても知っていてくれっ!!!
 
 
 
 誰もが泣き続けたものの、やがて泣き疲れ、放心した表情になり、半数にまで減ったからとはいえ辺りに重い静寂が満ちる。……ボス攻略に参加する者ならば、何度体験しても慣れることのない『いつも』の光景。
 落ち着き払った男性の声が響く。
「次の階層に向かおう。……散っていった者達の犠牲を、無駄にしてはいけない」
 そう言ったのは、最近になって攻略組の中でもメキメキと頭角を現してきた少数精鋭ギルド『血盟騎士団』のリーダー:ヒースクリフだった。
 彼の言葉に、キバオウがよろよろと立ち上がり、覇気の無い―――しかし前を見据えようとする意思のある声で言う。
「……そやな、おっちゃんの言う通りやわ……。お前ら追悼ついとうは終わったんやろ? なら休むんはここまでや。わいらを生かすために死んでった連中、『はよゲーム終わらせぇ!』って思とるぞ」
 血盟騎士団を除けば、リンドウが死んだ今、数千人からなる全プレイヤーの頂点たる総司令官はキバオウに他ならない。その彼の叱咤に、ある者は虚ろな瞳に闘志を燃やし、またある者は流れ続ける涙を、固く瞼を閉じて断ち切り、1人、また1人と立ち上がった。
 ファルコンが、仲間に向けて呟く。
「エイト、アスナ……死んでいったシヴァタさんとリーテンさんが、何を思って攻略組になったのかは知らない。大勢の人間を救いたいと志したのか、それともネトゲ廃人根性なのか。……でもあの2人だって、帰るべき家や家族があったはずだ。実際に早く家族の顔が見たいって言ってただろ? 彼らの願いは永遠に叶わなくなった。……けど、だからと言って俺達まで同じ望みを諦めるわけにはいかないし、彼らの敵だって討ちたい。
 ―――こんなのはただの憶測だけど、デスゲームという酔狂な世界を創るのが目的の茅場明彦は、イカレてはいるけどフェアな男だと思う。なら奴自身もまたHPが0になったとたんに死ぬ設定を持った上で、ラスボスとして出てくるはずなんだ。絶対に―――絶対にこの手で、死んでいった仲間達の仇が……仇が討ちたい……」
 そう言って涙を流すファルコンを見て、エイトとアスナが、僅かながら目を見開く。
 続けて彼は問う。涙ながらに問う。
 
「―――まだ……まだこんな所で泣いて蹲ってるのかよっ……!?」
 
 絞り出したかのようなその声は、ともすれば血が混じっているようにも聞こえる重みがあった。
 2人は手を伸ばし、彼の手を取り立ち上がる。
 そして思う。
 
 
 まだ―――まだ自分達は、一番大切な存在モノを失ってはいない。まだ歩ける。
 
 
 ―――そして攻略組が動かなければ、誰がクリアできると言うのだろうか。
 
 
 現実世界に残された身体には、病院で生命維持装置に繋がれているとはいえ、生物学的な限界があるだろう。それは『死』か、あるいは帰還しても永遠に日常生活に戻れないほどの後遺症や障害が残る可能性すらある。ならば1日でも早く、このゲームを終わらせるしかない。
 ファルコンは、シヴァタが落とした剣を手にした。ボス攻略で死亡したプレイヤーが死の刹那に手放したアイテムは、同じパーティメンバーに所有権が移されるからだ。
 エイトはリーテンのメイスを、ストレージへと放り込む。彼は複数の武器をクイックチェンジを用いて瞬時に戦法を変えるのを得意としている。ちょうど最前線で使えるメイスが欲しかったところだ。彼女の意思―――否、遺志と共に貰い受けることにした。
 そしてアスナはラストアタックボーナスである、水色の金属塊を手に入れた。ゴッド・オリハルコン―――中二病くさい名前だが、その名が持つ言霊と、アイテムの説明文にある『軽量型の装備品を作る上において、アインクラッドにこれ以上の物質は存在しない最上級の金属。ただし、マスタースミスにしか加工できない』―――その説明文が本当なら、彼女は第100層でさえ通用する装備品を1つだけ手に入れた事になる。アスナの性格上、スピード重視だから防具はほとんど身に着けないという事もあり、武器に加工するのは確実だろう。
 涙を拭い、アスナは決意に満ちた声で、小さく呟く。
「……無駄にしないよ。リーテンさん、シヴァタさん。絶対に―――絶対にアインクラッドに捕らわれた人達を開放します」
 アスナ達は歩き続ける。
 ……時には足を止めて休む時もある。だが幸いな事に、攻略組は500人近くもいる。誰かから誰かへとバトンは渡され、多少の派閥争いはあるものの確実にゲームクリアへと進んでいく。だから夜も安心して眠れる。
 
 次の層へと続く階段の前でアスナはボス部屋を振り返り、そこに手を振りながら送り出してくれるリーテンとシヴァタの姿を幻視し、再び込み上げる涙を堪えて踵を返した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―――それからまた数日経った頃だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この日、とんでもない情報を知った。
「オプションメニューの倫理コード設定を解除すると―――ほ、本当にセックスができ…る……ですって?」
 今となっては随分と昔に思えるが、アスナがエイトやファルコンとパーティを組んだ頃、精神的に絶望のどん底だった事もあり、やさぐれて「ビッチになる!」といって、彼らと混浴だけでなく3Pセックスなるものに挑んだ経験はあった。……が、時間経過とともに頭が冷え、また今では2人と恋人関係になっているため、あのビッチになる宣言はアスナにとって、3Pセックスへの挑戦は3人にとって黒歴史となっていた。
 もちろんアスナとて、いつ自分達が死ぬのかも分からないこの状況で、1度くらいは彼らに抱かれたいという欲求はある。
 
 ……しかし怖い。
 
 別に裸の男性が怖いという訳ではない。ぶっちゃけ今でも混浴はしているし、普通に川の字になって寝ている。
 怖いのは―――やはり未知への体験に対してだ。
 この情報の源は、あの情報屋のアルゴだった。……といっても情報を『買った』のではない。貰ったのだ。それも今しがた、ただのメールという形で届いた。
 アルゴは、アスナが前の恋人だったジークとキスと、同じベッドで寝る以上のスキンシップをしなかった事を知っており、その恋人を失った後のアスナの憔悴・やさぐれ度合いを知ってたからこそ、今度は後悔の無い『大人な恋愛』を堪能せよ、というサービスで教えたのだ。……同時にそれは、アスナだけでなく、エイトやファルコンがいつ死んでもおかしくはないという現実の裏返しでもある。後悔しないように、死ぬ前にセックスくらいは体験しておけ、という事だそうだ。
 アスナがメールのホロウィンドウの前でもじもじしていると、後ろからエイトとファルコンが覗き込んできた。
「どうしたー、アスナ? 誰からのメール?」
「うにゃあッ!?」
 口から仮想の心臓を吐き出しかけるアスナ。もしかするといつか、ゲーム内の感情表現で本当にハート形の何かが口から飛び出すのかもしれない。
 そんなアスナのリアクションに、男2人は驚きながらも『プライバシーにかかわる内容だったか?』と感じ、素直に謝る。
「わ、悪い。親しき仲にも礼儀あり、だわな」
「う、ううん良いの! あ…アルゴさんから可愛い下着の店のおすすめをね!?」
 我ながら上手い言い訳だと、アスナは思う。こう言っておけば、男性は深く追求しないだろう。……今でも全裸で混浴する間柄で言うのも何だが……。
 エイトもファルコンも、今しがたのメールを意図して意識しないまま、気軽に言った。
「そろそろ風呂に行こうぜ。ここの露天風呂、アスナも気になるって言ってろ?」
 言われて思い出す。この温泉宿は、古代ローマを忠実に再現した外観の巨大な露天風呂がある。風呂好きとして、ここを拠点にしたいと思った場所でもある。
 
 しかし―――しかし、だ。
 
 
 
 好意を寄せる異性との、本当の初めての性接触セックスの機会に、かつてグレてた『自称ビッチ』の頃とは異なり、1人の生娘であるアスナは激しく動転する。今では見慣れたとはいえ異性の裸を、今まで男性から無理矢理レイプされないようシステムで設計されていたから安心しきっていたとはいえ、性行為が可能な方法が手元にある状況で直視し、背中を流し合ったりすると考えると!! ―――何となく……なんとなーく顔から火と鼻血が出そうになる!!
 ずっとアワアワしているアスナに、エイトが不思議そうな顔をして問いかける。
「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
 と言いながら自らの額を、アスナの額に重ね合わせる。疑似的ながらも肌を重ねる行為。
 ファルコンが呆れながら言う。
「比企谷……お前ストレートにセクハラだなぁ? どう見てもアスナ、発情してるのが分からないの? ……ま、今さらアスナほどの美人の裸を見て『何も感じられなくなった』んだから仕方ないんだろうけど。」
 
 
「―――おい。今なんつった?」
 
 
 自分でもびっくりするほど冷たい声が、アスナの口から滑らかに出た。
 男2人が固まるのも気にせず、アスナは言った。
「あんた達の息子が勃ちにくいのはシステムロックが掛かってるからよ。さっきメールでセックスのやり方が届いたんだけど、ちゃんとロックを外せば勃つはずだし」
 それを聞き、男達はしばし沈黙し、やがて戸惑いながら問いかける。
「―――え? 出来るの? SAOで?」
「お、おおおお落ち着け葉山、倒置法になってんぞ! よく……よく考えろ。今日は4月1日だろ?」
「それは昨日よっ! 証拠見せるからホロウィンドウを開いて可視化させなさい」
 言われるがままにウィンドウを開いて可視化させるエイトとファルコン。
 するとアスナは、2人の目の前でウィンドウを操作し、倫理コード解除設定を行った。
「これで良し。さっきのメールによると、煩悩を抱えすぎてる人でもロックのせいで不自然なくらい性欲がなりを潜めているそうよ。……そりゃ前に3人でシようとした時は頑張って勃たせたけど、それでも普段は性欲すらロックされてるみたいなの。……で、気分はどう?」
 言われて2人は自分の身体―――主に下半身に意識を向ける。……が、まだ何の変化も無かった。
「男がムラムラするには、それ相応のエロいものが無いと駄目なんじゃないかな?」
 とファルコン。
 口で言えば簡単だが、それを実行するとなると―――
 
 
「「「……脱ぐしかないか」」」
 
 
 ―――という結論になる。
「うぅ……口で言うのは簡単だけど、なんか恥ずかしいな」
「じゃあ引き下がる? お風呂は男女別にする?」
「いや一緒に入りたい」
「分かったわ。……よし! じゃあ一斉にウィンドウを操作して裸になりましょう!」
「やだアスナってば男らし過ぎるッ!?」
「じゃあ行くわよ。……いっせーのーで―――」
 
 
 
 
 
 
 
 
「普段から見慣れ過ぎてて何も感じなかったな……」
「ああ。でもって、あんなに顔中を引っ掻かれるとはな……。リアルなら顔に傷跡が残るとこだったぜ」
 宿屋のベランダで夕涼みをしながら、町を見下ろす。眼下には夕暮れ時の賑わいを見せる主街区が広がり、見る人の好みにもよるが、絶景ではないものの悪くは無いと、彼らは思う。
 ふと思い出したようにエイトは言った。
「しっかし、セックスねぇ……俺も死ぬまでに童貞卒業したいとは思うが、女は性行為に対してどう憧れを持つもんかね?」
「人にもよるだろうけど、アスナの特徴を考えてみれば判るだろ」
 ファルコンのぶっきらぼうな言い方に、エイトはアスナについて知ってる情報を思い浮かべる。
「えーと……虫系や触手系のモンスターに怯えない一方、ホラー系のモンスターには滅法弱い。お嬢様育ちで箱入り娘な分、この世界に来てから俗世の物に興味津々。料理上手で、恐らくはリアルでも上手。風呂が大好き。一時はビッチになるとか言ってたが、昔は上半身裸のトーラス系に対して悲鳴を上げるほどのチキンっぷり。根本的に一途過ぎて、なんでこんな二股みたいなパーティを組んでるのか不明。俺らを好きでいてくれる一方で、今でも死んだジークって男を愛してる。後は……何かあったっけ?」
 良く観察してる割に根本が分かってないエイトに、ファルコンは溜め息をつく。
「比企谷……お前、本当に色恋とか無縁の学生生活だったんだな……」
「うるっせい。どーせお前みたいなイケメン王子とは違って、俺ぁ童貞ですよー」
「俺も童貞だぞ?」
「え? ……嘘だろ!? いや、そりゃ三浦みたいな嫉妬深い女が近くにいればそうかもしれないが、中学時代とかなら何人も女とヤってそうなイメージしか―――」
 
 
「俺は心に決めた女しか抱かない。―――幼馴染の雪乃ちゃん以外は論外だよ。……ま、このデスゲームを始めてから、初めて優美子の『本気』の恋心を知った気がして、内心で揺れてたけどね」
 
 
 夕日を浴びながらキザなセリフを言うファルコンは、不思議とその風景にマッチしていた。
 エイトは呆れたような笑みを浮かべながら溜息をつき、呟いた。
「……結局、俺もお前も、『本物』が欲しかっただけだったんだな……」
「お? 含蓄深いねぇ。今のは材木座の真似かい?」
「真似じゃねぇよ。ギルド総武高校のメンバー、どいつもこいつも癖の強い奴しかいないから真似できねぇだろ。……ってか話が逸れてんじゃねーか。お前はアスナの何を知ってるってんだ?」
 ファルコンは、アメリカ人のように肩をすくめながら、おどけた口調で言った。
「例えば比企谷が雪乃ちゃんと結衣に本気で好きになられ、しかも将来結婚する意志があるとまで言われたとしよう。もちろんドッキリや罰ゲームといったオチは無しだ。……で、どっちを選ぶ?」
「……これまた難しい質問だな。SAOを始める前の俺なら、間違いなく『時を重ねて心を通わせた方』と答えてたんだろうけど―――本物が欲しいとか言ってたのは誰だよって話だ」
 ファルコンは軽く笑って言った。
「選べないだろう? 大昔に流行った男主人公がモテまくって、しかも誰か1人だけを選べないのを『情けない』って、俺も思ってたさ。……でも見ず知らずの人間からモテるならともかく、たった数ヶ月だったとはいえ、あんなに背中を守り、守られるという命がけで濃密な時間を共にした連中だ。さっきはどの女を選ぶかで例えたけど、仮に戸部と大岡と大和のHPが1ドットくらいしか残ってなくて、手元にはハイポーションが1つだけの状況。しかも3人は最前線で自分達と同レベルのモンスターに囲まれてるとしたら、誰に使うべきだと思う?」
「お前―――それって第24層でパーティが全滅した時の……」
 ファルコンは沈黙し、悲しげに語る。
「……言い訳に聞こえるかもしれないけど、俺だって心を鬼にして、1人でも多く生き残る選択をしたつもりだったさ。―――ま、その結果が俺とお前しか生き残らなかったけどね」
 すべては運が悪かっただけだ。
 そして同時に、あれほど仲の良かったギルドだ。もしも生き残った2人がエイトやファルコンではなく、普段は一切異性として認識しないような間柄の男女だったとしても、本当に結ばれていた可能性は高い。
 エイトは目の前の命の恩人かもしれない男を呆然と見つめ、ふっと笑って答えた。
 
 
「―――アスナの相手、今夜はお前がして来いよ。俺は明日で良い」
 
 
 一応説明すると、本当にアスナとセックスするという事は、すでに3人の中で確定していた。……ただ3人が初めてパーティを組んだ夜のように、3人同時にという変態的な行為をするつもりはなかった。あれは心身ともに衰弱して自暴自棄になってた故の、3人にとっての黒歴史である。こんな公認の二股という関係ではあるが、3人とも基本はノーマルなのだ。よってエイトとファルコンのどちらからアスナとするのか、話し合いで決めるつもりだったのだ。
「……良いのか?」
「順番が変わるくらい気にはしねぇさ。先を越されたくらいで、あいつとの関係が壊れるほど、俺らの繋がりはヤワなもんかよ」
 
 
 
 この日と翌日の、夜。3人はとうとう交わる事になった。
 表向きは『いつ死んでも後悔の無いように』となっているが、3人にとっては『何が何でも絶対に死なせてはならない相手』を意識する夜となった。
 
 
 
 
 
 
 
 ―――――そして翌々日。次のボス攻略会議の日がやって来た。
 
 
 
 
 
 
 
 サボテン―――というよりは、大昔のバラエティー番組に登場する『もやっとボール』に近い髪形の男が、ボス攻略会議で口を開いた。
「えー、今回は例のDKBが進化したギルド:聖竜連合のガード隊のリーダー、シュミットはんからの連絡や。ボス部屋を見つけたってな」
 ボス部屋の発見―――今さら誰も動揺しない。発見されたからこそ、攻略会議が開かれるのだ。
 シュミットが代表して口を開く。
「本日は集まって頂き、感謝する。攻略会議でお馴染みのシュミットだ。今回は俺達のパーティがボス部屋を発見し、一応はボスの特徴を遠くから観察してきた。後はいつも通りこの場にいる全員が集めたクエスト情報と照合し、攻撃パターンを分析したいと思う」
 
 
 
 ボスの名前は、ビッグマウス・ギガース。名前に『マウス』とあるが、これはネズミを意味するのではなく、『大きな口』というのだそうだ。大きな口の巨人―――その名の通り、全身の3分の1を頭部が占めており、特に口裂け女も裸足で逃げだすほど大きな口を持っているそうだ。
 ボス部屋に入って様子を見たところ、HPが満タンな状態では大して動きは早くないものの、今までに無いほど遅すぎる故、HPの残量によって格段に速くなることが予想される。また巨人ギガースと名が付いているが、常に4足歩行か、あるいは前屈みな姿勢であるため、頭部への攻撃は容易に思われる。……もちろん、これもHPが少ない内の話であり、やがて完全に2足歩行するか、あるいは顔面に向けて脚力任せの大ジャンプしてくるプレイヤーを条件反射で丸飲みにするような技を持ってる可能性も否定できない。
 ―――なお、今のところブレス系といった物理以外の攻撃手段は見られない。
 
 
 ……まだ未発見のクエストがあると思われるが、現時点で攻略組の人数がたった500人・・・・・・・しかいないため、ボスの情報に辿り着けると思われる遭遇困難な激レアのクエストである故、これ以上の情報は見つからないだろうと予想されている。ボス攻略において『未知』ほど危険なものはないが、これもやむを得ないだろう。
 
 
 
「アスナ、大丈夫か?」
「いつも通り危険な戦いだ。……でも手柄を立てたいっていう命知らずも多い。今回はレイドに加わらないって手もある」
 出撃の前日、エイトとファルコンが、アスナに問いかける。
 断じて彼らが臆病風に吹かれたのではない。それで自分の命より大切な仲間を死なせた人間は多いし、すでにアスナ達も失っている。何なら攻略組として活動しながらも、一生ボス戦に参加しないという手もあるくらいだ。実際、アスナやキリトを初めとする、多くの古参メンバーも、何度かボス討伐に欠席している。
 しかしアスナは首を横に振った。
「……駄目だよ。私達、攻略組の中でも指折りの手練れだもの。手柄目当てで参戦する人は多いけど、ボス戦に参加できる人数には制限があるもの。1人でも強い人が多くないと、また犠牲者がでる―――たった1人の犠牲者が、アインクラッドやリアルにいる仲間や遺族にとってどれだけ『痛い』のか、もう知ってしまった・・・・・・・んでしょ?」
 その言葉に、エイトもファルコンも笑みを浮かべて頷く。
 アスナは2人の肩を抱き寄せ、彼らの耳元で囁いた。
「……勝とう。勝って、元の世界に帰ろう……」
 エイトが吹き出した。
「ははっ。それ大昔に流行った異世界召喚モノの台詞っぽいな」
 続けてファルコンも、笑って頷く。
「でもって、あながち間違ってないな。ある意味、確かにここは異世界だ。―――勝とうぜ」
 アスナとエイトは頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 第51層のボス部屋のドアが開く。
 ドアの外には攻略組の中でも精鋭が揃っており、突撃する姿勢をとっている。
 その表情は緊張しつつも、獰猛な笑みをしていた。当然ながら油断など無い。―――まぁ、第50層でも油断は無いまま犠牲者が出た訳だが、それでも彼らは思うのだ。クォーター・ポイントでもないボスごときに、俺達の進撃は止められない。止められて堪るか……。今まで散っていった仲間達の無念と―――そして俺達の怒りを全て、今から貴様が死ぬまで叩き込んでやると!!
 そんな彼ら、彼女ら共通の心の声を、ALSのリーダーであるキバオウが代弁し、開戦の狼煙のごとく叫んだ。
 
 
 
「……覚悟せぇやデカブツっ!! 今からテメェをバラバラのズタズタのグズグズにしたるッ!!!」
 
 
 
 そして鬨の声が上がり、一斉に精鋭達がボス部屋へと雪崩れ込んだ。
 部屋の奥には、直立状態でおおよそ20mほどの巨人が、四つん這いになって頭を持ち上げていた。情報通り、ボスの顔面に目玉は無かった。巨大なワニのような頭部にワニの口。ただし牙は無く、人間の奥歯のような歯が前から奥まで並んでいる。耳や鼻も見当たらないが、恐らく音か振動などに反応するタイプなのだろう。
 肌の色は緑色。しかし巨人ギガースという名の割に、『人』らしい武装も知性も見当たらない。かといって鱗や毛皮といったダメージ軽減に必要な部位も存在しない。筋骨隆々とはしているものの、頭が重いのか四つん這いのまま。同じ4足歩行でも、まだ第24層ボスの方がマシな動きだった。
 彼らは高揚しているものの、攻略組の―――中でも練達のボス討伐隊としての冷静さもあった。その予感が告げる。―――『絶対にこれで終わりな訳が無い』と。
 4段あるHPゲージの1つ目が消滅した瞬間、予想通り動きが速くなった。
 ただ単純に同じ動きのまま早くなったのではない。それまで重すぎる頭部を持ち上げるのも億劫そうな様子を見せていたのが、両腕を地面から離れさせ、前傾姿勢を見せている。あたかも肉食恐竜のようなポーズ。ボス攻略会議で集まった情報にもあった。1日の大半を寝て過ごすこのボスは、絶えず強烈な睡魔に晒されているらしい。そして戦いになると、段々と目が覚め、本来の凶暴さを現すのだとか。
 
 
「飛び掛かって来るぞ! 各自、噛みつかれて咥え込まれる攻撃には気を付けろ!! ―――うっ!?」
 そう叫んだ現SAO最強の男である血盟騎士団の団長ヒースクリフが、ボスが降り下ろした鋭い爪の生えた左右の両腕を避けつつも、直後に迫ってきた巨大なアギトに全身が咥えられ、そのまま頭を持ち上げてガシガシと咀嚼され、勢い良く吐き出される。
「ぐっ……!」
 吐き出されたヒースクリフが地面に激突する寸前、タワーシールドを地面に向けることで激突ダメージを軽減し、ふらつく事なく2本足で着地して再びボスへと特攻する。今の一連の攻撃で、上級アタッカーでありながら上級タンク並みに防御力の高いヒースクリフのHPが3割も持っていかれた。完全にガードした上でだ。
 その光景を見ていた血盟騎士団の団員達も、ヒースクリフに剣の腕だけでなく攻略の才能も見出されただけあり、即座に『地面との激突時に盾を使ってダメージ軽減』と認識し、周囲に対しその情報を大声で呼びかける。これだけで死者発生のリスクが大きく下げられる。
 ここにいる全員、低層で戦ってた頃とは比べ物にならないほど成長している。……レベルだけの話ではない。心や度胸といった意味の成長だ。ヒースクリフのような大柄な人間が一口で咥えられ、弾丸のような勢いで地面に吐き出されたのだ。それも地面に蜘蛛の巣状のひび割れが出来上がる勢いで。大昔の少年漫画では当たり前の被ダメージアクションであるが、それを実際に目にしてなお、彼らは怖気づくどころか闘志を更に燃やしている。これが戦士としての成長でなくて何であろう。
 ……ただし、その闘争心は成長でもある代わりに、諸刃の剣にもなる。怖くて動けないといった、ステータス画面には現れないデバフが発生しない代わりに、恐怖心が無くなる故に『逃げる』という選択肢が抜け落ちるのだ。そして当然、ここにいる全員が『それ』を知っている。知った上で、それでも必要だから己を奮い立たせているのだ。
 誰もがボスの左右に移動する。
 多少動きが速くなったとはいえ、真正面に立つリスクは大きい。……もちろん正面に立てば、ダメージ判定が高い頭部へと攻撃が可能ではあるが、攻略組ならそんなハイリスク・ハイリターンな戦法は取らない。時にはそういった事もするものの、基本は堅実な戦法を取る。
 頭にバンダナを巻いた男が、大太刀を手に駆けながら叫ぶ。
「キバオウさんよぉっ! ALSと聖竜は右足を頼まぁ! 風林火山おれらと血盟騎士団は左足を潰して動きを封じる!」
 続けてヒースクリフも指示を出す。
「それ以外のギルドやパーティは左右から適度に側頭部に叩き込め! 万が一にでも、ジャンプ中のプレイヤーを口でキャッチしたりでもしたら、頭部への攻撃は諦めろ!! それと珍しく尻尾が無いから反撃される事無く背後への攻撃も可能だ!! 特に真後ろの腰は、人間にとっても弱点なのと同じはずだッ!!」
 説明の途中で、多くのプレイヤーがすでに指示通りに走り出している。それだけの事を、彼らはボス戦にて学んでいるのだ。
 HPゲージが1段減ったことで動きが速くなったものの、まだ対処できる動きだ。本当に怖いのは4段あるHPゲージの内、3段目が消耗した時か、下手をすれば2段目が消耗した時だろう。そして第1層のボスと同様、最後のHPゲージが残り少なくなったとたん、更なる加速か攻撃パターンの追加が行われる可能性もある。
 とにかく今は、攻撃あるのみだ。それもできるだけダメージを受けず、回復アイテムも消費しないまま、まだ見ぬ次の『強化』を警戒し続ける。
 
 
 そして2段目のHPゲージが消し飛んだ瞬間―――至近距離からボスを囲って攻撃していたプレイヤー達は、一瞬でボスの姿を見失った。
 
 
 キョロキョロと辺りを見渡すプレイヤー達に、遠くにいたプレイヤーが慌てて叫ぶ。
「馬鹿っ! 上だ!!」
 思わず見上げると、そこには身長の5倍以上も高く飛び上がったボスの姿があった。
「なっ……!?」
「嘘やろオイ!?」
「まだ2段目を消したばっかで『これ』なの!?」
 まさかあんなに跳ぶはずがない―――そんな先入観があった故の放心。それ故の、あってはならない致命的・・・な『隙』。一同が頭上にボスがいると気づいた瞬間には、すでにボスは自由落下と共に、拳を振り下ろす瞬間だった。
 
 ―――ごおおおおぉぉぉんッ!!!
 
 大音量が鳴り響き、ボスは地面に叩きつけた腕を持ち上げる。
 するとそこには、幽体のようにボスの腕と重なっていたプレイヤーの男が、困惑気味に突っ立っていた。まるで斬撃ダメージを均一に受けたかのように、エフェクト光が彼の全身を包んでおり、彼の頭上にあるHPゲージがゆっくりと、しかし止まることなく左へと減少を続け―――そしてゼロになった。
「え? あぇ? ちょ…なんだよ、これ……俺、まだ何もしてな―――」
 ―――それだけを言い遺し、彼はこの世界から、そして現実世界からも永久退場した。
 直後、紫色の髪をした女の絶叫が響く。
 
 
「ナオキイイイイィィィィィっ!!!」
 
 
 パーティメンバーを殺された女は叫ぶと同時、長めのダガーを片手に飛び出し、周囲のプレイヤーが止めるのを無視してボスの足から腰、そして背中へと飛び乗って駆けあがり、ボスの脳天に刺突の嵐を涙ながらに絶叫しながら叩き込んだ。
「ダメっ! 戻ってハシーシュ!!」
 ハシーシュと呼ばれた女と同じパーティを組んでいるマリアという女が叫ぶが、ハシーシュ本人は振り向かない。何の比喩でもなく、本当に周囲の声や音が聞こえなくなるほど怒りに飲み込まれている。
「うぁがああああああああぁぁぁぁッ!!!!」
 殺意剥き出しのまま、ボスの頭部を滅多刺しにする。しかしボスとていつまでも止まってダメージを受け続けるはずはない。幸いな事に頭上に乗った人間を払い落とすようなリアクションはプログラムされてないようだが、そもそもあの巨体がドシンドシンと歩く衝撃でさえ相当なものなのだ。ましてやさっきのように大きく飛び跳ねようものなら―――
「ジャンプ、また来るぞ!?」
 遠くから見ていたプレイヤーが叫ぶと同時、ボスは大きく両足をたわませ、再び大ジャンプを実行した。当然、その頭上にいたハシーシュは空中に投げ出されたものの、誰もがボスの放つ拳を避ける事に集中しているせいで、それどころではなかった。
「ハシーシュうううぅぅっ!!」
 マリアが叫ぶが、彼女の立っている位置では、ハシーシュの落下地点にまで間に合わない。
「うおおおおおぉぉぉぉっ!!」
 しかしクラインがスライディングしながら彼女をキャッチし、直後、奇跡的にも2人が重なって通り過ぎた位置へと、ボスの拳が叩き込まれる。本当に間一髪だった。
 ハシーシュは礼も言わずに立ち上がり、再びボスに向けて走り出そうとし―――その手をクラインが掴んで止めた。
 苛立たし気な表情を向ける彼女に構わず、クラインは周囲に向けて叫んだ。
「ボスの動きは少し早くなったが、稀に大ジャンプが加わっただけだ! 今まで通り真正面以外からブッ叩けば勝てっぞ!!」
 そう叫んでから彼女を見ると、ハシーシュは僅かに目を見開きつつも、黙って頷いた。
 犠牲者が1人出たものの、ボス討伐隊は安定し、再びじわじわとHPを削り始める。
 
 
 そして3段目のHPゲージがとうとう消し飛んだ。残り1ゲージ。
 
 
「……気を引き締めるんだ、比企谷、アスナ」
「お前もな葉山」
「勝って、一緒に帰ろ。隼人、ハチ」
 もはや互いに本名を隠してなどなかった。
 最後の攻撃パターンはどうなるか、そしてボスのHPが僅かになった際にどういった行動に移るのか、それはここから先、生き残れなければ見る事は叶わないだろう。
 最後のHPゲージになったボスは、なぜか四つん這いになり―――瞬間、それがクラウチングスタートのポーズだと気づく。
「真っ直ぐ突っ込む気だ!! 左右に逃げ―――」
 キリトが叫んでいる途中、全てのプレイヤーが想像した通り、ボスが短距離走選手のように巨大なボス部屋を駆け抜けた。
 幸いな事に、とっさに誰もがボスの進路上から飛び退ったため、さっき死んだナオキと呼ばれた男のように初見で命を落とすプレイヤーはいなかった。
 ファルコンが叫ぶ。
「様子見だ! 攻撃パターンを見切って攻撃するんだ!!」
 ボス部屋の端まで走ったボスは、壁にぶつかるまでに急ブレーキし、すぐさま次の獲物を求めて近くのプレイヤーに襲い掛かる。
「ちっ……おい! 俺がタゲとってる間に応援を頼む!!」
 目を付けられたプレイヤーは、エギルだった。
 高速で振り下ろされた右の爪を、そしてコンマ数秒後に左の爪を、たった1度の2連撃スキルで弾き飛ばす。もし右の爪を単発ソードスキルで弾いていようものなら、間違いなく左の爪に全身を切り裂かれていたほどだ。……まぁジャンプ攻撃と違って即死する可能性は低いだろうが。
 誰もがボス目掛けて走り出す。
 走りながらヒースクリフが呟いた。
「……だいぶ動きが速くなったが、今回も確実にあるだろう。瀕死時の凶暴化が。―――君らはどう対処する?」
 たまたま彼のそばを走っていたのは、アスナ達3人パーティだけだった。
 アスナが口を開く。
「まずは両足をあらかじめ攻撃し、動けないようにします。……部位欠損はボスに限って無いと思いますけど、瀕死状態になる直前にやっておく事で、凶暴化する時間を少しでも軽減できます」
「おおっと。料理の下処理みたいなコメントだね」
 ヒースクリフはおどけたように言ったが、決して馬鹿にした様子は無い。
 続いてエイトが言う。
「なるべくダッシュで近づいて、リニアーみたいな高速突進系の範囲内に入ったとたんに刺突。でもって普通ならスキル後の硬直が来るのを、人海戦術レベルの刺突で生まれるタイムラグの間に持ち直し、斬撃系のスキルで袋叩きってところだな」
 そしてファルコンも意見する。
「当然ながら、足を潰せば何人かは頭に上って攻撃するのがベストだね、さっきハシーシュが証明してくれたように。……ハシーシュとマリアが取り合ってた男の仇、絶対に討ってあげよう……」
 その様子を眺めていたヒースクリフは、走りながらとはいえ少し考え、
「……君達、もし良かったら血盟騎士団に入らないかね? 生半可ではない才能を感じる。今でも十分な実力を持ってるようだが、磨けば更に輝く宝石のようだ」
 3人は顔を見合わせ、フッと笑って答えた。
「お断りします」
「生半可な奴とは、俺は心が開けられないんでね」
「俺達は3人で1つの存在なんで」
 その回答に、ヒースクリフは笑って答えた。
「ははっ。私の勧誘を断ったのは、君達が2度目だよ。1度目はキバオウ君だった」
「彼らしいですね」
 アスナも笑って言葉を返す。
 
 そうこうしている間に、突進系スキルの射程内に入った。
 4人は―――否、全てのプレイヤーが意識を集中する。この仮想世界において、走りすぎることで『息切れ』などは起きない。同時に短距離走のような全力疾走を何キロ続けても息が切れたり、スピードが落ちたりすることも無い反面、全力疾走しているのであれば、それ以上速く走れることもまたあり得ない。彼らが集中しているのは、全力疾走のスピードが乗った状態でソードスキルを発動させることへの集中だ。
 直後、人海戦術による、突進系スキルの嵐が巨人型ボスの両足を左右から襲う。第24層ボスの『針の嵐』ほど激しくはないが、1発1発の威力では、あの嵐の針1本を軽く何倍も上回る。
 
 
「グオオオオオオアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!」
 
 
「右足、持ち上げるみたいだぞ!?」
 誰かの叫びに、ボスの右足付近にいた集団が一斉に距離を取り、勢いをつけて足が降り下ろされる瞬間に誰もがジャンプして衝撃波を逃れ、再び突進系スキルが火を噴く。
 そして両足への猛攻に、ボスが片膝をついた瞬間、HPゲージが残り2割を下回った。同時にHPゲージそのものが緑色から赤色へと変化する。瀕死になった合図だ。
 長らくSAOボス攻略のトップとして君臨しているキバオウが、全員の胸中を代弁するかのように叫ぶ。
「畳みかけぇッ!! 瀕死になったボスは何しよるか分からへんぞ!!」
 ボスを包囲するプレイヤー達のソードスキルを放つ動きが、気持ち的、早くなった。
 ……しかし残り2割のHPが、これまたすぐには削り切れない。ましてや両足のダメージから立ち直るまでの僅か10秒以内となれば、その時間は無駄に長く感じられる。
 そしてボス討伐をする者として気付くことがある。
 
 
 ―――瀕死のボスが死に際になって暴れるのは、全てのゲームにおける『花形』であり、醍醐味でもある。ましてやゲームの設計段階でボスというのは、ストーリー上で1度しか戦えないレアな敵キャラだ。そんなボスの最後のあがきが不発のまま倒せるように設計されているはずが無いだろう、と。
 
 
 ……実際、最悪な事に今までその通りだったし、そして恐らくはこれからもそうであろう。
 確かにアスナの目論見通り、凶暴化する時間そのものは、両足への攻撃により十数秒も削減できた。……が、それだけだった。
 ボスは四つん這いのまま、蛇が鎌首を持ち上げるように、目玉の無い頭部でプレイヤー達を睥睨すると、そのワニのような口からオレンジ色の光が漏れ出し―――
「ふぁ……ブレス来るぞ!! 炎だ!!」
 誰かの叫びと同時、ボスは復活した足を使って270度の周囲を横薙ぎに炎の息で焼き払った。
「ここまで来て特殊攻撃か!? ―――うおぁっ!?」
 そう叫んだ誰かは、ブレス攻撃をタワーシールドで防ぎ切った瞬間の隙を狙われ、ものの見事に巨大な口へと咥え込まれた。
「があああぁぁぁっ!! やめ、やめろおおおぉぉぉ―――おごっ、がぁッ!?」
 ボスが歯茎を剥き出しにしながら『咀嚼』する。そして中でガラスが割れるような乾いた音が響くと同時に、ボスはガムでも吐き捨てるような動作をするが、出てきたのは青いポリゴンの破片だけだった。今しがた口に入れたはずの彼の姿は欠片も―――否、死後の欠片しか出てこなかった。
「ちっく…しょおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」
 誰もが敵意を剥き出しにし、ボスへと踊りかかる。長い間ずっと前線で戦ってきた故、パニックを起こして逃げ纏わない分、今度は退却するという考えが浮かばないのだ。
 ボスが左右の爪を、拳を交互に振り下ろす。ある者は避け、またある者は真面に喰らい、1度に7割近いHPを持っていかれ、そして何人かがポリゴンの欠片となって消えていく。まさに地獄のような光景だった。
「もうこれ以上知恵は出ぇへん! ごり押しでHP削り切れっ! ここで勝たな次に攻略しに来る連中も大勢死によんぞ!!」
 キバオウが発破をかける。誰もが何かしらの弱点を考えつつも、余裕が無いために思いつかず、彼の指示通りに突撃していく。
 クラインの指示も混じる。
「ボスの打撃は真上から来る! 拳だろうが噛みつきだろうが、良く見て左右に跳べば当たらねぇぞ!!」
 更にはヒースクリフからも指示が飛ぶ。
「ブレスは真後ろには当たらないが、予備動作を見てからでは遅い! もし火を噴きそうならボスの身体をよじ登れ!!」
 そんな中、ボスが再びブレスを放つべく、口を大きく開いた。
 
「り―――リリィ!?」
 
 キバオウの悲鳴のような声が上がる。見ると、ボスの至近距離ではなく、ブレスの範囲内から逃げそびれた女―――キバオウの恋人が、自らの死を覚悟しつつ叫んだ。
「奴の口の奥、バランスボールくらいの大きさの、なんか虹色の光の玉みたいなある! 十中八九、あれ絶対弱点!! 誰かあれを攻撃してっ!!!」
「よせリリィ! 刺激したらあかん!! こらデカブツ、こっち攻撃せんかい!!」
 ボスの足にしがみ付いていたキバオウが、ボスから離れて足にソードスキルを叩き込むものの、ボスは見向きもしない。逆にキバオウの顔に、焦りを通り越した絶望が浮かび上がる。
「リリィ、はよ逃げぇっ!! はよ逃げな……はよ逃げな―――」
 
 
 ―――直後、都合の悪い人間の口封じをするかのように、獄炎のブレスが彼女だけに向けて放たれた。ブレスが収まると、そこには何も残ってなかった。
 
 
「お―――お、おお―――おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!!!!」
 彼女へと手を伸ばしたまま、キバオウは絶叫―――否、慟哭する。
 その痛々しい様子に涙しつつも、誰も構っている余裕など無かった。
「ブレス直後の噛みつき、来るぞ! ―――って、アスナ!?」
 キリトの指示と悲鳴のような声が響く。
 アスナが顔を上げると巨大なワニの口が開きながら迫ってくる光景が目に映った。―――そして、その奥で輝く虹色の光も。
 条件反射で背後に跳ぼうと考えがよぎるが、何たる不幸か、いつの間にか後ろに壁があった。そして左右にはエイトとファルコンの姿。
「ならば直接口の中の弱点を―――え?」
 アスナがボスの口に飛び込もうとするよりも先に、エイトとファルコンが弾丸のような勢いでボスの口へと飛び出し、大きく開いた口の歯を坂道に見立てて奥へ奥へと疾走する。
(駄目っ……もしそれが弱点だとしても、2人分のソードスキルだけでHPを削り切れるとは限らないのにっ……!!)
 そう考えた瞬間、アスナもまた弾丸のようにボスの口を目掛けて走り出した。走りながらふと気付くと、すぐ隣に滝のような涙を流しながら走るキバオウの姿が見えた。彼もここで捨て身の復讐を果たすつもりなのだろう。
 エイトとファルコン、そして少し遅れてアスナとキバオウが、ボスのワニのような口に並ぶ歯の上を走りながら奥の輝きを目指す。もしこの光景を録画しているとしたら、4人が飛び出してから結果が出るまでほんの数秒なのだろう。しかし当事者4人は違う。脳内が痺れそうなほどの加速感。世界がスローになる中で、自分だけがまともな時間を体感する感覚。
 まず最初にエイトとファルコンが奥まで達し、全力疾走を生かしての突進系ソードスキル:ヴォーパルストライクを叩き込んだ。
 アスナ以外の3人が片手剣なので、突進系で一番効果的な威力があるのはやはりこの技だろう。
 続けてキバオウの横に並んでいたアスナが放つ、突進系では最速の武器カテゴリーであるレイピアの、最速かつ最強のソードスキル:フラッシング・ペネトレイターが、キバオウを大きく追い越して、虹色の塊へと叩き込まれた。口の外から『やっぱりあれはボスの弱点だったんだ!』という声が聞こえてきた。
 そしてトドメとばかりに、キバオウのヴォーパルストライクが叩き込まれる。
 
 
「―――駄目だ! まだ数ドットだけHPが残ってる!!」
 
 
 そして世界がスローになるような感覚が、いつまでも続くはずがなかった。
 何もボスの口の中は、生物としての構造を精密に再現している訳ではなかった。喉へと続く穴が無い。……まぁそれだとどうやって呼吸や食事をするのか、そもそもファイアブレスはどこから出てくるのかという話になるのだが、今さらそのような理屈など、どうでも良かった。ただボスの口がワニのように縦長いのと、牙ではなく人間の奥歯のような形の歯が、前から奥まで続いていること。そして左右の歯の間にある舌が、左右の歯茎にフィットし、なおかつ絶壁のような高さがあるため、口内のプレイヤーには歯の上にしか歩くスペースが存在しない。―――虹色の光の塊の周辺? そこには人が入れるスペースなど無い。
「く……口を閉じる気だぁ!?」
「逃げろキバオウ隊長おおぉぉぉッ!!」
「アスナさん、俺達は下心とはいえあんたに惚れてんだ! 早く出てきてくれぇッ!!」
 外から口々に聞こえてくるが、ここは奥歯だ。そしてワニのような口と表現したが、あんな口裂け女のように頬まで口が裂けてるタイプではなく、どちらかといえば口先だけ歯が露出したタイプでもある。初見では「広範囲の人間が噛まれなさそう」と考えてたが、今ならば分かる。口に侵入したプレイヤーを逃がさないつもりだ。
 ゆっくりと迫ってくる上顎―――いや、正しくは下顎が上下に動くのだろうがどうでも良い。このままでは4人とも死んでしまう。しかし、アスナとキバオウはスキル発動後の硬直で動けなかった。
 しかし先に硬直の解けたエイトとファルコンが互いに顔を見合わせ、
「ここは俺達が時間を稼ぐ。その間に、あと数ドットのHPを吹き飛ばしてくれ」
「これ以上、こんな犠牲者ばっか出す戦いを続けて良い訳が無ぇっ!!」
 まず最初に動いたのはファルコンだった。迫ってくる頭上に向けてソードスキルを放つ。当然ながら単発技ではない。本来は前後に放つであろうソードスキルを上下に、つまり身体を寝かせた状態から放っているのだ。
 上、下、上、上、下と、青い光のスパークと共に上下の歯へと叩き込まれる。もしこちらの得物が斬撃系ではなく打撃系だったなら、敵の歯を砕けずとも、歯そのものを攻撃すればダメージ判定があったかもしれない。
 ファルコンが攻撃している間に、エイトはアイテムボックスから全てのアイテムを吐き出し、中でも頑丈な武器の数々―――散っていったギルドメンバーやリーテンの武器を、自分のそばに立てた状態で重ねていく。槍、ハルバート、両手剣に片手剣。それからインゴットや鎧の数々。そしてアスナ達を振り返って叫ぶ。
「早くいけぇ―――ッ!!!」
 やがてファルコンのソードスキルが終わると同時、今度はエイトが同じスキルを放ち始める。
「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」」
 キバオウはともかく、アスナは女としての体裁すら保たずに雄叫びを上げ、互いに素早く装備品を衣服以外全て解除し、全力で口の奥へ向けて走り出した。
 その間にエイトのソードスキルが終了し、隣のファルコンのように剣を両手で握ったまま突き上げた格好で硬直する。―――ある意味、上からの圧力に最も耐えやすいポーズである。
 そして2人の剣先に、とてつもない圧力が加わる。
「ぐぉっ……!?」
「ぐ……へっ、硬直してるお陰で膝が曲がらずに済んでるぜ」
「意外と余裕だな、比企谷」
「まあな。……俺ら、ここで死ぬのかもな」
「ははっ、結局は野郎2人で心中か。―――でもアスナを守って死ねるなら悪くないよな」
「ああ。BL好きの海老名さんも、泣いて感動してくれるだろうな」
「……………でもアスナを抱いたこと、優美子から恨まれそうで怖い」
「神様やっぱりあいつらに会うのはもすこし後でも良いの思うので助けて下さいほんとマジでお願いします!?」
「あっはっは。雪乃ちゃんに結衣の取り合いだったね。ギルド総武高校が健在だった頃は、毎日があの取り合いの様子をギルドメンバー全員が楽しみにしてたよね」
「うるせぇ! お前が雪ノ下と幼馴染だってバレた時だって、あのサバサバの女王様に見えたヤンデレの三浦がえらい事になったの忘れたのかよ!? 同じ女を抱いたお前も同罪だかんな!!」
「うわホントだ。それでも――――――また会いたいな、あの仲間達に……」
「ああ……」
 ソードスキル発動後の硬直は、いつの間にか解けていた。しかし2人は動かない。
 真上へと突き出していた剣が、ついに耐久限界を迎えて砕け散った。今まで命を預けて戦場を駆け抜けてくれた相棒に、黙祷にも似た想いが胸中をよぎる。
 そしてゆっくりと迫ってくる上顎を、2人は両手で受け止め、歯を食いしばって耐える。未だかつて感じた事の無い圧力が、両腕から背中、腰、そして足を圧迫する。
「ぐっ……うぉ……!!」
「こんなもんかよ……! 雪ノ下や由比ヶ浜が感じた苦しみはぁッ……!!」
 少しずつ―――少しずつ圧力に屈し、猫背に、やがて片膝をついた姿勢になる。
「なぁ! 奥歯の方に向かったアスナ達、どうなったと思う!?」
 歯を食いしばりながらエイトが問うと、ファルコンも歯を食いしばりながら答えを返す。
「口ってのは根元に向かうほど狭くなるんだ。大方、匍匐前進みたいになりながら進んで、ソードスキル無しに腕力だけで弱点を滅多刺しにしてるんだろうな」
 しばしの沈黙。話題が尽きたのでは無い。言葉を返す余裕が無いほど、上から強い圧力を受けているのだ。
「比企…谷……っ、もしアスナと一緒にっ……SAOをクリア出来たらっ……どうしたかった?」
「決まって…んだろっ……お前やアスナと一緒に……一妻多夫の許される国にでも駆け落ちして、幸せに暮らせる土地を探すに決まってんだろ! ……あ、でも時々は妹の小町んとこにも顔出すけどな」
「このシスコンめ……!! ああ……でも良いかもな。最愛の女と、最高の親友―――こんな二股女との暮らしも案外、悪くない気がす…る―――」
 瞬間、2人の全身は、爆音と共に粉後に押しつぶされた。……そしてボスの全身も、コンマ数秒遅れてポリゴンの破片となる。
 その時、エイトとファルコンは不思議な光景を見た。
 自分達のHPがゼロになったはずなのに空中に身体が投げ出され、同じく空中に投げ出されたアスナが自分達に向けて涙ながらに手を伸ばす光景をだ。
 
 
 エイトもファルコンも、互いにアスナへと手をの伸ばしかけ、しかし届かずに諦めた。
 
 
 アスナの目からぶわっと涙があふれる。
「そんな顔すんじゃねぇよ」
「こんな自己犠牲な俺達で、ごめんなアスナ……」
 今度こそ―――2人のアバターがポリゴンの破片となって、粉々になって空中へとバラ撒かれた。
 
 
 
 
 
 
 
「あ、あああ……あ゛あああああああぁぁッ!? ぅあ゛ああああああぁぁぁぁっ!!!」
 
 
 ―――痛い。
 
 ―――ただひたすらに、胸が、心が痛かった。
 
 そんな痛々しい絶叫にも似た慟哭に、周囲のプレイヤーでさえ貰い泣きするほどに……。
 
 
 
 あまりの心の痛みに、アスナは鞘からレイピアを抜き、両手で逆手に持って、思い切り胸に突き立てようとした。
 
 
 
「何しとんねんボケェッ!!!」
 
 
 
 キバオウが、アスナの頬を殴り飛ばした。同時に彼のカーソルがオレンジ色になる。キバオウは、そのままアスナの胸倉を掴んで叫んだ。
「自分の最愛の男が、テメェ生き残らせんのに命捨てたんやぞ!? テメェ1人の命ちゃうのが何で分からんねんやボケナス!!」
 涙ながらに叫ぶ男に、アスナは涙が更に溢れてくるのを感じつつも怒鳴り返した。
「だったらどう生きろってのよ!? 大事な……大切な人を失って―――この先どうやって幸せを掴めっていうのよぉッ!!?」
 金切声なのは、それだけ彼女の心境を現しているのだろう。
 畳みかけるようにアスナは叫ぶ。
「ねぇ! どんな気持ちなのよ!? あんたも愛する人を失ったなら分かんでしょっ!? なんでこんなに心がボロボロになってまで戦わなければいけなかったのよ!! なんで……なんで大勢の人を救うために戦ってる私達が、こんな気持ちを体験しなきゃいけなかったの!? ねぇなんで!?―――――なんでなんでなんでなのよぉっ!!!!!」
 
 
 血を吐くような魂の絶叫。
 
 
 ―――ピロン♪
 
 そこで全く空気を読まない音が聞こえた。それはアスナがラストアタックボーナスを手に入れた効果音だった。
 震える手でアイテム名を確認すると、そこには『還魂の聖晶石』とあった。プレイヤーを死後10秒以内なら生き返らせる、伝説的なアイテム。
 アスナは一瞬も迷わずにオブジェクト化し、それを手にして叫んだ。
「蘇生、エイト! 蘇生ファルコン! 蘇生リリエット!!」
 
 ―――痛々しい静寂。彼らの死後、10秒など、とうに過ぎていた。
 
「う゛あああああああぁぁぁああぁぁああぁあああぁぁぁぁッ!!!!???」
 髪を掻むしり、還魂の聖晶石を地面に叩きつけて力の限り何度も踏みつけ、それでも足りずに絶叫する。その様はまるで破滅を迎えた人間のようだった。完全にヒステリーを起こしていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! ぐがあああああぁぁぁああ゛あ゛あ゛っ!!!!」
 しまいにはレイピアで何度も還魂の聖晶石を滅多突きにするも、アイテムは壊れない。
「やめて!! もうやめてアスナっ!!」
 そう叫びながら彼女の背中に抱き着いたのは、ハシーシュとマリアだった。涙を堪え、震える声で呼びかける。
「恋人は……もう……もう戻らないわ。お願い……戻ってきて、アスナ……」
 獣のような声で吠えながら暴れ続けるアスナだったが、やがては叫び疲れたのか、小さな声で嗚咽を漏らし始めた。
「こんなの……こんなの無いよ……何で好きになった人ばっかり死ななきゃいけなかったの? なんで……なんで……」
 1人、また1人と、泣いていたプレイヤー達が次の層を目指して歩き始める。
 そんな中、アスナとキバオウの前で立ち止まった男がいた。
 
 
「その悲しみを―――もう誰も感じないようにしたいと思わないかね?」
 
 
 ヒースクリフだった。
「君達は才能に恵まれすぎている。なら……同じ天才的な力量を持った集団で戦えば、どれだけ強力な力になるか分かるだろう? 我々は血盟騎士団は、君達と似たような悲しみを抱えた集団だ。そしてこれは大昔のシリアス系漫画の台詞ではあるが、まごう事無き事実だからそのまま言おう。―――命を賭してでも敵を刺し殺すという感情を共有する我々は、血よりも硬い絆で結ばれた群れでもある。故に『血盟』騎士団だ。だからこの手を取ってくれないか、アスナ君」
 大切な者を失ったアスナの目に、差し出された彼の手は輝いて見えた。―――もちろん異性を意識しての輝きではない。信仰心にも似た輝きだ。
 無意識にアスナはヒースクリフの手を取ったが、キバオウは首を横に振った。
「すまんなヒースクリフはん。……ワイ、もう歩かれへんわ……。アスナに自殺すんなって言ったばかりやのに、もう1歩も動きとうないねん……」
 
 ―――これは本当に後になってからアスナが思った事だが、この時、もしも彼がまだ戦う意思を捨ててなければ、彼と交際していた未来もあったかもしれない、と。
 
 彼はそのまま転移結晶を使い、『転移、ワイの自室』とだけ呟いて姿を消した。
 ヒースクリフは、そんなキバオウの背中を見届け、小さく溜め息をついた。
「彼は―――もう心が折れたらしいな」
 視界の端では、さっきまで座り込んで泣いていたはずのハシーシュとマリアが、次の層を目指して歩き出していた。ちらりと見た限り、彼女たちの目はまだ死んでなかったように見えた。
 アスナは、未だにじくじくと痛む心を引きずり、次の層に向けて歩き出した血盟騎士団を追って歩き出した。
 小声で、散っていった最愛の者達へと誓いを立てる。
 
 
 
「待っててハチ、隼人、それにジークも。―――絶対にゲームをクリアして、茅場明彦を殺すから……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 千葉県が、アスナが住んでいる東京から近い方で良かったと、彼女は墓地へと続く山道を歩きながら思った。
 これはSAO事件の担当をしていた菊岡という男に、かつて恋人だった者達の墓参りがしたいと言った際に判明したことだが、エイトとファルコンだけでなく、なんとジークもまた千葉の、それも同じ墓地に埋葬されていた。
 今日は1人での墓参りだ。現在交際中のキリトも、かつて自分が所属していたギルド:月夜の黒猫団の墓参りに行っている。彼がもしもアスナと出会わず、そして壊滅した月夜の黒猫団が誰1人として欠けてなければ、彼も今とは違った女性と関係を持っていたのかもしれないし、仮にそこまでの奇跡が起こらずとも、シリカやリズベットと結ばれていた『現在いま』があったのかもしれない。
 墓地に着くと、彼女は菊岡から渡された地図に従い、1つ1つ目的の墓を回っていく。
「久しぶり、ジーク―――ううん、渦波かなみ。あなたに会いに来るの、遅くなってごめんね。―――あなたは『次に付き合うなら強い奴と……』って言ってたけど、でもそれって違うと思うの。強いか弱いかなんて関係無い。あなただから傍にいて欲しかった」
 しばらく黙祷し、今度は少し離れたところにあった、エイトとファルコンの墓の前まで来る。
「2人とも久しぶりだね。はい、お供え物。確か隼人がマックスコーヒーで、ハチが苦い方のコーヒーだっけ? ―――って冗談よ」
 わざと左右に好みの異なる缶コーヒーを置いてみるも、冷たい墓石は何も言わない。
 アスナも、その静けさが持つ痛みを知っているので、構わず言葉を紡ぐ。
「髪の色、チェリーピンクだったのは、血盟騎士団に入ってから元に戻したの。っていうか、私を血盟騎士団に誘ってくれた団長が茅場明彦だったなんてね。ショックで敵討ちするどころか座り込んじゃったわ。あ……そーいえば結局、あんた達2人に、私の『初めて』をあげちゃったんだよね。リアルじゃ処女のままだけどさ。……あーあ、今頃天国でジークが怒ってるかな? それともそっちですでにジークに会ってる? 厚かましいかもしれないけど、私、100歳までは生きるつもりだからさ、ちゃんと3人仲良く待っててね―――って、冗談よ。人がどのくらいの期間で生まれ変わるのか知らないけど、あなた達の人生は、あなた達が自由にするものだもん。生まれ変わるも天国で遊び倒すのも好きにしてて」
 
 
 彼女は墓地に背を向け、山道を引き返そうとすると、潮風が背中を優しく撫でた。
 振り返り、小さく呟く。
 
 
「ありがとう。さようなら……私の大好きだった人達―――」
 

 


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