■エピローグ=プロローグ
母が残したディスクの中に入っていた、正体不明の小さなファイル。
長い時間をかけてようやくパスワードの解析が済み、中から出てきたテキストを、私はちょうどいま読み終えた。
「や、られた……」歯ぎしり。「あのクソ親ッ!」
つまり私の苦悩懊悩すらもあの魔女の予定通りだったのだ。
まさかこれを書いた数年後の私と父のやり取りまでほぼ正確に再現―――いや、予測してみせたなんて。心の推移をこれほど現実そのままに書かれていると、もう驚愕を通り越して薄気味悪い。
香月夕呼はまさに天才だった。
本物だ。狂人の域に踏み込んだ天才だ。
しかもドサクサに紛れて両親の濡れ場を大いにイメージさせる駄文を娘に読ませるなんて。どう考えても気が狂っている。どう考えても私を挑発している。さば味噌に恋とか、私はどんな変態なのか。それに読み返せばまえがきなんてあからさま過ぎて、それがまた腹立たしい。
このクソ下らない小説モドキだって、どうせ私が怒り狂うことまで見透かして書いたに違いない。なにが『現実とは大きくかけ離れたものになるはずだからです』だ。そんなわけがない。
だって。
彼女は私の母親なのだから。
私は意味がないと知りながら、私を怒らせるニヤニヤ笑いの文字列が映し出されたモニターを、力いっぱい殴りつけた。
「あんたに言われなくとも好きに生きるに決まってるでしょうが!」
ここに至って、私はようやく自分が『香月夕呼』になれなかったと理解した。
目の端に涙が滲んだのは、拳が痛いからに決まっている。