『宿命背負いし者その手に掴め』
―1時間目―
「泣くなよ卑弥呼」
消えていく身体……それは代償。
最後に目に見えるのは涙を流す大切な妹。
「俺は後悔なんかしてねぇよ。悲しいのはいまだけだ……俺という存在が消えれば悲しみも消える」
彼女の頭に手をのせる。
今ままで伝えれなかった想いを精一杯その手にのせて。
けれど、もうその感触さえも曖昧だった。
ただ泣き止んで欲しくて、最後は笑顔を見せて欲しくて。
「夏の日の――通り雨みてぇによ」
(だから笑ってくれよ)
――後は頼んだぜ、銀次――
その日一つの世界から一人の青年が消えた。
宿命、運命、呪い。
いろんな物を背負った青年。
(あ~さみい。なんだよ、消滅しても寒さはのこるってか?わけのわからねぇ宿命だ)
……だがその男、美堂蛮は確かに風を感じていた……
(……さみい)
「さみいんだよ!静かに寝かせろや!死んでまで宿無し生活させるつもりか!」
蛮は叫びながら飛び起きた。
「あ?」
だが目覚めて見た場所は天国でも地獄でもましてや無限城でもなかった。
いや、地獄の可能性はあるのかもしれない、何故ならそこは暗い闇が広がっていたから。
……だが頭上に見覚えのある小さな煌き達があった。
「……何処だここ?」
(無限城じゃねぇな?どこだ?しかも夜かよ)
だがふと気がつくと近づいてくる気配を感じた。
「人?ってことはここはあの世じゃねぇのか?」
(つっても全ての人間の記憶からも忘れられて、存在そのものが消滅した俺にそんなもんあるのかもわからねぇが)
「まあいい、とりあえず人がくるなら尋ねりゃいい。まずは一服だ」
だがズボンのポケットを探ってみるが無い。
懐だったか?と思い手をのばして。
「裸だな」
(そういやぁ、身体の包帯も赤屍との戦いで吹き飛んじまったか。のわりに傷はふさがってんな)
考えていると、もうそこまで近づいている二つの人影。
「やっぱりここは天国かもな……巨乳の美女が迎えに着たんだし、もう一人は夏実並か」
二人の人影、一人は蛮よりも背の高いきつめの美女、そして胸は無いが(蛮主観)まあ美少女の二人が近づいてきた。
「あ~君達、道を……っとその前に煙草と服もってない?」
彼女達、(胸の無い)美少女、桜崎刹那と長身の美女(美少女)龍宮真名は侵入者を見て警戒をしていた。
戦闘者の二人だからこそ暗闇のこの距離でも見える、上半身裸で刀傷などの傷跡……だがその身体は一目みて鍛えられた身体だと分かる。
だがこちらが近づいていっても殺気の一つも放たない。
この不可思議な侵入者に二人は困惑していた。
「気をつけろ刹那、素手だが魔法を使うかもしれん」
「分かっている」
二人はそう言った後、互いを見て頷くと自分たちの得物を握り。侵入者の男に近づいていく。
「あ~君達、道を……っとその前に煙草と服もってない?」
その言葉に二人は一瞬何を言われたかわからなかった。
(まずったか?まあこんな夜に裸の男がいたら怪しむか)
「あ~すみません。怪しい者じゃないんですが」
蛮は猫をかぶりながら愛想笑いを浮かべてそう言った。
しかし、どう考えてもこんな夜中に上半身裸の海栗みたいな頭をした男が、いきなり服と煙草を要求してきたら誰だって怪しむ。
しかも蛮にはわからないがこの場所は特殊な場所だった。
そう、一般人やただの変質者が入れない結界の張ってある場所。
「貴様何者だ?どうやってここに進入した?西の者か?」
「は?西?なに言ってるんだい?」
サイドテールの少女の言葉に蛮はわけがわからなかったが。
とりあえず愛想笑いを浮かべて猫かぶったままたずね返した。
とそこであることに気付く。
(ん、あの女が持ってんの刀じゃねぇ?となりの女は……銃か。どうやらここは強面のお兄さんらのシマなのかもしれねぇ。そしてあの女達は極道の妻とその娘か)
「何者だと聞いているんだが教えてくれないかな?」
と言いながら美女が銃を向けてくる。
(冗談じゃねぇぞ!天国だと思ったら地獄かよ!)
「あ~その持っている物は銃ですか?」
「話すきはないようだね?」
「力づくで言わせろということか」
と二人の女はそれぞれの獲物を持って襲い掛かってきた。
「ちっ」
まずは小柄な少女が刀で切りかかってきた。
舌打ちをしながら蛮は地面を蹴って初撃をかわした。
と着地点にむかって銃弾が飛んでくる。
蛮はそれを身体をひねり手で着地することで着地点をずらしかわす。
「かわしたか」
少女は刀を構え直しながら少し驚いた表情で呟いた。
「それなりの実力者というわけだね」
美女は目を光らせ口元を歪める。
蛮は二人の攻撃を受けて冷静に思考した。
(あの女ガキのくせに鋭い斬撃、弥勒一族だったりしてな。はっ笑えねぇあのくらいの年であの技術まだわからねえが、もっと鍛えればいつかは夏彦並になるかもな。それにあっちの女あそこまで絶妙な援護をしやがるとは、二人とも昔の卑弥呼より実力は確実に上だな)
「っつてもまあ、俺様の敵じゃねえがな」
そう言いながら蛮は殺気を放った。
「てめぇらマジなんだな?」
「てめぇらマジなんだな?」
その言葉とともに男の雰囲気が一変した。
尋常じゃない殺気あれほどの殺気を放てるものは神鳴流でもそうはいなかった。
それほどの殺気に刹那は足を止めた。
「くっ、すごい殺気だな」
真名はその男の雰囲気の変わりように驚いた。
あれは歴戦の戦士だと、そうわかった。
「龍宮援護を!」
「ああ」
そう言葉を発して彼女たちは本気になった。
(ちっ殺気を放っても士気は落ちないか……最初に会った頃の猿真似野郎はビビりやがったんだがな)
勿論蛮は殺気を放ったと言っても本気ではない。
精々昔初めてあったころのビーストマスターと言われた冬木士度に放った殺気と同等……だと本人は思っている。
(あの頃のあいつは正直弱かったしなぁ、まあなんか知らんが俺もあいつらもそれからどんどん実力が上がっていったが)
実際は相手が女ということもあり、ただでさえ低い(蛮にとっては)殺気をさらにセーブしていた。
「女を殴るのは目覚めが悪いがしかたねぇ!」
「斬岩剣!」
放たれる斬撃、だが今の波児を父をそして赤屍を超えた彼には十分かわせる攻撃だった。
かつて卑弥呼程の実力者に30連撃を3撃にしか見せなかったスピードをもつ男。
いや……「疾風の王」と呼ばれた男でさえ完全に見ることはかなわなかったスピードを誇る彼に彼女の攻撃は当たらない。
「遅い」
振り下ろした刀、そこに標的はいず。
彼女の後ろから声が聞こえる。
「刹那!」
飛んでくる銃弾……それさえもかわす。
昔の彼ならともかく、無限城を上り絶大なLVUPをした彼にはそれさえもかわせる。
真名の後ろに移動した彼は右手を、その毒蛇の牙を振り上げた。
真名は彼の手がふりおろされるのを驚愕の目で見ていた。
「龍宮!」
それを見て叫ぶ刹那。
男のスピードはまるで常時瞬動をつかっているようだった。
そのスピードに追いつけるはずが無い。
「なんてな」
彼女の顔のわずか数センチ手前で彼の手は止まった。
腕を止めた彼は悪戯小僧のような笑みを向けていた。
「あ~だりぃ。こっちはあのクソ屍とやりあったばっかだってのに無理させやがって」
(だいたいこの女、髪の伸びた卑弥呼にどこか似ていてマジで攻撃しにくいし)
蛮は呆然とする美女にそう言うと手を差し出した。
「え?」
「いや、煙草もってねぇ?」
「いや、もっていない」
「ちっ」
蛮はがっかりして肩を落とした。
手を差し出し男は煙草をくれと言う。
真名には理解できなかった。
自分達は殺し合いをしていたのではなかったのか?
(すくなくとも私達はそのつもりだったんだけどね)
真名は目の前で「さみい」と言っている男が理解できなかった。
刹那には理解できなかった。
この男の戦闘力が、そのスピード、残像が残るほどのスピードから瞬動と思われるが何度もそして一度もスピードを落とさずしかも直線ではない動きまでしている。
ありえないと思った。
果たして目の前の男は人間なのだろうかと、しかもそれほどの実力を持ちながら自分たちにはいっさい攻撃をしなかった。
いやしたのはした。
最後の一撃、だがそれも寸前で止めた。
そして今は龍宮の前で「さみい」といっている。
この男が刹那には理解できなかった。
(はぁ邪眼使えばすぐだったんだがなぁ、4回使ってるし……最低でも一日は置かないとやべえだろうしなぁ)
「いきなり攻撃してきやがって。てめえらやっぱりヤクザか?……まあいい、ここどこだ」
「「……」」
蛮は尋ねるが、二人の女は無言。
いや驚愕の目で蛮を見ていた。
「ちっ、おい!きいて!?」
蛮が怒鳴ろうとしたその瞬間背後から殺気を感じた。
蛮が振り向くとそこには数対の異形。
このような異形は蛮は鬼里人ぐらいしか知らない。
「なんだこいつは!?」
「龍宮!そこから離れろ」
少女のその言葉に反応したのか、異形は蛮と女に襲い掛かってきた。
「……っ!」
「ちっ」
蛮はとっさに女を抱きかかえると、少女の隣に移動した。
そのスピードはかの「疾風の王」を超える。
「!?」
「この女を見てろ」
少女はいきなり蛮が隣に現れたことに驚いて返事をしなかった。
「しっかり見とけよ!じゃなきゃ乳もむぞ」
「な!?」
蛮はそう言うと、今度は違う意味で驚愕している少女を無視して、異形に向かって駆けた。
「おら!」
蛮の右腕が吼える。
蛮は異形の前に移動し顔を掴むと地面に叩きつけた。
その彼の背中に幻のように片方だけ翼がみえた。
刹那は彼の戦いぶりに見惚れた。
力強く速いそしてなにより彼の背中には片翼の羽が見えた。
「……私と同じ?」
真名は思うこれほどの人間がいるのかと。
普通なら彼を化け物だと思っただろう。
だが彼の背中にみえる羽、それは。
「片翼の天使」
彼女はそう呟いていた。
「はぁさみいし、腹減った」
(そういやぁ、ずっと戦闘続きで飯食ってない。波児のコーヒー飲んだくらいじゃねぇか)
「はぁ、どうすっかねぇ」
蛮は呆然としている女二人を見てそう呟くのだった。
2008/10/05 チラシの裏に投稿
2009/02/23 題名決定と赤松板に移動