やってきましたよ、楽田(現在の犬山市)!
目の前には小牧山! すでに家康が「これ、要塞?」ってくらい色々作ってるけど!
こっちの楽田も負けずに砦だの物見櫓だの堀だの柵だの作ってるからどっこいどっこいだけど。
俺の直参の部下、舞兵庫と田中吉政と新任の可児ゴリラ才蔵君も砦もどきから呆れて見渡しているくらいだ。
「なんだよ、ゴリラって? しかし、これは長引きそうだな」
ゴリラ・・・もとい可児がそんな感想を漏らす。まあ、誰が見てもそうだろうね。これじゃ互いに手出しできん。
「頂いたこの槍と千石分、十分に働いてみせますぜ、大将」
うん、すごく期待してるけど、その獰猛な猛禽類のような笑顔はやめてくれ・・・。
「来国俊の槍・・・万石級の大名が持つほどの槍を賜ったご恩は、家康の首で返しましょうぞ」
来国俊だったのか、あの槍・・・大坂城からの帰りに城内で迷って宝物庫みたいなとこに迷いこんだついでに、適当に持って帰ってきた槍なのだが。
いや、ほら、可児が部下になるって話になったから、いい武具を渡しておけば忠誠が20アップ! みたいなノリで・・・。
さて、楽田についたはいいが、みんなやることないね。
秀吉も家康も動く気なし。動かざること山の如し。
俺は今、本陣でキセルをふかしながら、周囲の武将達と話し込んでいる。
「いや~動く気配もないね」
「まったくですな。言葉合戦にも乗ってきませぬ」
穏やかそうなこの人は山内一豊。内助の功で有名な人だ。
千代さん元気? と聞いたら少し照れながら「息災です」とか答えてくれた。いい人っぽい・・・。
「秀次~、俺がカチ込んでくるって言ってるだろ~。お前からも上様に言ってくれよ~」
「ダメだっつーの、正則。黒田さんもダメだと言ってただろ?」
すでに出来上がっている福島正則。堪え性のない奴だ。昼間っから本陣で酒飲んでるし。
ちなみに、七本槍は一応俺の指揮下になっている。加藤清正と脇坂安治は現在哨戒任務中。
その他は自分の部署で守りを固めているのだが、こいつはただ守っているのに耐えられなくなってきているらしい。
昨日からしきりに「俺が行く」を繰り返している。動いたら負けるっつーの。
しかも、史実よりも秀吉が焦っていないので、まるで動く気配がない。それどころか、軍師の黒田孝高さんも全軍に動いてはならぬと布告している。
まあ、史実以上の膠着状態に陥ったのは、ちょっと俺のせいでもあるのだが・・・。
信雄が老臣を斬るかなり前から、家康と秀吉の攻防は始まっていた。
国力では秀吉が大きく上回る。家康はその差を外交で埋めるしかない。
秀長の元で補佐をしていた秀次は、自分の知識を生かしてできる限りの対策を取る。
北陸の佐々成政には前田利家と上杉景勝に任せ、淡路島に最初から千石秀久を置いておく。
また、秀吉の持つ水軍を大阪湾~姫路に展開させて四国からの渡海作戦に備えさせる。
雑賀に対しては中村一氏・藤堂高虎を当てて大坂に攻撃できないように先に防衛線を築かせておく。
根来衆に対しての手を打つ前に家康は同盟を結んでしまったが・・・先に金で雇っておくべきだったと後悔したが、それでも史実よりは遅れを取っていない。
これに対し、家康は信長もかくや、という神速の行軍で小牧山に出陣。
先に羽黒に着陣していた森可成を一蹴。すぐさま小牧山を要塞化する作業に入る。
秀吉も史実より早くに楽田に到着するも、家康の堅牢な陣を見て急戦を諦めた。
かくして、史実よりも少しだけ早く、小牧山と対峙した我慢比べが開始された。
家康は動かない。動く必要がない。
秀吉はできるだけ早く勝負を決めてしまいたい。これは九州から救援を求めている大友家が関係しているのだが・・・。
千石秀久が四国の長宗我部をうまく抑えているが、これもできるだけ早く片付けたい問題だ。
兵数では秀吉が上。布陣で互角。政治的な時間制約で秀吉が不利。
それでも、秀吉は今は動く気はない。動けば、全軍崩壊につながりかねない。
そして、できるだけこの戦いで戦力を消耗したくない。この後には四国・九州征伐を行うのだから。
秀次は一つの策を考えている。
このまま家康の陣と対峙して、時期を見て秀吉に信雄を攻めることを提案するつもりである。
史実では信雄を攻めて単独で降伏させ、家康を引かせている。秀吉の軍が局地戦とはいえ負ける前にそれをやってしまえば・・・。
俺は安全! 無事に大坂に帰還できるってもんよ!
そう思ってたんだけどね。
なんかさっきから池田恒興がえらく興奮して「今、三河を叩けば家康の肝を冷やすことが・・・」とか言ってます。
やめようよーあぶないよーという俺の呟きは全然届いてません。
史実では秀吉が言い出した策だとかいや池田が功にあせったとか言われてますが、俺の目の前では池田さんが頑張ってます。
秀吉も「中入りは危険が大きい」とか正論を言ってるけど、聞く耳持ってないね、あのおっさん!
結局、秀吉が折れて中入り作戦が決まってしまった・・・いいや、死んで来い、池田。
お前のことは忘れないよ、三日くらいは。
「さて、ゆきましょうか、秀次様」
そうだね、兵庫。地獄まで一緒に行こうか。
「縁起でもないですぞ」
・・・なんで俺が総大将なのさ、別働隊の。これじゃ史実通りになってしまうよ?
「総大将として一族の者が別働隊を率いるのは当然かと」
くっ、このままではまずい。秀吉からくれぐれも気をつけるようにと言われたが、気をつけてどーなる!
このままでは奇襲→壊滅の憂き目にあう! 史実通り逃げれるかどうかもわからんし!
兵庫! 兵庫!
「何か?」
奇襲されると思うけど、どーしよう?
「ほう、徳川殿はこの中入りを読んでいる、と? 殿がそういうのであれば逆に奇襲を逆手に取ってみせましょう」
マジで! なんて頼りになる男だ! ほら、采配持って!
「采を我にお預けくださるか、これは期待に答えねばなりますまい」
そう言って兵庫は伝令を走らせる。第三陣として先発した堀秀政に連絡して連携するつもりらしい。
あれ、池田はいいのかな?
「彼らには何を言っても聞きますまい。目先の巧妙に眼が眩んでおります。むしろ、彼らと我らの間に家康殿の奇襲部隊を誘い込むことが唯一の手となります」
なるほど、なんて頭いいんだお前。俺・堀秀政と池田親子・森可成で奇襲部隊を挟撃するつもりだとは。
あ~でも相手は徳川だし。三河兵と甲州兵は半端ないって話しだから、俺もなんか考えとこう。
可児と七本槍が一緒だし、こいつらと強そうな奴らを俺の周囲に配置しとこう。いざとなったら守ってくれそうだし。
一方そのころ、徳川家康は秀吉が別働隊を三河へ向けて出発させたことを掴んでいた。
これには彼の配下の伊賀者が大いに活躍しているが、ここでは割愛する。
丹羽氏次・水野忠重・榊原康政・大須賀康高を先鋒として出陣させ、自身と信雄の部隊もすぐに続いた。
途中、伊賀者からの諜報により先発した池田隊が岩崎城(現在の日進市)を攻撃するべく急進していることを知る。
その際、秀吉の別働隊の後詰は池田隊より速度が遅いこと、周囲への警戒を慎重に行っていることがもたらされる。
家康も歴戦の将である。史実では秀次の部隊の緩みをついて背後から急襲して壊滅に追い込んだが、相手が慎重に行動しているとなると急襲は難しいと判断。
急遽、岩崎城を攻めるはずの池田隊に標的を変更する。後詰が来る前に叩いてしまえば、後の戦も勝負の主導権を握れる。そう判断し、号令を下す。
このとき、舞兵庫は岩崎城を家康は救援に来ると読んで行軍を堀と共に遅らせているのだが、家康はその上をいった。
岩崎城を見捨てたのである。これは勇気のいる決断であった。
すでに岩崎城は落城寸前である、と味方に伝え岩崎城を落として一息ついている敵を討つ、と宣言。
全軍を岩崎城に直進させるのではなく、旋回させた。
結果、岩崎城は落城。その後、間髪入れずに家康勢が全力を持って落城した岩崎城をさらに急襲。
池田恒興・森可成はこの戦で命を落とした。
先行した部隊と後発の部隊で急襲してきた家康軍を挟撃する、との策が破られたと知った舞兵庫は堀秀政と共に岩崎城へ急行する。
そこには、陣を引いて家康が待ち構えていた。
野戦の名人、と言われた家康は鶴翼を引いて待ち構えていた・・・。
「池田隊は敗れた後のようですな。さすがに東海一の弓取りといったところでしょうか。もっとも、私の言を池田殿は聞いて頂けなかったようですが」
ああそうだね、あれだけ伝令に岩崎城を囲んでもいいけど攻撃はするな、と言っておいたのに、功に焦って攻撃しやがって・・・。
「抜け駆けは戦場の常、と言いますがこちらの都合も考えて欲しかったですな」
余裕だな、兵庫! 池田の敗残兵入れて相手をちょっと上回る程度の戦力しかないけど!
「敵は鶴翼。すでに対峙した以上、一戦もせずには引けませぬ。相手も引かせる気はないでしょう」
鶴翼の陣・・・三好の父ちゃんに習ったな。中央を薄くしてそこに敵を誘い込んで両翼で包囲殲滅する・・・。
「さよう、しかし中央に家康殿の馬印が見えます。おそらく中核は旗本部隊でしょう。うかつに中央に当たれば相手の思う壷です。」
鶴翼・・・現代戦闘ではあんまり使われない・・・それは火力が違うからだよな・・・火力? 火力か・・・。
鉄砲が火縄銃の世界じゃなぁ。
それでも鉄砲は鉄砲だ! 全部中央に集めて一斉に射撃したら俺の逃げる時間くらい・・・
「・・・ほう、大胆な策ですな。この兵庫、不覚にも感嘆しましたぞ」
え、何を言ってますか?
「中央に火力を一点集中し、その穴に精鋭部隊を斬り込ませる・・・そのために可児殿達を本隊の旗本と共に置いていたわけですか」
・・・もちろんだとも。
才蔵! 清正! 正則! 安治! 且元! 嘉明! 武則! 長泰!
出番だ!
やけくそになった秀次の号令の元、中央に集結した鉄砲隊が一斉に突貫する。
当然、家康の陣から鉄砲の洗礼を浴びるが倒れた者を乗り越え、鶴翼の中央に肉薄する。
もちろん、両翼が包囲を狭めてくるのだが、名人と呼ばれた堀秀政、稀代の戦術家舞兵庫が巧みに両翼の攻撃を逸らす。
肉薄した鉄砲部隊は一斉に片膝をつき、家康率いる中央部隊に向けて近距離から発砲。
約千丁ほどの銃が同時に発砲したのだ。さすがに瞬間的に中央の兵がばたばたと倒れる。
発砲と同時に飛び出した騎兵・・・可児才蔵を先頭に七本槍や秀次の馬廻りまでが投入され一斉に家康目がけて殺到する。
全てが騎馬で構成された部隊の突撃により、鶴翼の中央は大きく食い破られることになる。
突撃した部隊は雑魚を馬で蹴散らすように家康の馬印を目指す。機先を制された家康旗本部隊が討ち取られていく中、可児はついに家康に肉薄する。
ここで家康を討ち取れば、小牧・長久手の戦いは秀吉の完勝となり、秀次の後難の憂いは一つ消えることになる。
秀次が思わずガッツポーズを取り人生の勝利をも確信した瞬間、才蔵の視界に閃光が走った。
瞬時に槍を跳ね上げ、横合いから突き出された槍を受ける才蔵。
家康を死地から救った男は、ゆっくりと馬を進め、家康の前に立つ・・・。
ちょ、勝ったと思ったのに、なんだあいつは空気読め!
あれ、鹿角脇立兜だよな、あの兜。
そして、大数珠を肩から下げてるってことは・・・・・。
「名を聞いておこう」
鹿角脇立兜の男が問う。
「羽柴秀次が家臣、可児才蔵吉長」
油断無く槍を構える才蔵。
「ほう、貴殿が美濃にその人ありと言われた笹の才蔵か」
鹿角脇立兜の男がゆっくりと槍を回す。
「へっ、ここで出てくるのがあんたとはね・・・考えてみれば、当然か。家康あるところ本多忠勝あり・・・」
才蔵と本多忠勝。両者共に、同時に叫んだ。
『参る!』
空中で、来国俊と蜻蛉切が激突した。