78年の初冬。ヒュウガ国中央域にて、ブンゴ軍は壊滅的な敗北を喫した。
サツマの占領地を次々と解放し、勢いにまかせて南下する。大きな河を渡った先に敵の立て籠もる城があった。
ブンゴ兵たちはこれを囲み、突撃命令を待っていた。
調子づいていた、といえば、まさしく調子づきまくっていた。
サツマ兵は鉄炮隊をほとんど持っていないし、ここまでブンゴ軍を見れば一目散に逃げ出してばかりいたのだ。調子に乗るなという方が無理かもしれない。
夜襲だったと聞いている。
少数の暗殺部隊が、効果的に、ブンゴの陣へ潜入し、恐怖心を煽った。
同士討ちも多かったようだ。背後は河で、雨で水嵩も増していた。ここでもサツマの伏兵が攪乱をする。
ブンゴ軍は見事なまでに、術中に嵌った。
この作戦を指揮したのが、どうやら、いま私の目の前にいるナカツカサという男だ。
彼の説明は、きわめて明瞭だった。
アリマ軍は2レグワ後退する。
フカエ城の武器弾薬、糧食は運び出しておき、その抜け殻をスコにとらせる。
大戦果の報は、すぐにスコ中枢へ届けられるだろう。かれらはフカエに物資と兵員を集結させ、準備が整い次第、南進してくる。
アリエの山中に潜むサツマ兵が、これを迎撃する。
サツマならではの戦術といえよう。
スコは銃火器を頼りとし、弓兵少なく、槍は長い。
サツマは真逆で、鉄炮少なく、弓多く、槍は短く、代わりに厚く鋭い小太刀を構える。
密集戦、接近戦に特化しているのだ。
ひらけた平地を好まないのも道理である。
今日までのアリマ軍の戦法が間違っていたわけではない。だが、この突然の戦術変更によって、敵を大いに混乱させ、隙をつくり出し、局面を変化させる効果は大きいだろう。
実際、アリマ軍だけでは、シマバラ城まで攻めこむ手立てはなかったのだ。
ナカツカサの自信に満ちた態度と、終始冷静沈着な物腰が最終的な決め手となり、作戦は決定された。
我々は、撤収準備に入る。
それにしても、コンパニヤが夢と希望を託して投資したヒュウガ攻めをあれだけ無惨にぶち壊してくれた張本人を前にして、複雑な感情を禁じ得ない。
私は、興味本位も大きかったのだが、この男とできるだけ対話することを心掛けた。
戦術上の話題はいくらでもある。たとえば私は、スコ軍がなぜあれほど種々雑多な銃火器を装備しているのだろうかという疑問を口にした。
「大村、伊佐早、豊後、筑前など各地で戦闘しているうちに、集まったんでしょう。
博多を焼き討ちする直前にもありったけ持ち去ったはずだし、平戸からも大量にせしめているはず。
弾薬が足りないというのは笑い話になるのでしょうが、そもそも使い方を正しく学んだことなど、ないようにも見えますな」
ファカタ、フィラドへの密貿易船は、やはり兵器も持ち込んでいたようだ。日本人は殊のほか武器を好むからな。
農民や漁民だって、行き倒れの兵士から剥ぎ取った防具やカタナなどを家の中に隠し持っていることはザラにある。
ところでサツマにも密貿易船は来ているのでしょう?と訊いてみたくはあったが、野暮だからやめておいた。
フカエから引き払い、アリエに陣を敷いた。
その3日後には、スコ兵がやってきた。
ふもとで、山道で、サツマ兵は次々と、かれらを死体に変えてゆく。音も無く忍び寄り、頸動脈をひと裂きだ。熟練者は返り血も浴びてこない。
日頃いったいどんな訓練をしているのだろう。ナンガサキの豚肉解体業者にも、これほどの腕前はいない。
サツマはスコより恐ろしい。そう胆に銘じる必要を感じた。
暗殺とは無縁なアリマ軍は時折、侵攻するスコ軍に対して正面攻撃を仕掛ける。深追いはしない。山方向へ誘導し、あとはサツマ兵に任せる。
こんな連携も、日毎に練度が上がっていく。
スコ兵は、わけがわからないだろう。まちがいなく勝利を重ねて進軍しているのに、最前線で突如、部隊が行方をくらますのだ。
オオムラ兵を先鋒に出していた緒戦から40日あまり、ずっとそうなのである。
この戸惑いの隙を突いて、我々はフカエ城を奪還した。
城にはスコ軍が運びこんだ、大量の武器糧食が備蓄されていた。ぜんぶ、いただきます。
さて、この先は、サツマ兵の特殊能力が活かせない、ひらけた地形となる。
シマバラ城にはスコの鉄炮隊が防備を固めており、ここの攻略は容易でない。
ハシバなら塀を築いて囲い込むのだろうが、そんな土木工事の精鋭集団は、シモ中から掻き集めたとしても、求めがたいと思われる。
シマバラ城は我々の支配下に入ったことがないため、城郭構造や侵入脱出路などの詳細が不明である。
元オオムラ兵で城内へ入ったことのある者を集め、手懸かりを寄せ合って攻略を検討していた段階だった。
ナカツカサの部下が、ある情報を持ってきた。
シマバラ城へ向かう6人背負いの輿が目撃されたという。
これを聞いただけで、ナカツカサは正体を察したようだ。会議は中断された。
サツマ兵の中でもとりわけ最強と謳われる騎馬部隊が、ただちに出撃する。
陽動としてアリマ軍に、シマバラ城南正面での戦闘が命じられた。私も、カフルたちにファルコンの射撃を命じた。とにかく、派手に鳴らせ。敵の耳目を、城南へ惹きつけるのだ。
サツマ兵は、城を迂回して北へ回りこんだ。
途中いくつもの障害を突破し、犠牲も出した。
敵は我々の狙いを察知したはずだが、すばやい大規模陽動攻撃がこれを大いに混乱させた。
豪華な輿はスコ軍の近衛部隊に守られていたが、おそらく名誉職の集まりだったのであろう。急迫するサツマ兵の前には赤子より無力であったという。
スコ王の首はフカエへ届けられ、陽動部隊には撤退指示が出された。