探索十日目朝。
修貴とカリムは食事を取りながら昨日の戦いを振り返っていた。
「そういえば、カリム。何で、ランドグリーズは竜魔法を使ってこなかったんだ?」
戦っている最中はまるで浮かんでこなかった考えであるそれは、修貴たちにとって有利働いた材料であったが冷静になると疑問が浮かぶ。
上位のドラゴンは独特の魔法を使う。古代種になれば、それこそ強力な魔法を使用できるはずだった。
「それはたぶん、伝説に曰くファーブニルは神を喰らい竜神となった。だが、全ての竜を越える肉体と魔力を得たが、ファーブニルは魔法を使えなくなった。だから、そのファーブニルの子であるランドグリーズも使えなかったじゃないかな。ま、もっともその分他のドラゴンに比べ強力なブレスに咆哮、肉体を持っていたみたいだけど」
それを聞くと修貴は、カリムの魔法剣を思い出した。通常の古代種のドラゴンよりも強靭な肉体を持つランドグリーズを吹き飛ばしたあの一撃はとんでもない。
そんな話をしているうちに二人は朝食を取り終える。
そして身支度を終え、ランドグリーズと死闘を繰り広げた部屋から出ると、そこにあった筈の扉は消えていた。扉があった場所には紋章のみが残っていた。
「ふむ、これは……。そうだ、修貴。ブリュンヒルデの祝詞試してみて。開くかどうか確認するから」
「俺、覚えてないぞ?」
「僕が教えるからそれを試してくれれば良い」
それならと修貴はカリムに言われるまま、ブリュンヒルデの戦勝の祝詞を丁寧に唱え上げる。
だが、壁に変化はない。
「変化なしか。修貴は間違えたわけじゃなかった、となると」
今度はカリムが同じく戦勝の祝詞を唱える。朗らかに唱えられる祝詞が終われば、修貴のときとは違い、ランドグリーズが眠っていた部屋への扉が紋章が刻まれていた壁に現れた。
修貴は自分がミスを犯していないかを思い出しながら、首を傾げる。
「うん。ここ、僕にというより、フリードの血筋に反応するのかな。とりあえず他のシーカーにランドグリーズを回収される心配はなさそうだ」
「ああ、なるほど。そういうわけか」
「そういうことだね。以前倒したあのドラゴンがなぜ今まで話題にならなかったかこれでわかったよ。きっと、あっちも同じく僕の血に反応したわけだ」
「ん? そうすると、ヴァナヘイムに挑んだフリードの人がいるって言ってなかったか?」
「そうだね。となると、どういうことだろう?」
「俺に聞かれても、役には立てない」
謎だね、とカリムは笑う。だが、これで余分な魔力を消費しないでいいことは判明した。あの扉を呼び出すにはフリードの人間である必要がある。カリムなしではランドグリ-ズの屍には到達できないのだ。
ランドグリーズを回収できないため一度地上に戻ってから再び回収に来なければならない以上、誰かに奪われる心配がなくなったのは朗報だ。
「さて、と。いこうか、修貴」
「そうだな」
修貴はカリムに返事を返すと、この広間から伸びる一本道の先を鋭敏な感覚で探る。モンスターの気配はない。視覚による確認にでも同じくモンスターはいない。修貴は己の気配察知を過信はしていないが信じている。
このあたりで気をつけておくべきモンスターはストーンカだ。絶えずダンジョン内を群れて走り回っている奴らは、たとえ現在気配を察知できなくとも、猛烈な勢いで突進してくる。すでにそれを一度、その威力をその身で感じ取った修貴としては一番注意を払っていた。
「特に問題はなさそうだ」
「うん。ドラゴンを倒したというのに、他のモンスターにやられたじゃ、間抜けだからね。慎重に行こうか。それに修貴の今の制服は防具と呼ぶにはお粗末だ」
その通りと修貴は頷く。
鋭利な攻撃を仕掛けてくるブラッドバニーのような、避けるか刀か何かで防ぐしかない相手には防具はあまり関係ないが、先ほどから修貴が注意を払っているストーンカのようなその純粋な力で向かってくる相手には防具が重要になる。
もっとも、耐魔用に練成してあった修貴の制服には殆ど関係ない話ではあった。だが、制服の状態は以前よりも紙になっている。もし突進を食らえば、ヒールで回復できる領域ではすまない可能性がある。
また、刀も整備したとはいえ、ランドグリーズとの戦いで酷使した。戦闘は出来る限り避けるのが好ましかった。それはカリムのバスタードソードにもいえる。
必殺たる魔法剣"ミョルニル"はミスリル製のバスタードソードに限度以上の負荷を掛けていた。
そうして一本道を抜けると、修貴は普段無意識に行っている気配察知の範囲を意識的に拡大し、己が出来る気配察知、索敵技術を最大限に用いてモンスターの気配を探すのであった。
モンスターの位置がわかれば後はカリムの持つマップと照らし合わせながら、出会わないように地下三十一階を目指すだけだった。
ダンジョン、探索しよう!
その12
昼の時間を過ぎ、地下三十階も終わりに差し掛かったところで、修貴は足を止めた。
「カリム、この先は滝に近づいていく必要があるよな?」
「そうだね。避けようがない。まだ、距離はだいぶあるけど滝の近くにモンスターかい?」
「この感覚はワイアームだ。数は二匹」
現状、出会う可能性があるモンスターの中でワイアームは一番の厄介者だ。それが二匹となると面倒であった。
「修貴、マップと照らし合わせて、位置を確認して。避けられないのなら確実に先手を取って仕留めよう。今の君の防具じゃ耐魔効果は期待できそうにない。ワイアームは魔力を少なからず使用するから用心に越したことはない」
まあ、とカリムは付け足す。
「古代種のドラゴンの咆哮に耐えれるようになってきていた修貴ならばなんとかなるかもしれないけどね。用心に越したことはない、先に補助魔法をかけておこう」
カリムの補助魔法を受けながら、修貴はカリムの携帯端末のマップと位置を照らし合わせる。
場所は滝からけして離れた位置ではなかった。滝から伸びる道の広間にいるようだった。その広間は地下への階段に進むには確実に通らなければならない道だ。他のシーカーがワイアームを排除しない限り確実に戦うことになるだろう。そして、他のシーカーの気配はワイアームのいるであろう広間の周囲には存在しない。
「これは、ほぼ戦うのが確実だな」
「場所は?」
修貴はカリムに見せるようマップの広間を人差し指で指す。
「ここか。ワイアームの動きは感じ取れる? 餌を狩りにこの階まで上ってきたのか、それとも別の何かか」
「待ってくれ」
修貴は懸命に探る。上位魔法による探知ならば、どのような行動を取っているかまで確認できるが生憎と修貴は魔法を殆ど覚えていない。カリムは使えるには使えるが、修貴に比べ距離も小さく、何より時間がかかる。余程、手練の魔法使いでなれば探索魔法は生身の気配察知に技術に劣る。
ましてや、探索魔法を極めている魔法使いなど極々一部でしかない。
「あー、近くにファイアフォックスがいるな」
「餌か。そのファイアフォックスの数は?」
「二匹だが、今、死んだ」
「そうすると、丁度食事中だね」
不意を討つには良い機会だ。
「ペースを上げよう。出来る限り確実に仕留めたい。今、機会としては恵まれている」
「そうだな」
修貴とカリムは他のモンスターに気を配りつつも、走り出した。
カリムは走りながらも、堅実にモンスターがいないか視認し、修貴は己の気配察知で死角となる場所を探りながらも、ワイアームを見失わないよう気配を探っていた。
広場へ道が近づいてきたところで二人は走るのを止める。下手に走れば気づかれかねない。
「修貴、先手を頼む」
カリムは修貴に囁いた。
「二匹は俺たちから見て、並ぶように食事を取ってる」
修貴の言葉にカリムは思案し、決断する。
「少し時間を稼げる?」
「ランドグリーズに比べれば」
修貴は小さく口元を歪ませ言った。昨日の戦闘を思えば翼竜二匹などかわいい物だ。
「頼もしいね。魔法剣で仕留める」
「剣、もつのか?」
「ミョルニルはもう撃てそうにないけど、他の軽めのならば簡単だよ。二匹だから確実に仕留めるために時間が少し欲しいのさ」
魔法を行使するとなれば確実にワイアームは気づくだろう。一匹ならば、気づかれてもそのまま魔法剣を使って仕留めることは出来るが二匹では確実ではない。
カリムにとって修貴の安全のためを考えるのならば短期決着が望ましい。確かにランドグリーズとの戦いを思えば修貴がワイアーム如きに遅れを取る道理はないと言える。あの一戦で修貴は確実に強くなっていた。だが、ヒールやヒールドロップで回復できない疲れは溜まっている。
危険は出来る限り排除すべきなのだ。
気配を殺し近づいていく修貴をカリムも見習い出来る限り気配を隠し近づいてく。二人の距離は少しづつ、離れていく。
修貴がやがて広間の入り口に差し掛かり、二匹のワイアームをその視界に納める。翼竜が二匹いる広間は少し手狭だった。
修貴はその見事な隠形でワイアームの後ろを取るとカリムを一度目視する。その視線にカリムは頷いてみせると、魔法剣の準備に移った。
二匹のワイアームは鋭敏だった。食い散らかしていたファイアフォックスを投げ捨てると、広間の向こう側で魔法を使用するカリムをその瞳に映し、一匹が咆哮を上げ、もう一匹がカリムに向かい飛び立とうとした。
ワイアーム二匹の死角を器用に移動しながら保つ修貴は、ランドグリ-ズのものに比べれそよ風のような咆哮をやり過ごすと、飛び立とうとしたワイアームの尾を初日に出会ったワイアームと同様に斬り捨てた。
飛び立とうとしていたワイアームはまったくの意識の外からの攻撃にバランスを崩し、床に沈む。そして、咆哮を上げたワイアームはその仲間の挙動によって修貴がいた場所を見るが修貴は既に死角に移動していた。
混乱しているであろうワイアームに対し、修貴は気配を隠し、再度その刃を振るおうとして止め、すぐに移動した。地に伏せたワイアームが尾を切り落とされた怒りに身を任せブレスを放ったのだ。
だが、修貴にとってそれは丁度いい時間稼ぎだった。
未だ無傷のワイアームは仲間のブレスによって邪魔をされ、尾を切り落とされたワイアームは修貴に意識を奪われていた。
修貴はカリムを確認すると魔法剣の効果範囲から逃げ出す。そして、カリムの魔法剣は発動した。
カリムがバスタードソードを振るえば、その軌道上を風の刃が駆け抜ける。細く薄いその風の刃の切れ味は鋭く、一閃目で仲間のブレスにより動きを止められたワイアームの首をはね、次の一閃で尾を失っていたワイアームの下半身を斬り捨てた。
咆哮ではなく、下半身を失ったワイアームが苦悶の絶叫を上げる。その叫びは本来の咆哮に比べ、多分の魔力を内包していたが、修貴はそれを乗り越え、地に落ちた翼竜ワイアームの頭にその刀を突き刺した。
ワイアームの絶叫が途絶え、修貴は刀を抜き、血を払い刀を鞘に収める。
「梃子摺ることはなかったね。良い動きだったよ、修貴」
「本当なら、俺があの首を刎ねれるといいんだけどなぁ」
「それに関しては、修練と武器の強化だよ」
「まあ、そうだよな」
魔法剣を解き、バスタードソードを納めたカリムはショートソードを抜きワイアームに近づいた。修貴も小刀を抜き、ワイアームの部位の剥ぎ取りにかかる。高く売れる部位、つまりマジックアイテムや武防具として使用可能な部位を剥ぐとカリムの道具袋に納め、二人は短剣を納めた。
「さあ、いこう。三十一階は近いよ」
カリムの言葉に修貴は頷き、周囲を索敵しながら歩き出した。
* *
辿り着いた地下三十階から三十一階に降りる階段を下り、テレポーターを確認する。
先客がテレポーターを操作し地上へ戻ったのを確認すると、今度は地上からテレポーターによってこの三十一階にやって来る反応が示される。
「タイミングが悪いな」
「そうういう時もあるよ」
現れたのは四人パーティだった。
そのメンバーは修貴のボロボロさに驚いたような表情を浮かべ、口を開いた。
「あの、お二人のようですが、何かあったのですか?」
その質問は筋が通っていた。一人がぼろぼろで二人しかいないパーティを確認して何かあったのではないかと勘繰るのは正しい。仮にそれが普段は現れないような強いモンスターならば用心が出来る。
「ああ、ワイアームが二匹程いてね。撃退はしたんだけど、彼はちょっとドジをしてしまってね」
カリムが真実ではないが嘘でもないことを話す。わざわざ正直に古代種のドラゴンと殺し合いましたと言って、他のシーカーの不安を煽る必要はない。
ワイアームならば、それなりに信憑性もあるため四人組みのシーカーはなるほどと頷いた。
「お二人でワイアームを?」
「そうだよ」
「お若いのによくやりますね」
丁寧な言葉でカリムに話しかけている男はそのカリムの話を聞き、お前たち若い子らに負けるなよと仲間を煽っている。リーダーとして、仲間のやる気を上げたのだろうと、修貴は感心した。
話に対する礼を言って四人組みはダンジョンに進んでいく。それを見送ったカリムと相変わらずコミュニケーション能力が高くない修貴は顔を見合わせ、テレポーターを操作しだした。
修貴は自分の携帯端末を取り出し、テレポーターの情報を記入する。これで次回以降も修貴一人で三十一階までのテレポーターが使用可能になった。尤も、一人でこの階層に潜るのは無謀なため使用するのは未来になるだろう。
「さて、地上に戻るよ」
「了解」
テレポーターが二人を地上に戻す。一瞬の浮遊感の後、修貴とカリムは大迷宮"ヴァナヘイム"前に設置された巨大なテレポーター端末の前にいた。
太陽が二人を爛々と照らしだす。
「十日ぶりの太陽だ」
「やっと戻ってこれたね。さて、どうする? ここで解散して僕が分配作業を終えてから後日連絡を取るかい? それとも、一度シャワーでも浴びてから何処かで落ち合うかい? まだ昼を過ぎて二時間経ったくらいだ。今回の反省会ぐらい出来るよ」
「そうだな。明日の準備もあるけど、反省会というより、俺の駄目だし会がしたいな。だから、銭湯でも行ってから何処かで話し合おう」
「銭湯? まあいいけどね。じゃ、行こう。近くにあったかな?」
皇国出身である修貴には馴染み深い銭湯だがカリムには違う。共同浴場という概念が帝国では薄いらしい。
そう思いながらも修貴は久しぶりの風呂に心を躍らせた。
「あ、先に部屋に戻っていいか? 流石にこの服装だとあれだ」
「そうだね。僕もこの完全武装で銭湯には行きたくないな」
ならと、修貴は銭湯の場所を普段通うことの多い"蝶々の湯"に指定し、一度カリムと別れた。
* *
「良い湯だった」
修貴はビンの牛乳を飲みながら呟いた。
カリムはまだ湯に浸かっているため、出てきていない。
蝶々の湯はこの迷宮都市でも一、二を争うほど巨大な銭湯だ。シーカーが多いこの街ではこの手の商売が繁盛している。シーカーたちが拠点にする宿屋にも共同浴場やシャワーが付いてはいるが、それに比べ専門の店のほうがサービスは良い。そのため、人気は絶えずあった。
待合所の机一つを占領しながら修貴はのんびりと牛乳を飲む。
「お? 修貴じゃん。何してんだ?」
修貴に声がかかる。修貴は友人が少ない。そのため誰が声を掛けてきたかすぐに気が付いた。
「ルーク。こんな時間に銭湯とは珍しい」
「そういうお前も、こんな昼間に銭湯じゃねーか。ま、どうせよ。ダンジョンから戻ってきたとこだろ?」
ルーク・バーンは修貴と同じアークアライン学園の生徒だ。数少ない修貴の友人であるルークとの付き合いは学園内において深いほうにあたる。一回生、二回生の間は学園の方針で固定の四人パーティに振り分けられるその初めてメンバーの一人がルークだった。
ルークは周囲を確認すると、目当てのものが見つからなかったようで、修貴の前に腰を下ろした。
「まだ、うちのパーティのやつら出てきてないみたいだわ。丁度いい、少し話そうぜ」
「かまわないけど」
「じゃあ。何処に潜ってたんだ? 外部か? 学園付属か?」
「外部だよ。そっちは?」
「俺も外部。で、また一人?」
「いや今回は違う」
「となると、ああ、噂の。で、場所は?」
「ヴァナヘイム」
「え? マジか?」
「本当に」
感心したようにルークは頷く。
「どんな感じだった?」
「相方が強すぎるからあんまあてにならないかもしれないぞ」
「いいって。お前の目からはどんな感じに写った、ヴァナヘイムは」
「俺が潜った第一層の上部は、慎重に行けば上位の学生パーティならどうにかなりそうだった。ただ、ビルレストの滝の周囲に出てくるワイアームには注意する必要がある」
「へぇ」
ルークが面白そうに聞いているところにルーク、と呼ぶ声がかかる。
ルークはやれやれと肩を揺らし、修貴にまた学園で教えてくれと言い、席を立った。そのとき、丁度カリムも風呂から上がってきたため、修貴もルークに合わせ席を立つ。
「ん? まさか、あの美人かよ、お前の相方って?」
「そうだよ。って、くっつくな。ルークって呼ばれてるだろ?」
じゃれ付いて来るルークを引き離す修貴。ルークは、何だよ友達少ない言うわりに上手くやってるじゃねーか、と言いながら、人見知りするわりに上手くやっている修貴に別れを告げ、去って行った。
「修貴、今のは?」
「ああ、ルーク。話くらいしたことがあっただろ?」
「ああ、友人ね」
湯上りのカリムを修貴は色っぽいなという感想を持って迎えた。
* * *
更新です。
次こそはきっと学園パートに入れる。もう少し、山と落ちが綺麗に付けれるようになりたいです。
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初投稿 2009/02/01
修正 2009/02/08
修正 2009/06/21