アルマは修貴とアレッシオが寝静まったのを確認すると、修貴の寝顔をじっと見つめているカリムに視線を向けた。
カリムの表情は柔らかい。ああ、とアルマは声を上げるそうになるがぐっと堪える。かわいい。これはかわいい。正直に反則だと思った。若さってずるい。カリムのような時期がアルマ自身にもあったことを思い出すと顔がにやけてしまう。
それにしても、アレだけの力を持つ少女も、少女なのだと実感できるのはいい事だ。実力者の中には心を削り境地に到達しようとしている者たちもいる。そう考えれば実に人間味に溢れている。
そっと足音を忍ばせ、カリムの横に立つアルマ。
焦るな、焦るなよ私。これだけ美味しそう、もとい楽しそうな状況にいるのだ。ことを焦ってしまっては元も子もない。始めから相手の感情は正の向きに向いていないのだ。始めは差し当たりのないことから、じっくり攻める必要がある。
「ねえ、二人でただ無言ってのも寂しいから少し、話をしましょ?」
カリムは修貴の寝顔から視線を外すと、アルマに顔を向けた。修貴の寝顔を見ていたときの柔らかい表情は鳴りを潜めている。
わかりやすい。にやけてしまいそうになる。だが、やっぱりそこは我慢だ。
「……まあ、いいか。かまわないよ。ただ、話すといっても何をだい? フリードの家については特に話す気はないよ」
「ちょっと興味はあるけど、いいわよそれは。ただ、疑問があるのよ」
「疑問?」
「そう、アレッシオじゃないけど、私もどうして二人だけで潜ってるのか興味があるの。まあ、話す気がないならないでかまわないけど」
まずは、こんな疑問でいいだろう。理由なんて半分くらいは目に見えている。だから、残りの半分について軽くでも話せればいい。
それでまずは警戒を解いていくのだ。
「二人だけか、まあ、そうかもね。そうだね、修貴は少人数が好きなんだじゃ、駄目かな?」
「修貴君が? へえ、それはまたどうして?」
「ちょっと、変わってるんだ」
アルマは内心を見せることなく、へぇと相槌をうった。
ふふふ。心の内でアルマは笑う。理由付けはそう持ってきたのか。変な理由ではあるが、まあいい。このまま修貴の話をしていけば、カリムの食いつきはいいだろう。いい傾向だ。上手く誘導して根掘り葉掘り。ふふふ。
「修貴は普段から一人でダンジョンに潜ることが多くてね。学園のほうでも偶にパーティを組むみたいだけど、殆ど一人で済ませてる」
「ああ、そういえば、修貴君学生だったわね」
学生とは思えないレベルの索敵だったため忘れそうになっていた。
「でも、一人って大変だと思うのだけど、どうなのかしらね?」
「しんどいさ。普段、修貴は、おれは友達が少ないんだっていつも肩を落としてるけど、僕の見立てでは少人数の大変さが好きにも見えるけどね。一人で潜るってのは、正直、友達がいないからという理由で続けられることじゃない」
好きな相手のことは良く話す。
さあ、どんどん話していこうか、とアルマは頷き笑みを浮かべる。
「やりがいを見出してるのかしらね?」
「かもね。好き嫌いもあるだろうけど」
確かにとアルマは返事し、ふと、思いついたとばかりに少し大げさな動作を行う。
そうして軽い口調でカリムに言葉を投げかけた。
「そうだ、いいこと思いついたわ。私はアレッシオのこと、カリムちゃんは修貴君のこと。お互いに話していかない?」
「……そう、だね。ただ、黙ってるのもつまらないか」
計画通り。乗ってきった。さあ、さあ、きっちりきっかり話してもらおう。アレッシオについて話すなど言ったが付き合いはけして長くはない。そこまで深い話はアルマは出来はしない。だが、カリムは違うだろう。アルマはほくそ笑む。しっかり誘導すれば、色々と聞けるのが目に見えているのだ。
人の色恋沙汰は菓子にも似た甘い果実だ。
朝を迎えるまでにじっくりとアルマはカリムから話を聞きだしてやる気だった。
ダンジョン、探索しよう!
その8
修貴は朝起きてから軽い居心地の悪さを感じていた。保存食で朝食を取り、カリムと今日の方針を固め、二十階に降り立ってから、どうにもカリムの雰囲気が違う。一晩で何があったかはわからないが、女性陣二人の仲が随分と深まっているようだった。
それは悪いことではないだろう。昨晩、修貴もアレッシオとシーカーとして色々と話した。アレッシオは修貴の気配探知について訊き、修貴はアレッシオのこれまでの冒険者としての活動を聞き入っていた。
だが、女性陣二人はそれとは違うように感じる。
とりわけ、アルマからの修貴に向けられる視線が随分と暖かいものを見るようになっていた。それに対してアレッシオは苦笑しているだけだ。
実害がない以上文句を言うのはお門違いだろう。
修貴は小さくため息を吐いた。
「ねえ、カリムちゃん」
「何かな?」
カリムの反応が明らかに昨晩と違う。棘ではないが、鋭さが明らかになくなっている。
「二十一階までに、何か危ない場所はある?」
「ビルレストの滝に近づくから、下から何か上に上がってきてないか気をつけるくらいだね」
「確か、ワイアームだったかしら?」
「そう、ワイアーム。僕だけだったら問題はないけど、修貴を含めて君たちだけだと少し厳しいかもしれない」
へえ、とアルマが反応し、アレッシオが疑問を浮かべたように歩きながら手を上げた。
「質問いいかな?」
「どうぞ」
「ワイアームは外の翼竜に比べるとどう違うんだい?」
「そうだね。ワイアームは古エッダ時代の翼竜であり、現代の通常生息している翼竜に比べ肉体の強靭さはもとより、魔力を持ってる。より、ドラゴンに近いんだ」
ま、知能はドラゴンと比べると雲泥の差だけどと、カリムは付け足した。
修貴は対応が完全に軟化しているカリムに、自分が寝ている間に何があったか疑問を浮かべる。アレッシオは自分に対する反応まで柔らかくなっているため、アルマが何かを話したのだろうと思うと頭が痛くなってきた。だが、今はワイアームの話だ。
「神話の時代の翼竜か、やっぱり一筋縄じゃいかないんだろうな」
「そうだね。僕なら一刀両断に出来るけど、修貴やアレッシオさんじゃ難しいね。尻尾の付け根辺りが柔らかいけど、致命傷には至らない」
「出会ったら、逃げろか。参考になったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
アレッシオはカリムから満足いく話を聞いたところで、物音に気がついた。この一本道の先から僅かだが聞こえてくる物音。足音だろう。数が多く、少しづつ音が大きくなっている。
距離が離れているのだろう。修貴が察知するよりも速く、アレッシオの耳が物音を捉ええていた。
「修貴君、この先を探ってくれない? 何か音がする。集団かもしれない」
「わかりました」
修貴はアレッシオに言われたように、前方に対して集中的に探りを入れる。数は六前後、距離はまだ離れている。だが、かなりの速度で近づいてきていた。
速い。猛然とこの一本道を修貴たちに向かって走っている。すでに、肉眼でも確認が出来る。完全にこれは察知が遅れたといってもいい。少し、会話に気を取られ過ぎていたのだろう。
相手が走っていたからというのはただのいい訳だ。
「カリム、来るぞ!」
「アルマ、精霊の準備を」
「まかしてよ、修貴」
「わかってるわ、アレッシオ」
四人は戦闘体勢に移った。
* *
六体のストーンカの群れは猛然と走っていた。ストーンカ。牛に似た一つ目の猛獣はその二本の角を前に突き出し、目前の全てを押しつぶすように走り続ける。そして、その皮膚は鉄で出来ているとされ、その突進の破壊力を増す材料となっていた。
修貴たちの目前に迫ってきたストーンカは止まる素振を見せる気配はない。
修貴の特性である、不意を討つという行為が完全につぶされた形だ。一本道である以上、気配を殺したところで、ストーンカはその一つ目で修貴を見つけ出すだろう。地力が試される状況だ。
カリムは修貴を一瞥すると、ストーンカの突進に自ら突っ込んだ。
バスタードソードが弧を描き振り下ろされる。鉄の皮膚を悠然と切り裂いて、一体のストーンカの首を斬り飛ばす。ストーンカ達は一体がやられた程度でその足を止めはしない。カリムは残りのストーンカ達の突進から逃れるように地面を蹴り跳び上がる。バスタードソードは下を走るストーンカたちに対し垂直に立てる。
自らの突進の威力によって更にもう二体のストーンカが両断された。
だが、残り三対はカリムをすり抜け、修貴たちに向かう。
修貴は刀を手に、一歩踏み出す。
余裕はない。不意を討ち、混乱させ倒すという選択肢はすでにない。ストーンカはその体をぶつけるように走っている。修貴は刀を寝かせ、突きを放てる体勢となる。鉄の皮膚が切り裂けないわけではないが。確実に切り裂けるわけでもない。
狙うは一点その一つ目。
アレッシオは修貴の行動に合わせ、ダガーを握る。最悪、カリムがストーンカを倒せる時間を稼げればいい。アルマに視線を向け、合図を任せる。彼女の精霊による攻撃が合図となる。
「シルフ!」
風が舞う。この地下迷宮で空気が形を変え、刃となりストーンカを襲う。だが、その鉄の皮膚を切り裂くには及ばない。だが、少なからずダメージは与えられる。
修貴とアレッシオが動く。
アレッシオは一体のストーンカを引き付けるように、ダガーを振るい、その体を軽業師のように宙に舞わせ、ストーンカの突進を避ける。勢いを逃され、その突進方向さえアレッシオに狂わされたストーンカは壁にぶつかり、煉瓦を削る。だが、まだ、倒れはしない。
修貴はストーンカの角を掻い潜り、その刀で瞳を串刺しにするが、突進の威力を逃しきれずに、隙が生まれた。
カリムの横を通り過ぎたストーンカは三体。アレッシオが一体を引き付け、修貴が一体を串刺しに、一体は隙の生まれた修貴に昂然と突進していた。
しまったと思う暇もなく、強烈な一撃に修貴の意識が飛び掛る。
角がわき腹を抉り、鉄の塊の突進が肋骨を折ったのが鮮明に理解できる。耐魔用に練成した学生服ではストーンカの物理的な攻撃力を軽減することなどできはしない。だからこそ、修貴は常に攻撃を貰わないようにしていた。
突進を受けた修貴は、刀を手放し転がった。下手に刀を握っていても追撃を貰いかねない。
「修貴!」
カリムの声が上がる。修貴の視線には弾丸のように走り、修貴を襲ったストーンカを縦に両断するカリムが写る。
修貴は痛みを堪え、腰からヒールドロップを取り出し口に含んだ。自分自身の体勢を整え、骨が可笑しな形で固定されないように、地面に寝転がる。
最後の一体のストーンカはアレッシオに集中しているあまりに、アルマに時間を与えすぎたようだ。数を集めたシルフによって切り裂かれ、怯んだところをアレッシオにその一つ目を一突きされ倒れていた。
「修貴、大丈夫!?」
「……ああ、何とか」
「すぐにヒールをかける」
「いや、魔力が勿体ない。ヒールドロップと超力湿布でどうにかなる」
ストーンカを倒したアルマとアレッシオが修貴とカリムに近づいてきた。
「修貴君、そこは好意に甘えるところよ」
「だね、普段から少人数なんだろ? 体調は万全にしておかないとね」
アルマとアレッシオの言葉に、修貴は反論を思いつくことも出来ず、カリムのヒールを受け入れた。
修貴はヒールを受けながら、体の調子を確かめ、大丈夫だと判断できたところでカリムに声をかける。
「ありがとう、カリム。こんなもんだ」
「うん、こんなもんだね。心配したよ。完全に直撃だった」
「ああ、失敗した。あそこは時間を稼ぐべきだった」
「そうかもしれないけどね。それよりも、修貴。君は防具をどうにかするべきだ。このレベルの敵じゃ、その制服は紙みたいな物だ」
「まあ、な。耐魔用に強化してあるから、物理的にはからきしだし。となると、金が無くなる。普段一人だからアイテムに金をつぎ込みたいんだけど」
「装備も大切だよ」
だよね、と回復した修貴はおどける様に立ち上がり、カリムに大丈夫だと示した。
安心したカリムは、防具、防具かと呟きアルマを見た。
アルマはカリムの発想に気づき、色気はないがこの二人には丁度いいだろうと頷いた。
* *
二十一階階段テレポーター。ストーンカに出会った以降は順調に進み、この日の午前中には四人は二十一階に到達した。
何組も、テレポーターから入ってくるパーティを見送るとアレッシオとアルマはテレポーターを操作する。まずは手持ちの携帯端末PADを登録し、今後この階からこられるようにする。
流石に二人で来ることはないだろうが、これで、二十一階から始めることが出来る。
ふと、そこで修貴とカリムに対し、アレッシオは疑問が沸いた。カリムはすでに完成したマップをかなりの階層まで持っている。昨晩、修貴との会話では探りたい階があるといっていたが、それではわざわざ一階から探索を始める必要はないはずだ。
思いついた疑問を投げかけると、アルマは何だそんなことと、笑っていた。
「ああ、それは俺の我侭かな。折角なら始めからマップを埋めたい」
「修貴、それだけじゃないよ。始めから慣らさないと、修貴はここ初めてで危険だからね。それに、修貴のレベルアップを考えれば始めからの方がいい」
「そうか? 殆どカリム一人で倒してて、俺は楽しすぎな気がしてたけど?」
「いや、それでもここのモンスターは単体でも普段修貴が潜ってるダンジョンより強力だよ」
それに、とカリムは口にこそしないが心の中で付け足す。約束のために二人で一歩づつ進めるならばそれに越したことはない。
成る程、とアレッシオは頷く。そんなアレッシオにアルマは耳打ちをした。
もちろんそれだけではない。そう言って話すアルマにアレッシオは首振った。そういうのは無粋だ。えー、と呟くアルマを傍目にアレッシオはありがとうと、言葉をカリムと修貴に返した。
「本当に助かった。それに本当にごめんな。迷惑をかけた。次はもっと人を見る目を養っておくよ」
「そうね。迷惑をかけてごめんなさい。お返しといっては何だけど、カリムちゃん、相談があったらまた聞くわ」
相談? と修貴はカリムを見た。一体何の相談か検討もつかない。
それと、とアルマが今度はカリムに耳打ちをした。
プレゼントに防具ってのは悪くないと思うわよ。本当はもっと色気がある物の方がいいけど。だから、いつまでも制服の練成したのより、いっそお揃いにしてみるとかもね。ちょっと高いかもしれないのはネックだけど。
カリムはお金は心配ないと首を振った。
修貴はカリムとアルマが何を話しているか想像をすることも出来ず、アレッシオを見た。
アレッシオはきっと君のことだと言う事も出来ず、苦笑した。これはカリムに同情すべきなのだろう。
アルマとカリムの会話が終わると、アレッシオとアルマはまと、機会があったらと言って地上に戻った。
それを見送ったカリムと修貴は視線を合わせる。
「嵐のようだった」
「僕には有益だった」
「そうなのか?」
「そうなんだ」
二人は笑うと二十一階を踏破するために歩き出した。
* * *
勢いで書き出したわりにしっかりと続いています。
いつになったらひと段落がつくのか。年内にひと段落つけばいいのですが、今のペースじゃ無理なきがするorz。
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修正 2009/06/21