管理局とのファーストコンタクトは、和やかとは言い難い雰囲気だった。もっとも、俺がどうにも権力者というのを信用できないでついつい攻撃的な態度をとりがちなのが、原因の一部を占めていたことは間違いないが。とはいえ、その後の付き合いの中で、俺の中での管理局の信用度が落ちていったのは、決して俺の態度のせいだけではないはずだ。
廃ビルで魔力爆発があった翌朝。
俺は市内を見下ろす高台に来ていた。魔法の実際の使用を訓練するためだ。
実は、昨夜の侵入者達が市内から消えた後、市内でまた正体不明の魔力の急増があった。ユーノと兄とともに駆けつけてみれば、そこには見境なく暴れる黒い物体。ユーノ曰く、ジュエルシードの思念体だという。
早速の面倒ごとに、ため息をつきながら、思念体を取り押さえにかかったが、これが上手くいかなかった。
事前の戦術検討では、兄の剣に俺の魔力を纏わせて前衛兼囮を務めてもらい、俺が後方から砲撃魔法で撃ち抜いて決める、という方法を試してみることになっていた。
しかし、魔力を纏わせた兄の剣は、思念体に一太刀浴びせただけで粉々に砕け、思念体も1瞬たじろいだものの、直ぐに傷を修復させた。ユーノが解説するには、俺の魔力に剣が耐え切れなかったのだろうとのこと。俺の魔力量はかなり大きいから、よほど精密に制御しないと剣は耐え切れないだろう、と。そういうことは先に言えっての。
兄はそのまま、思念体の鼻先で動き回りつつ純物理攻撃で気を引こうとしてくれたが、思念体は俺のほうを高い優先順位としたらしく、兄をほとんど無視して、俺に向かってきた。ユーノが解説するには、思念体は魔力を源にしているから、より大きな魔力-つまり俺-に魅かれるとのこと。だから、そういうことは先に言えっての。
仕方ないので、レイジングハートの助言を受けながら、飛翔して相手の攻撃を避けつつ、誘導弾で弱らせ、足を止めたところで砲撃魔法で撃ち抜いて仕留め、ジュエルシードを封印した。
ユ―ノは、凄い凄いとはしゃぎっぱなしだったので蹴り飛ばしてやった。確かに俺も兄も怪我はしなかったが、実際は冷や冷やものだった。こちらの持つ技術も判らずその場で相談しながらそのときそのときの対応を決めるなんて気違い沙汰だ。相手の機動性も攻撃方法もわからない状態でよく無事に勝てたと思う。前世で血反吐を吐いて潜り抜けてきた実戦経験と、レイジングハートの優秀なサポート、相手が理性もなく近接戦闘以外の攻撃方法をもっていなかったこと。この3つのどれが欠けても、確実に怪我を負っていたし、あるいは怪我ではすまなかったかもしれない。
ユーノが封時結界とやらを張ったおかげで、戦闘の余波で周囲を破壊することは避けられた。俺たちの到着前に思念体に破壊された部分はそのままだったが。悪いがそこまで面倒は見きれん。兄は少々罪悪感に駆られたようだったが。
そして、そのときの苦労を鑑み、また、市内に侵入してきた魔道師相手の戦闘の可能性も考えて、朝から魔法の実地訓練をすることにしたのだ。
ちなみに父と兄は、このままでは役に立たないことが明白なので、剣術の技をどう活かすかを考えながら、別の場所で訓練している。特に兄は、昨日が初めての実戦だったので、いろいろと思うところがあったらしい。とりあえず、今の状態では、俺と一緒にいても足手まといにしかならない、ということで、相当気合の入った顔で、訓練する山へと向かっていった。
俺は、ユーノが張った人目を避ける結界の中で、ユーノとレイジングハートの指導を受けながら訓練している。
とりあえずは、機動性の向上としての飛翔魔法、身体の出来上がっていない俺でも魔力とレイジングハートのサポートさえあれば扱える砲撃魔法と誘導弾、それに防御魔法。近接戦闘になってしまったときの身体強化魔法と魔力刃操作魔法。それらの魔法の種類と特徴の説明を受ける。それぞれの魔法から比較的習得が容易という魔法を実際に試して射程や威力、発動までの時間などの使用時の制約などを確認し終え(またユーノが凄い凄い、と五月蝿かった)、ちょっと難易度が高めになるという誘導弾の複数操作訓練をしていたときだった。
俺が市内全域に張っている結界が魔力物体の転移を検知した。場所は……至近!
俺が全速で戦闘体勢をとりつつそちらを向くと、そこには俺よりすこし年上くらいの黒い服を着た少年が立っていた。
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。管理外世界での魔法行使は緊急時以外禁止されている。事情を聞かせてもらおう。」
権力をもつ人間特有の表情をしている。だが、性根が腐っているわけではなさそうだ。青臭い正義感らしきものが観てとれる。
「あ、僕たちは……。」
素直に答えようとしたユーノの言葉を俺は遮った。
「おい、ユーノ。彼が確かに時空管理局員だということは確認できるのか」
俺の疑問に答えたのは、少年のほうだった。
「疑うつもりか? なにかやましいことでもあるのか。」
「こいつ、ユーノがいうには、時空管理局には事故の報告をしていないという。そして昨日、市内に侵入者があってジュエルシードを奪っていった。その翌日というタイミングで連絡をしていないはずの時空管理局を名乗る人間が現れる。警戒しないほうがおかしいとおもうが。」
「君達は先日のジュエルシード逸失事故に関わりがあるのか?」
「正体の知れない相手に説明する義理はない」
少年の顔が不快気に歪む。精神的に隙のあるタイプだな。
だが、少年はすぐに仏頂面に戻ると、懐からカード状のものを取り出した。
「身分証だ。確認したまえ」
「俺にはわからん」
「なに?」
即答した俺に少年が肩透かしを食った表情になる。恐縮するとでも思ったんだろう。どうも、権力臭が鼻につく組織のようだ。
「ユーノ。」
顎をしゃくってやると、俺が言葉を遮ってからキョドっていたユーノが理解してうなづいた。
「う、うん。」
ぴょん、と飛び上がって身分証の前の空中に停止する。
俺は、それを眺めながら、まあ、本物だろうな、と判断していた。偽者でこちらをひっかけようとするなら、もっと友好的で度量の大きそうな態度か、逆にもっと高圧的で逆らえば即拘束、といった態度をとるほうが策としては理に適う。少年も腹芸のできるタイプには見えん。
「本物だと思うよ。」
ユーノが振り向いた。
「そうか。じゃあ、事情を説明しろ、ユーノ。」
「え、僕?」
「当事者はお前だろうが。俺は巻き込まれただけだ。」
どうにも事態を取り違えているフェレットに、俺は呆れを隠さない声を返した。
「ああ、それと。」
「なに?」
俺は表情を意図して満面の笑顔に変えた。
「管理外世界での魔法行使禁止なんて話、俺は聞いてないが、その辺の理由も説明してもらえるんだろうな?」
フェレットの顔が明らかに引き攣った。
説明は結局、時空管理局の船の中でおこなうことになった。クロノとやらが上官にも説明してもらいたい、と要求したからだ。まあ、ユーノの説明を信じるなら、ジュエルシードは一級の危険物だ。道端で簡単に説明して終わり、というわけにはいかんだろう。
俺は素直に同行することにした。家族には連絡しない。いきなり拘束、とはならないだろうと思ったし、こちらの手札を極力伏せておきたかった。ユーノにも家族のことは伏せておくよう念話で依頼してある。
そして、俺は今、和風もどきの部屋で、年齢不詳の若い女とクロノに対し、人型に戻ったユーノとともに向かい合っている。ちなみにユーノの人型は俺と同じくらいの外見年齢だった。聞いてみると同い年らしい。声色から子供だろうとは思っていたが、想像以上だ。はっきり言って、今回のコイツの行動はガキの暴走だな、こりゃ。
つらつら考えていた俺の隣で、ユーノが一連の経緯の説明を終えた。
「立派だわ。」
提督と紹介された女が口を開いた。
「だが、無謀でもある。」
クロノが引き継ぐ。
「現時点を持って、ジュエルシードの捜索は時空管理局が引き継ぐ。君達はそれぞれの生活に帰りたまえ。」
「そんな!」
ユーノが机を叩いて立ち上がった。
「僕たちには責任があるんです!」
それはお前だろ。俺を含めるな。まあ、正確にはユーノにも、捜索しなきゃならん責任はないとはおもうが。
「駄目だ! ロストロギアは子供のおもちゃじゃないんだ!」
お前も十分子供にみえるがな。
「まあまあ、クロノ、落ち着いて。そんな急に決められることじゃないわ。」
「ですが……!」
「お二人には一日時間を差し上げます。明日まで自分がどうしたいか、じっくり考えてきてください。」
「提督!」
騒ぐクロノを視線で制する女。
「いいですね?」
ユーノが俺の隣でうなだれて、手をにぎりしめている。どうでもいいが、俺は、ひとことも喋ってないんだがね。それに、飴役と鞭役に分かれて交互に話をする心理誘導。まあ、基本ではあるが。大方、あちらが主導権を持っての対応に、こちらが協力を自発的に申し出るよう、話を持っていきたいんだろう。だが、踊らされてやる義理もない。
俺は、気怠げに口を開いた。
「一応聞いておきたいが」
視線が集まる。提督がにっこりいかにも人畜無害な笑顔を浮かべる。
「なにかしら?」
「ジュエルシードが町にばら撒かれる原因となった事故。輸送は管理局の艦船で行なわれたと聞いているが、輸送時の監督責任をもつ管理局の担当者の処分はどうなったんだ?」
急な話題転換に意表を突かれたのか、沈黙が流れた。すぐ取り繕うようにクロノが喋りだす。
「事故の詳しい状況もわかっていない。今は、責任追及のようなことをしている時間はないんだ。」
「偶発事故か襲撃事故かの調査くらいはしているだろう?」
背後関係があるかないかで、ジュエルシードの回収時に気をつけるべき点が変わってくる。回収作業を引き継ぐというのなら、当然、その辺のアタリはつけていてしかるべきだ。
「何が言いたいんだ?」
だが、おちびの執務官には通じなかったらしく、むっ、とした表情を浮かべている。提督は笑顔を崩していない。俺は、クロノの言葉を無視して次のネタを振った。
「このえせフェレットは自分の責任と言い張っている。ジュエルシードの危険性を知りながら、即管理局に連絡しなかったこいつのせいで、管理外世界の俺が巻き込まれたのも確かだ。こいつは、どういった罰則を受けるんだ?」
「な、なのは?!」
慌てるフェレットを無視する。視線はさきほどから笑顔を崩さない女に向けている。俺の表情にも視線にも笑いの要素は一切ない。
「……君は揚げ足をとるようなことを言うな。この事件はこちらが引き受けると言っただろう。昨日今日魔法を覚えたばかりの民間人の出る幕じゃない。」
クロノの不機嫌そうな声が聞こえる。提督は笑顔を崩さない。
ちょっとの間、沈黙が流れた。
「……なのはさんはなにか言いたいことがあるのかしら?」
いかにも、子供に接する母性溢れる大人、といった感じで提督が言った。だが俺には、自分が上位にあるのだという場の雰囲気を作りだそうとしているようにしか見えない。
俺は、提督に言葉を返さず、沈黙がしばらく続いた。
クロノが苛立って口を開く気配を感じたので、先手をとって、これみよがしな深いため息をつく。
機先を削がれたクロノは言葉を発せず、また少し沈黙が続いた。
十分、場の状況を変化させたとみて、俺は、口を開いた。
「立派、ねえ。」
「なにが言いたいんだ、君は?」
情感豊かに発した言葉にクロノが食いついた。だが俺は視線を提督に投げる。今は笑顔を浮かべていない。いかにも真剣に話を聞きます、とでも言いたげな、真摯な表情だ。
「立派? 自分の住む町に危険物がばら撒かれて、対処できる人間の心当たりが自分しかいないときに、自分で行動するのが立派だというのがお前達の考えなのか? 管理局とやらに治安をまかせる次元世界とやらは、さぞかし不安な毎日を過ごしているだろうな。同情するよ。」
「っ! 管理局を侮辱する気か、君は!」
感情的に叫ぶちびに目線を移して俺は続ける。
「無謀? いつ暴発するかわからない命の危険にさらされて、しかも救助のあてはない。知識や技術が足らなくとも、わずかな可能性を求めてあがく、生きようとする意思を、無謀と呼ぶのか? なら、お前達にとって、自力で対処することが難しい相手には、黙って命をさしだすのが当然なんだな?」
「そんなことは言ってない!」
「そうよ、なのはさん。少し落ち着いて……」
「そちらが今後、一切の対応をひきうけるというのなら」
相手の言葉を無視して続ける。
「無論、今後、わずかたりとも人的損失・物的損失はださないと保証するんだろうな?」
「無茶を言うな!」
ちびが机を叩いた。
「これは子供の遊びじゃないんだ! わがままをいうんじゃない!」
俺は失笑した。
「わがままねえ……」
嘲る色をたっぷり含ませた視線で相手の顔をなでてやる。
「管理局「の」失態で、「全く無関係の」世界にばらまかれた危険物を、管理局「が」独力で片付けるというんだ。こちらのこれまでの必死の対応を無謀と切り捨て、これからの助力は恩着せがましい言い方で断りながら。そちらのミスにまきこまれた側としては、今後の被害を0に押さえるよう要求するのは当然の言い分だと思うが?」
「それは……!」
言葉に詰まるちび。ふん、反論したいが、正論には逆らえない、か。やはり甘い。
「本来なら、床に額をすりつけて、「もうしわけありません、こちらの不手際であなた方の住む町に危険物をばらまいてしまいました。当然、こちらで対処させていただきますが、被害を0に押さえる自信がありません。厚かましいお願いですが、あなたの力を貸していただけないでしょうか」くらいのことを言って当然の状況だぞ」
「なっ…なっ…」
「ああ、それとも」
ガン、と机の上に足を投げ出す。膝丈のスカートの裾がふわりと持ち上がってから、静かに舞い降りた。
「「私の情けにすがりたければ、この足をお舐めなさい、坊や」とでも言ってほしかったのか? ん?」
にまりと俺が笑うと、ちびは顔から蒸気を噴いて真っ赤になった。能力はともかく精神的には年相応に初心なようだ。
くつくつと押さえきれない俺の笑い声が、沈黙に呑まれた部屋に流れていた。
■■後書き■■
魔王全開。
※次回投稿からとらは板に移る予定です。多分来週の火曜日か水曜日。これからもよろしくお願いします。