『それでね……』
フェイトと通話を続けながら、俺は内心で首をかしげていた。俺を叱り付けて心配していたときこそ、普段どおりのフェイトだったが、話題が何気ない会話や、日常の報告になってから、どうも様子がおかしい。無理に普段どおりのテンションを維持しようとして失敗しているような節が時々にある。たまに表情にも陰りが見える。それに今回の任務について、妙に触れたがらない。話がそちらに行きそうになると、慌てて話の方向を変える。本人は隠してるつもりだろうが、バレバレだ。
「フェイト」
話の切れ目に、俺は切り出した。
「なにがあった?」
『え、な、何のこと? べ、別になにもないよ?』
そんなキョドってどもりながら言っても説得力ないって。ほんと、素直な奴だ。
俺が黙ってじっと見つめると、フェイトはしばらくワタワタして、あーう-言ってたが、やがて俯いて肩を落とした。
『やっぱり、なのはには隠せないね……』
いや、お前が判り易すぎるだけだと思うが。そんなことを言えばなおさら落ち込むので、別の言葉で返す。
「まあ、ちょっと様子がおかしかったからな。なにか嫌なことでもあったのか?」
「うん……」
暗い顔をするフェイトから話を聞く。
どうやら、今回の航海のなかで、一般人に被害が及ぶ可能性があるのに、ロストロギアの封印を優先するように、という指示があった事件があったらしい。フェイトは再考を要請したが受け入れられず、結局、指示を無視して、一般人の保護を優先。武装隊のフォロ―で事なきを得たものの、一時、ロストロギアはかなり危ない状況に陥ったらしい。
「それで、自分の判断ミスで皆を危険にさらしたと思って、落ち込んでいると」
「うん……でも、やっぱり何度考えても、一般人を見殺しにするのは納得いかなくて」
俯くフェイト。
管理局は、実際の行動時には、しばしば一般人の被害を無視してより大きな危険性への対処を優先する。大抵の連中は、仕方のないこととして割り切っているが、フェイトはいまだにその辺を割り切れないらしい。
だが、管理局では、フェイトのような考え方は異端だ。
例えば、PT事件で、俺がジュエルシードの捜索にローラー作戦を提案したときもそうだ。ジュエルシードの励起を待ったほうが効率が良いと言うクロノの意見は、街に被害が出る可能性を許容するという事でもある。大をとるため、小を切り捨てる。だが、その切り捨てられる部分と大きさは、誰が、どのような基準で決めるのだろう?
フェイトは切り捨てること自体を良しとしない。切り捨てざるを得ない時でも、その中からできる限り救い上げようとする。俺はそれを愚かだとは思うが、同時に眩しく思う。切り捨てて終わらせるのは楽だ。そこに正義という免罪符があるのなら、なおさら。
だが、なりふり構わず自分の保身を省みず、僅かでも可能性があるならそれに賭けようとフェイトはあがく。
白と黒に物事を割り切るなら楽だ。矛盾も葛藤も生じない。だが、それに甘えず、泥にまみれてもより良い未来を求めてあがくのが人間ってもんじゃないのか。うまくいかないことも少なくないだろうが、それでも心折れずに挑みつづけるのが勇気と言われるものじゃないのか。成功が確実なことにだけ手を出すのは誰にでもできる。低い確率に挑んで成果を手繰り寄せようと、不安を傍らに闘うときにこそ、真価が問われる。
だから、フェイトの想いは、局員としては間違ってるかもしれないが、人としては間違っていないと思う。
俺は、そんな意味のことを、俺らしくもなくぽつりぽつりと伝えた。自分自身でも信じていない奇麗事を。だが、現実に甘んじる人間に囲まれて、ひとり孤独に立つ幼い子供には、その奇麗事をキチンと言ってやるべきだと思った。
そんな俺の言葉に、フェイトは僅かに影を残しながらもクスリと笑った。
「そっか。なら、私はなのはと同じなんだね。嬉しいよ」
「だって、あのとき、なのはは来てくれたでしょう。なのはにとっては危険なだけの行動だったのに、私を見捨てればよかったのに。
それでも来てくれた」
いわゆるPT事件の終盤のことだ。
フェイトはそのとき、海中に落ちていたジュエルシード6個を同時に励起させ、一気に封印しようと試みた。彼女とアルフ2人では成功不成功に関わらず、大きなダメージを負うことはまず間違いなく、場合によっては死の可能性も見込めた。そしてその状況で、アースラは2人を捨て駒として扱う判断を下した。
クロノは言った。
「封印に力を使い果たしたところを叩けばいい。」
リンディは言った。
「私たちは常に最善の選択をしなければいけないの。残酷に見えるかもしれないけど、これが現実」
俺は言った。
「これが最善だと貴様らは言うのか? 現実に甘んじて、努力をせずに流されてるようにしか見えんが」
戦術的に効果的なのは俺も同意する。だが、それにわざわざ「正しい」理由をつけるあたりが気に入らん。子供を見捨てる罪悪感を正義のためにという免罪符でごまかしてるようにしか見えん。いくら戦術的に効果的でも、理念に反するなら、それは執るべき道ではなかろう。
反論しない彼らに俺は背を向けた。以前の邂逅で言葉を交わした、フェイトと呼ばれていた少女の姿が脳裏によぎった。心を抑え込まれたような、無表情の仮面の下にざわめく感情の波。おそらくは、所属する組織からも、いつでも切り捨てられる潰しのきく駒として扱われ、今、自称法と秩序の守護者からもその身の安全を見捨てられ。大人たちの都合に振り回されて生きる子供。そして、おそらくはこれからも、大人たちに都合の良いように使われて使い潰されていくであろう子供。
「……馬鹿馬鹿しい」
力がなければ、食い潰されていくのが人間の世界だ。目端が利かなければ、良いように使い潰されていくのが組織の実情だ。それらの理屈がより剥き出しになるのが犯罪者達の世界。そして彼女は犯罪者。たとえ、親子の情で縛られていても。「母さんが必要としてるから」と彼女は言った。
愚かしいと思う。哀れとも思う。どんな事情があろうと、おそらくは、自分で自分の道を選ぶことができるほどには自我の発達していない子供であろうと、彼女はわずかなりとも持つ自分の意思で、自分の在り処を選んでいる。それが、周りにつけこまれ、操られて選ばせられた道であろうと。
俺の関わることではないのだ。俺は自身と家族の安全のために、未知の力である魔法について詳細を知る必要があり。街に突如ばらまかれた正体不明の魔力保持物への対応のために魔法に関わる行動を起こさざるをえなくなり。そしてその結果として、時空管理局と行動を共にしているにすぎない。この件が終われば、俺は、今までどおりの生活に帰るのだ。いかに彼女が哀れな子供であろうと、彼女のために危険を冒す謂れは俺にはないのだ。
俺は転送ポートに向けて、ゆっくりと歩を進めた。
前世のことが頭をよぎった。才のない身に努力を重ね、周囲の嘲りをうけながらも、自身の在り方を求めてあがいた日々。やっと手に入れた力を、異端と蔑まれ邪道と切り捨てられ。それでも、力は有用とされて、いいように使いまわされた屈辱の日々。
「下らん」
これは、ただの感傷だ。行為はなんの利も俺にもたらさない。危険に身をさらすだけの行為だ。なのに、俺はその行為を間違いと断じえないでいる。ふと、前世での友人の言葉が耳にこだました。「子供を犠牲にして、手に入れる平和なんて糞食らえ。誇りを汚して手に入れる栄光なんざ犬に食わせちまえ」。
あれは、力及ばず一般人に多大な被害を出しながら、依頼を達成して、上から「お誉めの言葉」を頂戴した仕事の帰り。二人で浴びるように酒を飲んでいたときに、こぼれおちた偽善の言葉。だが本音の欠片だった。
転送ポートに立って、視線をリンディに向ける。クロノが何か言っているが聞き流し、俺は口を開いた。
「抗命権及び緊急時の自由行動権の使用を宣言する。これから俺のとる行動は俺自身が責任をとるものであり、その結果に関わらず、管理局に責任を問わないことを契約に基づき承認する」
言い終えて、俺は転送ポートを発動させた。6つの竜巻と一人の少女がいる戦場に向かって。
「あれ、嬉しかったんだよ? なんで手伝ってくれるのか聞いたとき、なのは言ったよね。死の危険にある人間を助けるのに理由を求めるな、って。
私は悪いことしてるんだって、わかってた。でも母さんのためだと思って罪悪感を押し殺してた。だから、誰かが手を貸してくれるなんて思いもしなかった。それなのに敵対してるはずのなのはが手を差し伸べてくれた。母さんに捨てられたあとも、励ましの言葉を掛けてくれた」
竜巻を魔力量に任せて押さえ込み、途中から参加したユーノとクロノの力も借りて、6個のジュエルシードは封印された。フェイトはかなり力を使ってボロボロだったが、大きな怪我はなかった。
海上で黙って向かい合う俺とフェイト。俺は自身の間抜けな行動に苦い気持ちで。フェイトはなんと言っていいか、わからないという困惑で。お互い次の行動をとれずにいた。次元跳躍攻撃が来なければ、もうしばらくそのままの時間が過ぎただろう。だが、実際はフェイトとアルフは雷撃の直撃を受けて、海面に向かって落ち、クロノがジュエルシード6個のうち3個をつかみとった。残り3個は次元転送によって奪われ、この事態あるを予測していたアースラがそれを追跡して敵の本拠地の座標を特定した。
急転する事態の中、フェイトとアルフを確保して俺とクロノとユーノはアースラに戻り、画面越しにプレシア・テスタロッサの狂気を目の当たりにする。信じていた血縁関係を否定され、ずっと嫌っていたという言葉の刃を叩きつけられたフェイトは気絶した。突入した武装隊は全滅。その状況で、リンディは敵本拠地侵入・制圧への協力を俺に要請し、俺は咄嗟に即答できなかった。
相手の本拠地へ、情報をほとんど持たないまま、少数で突入することの危険性。確かに敵地への少数精鋭による侵入破壊工作は戦術の常道の一つだが、魔力量だけの人間が精鋭と呼べないことは、クロノに言われるまでもなく理解している。だが、武装隊の全滅という現実、数少ない残存戦力である自覚があった俺には、明らかに逼迫している状況下での抗命権の連続使用は即断しかねた。嘘か真か、地球をも巻き込む災害となりかねないというリンディの言葉が、俺を追い詰める。
結局、俺はリンディの要請を受け入れた。本命であろうクロノの負担を軽減するための、潰れても構わない戦力として扱われているだろう自覚はあった。だが、そのリスクは管理局と協力体制をとることを選択した時に、既に想定していたものだ。本来なら、それを避けるための抗命権だったんだが。現状を放置すれば故郷も危険にさらされ、見ている間にも明らかに状況が悪化していき、対応できる人材が自分を含めて数人しかいない。そんな状況下では、自分の命もチップにする賭けに出るのが最善の手と判断せざるを得なかった。前世でも何度も経験したことだ。それが最善であると納得すれば、行動に移ることに怯みはない。
ただ、転移の前に、俺はフェイトに声をかけた。聞こえていないだろうことは判っていた。だがそれでも、十分な準備なしに危地に乗り込むことの恐れと覚悟が、我ながら馬鹿な真似をして助けた不遇の少女に対する、最後になるかもしれないお節介な行動を後押しした。
「なのは言ってくれたよね。私はあのとき、なにもかもどうでも良くて、周りの声もほとんど耳に入ってなかったけど、なのはの言葉だけは、不思議とはっきりと聞こえたんだ。」
警戒するアルフを押しのけ、俺はフェイトに語りかけた。
「生まれなどどうでもいい。大切なのは何を為すかだ。
悪事を行なったならその悪事を背負え。正義や大義を持ち出して正当化するな。言い訳がましく理屈をこねるな。お前の生まれも、仕出かした犯罪も、綺麗な思い出も屈辱の記憶も、過去の全てが今のお前を形作り、未来のお前へとつながる力になる。だから、あんな言葉で世界を諦めるな。生きることを放棄するな。お前が求める想いを持ち続けるのなら、可能性は途絶えずにそこに在り続ける」
最後に、彼女の頬に触れ、静かに撫でると、俺は転送ポートに向かった。もの言いたげなアルフの視線が追ってくるのを無視して。
そしてフェイトは驚くほどの短い時間で立ち上がり、時の庭園で戦う俺たちの下に来てくれた。俺たちに力を貸すために。そして母と呼んで愛した人と向き合うために。その想いは正しく報われたとは言い難いが、その経験が今の彼女の生き方に芯を与えていると俺は思っている。
あのときの俺は、自分の馬鹿さ加減を良く理解しながら、それでも愚かな道へと踏み込んだ。フェイトがそのときのことを、いかに大切に想っていようが、俺のことを吐いた言葉どおりの綺麗な人間だと想っていようが、俺からしてみればそれは、ただただ的外れだ。俺は俺自身の意思で俺のために俺の道を選んだのだから。結果がフェイトの為になったとしても、それは結果そうなっただけで、俺が意図したことではないのだ。
俺はかすかに嘲笑う。
俺は自分が優しいといわれるような行動をとらないことを知っている。必要であれば、部下を死地に突っ込ませてきたし、敵の戦闘力を奪うのに過剰と言われるだけの対処をとってきた。ただ、自分の命をチップにせざるをえない状況では、部下や敵を扱うのと同じように、自分自身をも容赦なく扱った。死に逝く者達に上辺を取り繕う嘘を吐き、怯える局員に信じてもいない言葉を浴びせ奮い立たせてきた。
俺が管理局にいるのは、俺が管理外世界で自由に生活することを建前はどうあれ、管理局が許容しなかったからだ。だから、俺は、やむを得ず管理局に所属し、だが、管理局の理念や正義には距離をおき、自身と友人の安全を第一として、思うがまま、自分優先でやってきた。
だが、レジアス・ゲイズという男に見出されて、何かが変わりつつある。管理局の謳う平和も秩序も信じられないが、あの男の瞳に見た過去への想いと未来への意思に嘘はなかった。
出向辞令を受けたときは、面白いことになるかもしれん、という程度の認識だった。それはこの数週間で、面白いことにしてやろうか、という気持ちに変わりつつある。ついこの間までは、管理局のあり方など、多少鬱陶しいだけでどうでもいいことだった。それが今は、管理局をうざったくないように変えてやるのもいいか、なんて思い始めている。
だが、それも所詮俺の道。純真に理想を追いつづけるフェイトとは交わることの無い道。
だが、それでも。
俺はモニターのフェイトを見つめた。
変わって欲しくないこともある。
俺は口を開いた。
「フェイト。明日、休みだろう。よかったら、会わないか。たまにはゆっくり、いろいろな話をしてみたい」
フェイトは数回の瞬きの後、満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。
ああ、そういえば。仕事絡みでなく一緒に時間を過ごそうという誘いを、俺からかけたのは初めてだったな。
■■後書き■■
権力には反発するし戦闘では敵に容赦しないが、実は結構甘いところもあるなのはさん。魔王の名が泣くぜ。
でも、そういう人間らしさも素敵、と筆の進むまま、書いてしまった作者。でも後悔は(ry。
このSSでの無印は、決闘編無し・海上竜巻戦後にフェイトとアルフ逮捕→時の庭園突入→以下原作どおり の流れです。
ちなみにプレシアの確保ジュエルシードは最初の3個+管理局との競り合いの探索で2個+海上からの掠め取り3個の計8個。競り合いの探索での確保2個は、nanoha wiki の時系列表の、管理局と競り合いになってから海上竜巻戦までの確保数から持ってきました。