地上本部に出向になったとはいえ、俺に求められるのは教導隊の豊富な教導経験とそのノウハウだ。2ヶ月の間に各資料の在り処のアタリをつけ、現場に詳しい連中の目星をつけて何回か話をしたり食事をしたりはしていたが、経験の蓄積などないも同然。
おかげで出向したと言いながら、しょっちゅう、教導隊に入り浸っている。まあ、プロジェクトでの俺の自由行動権はかなり大きめに認められている。ぶっちゃけ、上司はレジアス少将のみ。少将からは、「特に事前報告の必要がある場合以外は、自由に行動していい」と言われている。まあ、俺の経歴を見れば、教導経験を持ち込むには他人の力を借りねばならないことは誰でもわかるが、だからと言って10代前半の小娘に大きな自由行動権を与えるのはなかなかできることではない。責任は自分にかかってくるのだから。
それを承知の上で、教導隊最年少で素行不良という、仲が悪い部署にも放出しやすい俺に狙いを定めて引き抜き、自由に動ける環境を整えた上で環境の活用は俺に任せるとは、やはり見込んだとおりの男のようだ、レジアス・ゲイズ。
フェイトと休日を過ごした日から数日経ったその日も、俺は、教導隊本部に行くために本局内の通路を歩いていた。
(個別の訓練マニュアルならともかく、教導隊の教導のノウハウはそれほど高い機密性があるとは思えんのだがな。むしろ積極的に公開して、組織全体の訓練レベルの引き上げに役立てるべきじゃないのか? 複写も禁止、持ち出しも禁止、基本部外秘で教導隊に籍のある人間でも、いちいち本部に出向いて許可証貰って資料室に出向かなくちゃならんなんて非効率だろ。……うん、そうだな。その辺のノウハウの公開・共有化を図ることもプロジェクトの試案に組み込んでみるか。)
「……の…! な…は!」
(うん?)
「声のほうに振り向いてみると、そこにはクロノ・ハラオウンが立っていた」
「……なんだ、その解説は……」
「まあ、落ち着け」
「僕は初めから落ち着いている」
どうも考えに浸って、呼びかけを無視してしまっていたようである。
「俺の古馴染みにして、お気に入りのオモチャであるこの男の声を」
「誰がオモチャかっ!」
クロノと通路の端に寄る。この男と会うのも久しぶりだ。
「ああ、このあいだは、フェイトにつきあってくれて礼を言う」
開口一番、礼を言われた。シスコン気味のこの男らしいといえばらしいのだが。
「友達づきあいに礼を言われる筋合いはないな。もちろん、文句を言われる筋合いも」
肩を竦めた俺に、クロノは苦笑した。以前、「フェイトと付き合うなら、素行をもっときちんとしろ!」と文句をつけてきたのはこの男だ。「お前はどこの父親だ。ついでに俺に同性愛のケはない」と返して、からかい倒してやったが。思えば、こいつも随分と成長したものだと思う。
「兄としては、なんとかしてやりたいと思っていたからな。君と休日を過ごしてから、完全に持ち直したんだ。礼くらい言わせてくれ」
「なら受けとこう」
そら、軽い皮肉にこういう答えが返ってくる辺り、気持ちに余裕が出たというか視野が広くなったというか。昔のコイツは、自分の信じる規律にしがみついて、それ以外にはやたらと噛み付く意固地なとこがあったからな。からかい甲斐は減ったが、まあ、いい男になったと思う。
「とはいえ、お前らもフォローはしたんだろう? 俺一人の力じゃなかろう」
「いや、君はフェイトの「特別」だからな」
素直な心情を言葉にすれば、意外な答えが返ってきた。特別というなら、義兄であり、上司であり、先輩でもあるクロノこそ、フェイトにとっての特別だろう。特にあいつは「家族」にこだわりを持っているところがあるし。
そう言う俺に、クロノは首を振った。自分は確かに特別な位置にいるが、年齢的にも職場的にも対等の関係とはなり難い。対して俺は、本当の意味での「特別」なのだと。
「フェイトにとって、君は初めての友達だからな」
思い出す。PT事件終結後、しばらく経ってからのアースラ出航の日の会話。
クロノから呼び出しを受け、臨海公園に出向いた俺は困惑していた。目の前に立つのはフェイト・テスタロッサ。今回の事件の従犯だ。クロノ曰く、「利用されてただけの子供に罪を背負わせるほど管理局は非情な組織じゃない」とかで結構軽めの処分になる見込みらしいが、監視つきとはいえ、独房から出すってのはいくらなんでもちょっとまずいんじゃないか? 大方、あのリンディが横紙破りをしたんだろうが……。どうもあいつは規律にゆるい。
権力者の意思が法や規律を曲げて罷り通る組織に、俺もこれから所属することになるかと思うと気が重くなる。なんでも俺の魔力量が管理局でも上位数%に位置する大きさだとかで、知らなかったとはいえ管理外世界で無許可で魔法を行使したこととあわせ、まだ幼年の俺を、魔法のない世界に一人置いておくのは、俺にとっても周囲にとっても危険なことだと管理局は判断したそうだ。
「なんらかの形で管理局に所属してもらうことになると思うわ。もちろん、いまのなのはさんの生活を壊さないようできるだけ配慮するから」
つまり、俺という不安因子を取り込んでおきたいんだな、と俺は解釈した。この場合、俺が管理外世界の人間だということや俺自身の意思がどうなのか、ということは意味を持たない。確認したが、魔力量が多かろうと管理局に所属するよう強制する法的根拠は管理局法にもない。
「俺が幼年である」ということでフェイトのように犯罪に利用されたり、未熟な判断や発想で事件を起こさないように「保護」する、という建前だ。
そして俺と管理局との戦力差が圧倒的(当たり前だが)で、俺と俺の家族の住む町も把握されている以上、管理局の意思に逆らうことは無意味だ。下手に逆らえば、それこそ「幼年故に精神的に未熟で魔法犯罪を犯しかねない」という相手の言い分に証拠をくれてやることにしかならん。管理外世界での魔法使用を罪とする、と武力上圧倒的に優位な管理局が決めている以上、俺の日本国民としての人権やら俺には次元世界の法に従う義務はないという意見やらを、わめいたところでなんにもならない。
仮に、地球の政府に保護を求めたとしても、俺の代わりに未知の技術が手に入り、圧倒的に強大な組織との衝突が避けられるなら、彼らは喜んで俺を管理局に引き渡すだろう。管理局が俺の身柄を押さえたい、と考えた時点で、俺の意思や事情の斟酌無しに俺の管理局入りは決まったといえる。
ちなみに、俺をこの世界に留めておこう、というリンディの申し出は断らせてもらった。そんなことで下手に恩を着せられてもかなわん。学校の勉強なぞ、前世付の俺には無駄な時間だったし、どうせ逆らえないのなら、こちらから向こうの中枢へ飛び込んだほうが、まだ何かと有利になる。地球側に提出する書類の捏造やら次元世界側に提出する書類の作成やらの手続きを終えれば、俺は次元世界の中心地というミッドチルダに向かい、そこで魔道師を育成する学校に通うことになっている。
今回の呼び出しもその関係かと思っていたら、クロノが
「彼女が出航前に君に会いたいと言ってね」
とフェイトを俺の前に押し出し、離れていった。いいのか、それで、管理局。まあ、個人的にはフェイトのような子にはこれ以上、辛い目にはあってほしくないし、そういう意味ではクロノ達の規律を無視したような行為もありがたいっちゃありがたいんだが。
でも一つだけ言わせてくれ。……10歳前後の女の子と2人きりにされてもどうすりゃいいんだよ……。
無言で立ち尽くす俺の前で、もじもじしながら俯いて、ときおり上目遣いに俺を見るフェイト。しばらく無言の時が流れて。フェイトがまさにおそるおそる、という言葉の見本のように口を開いた。
「あの、お礼を言いたくて……」
「礼?」
別に攻撃的に言ったつもりはないんだが、フェイトは小動物のようにびくっと震えて俯いた。……ああ、もう。
「その、なんのお礼かな?」
なるべく柔らかい声を出す。愛想笑いを浮かべる頬が慣れない動きで引き攣りそうだ。
「助けて、もらったから」
助けた、つまりあの竜巻相手のときか。
「ああ、あまり気にしないでいい。俺が望んで俺のためにやったことだ」
できるだけ柔らかい口調と言葉で返す。だが、彼女はまた俯いてしまった。今度はなんだ? これ以上、優しい口調なんて俺には無理だぞ?
しかもなんだか、フェイトは涙目だ。俺が悪いのか、これは? ……悪いんだろうな。子供に泣かれては勝てん。
とはいえ、どうすれば良いのかわからん。下手に動くと、この妙に可愛らしい生き物に傷をつけてしまいそうだ。いったいなんだ? あの凄腕の魔道師の姿はどこに行った?!
居心地の悪い沈黙が流れる。俺は内心テンパりながら、どう対応したらいいのか、検討していた。くそ、子守りなんて経験ないぞ?
だが、フェイトは、その沈黙の間に力を溜めていたらしく、しばらくして、俯いたまま、言葉を搾り出した。
「その、それで……良かったら、これからもまた会えたらって、思って……」
彼女は一つ、息を吸う。
「友達に、なれたらって……思って」
ああ、そうか。俺は納得した。
彼女の境遇では友達関係をつくることも稀だったんだろう。ましてや、俺とは敵対してた間柄だ。これまでの彼女の恐る恐るの態度の理由を理解して、俺はほっ、とした。まあ、今後、実際に交流できるような機会はほとんどないだろうが、彼女が勇気を出して踏み出した第一歩目から躓かせることもない。俺は、愛想よく了承の返事を返そうと……
「……でも、ごめんなさい」
したところで出鼻をくじかれた。待て、自分から申し込んでおいて御免なさいか? からかわれてるのか、俺?
「どうすれば友達になれるのか、わからない」
脱力した。フェイトは変わらずおどおどとこちらの様子を窺っている。ぎゅっ、と白くなるほど握られた手が彼女の心境を表している。
オッケー、把握した。こいつは箱入りの天然だ。それも超ド級。
しかし、俺にどう返せっつーんだ。友達のなりかたなんぞ、法則や定式があるものか。そもそも10歳前後の女の子と友達になんぞ……あ。
(「……ちゃんづけはやめろ。なのはでいい」「なら、あたしもはやてでえーよ。よろしくな、なのは。これで私ら、友達やな」「……どういう論理だ」)
記憶の暖かさに惹かれるように、ぽつり、と意識しないまま、俺の口から言葉がこぼれた。
「……名前を」
「え」
顔を上げたフェイトに、俺は自分の意志で言葉を続けた。
「名前を呼んでくれたら、それでいい。それできっと友達になれる」
俺のようにいろいろな汚れが染み付いて、素直に物事を見れない人間には出来ない発想だ。だが、思えば10才前後の頃なんて、そんなもんだったかもしれん。小難しい理屈など存在せず、気持ちをぶつけあっていればそれで良かった頃。
改めてフェイトに視線を据えると、彼女はわずかに呆然としているようだった。そのまま宙をさまよっていた視線が、俺の視線に絡まる。ふ、と呼吸が静まる。おどおどしていた瞳が鎮まる。
そして、フェイトは静かに呼吸を何回か繰り返して。胸に掌をあて、大切な何かをとりだすように、そっ、と言葉を紡いだ。
「……なのは」
「フェイト」
静かに俺は返した。
言葉には霊が宿り、意思を込めて紡がれる言葉はそれだけで力をもつ。そして、名前とは、最古にして最強の言霊。存在の全てを表し、全てを縛る言の葉。故に古い時代、人は己の真名を隠し、真に信頼するものにだけそれを明かした。
それを思えば、はやての言葉も、あながち間違いでも根拠のない冗談でもなかったわけだ。
俺はフェイトの目を見た。フェイトも真っ直ぐに俺の目を見返していた。澄んだ、いい眼差しだった。
自分の目元が和らぐのを感じる。フェイトの顔も静かに綻んだ。この場限りの友達の約束と思ったが……案外、フェイトとはいい関係を築けるかもしれない。フェイトは陰陽術など知らないだろうし、俺もさきほどの言葉に霊力を込めたわけじゃない。
だが、素直な想いは、なんの技術も理屈も要さず、無意識に呪術を形作ることがある。俺の陰陽師としての感覚が、さきほどの名前の交換のとき、確かに、俺とフェイトとの間になにかが流れたのを感じていた。
「ところで、俺も近いうちにミッドチルダに移住する予定なんだが……」
「えっ? ほ、ほんと?」
「まあな。聞いてないのか?」
「う、うん。そ、それじゃ、すぐまた会えるのかな?」
「ひょっとするとな」
「そ、そっか」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「……まあ、そのときはよろしく」
「う、うん! こちらこそ!」
■■後書き■■
こんな感じでフェイトとなのはは友達になりました。友達というより、不器用な姉と純真な妹、という感じですが。フェイトは原作どおりハラオウン家に引き取られ養子になります。
なんかなのはのいい人化が進行……。魔王成分が足りませんねえ。困った。