※12/30、内容を大幅改定。理由は後書きにて(次々話のネタばれを含む)。
クラナガン市全域を監視するシステム「磐長媛命」。
その中核となる情報収集・発信衛星「天照」。
「天照」を補佐する各種観測機器群。
「磐長媛命」と連携して、戦域管制をおこなうシステム・デバイス「ヘカトンケイレス」。
これら一群のシステム・装備の開発コードは「イージス」。俺が持ち込んだ、地球のイージス艦のシステムを元にしているためだ。
「「ヘカトンケイレス」は、「イージス・システム」の機能を応用したデバイスだったと記憶しているが、試作機の性能はどうだったのかね?」
「はい」
質問に反応して、俺は立ち上がった。
「まず、イージス・システムについて、簡単におさらいさせていただきます。
イージス艦の搭載しているイージス・システムの特徴は、大きく2つ挙げられます」
俺は各参加者の前に開いているウィンドウの表示を切り替える。
「一つ目。イージス武器システムを中心にしたシステム。イージス武器システムとは、多数目標の同時捜索探知、追尾、評定、発射されたミサイルの追尾・指令誘導の役目を一手に担う多機能レーダーを中心にしたシステム。
二つ目。指揮決定システム。目標への対応についての判断において、処理時間を飛躍的に短縮するシステム。これは、レーダーやソナー、データリンクなどからの情報を総合して、周囲の目標について、その脅威度や攻撃手段などを自動で判断するシステム」
言葉が聞き手のなかに浸透するのを待って続ける。
「これと同種の機能をもったデバイスを戦闘指揮官に装備させることで、接敵時の対応の迅速化、指揮官にかかる負担軽減による指揮能力の向上を見込んでおりました。
多数の仮想敵との遭遇戦を想定した演習を、10個陸士中隊に、指揮官が試作機を装備している場合としていない場合の2通りおこなってもらった結果、すべての中隊で試作機装備時の方が、接敵後の初動までの時間及び仮想敵の全滅までの時間が、大幅に短縮されました」
ウィンドウを操作して、試作機の性能試験である演習の結果を表示する。どよめきが上がった。
「ごらんのとおりの効果です。量産時の生産費用については、事前に配布させていただいた資料に記載されています。効果・費用とも、目標としていたレベルを、十分クリアしているものと判断し、「ヘカトンケイレス」の量産開始の決定、並びに配備推進計画の策定開始を提言します」
プロジェクト・チームの会合が終了し、俺は椅子に座ったまま、軽く伸びをした。
状況は上々だ。「ヘカトンケイレス」の量産開始が正式に決定され、配備推進計画の策定も専門チームを任命して開始することになった。2ヶ月もすれば、配備がはじまるだろう。まずはクラナガンの部隊が優先されるだろうが、その辺は仕方ない。予算が潤沢にあれば、一気に各次元世界駐屯部隊も含めての大量配備が可能だろうが、地上の予算は常にぎりぎりなのだ。正直、教導隊や武装隊の環境とは違いすぎて、少し戸惑う。同時に、「陸」「空」「海」の仲が悪い理由がよく理解できた。金の恨みはただでさえ尾をひくのに、それが仕事に足枷をかけてくるとなると、真面目な奴ほど腹を立てるだろう。正直、管理局が広い次元世界の全てを自分達で管理しようとするから、金も人手も足りなくなると思うんだが。そこを何とかしない限り、小手先の対処にしかならないだろう。……たとえ犯罪に手を染めるまでして努力しても。
俺は軽く頭を振って、思考を切り替えた。
「天照」の製造もすでに諸機能の作動確認の段階に入っている。近々衛星軌道に打ち上げて、そこで機能作動状態の最終確認を終え次第、正式に「磐長媛命」が稼動を始めることになる。
「天照」が上空から、パッシブ・アクティブの双方で、魔力反応・電磁波によるサーチ・サーモグラフィ機能によるサーチをクラナガン全域に対しておこない、今も生産が行なわれている可搬式の各種観測機器装置の配置、陸士隊の指揮車の改造がある程度終われば、クラナガン市全域が「磐長媛命」の監視下に置かれることになる。
「磐長媛命」が地上本部ビルの首都防衛隊指揮所のコンピューターにつながれれば、市内で発生した異常は即指揮所のコンピューターに報告され、予想される状況に対して定式化したデータベースに基くドクトリン管制により、発生区域担当の陸士隊司令部や発生区域付近の局員に自動で必要な情報が提供されて、現場が対応していくことになる。無論、事態の解決まで、情報は継続して送られ、更新されつづける。現場の負担は大きく減るだろう。
これに「ヘカトンケイレス」が加われば、「磐長媛命」の捕捉した対象をダイレクトに「ヘカトンケイレス」に送信して、「ヘカトンケイレス」の方で自動ロック・攻撃指示・結果確認まで、装備者の判断を挟みながら、実行するような戦法もとることができるようになる。首都の全部隊に「ヘカトンケイレス」が行き渡れば、クラナガンは文字通り、「イージス」の傘の下に入ることになるだろう。
あとは戦場リンクシステムがなんとか製造・配備にこぎつければ、首都での事件への対応速度と鎮圧速度はさらに跳ね上がり、反比例して局員の死傷率も低下するはずだ。現状、予算の関係で棚ざらしになっている案だが、なんとか実現にこぎつけたい。
あと、優先順位の関係上、まだ提案はしていないが、プロジェクト期間中に、企画案の提示くらいはしておきたい案が2つある。一つは、魔力炉から魔力を受けて、それを運用するタイプのデバイスと魔道兵器。
そして、もう一つが武装統合運用システムデバイス。
後者の構想の原型は、俺の教導隊配属以前に既に成立させている。
俺の使う魔法の基本は、ユーノ、クロノとアースラでの実戦形式で学び、その後、陸士学校で基礎から詰め直したミッドチルダ式だが、「夜天の書」再生作業中に得られたベルカ式の知識と、その後の教会との関係のなかで身に付けたベルカ式の戦闘技術も扱うことができる。
また、月読という大規模データベースの司書とも言うべき存在は、既存の魔法についての圧倒的な知識を俺にもたらした。
だが、知識だけで実戦がこなせるわけじゃない。知識が血となり肉となって初めて、魔法を効果的に運用することができるようになる。
配属当初の俺は、ただでさえ馬鹿でかい自分の魔力量に振り回されるのに、技術も経験も充分ではない(具体的には3ヶ月)状態で武装隊に放り込まれたため、実戦でおぼつかない魔法使用をおこないながら、付け焼刃でもいい、自分の魔力運用能力を上げる手段がないか、寸暇を惜しんで調べ、聞き、考えざるをえない状況に陥っていた。
そのとき出した結論が、武装統合運用システム・デバイス。
相手の装備や戦法などから過去の事件の中の類似例を探し。また、教本や実戦事例をもとに現在の状況にもっとも適した作戦・戦闘機動提案をおこなう。そして、俺の身体能力と魔力量を把握し使用デバイスとリンクし、場合によっては魔力運用や身体制御をも担当して、俺に無駄・無理の無い戦闘行動をとらせてくれる。そんなデバイスだ。
幸い、魔力量だけはある俺には、特注デバイスの作成という点でかなり融通が利いた。こんなときは管理局の魔法至上主義に感謝する。ただ、デバイスと俺との意思疎通の点についてだけ、俺が要求した、「念話の技術を応用した思考の一体化」という方法が、機械と思考を融合させる行為がユニゾンデバイスの暴走事故を髣髴とさせるため、かなり揉めることになった。最終的には、ユニゾンではなくあくまで念話の技術を用いた思考の一体化であること、思考を一体化するといっても、マルチタスクにより分割した思考の中の1つのみとの一体化である、ということで押し切った。
そして完成したのが、武装統合運用システム・デバイス「須佐乃男」。待機状態はペンダント、起動時には艶消しの黒で表面には対魔力波ステルスを施したブレストアーマーの形をとる。これと、以前話したことのある体調サポートシステム・デバイス、及びレイジングハートの同時使用が、以後の俺の戦闘時の基本装備になった。
やがて、技術と知識をそれなりに噛み砕いて自分のものとし、借り物のアームドデバイスを用いてのベルカ方式の訓練もそれなりにおこなうようになって、須佐乃男の重要性は低下した。月読の完成後、月読とリンクすることで、圧倒的に敵戦力を分析する精度が上がったことくらいが例外だ。
それでも、魔法を十分使いこなせているとは思えなかったため、いずれ、自分の得た戦訓をもとに、自分の魔法戦闘技術の再構築をおこなおうと考えていたが、武装隊にいる間は忙しすぎて無理だった。短い教導隊時代に簡単に下準備をおこない、さあこれから、というところで地上本部に出向。それ以降は、また手が回らなくてしばらく放置状態。
だが、ヘカトンケイレスの構想を企画化する際に、オプションの一つとして、須佐乃男のコンセプトと技術を練り直すことができた。プロジェクトにオプション企画として提出することは可能だろう。
思えば、この年度もそろそろ終わりが近い。おそらく、年度末にある程度のまとめをして、プロジェクトは一旦終了するだろう。俺の出向も、それに合わせて終わる見込みだ。提出した企画案のその後の運用は、戦技教導隊の1員という立場で充分、運用検討や配備推進に関与できる。
ならば、残り少ない時間のうちに、ほかの懸案に対する目処を立てておくべきだろう。地上本部首都防衛長官直属という立場でいるからこそ、対応できる問題への。
俺は以前から対応を検討しながら棚上げして関わらないようにしていた問題に対し、一歩踏み込むことにした。
席を立ち、室内に残って、プロジェクト・メンバーの一部と話をしている壮年の男に近づく。
男の目がこちらを向いた。
その目に、牙を剥き出すように獰猛に笑いかけながら、俺は言った。
「ゲイズ少将。お忙しいところ、すいませんが、すこしお時間を頂けませんか」
■■後書き■■
月読、須佐乃男ときたからには、当然、天照も登場します。ヘカトンケイレスも、実は日本名にしたかったんですが、適当な神様や妖怪の類を思いつかなくて、結局、ギリシャ神話からとってきました。
<大幅改定をした理由>12/30追記 ※次々話(20話)のネタばれを含みます。
プロジェクト終了=出向終了が近い時期(つまり年度末近く。六課の事例を考えると4月頭か末がそれにあたるはず)に、ヘカトンケイレスの企画案を説明したり、クラナガン全域のイージス・システム構想を1人で構想している状態だと、出向終了の約1ヵ月後におこる第八臨海空港火災時に、ヘカトンケイレスや衛星である天照やほかのレーダーが「配備されたばかり」となるには、時間的に考えて無理があると気づいたため。
なお、「磐長媛命」は、「ヘカトンケイレスは実は和名にしたかったがいい名前がなかった」、と後書きで書いたときに、坂の上様から和名の案としていただいたものです。使用する対象が当初とは異なりますが、使わせていただきました。ありがとうございます。