考古学会の発表で、ミッドチルダまで出てきた僕は、ふと本屋の前で足を止めて、平積みに置かれていた雑誌に手を伸ばした。雑誌の表紙には、可愛い顔の茶髪の少女が、凛々しい瞳で写っている。僕と同い年の彼女は、この1・2年、名を聞くことが急に増えた。「‘空’のカリスマ」とか「エース・オブ・エース」なんて呼び名が、囁かれるようになった。
彼女と一緒に過ごした日々が、遠い夢のようだ。時折、あれが本当にあったことなのか、僕が下らない妄想で作り出した願望なのか、わからなくなることがある。
「なに、見てるんだ? お、こりゃなのはちゃんじゃないか」
同行していた友人が、肩越しに、僕が手に持つ雑誌をみて言う。
「そーか、そーか。やっと、ユーノにも春がきたか。それもなのはちゃんとは、なかなかお目が高い」
からかいながら、僕の肩に手を回してくる。友人同士の、いつものじゃれあい。でも、そのとき、僕は、彼の言葉をいつものように軽く流すことが出来なかった。
「そんなんじゃないよ」
僕ははっきりと言った。でも、必要以上に力が入っていたのかもしれない。彼の顔が少し驚いている。僕は少し悪いことをした気になって、抑えた声でもう一度、でもはっきりと言った。
「そんなのじゃない」
彼女と初めて会ったときのことは、忘れようにも忘れられるもんじゃない。
なにせ、ジュエルシードの思念体との戦いの後、気を失って、気がついたら、手足を縛られ目隠しをされて、凶器を押しつけられてたんだから。
もちろん僕はパニックになった。でも、わめき散らすたびに僕は首を締められた。できるだけ冷静でいようとしたけれど、てっきり非道な犯罪者に捕まったと思った僕は、恐怖で我を失わないようにするのが精一杯だった。質問してくる声も、感情のない冷酷な響きで、僕の恐怖を掻きたてた。
だから、目隠しを解かれたとき、とてもほっとして、それから、とても驚いたんだ。なぜって、僕を脅して質問していたのは、同い年くらいの可愛らしい女の子だったんだから。
彼女の魔法の才能はとても素晴らしいもので、ジュエルシード探しに彼女達の協力を得られることになって、ここ数日の罪悪感やプレッシャーが急に軽くなった僕は、軽い躁状態になっていた。そのせいもあって、彼女の初めての戦闘で、僕は騒ぎっぱなしだった。
舞うように宙で踊る姿、誘導弾を的確に操る真剣な顔、一撃で思念体を仕留めた砲撃の鮮やかな光。なにもかもが僕の心を引き付けて、戦闘直後、僕はほとんど叫ぶように彼女の才能を誉めて ― 蹴り飛ばされた。
あのときは、あとでさすがに不謹慎だったと思って落ち込んで、彼女に謝った。彼女は無愛想な態度で、それでも許してくれた。でも、今ならわかる。彼女は、僕の浮かれた態度に怒ったんじゃない。僕が魔法の才能を誉めたことが、戦う才能があるって誉めたことが嫌だったんだ。的外れな謝罪で許してくれたのは、きっと、僕にそれを理解して貰おうという気がなかったからじゃないかと思う。
考えてみれば、当たり前だ。10歳にもならない女の子が、戦いの才能があるって言われて喜ぶはずがない。まして、彼女は無愛想だけど、とても優しい人だったから。敵対していた女の子を助けるために、管理局の指示にはっきりと反対の意思を示して、危険な現場に飛び込んでいくくらい。
それに、彼女は平穏な生活が奪われること、自分や家族が傷ついたり ― あるいは命を落とすことを、とても怖がっていた。普段の、男の子みたい口調や堂々とした態度もあって、それに僕が気づいたのはしばらくしてからだったけれど、彼女はとても怯えて、そして必死で強がってたんだ。細い肩を精一杯そびやかして。
それに気づいたから、僕は、彼女の僕に対する乱暴な態度を受け入れた。トゲのある言葉を受け入れた。だって、彼女にはそうする権利があったし ― 僕はそんな態度を受け入れる義務があったから。
二人一組になって街中のジュエルシードを探しているときに、冗談混じりの口調で言われたことがある。
「ジュエルシードが落ちてきた時に、お前が即管理局にこの世界の情報を送れて救助要請を出せてれば、俺が魔法を学ぶ機会を得ることもなかったろうな。感謝してるよ」
彼女にそのつもりはなかったんだろうけど、その言葉は、きつい皮肉として僕の心を刺した。
僕がほとんど魔法を使えない状態だったことなんて関係ない。ジュエルシードの輸送の責任が僕の手を離れていたなんて関係ない。僕が事故の情報を聞いて、手を離れた仕事でもなんとかしたいと思って、必死の思いで現地へ向かったことなんて関係ない。彼女にとっては、ジュエルシードという危険物が自分の住む街にばら撒かれて、そこに最初にやってきた対応者が、自分の力もわきまえず対処しようとして、返り討ちにあって助けを求め、自分を危険に巻き込んだ。そういうことなんだから。
僕が、彼女の穏やかな日常を壊した。彼女が嫌って当然の人間なんだ、と強烈に自覚した。
それは、とても ― とても、鋭い、胸の痛みを伴う自覚だった。
だからかもしれない。
僕は事件の事後処理が済むと、逃げるように一族の集落に帰った。レイジングハートはせめてものお詫びとして ― お詫びになるかなんてわからなかったけれど ― 彼女のもとに残した。本当は、もう少し彼女と一緒にいたかった。もっと、いろいろと話してみたかった。でも、それはできなかった。― 彼女が大切にしていた日常を壊した責任の一端は、紛れもなく僕にあったんだから。
しばらくの間、僕は、彼女の夢を頻繁に見た。戦いのない、穏やかな日常のなかで、僕と彼女が並んで仲良く歩いている夢が多かった。時には、彼女が戦っている夢も見たけれど、僕が彼女と一緒にいることは変わらなかった。
そして、いまでも、たまに夢を見ることがある。彼女が華々しい戦果をあげたと聞いた日の夜に見ることが多い。微笑む彼女の横で僕が笑っている夢を。戦いも魔法も出てこない、平和な夢を。
「ほら、行こうぜ? どんだけ可愛くたって、俺達には関わりなんてない有名人なんだから」
「……ああ、そうだね」
今でも思うことがある。
あのとき、僕がもっと大人だったら。彼女を傷つけず、彼女の平穏を壊さずに守れていたら。彼女の横に、今も僕がいる未来もあったんだろうか?
■■後書き■■
テーマは「初恋」(笑)。
ユーノってなのはを魔法の世界に引き込んだことに罪悪感をもってるパターンが多いですが、このSSでもその設定をアレンジして踏襲してみました。でも、うちのユーノ君にもそろそろ、新しい恋に出会って、幸せになってもらいたいものです。