古代遺物管理部機動六課開設の数日後、俺は部隊長室で、ウィンドウを睨みながら頭を悩ませていた。
……武装隊の錬度の低さ。
責任者クラスにオーバーSが3人もいる影響もあるんだが、兵卒が救難経験2年の2人に、肉体年齢10歳前の子供2人ってのは、ちと荒事の正面に立たせるには心もとない。そもそも集団戦闘の要となるべき下士官がいない。ハヤテの護衛に補佐、おまけに隊員の教導の実務もこなす予定のヴィータの負担が増えすぎるが、下士官的役割も彼女に任せざるを得ないか。
「海」で名を知られたエースであるフェイトと、教会の次代の指導者として期待されているハヤテを部隊に組み込む政治的必要があっただけに、ほかの戦闘要員のレベルに人事バランス上のしわ寄せが来るのは予測できてたんだが、結局根本的な対策をとれないまま、部隊は発足してしまった。捜査員扱いとはいえ、ゲンヤさんとこのギンガが借りられただけでも、ありがたいと思うべきか。
しかし、特に子供2人。子供に甘いフェイトに頼まれ、後見のクロノに総務統括官のリンディ、とどめに人事統括官たるロウラン提督まで出てこられて、最終的に受け入れたが、まだ気持ちは割り切れてない。管理局の基準で言えば向こうに理があるだけに、正攻法で来られるとどうしようもなかったんだが。俺と同じ気持ちでも、最終的に子供の意思を優先させるあたりが、フェイトらしい甘さというべきか、周囲の感覚に毒されたと思うべきか。
それに、たしかに素質は高いようだが、実戦でそれを安定的に使えるようになってなければ、指導と指揮に通常より負担がかかるだけだ。それを行なう立場の隊長職ハヤテも戦闘者というより研究者だし。即戦力なのはヴィータくらい。捜査係のほうが戦闘向きの人事配置って、それどーよ?
「計画」上は、武装隊の実戦能力はそれほど重要ではないとはいえ、必要なときに潰れてます、となっても困る。特に当面相手にしなければならないのは、AMFをもつガジェット。魔法の才能で経験の無さを補うことも難しい。戦闘機人が2人いるとは言え、2人とも、魔道師としての生き方を選んでいる。できれば、機人の力に頼らせたくない。開課式後の、スバルのキラキラした純粋な瞳と言葉を思い出して、俺はかぶりを振った。……いかん、情に流されてるな。必要があれば、非情の命令を下す心構えはきちんと作っておかないと。だいたい、戦闘機人の初期型とも言える2人に、スカリエッティのようなマッドの食指が動かないはずがない。今まで動かなかったのだから、大丈夫だろう、などと思考停止に逃げるべきではない。
俺は、ウィンドウを閉じて、椅子の背にもたれかかり、深い息を吐いた。事前に、ハヤテとヴィータを交えて色々と相談し、短期の促成と長期視点での運用を両立させるように様々な検討をしてはみたが、綱渡りな部隊運用となることは間違いない。1週間以内の出撃があれば、俺も捜査係も動員しての総力体制で臨まなくてはならんだろう。場合によっては、他部隊の応援を頼む状況になるかもしれん。そうなれば、面目丸つぶれ、信用台無し、だな。
そこまで手配しても、発足したての寄せ集め部隊にルーキーだらけの戦力、連携訓練もしてない他部隊との共同作戦では、実戦でどう転ぶか判らん。俺はもう一つ息を吐くと、とりあえず、武装隊の訓練の様子を見にいくことにした。書類だけで戦力を測っても限界がある。ここ数日は、部隊発足に伴う各種手続きや処理に謀殺されて時間が取れなかったが、とりあえず、現状での戦力は確実に把握しておかないと、事態が発生したときに適切な判断が下せん。
訓練場に足を運びながら、俺は、この部隊を立ち上げることになった経緯を思い返していた。
昨年、カリムに呼び出され、そこでハヤテとともに聞かされた、彼女のレアスキルで詠まれた今年の大事件に関する予言。
それを聞いた瞬間、好機だ、そう俺は思った。
明らかに管理局の危機を暗示する言葉。危機のとき、組織には混乱が生まれ、人の心が動揺する。予言に詠まれた危機は、管理局を解体し、新しい組織へと再編させる計画を実行に移す絶好の機会だと、俺は捉えた。準備は万端とは言いがたいが、万全の状態で最高の機会に挑めることなど、まず無い。危機に対応するための部隊設立を検討して欲しい、と言うカリムの言葉に一応即答は避けたが、俺の頭の中では、そのときすでに、「計画」を1年以内に実行するための手筈や準備のスケジュールが検討されはじめていた。
そして今年、新暦75年4月、独立部隊・古代遺物管理部機動六課が、理事カリム・グラシア少将、次元航行艦隊所属クロノ・ハラオウン提督、地上本部首都防衛長官レジアス・ゲイズ中将の3人を後見として、発足した。
部隊長 :高町なのは 一等空佐
副隊長/部隊長代行:オーリス・ゲイズ 三等陸佐
捜査係 係長 :フェイト・テスタロッサ・ハラオウン 執務官/一等空尉待遇
係長補佐:シャリオ・フィニーノ 一等陸士
係員 :ギンガ・ナカジマ 陸曹
武装係 係長/隊長 :ハヤテ・ヤガミ・グラシア 騎士/一等空尉待遇(聖王教会騎士団より出向)
係長補佐/副隊長:ヴィータ・ヤガミ 騎士/三等空尉待遇(同上)
係員/隊員 :ティアナ・ランスター 二等陸士
同上 :スバル・ナカジマ 二等陸士
同上 :エリオ・モンディアル 三等陸士
同上 :キャロ・ル・ルシエ 三等陸士
技術係 主任 :シャリオ・フィニーノ 一等陸士(捜査係係長補佐兼務)
管制部門ロングアーチ
主任 :グリフィス・ロウラン 准陸尉
部隊員 :アルト・クラエッタ 二等陸士
同上 :ルキノ・リリエ 二等陸士
…………………
…………
……
「英雄」として祭り上げられるべく集められた彼ら……。虚像の英雄のタマゴ達。
機動六課は形式上、古代遺物管理部内の一部署だが、実態は独立した権限を持つ独立部隊として扱われることを、後見3者との会談で合意している。人事の派閥バランスも、「計画」を遂行していく見せ札としては、まず及第点に達していると言っていい。
カリムには、部隊設立とその責任者を引き受ける返事をしたときに、最高評議会と「海」に関する「疑惑」を告げ、それが予言に関係しているのではないかという話をした。新部隊は、口実としてのロストロギア・レリックへの対応のほかに、その「疑惑」を秘密裏に調べる行為の隠れ蓑にもしたい、と。内容が内容だけに、カリムもショックを受けたようだったが、管理局査察官である義弟のヴェロッサに、内密に調査を依頼すると言っていた。
おそらく、ヴェロッサは確定には至らないまでも、「疑惑」を強める様々な傍証を発見することになるだろう。数年かけて、「海」の捜査記録や指示記録、上層部の打ち合わせの記録などに、それとなく不信を感じさせる改竄を加えてある。(実際に改竄の作業をしたのはレジアスの子飼いだが)
上からの指示に振り回されての捜査の遅延、犯人の取り逃がしにつながった支援や情報提供の遅れ、失敗を重ねた局員を庇う高官の発言、etc、etc ……。もともと、全て実際にあったことだ。手を加えたのは、それらが、ミスによるものではなく、恣意的におこなわれたかのように感じさせるための、関連資料の改竄。その資料単独では気づかないだろうが、前後する事件の報告書の記述や装備の保管・補充記録などの日付・個数をいじるなどして、関連資料を全てつきあわせれば、単純なミスとは考えにくい状況が浮かび上がるようにしてある。並みの査察官なら気づかないだろうが、ヴェロッサは普段の言動はともかく、仕事に関しては優秀だ。
それでも、全ての資料を整理しても綺麗な線にはならないだろう。そこまでする必要は無いと判断した。頭の良すぎる人間は、往々にして、自分の推理で、折れ曲がった流れを修正し、不自然な空白を埋めてしまうものだ。
ヴェロッサは自力で「不信な点」を発見し、その能力の高さゆえに、「隠された」事実を推測し、「疑惑」が「真実」である可能性が高い、と判断することになるだろう。聖王教会は、管理局の「膿」の存在を、教えられるのではなく、自分達で見つけ出すことになる。無論そのほうが、俺達には都合がいい。なにせ、教会は「自主的に」、対応の検討をおこなうことになるんだからな。
カリムに返答をした時、「疑惑」を告げる以外にしたことが、もうひとつある。それが、ハヤテ・Y・グラシアの新設部隊への出向依頼だ。
「夜天の王」たるハヤテが、管理局の一部隊に出向するというのは、本来ならありえないことだ。彼女は、理事としてカリムと席を並べるほうが自然なくらいの権威と立場を持つ。ましてや、ハヤテは古代ベルカ式の使い手ではあるが、研究者としての側面が強く、実戦での魔法運用の経験をそれほど積んでいない。1個分隊にも満たない集団を指揮した経験などないだろう。むしろ、1個分隊ほどの幕僚を手元において大部隊を統率するのが、彼女に求められる役割だ。
例えば、「烈火の将」と呼ばれるシグナム・ヤガミならば、新設部隊の武装隊隊長の人選としてふさわしい。少数を率いて先陣を切るも良し、後陣に立って部隊を指揮するも良し。個人の武勇にも優れ、少数を率いての戦いの経験を数え切れないほど積んでいる。政治面でも、教会騎士団で人格・能力ともに屈指の評価を受けている彼女ならば、管理局に対する教会の協力姿勢をアピールするのに十分すぎるくらいだ。
それなのに、そのシグナムをはるかに上回る重要人物が、たかだか1部隊の武装隊を率いる地位に出向する。イメージとしては、レジアスが、小隊長程度の扱いで、教会騎士団に出向するのに近い。
加えてハヤテには教導経験が無い。そのフォローのためにヴィータがいるが、経験の浅い隊員達を隊長として導くのには不安がある。
それでも、俺がハヤテの派遣を欲したのは、「いざ」というときに教会と連動して行動を起こすためだった。事前にある程度、教会上層部に話を通しておけば、ハヤテの要請で教会騎士団が即出動することが可能だ。ハヤテのもつ称号には、それだけの重みがある。管理局の「疑惑」を探っていくなかでぶつかるかもしれない証拠や事実の「発見」に、教会の重要人物に立ち会っていてもらいたい、という表向きの理由もあった。だが、それよりも、派閥争いや陰謀に関わりのない公正な立場から、現在の管理局を解体せざるを得ないと結論し、それを実行する、という言動の正当性を証明して且つ信用される存在が欲しかったのだ。次元世界最大の宗教勢力にして政治への関与を好まない聖王教会の重鎮は、その役目にぴったりだった。
フェイトを受け入れたのも似た理由だ。彼女については、「海」のほうから出向受け入れを要請してきた。大方、主導権争いの一環だろうが、俺としてはありがたい話だった。「海」で名の知れた若きエース、信頼と人気を集める彼女の所属する部隊が、「海」を陥れる真似をするはずが無い。そう一般局員や教会が思い込むのに、フェイトの存在はうってつけだ。
2人とも、それなりに所属する組織の意向を受けて送り込まれている。だが、その意向を逆手にとる形で、俺が友人達を、都合のいいように利用しようとしていることに変わりはない。なけなしの良心が痛むが、別に裏切るわけではないのだと抑えこむ。社会人、それも大勢の人間を巻き込んでコトを為そうとすれば、個人的なつきあいや好悪の感情は別に、使える存在は冷徹に使い切る視点が必要なことは、これまでの暗躍と前世の苦悩を思い返せば、冷気が身体に沁みこんでくるように理解できる。今なら、リンディの偽善者づらした搦め手も許容できる気がして、俺は苦笑した。やれやれ、必要なこととは言え、嫌ってた奴らと同じところまで堕ちる破目になるとは……。だが今更、引き返すこともできんし、その気もない。すでに詳細を知る知らぬを問わず、少なからぬ数の人間が、「計画」には関係している。火付け役たる俺が、私的感情を理由に、いまさら彼らを置き去りにして1人、煉獄から逃げ出すわけにもいかんだろう。
俺は、見えてきたシャリオ渾身の訓練場施設に向けて足を早めた。賽はもう何年も前に投げられているのだ。それでも、この期に及んで迷いを生じる俺の甘さを、人として喜ぶべきか戦士として悲しむべきか。目前の問題を片付けることで先送りにしようとしている自分に気づいているが、今はそれでもいいと思う。今年のうちに、しくじれば信頼も友人も全て失う乾坤一擲の大一番に打って出ることになるのだ。まだ表面上は平穏な今くらいは……。
■■後書き■■
StS編開始。
原作ではやて部隊長は二等陸佐でしたが、レジアスの引きが加わって一般局員からの圧倒的な支持がある、うちのなのはさんは一等空佐に。ま、これまでにいろいろと組織を動かして改革活動をしてくる過程で、佐官クラスの仕事で実績を上げてきたこともありますし、部下の「格」や六課を明確な「独立部隊」扱いするためには、これくらいの階級が必要だったこともあります。(通常なら、中佐は大隊指揮官クラス、大佐は連隊長クラス。独立部隊って何?と言う方は、ウンチク的解説の2項の一番下の※の項目をご覧下さい)
ちなみに本文では書いてませんが、ヴァイス君と初代リインフォース(デバイス扱い)も六課にいます。あ、ツヴァイ嬢は生まれてません。(合掌)