「ふむ、残念だな。久しぶりに会えたというのに」
「休むときにきちんと休んで態勢を整えとくのがプロっつーもんだろ。大体、俺はまだ身体ができてなくて、ただでさえ体調管理が難しいのに」
「まあ、たしかに。それに教導隊に異動して二ヶ月ほどだったか? 疲れの出てくるころかもしれんな……」
「あきらめろ、バトルマニア。今日の俺は休日。休養日。気晴らしついでに友達の顔見に遠出してきただけ」
「ふむ、しかたあるまい。
それでは、これからどうするのだ? 主ハヤテのお時間が空くのはもう少し後だが」
「ああ、きっちり時間調整したわけでもないからな。訓練場の片隅で休憩がてら見学でもしてるよ」
「あいかわらず見上げた向上心だな。なにか気付いた点があったら、遠慮なく指摘してくれ」
「休憩がてらっつったろ。まあ、期待せずにいてくれ」
「わかった。時間を取らせたな。のちほど、また話そう。」
「ああ。」
旧知の教会騎士、シグナム・ヤガミの熱心な訓練参加の誘いをようやく振り切り、俺は訓練場の端に向かってブラブラ歩きはじめた。後ろでシグナムが、集合の声をかけているのが聞こえる。あいつも悪い奴じゃないんだが、ちょっと堅すぎる。もうちょっとなんとかならんかと思いつつ、そうなったらなったでシグナムじゃあないわな、とも思う俺は高町なのは。職業は魔王。
ミッドチルダにあるベルカ自治領。久々の完全休養日、俺は友人をたずねてそこを訪れていた。シグナムも友人の一人だが今回会う約束をした相手ではない。まあ、シグナムは俺が来ることを聞いていたようで、聖王教会の受付を訪れるなり、待ち構えていた彼女にとっつかまって、訓練場に連行されたわけだが。
訓練場の端の木陰に座り込んで、騎士達の訓練風景を眺めながら、俺はシグナム達、いわゆる「ヤガミ家」との出会いをぼんやり思い返していた。
……そもそも、俺が前世の記憶を持っているからといって、生まれてすぐに意識がはっきりしたわけじゃない。脳の発達や五感の機能形成の関係もあったんだろう。「俺」という自我がそれなりに明確になったときには、生後半年をすぎていたようだ。
それも、「自分自身」という感覚がそれなりに形成されただけで、前世の記憶もほとんど覚えておらず、周囲の状況の理解もできなかった。思考能力も無しに近い状態で、夢うつつに目をうっすらと開いたような、深い霧に包まれたような、そんな意識レベルだった。
だが、そんな状態でも、魂に焼き付いて脊髄反射のレベルで行っていたことがあった。調息-陰陽師の技術の基礎にして究極。
世界に満ちる命の息吹を身のうちに取り込み体内に循環させ、身の内の穢れとともに吐き出す呼吸法だ。陰陽術は世界に充ちる超常の力を借りて術を行使するのだから、世界との親和性・協調性が低ければ、それは術の効力にダイレクトに影響する。術を行使するためのエネルギーである霊能力の増幅も兼ねた、魂のレベルで刷り込まれた行動だった。
そして、肉体の把握と鍛錬。別に筋トレとかをしたわけじゃない。(そもそもできる状態じゃない) 意識の糸を筋繊維の1本1本を意識しながら通し、霊力を静かに流し込みながら収縮と伸張をおこなう。前世でも余裕があればおこなっていた修行法であり、怪我をする度に繰り返していたリハビリでもあった。
この2つは、前世の俺にとってそれこそ呼吸するのと同じレベルでおこなっていた行為なだけに、意識がはっきりしない状態でも、いや、ひょっとしたらそういう状態だったからこそ、生まれ変わった俺がおこなった最初の自発的行動になった。
家族達は、俺のそんな行動に気付かず、普通の赤ん坊に対するように接していた。調息にしろ肉体鍛錬にしろ、目で見て分かりやすい行動じゃない。静かでゆったりとした、自分という枠を静かに柔らかく押し広げていくような、そんな修練なのだから。
そして修練の経過と俺の肉体の成長につれて、自意識も、雲間から差し込みはじめる日の光のようにはっきりする瞬間が増えていき、2歳の誕生日を過ぎてしばらくしたころには、前世の記憶に多くの欠落はあるものの、「俺」の意識ははっきりと確立していた。
……その頃、高町家を襲った父親の大怪我と長期入院という不運は、俺個人にとっては幸運だったといえる。皮肉な、そして、胸を刺すような哀しみの感情とともに、俺はそう思う。
転生という俄かには受け入れにくい現実のもたらした精神的パニック。ほとんど間をおかずやってきた、自分の積み重ね鍛え上げてきた能力の喪失による深い無力感と諦観。
俺はほとんど恐慌といっていい状態にあったと思う。家族の皆があれほど精神的にも余裕を無くし時間的にも忙しくなければ、俺の異常は必ず気付かれていただろう。
だが、俺の異常は家族には気付かれず、家族がやや余裕を取り戻しはじめたころには、俺は精神的再建をある程度まで、どうにかこうにか果たしていた。-家族に狎れない、独りを好む幼い女の子、という仮面をかぶれる程度までには。
俺には家族というものはよくわからない。それでも、今生の家族に情を感じないわけではなかった。
前世で俺を生んだ人達は、親というより師であったし、俺が成長してからは俺の陰陽師の正道から外れた行為に侮蔑と嫌悪を示す立場に立った。彼らは、そしておそらくは俺も、家族である前に、まず陰陽師だったのだ。
だが、今生で新しく得た家族は、みな情愛に溢れ互いに気遣い合い、暖かな家庭をつくりあげていた。言動は軽く母への愛情も隠さず、兄と姉へも一見わかりにくい愛情を見せる、だがそれだけではない、芯に容易に曲がらぬであろう何かを秘めた父。明るく優しく芯も強い、愛情に溢れた母。態度には出さないが両親への深い敬愛と姉へのいたわりをもつ兄。暖かな家族に囲まれ、素直にすくすくと伸びた若木のような、明るく素直な姉。
しかし、俺は前世の記憶のために子供らしく彼らに接することは難しく、彼らは彼らで俺を一時期放置に近い形にしていたことを引け目に感じているようで、俺に接するときはどこかぎこちなかった。それでも折に触れて俺とより良い関係を築こうと試みてくれたが、元々人付き合いが上手いとは言えない俺は、まだ十分落ち着いたとは言えない精神状態もあって、そのことごとくを受け入れなかった。
そして、俺が自分の新しい環境をどうやら受け入れ、陰陽術についても記憶に沿ってそれなりにつかえることを確かめて精神的な安定を手に入れた5歳過ぎには、俺と家族との間には、一朝一夕には埋めがたい溝ができてしまっていた。俺は家族に対する引け目と罪悪感から、彼らとの時間から逃げ、陰陽術の修練と実践に一層のめりこんでいった。
結果的にそれが、俺に思わぬ出会いを運んでくることになる。
修練漬けの日々を過ごし、前世の記憶も術に関しては、かなり、はっきりしてきた俺が最初に手をつけたのは結界の設置だった。
陰陽師は狙われることが多い。それは、肉体を取り込むことで霊力を己の力に変えようとする怪異であったり、恨みやライバルの蹴落としを狙って襲ってくる同業者や犯罪者たちであったりする。今生の世界が前世とは異なる世界であることは、すでに判っていた。前世で縁のあった組織や個人のことごとくに連絡がつかず、存在の痕跡もみつけられなかったからだ。だが、この世界に陰陽師や怪異がまったく存在しないとは断言できないのも確かだった。前世でも彼らは秘匿された存在だったのだから、今生でもそうではないと、どうして言いきれよう。
安全の為に、近隣の力ある存在と、自分の生活テリトリーへの害意ある侵入者の把握は必須だった。
そして、地脈の力を利用した隠密探知結界を、海鳴市全域を覆う形で発生するよう準備を終え作動させた途端、結界は力ある存在がすでに市内にいることを俺に教えたのだ。それが、ハヤテ・Y・グラシア、当時の八神はやてだった。そのとき、俺は8歳の誕生日を目前にしていた。
■■後書き■■
意外な高評価と、続編があるなら期待、というお言葉をいただき、続きを書いてしまいました。でもやはり、文章を書くって難しい……。なるべく読みやすいよう、わかりやすいよう、精進していきます。とりあえず、目指せ、A''s編完結ですね。
ちなみに、時系列的には前回の続きです。A''s編をなのはちゃん(憑依ver.)が回想するわけです。無印編より先にA''s編が来るのは、このSSでの仕様です。うちのなのはちゃんの能力と性格からいって、ほかが原作設定のままなら、A''s編が先に発生するのが自然な流れになってしまったもので。
ちなみにストーリー的には、「原作? なにそれ?」な感じになります。キャラ設定や公式設定にはなるべく手を加えないつもりですが、主人公設定が変わるとそれだけでストーリーは原作から離れてどっかいっちゃうようです。
では、よろしければ感想いただければ嬉しく思います。