いま、私の目の前では、ヴィータが武装隊の子らに基礎訓練をつけてる。
ちなみに捜査係の2人は別訓練や。訓練時間も合わせにくいし、武装隊とは技量も錬度も違う。基本、私らが訓練メニューを複数考えて、2人がそれを自分で調整しながらこなす。その記録を見せてもらって、直すべきとこや注意点なんかの指導内容を話しあう感じや。たまに、訓練中の様子をリィンが見にいっとるし、なのはちゃんにもなるべく参加してもらうミーティングを開いて、互いの訓練について、意見交換したりもしとる。
まあ、あの2人は自分で自分の訓練をできるレベルやし、フェイトちゃんなんか私より実戦も訓練も経験豊富なんやから、任せといて大丈夫やろ。問題は、私の直属の新人達や。
4人とも若い子や。2人は若い、言うよりかは幼い、言うたほうがええんやろけど。なのはちゃん曰く、「よく言えば期待の新人、悪く言えば、技術も精神も未熟な兵卒未満だ」。
でも、こないだの初出動は、みんなようやってくれた。ちょう危ないとこもあったけど、なのはちゃんも合格点くれたし。教導を基本的に任せとるヴィータのおかげやな。私は月読やリィンと相談しながら、みんなのデータや訓練の様子を解析して、指導すべき点を整理してヴィータに渡すだけやし。そら、私も資料をもとに指導することもあるけど、資料さえあれば誰でもできるようなことや。魔法技術のことでいろいろ教えたげることもあるけど、それは今はあまりせんようにしとる。
部隊結成前に、なのはちゃんとフェイトちゃんとヴィータと話し合って決めた、速成訓練と長期視点の教導を両立させる、っていうある意味矛盾した基本方針の関係で、まずは何より基礎能力の確認と向上。魔法技術なんかは、もう少し土台がしっかりしてから力を入れてくことになっとる。それまでは、ヴィータに頼りっぱなしや。またなにか美味しいもんをつくってやらんといかんな。
でも、たかだか一月半かそこらで、ここまで能力をあげられたんは、ヴィータの教導もあるけど、この子らの資質が高かったんも大きい。
まず、スバル。もともとパワーと突貫力は凄い子やったけど、この一月の間に、かなりひどかった防御技術と回避能力が段違いに良うなった。危険度の高いフロントには必須の能力なだけに、その部分の強化は嬉しい。なのはちゃんに憧れとって、なのはちゃんが中心になって作ったっていう(当人は、作成チームの仕事で自分ひとりの業績やないって否定しとるけど)、陸士向けの「新方式訓練要綱」、いわゆる「魔王への道」(「概要」て呼ぶ人もおるけど私は認めへんで)を、陸士隊の隊長やっとるお父さんから貰うて、ずっと自習してたって子や。その割に、後先考えんと突っ込む癖がなかなか取れへんて、ヴィータがぼやいとったけど。
むしろ、「魔王への道」をそれなりにものにしとるんは、相方のティアナのほうやな。本人は、理解の悪いスバルを教えてるうちに身についたとか言うとるけど。彼女も自分用の「魔王への道」を手に入れて、手垢がつくまで読み込んで、いろいろ書き込んだりして、熱心に勉強しとるんはスバル経由で知っとるんや。普段の態度といい、なかなかのツンデレや。侮れんで。
……コホン。まあ、そんなティアナやから、配属されたときからごっつい実戦的な思考と行動法則を身につけとった。でも、これや、いう強みがまだ見つけられんでいて、ちょっと気持ちに焦りを持っとる気がする。ヴィータなんかは「今は器用貧乏」なんて言うとったけどな。「一番、大化けしそうな奴だ」とも言うとったけど。
隙も弱点もない安定感と冷静で広い視野は、経験の少ない4人の中では貴重なもんや。彼女は、この土台作りの期間に、能力全体をバランスよく上げてきとる。このまま行けば、いい指揮官になるやろ。なのちゃんが武装隊に下士官を配属できなかったことを謝ってくれたけど、ティアナなら、近いうちに下士官並みの働きが出来るようになりそうや。私も一番の有望株やと思うとる。
あとはおちびさん2人。フェイトちゃんが保護者やとかで、随分大事にされてきたみたいで、知識や技術は二士コンビに比べると、段違いに低い。でもその分、吸収も早くて、ヴィータも驚くような成長振りや。エリオは自分の特性の高速機動の有効性に気づいて、磨きを掛けとるし、キャロは安定してフリードを使役できるようになった。2人とも、辛い過去を持っとるから、精神的に安定してきたのが、一番嬉しいかな。
まあ、それを言うたら、FW陣みんな、訳有りなんやけど。でも、みんな前向きに頑張るええ子ばっかりや。私も研究や勉強、カリム姉様の手伝いなんかで、これまで戦闘訓練や教導にはあまり縁がなかったけど、苦手なんて言わんと頑張らなあかん。ヴィータもリィンも月読も助けてくれるし、なのはちゃんも必要ならいつでも相談してくれって言ってくれたし。
私は、六課発足前に話し合って決めた、訓練内容のおおまかな注意点を思い出す。
教会のほうでも、なのちゃんが主導した訓練改革は話題になったから、私も資料を貰って目を通したりしたんやけど、私の常識からは随分外れとって、実際になのちゃんの口から説明を受けても、正直面食らうばっかりやった。フェイトちゃんはもちろん、ヴィータも普段から騎士団の教官役をしとるせいか、あっさりついてって意見とか言うとったけど、私は助けてもらいながらついてくので、いっぱいいっぱいやった。
なんやかやと足を引っ張ってまいながらも、とりあえず、注意すべき点が、大きく3つ決められた。あ、大前提として、速成と長期教導の両立をやってく、いうのは除いての話な。
まず、第一に、支援・補助体勢の確保と構築を、武装隊運用時に重視すること。
管理局の武装隊やうちの騎士団は、「敵と戦闘するための、直接的な打撃力に、資源や意識を裂きすぎている」。そう、なのちゃんは言った。
「戦場に立ったときには、既に勝敗が決まっていると思え。
情報収集やその分析を軽視し、支援装備もなく、状況に機敏に対応するための情報伝達は念話に頼り切り。常に複数の対応を検討し指揮実行するために必要な、指揮官の戦闘からの隔離はないどころか指揮官が最前線に立つ。まるで、地球の中世の戦争だ。やってみるまで勝つか負けるか判らない、そんなのは戦争とは言わん。子供の喧嘩、あるいは一昔前のヤクザのカチコミだ。きょうび、ヤクザでも、もちっとマシな戦い方をするぞ。
勝つためにありとあらゆる準備をし、ありとあらゆる状況を想定してそれに備えて、初めて、戦闘にとりかかる。準備八割というだろう? 戦いも同じだ。実際の戦闘に割く力は、部隊総力の二割以下と考えろ。戦闘後の捜査や分析、メンテや介護・休息もあるんだ。
今言った作業の大部分は、部隊指揮官たる俺と副隊長の仕事だが、こと戦闘に関する部分はハヤテに意見を聞いたり、権限委譲することも多い。戦闘中の行動についてはなおさらだ。そのつもりで、武装隊の運用には取り組んでくれ。
ああ、フェイト、捜査係も同じだぞ」
理屈はわかるけど、厄介な要求やった。私がカリム姉様の手伝いで、他部署への根回しや、協力・連携体制の構築の実務とかに慣れとらんかったら、まずまともにこなせへんかったやろう。そっちの方面を、事務処理や外回りも含めてサポートし、ときに肩代わりしてくれるリィンの存在も大きい。公的にはデバイス扱いやけど、事実上の武装係長補佐として扱うようにしとる。当人や隊員にも、そのつもりでいるよう言い含めとるし。
実戦時に起きがちなトラブルや、戦闘要員が持ちやすい不満なんかを、具体的に教えてくれたヴィータにも感謝や。この件に関しては、リィンが右腕、ヴィータは左腕やな。
そして、溺れそうな量の、管理局の過去の戦闘報告書を整理して、今の六課に必要な情報を抽出してくれる月読。解析と対策立案作業を素早く的確に処理してくれるあの子がおらなんだら、ここまで効率のいい座学も訓練もできひんかった。管理局のデータベースと教会のデータベースは、結局直結できとらんから、直接データを処理してもらうのは無理やけど、六課のホストコンピューターを使ってある程度整理したデータを私の端末に落とし込んで、それを月読にいじってもらうんは可能や。ホンマはあかんねんけどな(笑)。月読の能力と私の手助けで、こっそり端末を覗いてもらっとる。誰や、ハッキングとか言うんは? 覗かれる当人が了承しとるんやから、これは協力業務なんや。そういうことで納得しぃや?
そんな風に、みんなの協力のお陰で、なのちゃんの要求は今のとこ、なんとかクリアできとると思う。定例会議のあとでちょっと愚痴ったら、
「ハヤテならできると思ってたらからな」
なんて、いつもの調子で言っとったしな。できとらんかったら、あんな風には言わんやろ。でも「月読とリィンのお陰だな」て、にやりとしたんは、レッドカードや!
……コホン。えっと、それでな。二番目の注意点は、一番目とも絡むんやけど、「磐長媛命」をはじめとした各種リンクシステムを十二分に使いこなせるよう叩き込むこと。
「天照」が、上空から各種センサでクラナガン全域を覆い、各所に置かれた可搬式の各種観測機器がそれをフォローして、精密精確な情報が集められるシステム。実際、使ってみたらその便利さがようわかった。ほんま、たいしたもんや。
で、その集められた情報を処理する指揮車、六課の場合は課のホストコンピュータとそれに連結したヘリの端末やけど、そこから伝えられる情報を迅速に各隊員に伝え、各隊員の気づいたこと・考えたことを、ヘリに集めなならん。勿論、いらん情報ははじいてな。ヘカトンケイレスがあれば楽やったらしいけど、私やヴィータへの使用許可が下りひんかったし、まあ、それはしゃあない。
「魔法世界の歪みのひとつかもしれんな。魔導師ランクが高い奴は、自分の力だけで障害を排除してきた経験が多いから、昇任しても、指揮をなおざりにして個人プレーに走りがちになる。俺の教導経験でも、指揮官が指揮を放り出す馬鹿さ加減を散々身体に叩き込んで、それでもまだ、直しきれないことも少なくなかった」
なのはちゃんのそんな愚痴を聞いたこともあったから、気合入れて取り組んだ。
とりあえずは、隊員に情報の重要性と、それを集めることも職務のうちだということ、精確な情報なしに迂闊に動かんことを理解してもらった上で、報告の仕方のポイントや与えられる情報の読み取り方を教えてやる。それから、与えられた情報に対し、その時々でどう動くべきか、考えて決断するテンプレートをそれぞれの中に根付かせて、その使用に慣れさせてやればええ。もちろん、初出動のときみたいに、十分な情報が得られん場合の対応もな。
一つめは割と楽やった。ティアナもスバルも2年間、そのシステムの中でやってきとるし、エリオも陸士校で講習は受けとる。キャロは素直な子やしな、皆情報の重要性は理解してくれた。……頭で理解するだけで、身体がついてかんのがおったのは予想外やったけど。ティアナが「ずっと口を酸っぱくして言ってるんですけど、直らないんです……」て、ため息混じりに教えてくれた。でもティアナも、相方につきあって結構、突っ走ってくれとんねんけどな……。とりあえず、情報なしで動けば必ずトラップに引っ掛かるような実地演習を繰り返して、身体に叩きこんどる。でも、直らんのよなあ……。
まあとりあえず、「理解」ということは皆早くにしてくれたんで、情報をやりとりするときのポイントの訓練も進めとる。これは、なのはちゃんが手を入れた通信・念話マニュアル改訂版を参考に、座学で教えて、あとは月読が過去の実例から組んだ、色んな仮想状況を繰り返し経験してもらっとる。……そいや、いまさらやけど、なのはちゃん、ホンマなんでもやっとるなあ。スバルは尊敬度が深まったようやし、ティアナも呆れ半分に感心してた。エリオとキャロは、フェイトちゃんから聞いてたみたいで、あんま驚いてなかったけど。まあ、凄さがようわかっとらんいうのもあるんかもしれん。
テンプレとその使用は、もう慣れるしかない。ひたすら、机上演習と実地演習を繰り返す。事前事後の話合いも繰り返す。これはどうしても時間がかかるから、なかなか結果には反映されんけど、みんな、真面目に取り組んどる。
最後の注意点が、AMF対策や。これは、なのはちゃんのおった教導隊が、何年か前からいろいろと検討しとったそうやし、フェイトちゃんも個人的に調査や研究して、なのちゃんと意見交換とかしとったそうや。……正直、ちょっと妬けるわ。私もいろいろと忙しかったし、2人とは別の組織やからしゃあないんやけど。共同作戦ならともかく、騎士団からの人員の出向が受け入れられること自体、そうあることやないからなあ。
ま、まあ、そういうわけで、実戦でのテスト、コンバット・プルーフっていうんやったっけ? それはあまりやれとらんかったけど、対策案自体は既にいくつか立てられとった。まあ、AMF、展開するような相手と戦闘することなんて、カリム姉様もあまり聞いたことがない、言うとったからな。逆に言えば、そんな連中ばっか相手することになるいう、六課の特殊性が浮かびあがるんやけど。ほんま、いろいろありすぎや、この部隊(笑)。
とりあえず、対策の一つが距離をとっての魔法使用、特に質量攻撃や物理現象魔法のいろいろ。スターダスト・フォールとか炎熱魔法、雷系魔法とかやな。射撃魔法? 純粋魔力攻撃は、基礎訓練の対象やな。勿論使っちゃあかんいうことはないけど、いまのあの子らのレベルじゃ、質量攻撃や物理現象魔法に力を入れたほうが、AMF対策には効果が高い。射撃系特化のティアナは、ヴァリアブルシュートを使えるし、当面はそれで十分やろ。あの子には、4人のまとめ役、いう大変な仕事もあるんやし。
そこらにある石や木や、市街地なら街灯や信号機も使う。敷石やビルなんかを砕いて使うんは最終手段。廃棄地区は別やけどな。そのへんの「使えるものは何でも使う」いう発想と「でも公共物の使用はなるべく後回し。但し、下手に遠慮して怪我するくらいなら使って構わん」いうことのバランスを、身体に理解させる。これはティアナとエリオがけっこう苦戦しとる。まあ、真面目なタイプには難しいやろ。意外に適応したんがキャロ。出身と前隊での経験の関係で、意外にワイルドな心構えがあったようや。召喚で物質系呼べるのも強みやな。フリードもおるし。スバル? あー、とりあえず、通常訓練でモノ壊す規模と回数、ちいさしよな(笑)。
物理現象魔法は、ちょっと難易度高いから、力入れるのはもうちょい先やな。フリードは別にして、エリオが魔力変換資質持っとる程度やし。基礎をきちんとこなせるようになってからの話や。
距離のとりかたも大事なポイントや。
これはロングアーチのスタッフや輸送隊にも参加してもらって、戦域の地形や障害物、建築物を上手く使った位置取りや移動(当然、位置情報や移動径路の算出・連絡はロングアーチの担当や)、車両やその他の機材を使ってのバリケード作りなんかをやらせとる。これは、特に情報のやりとりが大事になるから、連携訓練が必須なんやけど、輸送隊はともかく、ロングアーチとの合同訓練はなかなか時間があわん。こればっかりはしゃあないんで、グリフィス君にロングアーチだけで訓練できるよう仮想プログラムを渡して、その結果に対して指導することで補っとる。まあ、焦らんといくしかないな。
あとは近距離になったときの戦闘方法。前衛の2人はもちろん、キャロは召喚魔法とフリードがおるし、ティアナもある程度の濃度までなら魔法を発動できる収束技術を持っとるから、大量のガジェットを相手取る場合の連携のイロハが中心や。
防衛戦や遅滞戦闘、撃破優先の戦闘とか、いろんな想定状況での連携パターンを教え込んで、あとは机上と実地での演習の繰り返し。まあ、まだまだやけど、ティアナが自然にリーダーシップをとって、うん、なかなか有望な感じや。実戦では私やヴィータ、リィンがおるしな。今の段階でこれだけできたら上出来やろ。高濃度下での対応は、まだ先の課題やな。
まあ、一番大事なんは、AMFを活用させんように、ガジェットを早期に発見し、集結を防いで逆にできるだけ分散させることなんやけど、これはロングアーチと部隊指揮に負うところが大きいんで、オーリスさんを交えて、指揮官級の皆で研究・訓練しとる。オーリスさんも、ロングアーチをビシバシしごいとるみたいや。アルトが泣いとったわ(笑)。
あと、高濃度下での活動を想定して、完全機械式の装備の配備の手配。これはなのはちゃんとオーリスさんが主にやってくれとる。私とフェイトちゃんも進捗報告聞かせて貰ったり、必要度について意見出したりするけど。とりあえず、情報共有化と指揮統制のための戦術データ・リンクは、端末がそろそろ士官レベルには配備が始められそうな感じらしい。他は追々やな。
……うん、振り返ってみたら、改めて思うけど、4人ともたいしたもんや。事前に検討しとった注意点を、この短期間でそこそこの錬度で身につけとる。基礎能力を向上させるためのヴィータのシゴキを受けながら、や。基礎能力自体も、言うたとおり、まあ悪くない調子で来とるんやから、ある意味とんでもないな。素質があった、いうても限度がある。速成が必要やったからって、少し無理させたかもしれんな。
でも、そろそろ個人訓練は次の段階に移ったほうがええんやないか、ってヴィータもリィンも言うとる。なのちゃんと相談してみる、て決定は先延ばしにしとるけど、たぶん、移行することになるやろ。……ちょっと心配かも知れんな。
体調サポート・デバイスでのチェックも含めて、みんなの様子には気をつけることにしよ。そう決めて、引き続き、私は訓練を見守っていた。……数日後、自分の見通しの甘さを深く悔やむことになるんも知らんと。
次の日。私は久しぶりにロッサ兄(にぃ)と顔をあわせて話をしとった。
ロッサ兄はちょくちょく顔を見せて、愚痴を聞いてくれたり相談に乗ってくれたりする。レリックに関する情報も独自に集めてくれとる。カリム姉様に頼まれた、って言うけど、正直、別組織にきて慣れん仕事をしとる私には、張っとう気をゆるめて、ほっ、と一息つける貴重なひとときや。……本人に言う気はないけど。
今日は、ちょっと重い話やった。
「管理局内で、噂がどうも意図的に操作されてるような感じを受けるんだ」
軽い世間話のあとに、ロッサ兄は切り出した。
「本局とそれ以外での、噂の内容や温度に違いがありすぎる。もちろん、同じ管理局とは言え、別々の組織だし場所も離れてる。でも、交流がまったくないわけでもないのに、ここまで差があるのは、ちょっとおかしい」
「具体的には、どんな噂なん?」
「……上層部への不信や不満だね。本局の、特に部長や局長クラス以上の無能や失敗の事例の話が、地上部隊に蔓延してる。本局でも噂自体はあるんだけど、下級局員の一部で囁かれてる程度だ。それほど広がりを見せてない」
「んー、でも、自分の上司の悪い噂を、上司の耳に入りかねんところではしにくいやろし、そんなもんなんやない?」
「いや、むしろ自分の上司の噂こそ、広がりやすいものなんだ。特に悪い噂はね。仕事のストレスや不満を上司にぶつけるのさ」
「不健康やなぁ」
ロッサ兄は苦笑した。
「君も他人事じゃないよ。いずれ、人の上に立つ立場になるんだから、下で働く人たちの気持ちには敏感にならないと」
「……うん、わかった。気ぃつけるわ。でも、それやと、本局で噂が広がるのを誰かが抑えとるってこと?」
「もしくは、本局以外で煽ってるか、だね。ただ、煽ってるほうだとすると、それをしているのはそれなりの広がりを持った集団ってことになる。部署も階級も超えた、ね」
「……もし、そうやとしたら、かなり良くない状態なんやない? 本局に不満がある人らが、管理局にかなりの規模でいるってことやん」
「噂が蔓延してる時点で、それは確定だよ。一時のストレスの捌け口にしては、噂の寿命が長すぎるしね。それに、個人の噂から、上層部全体への不信や不満に進化してる。煽っている人たちがいたとしても、受け入れて育てる潜在的な土壌は確実にあったと思う」
「余計まずいやん」
私は顔を引き攣らせた。時空管理局の内部で、上層部に対する不信や不満が、広い範囲で蓄積しとるとなると、場合によっては、次元世界全体で混乱がおきかねへん。そこで、私はカリム姉様と聞いた、なのはちゃんの話を思い出した。管理局の上層部に犯罪者がいるみたいや、っていう、六課の目的の一つ。
私は、声を潜めて言った。
「……ロッサ兄、それって、なのはちゃんの言っとった例の話と、つながりがあったりするんやろか」
ロッサ兄はため息をついた。
「噂の真偽にもよる。噂が嘘で、それがこれだけ蔓延してるとなると、そこに本局への悪意があるって疑いが濃くなる。本局内で広がらない理由もそれで説明がつく。真実を知る人間がそれだけ多いんだから、嘘は当然、指摘されて立ち消えになる。
ただ、もし真実だとなると……」
「で、どっちなん?」
言葉を濁したロッサ兄を問い詰める。そんなところで切られても困る。私の気持ちを感じたのか、ロッサ兄は重いため息をついて、言った。
「2、3の噂の裏をとった限りでは、全くの真実か、多少誇張された程度の真実に近い話だった」
「うわちゃあ……」
私は天を仰いだ。上層部への不信・不満が広がっていて、おまけにどうもそれは根拠のない話ではないらしい。そして、疑惑のある本局内での噂の広がりが不自然に少ない。普通に考えれば、後ろ暗いところのある本局上層部が、なにかの手を打ってる、いうことになる。
私の反応を見て、ちょっとロッサ兄はためらう様子を見せたけど、私がじっと見たら、観念して話を続けてくれた。
「実は、別口の噂もあるんだ。
ハヤテも知ってるだろう? 地上本部はここ数年、レジアス中将が中心になって、各世界との交流を深めてる。教会との関係改善もその一環だ」
「あたりまえやん。なのはちゃんに頼まれて、レジアス中将の話をカリム姉様に取り次いだんは私なんやから。なに、それがなにか噂になっとるん?」
「ああ。本局じゃ、レジアス中将が、各次元世界と親交を深めてるのは、違法献金を受け取ってるからだとか見返りに利益誘導をしてるからだとかって噂が流れてる」
背もたれにもたれかかった姿勢のままやった私は、勢い良く跳ね起きた。
「なにそれ! 「陸」と次元世界の関係が深なって、各世界での治安が上昇傾向にあるらしいって、カリム姉様も喜んどったやん!」
「ハヤテ、声を抑えて」
「でも!」
「ハヤテ」
あまり見せない、ロッサ兄の真剣な目に見つめられて、私は渋々黙り込んだ。
「レジアス中将には昔から黒い噂があったからね。それに、本局と地上との関係はハヤテも知ってるだろう? 君が言った、各世界の治安向上の話だって、「陸」は順調に成果を上げてるんだから、予算をもっと減らすべきだ、って意見にもっていく人も少なくない」
「なんやそれ? むちゃくちゃな理屈やん。自分らがカネ欲しいだけやないのん?」
ぶすくれて言う私に、ロッサ兄は苦笑した。でも、その笑みの中に、ほんのわずか、本当に苦い気持ちが浮かんで消えるのが見えた。
「まあ、それやこれやで「陸」と本局の対立は、近頃ますます深まってるように思う。特に上層部でね。一般局員も上司の影響で、互いに嫌悪感を持つ傾向が強まってるらしい……この辺はクロノも同意見だ」
「クロノさんも?」
「ああ。どうも彼のような穏健派というか、「陸」との権力抗争に無関心な人間の、肩身が狭くなりつつあるらしい。
ここ数年、順調に成果を上げる「陸」に、嫉妬というか元々の対抗意識が煽られてるようで、以前は「陸」の方が一方的に「海」を嫌って、「海」は「陸」を相手にもしてなかったのに、最近は、「海」とその関係者の多い本局上層部で、「陸」に対する警戒心を隠そうともしない人が出てきてるそうなんだ。
その影響で、「陸」と親しいなのはちゃんまで、危険視する人がでてきてるらしい」
「んな無茶な! ……だいたい、教導隊が「海」と一緒になる機会なんてあんまりないって聞いとるで。そんなんじゃ教導隊の人ら皆、「陸」寄りってことになってまうやん。それに、そんなん言うたらフェイトちゃんやクロノさんはどうなるんや!」
「落ち着いて。そんな人はまだそんなに多くはないし、ここで叫んでもどうにもならないよ?」
思わず叫んで、それからさっきのことを思い出して一旦は声を抑えたけど、喋っとるうちにヒートアップしてきて、結局、また声を荒げた私を、ロッサ兄は穏やかな声でなだめた。……あかん、つい。
「ゴメン」
「いや、ハヤテがなのはちゃんを大事に思ってるのは知ってるしね。
彼らは、なのはちゃんがレジアス中将と個人的に強いコネを持っているから、「陸」側だと見てるようなんだ」
「ほんま、無茶苦茶や……」
私は呆れた。
「私やカリム姉様とのコネは無視かいな。フェイトちゃんやクロノさんとのコネも、けっこうな強さやと思うんやけどな」
「まあ、そこまで目がまわらないんだろう。「陸」の成果が好転するきっかけに、なのはちゃんの関与があったのは有名な話だし。おまけに本局嫌いで有名なレジアス中将と仲がいいとくれば、それだけで決めつけるのには十分だろう。僕らとの交友のことは、知らないんじゃないかな。それこそ個人的なことだから、調べなきゃわからないだろうし」
「決めつける前に調べえ、って思う私は変なん?」
なんかもう、脱力してもうて、机の上に行儀悪く顎を乗せて、私は呟いた。
「感情的な対立っていうのは、理屈じゃないからね。必ずしも論理的な調査や思考は必要とされないんだよ」
「さよか……」
「心配しなくても、大丈夫だと思うよ。なのはちゃんは、今言った本局と「海」の一部以外では、ひどく嫌われたりはしてないようだし」
私は姿勢を変えずにジト目でロッサ兄を見た。
「……なのちゃんが理不尽に嫌われとるってだけで、嫌なんや」
「ははは、そりゃ大変だ」
「……もう、お気楽なんやから」
私は口を尖らせて見せたけど、でも、その軽い調子のお陰で、ぐるぐるの渦に沈みかけた私の気持ちもちょっと浮上した。ホンマ、気遣い上手なんやから。
すこし調子を戻した私の雰囲気に気づいたのか、ロッサ兄は真剣な顔に戻って、口を開いた。
「それから、なのはちゃんの教えてくれた情報の件だけど、残念ながら、まだ、はっきりした証拠はつかめてない。でも、どうやら荒唐無稽な話でもないみたいだ」
「さっきの話だけで十分怪しいやん。だいたい、なのちゃんは、なんの根拠もないようなことを相談したりせんよ」
相談自体、めったにしてくれんのに。その言葉は、口にせんと飲みこんだ。
「僕としては、根拠がないほうが良かったんだけどね。姉さんの預言の件もあるし……正直、気が滅入るよ」
「あはは、ロッサ兄に深刻な態度は似合わんて」
「……ひどいな、ハヤテは。そんな子はこうだっ」
「っわあっ、ととと。もう、また子供扱いして!」
ロッサ兄に掻き回された髪の毛を整えながら、私は口を尖らせた。10代後半の花の乙女にすることやないで!
私の正当な抗議を、ロッサ兄はいつも通りの飄々とした笑顔で受け流した。
「いつまでたっても、君は子供だよ。少なくとも、僕と義姉さんにとってはね」
「……うん」
ちょう、照れるやないか。ロッサ兄は、自分の美形な顔でたまに口にするキザなセリフが、どんだけ人を動揺させるか、わかっとらん。そんなんやから、いまだに恋人も出来んのや。まあ、シャッハがおるからかも知れんけど。でも、無自覚なんはタチ悪いわ。
そう思ったところで、もう一人の無自覚なタラシのことに意識が戻った。自然に口から言葉がこぼれおちる。
「大丈夫や、兄。心配せんでも、きちんと丸く収まるわ」
「おや、えらく自信満々だね」
「うん。だってなのちゃんがおるんやもん。大丈夫、心配いらんわ」
「やれやれ、うちのお姫様は、相変わらず魔王陛下に心奪われておいでだ」
笑うロッサ兄に、私はとびきりの笑顔を向けた。
「勿論や! 悔しかったら、なのちゃん以上の男気見せてみぃや!」
「ははは、これは一本とられたかな」
ふふん、と鼻で笑って私は胸を張った。
なのはちゃんはヒーローや。意地っ張りで素直やないし、正義や良識なんて蹴り飛ばすけど、一番大切なことはしっかり知っとる。万能でも無敵でもないんは先刻承知や。でも、私にとって、なのちゃんはヒーローなんや。なのちゃんが失敗するんやったら、他の誰がやったって失敗する。なのちゃんのやることなら、私は信じて受け止められる。ちょっと見、理不尽なことのように見えてもや。
だってそれが信じるってことやろ? 失敗も裏切りもしないってわかっとる相手を信じるんは、信じとるんやない、ただの計算の結果や。失敗するかも知れん、間違うかもしれん、そんな相手に全てを預けられることがホンマの信頼や。私はそれを、あのときに学んだ。グレアムおじさんが、私を生贄にするために大事に世話しとったって知った、あのときに。
あのとき、私は「裏切られた」ってショックより先に、「ああ、やっぱり」って納得した。お金もくれる、手紙もくれる。でも一度も会いにきてくれへん。電話で話したこともないおじさんを、私は心のどっかで信じてなかったんに気づいた。何か下心があって、優しくしてくれてるんや、いつかその分を返さなあかん、そう心の片隅で考えとった。私のグレアムおじさんへの信頼は、与えてくれたものに対する対価としての信頼やった。そんな自分の計算高い嫌な部分に、はっきり気づいたんや。
でもなのはちゃんは違った。一方的に与えるんやなく、メリットもデメリットも教えた上で、どうするか私に選ばせてくれた。ほとんど選択の余地がなかったことなんて、関係あらへん。そうしてくれる気持ちが嬉しかった。
それに、建前で飾ることをせえへんかった。私によくしてくれる理由を聞いたときに、「グレアム達のやりかたが気に食わなかったから」って、それ本音やとしてもそのまま言うのって、どうなん? でも、遠くから送られてきた、耳触りのいい言葉を書き連ねた手紙より、目の前でぶっきらぼうに情のないことを言いながら、私のことを気遣ってくれた不器用な手のほうが信じられた。うちのベッドでなのちゃんに抱きついて一緒に寝た晩に、なかなか寝れんで寝たふりしとった私の頭を、こわごわと、下手くそな手つきで長い間、撫でてくれてた手のあたたかさを、私は忘れへんやろう。
そう、私がグレアムおじさんを信じたんは、援助をしてくれて、手紙だけでもやさしい言葉をくれたからや。でも、なのちゃんは違う。私にとって、なのちゃんは、見返りなしで信じられる相手やった。
得体が知れんし、行動も怪しかった。ちょっとの付き合いで、悪企みもすれば隠し事もするタイプやって、直ぐに気づいた。おまけに、自分のやったことに弁解も詫びも一切せえへん。でも、なんの飾りもないその態度のほうが、かえって私には安心できた。私にくっついてる何かを見てるんやなく。私自身を見てるんやって感じられた。
なのちゃんの倫理観が、どこか壊れてるんは気づいとる。法も良識もあの子にとって意味をなさん。ただ自分の心が定める規範だけに従って、彼女は行動する。けど、彼女が寄せられる信頼を裏切ることはない、見とってなんとなくそう思った。それに、なのちゃんに裏切られるのなら。なのちゃんになら。構わない。
なのちゃんは、綺麗なことも汚いこともぜんぶそのまま背負い込んで、その上で前へ進む子や。とても強い子や。でも同時に、とても脆い。
なのちゃんがどう思おうと、私はなのちゃんに救ってもろうたと思っとる。口でも何度もそう伝えた。でもなのちゃんは、それを受け入れられへんでいる。最初はそんなに気にすることないのに、と思っとったけど、やがて気づいた。なのちゃんは、私のことを大切やと思うてくれとるかもしれんけど、信じてくれとるわけやない。なのちゃんにとって世界は、いつもなのちゃん1人で全てを背負わなあかん、孤独な世界なんやって。
それはとても寂しいことや。
私はなのちゃんを見とると、遥かに高い空をどこまでも遠く飛んでいく鳥の姿が思い浮かぶときがある。誰もいない空を、独り飛んでいく孤高の鳥。並ぶものもなく、振り返ることもなく、休みもせずにただひたすらに高く遠く飛んでいく。けど、それで、なのちゃんは幸せを感じられるんやろか。
きっとなのちゃんは、そんなことは考えとらん。あの子は、ただひたすら飛ぶことしか考えてへん。高く遠く、ただひたすらに。わき目も振らず、必死に。そんな姿を見とると、いつか、羽ばたく力で自分の翼をへし折ってしまいそうでハラハラする。
なんでそんなに必死に羽ばたくのか。なんでそんなに生き急ぐのか。私はなのちゃんに聞いたことはない。多分、なのちゃん自身、そんな自分に気付いとらんと思うから。
そんななのちゃんに、私がしてあげられるこというたら、信じたげることくらいしかあらへん。彼女がなにをしようが、それをきちんと受け止めたげる、ずっと傍にいてあげる、それくらいしかない。それがなのちゃんの救いになるときがきっと来る。私はそう信じとる。
フェイトちゃんに聞いたことがある。フェイトちゃんもそう感じとるって。それでも、なのちゃんは独りやないってことに、いつか気付いて欲しいって。
六課のことかて、なのちゃんがなにか裏をもって動いてることは、なんとのう感じる。カリム姉様に話した、管理局内の犯罪者の摘発だけやない、もっと別の、もっと後ろ暗いことや。相変わらず1人で抱え込んで、私にもフェイトちゃんにも話してくれとらんけれど。それでも、私はなのちゃんについていく。なのちゃんを信頼するって決めとるからには、私のすべきことは、この部隊の裏がなんであろうと、託された仕事をキチンとこなして、少しでもなのちゃんの気持ちの負担を和らげることや。
私がフォワードの子らに教えた言葉がある。最初の顔合わせ、そのときの訓話の中でや。
「この部隊に期待されとる到達基準は厳しい。でも、私らがキチンと皆が力をつけられるよう手伝っていく。そして、みんなには、この部隊の果たすべき役割をこなすだけやなく、それを超えて、目指して欲しい場所がある。
ストライカー。
その人がおれば、困難な状態を打破できる、どんな厳しい状況でも突破できる。そういう信頼をもってよばれる名前や。それが、ストライカー。みんなには、それを目指して欲しい」
あたしの本心や。そして、このひと月半ちょいの訓練で、この子らが、それだけの素質を持ってることも理解できた。なら、あとは目標目指して進むことを手伝ってやればいい。
なのちゃんの助けになるように。そして、あの子たちがちゃんと、自分の道を戦っていけるように、な。
■■後書き■■
ちょっと息切れしたので、休憩とらせていただきました。お待たせしてすいません。
ただ、そのお陰か、久しぶりにしっかり書き込めた感触です。書き込みすぎて、くどいところもあるかもしれませんが、楽しんでいただけたら、嬉しいです。
いまいち、調子が良くないので、今後もしばらく投稿ペースは乱れると思います。ご了承ください。
※前話で、けっこう軍事用語が出てきましたので、用語解説を「ウンチク的設定」に追加しました。わからない言葉があった方は、どうぞ。