高町なのはちゃんね。リンディちゃんの子とグラシア家のお嬢ちゃんから、非公式に後ろ盾になってほしいって頼まれた部隊のトップの子でしょ。まだ、発足したばかりだけど、まあまあ順調にやってるようね。
レジ-坊やがなかなか面白いことをやってるって聞いて、ちょっと調べたときに、中心人物の1人として名前が上がってたし、相当のやり手のようね。魔導師ランクも高いけど、それ以上に「組織」を使える子だ、って思ったわね。グラシア家のお嬢ちゃんやリンディちゃんの……んん、そう、クロノ君、って言ったかね。あの子たちとも仲がいい、っていうのは知ってたけど、後ろ盾になってやってくれ、って頼みに来るほどの関係とは思わなかった。まあ、微笑ましいことだね。
預言のことは、そりゃあ気になるけど、下手にあたし達が動くわけにもいかないしね。あの2人が信頼して任せた相手に、期待するとしようかね。レジ-坊やも、助けてもらってる相手のようだしね。
レジ-坊やといえば、随分昔、愚痴ってたことがあったっけ。
各世界での「海」の行為のせいで、「陸」の人間まで嫌われて、現地政府との連携に支障をきたしてるって。あの子も青かったから、寝技や根回しも下手で交渉をずいぶん失敗してたっけ。結局、関係は好転させられないまま、ずっと来てたはずだけど。
でも最近、あの子がいろんな世界の政府と付き合ってるっていうのは、その辺を改めてどうにかする気になったのかねえ。責任感の強い子だから、ゼスト坊を亡くして変に歪まないかなんて心配してたけど。うん、よかったよかった。
これも、なのはちゃんのお陰なんだろうかね。本局の上のほうの子たちは、あまりいい感情をもってないようだけど、全体でみれば好意的に見られてるようだし。地上の方じゃ、英雄扱いだって聞くし。
なんと言ったかね、そうそ、アマテラス、だったかね。あれを作るときのプロジェクトで知り合って、それからもいろいろやって、「陸」と「空」の関係を良くしていってるっていうしね。……愛人関係だのなんだの、くだらないことをいう連中はいつの時代もいるようだけれど。あの子がレジ―坊やの友達になってくれたおかげで、坊やが立ち直れたのなら、また、いつかお礼を言いたいもんだね。あたしでは、なにもしてやれなかったし。
地上が安定してきた分、気になるのは、「海」と本局だね。
地上はレジ―坊やが抑えて、いろんな次元世界と交流を深めてる。「空」も武装隊関係も、聞いた限りじゃなのはちゃんって子が、かなり現場を掌握してるようだしねえ。聖王教会とも随分仲がいいらしいし。「海」や本局の子たちの一部は、そんな「陸」への隔意を強めてるようだけど、むしろ、自分達のほうが孤立しかねない立ち位置なのには、気づいてるかしら。
……気づかないでしょうねえ。今の子たちは、次元世界との軋轢が激しかったころのことを知らない。管理局が嫌われてることも知らないだろうし。常に正義の旗の下にいて、いつも上の立場から他人を見続けていたら、自分のことを人がどう思ってるかなんて考えなくなるもんだ。自分が誰かに悪いことをしているかも、なんて発想自体が浮かびにくくなるからねえ。仮に気づいたとしても、正義の御旗があるかぎり、自分の態度を改めようなんて気持ちにはならないだろうし。……はあ。あたしたちの責任なんだろうね。管理局が絶対正義の存在では必ずしもないってことを、きちんと、伝えきれなかったってことなんだろうから。
もともと管理局は、旧暦の未曾有の悲劇を繰り返さないようにするために設立された。だから、最初の頃は、仕事はロストロギアの探索と封印管理、質量兵器の撲滅だけ。「悲劇を繰り返すな」を合言葉に、随分無茶をやったもんだって、入局したての頃、局設立以前から活動してた先輩達から聞いたもんだ。
エネルギー源として活用されてたロストロギアを回収されたために、数億規模の凍死者・餓死者が出て、その後の内戦と治安の悪化で、文明レベルが大きく後退した世界。国宝として代々伝えられてたロストロギアの譲渡に同意せず、管理局に挑んで敗北した国家が、その世界での強国だったせいで勢力バランスが崩れて、戦乱の時代に沈み、いまもまだその泥沼から抜け出せない世界。
そんな悪夢のような仕事の中を、ただただ次元世界に破滅をもたらさないために、滅ぶよりはましな被害で抑えるために、先輩たちは歯を食いしばって駆け抜けてきた。旧暦時代の悲劇の記憶を骨身に刻んで覚えている諸世界も、その行動と管理局の設立を支持した。隠しきれない嫌悪の情を持ちながらね。若い頃に任務で行った有力世界で現地の人たちから向けられた、嫌悪と軽蔑の視線は忘れられないよ。先輩局員に理由を聞いてあたしは愕然としたもんだ。あのころのあたしは、正義というのは染み一つなく、燦然と輝いて誰もが讃えるものだと思ってた。血と慟哭と憎しみを糧に打ち立てるものだなんて、思いもしてなかった。
それでも、いや、ひょっとしたらそれだからこそ。いろいろと耐えがたくなったんだろうね。やがて、各世界は、管理局に対して、次元世界の治安維持に協力するよう要求し始め、渋々ながらも幾つかの政治的取引と引き換えに管理局はそれを受け入れ。さらに時が過ぎるうちに、各世界の自然保護や文化保護まで管理局が手を出すようになっていた。その頃には、地上本部は各世界の治安維持に重点をシフトしていて、管理局の設立の理念に忠実な本局や「海」とは、目指す方向も、心情的にも、あわない組織になりはじめてた。
そして、各世界の政府も人の入れ替わりが進み、悲劇への意識が薄い人たちが増えて、「悲劇を繰り返すな」という言葉一つで諸世界の同意を得られる時代じゃあ、なくなっていった。
150年前に戦乱を収めたときは、管理局の前身と諸世界は一体だった。管理局が正式に設立された頃も、各世界とは心通じる同士だった。それがいつのまにか、それぞれの大事なものができて、想いがすれ違うようになり、人も入れ替わり記憶も薄れ。軋む音ははっきりとした軋轢になり、やがて潜在的な対立になり、かつて理想を共にしたあたしたちは、今では、バラバラになるのを何とか無理に押さえ込んでるような状態になってる。
いつからこうなってしまったんだろうねえ。
少ない人をやりくりして管理局が、広い次元の海を走り回って全ての災害を抑えようと思ったら、能力ある個人に大きな権限を与えて、自由に活動させてその能力を最大限発揮させるようにするしかなかった。それは間違いではなかったと思うけれど、結果的に、規則の無視や恣意的運用、独善的行動や内政干渉的行為なんかが頻発するようになった。でも、本局はそれをとがめない。それどころか、むしろ果断な処置だと称揚する。上層部の役職が、「海」の高位士官の退艦後の受け皿になってるんだから、当然といえば当然だろうけど。
同じ価値観、同じ経験をしているんだから、「海」の「現場の判断」を擁護するのは当たり前。それが、現地政府の不快を招き、抗議を生むことに、内勤になって初めて気付く子もいるだろうけど、「次元世界を守るために」「ささやかなこと」だと切って捨てる。切り捨てられた現地の不満と怒りがどうなるのか、考えもせずに。むしろ、「頑迷で自分の利益しか考えない」人間に、広い視野を持つように、正しく物事を判断するように言い聞かせて、「迷妄な人間の視野を開かせた」と満足する。相手が、一面的にしかモノを見ない、ひとつの価値観に凝り固まって疑いもしない態度に絶望し、そんな子たちとの交渉の時間を惜しんで、自分達の世界で自分達の責任を果たすために抗議を切り上げるのだとは思いもせず。私たちの背後に、ずらりと並ぶ、アルカンシェル装備可能な次元艦の数を見て、血の涙を飲んで引き下がるのだとは思いもせず。
今の子たちのやりようを見かねて、何度か、やんわりと注意したときの、相手のきょとん、とした顔をよく覚えている。自分の行為に、思考に、なんの疑いも持ったことがない、まるで子供そのものの顔だった。
昔の先輩達は、歯を食いしばって地獄のような任務を果たし続けながらも、それでも失われていく命を、自分達の行為で閉ざした未来を、心に焼き付けて戒めとする覚悟があった。誇り、と言っていいだろう。
今の子たちは、失われた命を嘆きながらも、それを「必要なことだった」「最小限の犠牲だった」と口にして憚らない。かつての時代なら、そんなことを口にした途端、「恥をしれ」と殴りつけられたものだけど。力が足りず、或いは次元世界全体のために、たしかに命を切り捨てることは少なくないけれど、そんな理由は命を切り捨てることを許可する免罪符にはならないのだと。切り捨てられた側にはなんの意味もないのだと。その自覚が失われていったのはなぜなんだろうね。
70年以上経った。悔恨と絶望を背負いながら、それでも止まらずに走りつづけるあの人たちのあとを必死で追いかけた雛鳥の頃から。独り立ちしてからも、心に刻まれたあの人たちの背中を追って、走りつづけてきた。そして、気がついたら、ついてきている子は誰もいなかった。
誰だって、自分の罪を意識しながら、それを背負ってなお罪を重ねる道を行くのは辛い。当たり前のことだ。けれど、あたしたちは先人たちの背中を追いかけて走ることに必死で、そんなことにも気付かなかった。管理局に入るということは、そういう地獄を背負うことだということを、仕事をこなすうちに、当然理解して覚悟を定めていくだろう、そう無意識に思い込んでいた。ただ正義をおこなうことだけを考えて、それに伴う血や涙や怨嗟のことを頭で理解するだけで心に刻もうともしない子たちが主流になるなんて、想像すらしていなかった。
70年以上、経った。世間の人間の意識が変わるのに十分な時間だったんだってことに、この年齢になって気付いた。
そして、もう遅い。あたしの言葉は老人の繰言として片付けられ、自分の正義を疑わない子たちが、先輩達が苦悩しながら敢えて顔を上げて通った道を、堂々と当然の行為として歩く。犠牲を強いられる側も、かつての災厄の記憶はなく、ただ眼前で踏みつけられる誇りと権利、切り捨てられた人生に目が行って。その認識の違いが余計に両者の理解を妨げる。何もしないくせに自分達の都合は声高に叫ぶ、頑迷で勝手な夢想家たちという認識と、正義の名を騙って犠牲を生み出して省みない、傲慢な卑怯者たちという認識と。
なのはという子とはね、実は会ったことがあるんだよ。非公式の後見を引き受けたあとに、内密に、一度だけ挨拶に来た。
目が先輩達に似ていたね。背負う罪を知ってる目だ。背負う覚悟がある目だ。それでも進むことを選択した目だ。
今も、少数ながら、あんな子たちがいる。なら、まだなんとかなるんじゃないかと思う。思いたいのかもしれないとも理解してるよ。
あたしの言葉は敬われても聞き入れられず、権威ある役職に就いていても権力はなく。それでも、まだ未練がましく、管理局にいるのは、信じたいからかもしれない。あの頃の、先輩達と駆けた道を、同じように駆けていってくれる子たちが出てきてくれるんじゃないかってことを。あの、絶望と誇りの悪夢を、駆け抜ける気概のある子たちが、あの理想を引き継いでくれる子たちが、現れてくれるんじゃないか、ってことを。
ああ、わかってるよ、あんたたちを責めてるわけじゃない。ただの年寄りの愚痴さね。でも、できれば覚えておいて欲しいね。そういう時代があって、そういう過去があって、その上にあたしたちは立ってるってこと。悲哀と憎悪の海に、死と誇りと尊厳を積み上げて、それらを踏みにじるようにその上に立ってるんだってこと。忘れちゃいけないよ。事務方とはいえ、あんたも、管理局員の一員には違いないんだからね。知らないといっても、関係ない部署だといっても、管理局の1員というだけで、管理局の業はあんたにも絡みついてるのさ。
……ふふ、おどかしすぎたかね。ああ、もうこんな時間だ。さて、次はどこの集まりに顔を出すことになってたかしらね。教えておくれでないかい?
■■後書き■■
書いたけど、投稿するか、かーなーり、迷いました。本編の背景を理解するにはいいけど、ここまで作者が設定して書くって、読み手の楽しみを削がないか? まあ、近頃は、突っ込まれないように、いらんところまで細かく設定して話を書くようになってるのでその流れで手をつけましたし、事態の中心に絡んでない目での状況説明もあったほうがいいかもという気もあったので、結局上げましたが。うーむ。
次回は、本編に戻る予定。舞台は、ホテル・アグスタ。やっと、始まりの鐘が鳴る。