公開意見陳述会のため、地上本部は本局に1個大隊の武装隊と1個大隊の航空武装隊の派遣を要請し、クラナガンの各陸士隊から抽出した警備部隊を、本部ビルを中心にした八つの方位をさらに4分割した、32のエリアに分けて、それぞれの地形や重要度を考えながら、適性に応じ、各部隊を各エリアに配置した。
本部ビルの正面入り口前のエリアを任された機動六課は、つまり、戦力的には最後の壁として期待されたと考えていいだろう。なのは、ハヤテ、フェイトが陳述会に参加し、ヴィータ・ギンガが六課警備(というよりヴィヴィオの警護)で隊舎に待機している今、武装隊の指揮権を預かっているティアナは、そう思い、気合を入れていた。リィンフォースは階級をもたないので、助言や手伝いはしてくれるが、指揮をとる権限がない。六課だけなら構わないのだが、他部隊との連携必至な今回の警備では、まずいのだ。
そんな感じで緊張していたティアナは、だから飛び込んできた情報に即座に反応し、ほかの4人に指示を飛ばしたのだった。
「戦闘機人がビル至近に出現、デフコン1発令! 配置Aで警戒待機、リィンフォースさんは空で哨戒と状況把握をお願いします!」
配置A。スバルとエリオを、横に広めの間隔を置く形で前に配置し、2人から縦に距離を置いて、キャロを守るような位置にティアナが立つ、彼らの基本シフトだ。
阿修羅で指揮車の情報を確認すれば、ほかの各部隊も防御陣形をとりはじめているようだ。
そこで、唐突にノイズが入り、指揮車とのリンクが切れた。
(やっぱり来たわね。)
慌てずティアナは秘匿帯域に切り替える。アグスタのときとはまた違う周波数にしてあるそれで、指揮車とのリンクはすぐに回復した。但し。
「磐長媛命との情報のやりとりが出来ないんですか?!」
「ええ。かなりの広範囲にわたって妨害がされているようで、通達されている各種帯域いずれも使用できません」
ウィンドウに映る、一見冷静なグリフィスが答える。アグスタの経験を踏まえ、通信妨害が予測された今回の警備でも、六課は指揮車で出張管制班を武装係に同行させていた。
だが、相手もアグスタのときとは比較にならない規模で通信妨害をかけてきており、指揮車は事実上、ティアナ達からの情報だけを分析する状態になっていた。無論、通信回復の努力は続けているし、少ない情報から全体を推論・予測する作業もおこなっている。だが、ティアナが期待した情報面での援護を、十分に行なえない状態なのも確かだった。
さらに悪い情報が入った。本部ビル周辺に張られていた魔法障壁が消失したのだ。どうやら動力源の魔力炉が破壊されたらしい。重要施設なので念入りな警備体制がしかれていた筈だが、あっさり抜かれた。
(敵の戦力評価、もうすこし高めに見積もっておいたほうがよさそうね。)
甘く見ていたわけではない。戦闘機人の能力のでたらめさは、2度の遭遇戦で身に沁みている。すでに割れている能力については全部隊に情報が回されているし、対策も検討されているが、未知の能力の戦闘機人相手なら、厳重な警備だろうと不覚をとってもおかしくない。
(まあ、最後に負けてなければいいんだけどね。)
起きてしまったことはしかたない。起きたことからどれだけ有用な情報をとりだし、それを生かせるかが大事だ。冷静に思考を展開しながらも、ふと不安と苦い気持ちが心を過ぎる。
(なのはさん……。)
失敗や敗北から最大限のモノを汲み取り、最終的に勝利をつかめるよう、あきらめず泥臭く戦い抜け。そうティアナに教えてくれたのも、なのはだった。
結局、部隊長室に乗り込んだ日以来、なのはとはゆっくり話ができていない。
あの日のなのはの言葉は、胸の奥に沈んだまま、時折ティアナを悩ませる。よくわからない言葉が多かったけど、なのはが倫理を外れた命を否定する生き方に悩んでいると理解した。多分、非殺傷設定とかそういう問題じゃない。あるいは、戦闘機人とか、ヴィヴィオのような人造魔道師のことを指しているのかと思うが、別に、次元世界でも彼らの生存権を否定しているわけじゃない。……確かに、彼らがその素性を堂々と名乗って生きていくのは難しいだろうけれど、でも、彼らもいわゆるヒューマノイドの区分に含まれている、というのが、次元世界での公式見解だ。
なのはの前世での苦悩もあがきも、陰陽師としての業もスカリエッティとの魂の共鳴も、ティアナの知るところではない。だから、彼女にはそれ以上の推測はできていない。
彼女が感じているのは、傲慢で厳格だけど、ときに不器用な優しさもみせる、尊敬できる上司の心が不安定に揺らいでいること、上司の親友が、その闇と狂気を感じとりながらも、手を出すことができずに、ただ寄り添う道を選んでいること。それだけだ。
それは、彼女が、兄の死以来、世界に対して感じつづけている、その在り方の理不尽さへの怒りを強めはしたが、けれど、それに対して、自分が何ができるのか、という道は、いまだ見出せないでいた。自分にもなにかできるはずだ、彼女達を助けたい、と心に決めても、いまだ、道は定かではない。
だが、それでも、なのはともう一度、じっくり話したかった。思っていることをぶつけ、考えていることを聞きたかった。このひと月、互いに多忙であったため、まだ、実現できていないけれども。
(でも、やらなきゃ。あたしがあたしであるためにも。)
ティアナは、クロスミラージュを握る手に力を込めた。そのためにも、こんなところで躓くわけにはいかない。
ティアナは、完全機械式阿修羅のセンサーと、「天眼」の同調機能により、カバーできる限界の戦域の様子をサーチしはじめた。今の自分達にできる最善を。その思いは、ティアナだけではなく、適度にリラックスしながらも、いつでも最高速で飛び出せるように準備しているスバルにも、ストラーダを軽く握って重心を落としつつ、周囲に気を配っているエリオにも、最後尾で、早鐘を打つ胸を押さえながらも、必死に冷静さと広い視野を保とうとしているキャロにも、共通している思いだった。……彼らはもう、ルーキーではなかった。素直に平穏と平和を願って働く、一人の管理局員だった。
戦域SW1(南西1)。緻密に計算され、築かれたバリケードの迷路の中、小規模な戦闘が断続的に続いていた。
「よしよし、いい子だ……そのまま来いよー」
20代半ばの分隊長は、無意識に唇を舌で舐めた。彼の視線の先には、ほとんど効果がないながらも、しつこく攻撃を加えつつ、バリケードの間を抜けて撤退していく、小隊の戦友たちがいる。そして、彼らをゆっくりとした動きで追う、10を超えるガジェット。
「まだまだ……」
こめかみを汗が伝う。タイミングが命だ。さっきはうまくいった。今度もうまくいくはずだ。
ガジェットの群れがバリケードの細い隙間を抜けようとし、互いにぶつかりあって一瞬停滞した。
「今だっ、テェ!」
振り下ろした彼の手に合わせて、彼の背後から放たれる魔力弾。ガジェットの密集地に一直線に飛んでいったそれは、着弾とともに炸裂し、連鎖的に密集していた全てのガジェットを爆散させた。
「よっしゃ!」
思わず片手を握り締める男。彼の背後の部下達からも、囮を務めた分隊からも歓声があがる。
彼は、身を隠していた鋼材から振り返って、怒鳴った。
「よし、移動だ! ぼやぼやするな、砲撃が……」
指示を言い切る前に、索敵を任せていた部下の一士の悲鳴が響いた。
「Sランククラス砲撃感知! 射線は我が分隊の……」
「総員対ショック!」
彼が一士の声を遮って怒鳴ったのと、「それ」がきたのと、どちらが早かっただろう。気がついたときは、彼は地面に仰向けになっていた。頭がひどく痛む。
視界の端に見えたものに、彼は動かない首を無理矢理動かし、わずかに横に頭を向けた。
「…………」
そこで大きな爆発があったのだろう。クレーターのできた地面と、その周りに散らばった金属の塊、幾本かの腕や足。
(全滅……か)
男はひしゃげた金属の筒に目を止めた。この戦いで彼らを助けてくれた、力強い戦友。自分の分隊での今日一番の活躍は、間違いなく彼だ。
(お前もせっかくの初陣だったのにな……悪いことしたな)
だが、この魔道迫撃砲の効果は明白だ。来年度には正式な配備がはじまるだろう。
彼は視線を上に戻した。
どこまでも抜けるような青い空。
その空を散開して飛んでいく人影たちが、視界を横切ってすぐに見えなくなる。
(遅いってんだよ、まったく……。)
心にもない悪態をつく。突然の通信撹乱とガジェットの襲撃。抵抗の強い拠点に襲いくる大威力の砲撃。
事前にマニュアルが配布されていたとはいえ、その混乱の中で、指揮系統が別で、普段からの交流もない本局の部隊が、この短時間で行動をおこせたことは、むしろ評価に値するだろう。彼が毒づいたのは、単に陸と本局との感情的反目での反射にすぎない。そして今は、その反目などどうでもいい心境になっていた。
(たっぷり予算貰ってるんだ……頼むぜ、戦友……)
暗くなっていく視界。その視界のなかで、丸っこい何かの影が見えたような気がした。
(くそっ、全員急げ!)
本局から派遣された航空武装大隊の第三中隊隊長は、部下たちに何回目の繰り返しかわからない念話をとばした。
(だから言ったのだ!)
存在が確認されているSランククラスの砲撃手。無機物を自在に通行する戦闘機人。この脅威にどう対抗するかが、地上本部ビル防衛の鍵を握るのは明白だったのだ。なのに、武装隊本部の参謀達は、彼の中隊に所属するSランク魔道師の三尉と、防御魔法が得意な幾人かの空士たちで砲撃を防ぎ、その間に、砲撃発射地点に彼の中隊の残りが急行して砲撃手を無力化するという案を出した。無機物通行タイプは、姿をあらわしたところを叩けばいい、姿をあらわさなければ攻撃もできない、となんの対策もとられなかった。自分を始め、大隊所属の中隊長全員が、無理があるといって作戦の見直しを求めたが、指揮官の二佐は受け付けなかった。結果がこれだ。
(砲撃されてから、狙われた地点に移動するなど、そんな馬鹿みたいな真似がどれくらい連続でできると思っていたのだ!)
陸士部隊はよく頑張っているが、要所要所の抵抗拠点を砲撃に潰されて、防衛線はずたずたにされつつある。彼と彼の部下が砲撃手を捕捉する速度に、全てがかかっていると言っていいだろう。
(急げ!)
苛立ちを抑えきれず、もう一度部下達に念話で怒鳴ったとき、
(砲撃、こちらにきます!)
(散開、各自自由回避!)
即座に命令して自分も回避に移る。着用しているヘカトンケイレスは、自分達のいる空域を目指して伸びてくるSランク相当の魔力砲撃を捉えていた。
(航空武装隊をなめるな!)
いかに強力だろうと、あたらなければ意味はない。射線から外れた位置に遷移して、もう一度加速しようとしたとき。
(な……!)
砲撃が数十に分裂し、誘導射撃魔法のように、彼の部下達へと向かったのをヘカトンケイレスが捉えた。半瞬の自失ののち、念話で怒鳴る。
(誘導射撃だ! 全員防御せよ!)
だが、ヘカトンケイレスの分析では、分裂した誘導射撃砲もその一つ一つがAAクラスの攻撃力だ。何人かは落とされるだろう。
(くそっ)
彼が歯噛みしたとき、ヘカトンケイレスが警告を発した。未確認飛行物体接近。登録データより、古代遺物管理部機動六課の交戦記録にある空戦型ガジェット・通称Ⅱ型と推測。
(ちいっ)
強烈に舌打ちしつつ、彼は部下の現在位置とガジェットたちの位置を確認して。
(……な、に)
呆然とした。
先の砲撃からの回避と、誘導射撃への防御対応で、彼の部下達はバラバラに散らばった地点で停止してしまっている。もともと散開して飛行していたから、相互の距離は相当に離れている。そしてガジェット達は。高高度から逆落としに、彼の部下達を分断するような位置に高速で突っ込んできていた。いまから陣形を組もうとしても間に合わない。すでにガジェットからの射撃がはじまって、部下達は合流できるような機動をとれずにいる。
(完全に嵌められた……っ)
彼は自分が、相手を甘く見ていたことを認めざるを得なかった。所詮機械頼りの、力押ししかできない奴らだと。こんな策を用いる発想があるとは思わなかった。
(だが、まだだ! まだ負けたわけではない!)
彼は、状況を打開すべく、自身も回避機動をとりながら、混乱している部下達に指示を出しはじめた。
彼は知らない。敵の発想は、彼ら武装隊にも配布された戦術教本を刷り込まれた戦闘機人たちが、教本に忠実に再現したものだということを。彼は知らない。彼の裏をかいて、部下達をバラバラの宙域に固定させた先ほどの砲撃は、戦闘機人ディエチの専用兵装の能力、任意の弾種を、それこそ収束砲撃から拡散砲撃、散弾に榴弾、炸裂弾と思い通りに放てる力によるもので、まだまだ予想外の砲撃がありうることを。彼は知らない。彼の背後から、全てのセンサをかいくぐる能力をもつ戦闘機人が、手に持った質量兵器で彼を狙っていることを。
「はい、残念でした~」
先ほどから念話を次々に飛ばしていた指揮官らしい空士を、彼がガジェットのAMFの範囲内に入ったところで、手に持ったライフルで撃墜したクアットロは、上機嫌に言った。口元には嗜虐と嘲りの笑みがある。ガジェットのAMFは、バリアジャケットを解除するほどの出力はないが、その防御性能を格段に弱める程度のことはできるのだ。通常なら耐えられるはずの、銃弾を貫通させてしまうほどには。
「まったく、通信妨害をビル周りだけにして、この辺にしてない意味を考えないなんてね~、ほんと、お・ば・か・さんv」
でも馬鹿のほうが好きだ。
クアットロは笑みを深める。馬鹿のほうが思い通りに踊ってくれる。特に自分は賢いなどと勘違いしている馬鹿の、策に嵌められたときの表情はたまらない。クアットロは、妖艶に口の端を舌で舐めた。高町なのは。エース・オブ・エースだの魔王だの言われて浮かれているあの馬鹿な女は、我らがドクターの関心をもったいなくも頂いているありがたさを知らぬ女は。自分の策に陥ったとき、どんな表情をみせてくれるだろう。クアットロは、その想像だけで、背筋にぞくぞくとした痺れが走るのを感じた。
そう、ドクターに関心をもっていただけるのは、自分達「娘」と、ドクターの研究成果だけでいい。人間の女など、分不相応だ。
「ディエチちゃ~ん、そろそろ場所移動しましょうかぁ。五月蝿くなってきそうだしぃ~」
『了解』
クアットロは、ディエチに次の移動ポイントを指示すると、自身もガジェット操作と支援に適したポイントにうつるべく移動を始めた。計画は順調だ。
彼女の背後で、第三中隊最後の空士が、ガジェットの射撃に落とされた。
いまさらだが、ヘカトンケイレスの高級機たる阿修羅の機能は、主に以下の通りである。
一つ。多数目標の同時探知、追尾、評定、狙い撃った攻撃の誘導、その効果確認までを一手に担う、多機能レーダーシステム。
二つ。自前のレーダーと、データリンクからの情報を総合して、多数目標の脅威度や攻撃手段などを自動で判断、ランク分けするシステム。
三つ。「磐長媛命」との連携による、上記2システムの広範囲での運用。
四つ。相手の装備や戦法などから過去の類似例を探し、教本や実戦事例をもとに現在の状況に適した作戦・戦闘機動提案をおこなう。その際、使用者の体力と魔力量を把握しつつ使用デバイスとリンクし、場合によっては魔力運用や身体制御をも補助する、武装統合運用システム。
そして、AMF下でもその機能が低下しない完全機械式の阿修羅を着用しているティアナは、いつのまにか、混乱を抜け出せないでいる、各部隊の統制と連携維持を指図する立場になっていた。
(なんで、たかだか二士のあたしが~!)
とはいえ、泣き言を言ってもはじまらない。ジャミングでずたずたにされた指揮系統をある程度まで立て直すには、完全機械式阿修羅と「天眼」の連携は、非常に効果的だったのだ。幸い、六課の出張管制班との通信は回復しているので、その情報解析や提案などのフォローを受けつつ、ティアナはなんとか、佐官級のやるような指揮をこなしていた。
ティアナが、各部隊指揮官との簡単なやりとりの上で、防衛部隊の基本戦術として採用したのは、陣地に頼らない機動防御戦である。
当初の防衛案として想定されていた、陣地と囮を使って、ガジェットを誘導し、配備された対AMF兵装で一気に殲滅する方法は、すでに、敵のSランク砲撃によって、陣地ごとなぎ払われる事例が続発しており、ティアナは早々にその使用に見切りをつけた。 Sランク砲撃の砲撃手を仕留めたあとなら、再度使用してもいい戦術だが、今は無理だ。そして、そんな急場の状況で、AMF搭載兵器相手に、低ランク魔道師の多い陸士部隊が、できるだけ長期間耐えられる(戦える、ではない)戦法といえば、ティアナには、機動防御戦しか思いつかなかった。出張管制班と阿修羅の武装統合運用システムもそれを支持した。……もっとも、はじき出した予想耐久時間は、ぞっとしないものだったが。
それでも、それが現状で最善ならば、しかたがない。ティアナは割り切って、各部隊に、役割と相互連携のパターンの指示出しをしている。この戦法でしばらく時間をかせいでおいて、ガジェットの統制役か、砲撃手を無力化する。ティアナの狙いはそれだった。
機動防御といっても、たいした戦術ではない。要は、走って走って走り回れ、ということだ。ガジェットをひきつけ、ときにその集団に切り込み、その集結を乱して、少しでもAMFの濃度を下げる。移動しつづけることで、敵の砲撃手に的を絞らせない。魔道師らしからぬ、実に泥臭い戦い方だったが、警備部隊が、「魔王への道」をもとに鍛えられた陸士隊中心に構成されていたことが功を奏した。
派手な射撃魔法や砲撃魔法に頼らず、魔力刃や、ときには身体強化魔法で威力を上げた体術まで用いての近接戦闘。地面を掘り返して穴を掘り、土を盛り上げて土塁をつくり。バリケードに使用していた鋼材や、地面の敷石などを使用してのトラップ。決して正面から挑まず、相手の動きを制限する地形に誘い込んでからの、多対1の戦法。
それは、多くの人が想像するであろう、魔道師の戦いの枠からは外れたものだったが、いま、この戦場においては、有効に機能していた。
そして、彼らの動きを、各指揮官の着用しているヘカトンケイレスのうち、稼動しているものと、下士官以上がもっている「天眼」とが後押しする。
「三士! あと5m下がれば、魔道機関銃の射程に入る! 友軍が腰を据えて待ち構えてくれてるぞ! うちの隊に恥かかすな! もうひとふんばりだ!」
「りょ、了解、ですッ!」
不安に駆られやすい囮部隊を指揮する下士官が、恐慌寸前の幼い三士に、「天眼」から得た正確な情報を与えて希望を持たせる。兵卒たちも、その情報が、根拠のない励ましなどではないことを知っているから、よけいに、その言葉の士気高揚効果は上がる。
「魔道迫撃砲10門の集中砲撃、着弾まであと5、4」
「総員急速離脱、対ショック!」
「1、着弾!」
ガジェットの群れに張り付いて、撹乱し、彼らを一箇所にとどめていた部隊が、「天眼」に表示された、魔力弾の着弾までの時間を読み上げる下士官の声をもとに、ギリギリのタイミングで急速離脱する。彼らを追おうとしたガジェットは、大した事のない地面の凹凸や倒れてくる鋼材などで、ほんの数秒、停滞しーその数秒で、一体残らず、集中砲撃された魔道迫撃砲の光の中に消えた。
「これからここに、100近いガラクタどもが押し寄せてくる。俺達の仕事は、そいつらをたったの5分間だけ、この位置で足止めするだけだ。簡単な仕事だろう、ええ?」
ひげづらの小隊長は、ぐるりと自分の部下を見回すと、この4月に入隊したばかりの新人に向かってにやりと笑った。
「まあ、てめえは小便もらしても特別に許してやらぁ。ほかの奴らはそんな真似は許さねえぞ!」
どっとわきあがる小隊。
しかし、ダシにされた三士は、小隊長に言い返してみせた。声の震えまでは押さえきれていなかったが。
「5分が10分だろうと楽勝ですよ。小隊長殿こそ、気合い入れすぎて、ぎっくり腰になんかならないように気をつけてくださいね!」
一瞬の沈黙の後、先に倍する大きさでわきあがる陸士たち。指笛を吹く者までいる。
小隊長は、思わず破顔した。
「偉く頼もしいこというじゃねえか!」
若い陸士は強張る顔を、無理矢理ゆがめて不恰好な笑顔を作ってみせた。
「配布された想定状況はさんざやりこみましたからね!」
小隊長は、ほんの一瞬、目を見張って、それから大きくうなずいた。そして、胴間声を張り上げる。
「そうだぞ、手前ら! 今日の警備にゃ、魔王陛下もお出ましだ。陛下の前で、陛下の教導の成果をきちんとお見せする機会だぞ。へた打った奴は、小隊全員の今日の夕食代持ちだ!」
さまざまな気勢や雄叫びがあがるなか、小隊長は、満足そうににんまり笑った。うちのひよこも、どうやら、卵の殻がとれるくらいにはなったかな、と思いながら。
(二尉殿、こちらの戦域よりガジェット72体、貴戦域へ誘導中。途中での破壊は困難です、対応お願いできますか?)
(すこし待て。ランスター陸曹待遇!)
(はい、103大隊の第2中隊に、そちらに回ってもらうよう、指示を出しました。指揮者はパックス三尉、到着予想時刻まであと2分。魔道迫撃砲2門とAAランク魔道師一名が同行されています!)
(失礼します、パックス三尉であります。現刻をもって、一時的に二尉殿の指揮下に入ります。ご指示願います。)
(よし、では邀撃作戦を説明する。)
ヘカトンケイレス着用者同士が情報を共有し合い、指揮系統としては独立していてかつ完全機械式阿修羅のおかげでカバー範囲の広いティアナが、各部隊の連携をスムーズにする手助けをする。この3ヶ月、各部隊にAMF戦の仮想敵や戦闘経験者として回ったこと、“エース・オブ・エース”の部隊の人間であることが、若くて階級も低い彼女の口出しで生じる反発を少なくした。それに正直なところ、同じ陸士部隊の人間に指図されるより、別の指揮系統の人間が、低姿勢で間に入ってくれた方が、話がすすめやすいということもあった。どんな状況になっても、人間、普段から持っているプライドや対抗意識は、なかなか捨てられないものである。
全体として、戦況は膠着、むしろ、やや防衛側が優勢だったが、ティアナは焦っていた。このままでは駄目なのだ。相手には戦術を考えられる統率者がいる。いまはまだないが、航空型が大挙して押し寄せたり、砲撃手が、効率を考えずに、片端からこちらの部隊を削りにかかったら、戦線は一気に崩壊へと向かう。
連携の仲介と、場合によっては指示(形の上では進言だが)を出しながら、ティアナはマルチタスクを使って、状況をひっくり返す方法を考えつづけていた。
そこに、リィンフォースからの凶報が入る。
(まずいなことになったぞ。)
(どうしました?)
(本局からの派遣部隊のSランク魔道師と、その所属する砲撃手対応特務中隊がやられたようだ。)
(くっ……!)
ティアナは歯噛みした。昨日の総合警備ミーティングで聞いたときから不安に思っていたのだ。高ランク魔道師や専任部隊をあてるのはまだいい。だがその程度のことは、当然向こう側も予測しているはずで、なにか手を打ってくる可能性が高いことくらい、ちょっと考えれば誰でも思いつく。
実際、昨日のミーティングでもそれを指摘する意見が出たが、派遣部隊の指揮官だという二佐が、自信たっぷりに「問題ない」と断言してしまった。おまけに「低ランクしかいない「陸」にはわからんかもしれないが」なんて嫌味つきで。
カッ、となったティアナがすぐ冷静になれたのは、派遣部隊のほかのメンバーの表情が目に入ったからだった。無表情を保っている顔、こらえきれずに嫌悪がにじみ出ている顔……。
(どこにでも嫌なやつはいるってことか。)
そんなことを思い返しながらも、頭の一部では打つべき手を凄まじい速さで検索している。妨害電波で磐長媛命との連携はとれない。昨日配布されたばかりの天眼で確認できるのは味方部隊の陣形と、直接接敵してる敵の動きと数。そして味方の損耗率。
(! またやられた……!)
敵の攻撃の中で厄介なのが、撃ちこまれてくるSランク砲撃だ。それで穴があいて乱れた陣形にガジェットが食い込んで穴を広げにかかる。逆に言えば、それさえなければ、戦況は好転する。
(砲撃手とガジェットの指揮官、最低でもどちらかをなんとかしないと……。)
だが、その方法が思いつかないのだ。自分に多少のガジェットに遅れをとらない経験と能力がある自覚はあるし、なのはに鍛えられて戦術眼もそれなりなつもりだ。だが、この状況を打開するには、それだけでは足りない。自分がこれを打開するなら、目標を見つけだす技術と、相手に気づかれないほど遠方から、敵を撃ちぬくための魔力量がいる。
(やっぱり才能が……!)
自分でも乗り越え、上司にも否定された考えが再び頭をもたげようとしたとき。
「ティアナ。私とユニゾンしろ」
離れた場所にいるはずの人の声が肉声で聞こえた。
「っリィンさん?!」
「私とお前との相性がいいとは決して言えないが、それでも短時間なら、お前の魔力量を上げ、魔法制御を補うことが可能だ。現状では、おそらくそれが最善の手だ」
リィンも自分と同じようなことを考えていたらしい。迷いは一瞬だった。
現在、連携した行動をとっている部隊群の中で、最先任の二尉に念話をつなぐ。
(すいません、二尉殿。敵の砲撃手及びガジェット統率者を無力化するため、ランスター陸曹待遇、一時的に現任を離れます。)
別にティアナは、彼の部下ではないし、六課はそもそも独立部隊なので、許可申請はいらないのだが、ティアナの采配で、機動防御が有効に機能している面があるのも確かだ。断りを入れずにこの場を離れたら、各部隊の連携に混乱を生みかねない。
ティアナの念話を受けた二尉は、数瞬、沈黙したが、すぐに問い返してきた。
(できるのか?)
(やります!)
(……よし、任せる。こちらのほうは心配するな。だいぶ各部隊とも連携がとれてきた。貴官の職分を全力で果たせ。)
(はっ、ありがとうございます!)
見えない相手に思わず敬礼しながら、ティアナは思った。ああ、ここにも凄い人がいる。尊敬できる人がいる。顔も知らない、あたしみたいなひよっ子の言葉を信じて任せてくれる人がいる。絶対に、この戦い、負けられない。犯罪者なんかの好きなようにはさせない。
「キャロ、ブーストお願い!」
目の前で話していたティアナとリィンフォースがユニゾンし、その直後の第一声がそれだった。
思わず、キャロは、
「え……?」
と呆けてしまった。
「相手の砲撃手と統率者を潰すのよ。でも、そのためには、多分、リィンさんとのユニゾンだけじゃダメ。キャロの力を貸して」
「は、はいっ! なにをすればいいんですか?!」
「前に訓練でやったやつ。射撃魔法の威力を上げる奴と、幻影魔法の効果をあげるやつ。キャロには負担かけちゃうけど……」
「いえ、やらせてください! 大丈夫です!」
キャロは言い切った。自分は前線に立たない分、ほかの部分で皆を支えるのだ。以前、ヴィータに言われた言葉をキャロは心に刻んでいた。
(「いーか、キャロ。戦場じゃ、派手な砲撃は目立つし、近接戦で強い騎士は喝采を受ける。でも、そんな奴らでも、メシ食わなきゃ、ろくに戦えねえんだ。戦場まで連れてってくれる輸送隊がいなけりゃ、捕捉されやすくなるし、魔力も余分に使っちまう。その僅かな魔力が生死を分けるかもしれねえのに、だ。
お前の仕事も同じだ。目立ちゃしねえが、お前が後ろで皆を見守ってくれてる、支えてくれてるって安心があるからこそ、フォワードの奴らは思いっきり動ける。お前は、その細っこい両腕で、みなの信頼にこたえてやらなきゃならねえ。大変な仕事だ。でも、皆を助けられる、やりがいのある仕事だ。
胸をはって、堂々としてろ。お前は、うちのバックス、縁の下の力持ちなんだからな」)
あれは、自分が周りの足ばかり引っ張って迷惑しかかけてないんじゃないかと思っていた、5月の初め頃。食事を終えた自分を強引に隊舎屋上まで引っ張ってきて、そっぽを向きながら、いつもの口調で話してくれた、ヴィータさんの言葉。キャロの宝物の一つだ。
六課に来て、キャロはたくさんのものを貰った。一度には無理かもしれないけれど、すこしずつでも返していきたい。キャロはそう思っている。だから、こんな怖い戦場にいても、高難度で負担も大きい魔法の行使を頼まれても、逃げずにいられるのだ。
ティアナの身体に手をかざし、キャロは唱えた。
「ブーストアップ・バレットパワー」(射撃・砲撃魔法の威力を上げる)
続けて唱える。
「ブーストアップ・ミラージュエナジー」(創作。幻術系の魔法の効果を上げる)
「ありがと、キャロ!」
「いえ! ティアさんとリィンさんもお気をつけて!」
宙へ舞い上がるティアナを見送って、キャロは目の前の戦場に意識を戻した。自分に手助けできることは、まだまだあるはずだ。
ミッドチルダ式のエリアサーチ(魔力球を飛ばして目標を探知、目視で捕捉する)の術式を、ベルカ融合騎のリィンがもっていたことに驚きながらも、ティアナはマルチタスクで、砲撃の発射推測地点の周囲を探っていた。ほどなく、努力は報われる。
(見つけた。)
素早く戦術を検討、決定し、ユニゾンしているリィンの同意も得ると、ティアナはすぐさま準備に入った。
リィンフォースに、最初に発動する魔法に関するほどんどの制御を回し、自分はクロスミラージュの力を借りて、並行して別の魔法を組み上げる。
「来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ。フレースヴェルグ!」(目標地点で炸裂、一定範囲を制圧する複数弾頭遠距離射撃魔法)
さすがに詠唱と発動の処理は、術者たる自分がやらなければならない。だが、そこに至るまでの段階は、ほとんどリィンがやってくれた。ユニゾンしているとは言え、自分の魔力量で、フレースヴェルグが5弾も発射できたら上出来だ。
そして、並行して組み上げていた魔法も、そろそろ完成しようとしていた。
阿修羅の座標把握と計算機能をフルに使い、発動のタイミングを慎重に見極める。
大砲らしきものを抱える戦闘機人の周囲にフレースヴェルグが着弾し、盛大な爆発と粉塵が生じた。
(ここ!)
ディエチはそのとき、空中にいる指揮官用の胸甲(ヘカトンなんとかというデバイスの一種らしい)を着用した、淡い紅茶色に輝く髪の少女を撃ち落すべく、引金を引こうとしていた。先ほど自分に向けて放たれた至近弾には肝を冷やしたが、多少ダメージを負っただけで、戦闘続行には支障ない。次が来る前に撃ち落してしまおうと、ディエチは照準を定め、
(……え?)
いつのまに近づいていたのか、なぜ気づかなかったのか、目前にまで迫ってきている魔力射。その射線は……。
(……っ!)
慌てて魔力砲を発射しようとしたときには遅かった。魔力射撃を見つけて呆けた一瞬が致命的だったのだ。経験のなさがここ一番で出た。砲口に飛び込む魔力射、臨界近くまで充填されたエネルギーとそれが反応し。強烈な衝撃に、ディエチは吹き飛んだ。
叩きつけられるように地面に投げ出された彼女に、既に意識はなかった。
「うまくいきましたね」
(ああ。)
フレースヴェルグで仕留められればよし、仕留めきれなくとも、フレースヴェルグの炸裂を目晦ましに、直後に放つ、キャロのブーストを受けたオプティックハイド(幻術系の隠蔽魔法)をかけた、ファントムブレイザー(遠距離直射射撃)で敵の砲を撃ち抜いて無力化する。
攻撃魔法を隠蔽するには、オプティクハイドははっきり言って不向きなのだが、ティアナの幻術の戦場での効果を高く評価したハヤテが研究を重ね、光学関係の隠蔽に絞ることで、攻撃魔法にも一定の効果を発揮できる術式を組み上げてくれた。これに、キャロのブーストを加えて効果を上げ、遠くの相手の目前まで、射撃された魔法を隠蔽することに成功したのだ。
(それにしてもよくやったな。いくら私と阿修羅、クロスミラージュの補助があったとはいえ、ともにかなり高難度の攻撃だった。)
「あたし単独ではぜったい無理でしたよ。キャロのブーストにリィンさんとクロスミラージュ、阿修羅あってのことです」
キャロに2つのブーストをかけてもらい、フレースヴェルグの発動と照準はほとんどリィンに任せ、ファントムブレイザーの発動はクロスミラージュに助けられ、その照準は阿修羅の情報処理能力と計算に頼ったティアナに、自身の功を誇る気持ちはない。リィンは融合騎、クロスミラージュはインテリジェントデバイスとは言え、都合3つのデバイスを同時に使いこなし、高難度の魔法2つを連続で発動させて遠距離の目標を仕留めたティアナの集中力とマルチタスクの精度、そして魔法技術はかなりのレベルにあるのだが。
「さ、すぐにいきましょう。これで逃がしたら笑いものです」
(そうだな。)
少なくとも、戦闘中にそんなことを考えるような初心者レベルは脱しているティアナには、当面気づけないことだった。
「いったぁ~。なにが起こったのかしら……」
そのときたまたま、ディエチの近くで指揮をとっていたクアットロは、ディエチの専用砲の爆散の余波で吹き飛ばされ、地面に転がる羽目になっていた。彼女は、身体の痛みをこらえながら身を起こして周囲に目をやり……絶句した。
ディエッチが地面に倒れている。左腕がずたずたになってほとんど原型をとどめておらず、首も左肩も顔も、機械部分が大きく露出・損傷し、見る限り、大規模な修復作業が必要だろう。そして、こちらに向かって高速で接近してくる魔道師。
状況と今後の予測、計画とこの襲撃の目的を瞬時に計算し、クアットロは刹那の間に決断した。
「ごめんね~、ディエチちゃんv。あとで助けさせるからぁ」
ISシルバーカーテン発動。ガジェットの統率者にして地上本部ビル攻略部隊の指揮官は、意識をなくした味方をおいて姿をくらまし、一時戦線を離脱した。
(取り逃がした奴が、ガジェットの指揮官役だったんでしょうか?)
(おそらくな。)
気絶した砲戦担当の戦闘機人を確保したティアナとリィンは、六課の担当エリアに戻っていた。意識がないとはいえ、タフな戦闘機人を抱えて、ほかの戦闘機人を追撃する自信はなかった。確保した機人は本局ビル内の警備隊に捕虜として引渡し、ユニゾンは解除し、リィンは空に再び上がって、状況把握と必要に応じての援護を行なっている。
ガジェットたちの行動が、これまでの柔軟で臨機応変なものから、機械的で融通のきかない動きになったのを受けての、2人の推測だった。
事実、徐々に戦況は上向いていた。投入されながらも、単純な機動しかとらず、対空砲火に撃ち落される空戦型ガジェット。隊列を乱され、誘導されて、まとめて魔道迫撃砲や魔道機関銃の餌食になる陸戦型ガジェット。そして、ガジェットが減ったことで、魔法行使が可能になり、自前の技術と能力で、さらにガジェットの数を減らしていく陸士たち。
状況が劇的に変わったのは、2人の会話の直後だった。
本部ビル周辺に設置されている各センサとのリンクが続々と回復し、情報が指揮車に流れ込みはじめる。指揮車と連携している各ヘカトンケイレス着用者ーみな、指揮官職だーに流れる情報の量と精度が飛躍的に上がって、部隊の統率が立て直され、他部隊との連携がスムーズに行きはじめる。ガジェットの動きの変化もあって、戦況は一気に逆転し、ガジェットの殲滅速度が加速度的にあがりはじめた。手間取っていた、各センサの通信網の特別帯域への変更がうまくいったのだ。
そして、戦況をさらに管理局優位に傾ける要因が投入される。
戦場全体に無差別広域念話が飛んだ。
『こちらルシファー、高町一佐だ。ゲイズ長官より前線の総指揮権を委譲された。現刻より私が交戦地域の全部隊の総指揮をとる。以後、念話は事前に通知されていた特別念話帯域B-1を使用せよ。各エリア上位指揮官は、現状を報告せよ』
戦場全体が沸いた。高町なのは一等空佐の名は、それだけの信頼と尊敬をもって、実働部隊の実戦要員には知られているのだ。
続々と入ってくる報告に、「天眼」で状況を確認しながら矢継ぎ早に指示を返していたなのはは、少しして眉を顰めた。
「天眼」を操作して目的の情報を呼び出し、さっと目を通す。
『エリアNW2(北西2)、現状報告はまだか? 上位指揮官が不明であれば、尉官級各員が報告せよ。重複しても構わん。105大隊、現状を報告せよ』
この時点で、105大隊の司令部は、すでに壊滅していた。大隊長が逸りすぎて、少々前線につっこみすぎたのだ。おかげで、ただでさえ連携が取りにくい状態なのに、各中隊が個別の判断で戦う状態になっていた。中隊長にも殉職者が出ている。
105大隊の中隊長陣でも一際癖の強い、古参の中隊長がなのはに現状報告を入れてきた。NWエリアは、特に強い攻勢にさらされていて、余裕がない状態だったこともある。ベテランの彼だからこそ、劣勢で過酷な戦闘の指揮をこなしながら、冷静に皮肉交じりの報告をすることができたともいえる。
その不利な状況を聞いても、なのはの声色はすこしも変化しなかった。
『グレスマンか? お前がそのエリアの最先任のようだ。もうすこししたら、エリア全体の指揮を任せるから、それまで現状を維持しろ。いつかのようなポカはやるなよ?』
冷徹にも思える指示のあと、彼女らしからぬ、からかうような声音で付け加えられた一言に、かつて彼女を少女と侮って反発しつづけた、40がらみの歴戦の士官は、即座に相手の意図を汲み取って、軽い調子で返した。
「へへっ、お任せください。小官も教官との時間無制限魔法無し訓練はもうコリゴリであります。教官とのサシの訓練を思えば、ガラクタの100や200、欠伸が出るであります!」
どっ、と念話帯域が笑いで満ちた。
『違いねえ!』
『はっはっは、魔法が使いにくいくらい、教官の体術訓練に比べりゃなぁ!』
そんな各部隊の反応を聞きながら、グレスマンと呼ばれた局員は、周囲の様子を見た。先ほどまでパニック寸前だった若手も、顔を強張らせていた壮年も、緊張がぬけ、いくらか余裕の戻ってきた表情になっている。
それを確認すると、彼は把握している範囲の部下に激を飛ばした。
「いいか、てめえら! あの娘は傲慢でいけすかねえガキだが、有能だ! あいつがもう少しって言ったら、もう少しでこの状況が好転するってことだ! それまでにヘマ打ってみろ! いつもの調子で、あの可愛いツラで悪態吐かれるぞ! マゾじゃねえなら、根性みせてみろ!」
笑い混じりに、どこか強がった返事がバラバラに上がる。彼らは、自分達の劣勢と命の危機を、はっきりと自覚していた。だが、同時に、彼らの部隊を容赦なくしごいた、あの若い娘のことも信頼していた。彼の部下達も、彼自身も、その信頼が裏切られる可能性など少しも考えていなかった。時間は少なくとも、それだけの濃密な刻を、彼らは、魔王と呼ぶ教導官と過ごしてきたのである。
そして、その信頼の正しさは、さして時間をおかずに証明された。
その頃、空では。
本局から派遣されてきた一個航空武装大隊相手に、高速機動からの空中での接近戦を得意とする戦闘機人トーレと、中遠距離での空中殲滅戦を得意とする戦闘機人セッテが、苦戦していた。
「くっ、こんな馬鹿な!」
初めは順調だったのだ。高い機動力に加え、航空魔道師部隊に採用されている各マニューバ(機動技術)をインストールされて、空戦において、1個大隊程度など、初陣のセッテと2人がかりで10分もかからず仕留められると思っていた。ところが、一方的だったのは、交戦直後だけで、相手はすぐに戦法を切り替えてきた。もちろん、そのデータもインストールされているトーレたちは、新しい戦法に対応した機動に切り替えたのだが。
「……っ、また……!」
相手は、戦術とマニューバを融通無碍に組み替え組み合わせ、その変幻自在の動きに、2人はついていけず、翻弄されるばかりだ。おまけに数の差を最大限生かした攻撃を仕掛けられ、稼動年数の長いトーレはともかく、先日稼動したばかりのセッテは、少なくないダメージを受けている。
(なんでこんな……!)
相手の手の内を全て知り尽くし、同様の技術を全て刷り込まれ、さらには身体能力で圧倒的に上回っているはずの自分達が、こんなに一方的に追い込まれていることが、トーレには心底不可解だった。
(ジャミングをかけなけりゃ、一撃離脱戦法はとれなかっただろうに……。自分達の打った手で不利な状況に追い込まれるなんて、気の毒にな。)
航空武装大隊第一中隊中隊長の一尉は、戦闘機人たちの動きを見ながら、そんなことを考える余裕が出てきていた。
一撃離脱戦法は、レーダーや魔力サーチが働いている状況では、通常用いられない。一撃離脱は、あくまで攻撃側の位置を悟られていない状態からの奇襲、という前提があるからである。位置が正確に把握されれば、突っ込んだタイミングに合わせて、カウンターを食らうだけだ。
(それに、大隊長殿の指揮下から外れられるってのはありがたい。)
おかげで、最先任士官である自分が指揮をとれる。ビル内の会議場に閉じ込められてわめいているだろう、二佐のことを思って、彼は苦く笑った。
(あいつも昔はあんなんじゃなかったんだけどな。)
魔力資質はないが、その分、情報分析やその提供で実戦部隊の皆を助けるのだ、とはりきっていた昔の彼を思い出す。彼が歪んでいったのは、部隊に最大限の援助をするために権力を求め有力者に近づきはじめた頃か、自分も権力をそれなりにもつようになった頃か。
(あるいは、高町一佐の台頭からか。)
昔の彼ならば、素直に賞賛し、教えを請おうとしただろう。だが、今の彼は、年下の彼女に階級で抜かれ、彼女の高い評価と明確な業績に嫉妬し、周りの権力者達の雰囲気もあって、露骨に彼女と、彼女と縁の深い陸を敵視している。それも、管理局のためにならないから、と言い訳を作って自分で作ったそれを信じて。だが、指摘しても彼はそれを認められないだろう。
(年食うってのはやなもんだ。)
経験は増えるが柔軟さはなくなる。実績は積みあがるが、それを捨てることが怖くなる。結果、自分の今までにしがみついて、変化に気づかず、未来を見通せなくなる。若い力を認めるために、余分な勇気が必要になる。
(なにより、飛ぶ速さも高さも勇気も鈍る。)
航空魔道師なんてそんなものだ。なんだかんだ言いつつも、空に魅せられてるだけだ。彼はそう思っている。だから、今、戦っている機人たちに、憐れみに似た感情も抱く。
(あいつらは、飛ぶことを楽しめてないんだろうな。)
動きをみれば丸判りだ。刷り込まれた動き。速くて正確だが、それだけだ。それだけでは楽しくない。それだけでは戦いでは勝てない。
彼にはよくわかる。彼も経験したことだからだ。高い魔法技術と大きな魔力量に絶対の自信をもっていた過去の自分が、粉微塵に砕かれた日。
彼を砕いた魔王は言った。
「話にならんな。才能に溺れすぎだ。能力の高さと戦闘での強さは全く別物だ。よく理解しておけ」
そこで彼女は凄みのある笑みを浮かべた。
「まあ、理解できなくても、ちゃんと身体に教え込んでやるから、安心するんだな」
(まったく、可愛い顔して、とんでもねえ人だよ。)
からりとした、陰の欠片もない苦笑を浮かべて、彼は過去の自分に向けるような、親しみをこめた口調で呟いた。
「まあ、お前らにいい教官がいなかったのが不運だったな」
フェイトが航空魔道師隊に合流したときには、戦闘機人2体は、ほとんど嬲られるだけの状況に陥っていた。
その段階で航空大隊の取っていた戦法は単純だ。射撃魔法や閃光系の魔法で距離を稼ぎ、周囲360度を囲んでおいて、1人の魔道師が、球状に配置された魔道師たちの中心に居る、機人たちに高速で突っ込む。当然、弾幕の援護がつく。それでも機人たちはその身体能力にモノを言わせて弾幕をかわし、突っ込んできた魔道師に仕掛けようとして。
背中側からの、、狙いすました射撃魔法に撃ち抜かれた。
さすがにその一撃で落ちることはないが、出来た隙に、急接近していた魔道師が一撃入れる。それをこらえたところで、突撃した魔道師に、わずかに位置をずらして追随していた2番手の突撃担当が、急所を狙ってくる。仲間の危機に、徹底的に集中された弾幕を交わし続けていた機人が、回避をやめて被弾しながらも、庇いに入る。すると、2番手の彼はあっさり攻撃をあきらめて、そのまま離脱する。追撃する余裕もなく、窮地を逃れた機人たちが息をつこうとする前に、また死角から突撃をかける新しい魔道師と援護の弾幕。その繰り返し。
業をにやした機人たちが高速で接近しようとしても、もとからかなり大きな間合いをとっている上に、近づく動きを見せただけで、即座に弾幕や障壁を張りつつ急速後退する魔道師達には追いつけず、逆に隙をさらした背後からの機動予測射撃を食らう。遠距離攻撃手段を持っているらしい機人が、エネルギー砲を撃ったり、なにか武器らしきものを投げたりしているが、すでにその動きや軌道のパターンを解析されたのだろう。余裕をもって防がれ、かわされ、逆に武器を破壊されている。ヘカトンケイレスと磐長媛命の怖いところだ。下手に攻撃を繰り返すと、あっという間に動きを解析され、本部コンピューターの分析と推論を加えられ、動きを丸裸にされてしまう。
(……知ってはいたけど、かなりやらしいやり方だよね。)
フェイトは思う。これがなのはの考案した、高ランク魔道師を多数の低ランク魔道師の連携と技術で落とす、フォーメーションのひとつだとは知っているが、延々と一方的に嬲られるほうはたまらないだろう。……いや、嬲っているわけではなく、攻撃魔法の威力が低すぎ、機人が頑丈すぎるために落とすことが出来ず、結果として嬲る状態になっているだけだが。
(でも、そろそろかな。)
耐えられなくなった機人が賭けに出てもおかしくない頃合だ。特に、片方の機人は結構なダメージを受けているように見える。自分の配置と役割について相談すべく、フェイトはこの場の指揮官らしい魔道師に念話をつないだ。
要人警護のため、会議場内に残っていたハヤテは、張っていた結界をなにかが通り抜けたのを感知した。
(来よったか?)
六課では、判明している戦闘機人のうち、無機物を通行できるタイプが一番厄介と見ていた。あっさり警戒網を通過でき、奇襲もし放題だからだ。ハヤテは手持ちの触探結界を改良して、無機物内を貫通して張れるようにした。触られたことを探知する結界を無機物に触れさせると、常時、接触を探知することになるので、探知対象を動くものに限定するよう術式をいじるのが一番面倒だった。それでも、このわずかな期間の間に完成させたのは、ハヤテの魔法研究者としての実力の証だろう。
(なのはちゃんが総指揮で防衛線の立て直し、フェイトちゃんが遊撃で火消し役、私がここで要人警護。……ここの人ら、誰か1人でも怪我したら、ここぞとばかりに本局の強硬派が責めたてるやろ。テロを許してもうた時点でそれはもう避けられんけど、これ以上、口実を与えるわけにはいかん。本局と地上の対立の激化は、誰にとっても損にしかならん。不安定ななのちゃんに、一線を越えさせる刺激にもなりかねん。)
ハヤテはその認識と持ち前の責任感で警護にあたっていた。守る対象の中に、大切な義姉がいることも、彼女に気合を入れさせる原因になっていた。
(ここは守りとおす!)
このように戦場全体では、管理局側が押し返しつつあったが、六課の武装隊の4人に限って言えば、その時は、戦闘開始以来最大の劣勢に立たされていた。3体の戦闘機人の連携した襲撃を受けたのだ。予測されていた事態ではある。戦闘機人たるスバルや、プロジェクトfateで生み出されたエリオがいる六課の武装隊員達は、ヴィヴィオとは別の意味で、スカリエッティに狙われる可能性があると、分析班から言われていた。そのための対策訓練もしてきたが、状況は想定を上回っていた。
ティアナは、荒く息をはきながらも、対峙している機人たちを見渡した。
赤い髪の、スバルとよく似た戦いをするタイプ。スバルに言葉でも戦闘でも積極的に絡んできたから、なにかしら因縁があるのだろう。そして、幼い外見ながら、冷静に戦場全体を見、指示を飛ばしながら、自身も爆発物を投擲してくる指揮官らしき片目。そして、奥にいて、的確な射撃を撃ち込んでくる後衛タイプ。
(よくバランスがとれてる……)
冷静にティアナは分析していた。敵を過剰にも過小にも評価してはならない。性能と戦闘力とは別だが、だからこそ、それぞれの分析と正当な評価を確実にしなければならない。前線指揮官の基本として、叩き込まれたことの一つだ。……誰に? もちろん、あの人にだ。
(無様な報告だけはできないわよね。)
負けるのはしかたないかもしれない。それぞれ高い能力をもった戦闘機人が、しっかりと連携して仕掛けてくる。指揮官役の機人の統率力が優れているのだろう。戦術眼も悪くない。人数的にも、3対4とほぼ同数。基礎能力の劣る自分達の不利は否めない。
でも、なすすべもなく負けるのと、次につながる負け方をするのとは、全く別だ。まして、この戦場にいるのは自分達だけではない。自分達がきっちり仕事をすれば、ほかの部隊が目の前の機人たちを無力化することも可能だろう。
周囲の陸士部隊の応援は断っている。今は、統率役が戻ってくる前に、すこしでもガジェットを潰すべきだ。それに即席の連携で、眼前の息のあった3人を崩せるとは思えない。無駄に戦力を削りかねない。同じ理由でリィンもここにはいない。ティアナの代わりの部隊連携の補佐とフォローを任せている。彼女の上空からの援護射撃があれば、心強かっただろうが、ここ一局面の戦闘より、防衛戦全体の勝利を優先すべきだ。
それに自分達は、対戦闘機人戦を想定して訓練してきた。勝つことは難しそうだが、できるだけ時間を長引かせ、相手の能力を丸裸にすることはできる。そうしておけば、ガジェットを排除した周囲の部隊が、総がかりで叩けば、おそらく仕留められるはずだ。
(でも、死にたくはないわね。)
思ってから、思わずティアナは笑いそうになった。当たり前だ。誰だって死にたくなどないだろう。でも、みんな、その気持ちに耐えてこの戦場にいる。それぞれの大事な何かを守るために。
(そう、あたしだけ特別じゃないんだから。)
かすかに笑みを浮かべたまま、ティアナは3人の信頼する仲間に、改めて念話を向けた。
(いい、3人とも無理するんじゃないわよ。あたし達の役目は威力偵察。危険だけど、なにかを「守る」ためには、重要なポジションよ。追い詰められて当然、圧倒されて当然。だって向こうのほうが強いんだから。でもその状態でもなんとか生き延びる方法を、あたし達は教えてもらってきたでしょ? これでできなかったら、ヴィータさんには怒鳴られるし、ハヤテさんはなんでもない振りしながら落ち込むわよ? あの人たちを悲しませたくないでしょ? 返事はいいわ。行動で示して見せなさい!)
かすかに笑いを含んだ声で念話を終えると、ティアナは軽く唇を舐め、重心を落とした。
さあ、かかってきなさい。でも、代金はたっぷり置いていってもらうわよ?
その態度、その目、その心の余裕。彼女はすでに、歴戦の下士官に匹敵する前線指揮官だった。
(このままいけば、押し切れるな。)
チンクは牽制のスティンガーを投げながら、戦況を分析していた。機動六課の武装隊の練度は高い。特に、それぞれの得意の分野がうまく噛み合っており、一つの部隊として生き物のように行動するとき、その力は最大限に発揮される。だが逆に言えば、連携を断ち切れば、多少腕の立つ、経験の少ない魔道師達に過ぎない。
ノーヴェが4人の中で唯一、自分達と能力的に張り合えるタイプ・ゼロの相手をし、ウェンディの射撃と自分の爆撃で、残り3人の連携を阻む。無論、隙を見て、ウェンディの狙撃が襲う。いまのところ、仕留められるほどの好機はまだないが、それも遠いことではない、とチンクは踏んでいた。自分の爆撃の余波とウェンディの射撃で、徐々に体力を削り取られ、かつ牽制で思ったように動けない焦り。1人崩れれば加速度的に崩れていくだろう。遠くない勝利を思い、タイプ・ゼロとプロジェクトFの素体の確実な捕獲方法を検討していたときだった。
後ろから聞こえたバヂィッ、という音に、はっ、として、チンクが振り向いたときは遅かった。
視線の先には地面にくずおれるウェンディと、その横に降り立った、白地に要所に金を散らしたバリアジャケットに身を包んだ女。薄茶の長髪、バイザーグラスに隠された目、隙のない立ち姿。
(高町なのは!)
管理局屈指の使い手であり、要注意人物として警戒していた相手に、あっさり背後をとられ、妹の1人を倒されたことにチンクは歯噛みした。
しかも、彼女の手にはいま、デバイスはない。その状態でウェンディを一瞬で倒したのだ。魔力量と戦術眼だけでなく、魔法運用技術もずば抜けている。デバイスがない程度、彼女にはさして障害にならないのだと改めて認識し、慎重に戦闘を展開していかねば、とチンクが思ったとき、ノーヴェが全速で駆け出した。
「てんめえええええっ!」
「よせ、ノーヴェッ!」
さすがにチンクも動揺していたのだろう。頭に血の昇りやすいノーヴェをまず、冷静にさせるべきだったのだ。自分の声が耳に入っていない様子のノーヴェに、自身の不手際を自責しつつ、チンクは援護のためにスティンガーを放った。それよりわずかに早く、ノーヴェが高町なのはに殴りかかる。
「うおおおおおおッ!」
吠えながら、大きく振りかぶって全力で殴りかかるノーヴェ。
……大きく振りかぶって全力で殴る。そのようなパンチを、こう呼ぶことがある。テレフォンパンチ。今から、あなたのどのあたりを狙って殴りますよ、と相手に動きで伝えるパンチ、という意味だ。
無論、ノーヴェの迫力もスピードも、人間を越えた領域だ。ISブレイクライナー。高い格闘戦能力を発揮できる先天的固有技能。だが、迫力があると言っても、身の丈3mを越える鬼の拳とは比べ物にならない。スピードがあると言っても、長く生きた獣が妖化した動きとは比べ物にならない。そして、頭に血の昇った人間は、本能に優れ、長い経験を積んだ妖異のずる賢さとは、比較することがおこがましいほど、御しやすい。
殴りかかったノーヴェの拳が、傍から見ていると勝手に逸れたように見えるほど自然にかわされ、次の瞬間、轟音と共に、ノーヴェは地面に叩きつけられていた。ほとんど同時にスティンガーが、展開された障壁にむなしく阻まれ、爆散する。その場の誰も、なにが起こったのか見えなかった。いや、機動六課の面々は、見えはしなかったが、なにがあったかは悟っていた。特にスバルとエリオは、同じ目にあった経験がある。
(アイキドー、だったっけ。)
なのはの出身世界に伝わる武術だと教わった。こういう格闘技法があるのだと、訓練のあいまに少し教わった程度だが、その技の不可思議さと効果は、スバルの身体に文字通り叩き込まれていた。
(やっぱり、なのはさんは凄い……!)
目を輝かせてトリップしかかったスバルを引き戻したのは、頼りになる相棒の叱咤だった。
「ぼんやりするな! あいつはなのはさんに任せて、ちっこいのを押さえるわよ! クロスシフトF!」
スバルははっ、と我に返った。
見れば、ティアナが指示した片目の戦闘機人は、すでになのはの近くまで駆け寄っている。仲間が起き上がる時間を稼ぐか、なのはを仲間から引き離して、仕切りなおそうというのだろう。スバルは即座に駆け出した。
(これ以上、なのはさんにみっともないとこは見せられない!)
なのはは、叩きつけた機人の腕を、まだ残っていた慣性力を利用して無造作にへし折った。なのはの近接戦闘技術は、前世に習得したCQBを元にしている。当然、折れるときには容赦なく折る。なのはは、腕をへし折った流れを止めずに、片手の人差し指に魔力を集めつつ、左足にも魔力を収束して電気変換をかけ、接近してくる機人に対して半身になるよう左足を一歩下げることで倒れている機人の首を踏み抜いた。
バチィッ!
「がッ!」
先ほどと同じような放電音と苦鳴が響いて、赤毛の機人の身体から力が抜ける。人間の首なら、へし折れる勢いで踏み抜いたが、機人ならば大丈夫だろう。とはいえ、多少の損傷はあるだろうし、全身の神経と、おそらく機械部分への電気信号網も集まっている部分に電撃を叩き込んだから、さきほどの機人と同じく、しばらくは行動不能とみてよかろう。
そんなことを考えながら、至近に迫った銀髪の機人に、指先に溜めた魔力を放つ。
「シュートバレット」(魔力を収束して放つ、ごく初級の直射型射撃魔法)
初級とはいえ、なのはが放てば、洒落にならない威力と精度になるが、片目の機人はこの近距離でそれを回避して見せると、一気に近接戦の距離まで踏み込んできた。
(さすがは戦闘機人、というべきか。この外見、稼動年数の長い上位5人のひとりにして前線指揮官役のチンクだな。)
思いながら、フラッシュムーヴ(高速移動魔法)を発動し、地上すれすれを飛翔して距離をとる。
追撃に、投げナイフが飛んできた。彼女の能力を知っているなのはは障壁を張り、さらにもう一度、フラッシュムーヴで距離をとる。ISランブルデトネイター。一定時間触れた金属を爆発物に変化させる能力と、そのための固有兵装スティンガー。厄介極まりない能力と兵装だが、知ってさえいれば、対処できなくもない。なにより、
「うおりゃああっ!」
爆炎の向こうから、スバルの叫び声が聞こえた。あいつは声をあげないと奇襲ができないのか、と微妙な脱力感を覚えつつ、自分の位置を弧を描くようにして左に移動させる。右手には再び魔力を収束させている。デバイスなしの魔法行使は無駄も多いが、慣れてさえいれば難しい技術でもない。
ティアナからなのはに念話が飛んできた。
(なのはさん、射線5-7-0に1射撃お願いします。カウント2つで! 2、1、ファイア!)
上司に対しても臆せず指示を出すティアナに頼もしさを覚えつつ、まだ爆発のまきおこした粉塵が消えきらぬその先に、なのはは手の平に収束した魔力から、射撃魔法を放った。
そう、自分ひとりで戦うわけではないのだ。
視界が完全に晴れたとき、そこには左腕が肘近くからちぎれかけ、右肩にも損傷があるチンクが立っていた。ティアナの厳しさを増した顔つきを見るに、仕留めるつもりがかわされたのだろう。予想通り、稼動年数の長い機人は、能力だけでなく、蓄積した戦闘経験も侮れない。
とは言え、スバルとエリオが、直線にならないようにしながら前後をはさみ、自分とティアナが、射角を十分にとれる中距離の位置に立っている。ティアナはクロスミラージュを照準している。キャロはいつのまにか、ちゃっかりなのはが最初に撃墜した機人の傍で、彼女に拘束魔法をかけていた。彼女の身体能力で、あの短い時間にあの位置まで移動するのは、即断と全力疾走が必要だっただろう。現に肩が激しく上下している。だが、それに見合うだけの、よいフォローだった。
ちなみに、そんなことを思いながらも、なのははマルチタスクと阿修羅をフル回転させ、口に出さずに戦域全体の指揮をとりつづけている。
今も、かなり一方的な状態になっていた空での戦いに、フェイトが加わったことでさらに余裕が出来たと見て、航空武装隊から一個中隊を抽出し、苦戦の続く各ポイントに小隊単位で回すよう指示を出した。天眼があるから、経験の少ない陸士でも、航空部隊との連携は可能だろう。普段から陸戦武装隊との連携行動が多い、航空武装隊はなおさらだ。
……ここで、脅威度のもっとも高い、戦闘機人が集まっている地点に、航空部隊を呼ばなかったのは、なのはのこの日、最大のミスだったかもしれない。自分とティアナ達だけで確保できると過信したか、他部隊のこれ以上の損耗を嫌ったか。彼女自身、あとでこの指示を出したときの心境を振り返っても、答えはだせなかった。しかしこの判断が、戦闘機人部隊の壊滅を防ぐことになる。
チンクは必死で打開策を探していた。優位は一瞬で覆され、意識があるのはいまや自分ひとり。彼女の中に妹達を見捨てて、自分だけ逃亡するという選択肢はない。戦場では枷にしかならない、その極めて人間的な感情が、彼女の選択肢をなおさら狭めていた。
静かに高町なのはが声をかけてきた。
「投降しろ。もう、状況は完全にお前に不利だ。仲間を見捨てられるならともかく、お前にそれは無理そうだしな。ここでズタズタにされて強制的に捕えられるか、曲がりなりにも、五体満足で仲間たちとともにいるか。
言っておくが、あまり大きな損傷を貴様が受けても、管理局にそれを修繕する技術はない。脳や身体の各部から情報を得ることはできるだろうがな。私はすでに非殺傷設定を解除している。意味はわかるな?」
彼女の言葉に息をのんだのは、チンクではなく、彼女の部下であるはずの若い局員達だった。
「しっかりしなさい! 相手ははるかに格上なのよ! 気を緩めるな! 殺傷設定だからって死ぬとは限らない!」
その動揺を抑えたのは、さきほどから的確な指示をしていた、指揮官格の少女だった。いい素質をしている。交戦中にも思ったことを、チンクは今一度思った。ウチの妹達に見習わせたいくらいだ。
チンクにとって、ドクターに従うのは当然のことだが、妹達を大事にし、しっかりと育ててやることも、至極当然のことだったし、ドクターに従って戦っただけの相手に対して、悪感情はもっていなかった。むしろ、未熟ながらも戦士の片鱗をみせる彼女達に、好意すら抱いていた。
だが、それとこれとは別だ。それに、高町なのはは、彼ら以上に強烈で冷徹な覇気を伴っている。やるというなら、確実にやるだろう。だが、それでも。
「断る。勝算がないわけでもないしな」
実のところ、いい手はまったく思いついていなかったが、チンクは決断を迷わなかった。妹達とともに管理局に投降? ほかの姉妹達がまだ戦っているのに? 論外だ。それに戦いというのは、計算通りに運ぶようなものではけしてない。彼女は無意識に左眼を覆う眼帯をなぞった。あのときの奴とは立場が逆だが、だからこそ、無様に負けるわけにはいくまい。奴の誇りのためにも私の誇りのためにも。
だが直後、チンクは、誇りだけではどうにもならないことが世の中に存在することを、目の当たりにすることになる。
「そうか」
高町なのはが静かに言った。チンクは戦闘に備えて重心を落とそうとし、周りの局員達も姿勢を整え。……そこでチンクは違和感を感じた。
何かがおかしい。気温が下がっているのか? いや、違う。だが自分の肌は粟立っている。ゆらり、と高町なのはの背後で暗いなにかが蠢いたように見えた。幻覚? いぶかしげに隻眼を細めたチンクは、不意に、なのはのほうから風が吹いてきているのに気づいた。……いや、風ではない。だが、なんだ、これは。この、なんともいえない圧力は。
ククク、と小さな笑い声が響いた。チンクには、その声がどこから聞こえたのかわからなかった。妙に鼓動が早くなった胸を抑えて、落ち着け、と念じる。ここで私がしくじったら、妹達まで救えなくなる。姉として、そんなことをしてはならない。
だが、次の瞬間、チンクの頭は空っぽになった。目の当たりにしたソレが、彼女の頭から全ての思考を吹き飛ばした。
高町なのはがワラっていた。酷く嬉しげに。酷く酷薄に。嗜虐と闘争への歓喜に満ちた、地獄の底で悪魔達が浮かべているであろう笑顔があるなら、おそらくそれは、今、目にしているコレと同種のものだろう。そう思わせるものがその表情にはあった。
……それは恐ろしい表情だった。虚無と狂気が化粧のように顔を隈取り、半ば閉じた右目からは絶望が漏れ出し、見開いた左眼には、殺意などというレベルではない、意思ではない、ただの脊髄反射にも似た、目の前の存在を抹消しようとするナニカが蠢いていた。鬼気と瘴気が、目に見えるのではないかと錯覚するほど、色濃く周囲に渦巻いている。それはヒトの表情ではなかった。ヒトの表情であるべきではなかった。それは、ヒトの誰もが存在を知りつつ、そこから目を背けている悪夢の具現だった。
「……っうあああああああっ!!」
チンクがスティンガーを投げたのは、攻撃の意思があったからでも防衛のためでもない、ただただ目の前の存在を恐れての、恐慌に駆られて狂乱した行動だった。
スティンガーは当然のごとく桃色のーなんて狂った世界だろう、あんな存在が操る力があんな色だなんてー障壁に阻まれ。悪夢が、右目をさらに細め、重心を落として動きをとろうとし、チンクが恐怖と狂乱の中で自身の死を幻視した、そのとき。
(NW3より高町一佐! 空戦魔道師1名が防衛線を突破、本部ビルに向かっています! 推定Sランク! 我々では止めきれません!)
切迫した念話が響いた。なのはが一瞬、動きを止める。
瞬間、地面から人が飛び出した。地中から、指先のカメラ・アイで好機を伺っていたセインである。ハヤテに感知され攻撃され、辛うじて軽度のダメージで離脱した彼女は、ダメージを受けた身体で味方のフォローをすべく、ずっと機会を伺っていたのだ。なのはの顔をまともに見なかったために、恐怖の縛りを受けていなかった彼女は、振り上げた手からスタングレネードを地面に叩きつけ、
「シャット・ゲージ」(創作魔法。詳細は「ウンチク設定」の軍事関連説明の該当項目へ)
響いた声とともに発生した桃色の四角錐に、その閃光と轟音を、完全に封じられた。
セインはわずかに目を見開いたが、動きはとめずにチンクの身体をひっかかえると、地中に飛び込もうと、
「ショートバスター」(威力と射程を犠牲に、発動までの時間を短縮したディバインバスターのバリエーションの一つ)
片足を半ばちぎり飛ばされながらも、そのまま地中に潜行し、チンクと共に姿をくらました。
彼らが完全に地中に姿を没するのを見送ったなのはは、何も言わず、顔を上げると、4人の武装隊員達を見渡した。4人が4人とも、完全に恐怖に身を縛られ、硬直していたが、なのはの視線が向けられると、身体を震わせた。声を出すものはいなかった。
なのはは一通り4人を見渡すと、一息ついて、雰囲気を意識的に切り替えた。前世でも時折、こういうことがあった。自分の発する雰囲気に当てられて、動けなくなる人間がいた。機人2人の逃走に際し、なんのアクションもおこさなかったのは、明らかに失態だが、なのはは咎める気になれなかった。代わりに、一言言った。
「あの赤髪の戦闘機人はどうなったか知っているか?」
その言葉に、4人が彼女の倒れていたはずの場所に目を向け
「あ、あれーっ?!」
スバルの素っ頓狂な声が響いた。
それとともに普段の空気が戻ってくる。
「い、いなくなってますね……。動けるようになったんでしょうか?」
「……いえ、あたし達が、あの片目の相手をしてるあいだに、さっきの地面に潜れる奴が持っていったみたいね……阿修羅の感知と警告が記録残ってる」
「ティ、ティアーッ?!」
「う、うっさいわね! しょーがないでしょっ、余裕なかったんだから! わ、わるいとは思ってるわよ……」
言葉の勢いがしぼんだのは、あの戦闘機人を昏倒させたのがなのはだったからだ。おそるおそる、ティアナはなのはに視線を向けた。先ほどの恐怖がまだ身体に残っていた。
だが、なのははもう彼らの知る普段の雰囲気で、あっさりと首を振った。
「気にするな。手ごわい相手だったし、今のお前に、あいつの相手をしながら同時に周りにも気を配れというのは酷だ。俺が気づくのが当然なんだが、俺も迂闊にも、目の前の戦闘に集中しすぎた。
それに一体は確保できた。とりあえずはよしとしよう。キャロのお手柄だな」
その言葉に、3人がいっせいにキャロのほうを見る。キャロの足元には、キャロが拘束魔法をかけた、射撃タイプの戦闘機人が転がっていた。さすがに、間近にキャロがいては、気づかれずに助けるのは不可能と判断したのだろう。誉められたキャロは、泡を食ってわたわたしながら「いえ、あの」とか言葉にならない言葉を発しているが。
「さて」
なのはが手を叩いて注目を促した。
「逃がしたものはやむを得ん。下手に追っても追い詰められた敵は危険度が高い。撃退と一体確保で良しとしよう。
ティアナは引き続き、他部隊と連携して迎撃の指揮を取れ。さっきの機人たちは戻ってこんだろうし、ほかの新手も確認されていない。センサーに引っ掛からない奴の奇襲にだけ気をつけろ。
私は、確認されたSランク魔道師の迎撃に行く。ティアナ」
「は、はい!」
「私のデバイスを」
「あ、はっ、はい!」
「それでは、引き続き任務を遂行しろ」
ティアナから、銀の腕輪2つと待機状態のレイジングハートを受け取ると、なのはは飛び立った。
あっという間の急展開に、ちょっとついていきそこねた4人が残される。
「……えっと、とりあえず、防衛戦に戻ろうか」
「う、うん……」
「「は、はい」」
なんともいえない空気を漂わせる若人たちだった。
だが、ティアナだけは、さきほどのなのはの空気を思い出して、唇を噛んだ。まずい。よくわからないけど、かなりまずい。なのはさんへの対応は一刻を争うのかもしれない。この戦いの後、無理にでも時間をつくってなのはさんと話そう。いざとなれば、フェイトさんとハヤテさんも、なんならアコース査察官も一緒にいって話をしてもらおう。ティアナは決意した。
その頃、襲撃側でも、状況の変化が起こっていた。
管理局地上本部ビル襲撃と並行して実施された、機動六課隊舎襲撃・「器」確保作戦。
一応、その指揮官役であるルーテシアは困惑していた。
(なんで、ダメなの?)
十分な戦力だったはずだ。自分とガリュー。ドクターに借りたガジェットたちと、2人の戦闘機人。ところが、襲撃対象である機動六課隊舎は、戦力が出払っているはずなのに、頑強な抵抗を見せ、地雷王まで召喚したのに、まだ耐えている。
ルーテシアは、自分の邪魔をしている相手に目をやった。
ピンクのショートカットで、接近戦でガジェットたちを次々と砕き、今はガリューと渡りあっているーむしろ、ガリューが押されてる? うそだー女性。オットーとディード2人を相手に、押されながらも崩れない、ノーヴェとよく似た戦い方をする、多分、タイプ・ゼロのどちらか。彼女をフォローし、ガジェットも破壊する、広範囲にわたる魔法をつかう、大きな青い犬。時折、飛んできてガジェットを破壊し、良いところでオットーとディードの動きも阻害する狙撃。そして、苛立って地雷王で隊舎を壊そうとしたら、隊舎から出てきた、赤い服の、ハンマーを振り回す子供。
その子供、ヴィータ・ヤガミはいらついていた。
(くそったれ!)
グラーフアイゼンを目の前のでかい蟲に叩きつける。吹き飛ぶ蟲。だが、硬い甲殻でさほどダメージになってないことは、さきほどからの交戦でわかってる。
(あたしはヴィヴィオの傍にいなきゃいけないのに……!)
頼まれたのだ、ハヤテに。ヴィヴィオを守ってやってくれ、と。シャッハとザフィーラ、ギンガが侵入を阻んでいる状態で怖いのは、先日、道路から飛び出して確保していた連中をかっさらっていった奴。あいつに対処する方法はない。ヴィヴィオの近くにいてやるしかないのだ。
とはいえ、隊舎ごと潰されそうになったら、さすがに外部での防衛戦の加勢に回らざるを得ない。
「ちくしょうっ、っざってえなあ!」
ヴィータは渾身の力と魔力を込めて、目の前の巨大な蟲に一撃を叩き込んだ。
困惑しているルーテシアの傍に、突如、ウィンドウが開いた。
『ルーテシアお嬢様ぁ? そっちの進み具合はどうですかぁ?』
大抵の人間が気に障るだろう、クアットロ独特の口調に、ルーテシアはいつものように、表情一つ変えずに答えた。
「うまくいってない。前衛タイプの魔道師が3人、援護の使い魔と射撃担当が一人ずついる」
『あらん、それは困りましたわね~。ガリューちゃんや地雷王でも駄目ですかぁ?』
「……ダメ。完全に抑えられてる。ひょっとしたら……負ける、かも」
『あらあら、心配なさらないでいいですよー、お嬢様v。すぐ援軍を手配しますからねぇ~。もうちょっと頑張ってくださいね。オットーとディードも、ちゃんとやるように叱ってくださいねえ』
「2人ともちゃんとやってる。敵が予想よりはるかに強いだけ」
『あらあら、お嬢様のお優しいことv。わかりましたわぁ、なるべく早く援軍をやりますからねぇ』
「……待ってる」
『はいはい~、お任せくださいなぁ~』
クアットロのウィンドウが消えると、ルーテシアは、また戦況を見つめる姿勢に戻った。その瞳に揺らぐ不安を見ている者は、誰もいなかった。
クアットロの指示を聞いて、チンクは激昂した。
「ウェンディが捕まったままなんだぞ! ディエチも! 妹達を見捨てろというのか!」
『嫌ですわ、チンクちゃんv。わたしたちの目的を忘れたのかしら?』
「それとこれとは別だ!」
『いいえ、別じゃないわv』
クアットロは、笑みを浮かべたまま、くるりと踊るように回ってみせた。
『わたし達はドクターの娘にして道具、ドクタ―のためならいかなる犠牲も苦難も惜しまない。
最優先すべきは、ドクターの理想の実現。その過程で失われるものがあるのも仕方のないこと。
それともチンクちゃん? あなたはあなたのくだらない感傷で、ドクターの足を引っ張るつもり?』
「……っ!」
クアットロの目は爬虫類のように、どこかぬめりを帯びてチンクを見つめていた。顔に張り付いた笑顔はいつものものと寸分かわりなく。ただ、目の中に狂熱がわずかに覗きかけていた。それはおぞましくも厭わしい、ねっとりと息が詰まるような匂いを放つ瞳だった。姉妹だろうと、仲間だろうと、喜んで生贄に捧げる、「外れた」司祭の目だった。
「……わかった。セインをそちらにやる」
「チンク姉?!」
セインの叫びを無視して、クアットロは無邪気に見えるようにつくられた笑顔を満面に浮かべた。
『よかったv。チンクちゃんならわかってくれると思ってましたわ~』
チンクは無言で返した。自らの不甲斐なさと、妹達を見捨てる決断をした自責が、彼女に重くのしかかっていた。
『すぐにセインが二型で行きますからねぇ。そしたら、隊舎内に奇襲させて「器」を確保させてください~』
「わかった」
『よろしくお願いしますねぇ』
ウィンドウが切れ、再びルーテシアは、視線を戦場に戻した。相変わらずこちらが押され気味だ。オットーとディードも、能力を生かして押し気味ながら、ここぞというときは必ずかわされ、翻弄されている。ルーテシアは、セインの到着前に、ある程度、戦線を持ち直しておいたほうがいいと判断した。複数の地雷王に指示を送る。完全な成果でなくていい、相手の動揺と防衛優先順位の混乱を誘えばいい。素直さゆえの単純な発想は、思いもかけぬ効果を発揮することになる。
六課隊舎を激しい揺れが襲った。ルーテシアが地雷王に指示した結果だと、即気づける者はいない。だが、被害報告と対処指示が素早く適確に飛び交い、前線経験のないスタッフ達は、彼らなりの最善を尽くそうとしていた。
その彼らの真ん中、飛び交う情報を制御し、足りない部分を補い、逸りすぎる局員を抑え、戦場に投げ込まれた後方要員たちを統括していたのは、オーリス・ゲイズ。腕にはヴィヴィオを抱き上げている。
襲撃者の狙いが高確率でヴィヴィオであることと、無機物透過タイプの機人の奇襲を恐れての、せめてもの対策だった。本来なら傍に、ヴィータ三尉待遇がいてくれたのだが、前線に巨大な甲殻虫が召喚されたのを見て、ヴィータが前線支援の必要を進言し、オーリスがそれを認めたために、今、彼女は傍にいない。前線が抜かれれば、屋内での乱戦になり、こちらの被害が増すだろうから、判断としては間違っていないと思いたいが、オーリスは不安だった。こういうときは、自分に魔力資質がないことが恨めしくなる。
ふ、とオーリスは、制服の下、脇に吊るしたホルスターの重みを意識した。父レジアスの使用承認書を受け、高町なのはが選んでくれた質量兵器。相手が相手だけに、彼らの判断を間違っているとは思わないが、それでも、次元世界に生きてきた人間として、管理局に奉職してきた身として、例え非致死性のものであろうと、質量兵器を使う気にはオーリスはなれなかった。あるいは愚かかもしれない、だが、それは彼女にとって譲れない一線だった。
彼女は今一度、顔を上げ、力によらない戦いを遂行すべく、スタッフ達の業務を把握し、現状を分析し、先を予測して適切な指示を飛ばしつづけることに注力した。
……彼女の質量兵器不使用という決意は、結果的には意味をなさなかった。それは、おそらく彼女自身にとって、よいことだったのだろう。質量兵器を使わなかったがために、ヴィヴィオを攫われたなら、彼女は、その決意について、深く悩みつづけることになっただろうから。だが、それは彼女になんの慰めももたらさないのも、また事実だった。結果が全て。それがゲイズ親子を律する、共通する規範の一つだった。
繰り返し隊舎を襲う揺れ。女性局員達の悲鳴が繰り返し上がる。天井パネルのいくつかが崩落した。オーリスが総員退避に移るべきか、再度の検討をしていたとき、それは来た。
一際、大きな揺れ。激しい振動が隊舎を襲い、オーリスはこらえきれずに転倒した。床からの奇襲を恐れるあまり、椅子に座って床との距離を縮めるような行為をとれなかったことが裏目に出た。それでもヴィヴィオを、自分の身体で衝撃から守ったのは、天晴れというべきか当然というべきか。だが、苦痛をこらえて、オーリスがヴィヴィオの無事を確認しようと、幼女を抱きしめていた腕を離したとき、床下で機会を伺っていたセインが動いた。
手だけを床から出して「器」を確保、そのまま一気に床下にひきずりこむ。刹那の驚愕、体ごと飛びついたオーリスの手は空を切った。ただ、ヴィヴィオの驚いた表情と、なにか言いかけた唇の記憶だけが、オーリスに残された。
オーリスの行動を弁護してやることもできる。いくら口頭や映像で言われていても、目の前に突然、常識を超えた現象が生じれば、知識があっても、理解には直結しない。刹那の自失だけで動けたオーリスは、むしろいい反応をした部類に入るだろう。だが、そんな弁護は、オーリス自身が聞く気はなかった。結果が全てだ。そして、彼女は仮初とは言え、母を名乗りながら、子どもを目の前で攫われた。最終的には、自分の迂闊さで。
オーリスは床に無様に這いつくばったまま、歯を噛み締めて、漏れようとする声を押さえ込もうとした。無事を問うてくる部下達への返事も、被害状況の把握と対処の指示も、いまの彼女は放擲していた。そして。
「……っぁぁあああああああああっ…!」
押し殺そうとして押し殺せなかった、悲痛な叫びが噴き上がり、その場の全ての人間が動きを止めた。その声のはらむ、無念、悔恨、悲哀。叫びを上げた女性は、床に這ったまま、かすかに震えていた。彼女に声をかける者も、彼女の顔を確かめようとする者も、誰一人としていなかった。彼らはただ、互いに目を見交わすと、その場でもっとも先任であるルキノ・リリエ二士の指揮のもと、状況への対応へと動き出した。…………後にも先にも、その長い奉職期間の中で、オーリス・ゲイズが私情で職務を放棄したのは、このただ一度きりだった。
再び地上本部ビル周辺戦域。その空中。
(形が崩れてきてる?)
周囲を完全に囲まれ、入れ替わり立ち替わり各方向から飛んでくる射撃砲撃と、隙をみて突っ込んでくる魔道師の通過しざまの一撃を、セッテを庇いつつ、なんとかしのいでいたトーレは、包囲網の形状の変化に気づいた。
(こちらが弱ってるとみて、止めを刺しに来る気か…くそっ! っ! いや、待て……うまく逆手にとれれば、あるいは……。)
トーレも疲れていたのだろう。こちらからの攻撃はいなされ逃げられ、一方的に嬲られる。守るべき妹もひどいダメージを受けていて、正直、あとどれくらい持つかわからない。それらが複合して、トーレにプレッシャーをかけ、普段の冷静な思考を奪っていた。
トーレはセッテの耳元で囁くと、不自然にみえないように、ダメージが蓄積されていくさまを装った。セッテは演技の必要がないほど弱っていたが。
トーレの読みどおり、魔道師部隊は、こちらが弱っていく様子を見せると、数人を現在位置に留めたまま、包囲網を狭め、その一部が突出して近距離といえるところまで慎重に近づいてきた。遠中距離からの援護を受けながら、近接戦で袋叩きにして一気に決めにかかるつもりだろう。それがトーレにとってのチャンスだった。
ISライドインパルス発動。瞬間的にレーダーの類さえ振り切る速力を出す高機動能力だが、さすがにいまの体の状態ではそこまでの速さは出せない。だが、人間の目に映らない程度の速度を出すことは可能だった。セッテを抱えたままでも。
「……!」
「う、わっ!」
近づいてきていた魔道師の頭上すれすれをすり抜け、彼らの突出で密度が薄くなっている包囲網に突進する。さすがに、距離があった分、迎撃態勢を整えようとしているが、トーレの目的は脱出であって、戦闘ではない。どうしても邪魔になる数人にだけ、スピードをわずかに落としながらも一撃を加えて道をこじあける。軋む身体に鞭打って、トーレはさらに一段の加速をかけた。
(よし、抜けた!)
背後から魔法が飛んでくるし、追ってきてもいるようだが、今一度、多少の無理をしてISを発動すれば、ある程度の距離は稼げる。そこからガジェットを呼び寄せ、時間稼ぎをさせておいて、その間にクアットロと合流すれば、問題なく離脱できるだろう。喜びと共に、最後のIS発動をしようとし、……直後にトーレの思考は凍りついた。
視線の先に浮かぶは、数十の魔力球。その中心に立つ、金髪の魔道師。こちらを見下ろす赤い瞳。
(フェイトお嬢様……!)
時が止まったような感覚の中、視線の先の“閃光”が、振り上げていた死神の鎌を、終焉の言葉と共に振り下ろした。
「フォトンランサー・ファランクスシフト!」(雷属性の射撃魔法計1064発を4秒間で撃ちこむ。射撃数はA's時点のもの。)
雷光が空間を埋め尽くした。
フェイトは航空魔導師隊の援護に向かわせ、ハヤテは要人警護に会議場内に残してきた。あとは並みの陸士では手に負えない戦闘機人たち、特にハッキングを仕掛けた奴を優先して、対処すればいい。即撃破の必要は無い。ガジェットだけなら陸士隊で対応できるだろう。それはつまり、機人たちさえ抑えれば、時間の経過とともに、こちらが優位になっていく、ということだ。
ほかにはイレギュラー、つまり目の前にいるような奴への対応を間違えないようにする必要があるというわけだ。すでにNWエリアの各隊には、自分が相手をするので、各隊とも現陣形を維持して、引き続きガジェットの排除に努めるよう伝えてある。1人の強者のために、多数の弱敵を放り出しては、防衛は遂行しきれない。強者には強者をぶつけるのがいいだろう。
そう、頭の中で計算しながら、なのははバスターモードのレイジングハートの先を、相手の魔道師に向けるように構えた。精悍な顔立ちの、槍型のデバイスをもった魔道師。
(強い。)
なのはは、聖王騎士団でちょくちょく手合わせをしたり、訓練を見学したりしてきたお陰で、近接タイプの魔道師の強さや傾向は、相手の構えを見れば凡そ読み取れる。今、対峙している相手は正統派の古式ベルカ式、近接戦を得意とするタイプの魔道師だろう。シグナムもそうだが、このタイプの魔道師は、魔法の技術もさることながら、近接武器としてのデバイスの扱いに長けている。生半な腕の魔道師相手なら、魔法なしで叩きのめすくらいだ。
(相手の土俵で戦うのは不利だな。)
なのはも近接戦をこなせないわけではないが、よくて一流相手にしのげる程度だ。もともとが身を守る一環に、父から手ほどきをうけた棒術が基礎になっているから、防御中心になるのは当然といえば当然だが。CQCの技術も力で押すタイプには効いても、技術を持つ相手には通じない。もともと、決め手を繰り出す時間をひねりだすための苦肉の策の一つだ。彼女の魔法適性が中遠距離向きなのもある。それに、なのはは、目の前の相手が一流では収まらないレベルの使い手だということに気づいていた。
(スカリエッティのデータにあったな。レリックを使用しての人体改造、レリック・ウェポンの1人。)
「ゼスト・グランガイツ。ストライカーとまで称された管理局員が、なぜ犯罪者に与して管理局を襲撃する?」
「俺は……真実を知りたいだけだ」
会話で間合いをはかりながら、マルチタスクで素早く検討を進める。
(小技で間合いをとりつつ、砲撃を仕掛けるか、弱めの砲撃を多発して隙をつくらせ、狙い撃つか?)
だが、相手はなのはに余計な時間を与えなかった。
ユニゾンデバイスと目されている、炎を纏った妖精が、やや前に出る。
「どく気はねえんだな?」
「誰に向かってものを言っている」
なのはは即答した。聞いた相手も、おそらくそれを予測していただろう。それは、会話の形をとりながらも、実際は手順を踏むための様式美の流れだった。
「なら、しょうがねえ……。
剣精アギト、大義と友人ゼストがために……この手の炎で、推して参るッ!」
「高町なのは……理想でなく正義でなく、ただ己れの望みのために。その挑戦、お受けしよう」
苦笑を隠してなのはは答えた。ベルカの奴らってのは、全く堅苦しい上に、様式美にこだわる。暑苦しいが、しかし、嫌いじゃないな。思うなのはの前で、小と大の2つの人影が、呼吸を合わせた。
「ユニゾン・インッ!」
なのはは目の前で2人がユニゾンするのを見過ごした。別に、戦士への敬意などの理由ではない。スカリエッティのデータから、ゼスト・グランガイツの身体が、ボロボロの状態になっていることを、なのはは知っていた。そして、ユニゾンは、使用者に力を与えるが負担も与える。振るう力が強力になればなるほど、ゼストの身体は痛めつけられていく。
なのはは、ゼストの体力を削り、勝機をつかみやすくするための小細工を弄したに過ぎない。もちろん、逆にゼストは短期決着を狙ってくるだろう。だが、優先事項がわかっている相手の行動は読みやすい。ましてや、レジアスの親友であり、謹厳実直なオーリス・ゲイズをして「ベルカ騎士の典型」と評さしめた男だ。搦め手は使わない、いや、性格的に思いつかないだろう。それだけで、自分の戦闘機動は随分と楽になる。そう、なのはは見込んでいた。
なのはのとった策に無理なところはなかっただろう。だが、一つ、なのはが計算違いをしていたのは、ゼスト・グランガイツが、なのはの予想を遥かに上回る腕の騎士だったということだ。
戦闘開始後5分。なのはは圧倒的劣勢に追い込まれていた。
突き出される槍をかわしつつ、外側から槍の内側に入ることを狙う機動を描く。そのなのはを追って、炎を噴きながら横薙ぎに振るわれた槍を、辛うじてレイジングハートで受け流しー流しきれずに、あっさりと吹き飛ばされた。飛ばされた勢いを使って距離を稼ぐべく伸身宙返りを連続して繰り返しながら、牽制の魔力弾を射出する。だが、ゼストはあっさり牽制をさばいて距離を詰め、槍を突き出した。なのはは辛うじて、レイジングハートの先端に生やした魔力刃で、その穂先を受け止めた。
ギギ、とレイジングハートがきしむ。接近戦でも使えるように多少強化したとは言え、所詮はインテリジェントデバイス。その強度はアームドデバイスと比べるべくもない。今は、なのはが供給している魔力をレイジングハートが自律的に効率良く運用していることで、辛うじてもっているが、長くはないだろう。次かその次か、あるいはそのまた次か。遠くない先に、レイジングハートは断ち切られ、返す刃でなのはも貫かれる。
瞬時の思考でそう判断したなのはは、僅かに生まれたこの拮抗の体勢を機会と見て賭けに出た。
「ジャケット・パージ!」(バリアジャケットを構成していた全魔力を瞬間的に解放し、周囲に魔力衝撃を放つ。)
奇襲で一瞬の猶予をつくりだす。そしてその一瞬を最大限に生かすために、さらに奇手を打つ。
「レイジングハート、リリース!」
レイジングハートが待機状態に戻る。ジャケット・パージをまともに受けて、わずかながら距離を開けられ、さらにデバイスを待機モードにしたなのはの行動に驚いて、一瞬の動揺を見せたゼストの隙をついて、なのはは両手首に嵌めた銀の腕輪を、手を交差させるようにしてそれぞれの手で掴むと、命じた。
「クーガー、セットアップ」
「Yes,Ma’am」
レイジングハートとは異なる、無機質な機械音声が響き。はっ、と気づいたゼストが距離を詰めたときには、なのはの両手には、鈍い銀光を放つ拳銃型デバイスが顕れていた。バリアジャケットも再構成されている。
ストレージデバイス「クーガー」。ベレッタM8357INOXを外観モデルとし、数年前に、知己の技術者マリエル・アテンザに作ってもらった多対一を想定した2つ一組のデバイスだ。銃把に弾の代わりにカートリッジを仕込み、引金を引くと解放されるその魔力は、全て魔力弾の推力に回る。銃身に刻まれた魔法陣が、デバイスに魔力を込めるだけで、魔力弾を自動生成するから、魔法陣の顕現無しで、魔力弾を音速近い速さで放つことが可能だ。なのはがマリエルに要求した仕様の一つが、この「偽・徹甲弾(フェイク・APバレット)」の機能だった。
もちろん、クーガーが備えている機能はそれだけではない。
素早く距離を詰めたゼストが槍を繰り出してくる。なのはは、冷静にその軌道を読みながら、身体を捌き。
「ダガーモード」
移動するなのはを正確に追尾してきた槍の穂先を、銃口から展開された魔力刃で受け流した。
ただ受け流すのではなく、槍を自分の後方に押しやるように魔力刃―ダガ―を操るなのは。予想していなかった相手の対応にわずかに姿勢を崩しかけたゼストが、その動きで重心を乱す。
ゼストが反射的に腰を落とすことで乱れを抑えたときには、ダガ―で槍を押しやった反動と発動したフラッシュムーヴで、距離を詰めた少女の顔が、ほとんど身体が触れ合うくらいの距離からゼストを見上げていた。
「くっ」
少女の身体の影から飛び出して来るダガ―を、身体をねじり、上体を反らせ、勘だけでかわす。明らかに正統ではない、邪剣と称すべき軌道の連撃に、騎士たるゼストは相手との距離もあって、かわしきれずに、右肋骨の下あたりから斜めに切り上げられた。
(旦那ッ!)
脳裏に響くアギトの悲鳴。
半瞬気をとられた刹那、左横腹を襲った衝撃に、ゼストの身体が歪つに折れる。衝撃で、呼気が口から叩きだされる。
強制的に息を吐きださせられて、一瞬、身体から力が脱けた直後に、顔面に飛んできた蹴りをかわすことはできなかった。
横隔膜を狙った右膝蹴りから、左の後ろ縦回し蹴りにつなげてゼストを吹き飛ばしたなのはは、間髪いれずディバインシューター(魔力球から発射する誘導射撃魔法)を発動した。30近い魔力球が空中に生じる。
なのはは、自分の近接戦闘能力を過信していない。今の一連の流れは、奇襲に奇手を重ね、さらに、拳銃型デバイスのダガーモードという相手の予想外の手によって生じたわずかな隙を逃さず食らいついて、強引にこじあけただけで、ろくなダメージは与えられていないだろう。だいたい、正当派のアームドデバイス使いからしたら、眉をひそめられるようなダガ―の軌道や、空中ということを利用した後ろ縦回し蹴りなどの、小手先の目晦ましがなければ、その流れすら断ち切られていた。それも、自分の正邪問わない戦技が、相手が古式の騎士で、かつ最近はまともな魔法戦闘を経験できない環境にいただろうからこそ、通じたに過ぎない。二度はないだろう。
(こちらも二度目の機会をやるつもりはないが。)
なのはは、ディバインシューターを解放した。
蹴り飛ばされたが、さほどのダメージを受けず、素早く体勢を立て直して空中に止まったゼストが見たのは、自在に軌道を描いて多方向から自分に迫り来る、数十の魔力射撃だった。咄嗟に、障壁を張る。着弾と爆発の衝撃が、弱った身体に響く。周囲を包む魔力爆発の光は、その威力にそぐわぬ可愛らしい桃色。ひどくシュールな光景だった。
「……くっ……」
しびれる身体に鞭打ち、気力を振り絞り。爆発光に紛れて、再度接近戦を仕掛けようとしたゼストの頭に、強烈なショックが走った。自然にのけぞる頭。響くアギトの悲鳴。
(うわあっ!)
(なにが…起こった……?)
それは驚くべき気力だった。だが、状況はすでに詰んでいた。
両肩に、両膝に、続けざまにショックが走る。
(射撃魔法……か……)
(うぁ……、旦那……)
(すまない、アギト……ルーテシア……)
そして胸と頭に、強大なショックが続けざまに集中して与えられ。ゼストの意識は暗転した。
意識を失って墜落していくゼストと、彼から分離して共に落ちていくユニゾンデバイスの身体を見ながら、なのはは軽く息をはいた。
2丁のデバイスで計22発のカートリッジ。そのうち、実に15発を使ってのフェイク・APバレットの連射。特に1射目から頭を撃ち抜いたというのに、ゼストは意識を保っていた。それでもさすがに、その後に2丁のデバイスで連射した魔弾の嵐に耐えられるような状態ではなかったようだが。
(さて、情報の隠蔽が必要かも知れんな。)
元管理局員がスカリエッティと連携する。オーリスから、レジアスの親友だったと聞いている男。ベルカ騎士のイメージそのものだったという男が、犯罪者に手を貸すにはそれなりの理由がなくてはならない。ましてや、死亡したという情報を放置してまで。
なのはは、地上への墜落前にゼストを確保すべく、飛行速度を上げた。
「くっ……」
トーレはボロボロになりながらも生き残っていた。まだ空中にいられるのが、自分でも信じられない。自分の身体が分解するかと思うほどの高速移動と急転回の繰り返し。もちろんかわしきれずに、100超の雷光を受けたが、彼女の身体と精神は、それに耐え切った。
(だが、もう闘えんな……。)
身体中がショック状態になって、手足の感覚もほどんどない。耳鳴りがひどい。視界が時折かすむ。意識があるのが不思議だった。殺傷設定だったなら、間違いなく自分は再生不能なまでに破壊されていただろう。
一緒に飛んでいたセッテの姿はない。脱出前にあれだけダメージを受けていた彼女だ。かばう余裕も抱えつづけている余裕もなかった。間違いなく撃墜されただろう。そして、セッテの代わりに別の人影が、トーレの目の前に浮かんでいる。
「テロ行為の現行犯であなたを逮捕します。武装解除して投降してください」
魔力刃の刃を首元に突きつけ、彼女に宣告したのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。そして、自分達を囲むように、魔道師たちが浮いている。完全に嵌められたことをトーレは悟っていた。
(……ここまでか……ドクター、申し訳ありません……)
だが、投降することは彼女のプライドが許さなかった。
「……わたしを従わせたいのなら、腕づくでくるんだな」
いうことを聞かない身体を動かして構えをとる。フェイトは眉をひそめた。
「あなたは戦える状態にありません。自分でもわかっているでしょう?」
もちろんだ。だが、それと投降するかどうかは別の次元の問題だ。
トーレは黙ったまま、こころもち前傾姿勢になり、フェイトは瞳に悲しみの色を見せながらも、バルディッシュを握る手に力を込めた。
そこに
「あれれ~、こんなところでそんなことやってらしてよろしいんですのぉ、フェイトお嬢様~?」
唐突にウィンドウが開き、丸眼鏡をかけ茶色いパーマの髪をした女性が、見る人に不快感を与えるような笑みを浮かべながら、画面に映った。スカリエッティの地上本部襲撃部隊の実質的指揮官、ナンバーズのクアットロである。
フェイトはトーレから注意を逸らさぬまま、ウィンドウのクアットロを横目で睨んだ。
その瞬間、トーレとフェイトの周囲を囲んでいた魔道師たちの陣形のあちこちで爆発が生じた。混乱し、元凶を探して対処しようとする魔道師たち。それを嘲笑うように、さらに十数の爆発が続けざまに生じ、幾人かの魔道師が墜落し、陣形は完全に崩れた。
「トーレ姉様!」
突然の事態に気を逸らしたフェイトとトーレだが、クアットロの叫びにはっ、と我に返り、トーレがISを発動して離脱する。フェイトの振るったバルディッシュは一瞬遅く、トーレの肩から背中を大きく切りつけるに留まった。
「くっ!」
すぐさま、追撃体勢に入るフェイト。その背中にクアットロの声がかかる。
「あ~ら、姉と慕った子供を見捨ててしまわれるのですかぁ? ひどいお姉さんですね~、ねぇ、ヴィヴィオ陛下ぁ?」
悪意が滴るような、ねっとりと甘い声だった。そして、フェイトは止まった。止まってしまった。
ウィンドウに視線を向けるフェイト。ウィンドウに映るクアットロは、意識のないヴィヴィオを抱いて満面の笑みを浮かべていた。
「あなたっ……!」
激昂しかかるフェイトに、さらにクアットロは油を注いだ。
「あらぁ、そう言えば、お嬢様ぁ? たしかほかにも可愛がっている子供がいるらしいですね~。……Fの遺産と出来損ないの召喚士。その子達がどうなってるか、気になりませんかぁ~」
「なっ……! エリオとキャロをどうした?!」
「うふふふ~、どうしたと思われますかぁ~? ご自分で確かめなくてよろしいんですかぁ~? ひょっとして……手遅れ、なんてことも……ない、とは言えませんわよね~、うふふふふふ~。では、お嬢様、わたくしはこの辺で。またお目にかかるときを楽しみにしておりますわぁv」
「まっ、待てっ!」
無論、クアットロが聞くはずもない。つかみかかるフェイトの目前でウィンドウは消えうせた。
戦闘機人2名を確保、ほかの戦闘機人は退却したものと思われる。ガジェット群はまだそれなりの数が残っているが、動きが完全に単調になり、数が減ってAMFの効果範囲も大きく狭まったことから、現状の戦力で殲滅は時間の問題と思われる。
その報告が入り、地上本部ビルの大会議場には安堵の空気が満ちた。奇しくもレジアスが午前中の演説で描いてみせた悪夢が、自分達の身の上にふりかかろうとしたのだ。露骨に安堵した表情で、椅子に座り込む者もいる。軽口を交わしあう者たちがいる。
そんな緩んだ空気に満ちた喧騒の中。
不意にメインモニターにノイズが走り、白衣を着た長髪の男の姿を映し出した。
「やあ、偉大なる管理局の諸君。今日の手合わせは楽しんでいただけたかね?」
殆ど反射的に、場内に詰めていた管理局の警備部隊隊長が怒鳴る。
「何者だ、貴様は!」
「ふむ、何者と言われてもね。自分が真実何者なのか、理解している存在はどれくらいいるものなのだろうかね?」
男はクスッ、と笑った。
「まあいいだろう。私の名はジェイル・スカリエッティ。しがない知識の探求者の1人だよ」
「ジェイル・スカリエッティ……?!」
「広域指名手配犯のか!」
騒然とする場内。統制なく沸き上がる声を抑える威厳ある声が響いた。
「それで、そのジェイル・スカリエッティが一体なんの用だ」
首都防衛長官レジアス・ゲイズ中将。微塵も揺るがぬその態度に、TVの前の多くの人々は漠とした信頼感を感じた。時空管理局の地上本部が襲撃され、辛うじて撃退したとは言え、被害は甚大。各管理世界の治安維持と向上に大きな役割を果たしている、時空管理局の地上部隊が受けた傷は、各世界の普通の人々の不安を掻き立てていた。
だが、地上本部屈指の将官として各世界にも名を知られるレジアス・ゲイズ。その姿をはじめて見た人間も多かったが、狼狽し動揺する有力者たちの中で、1人、厳として姿勢を崩さず、威厳と矜持をもって犯罪者に対する彼に、多くの人々は、安心感を感じたのだった。
「ふむ、これはレジアス・ゲイズ中将。お目にかかれて恐悦至極」
「世辞はいい。用件を述べろ」
仰々しく礼をしてみせるスカリエッティを、レジアスは簡潔に切り捨てた。
「くくく、確かに彼女が従うだけのことはある……」
「中将のご質問に答えんか!」
「貴様、いったいなんのつもりだ!」
威勢を取り戻した高官達が怒鳴る。その声に反応し、スカリエッティが俯けていた顔を上げた。
ニイ、とその口元が大きく吊りあがる。眼球が剥き出しになり、瞳孔が収縮する。そこに宿るのは異様という言葉では表現しきれない冥い耀き。
その表情に覗く狂気のおぞましさに、感性の鋭い数人が、思わずあとずさる。
「わからないかね、有能なる時空管理局員の諸君?」
その声はそれまでの仮面を脱ぎ捨て、彼の本質も露わに、聞く人間達の心身をことごとく慄然とせしめた。これはチガウものだ、自分達とは、ナニカが決定的にチガウものだ。人々は本能でそれを理解し、自覚なくそれを畏れた。
「ただの宣言、いわゆる一つの様式美だよ。
我々が君達、時空管理局に反逆する、その声明を全次元世界に知らしめるためのね。なかなかよいデモンストレーションだっただろう、今日の襲撃は?」
「貴様の仕業か! 管理局にテロ行為を仕掛けてただで済むと思うか! 思い上がりも大概にするがいい!」
感性の鈍い高官が威圧的に怒鳴りつけた。
じろり、と剥き出しにされた目玉が彼の方を向いた。その目に見られた高官は一瞬で腰を抜かした。無様に尻餅をついた男を無視して、スカリエッティが静かに場内の人間の一人一人に視線を投げる。その視線に耐えられた人間は、ごく僅かしかいなかった。
そして、スカリエッティの演説がはじまる。
「テロ行為? 笑える言葉だ。
これはテロ行為などではない。これは虐げられた科学者達の、正当なる反逆だよ。道具として生み出され、道具として扱われてきた存在たちの自己主張でもある。
わからないかね、己を全能として他を踏みつけにする人間たちよ。いまこそ断罪のときが来たと知るがいい。我々は、遂に世界に挑戦する! 誰にも抑圧されない、我々の、我々が望む、我々の世界。自由な世界!」
穏やかに始まった彼の言葉は、急速に熱を帯び、狂乱の炎となって人々の目の前を踊り狂った。
「望まずして世界の敵たることを定められ、世界の敵として生きてきた私が、今、世界に告げよう。わたしは、今ここに! 命じられたからでも刷り込まれたからでもなく! ただ自分の意志と欲望で! 世界の敵となることを宣言する!! 世界を滅ぼし、世界を創り変えてみせよう!
全てを操り、未来を支配すると自認する灰色の脳細胞どもよ。世界を支配し、世界に敵なしと自認する管理局員たちよ。今、貴様らの眼前に貴様らの敵が現れたぞ。正義を自称し、自らをもって法と成す貴様らの敵が現れたぞ」
スカリエッティの目は溢れ出る狂気に輝き、呪うように誇るように放つ言葉は、聞く者の身に得体のしれぬ恐怖を与え、肌を粟立たせた。
そして、溢れ出す狂気はそのまま、スカリエッティは不意に声の調子を変え、穏やかな口調で、悪夢を具現化したような声音で、話しかけた。
「そう、そう言えば、高町一佐。管理局のエース・オブ・エース。管理局の希望の星よ。貴女の今のコールサインは、ルシファーと言ったね」
「よく調べたな」
間髪いれず響いた煌き。ねとつくような悪寒は、甘く澄んだ硬質の声に断ち切られた。
その場の誰もが、夢から覚めたように、悪夢を弾き返した声の源を見る。輝く白。戦塵に汚れていてもなお、その姿は、純白のイメージをもって、人々の脳裏を灼いた。
そんな周りを置き去りにして。全次元世界へと中継するカメラの前で。いつのまにか会議場に来ていたエース・オブ・エースと、モニターに映る犯罪者との間で会話が進む。
「聞いたことのない言葉だったのでね。探究心は科学者の基本的素養だよ」
「…言葉の意味まで調べたようだな」
「ああ。実に面白い、実に興味深い選択だね」
「ほめられてるようには聞こえんな」
「褒めているとも!」
スカリエッティは芝居がかった仕草で両手を広げた。
「ルシファー。輝ける星。夜明けを告げる明星。しかして己の造り主たる全能者に反逆し、敗れて地に落とされ、魔王と呼ばれてなお、反逆の機会を伺うもの」
言葉の意味がその場に浸透すると共に、嵐を内包した沈黙がその場を覆った。
「あなたの二つ名のひとつに引っ掛けたのかな? それとも全能者たる管理局への反逆の意思表示なのかな?」
「管理局が全能だという話は聞いたことがないな」
電撃のように走った緊張を無視して、高町なのはは肩をすくめた。普段どおりの、小娘らしからぬ悠然とした態度で。
「そうかね。だが、管理局を代表するエースたる貴女が、魔王にして堕ちたる明星を名乗るなら、私も同じ流儀をとるべきだろう」
今一度、スカリエッティは両手を広げて身を反らし、朗々たる声を宙に放った。
「そう! 貴女が天から堕ちた魔王なら、私は生まれついての魔王! 敵たることを定められた、全能者の対立者! 貴女のコールサインと同じ伝承よりとって、私は“サタン”、すなわち、敵を意味する二つ名を名乗ろう!
悪をなすべく創りだされ、悪をなすべく命じられ、それに従い悪を為し、敵対者として造り手に立ち向かい、これを倒して自身の望む自由な世界を創る! 私はサタン! サタン・ジェイル・スカリエッティ!! 全能と正義を標榜する管理局よ! これであなた達の戦いは言い訳も完璧だ! 心置きなくあなた達のプライドを守るために挑み来るがいい!
受けて立とう。
そして、全次元世界の人々よ。私の目指す世界は、あなた方にとっても、抑圧のない、自由な世界となるだろう。管理局に対する私の勝利をもって、我が世界創造の端緒とする。望むものは遠慮なく我が下に来られるがいい。いかなる生まれも前歴も、あなた方に不利にならないことを約束しよう。
なぜなら、私自身、管理局によって作りだされ、管理局によって違法研究という悪をなすよう、命じられた存在だからだ。だが、生命の価値はそんなところにはない。人間たる証はそんなものに左右されない。人は自分の意志で人になるのだ。私が自分の意志で人から外れ、魔王になったように。だから約束しよう、まだ見ぬ同胞よ。私はあなた方の生まれも育ちも問わず、ただ望む意思がありさえすれば、あなたがたに自由を与えると!」
言葉の爆弾を無造作に放り投げたスカリエッティは、静かに視線を正面に据え直し、最後の一言を銃口のように突きつけた。
「では、お待ちしている」
その視線がただ1人を捉え、その相手の視線もまた、応えるようにスカリエッティの目を見ていたことに気づいた者は、一人しかいなかった。
■■後書き■■
魔法の名前だけでは魔法の種類や効果がわからない人が多いかな、と思ったので、魔法名のあとに簡単な説明を入れてますが……読みにくいですかね? 「ウンチク設定」に入れたほうがいいですか? それとも一切無しでいいですか? いずれにしろ、状況描写の緊迫感や勢いを削がない範囲で地の文で説明しようとは思ってますが、ちょっと全魔法へのそれは難しいと思うんですよねえ。
ちなみに、投稿間隔のことは、もう二度と口にしません(泣)_O_