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No.4464の一覧
[0] 【全編完結】俺の名は高町なのは。職業、魔王。 (転生 リリカルなのは)[かんかんかん](2010/08/07 21:21)
[1] 目次[かんかんかん](2010/05/18 19:49)
[2] 一話[かんかんかん](2009/02/02 16:18)
[3] 二話[かんかんかん](2008/10/18 22:20)
[4] 三話[かんかんかん](2008/10/21 06:58)
[5] 四話[かんかんかん](2008/10/27 11:58)
[6] 五話[かんかんかん](2008/11/01 17:45)
[7] 六話[かんかんかん](2008/11/04 22:09)
[8] 七話[かんかんかん](2009/02/02 16:20)
[9] 八話[かんかんかん](2008/12/25 18:38)
[10] 九話[かんかんかん](2008/11/15 13:26)
[11] 十話[かんかんかん](2008/11/19 10:18)
[12] 十一話[かんかんかん](2008/11/22 12:17)
[13] 十二話[かんかんかん](2008/11/25 14:48)
[14] 十三話[かんかんかん](2008/11/29 18:30)
[15] 十四話[かんかんかん](2008/12/02 02:18)
[16] 十五話[かんかんかん](2008/12/09 11:38)
[17] 十六話[かんかんかん](2009/01/20 03:10)
[18] 十七話[かんかんかん](2008/12/12 13:55)
[19] 十八話[かんかんかん](2008/12/30 16:47)
[20] 十九話[かんかんかん](2008/12/18 13:42)
[21] 二十話[かんかんかん](2009/02/20 16:29)
[22] 外伝1:オーリス・ゲイズ、葛藤する[かんかんかん](2008/12/25 18:31)
[23] 外伝2:ある陸士大隊隊長のつぶやき[かんかんかん](2009/01/09 16:15)
[24] 外伝3:ユーノ・スクライアの想い出[かんかんかん](2009/01/09 16:16)
[25] 外伝4:闇の中で ~ジェイル・スカリエッティ~[かんかんかん](2009/01/07 16:59)
[26] 外伝5:8年越しの言葉 ~アリサ・バニングス~[かんかんかん](2009/01/14 13:01)
[27] 外伝6:命題「クロノ・ハラオウンは、あまりにお人好しすぎるか否か」[かんかんかん](2009/02/02 16:22)
[28] 外伝7:高町美由希のコーヒー[かんかんかん](2009/01/17 13:27)
[29] 二十一話[かんかんかん](2009/01/20 03:14)
[30] 二十二話[かんかんかん](2009/02/23 12:45)
[31] 幕間1:ハヤテ・Y・グラシア[かんかんかん](2009/02/02 15:55)
[32] 幕間2:ミゼット・クローベル [かんかんかん](2009/02/06 11:57)
[33] 二十三話[かんかんかん](2009/02/12 21:44)
[34] 二十四話[かんかんかん](2009/02/23 12:46)
[35] 二十五話[かんかんかん](2009/03/05 06:21)
[36] 番外小話:フェイトさんの(ある意味)平凡な一日[かんかんかん](2009/03/12 09:07)
[37] 幕間3:ティアナ・ランスター[かんかんかん](2009/03/27 13:26)
[38] 二十六話[かんかんかん](2009/04/15 17:07)
[39] 幕間4:3ヶ月(前)[かんかんかん](2009/04/05 18:55)
[40] 幕間5:3ヶ月(後)[かんかんかん](2009/04/15 17:03)
[41] 二十七話[かんかんかん](2009/04/24 01:49)
[42] 幕間6:その時、地上本部[かんかんかん](2009/05/04 09:40)
[43] 二十八話[かんかんかん](2009/07/03 19:20)
[44] 幕間7:チンク[かんかんかん](2009/07/03 19:15)
[45] 二十九話[かんかんかん](2009/07/24 12:03)
[46] 三十話[かんかんかん](2009/08/15 10:47)
[47] 幕間8:クラナガン攻防戦、そして伸ばす手 [かんかんかん](2009/08/25 12:39)
[48] 三十一話[かんかんかん](2009/11/11 12:18)
[49] 三十二話[かんかんかん](2009/10/22 11:15)
[50] 幕間9:会議で踊る者達[かんかんかん](2009/11/01 10:33)
[51] 三十三話[かんかんかん](2009/11/11 12:13)
[52] 外伝8:正義のためのその果てに ~時空管理局最高評議会~[かんかんかん](2009/11/22 13:27)
[53] 外伝9:新暦75年9月から新暦76年3月にかけて交わされた幾つかの会話[かんかんかん](2009/12/11 00:45)
[54] 継承編  三十四話[かんかんかん](2009/12/18 09:54)
[55] 三十五話[かんかんかん](2010/01/05 07:26)
[56] 三十六話[かんかんかん](2010/01/13 15:18)
[57] 最終話[かんかんかん](2010/01/31 09:50)
[58] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集① 原作関連・組織オリ設定>[かんかんかん](2009/10/23 16:18)
[59] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集② 神話伝承関連解説>[かんかんかん](2009/12/07 19:40)
[60] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集③ 軍事関連解説>[かんかんかん](2009/10/23 16:19)
[61] 歴史的補講[かんかんかん](2010/08/07 22:13)
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[4464] 二十八話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/07/03 19:20
※6/6、誤記修正、7/3、鋼鉄に関する表現修正




 俺は、本部ビルでの戦闘がひとまず収束すると、後始末を本部の本業の連中に任せ、いったん六課隊舎に戻って被害状況の確認をはじめた。
 並行して、士官級に現状把握と対策案を、一時間以内にまとめておくように指示を出す。

 そして、約1時間後に開いた下士官級以上出席の会議で、各員に指示を出し、特に、オーリス嬢、フェイト、ハヤテには特命をもって専門任務にあたらせ、各員の補佐職にはその代行を、及ばずとも全力で尽くすように命じた。オブザーバーとして出席していたシスター・シャッハとザフィーラにも協力を要請する。俺自身は、病院に搬送された課員を見舞ったあと、地上本部ビルで開催される対策会議に出席し、おそらくその後すぐに独立部隊としての行動をとることになるだろうことを告げる。
 いつもの会議と違い、質問は聞いても反論は受け付けなかった。今が戦機だと俺の勘が告げている。戦機は逃さずためらわず、全力をもって挑むのが俺の流儀であり、軍事学の常道の1つだ。

 フェイト、ティアナ、ハヤテが会議後にねじこむようにして、話をしにきたが、上官としての権限と事態の緊急性を盾にはねつけた。あるいは、ぬるま湯の関係を終わらせる最後通牒ともいえる言葉だったかも知れんな、あれは……。





 部隊長室で、出発までの僅かな時間に、何人かの人間に連絡をとった。

『……なんとも面倒なことになったもんだぜ』
ウィンドウの向こうで、ゲンヤ・ナカジマ108大隊長が、頭を掻きながら愚痴る。
「申し訳ないとしか言えませんね」
『そのツラが申し訳ながってる顔かよ。おかしけりゃ笑っていいぜ』
「まさか。これほどの大事件、笑えるはずがないでしょう」
白々しく見える表情と声音で、大げさに両手を広げてみせる。ゲンヤのおっちゃんは、ため息をついてみせた。
『……変わんねえよな、テメェは。こんなときまで』
「泡食ってもなんにもなりゃしません。敵を探し出して、戦力をまとめて、潰す。やることはいつもと一緒です」
『で、そのあとは?』
「さて?」
おっちゃんの細まった瞳と、白々しい俺の笑みがぶつかった。

 しばらくそうしていると、不意におっちゃんはもう一度、頭を掻きまわしながらため息をついた。
『お前ェには、ギンガとスバルを預けてんだ。へた打ったら承知しねえぞ』
「ご心配なく。最悪でも、俺とレジアス中将の首が物理的に飛んで、六課の連中は、まあ、しばらく冷や飯食わされるくらいですみますよ」
 かすかに笑んで言った俺に、おっちゃんは一際大きなため息をついた。
『まったく、手間かけさせやがるぜ……』
「すみません」
『だから、思ってもないことを言うな、この悪党が』
「Sir,Yes Sir!」
おっちゃんの顔が苦虫を噛み潰したようになった。

 だが、実際、敬意を払うに値する人だと思う。照れて怒鳴るに決まっているので、言ったことはないが。
 上に厳しく自分に厳しく、部下にも容赦ないが緩めどころは心得てる。面倒見もいい。その人望とあいまって、クラナガンでは屈指の指揮官と言っていいだろう。この人だから、俺は安心して真意を伝えられる。……その表現が曲がりくねったやり方になっちまうのは、あれかな。やっぱり、甘えてるのかもしれんな。

『とりあえず、顔のきく捜査官連中と陸士の連中に話を回して、例の襲撃の線とそれ以外のデータの件も、ストップかけてる先に踏み込ませる。だが三日だ。それが限度だ。俺は殉職者も不審死する奴も出したくねえ』
「十分です。きちんと余裕をみて終わらせます」
俺が笑うと、親父さんは一段と渋面になった。
「無理はしませんよ。無理なく、余裕をもって終わらせます」
言っても、おっちゃんの渋面は崩れなかった。やれやれ、と心の中でだけ、肩を竦める。こんな仕事を長く続けているのに、人として当たり前の感性を失わずに自然に備えてるだけで、奇跡的なことだと俺なぞは思うんだが。当人は納得も、妥協もしないだろうな。

 しばしの沈黙の後、おっちゃんは、いつものぶっきらぼうな声で言った。
『とりあえず、この週末はお前のおごりで呑みに行くぞ。うちの連中も何人か連れてくから、ギンガとスバルも連れて来い。いいな』
「了解しました」
視線を逸らしているおっちゃんに、俺は苦笑しながら敬礼した。階級なんざ人格や経験の前じゃ、飾りに過ぎん。それがわかってる偉いさんの1人がこの人だ。だから、俺は階級が下のこの人に、敬語を使うし相手より先に敬礼をする。
『じゃあな』
視線は戻されないまま、俺の返事も聞かずに通信は切られ、そして俺は遠慮なく吹き出した。まったく、近頃のおやじは妙に可愛らしくするのが流行ってるのかね。不器用なゲンヤのおっちゃんの激励とテレ具合を思い返して、俺はひとしきり笑った。
 まったく、この殺伐として切迫した状況で、こんなにあっさり緊張をといてくれるなんて、やっぱ、あんたは大した指揮官だよ、ゲンヤさん。心の中で呟くと、やかましい、という怒声が聞こえた気がした。





 地上本部ビルに向かう車のなか、俺が狙われる可能性があるとして、なかば無理矢理に護衛につけられたスバルを助手席に乗せ、前席と後席を区切る遮音ガラスを上げておいて、俺は引き続きいくつかのところと連絡をとっていた。当然、秘匿回線を使用している。

 いま、ウィンドウに映っているのは、勢力争いが激しさを増す本局で、頑固に中立を守っている老境の将官。偏屈で知られているが、同時にその実戦で叩き上げられた有能さ、老獪さも知らぬものはいない。


「お願いできますか、少将」
『わかっておるだろうが、いまの本局でそれをやれば、ワシのような者達はことごとく権限を凍結あるいは取り上げられ、戦技は強硬派の手に落ちる。お主も危険因子だと公的に指定される可能性が高い。それでもやるのか?』
「“聖王のゆりかご”がスカリエッティの手にあるのなら、聖王のクローンとの疑いの濃い少女が攫われた事実は、重い意味をもちます。ことは急を要します。権力争いは、その後にすればよいことです」
『そして、お主は功績を背景に強硬派の怠慢を突き、権力を手中にする、というわけか?』
鋭い視線の老将に、俺は肩をすくめてみせた。
「私は別段権力は望みませんが、無抵抗に陥れられるのも趣味ではありません」

 40年以上、管理局でもトップエースの集まりと言われる部門の第一線で身体を張ってきた男は、刀の切っ先を思わせる光を目に宿し。俺は特に表情を変えず、その視線を受け止めつづけた。

 おおよそ1分もたったろうか。

 少将は、そっぽを向いて言った。
『隊員の派遣はなんとかしよう。だが、下らぬことでの人死はなるべく抑えろ』
「こころがけます」
定型どおりの俺の言葉に、鼻を一つ鳴らした戦技教導隊本部次席幕僚長は、敬礼も挨拶の言葉もなく、ウィンドウを切った。


 愛想の欠片もなく、出世にも栄誉にも関心のない爺さんだが、だからこそ、こういう局面では信用できる。今回もいずれの派閥にも属さず、不偏不党を貫くだろう。それで十分だ。戦技の実働部隊には、ほかの手を回してある。

「さて、次は武装隊か」



 しばらくあと、俺は、最後の連絡先と話をしていた。

『地上本部に対する問責決議を出そうとする動きがある。芋蔓式に機動六課も対象になるだろう』
「そいつは大変だ。夜逃げの準備をしなくちゃな」
『茶化してる場合じゃない』
 俺の軽口にも微塵も揺るがないクロノの瞳に、俺は肩を竦めた。コイツは自覚しているのだろうか。いまのコイツの目は、戦場にいるときの目だ。多くの命を背負い、多くの命を奪う覚悟を持った指揮官の眼だ。

 そうか。お前をして、戦場にいると身体が感じるほどの状況になっているか。

「もうじき、本部ビルで、俺も出席して今日の襲撃に対する分析と今後の方針が話しあわれる。フェイトとオーリス嬢には、スカリエッティの本拠地を絞り込ませている。ハヤテには教会への工作を頼んでいる。うまくいけば、問責が出る前に、事件は解決できる。教会からのとりなしも、ありえない話じゃない」
『うまくいかないときのことを考えるのが、上に立つ者の仕事だ。それに事件が解決したところで、問責が出ない理由にはならない。教会のこともだ。「夜天の王」のいる部隊を槍玉に挙げようとする連中が、教会のことを考慮してないはずがない。正直言って、若くて実績のないハヤテでは、たちうちできないだろう』
「だが、事件は各世界代表と、全次元世界への放映カメラの前で起こった。あの状況で、あの被害に抑えた地上本部に対して問責が出たら、本局はどう見られるだろうな」
 クロノはため息をついた。
『マスコミにはもう手が回っているようだ。強硬派に属する人間は、上位者や内勤者が多いからな。母さんやレティ提督に頼んではあるが……』
「ま、難しかろう。2人とも有能だし人望も影響力もあるだろうが、所詮は中堅どころ。大きな流れまでは変えられんだろう」
『……そのとおりだ』
苦渋のにじむクロノの声に、俺はかすかに笑った。まったくこいつといい、フェイトといい、義理の兄妹の癖に似るものだ。いや、あるいはだからこそ、か。

「クロノよ」
『……なんだ』
「俺達の仕事はなんだ?」
『……なのは…?』
「いま、必要なのは、スカリエッティがもたらそうとしている戦争を食い止める行為だ。権力争いはあとで考えればいい。なに、命までは取られやせんさ」
『君は……!』
「心配はありがたいが、それより、動かせそうな艦隊や部隊を見繕っておいてくれ。地上本部独力で抑えきれなければ、そちらにも出てもらう必要があるだろう」
『……それでいいのか?』
 俺は今度は、クツクツと声に出して笑ったが、クロノは怒ったりしなかった。
「しっかりしろよ、提督。そのお人好しぶりは嫌いじゃないが、やるべきことはやれ。ん、それともアレか。また、『足をお舐め』とでも言ってやらなくちゃならんのか?」
「君はっ!」
ついに素の表情をだしたクロノに、俺は遠慮なく声をだして笑った。

 クロノもすぐに気づいたらしく、バツの悪そうな、それでいて俺にからかわれたときにいつも浮かべる、ぶすっとした表情を取り繕いながら、俺の笑い声を聞いていた。

『……まったく、懐かしいことを持ち出す奴だ』
「二度ネタ三度ネタは芸人の基本だそうだ」
『……ハヤテ………』
ウィンドウでうなだれるクロノに、俺は軽い声をかけた。
「さ、こっちはこっちでなんとかする。そっちもそっちでやることをやってくれ」
『……わかった。できるだけのことはしよう。だが、問責の件もあきらめたわけじゃないからな』
「期待するさ」
笑う俺に、ふう、と見せつけるようにため息をついたクロノは、最後の言葉を残して、通話を切った。

「『君の期待程度、軽く超えてみせる』か」
 俺はクツクツと笑いつづけた。まったく、提督なんぞやらしとくには惜しい男だ。あれだけの器量なら、もっと人の役に立つような仕事ができるだろうに、好き好んで腐臭と非道の渦巻く世界にいる。あのお人好しぶりは筋金入りだな。

 

 だが、クロノには悪いが、あいつの努力は報われることはないだろう。今の会話は、俺からレジアス、レジアスから本局内の協力者に流れ、概要は数時間のうちに強硬派が知ることになるからだ。当然、クロノにつながる「海」の穏健派の部隊やフネは、ことごとく動きを制限される。個人はともかく、組織として本局の人間がこの事態に協力することはできなくなる。本局から教会に対する工作も激しさを増すだろう。

 そして地上部隊は、未曾有の犯罪に対し、サポタージュする本局というハンデを背負いながら、地上の平和のため、英雄的に挑むことになるわけだ。教会も、妙に執拗な本局の働きかけに、却って疑念を深めるだろう。

 ハヤテには、教会の中立性を損なうような働きかけは慎むよう、会議の場で釘を刺したし、カリムや騎士団の一部との意見交換程度でとどめるだろう。後見人に対して、事態の説明をするのは当然のことだしな? もちろん、その会話の中で、多少、「礼儀を外れる」ような発言もあるかもしれんが、非公式の話し合いだし、もともと身内のハヤテの言葉なら、組織関係がどうの管理局がどうの、といったことにはならんだろう。そう、俺達は、教会の中立姿勢を侵害するようなことは言わんさ……俺達はな。

 そのハヤテの動きをどう解釈して、どういう言動で教会に対するかは、……まあ、そいつらの自由だ。もちろん、状況と礼儀とを心得た態度と、いささか、聖職者には眉を潜めさせるような心構えと態度の人間とが、教会に対してどういう心象を与え、それがいずれ、どういう影響を与えるかも、な。


 本局寄りのマスコミの報道も、結果がでたあとでは、本局の怠慢の印象を増幅させることになる。そのために、地上本部とつながりの深いマスコミに対して、地上本部擁護のキャンペーンを「今は」張らないよう要請してるんだし。
 さて、マスコミがどの程度、タガを外しているか、見てみるか。



「ふ、ここぞとばかりに叩きにきてるな……」
 ざっと流し見た各番組。そこでは今日の地上本部襲撃で、炎や爆発が上がる光景ばかりが繰り返し流され、コメンテーターや評論家が「たかが犯罪者」相手に、こんな失態を犯した地上本部を非難している。AMFも彼らからしてみれば、数年前に確認がされていたことなのだから、とうに対抗技術を完成させていて当然なのだそうだ。……もちろん、本局がそんな技術をもってるのかどうかについては誰も触れない。

 ミッドでは、資本の大きな企業は、大体が本局と密接な関係にある。マスメディア関係も、大手といわれるところはほとんどが管理局寄り、というか本局寄りだ。管理局で実権を握っているのが本局なんだから当然といえば当然だが。レジアスも数年かけて、中堅どころの企業や、独立系の新進メディアなどとは、それなりの関係を築いている。
 大手や大企業にしても、ミッドの治安、その日常を守っている地上部隊へは好意的な感情が強い。だが、企業あるいは組織の論理としては、組織同士での付き合いをするなら、主流派との関係を密にすることが優先になる。そこに社員の心情や上層部の情理が影響することは少ない。個人の正義と集団の正義は異なるからだ。時空管理局が、決して悪人の集まりではないのに、組織としては自壊の兆候を見せ始めているように。


 俺はさっさと映像を切ると、思考の海に沈んだ。今日の戦闘で得たもの、失ったもの。挽回が必要なもの、放置しておいてよいもの。これを機に加速拡大させるべきこと、押さえ込みに使うもの。そして、今後。

 感傷に似たなにかが、かすかに胸をよぎる。

(スカリエッティの拠点での戦闘は、高濃度のAMF下で行なわれることが予想される。質量兵器を軸に、格闘戦を織り交ぜたスタイルが、思いつく中で有効な手段の一つ。……本来なら、隠密に侵入するか上空から投下するかの手段で、爆薬でも使って施設ごと吹き飛ばすのが、一番確実だが……まあ、クーデター直前に質量兵器を大々的に使って、局員達の質量兵器アレルギーを刺激した挙句、扇動に失敗しました、なんてことになれば目も当てられん。
 ……それに、スカリエッティとは約束したしな。施設ごと吹き飛ばすのも、立派な戦闘だが、奴の言ってた意味からは外れるだろう。せめて、互いに顔を突き合わせた状態で戦ってやるのが、手向けであり、奴の生への礼儀でもあるだろう。)


 想う俺の脳裏にノイズが走る。ザリザリと脳を削る音がする。そう、かつても俺は礼儀を払った。傲慢で、自己満足であっても、せめてもそれくらいのことはしてやりたかった。相手が世界から弾かれた存在であっても。あってはならぬと目を背けられた存在であっても。ザリザリザリ。脳を削る音がする。ザリザリザリ。魂が削られる音がする。


 ノイズが走る。ザザッ…ザザッ…、と耳障りな音がする。遠く声が聞こえる。欲とエゴを、必要と正義と言いくるめる声だ。
(「……やはり……っ! …の出来損ないは……!」
 「一族の面汚し……、同じ血………虫唾が……」
 「まあまあ……使い道は………」
 「ふん………しくじっても………なら、枯れ木も山の……」
 「……ふふ、枯れ木ほども役に……しら?」
 「はははっ! ……ない! 所詮………」
 「……ふ、よいか……格別の恩情…………のような輩には勿体………」)
粘つく瞳。長い年月をかけ、繰り返された卑屈と尊大の表情で刻まれた深い皺。手入れされた穢れた指先……。

 俺は畳の目を数える。殺意と憎悪を見せないように。今じゃない…まだ早い。まだ早い。……だが視界が霞んでくる。抑えきれない。こらえろ、まだだ。まだ………。



「……さん! なのはさん!」

 不意に視界がクリアになった。こちらをのぞきこんでいるスバルの不安そうな顔。その向こうにはフロントガラス越しに続く道路と、こちらを気にしながらも運転している運輸班の陸士。
 いつのまにか、遮音ガラスが下げられていた。俺がいる場所は、閉じられた空間ではなくなっていた。俺独りの場所ではなくなっていた。

「……どうした?」
妙に喉がざらついて、苦労しながら俺は声を押し出した。
「どうしたって…なのはさん、顔色が凄く悪くて……その、大丈夫ですか?」
純粋にこちらを心配してくる子犬のような瞳。あの子犬は妖異が憑いたとして討伐された。俺の目の前で。

 拳に力が入る。


 違う。ここはあそこじゃない。今はあのときじゃない。コイツは死なない。死なせない。準備はしてきた。粘り強くしたたかに、細心の注意を払いながら。だが、まだだ。まだ早い。

「いや……すこし疲れがでたんだろう。悪いが、少し休む。着いたら起こしてくれ」
「でも……」
スバルの声を無視して目を閉じる。もう視界に奴らは映らない。耳障りな音も聞こえない。運転している陸士がスバルをなだめているらしい声がするだけだ。外の騒音さえ聞こえない。

 そう、まだだ。まだ早い。もう少しだ。もう少しだけ待て。俺は震えようとする身体と心をなだめた。大丈夫、大丈夫だ。打てる手は手段を選ばず打ってきた。それにここはあそこじゃない。大丈夫だ。これは恐怖じゃない、喜びだ、震えようとする身体を抑える。もう少しだ。もう少しで存分にやらせてやる。だからもう少し待て。


 そうして、俺は。地上本部ビルに着くまで、目と耳を閉ざしつづけていた。









 地上本部ビル、大ミーティングルーム。
 本部襲撃事件のデブリに集まった各部隊の代表達を前に、レジアスが立ち上がり、挨拶をすっとばして、いきなり本題に入った。


「今回の襲撃だが、「陸」の権力失墜を狙った、裏切り者の策謀の可能性が高い。クレマス一尉」
「はっ、ご報告します」
オーリス嬢の代わりに、繰り上がりでレジアスの首席秘書官になった士官が報告をはじめる。


 大雑把にまとめれば、過去の機人の研究資料などの機密データが、管理局、それもおそらくは本局から外部に流れている可能性が高い、ということを傍証を上げて説明したものだ。
 別段目新しい話ではない。噂はだいぶ前から地上各部隊で流れていたし、裏づけになるような、あるいはそう解釈すれば納得がいくような、不自然な動きや出来事も多かった。

 だが、出席者たちは大きくどよめいている。「陸」の人間だけしかいないとはいえ、公の場で、地上本部のNO2、事実上の最高指導者が、本局の、犯罪者への荷担の可能性を指摘したのだ。それは、すでに「可能性」ではとどまらないレベルの事実をレジアスが握っている証だと、たいていの人間が考えるだろう。本局に知れたら、即、内乱になりかねないことを、「陸」が公式に認めたということなのだから。


 そしてここで、俺が約半年前の、六課発足時に、各部隊に挨拶して回ったときに撒いておいた仕込みが生きてくる。即ち、「管理局内に「犯罪者」がいる疑いがあり、レリック対応を隠れ蓑にして、機動六課はその犯罪者を追っている」と話し、いざというときの協力を求めたことだ。偽造を含む疑惑の根拠もいくつか提示した。すべて本局がらみのものを。

 そして、小出しに、繰り返し流された情報と噂。機動六課隊舎の襲撃。都合のいいタイミングで、本局の要請によりメンテナンス中だった天照。本局高官たちの無能や職権乱用の話。六課襲撃の際、実は、俺個人が標的だったという噂。常に機動六課と絡む戦闘機人の影。



 人間の認識というものは、論理立てて証拠とともに、一度で説明されるよりも、曖昧でもくりかえして同じあるいは似た内容を、中長期に渡って聞かされ続けるほうが、変化しやすい。人間は、いわれるほど理性の生き物ではない。己自身を完璧にコントロールできている人間などいやしない。


 いまもチラチラと俺のほうをみてくる局員達がいる。当然だろうな。レジアスの話に最初期から絡んでいた部隊の長なんだから。


 
 とはいえ、そのままスムーズに話の進行を受け入れる人間ばかりじゃないのも当然だ。

 ひとりの壮年の士官が立ち上がった。
「中将のお言葉を疑うわけではありませんが、それだけの傍証でその結論は、いささか、暴論ではないですかな。責任者たるもの、もう少し慎重にですな……」
あれはレジアスの同期だな。前から、レジアスに嫉妬して、しかし表立って反抗するほどの度胸も能力もなく、ちまちまと嫌がらせをしているらしい。
 俺は、おっさんの言葉を聞き流しながら、さりげなく会場の様子を探った。このおっさんは、ただの見せ札だ。当人は気づいていないだろうが。

 ここに集めた各部隊の代表からは、あらゆる手を使ってできる限り本局の影響の強い人間を排除してあるはずだが、物事に絶対はないし、動く直前まで本性をみせない、使いきりタイプのスリーパーもいる。このおっさんの発言に対する会場の反応をみて、参加者達の心象を把握し、状況を自派に有利に動かそうとする奴らがいるはずだ。


 状況を眺める間にも、おっさんのケチつけと自賛の言葉が続く。ほとんどの参加者は、うんざりしたような様子を見せ始めている。ふむ、これじゃ、本局側の協力者がいても下手に動けんな。どうも初っ端から、互いにつまづいたようだ。役者が大根すぎた。
 舌打ちしたい気分で、状況をみていると、反応のない参加者達に焦れたのか、徐々に声が大きくなっていたおっさんと目が合った。一拍の間をおいて、おっさんの目尻にいやらしい笑いが浮かぶ。なんとなく、俺は、次におっさんの言うことが読めた。頭を高速で回転させる。

「まあ、ハタチにもならん若い愛人にうつつを抜かされておいででは、仕方のないことかもしれませんがなあ……」
「おや、妬いておられるのか、貴官が中将に想いを寄せておられたとは。道理で下らぬ理由でもよく絡むわけだ。もてる男は辛いですなあ、中将殿?」

 間髪いれず、芝居気たっぷりの抑揚で切り替えした俺の言葉に、どっ、と会場が沸いた。


 おっさんは、状況の変化についていけず、口をパクパクさせている。レジアスは、かすかに眉をしかめたが、特に反応しなかった。流すつもりらしい。相変わらず、ノリの悪い奴だ。

 俺はおおげさに肩を竦めて、追撃をかけた。
「おや、私も振られてしまった。多少、戦闘ができても、大人の魅力には程遠いようだ。精進しなければなりませんな。
 貴官もよい大人でいらっしゃるのですから、好きな相手に絡むような、子供っぽい真似はされずに、大人の魅力か仕事の実績でアピールされてはいかが?」

 ケレン味たっぷり、芝居がかった仕草と声とで言ってのける。会場の笑いが大きくなる。

 こんなものは、オーバーなくらいの表現がウケる。真面目な場で、初っ端から切れのない繰言をダラダラ聞かされていた人間相手なら、なおさらだ。あとから悪趣味な冗談として有耶無耶にもしやすい。まあ、予測どおりの内容を言ってくれたおかげで、こちらも言い回しを選ぶ時間があったこともあるが。
 

「小娘が知った風な口をきくな!」
顔を真っ赤にさせたおっさんが吠えた。
「だいたい、君のところのハラオウン執務官は、襲撃犯の追跡もせず、戦場を離脱したそうじゃないか! まだ残敵もいたのに!」
 怒鳴るおっさんに、とりあえず、神妙な顔をしてうつむいてみせると、そこまで一気にまくしたてたおっさんは、さすがにそれなりの経験の賜物か、素早く表面をとりつくろって、そっくり返って、今度は俺に絡みはじめた。

「彼女の行動は、敵前逃亡といっていい行動だよ。それに、「閃光」とまで呼ばれる彼女の飛行速度があれば、襲撃犯に追いついて捕らえることも可能だったはずだ。それともなにかね? 所詮、君の部隊はただの広告のためのハリボテにすぎないのかね?」

 うつむいた姿勢から、素早く目を配る。本局批判にもなりかねない発言に対して、目立つ反応をする人間はいない。何人かは発言しようとしているようだが……正直、ここでおっさんに与しても、ハブられるだろうし、俺を弁護しても、「陸」のためか「海」のためか区別がつかん。この話題は切ったほうがいいな。ついでに時間もないことだ。あぶりだしはこの場では諦めて、本題に戻すか。もともと諜報戦はレジアスの担当だ。


 結論を出すと、俺は顔をあげて背筋を伸ばし、意識して目に力を入れておっさんを見た。おっさんがたじろぐ。
「な、なにかねっ。わたしは間違ったことは言っておらんぞ!」
「ええ、ご指摘の件はごもっともです。ハラオウン執務官には、事情聴取の上、必要ならば処罰を加えます。
 しかしそれは本官の職務であり、本日おこった未曾有の事件の対策を、クラナガンを守る各部隊代表が集まって話し合うこの場にはふさわしくないものと考え、持ち出さずにおりました。
 お手をわずらわせ、申し訳ないことをしましたが、その件は後日に回し、本来の議題を論じるべきかと考えます」

 おっさんの言い分は隙だらけだが、そもそも監察官でもない相手とそんな話をするだけ無駄だ。それに、順調に行けば体制自体が変わるから、処罰の検討なんぞ無意味。精々、記録に残し噂を広めて、「海」の勢力への貸しにする程度か。時間を割いて相手する気にはならん。

 

 前世で親友だった女性の言葉を思い出す。俺と同じく異端の道にありながら、臆することも誇ることもせず、ただ淡々と為すべきことを為していた彼女。
 そんな彼女が、わずかにこぼした、珍しく感傷めいた言葉。
「――――我らは不要な存在。だが、不要は排除とは直結しない。
 壊れた世界、壊れた我らでも、為せることはある。異音と殺戮と狂気を振りまきながら、恐怖の支配下でも伝えられることは確かにある。夢も理想も、持つに資格を必要としない。叫びも涙も、受け止めてくれる相手がいるなら、きしむ心を引き裂いて、さらけだすだけの価値はある」
 笑みもなく感情のブレもなく、ただ淡々とそう呟いた彼女の末期の涙は俺が受け止めた。その雫は、いまも俺の記憶に鮮やかに煌いている。

 この男はどうだ。


 もうすぐそこに迫る終焉の気配に、気付いていないのか、目を覆っているのか。どんな鈍い奴だって、今日の襲撃に用いられた様々な技術に、潮の変わり目を感じただろう。頭で打ち消したのか、すでに感性を摩滅させているのか、何れにしても、滑稽だ。過去に基づき現在を責め未来を決め付ける。滑稽だ。世界がそんな簡単な仕組みだったら、どんなに楽だっただろう。どれだけの血と涙が喪われずにすんだだろう。



 いつのまにか、部屋中が静まり返っていた。おっさんは真っ青になって、椅子にへたりこんでいる。レジアスが咎めるような目でこちらを見ている。

 どうも、またやってしまったらしい。時が近いせいか、逸っているのか、この俺が? ……ないとは言えんな。こんな大掛かりな仕掛けなど、前世今生通じて、似たような経験すらない。まして、それに奴が絡み、さらには個人的なしがらみが引き止めようとしてくる。少々、タガが外れやすくなっても、おかしくはない。

 俺は意識して纏う雰囲気を変え、咳払いをして、言った。
「失礼しました、中将閣下。どうぞ、会議を進めてください」

 レジアスが口をへの字に曲げて、目線で、隣に立っている首席秘書官をうながした。




 会議は、襲撃勢力の戦力分析と、捕獲した機人からの情報収集、それらの裏付ける管理局からの情報流出を軸に報告が進み、敵対勢力としてジェイル・スカリエッティ、仮想敵として管理局内の内通者(明言されないだけで、ほとんど本局を指す言い回しと証拠が使われていた)を上げ、彼らに対するアクションを検討するために、今後の彼らの動きを予測する段階まで、それほどの混乱もなく進んだ。

 今、レジアスが、今後の敵の動きの予測をまとめる発言をしつつ、並行して最後の仕込みをかけている。

 
「おそらく、次にはさらに大規模なテロを仕掛け、それに対応できない「陸」と鎮圧する「海」という構図を作り出すつもりだろう」

 そして、レジアスはジョーカーを切った。

「かつてストライカーと呼ばれ、地上部隊に所属し、戦闘機人事件で部隊ごと全滅したとされていたゼスト・グランガイツが今回の襲撃に加わっていた」
「「「ッ??!!」」」

 内通者の存在とその行為が次々と証拠つきで報告され、それらがすべて本局に絡んでいることで、異様な空気に満たされていた室内に、この日、最大の衝撃が走った。

 結局、俺とゼストとの戦闘は本部でモニターされていたし、少なくない前線の局員も大きな魔力のぶつかりあいに、戦闘空域に「目」を飛ばしていたため、情報の隠蔽も操作も不可能だった。一応、緘口令は布いたが、局員達の間でいまも噂されているだろう。
 しかし、その情報をもっていても、なお、ゼストの生存と彼が襲撃側にいたという事実が、彼の親友として知られたレジアスの口から公式の場で語られたことは、古参の局員や、彼らからかつての英雄達の話を聞いてきた局員達に、大きな衝撃を与えたようだ。

 現役時代のゼストのことを知らない俺には、彼らの受けた衝撃も、彼らの感じた感情も、想像するしかないが、しかし、そのつもりはない。その感情は、その想いは、「生きていた」ゼストとともに過ごし、共に苦闘し、そして彼を絶対的に信頼していた陸士たちのものだ。断じて、その当時の状況を知らぬ俺が、想像でも考えていいものじゃない。まして、大義を掲げた彼らを阻んだ俺が。


「彼の証言だけをもって、全ての証拠とすることはできない。彼は記録上は殉職者であり、これまで、その生存を明らかにしてこなかった。そして、次元世界を大混乱に陥れかねない今回の事件の犯人に与した。裏づけなしに証拠とすることはできない」
「しかしッ!」
「ゼスト殿ですよ! あのゼスト殿が偽りなど述べるわけが……!」
「静まれ、たわけ共!!」
おそらく叩き上げであろう、老齢の一佐の芯の太い声に一瞬、場が呑まれる。そして、その直前の爆発が嘘のように、老軍人は、感情をみせない静かな声を、生じた静寂に滑り込ませた。
「レジアス殿のお気持ちも察してさしあげろ……」

 はっ、としたように今までと違う表情でレジアスを見る彼彼女達。レジアスは、いつもの巌(いわお)のような無表情と鋼の色の瞳で、その視線の全てを跳ね返した。


 だが、何人もの陸士たちが視線を落とし、そこここで、うめき声や、嗚咽をこらえる声が聞こえた。
 ……見る気があるならば、そしてその感性があるならば、岩に刻まれた表情も読み取れる。鋼の映す光の色合いを感じとれる。……恵まれたな、レジアス。お前の挑む相手は強大、多くの人間は、これまでのお前の歩みを指して、不幸と哀れむか愚かと嘲笑うだろう。だが、お前は恵まれたな、レジアス。俺はそう思う。もし、お前が倒れたとしても、何人もの人間が涙を流し、何人もの人間が涙を呑んで、お前の進もうとした道を進むだろう。お前が倒れる前に、お前を気遣い投げられている視線の主たちが、お前のために動くだろう。……お前は恵まれたな、レジアス。本当に、恵まれた。


「管理局は法を守る。法を守らずして、地上の人々の安寧を守ると胸を張って言えはせぬ。……諸君も管理局員たる誇りをもって、法を守り、為すべきことを為して欲しい」

 何事もなかったように言葉を続けたレジアスの言葉に、返される言葉はなかった。



 そして、具体的作戦が告げられる。

 スカリエッティの拠点については、今日の襲撃がらみで、すでに今日明日中には割り出せる見込みが立っていることが、まず告げられる。まあ、その陣頭に立っているのはオーリス嬢とフェイトだが。ヴィヴィオの発信機の反応分析を軸にして、本部情報部を臨時に指揮下におき、総がかりで対処している。命令書があったとはいえ、他部署の人間が突然上に立って部門の指揮を取るなど、レジアスの秘書として長年務め、レジアスの代理として似たような業務を何度かこなしているオーリス嬢にしかできない力技だ。

 となると、ここに集まった実戦部隊の面々の役割は、その情報と、今日得られた戦訓から本部戦略部が超特急で作成した敵勢力への対策戦闘手法・戦術・作戦行動案を元に、指揮官たるレジアスが定めた目標に対し、全力でその達成を目指すことにある。


 そして、レジアスが、その目標を明示した。

「機動力に優れた一部部隊をもって、スカリエッティの本拠地を電撃的に急襲する。他の部隊は、襲撃を受けたスカリエッティのあがきが市街地に及ばないよう、各部隊の職域において厳戒態勢、予想された状況が現出したときは、速やかにこれを撃滅、市民のささやかな日常を守れ。
 内通者の問題はこちらで対処する」

 レジアスの指示にざわめきがおこる。
「少数での奇襲……王道ではあるが……」
「…しかし、「陸」で電撃的な強襲ができる部隊となると……」
「AMF対策の検討も要る。おそらく高濃度AMFを張っているだろう」
「特化した能力、少数精鋭、有能な指揮官、卓越した魔力と魔法技術、魔法に限定されない戦闘力、実績と信頼……」
やがて、ざわめきが少なくなり、視線が集まりはじめる。ざわめきが完全におさまったころ、集中する視線の焦点に立つ俺に向かい、レジアスは傲然と口を開いた。

「いけるな。高町一佐」
「御任せあれ」
俺は口角をゆがめて、崩れた敬礼をした。



「最後に念のため、言っておくことがある」
このまま締めるのかと思っていたら、やけにもったいぶって、レジアスが切り出した。
「今回の本部ビル襲撃に対し、私に責任をとらせようとする動きが本局にある」
「なっ、なんですと!」
「なぜです! 最小の被害で撃退したというのに!」
「襲撃の事実自体が気に入らんのだろう。ことにそれが、各次元世界の目にさらされたことがな」
「な、なんたる傲慢!」
「本局は己の面子のために、地上部隊が存在しているとでも思っているのか?!」

 激高する士官達。ここ数年の業績向上を支えてきた方針を強く指導してきた、レジアスのことを程度の差はあれ信頼し、これまでの経緯や噂などで本局への不信感を増幅させ、そして自分自身の仕事を全力でおこなってきて成果を上げ、自分達の自尊心を確立させている男女だ。そこへ今日の一連の内通の話を聞き、仕上げに自分達の奮闘への評価ともとれるような指揮官への処罰を聞かされれば、多少偏った解釈にもなる。
 つまり、直前のここでまた一つ、熟成の要素を加えるわけか。神経の行き届いたことだ。誰が「剛腕」なんぞと呼んだのやら。

「思えば、ゼストの情報がここまで完璧に遮断されていたことも、あれほど義を重んじる男が管理局に刃を向けることも、違和感がある」
レジアスは続けた。
「私は彼と面会したが、精神的な異常は表面上は見受けられなかった。現在は、信頼の置ける医療官が、暗示や薬物などでの洗脳の有無を調べている。彼と、彼と同行していたユニゾンデバイスから多くの証言と疑いがもたらされたが、先ほど言ったように、それだけで証拠とするには弱い」
「ですがッッ」
ひとりの佐官が耐えかねたように立ち上がりながら叫ぶ。それを冷淡に無視して、レジアスは続けた。
「この件については他言無用だが、最高評議会から、私宛に、ジェイル・スカリエッティの“抹殺”命令が下されている。捕縛ではなく、最初から“抹殺”だ」
「「??!!」」
「無論、襲撃部隊の手足を縛るつもりはない。これほどのことをやらかした犯罪者を無条件で確保できると考えるのは虫が良すぎる。だが、当初から抹殺指示が、しかも内密に下されるあたり、キナ臭さを感じざるを得ん」
「……まさか、管理局の頂点が……」
「確かに胡散臭くはあるが……」
「だが、確かに、彼らの位置なら、全ての事柄が容易だ。これまで発覚しなかったことも、的確に殉職や不審な死をとげる捜査官たちも、その後の調査が常に行き詰まるか解散するのも」
ぼそぼそと、やけに説明的に呟いた佐官の言葉が妙に室内全体に響き、重い沈黙が漂った。


「各次元世界は、「海」の横暴に対し、かなり悪い印象をもっている」
不意にレジアスが話を変えた。

「各次元世界の代表の方々は、各種の状況を鑑み、現在は、ベルカ自治領にて教会本部と騎士団の保護下に入って頂いている。だが、意見陳述会前の交流会でも、襲撃後のわずかな時間の間にも、本局の反応について、少なくない代表の方から、内密ではあるが、不満と不審の声が届けられている。無論、なかには以前から地上本部と懇意にし、詳細に「海」の横暴を訴えておられる世界もある」
 これも、「陸」では公然の秘密といっていい「噂」だが、公けの場で高官がはっきりと言及したのははじめてだろう。各世界への「魔女狩り」がはじまることが必至だからだ。つまり、レジアスが各世界との関係を維持するつもりなら、これは「海」を含む「本局」への対決姿勢の表明になる。聡い何人かはそのことに気づいて、-顔色を変えるでもなく、むしろ顔を引き締めた。さてさて、レジアスの人望か、これまでの思考誘導の成果か。

「管理局が武力を囲い込みながら、次元世界の平和を十分確立できていないことも確かだ」
皮肉な俺の思いをよそに、レジアスの言葉が続く。
「今回の事態に対し、本局がなんの動きも見せないなら、各世界の人々はこう思うだろう。“時空管理局は、災害対応はしても、私達の日常を守ってはくれない”と。我々は、そうではないことを伝えねばならない。言葉でなく、行動で。あなたがたの日常を、ささやかな幸せを、守ることに身体を張る人間は確かにいるのだと、そう証明してみせねばならない。
 本局が動かないなら、せめても我らだけでも、いや、各世界の日常を守ってきた我らこそが、その責務を果たさねばならない。その責務の前には、派閥も裏切りも比重は軽い」

 叫びかけた何人かの士官に視線をやって黙らせると、レジアスは続けた。

「次元世界の平和のために管理局があるのか。管理局の権威のために次元世界があるのか。
 管理局は、本局と言い換えてもよいし「陸」と言い換えてもよい。これまで、人々のささやかな日常のために身体を張り、血を流してきた諸君にならわかるはずだ。
 管理局に病があるにせよ、病根がいずれにあるにせよ、まず為すべきは、次元世界の治安の維持だ。局の問題はそのあとに片付ければよい。なに、この事件が終わるまで、どのような手をつかっても、いかなる勢力にも邪魔はさせん。背後は我らに任せ、諸君の職務に精励して欲しい」

 静かに、だが強い意思を言葉に込めて、レジアスは言い切った。
 だが、レジアスの言葉でも、まだ空気が動揺している。「噂」を聞いていても、疑いをそこはかとなく感じていても、上官から明言されれば、動揺もするだろう。上官を信頼していても、そうそう割り切って前だけを向けるもんじゃない。しかたのないことではある。
 とはいえ、レジアスの言葉の後に、別の人間が言葉を重ねることも望ましくない。効果の有無は別にして。


 俺はすこし迷った末に、ちょっとした賭けをしてみることにした。今日の会議の雰囲気で、思ったよりいけるんじゃないかと感じたこともある。それを確かめてみようと思った。


 俺は黙って席を立つと、レジアスに向き直って姿勢を正し、無言のまま、敬礼した。
 レジアスも悠然と席を立ち、俺に答礼した。

 ざわざわと空気がざわめき、わずかに間を置いて、あちこちで椅子が引かれる音がしはじめる。
 言葉を漏らす者はなく、人の動きのざわめきと、次第にひきしまっていく空気だけがそこにある。


 やがて、完全に空気の動きが収まり、室内に、誇りと緊張感だけが充ちた。
 レジアスはゆっくりと敬礼の手を下ろし、未だ敬礼をしたままの俺たちを見回して、言った。
「それでは、諸君の努力に期待する」
「「「Sir,Yes Sir!!」」」

 揃った返答は、部屋を大きく揺らし、細胞のひとつひとつに火を灯す熱さと強さを持っていた。








 デブリ後、俺は、事前に連絡を回してあった、特に俺と親しいか本局に反抗的な思想傾向の局員達と、本部の一室で意見交換という名の発火準備を整えていた。

 集まった面子を見回して俺が言う。
「中将はああおっしゃったが、かと言って、まったく我々が問題を放置して中将1人に荷を負わせるのも、様々な意味で危険だ。
 万が一、今日の発言が漏れれば、中将といえど、暗殺対象となることは避けられないし、そうでなくとも、中将とその側近だけでは限界もあるだろう。我々にもできることがあるなら、支障ない範囲で密かに手助けを検討しておくべきだと思う」
「一佐の発言はごもっともだが、具体的にはどのような手段をお考えか?」
 思想は過激で正義感も強いが、直情一直線で少々考えの浅い三佐が手をあげて質問した。……いや、こういう、政略的戦略的思想がないくせにやたらと熱くて行動派だから、扱いやすいといえばそうなんだが。コトのあとは体よく重要なポジションから外すべきだな、こーいう奴は。成果と魔道師ランク以外の昇進基準も考えろよ、人事部。……考えてたら、俺もこんな地位にいないか。

 心情を隠して、俺は一気に切り込んだ。
「場合によっては、武力行使による粛清も視野に入れるべきだと思う」
「……クーデター?」
「ああ」
「……だが、さすがにそれは」
「平和のための管理局が……」 
 ざわつく男女たち。なんだかんだ言って、管理局員達のモラルは高い。そのモラルが他人を一切省みないところに引かれている上に、それを当然のものとして押し付けるから、勘違いされやすいが、彼ら一人一人は、決して悪意や邪心が強いわけではなく、むしろ、社会一般で見れば、倫理的な人間なのだ。


 とはいえ、冷静に検討されても困る。俺は交わされる言葉を無視して畳み掛けた。


「このまま引き下がるのか。たとえ途上で倒れようとも、すこしでも前に進もうとあがき闘うのが我々のあるべきあり方ではないのか。そうしてこそ、初めて、斃れていった先達たちに顔向けができ、あとに続くであろう局員達の道標となることができるのではないのか」

 ……奇麗事で装ってはいるが、俺の本音ではある。かつて、俺の生は常に死と隣り合わせにあり、その命は、路傍で野垂れ死ぬ痩せ犬と同種のものとして見られていた。そんななかで、わずかに己を保つよすがとなりえるのは、ただ、己自身が己に対して掲げ誓う誇り。ほかの誰も認めなくとも、世界の全てが嘲笑おうとも、己だけはそれに殉じて悔いない誇り。
 己が道を己で定める。それが誇り。生の証。善も悪もない ただ、命を燃やす、ただそれだけのために、汚濁も不浄も呑み干して。ただ為すべきことを為す。ただ、それだけのために全力で駆け抜ける生。

 そんな嘗て抱いていた業を、彼らに合わせ、飲み込みやすい形に整えて、耳障りのいい言葉を被せて告げていく。


「敗北しようとも殉じるものがあるだろう。違うか? 勝つことだけが全てなのか? 
 己が決断により自我を創出するがいい。己が決断と行動により、その行いそのものとその結果の受領により、己が生を構築し創出するがいい。そのとき、お前達は、自分達がヒトであることの証を手に入れる。全次元世界に向かって、胸を張る権利を手に入れる」


 鮮明な記憶。

 噎せ帰るような血とはらわたの香り。空間を埋め尽くす妄執と獣性の叫びとうめき。
 闘いがはじまる。宴のメインディッシュがテーブルに上る。恐怖と狂気がタンゴを踊る謝肉祭。その真っ只中に先陣切って切り込む位置に、俺は彼らを連れて行く。正義と理想という布を彼らの瞳に被せて。

 そして俺の背負うモノたちがまた数を増す。


 だが、これしかない。俺は前世も今生もこうやって生きてきた。俺にはこれしかない。だから、後悔も罪悪感もない。ただ背負って。そして、歩きつづけるだけだ。それが、自力で超え得ぬ絶望を超えて現実に挑むためにありとあらゆるものを捧げてきた存在の、義務で権利だ。



 互いに見交わしあう局員達を無視して、瞼をおろす。いくつもの顔が瞼の裏に浮かぶ。どの顔にも俺への情愛がある。

 吐息のように、俺は自嘲の笑いをもらした。
 自分で切り捨て、通牒を突きつけておきながら。慰めを求めてつながりにすがるか。免罪を求めて友を恋うか。
 みじめだ。みじめだ。自分の弱さが、自分の捨てきれない甘さが、彼彼女らの手の暖かさを想像する自身の未練が。おぞましい。

 俺は自分の両肩を抱いた。自分でこの道に堕ち、自分で信頼を裏切り操り。それでなお救いを求める己があまりに醜悪でおぞましく、……そして。哀れだ。我が事ながら……度し難い。




 結論はでないまま、ーというより出さないように議論をほどよく過熱させたんだがー、俺達は解散した。計画的なクーデターとみえないほうが都合がいいのだから、これでいい。予定通りだ。
 種を撒き、深く耕し、丹念に繰り返し手入れをしてきた。そしてもうじき花が咲くだろう。俺の放つ一矢を鏑矢として、事態は突如、激流となる。マスコミのお陰で、局員も民間人も、未曾有の事態と騒ぎ、軽いパニック状態になっている。特に地上部隊は、マスコミに叩かれて、追い詰められた気分を感じているだろう。
 そのなかに「火種」を放り込んでやれば、パンパンに張りつめた人々は、彼らの知らされた情報と耳にしてきたそれらしい噂から短絡的に話をつなげ、望む「真実」をつかみとるだろう。そして、同じ方向に駆けはじめる。そうすれば、あとは群集心理が働き、普段の規律と散々染み込まされてきた正義感と辻褄合わせが、彼らの行動を後押しする。手を加えずとも、事態は望む状況へと流れ込んでいく。

 管理局は、自らが行ってきた情報管理とデマゴーグの突然の狂奔を制御しきれず、内側から破裂する。そのことに対する昂揚はない。ただ、揃えられた状況のなかで俺の役割を果たすだけだ。昂揚を、あるいは悲嘆を、感じる人間はほかにいる。





 会議室を出た俺は、クレマス一尉に問い合わせ、渋る彼女から緊急で重要かつ内密な用件があるとして、望む情報を引き出した。本部内でもあまり使われることのない、小さな部屋に足を向ける。

 
 扉をあけた部屋の中、レジアスが静かにグラスを口に運んでいた。
 無言で向かいに座り、勝手に余っていたグラスを手にとって、机の上にある瓶から、香りの強い酒を注ぐ。そのまま、軽くあおると、高い度数のアルコールが熱い塊となって、喉から胃へと流れ込み、独特の華やかなピート香がどこか荒々しさを伴って、口中に広がり鼻のなかを抜けた。

 そして、俺達は、互いに一言も口にせず、互いの顔を見やりもせず。ただ同じ空間に共にいて、共に酒を飲みはじめた。



 勤務時間外とは言え、職場であのレジアスが酒を飲む。そんなことを聞いて、一体何人が信じるだろう。
 だが、鋼鉄もときには、きしむこともあるだろう。岩山も夜露を浴びて、雫に濡れることもあるだろう。


 心許し盟いを交わした親友が、あんな姿で、あんな立場で目の前にいて、疑いの目を己にむけた。直接関わってはいなくとも、間接的にその事態を招いた自覚が、レジアスにはあるだろう。ここまでくる道のりで流された数々の悲哀と無念の声を、彼を通して改めて聞いただろう。

 こいつの弱さだ。徹しようとして徹しきれない、鋼鉄であるはずなのに、どこかに生身の感性が混ざっている、愚かで哀れな人間の弱さだ。ひとは所詮ひとだ。鋼にはなれん。岩にもなれん。ひと以外になれるのは、ヒトを止めたモノだけだ。
 



 どれくらいそうして、無言のときが過ぎただろう。
 不意に、レジアスがポツリと、言葉を零した。

「……とんだ詭弁だな。「局の問題はあとで片付ければよい」か」
「最適な戦機を定めるのは最高指揮官の責務だ」

 正論で返した俺の言葉に、押し黙るレジアス。内心で息をついて、この強面の癖に、純粋な男の背中を押してやることにする。こんなところに余計な手間を要したりするのに、見捨てる気にならない。弱さも力の一つと知った、臆病で不器用で要領も諦めも悪い男との日々。


「後悔してるか」
「……いや」
「引き返すか」
「いや」
「なら、諦めろ。なに、地獄行きは貴様ひとりじゃないさ。こんな美女同伴で、なんの不服がある」
「……大人の女とは言いがたいな。俺は少女趣味ではない」
「言ってろ」


 静かな、だがいつもの調子を取り戻してきた声に笑って、俺は立ち上がり、少しかがむと、レジアスの頭に手を置いて、髪を軽く掻き混ぜた。それから、レジアスの顔を見ずに向きを変えて足を踏み出し、漢に背を向けて、扉に向かう。歩きながら軽く片手を上げて、ひらひらと振る。

「次は、世界を変えるときに会うことになるだろう。ここまで来て、つまづくなよ?」
「…その言葉、そっくり返してやろう」
「ふふっ」


 軽く笑って、振り返らないまま、俺は扉をくぐった。改めて、男を1人にしてやるために。







 本部ビルの外への道に向かいながら、俺はほどよい酔いのなか、間もなく相対することになる、もうひとりの男のことを想った。


 さて、ヒトたることを止めた男よ。魔王の二つ名を名乗るものよ。我が兄ならぬ男、我が鏡像よ。お前はどんな言葉と姿で俺を迎えてくれる? そして、お前は。俺の征く道のなにを示し、なにを否定してみせる?

 鼓動が高鳴る。身体が熱い。


 さあ、もう間もなくだ。会話をじっくり交わそう、鉄火と狂気と魔力とで。互いの本質をぶつけあい、互いの本質をえぐり合おう。

 そのありさまを思い描いて、俺は心の奥底から炎が奔り出したのを感じた。炎は業火となって俺の心を包み込む。ああ、そうだ、いつも、大きな戦いの前はそうだった。熱い、熱い、心と魂が焼けていく。痛みに感覚が麻痺していく。そうだ、不純物を焼き尽くせ。全ては闘争のために。似て非なる存在が、互いに理解し合う行為のために。


 スカリエッティの演説を思い返す。愚かで歪だ。だが敬意に値する。
 すべてを賭けて、おのれの理想を達成しようとする意思。その手腕。その自覚。世界のせいにしなければ、正義の味方だという理屈がなければ、自分の行動一つ直視することが出来ない愚物に比べ、遥かに対し甲斐のある相手だ。

 心が昂揚していく。こんな気持ちはいつ以来だろう。闘争のための闘争。なんのしがらみもない、純粋なぶつかり合い。
 正義でも法でも理でも恨みでもなく。一つの生命として、己が望みのために。ジェイル・スカリエッティ、俺は貴様との逢瀬に挑む。



 俺のなかのナニカが、世界に轟く咆哮を上げる。俺は咆哮に応えて、哄笑を虚空に放った。
 美しくもおぞましい闇が、俺を手招きしている。俺は扉を開けて、その只中に向けて足を踏み出した。







■■後書き■■
 大変お待たせをば。
 私生活でいろいろと面倒事があった(というか続いている)上に、スカリエッティとの対峙とか会話の色んなパターンばっか頭に浮かんで。で、そこに至るまでの話が構成できない書けない、という罠。しばらく苦労しそう。

 次回は幕間予定。人気の高い(作者も好きな)五番目嬢視点の物語。スカさんファン必見となる……ハズ。


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