俺は扉の影から、小さな鏡で、その部屋の内部を確認した。
ガジェットが十数体。スカリエッティ。ヴィヴィオの姿は見えないが、ぐずる声はする。クアットロの声も。
チンクとの戦いのあとは、大きな戦いもなく、俺はひときわ広い部屋の前にきていた。
ざっと内部の様子を探り終えると、鏡をしまい、残った片手の手首に嵌まったクーガーをセットアップする。
(俺も動揺していたか。)
かすかに苦笑する。自分では冷静なつもりでいたが、広域爆破での奇襲に片腕の喪失。意外に動揺していたようだ。片手ごとクーガーを切り飛ばされても、残った腕の手首にも片割れのクーガーを嵌めていたのに。
(さて。)
手順を頭の中でもう一度確認してみる。いかに効率良く、確実に鎮圧するか。チンクに言った言葉とはまったく正反対の行為に、自分の全てを埋没させながら、しかし、戸惑いも感傷も、もうなかった。
闘争のための闘争。管理局も次元世界も忘れ去る。正義も法も脱ぎ捨てる。自我と自我がぶつかりあう原初の闘争。
深く息を吸い、静かに吐き出す。呼吸を止めると静かに迅速に姿勢を変え、クーガーを構えて、扉の陰から目標に狙いをつけて魔力弾を発射した。
スカリエッティの頭部を狙った射撃魔法は、掲げられた片手と同時に展開された魔法障壁に防がれた。
「無粋だね」
「まあ、そう言うな」
言いながら、室内に入る。スカリエッティの右手に嵌められている、悪趣味な手袋もどき、デバイスか? 奴が魔法を使うという情報はなかったが……。それに展開された魔法陣。ミッド式でもベルカ式でもなかった。ただのマイナーな術式…なわけないな、この男が使っているシロモノが。
魔法でやりあうのは不利だな。未知の術式に、知られ尽くした術式で対抗するなぞ、ぞっとせん。
だが。
とりあえず、アクセルシューターの発射球を20ほど展開、ガジェット群に対して解き放つ。
弾幕にあっさりと機能不全に陥るガラクタたち。スカリエッティは平然と魔法障壁で全て防いでいる。まあ、とりあえず、余分な要素を削っておきたかっただけだから、構わんのだが……。
『あらら~。とりあえず~、ガジェットは補給しておきますね~♪』
部屋に開いている通信ウィンドウから響くクアットロの声。俺の通ってきた通路の奥のほうから、複数のものが動く気配と、金属がぶつかりあう音が近づいてくる。
当たり前か。ここは敵地のど真ん中。補給は容易且つ大量。
確率はかなり高いと予測していたとはいえ、あまりに予想通り過ぎて落胆も面白みもない。
その思いをこめてスカリエッティを見ると、奴も同じ気持ちだったのか、俺の視線に反応して、口を開いた。浮かれた気分を存分に表出した声が流れる。
「クアットロ、本命を始めてくれたまえ」
『はい、ドクター。ポチッとな♪』
「うあああああああっ……!」
クアットロの言葉に間をおかず。ぐずっていたヴィヴィオが突然、苦鳴をあげた。
彼女の悲痛な声をBGMに、スカリエッティが悠然と胸を張り、いつもより一段と芝居がかった表情と仕草で、俺に語りかける。俺はスカリエッティから視線を外さないままだ。
「では、ご紹介しよう。これこそが、古代ベルカを統べし「聖王」。過去の聖王の遺伝子を培養し、それにレリックを埋め込むことで、現代に再臨させた伝説、私の最高傑作だ」
その言葉の間にもヴィヴィオの苦鳴は続き、不意にとぎれたあと、ゆっくりと身じろぎする気配がした。ちらり、と一瞬だけ視線を流す。17・18才程度のオッドアイの少女がそこにいた。その表情は冷厳、体から発する魔力とあいまって、空間が震えるような錯覚を覚える。
スカリエッティが高らかに謳い上げた。
「さあ、決着をつけよう! 堕ちたる明星と生まれながらの悪との! 反逆の魔王と新世界の魔王との! 私とあなたの! 甘美にしていとおしき時間の決着を! さあ、我が妹ならぬ人よ、鏡像にして半身よ!! 生と死のタンゴを踊ろう!」
まるでナルシストのガキだ。いや、ある意味ガキなのか。
縛られ、生きる方向性まで弄られ、その道から逸れることもできずにここまできたのだ。まともな他者との交流など、経験はないだろう。他者無くして自分の器、自分の立ち位置を客観的に把握することなどできない。
かすかに憐憫の情が湧くが押し殺した。こいつにも礼を失するし、こいつの犯した行為を考えても、憐れみをかけられるべきではない。……割り切れんものはあるがな。
まあ、いい。
さて、それではスカリエッティよ。待ち望んだ会話を交わそう、狂気と力の渦巻くこの空間で。俺の征く道と貴様の理想を、殺意を媒介に交し合おう。
俺はスカリエッティへの返事として、クーガーを顔の前に掲げて見せた。スカリエッティの笑みが深まる。ヴィヴィオが腰を落とす。
はじまりのための終わりの戦いが幕を開けた。
スカリエッティの言葉から、ヴィヴィオの能力はレリックで増幅され、身体年齢の引き上げもそれによると推測できる。……自然な形を歪めた方法だ。陰陽術が効き易いかもしれん。が、まあ、とりあえず、
「ヴェリアヴル・シュート」(多重殻弾頭魔法弾。外殻がAMFと相殺することで内殻の魔法弾を相手に到達させる。)
様子見だな。
ヴェリアヴル・シュート5連発にアクセルシューター20発を織り交ぜた攻撃は、全てヴィヴィオの身体に触れることさえできずに弾かれた。弾幕にまぎれこませたフェイク・APバレットも効果なし。「聖王の鎧」か。面倒なスキルだ。
ハヤテから伝えられた聖王のレアスキルの1つを思い出しながら、俺はクーガーを解除し、レイジングハートを起動させる。クーガーは連射には強いが、一撃の威力はレイジングハートに劣る。問題は、戦乱時代に絶対の防御を謳われたという「聖王の鎧」を、レイジングハートを使ったところで撃ち抜けるかどうか。
デバイスを交換するわずかな間に、ヴィヴィオが高速で接近し、魔力刃で切り付けてきた。体裁きだけでかわすが、刃の切り返しが速く、息もつかせぬ連撃を仕掛けてくる。なんとか、すこし距離をとると、今度は魔力刃を飛ばしてきた。……フェイトの戦い方に似てるな。洗練の度合いは比べ物にならないが。
俺が乱れ飛ぶ魔力刃をかわす間に、詠唱していたヴィヴィオの周囲に数十の雷球が浮かんだ。……さすがにあれはマズいか?
「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
無数の雷撃が降り注いだ。
「……くっ……」
俺は劣勢のまま、戦闘を続けていた。スターライトブレーカーは溜めがいるし、現在の環境では威力が十分出せない。ほかの砲撃魔法はことごとく弾かれ、フェイトを真似たのだろう魔法と戦術を使いながらも、膨大な魔力も用いて力押しに仕掛けてくるヴィヴィオに押されっぱなしだ。ヴィヴィオが十分に自分の魔力を使いこなせず、技術はあっても戦技としては劣化コピーの域を出ないから、こらえられてるといっていい。
スカリエッティは、ガジェットの壁の向こうから興味深げに俺たちの戦闘を眺め、クアットロは時々茶々を入れ、ヴィヴィオを煽ったり、指示をしたりしている。ウィンドウに映る顔は満面の笑みだ。サディストめ。
『あら、ルシファー様はご機嫌斜めみたいね~、どうしてなのかしらぁ? こ~んなに楽しいのに……ねェ♪』
聞き流して、ヴィヴィオに向けて突っ込み、レイジングハートの先端から生やした魔力刃で薙ぎ払う。昔、父親に学んだ棒術の型だ。近接戦時にレイジングハートを操るには重宝している。俺を砲撃専門とみて、近接して油断した相手を仕留めたことも多い。
だが、ヴィヴィオには通用しない。障壁を張られて止められ、さらに障壁をバーストされた。プロテクションが間に合わずに、吹き飛ばされる俺。
まだ、位置が悪い。
再度、ヴィヴィオに近接戦を挑む。中遠距離で通じなければ、近接で、というのは当然の選択だ。「要綱」でも魔力で上回る相手を倒す手段としての肉弾戦の重要性は説いている。ヴィヴィオが知らないわけもない。
あっさり距離をとり、届かない位置から射撃魔法を連射してくるヴィヴィオ。それをときに防ぎつつ、ときに交わしつつ、ときに床を転がったりしながら、俺は不自然さを出さないように、位置を調節していった。
なんでも同じことだ。撃ち抜くなら手足より急所、仕留めるなら雑魚より指揮官、勝つなら道具よりその使い手を無力化する。それが俺の戦い方だ。スカリエッティとはある意味対極で、しかし根底に流れるものは酷似したやりかた。
ヴィヴィオと小競り合いを繰り返しながら位置移動。クアットロの嘲弄が聞こえるが、無視して位置と距離をはかり。俺は、フラッシュムーヴを使って、無理矢理、ヴィヴィオに向かって突っ込んだ。ヴィヴィオが吠える。彼女の膨大な魔力が全身から放出され、弾き飛ばされて、俺は宙に飛んだ。レイジングハートも、ヴィヴィオの魔力との激突の直後に、俺の手から離れ、宙を舞っている。
身体を大きく広げた姿勢をとって、地面に接触。身体が床に当って、1度跳ね、さらにもう一度跳ねる。だが、俺の頭の天辺から足の先までは、ゆるやかな曲線を保ったまま。特に頭部から腰までは、身体の芯は直線を保ち、横方向にも無理なねじれはない。
そのまま、再度、床にぶつかりながら、俺はレイジングハートの行方を目で追った。途中で一瞬、スカリエッティと目があう。どうやって、俺がこの「劣勢」を切り抜けようとするのか、わくわくしているのだろう。目が楽しげに輝いている。
絡み合った視線を外す。
スカリエッティの目が俺の視線を追って、レイジングハートの軌跡を追い。
その一瞬。
俺は姿勢を保ったまま、肩から先だけを動かしてホルスターからM8357を抜き放ち、その動きで生じたモーメントを利用して身体を傾け、目指す位置に銃口を移動させて、引金を引いた。おそらく反射的に、シールドなり張ろうとしたのだろう、デバイスを嵌めた片手を上げかけた姿勢で、スカリエッティは吹き飛んだ。
引金を引くと同時に、秒速400mを超える速度で撃ち出される質量弾と、魔法陣を展開して目視可能な速度で発射される魔力弾では、この近距離でも、対応までの猶予時間が0.00秒単位で違う。それだけ違えば、魔法と勘違いして対応しようとする相手に、ダブルタップで叩き込むには十分だ。その勘違いを誘うための同一の外見、魔法での初撃。
そしてガジェットの隙間を縫ってスカリエッティまで射線が通る位置の割り出しは、レイジングハートがやってくれた。弾かれたわけでも、無造作に手を離したわけでもないのだ。
「……へ?」
間抜けな声を漏らすクアットロを無視して飛び起き、コートを翻しながら、ヴィヴィオに向き直る。手には、コートが翻った瞬間に合わせ目から手を入れて抜き取った呪符と標。ヴィヴィオが我に返る前に、俺は呪符を宙に放ち、標を飛ばした。
「くっ!」
辛うじてシールドを張るヴィヴィオ。その輝く虹色を無視して標は飛び、呪符をヴィヴィオの四方の床に縫いとめた。
そして俺は、撃った直後に宙に投げ上げて、今、目の前に落ちてきたM8357を無造作に掴み取ると、腰の後ろのホルスターに戻す。
「……え?」
狙われたと思ったら、その攻撃が全て自分から外れたことに、肩透かしをくって唖然とした表情をさらすヴィヴィオ。戦場ではその一瞬が命取りだ、なんて言葉が頭をかすめるが、
「一瞬どころじゃないか……」
思わずつぶやきが漏れる。力があるだけでは勝てない。経験のない子供にいくら力を与えても、よほど上手い指示を逐一だしてやらなければ、役には立たんのだよ、スカリエッティ。
いまだ動きを起こさないヴィヴィオを尻目に、複数の片手印を連続して組み、口を開く。放つは力ある言葉。科学を超えた未知の領域に呼びかける言葉。かつて人々は、それを神秘と呼び、異能と呼んで恐れた。魔法でさえ科学で実現しているこの世界でも、その力が働くのは皮肉なのか、当然なのか。
いまさら、ヴィヴィオが動きを起こしている。魔力球でも精製しようとしているのだろう。可愛らしい顔に恐怖と焦燥を浮かべて、何度も同じ仕草を繰り返す。何度も同じ言葉を繰り返す。しかし、虹色の輝きが灯ることはない。
「なんで……なんで……」
泣きそうな声で、ヴィヴィオがつぶやく。無理矢理身体を成長させられ、精神をゆがめられても本質は子供。予想外の事態、得たと思った力が、手の平から霧散してしまえば、こんなものだ。
ヴィヴィオよ、お前のいまいるそこは、すでに現実じゃない。四方にそれぞれの方位を司る四大明王の護符をうち、四大明王の印を組み上げた時点で、呪符に囲まれたそこは異界。半ば、幽世(かくりよ)となった。一切の力も法則も働かない世界。ただ超常の存在の理法だけが支配する世界。
現段階では、ごくごく簡易な結界だ。下位の妖異でも見習の術者でも抜け出せるような。だが、自分の得た力に固執し、そこから動かないならば、お前に為すすべはない。位相をずらすなどという、魔法の結界とは本質的に違うんだよ。
そして、その簡易な結界は、この呪をもって強固にして明確な異界へと変貌する。
「諸天諸尊を伏し拝む! 五大明王に帰命し奉る! 歪みたる者を縛し給え! ナウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン! 」
素早く五大明王筆頭、中央を司る不動明王の印を切る。
「縛! オン・トライローキャヴィジャヤ、オン・クンダリー、オン・ヤマーンタカ、オン・ヴァジラヤクシャ! 五大明王のご尊名の下、汝、理を外れたる者よ! 動くことを禁ず喋ることを禁ず、縛!」
最後にもう一度不動明王の印を切ると、ヴィヴィオの身体が硬直した。現世(うつしよ)から隔離し、幽世(かくりよ)と化した空間内で、五大明王の力で縛ったから、動くことはできまい。俺の扱える範囲では、最上級の術のひとつだ。その分、呪文は長いし成功率は7割を超えないが、今回はうまくいってくれた。
動けないヴィヴィオに向かって歩み寄る。クアットロがなにやらわめいているが無視してヴィヴィオに向かい、……いまさら襲い掛かってきた残りのガジェット群に、ちらりと目をやる。
「九天応元雷声普化天尊のお側まで奏上仕る。我は雷公の気勢、雷母の威声を受け、五行六甲の兵を成し百邪を斬断し、万精を駆逐せんと願うものなり。御心に縋り、願い奉る。雷部の威徳を下界に顕さしめたまえ。招雷招雷、伏して願い奉る」
殆ど呟くような呪言が終わると共に、部屋全体が強烈な光で漂白した。人間の可聴領域を遥かに超えた大音響が生じたことを理解できた者がいただろうか。相変わらず、道教の諸神は派手好きだ。
光がひいたあと、粉々になった、かつてガジェットだったものが転がる部屋に、ただ2人、立つ存在。その一方がもう一方に歩み寄る。動かない一方ははっきりと恐怖に顔を染め、傍目にもわかるほどガタガタと震えている。
ヴィヴィオの前に立ち、そっとその胸に手をあてる。俺を見るヴィヴィオの目が恐怖に染まっている。
可哀想にな。
ふと浮かんだ感傷は泡のように消え、俺は呪を紡いだ。
「エーカーダジャムカ。オン・ロケイジンバラ・キリク・ソワカ。いとも慈悲深き十一面観音菩薩よ。乞い願わくば、除災除疫、聖天調和の功徳を、この者に垂れたまえ。哀れな命にお慈悲もて救いを賜らんことを。オン」
パキン、と音がした。あるいは俺の霊感が拾った響きだったのかもしれない。
ヴィヴィオの身体が柔らかく穏やかな光につつまれ、その胸部から赤い玉-レリックがゆっくりと押し出されてくる。レリックが完全に押し出された途端、ヴィヴィオの身体がみるみる縮んでいく。身体を包んでいた光が消え去り、元の10歳にもならない身体になって、ぐらりと倒れ掛かるヴィヴィオ。
いままでこの子を縛っていた呪は、「理に外れた存在」を対象にしていた。彼女を無理に成長させ、不自然な力の増幅をさせていたレリックを取り出した以上、ヴィヴィオは「理に従っている存在」に戻り、呪の対象から外れる。縛っていた「力」が効かなくなれば、倒れるのが道理だ。
小さい体をできるだけ優しく受け止め、
「ガッ……! ゴッ…バハアッ……!」
背後であがった声を無視して、静かに床に寝かせてやる。そっと頬に手を触れる。完全に気絶しているな……子供にはきつい体験だったろう、いまは休め。
<……聖王陛下の反応をロストしました。艦内全ての魔力リンクをキャンセルします……>
流れる放送を無視して俺は立ち上がり、後ろを振り向きながら、今度は太腿に巻いていたホルスターから大型のリボルバーを抜き取った。
振り返った俺が見たのは、床に四つん這いになり、口元から涎と血泡を垂らしながら、見開いた目を血走らせ震える身体に力を入れて立ち上がろうとしているスカリエッティだった。
あたった位置からすれば、間違いなく致命傷だが。バリアジャケットなり強化服なりに阻まれたか。高性能なことだ。思いながらも俺はリボルバーを構え、切られた腕で支えると全身に霊力を回して肉体を強化し、スカリエッティがデバイスを着けているほうの腕目掛けて一発撃ち放った。
轟音。
「ゴアアアアッ……!!」
吠えるような悲鳴をあげながら、身体をひねるように仰け反る、いや着弾の衝撃で仰け反らされたスカリエッティ。その大きくさらされた背中の肩甲骨の間あたりを狙い、次弾を撃ち込む。
「ヴァッ!」
悲鳴と言うより胸から無理に押し出された空気を吐いて、スカリエッティは再度、吹き飛んだ。
スタームルガー・スーパーレッドホーク。
全長330mm、重量約1.5kg、装弾数6発。最強の拳銃としては、デザートイーグルが名高いが、俺は拳銃の決め手にはこっちを扱う。理由は単純、デザートイーグルは図体がでかすぎて、俺には機敏に扱えないからだ。携帯や取り回しのときに制約がかかる。霊力で身体強化して、俺に扱えるギリギリ上限が、このスーパーレッドホークってワケだ。それでも、連射すれば、手がしびれて、握力もかなり下がるから、使いどころが難しいが。
だが、バリアジャケット越しだろうと、こいつを胴体に食らって、人間が生き残れるとは思えん。弾丸は.454カスール弾ホローポイント仕様。発射時の保持エネルギー約260kgmを、効率良く対象に伝える。
さっき撃ったM8357とSIG.357弾の組み合わせでさえ、防護服が相当優れていても、並みの精神力では意識を飛ばす。それでも立ち上がろうとしたスカリエッティの芯の強さには敬服するが、精神力だけではどうにもならん。
俺は、スーパーレッドホークを太腿のホルダーに戻しながら、宙に浮いているウィンドウに向かって歩み寄った。ウィンドウでは、クアットロが目を見開いて絶句している。
「さて、あとはお前だけだな」
俺の言葉に我を取り戻したのか、ビクンと大きく震えて、すぐにクアットロは表情を不敵な笑みの形に繕った。その口元が引き攣っていることはいちいち指摘しない。面倒だ。
「あら~、随分自信がおありのようですけどぉ、いったいどうやってここまでおいでになるおつもりでぇ~? 艦内ではもう一切魔法は使えませんし~? だいたい、わたしがどこにいるかもおわかりにならないのにぃ?」
「そんなことは問題にならん。お前がどこにいようと、間になにがあろうとな」
あっさり返した言葉に、クアットロの顔が完全に引き攣った。
「へ、へえ~? 随分な自信ですわね~。で、ですが、過ぎたる自信は身を滅ぼしますわよぉ。身の程をお知りになったほうがよろしいんではぁ?」
それでも、なお虚勢を張れるのは、ある意味立派なものだ。だが、それは自分の首を締め上げていくだけだ。俺が会話を交わす意図を探る余裕がすでにないのだろうな。
ウィンドウが宙に浮かび、そこにクアットロの姿が映り、互いの姿を認識できる。言葉もロスタイムなしに、直接交わせる。それは、俺のいる場所とクアットロのいる場所が、霊的観念から言えば“繋がっている”ことを意味する。奴は俺の視界に入るべきではなかったのだ。
「お前おぼえてるか?」
「……なにがですかぁ?」
嫌味っぽい言葉遣いは辛うじて維持しているが、ところどころで声が震えたり、裏返ったりしたら意味ないと思うがな。
「俺のコールサイン。スカリエッティが演説で言ってたろ?」
「あ、ああ、ルシファーとかいう、あなたの出身世界の魔王でしたねぇ。まったく自分でそんな名前を名乗るなんて、恥知らずと言うか厚顔というかぁ……」
「魔王以外の意味も言ったろ。夜明けを告げる明けの明星。金星、いや太白星って俺の世界で呼ばれてる星だ。ちなみに、太白星は、命を奪う神でもある」
「……それがどうかしましたのぉ? 多寡の知れた管理外世界の惑星や神話なんかにー、わたしの興味を割く必要があるとでもー?」
言葉を遮られて、こめかみを引き攣らせながらも、なおも会話を続けるクアットロ。余裕を示したいのか自己顕示欲が強いのか、いずれにせよ、それがお前の敗因だ。
「いや、それをはっきり認識しといてくれればいいんだ。俺は明けの明星。死を与える太白星の化身なんだってな」
「はぁ? なにを……」
クアットロの返事を俺は聞かなかった。仕込みは済んだのだから。
「泰山府君に申し上げる!」
高らかに俺は唱えた。
「我、御身に乞い願う。この一瞬に太白星の化身、歳殺神の御名と御力、その片鱗をお借りすることを許したまえ!」
虚を突かれて、そこまで唖然と俺の言葉を聞いていたクアットロが、危険を感じたのか、顔を強張らせ、なにか動きをとろうとした。しかし、もう遅い。
至近距離で俺の瞳を見ていたクアットロの身体に、既に自由はない。霊力を込めた瞳というのは、それだけで、ある程度の呪縛や精神操作の力がある。俺程度の使い手なら、意志を強く持てば振り切れるが、既に恐慌寸前のクアットロには無理だ。
「殺(シャア)! 我は太白星! 我は太白星の化身、歳殺神! その名と力のもと、汝に死を下す! 死せよ、クアットロ!!」
恐怖の表情のまま、俺の目から視線を外せずにいたクアットロの顔が凍った。ゆっくりと瞳が裏返り、白目をむく。そして身体を棒のように硬直させたまま、支えを外されたように後ろに倒れていき、ウィンドウから消えた。直後に重いものがぶつかる音がウィンドウからしたが、俺は聞いていなかった。
膝に手を置いて、激しく肩で息をする。こめかみから汗が滴り落ちた。
本来なら今のような高度な術は、俺に使えるものじゃない。いくつかの要因が重なって、クアットロには効いたが、俺の精神力もごっそり削られた。まあ、使えただけで奇跡的なことだ。クアットロも昏倒程度で死んでいない可能性もある。
術自体は、殺気と滅びを司る金星の化身たる神、歳殺神の力を借りて、他者を呪殺するものだ。通常、相手の身体の一部などの触媒やいくつかの術具を用いて、呪をかける相手に焦点を定め、呪いを増幅して放つ。
今回の場合、俺はクアットロの瞳を覗き込むことで、焦点を定めた。そして、クアットロの名を呼んだ瞬間、瞳を通して、全力で死のイメージをクアットロの精神に叩きこんだ。イメージと言っても、霊力で精密に練り上げた死のイメージだ。クアットロの身体と心は、実際の死そのものを、現実以上の臨場感で感じただろう。これで精神死、うまくいけば、身体も自分が死んだと錯覚して機能を止める。
実は、俺の術の腕の関係で、そちらのほうが効果の主力で、本来主力のはずの呪のほうはブースト程度の効果になった。それでも、直前の会話で、俺のコールサインが金星を意味すること、金星が死を司る神であることを教えたから、類感呪術が発生して、かなり強力に死のイメージを増幅できたと思うが、正直、成果はわからん。まあ、あの感じでは、最低でも当分は行動不能だろう。
調息を用いて、なんとか息を整え終わった俺は、多少ふらついたりしながら、部屋の壁際に転がっているスカリエッティの身体の方に歩いていった。
「……生きてる上に意識まであるのか。たいしたもんだ」
呆れ混じりの俺の声に、スカリエッティは薄い笑みを浮かべると、口を開いた。
「君に……失望され…たくは……ないからね」
俺は、ざっとスカリエッティの身体に目を走らせた。
右腕はちぎれかけなのか、大量の血が袖口から流れ出し続けてる。胸にも血の染み。口元には血泡。ときどき、妙な呼吸音がする。折れた肋骨が肺に刺さったか。多分、それだけじゃなく、内臓に相当深刻なダメージがあるだろう。
「痛くはないのか?」
「幸い……と言うべきかね」
声を上げて笑おうとして、激しく咽るスカリエッティ。間抜けめ。
しかし、この状態で痛みがないとすると。
「ほっとけば、長くないな」
「………そう…ゴフッ、だ………ね」
わずかに沈黙が流れる。
先に口を開いたのはスカリエッティだった。
「私は……君に…………満足してもら……える戦い……が…………でき……た…かい?」
「……あまり未練もなさそうだな」
かろうじて俺が口にできたのは、そんな愚にもつかない言葉だった。
「ああ……、君が……いるからね。……あとは君に任せて……私は……休ませてもらうよ」
穏やかな声だった。
「私は……なにかを為すために……生みだされたことを否定する。……私は生きること……を自ら選んで……生きたのだ。私の……望みも……私の行為……も、私の死も……。全ては……私が……私を縛る生まれの縛鎖を……砕いた決意に……付随するもの……に過ぎない。
君と全てを賭けて……戦うことを決めた……時点で、私は……死んだのだ。もう生き延びる……つもりはなかった。……ただ、戦いの結果、……生き残ったなら……、勝者の義務として……新たな生の産声をあげ、……新たな生を刻みはじめる……だけだった。
そして……私は負けた。……ならば、あとは……君に託そう……。託して……死者は死者として……眠ろう。……厭いながらも……憧れていた……安息のなかに……たゆたおう」
「……勝手に押し付けるな。俺はそんなものを背負う気はない」
「……おや? なにを……言ってるんだい? 当然の……ことだろう? 私が死ねば……君が、君が死ねば私が……」
「わけのわからないことを言うな。そんなものは俺は知らん。俺は、やらなければならないことをやるだけだ」
「君は……」
スカリエッティは、寝転がったまま、眼を見開いてまじまじと俺の目を見た。
「……ふふふ、そうか、……そうだったのか。
……直視する……ことから……逃げているのだね……。それゆえの強さ……それゆえの……思い切りの良さ……。君といえども……いや、戦い……続けてきた……君だからこそ……殻のなかの……本質は柔らかい……ままなのか……」
「…なにを言っている?」
「ああ、君は……優しすぎる。
私は生まれながら……の異端だが、……君は異端と……呼ばれつづけることで、……異端と化したのだね。……孤独に泣きながら……天から堕ち……望まぬ道を……歩み始めたのだね。……そうか、……そうだったのか」
そう。彼女は同類であったが、しかし同種ではなかったではないか。
自分はなにを、思い込みと重荷を、彼女にかぶせようとしていたのだろう。
だがそれでも、彼女を想い、彼女と競い合った刻は、自分にとって何物にも替えがたいものだった。
一度だけ目を伏せ、そして開く。
彼らしい、狂気と嘲りの入り混じる色が目に蘇る。
求めたものは得られたのだ。ならばそれを胸に抱き、彼女のために、残ったわずかな刻を捧げよう。
「わからない……かい?
ならば、……私をその銃で……撃ちたまえ。そうすれば、……君は……再び独り……になる。孤独に……なれば、君も……自分の居場所に……気づくだろう。……自分の在り方に気づく……だろう。
君はもう、解放されて……よいのだよ。ひとときと……言えども……我が妹ならざる存在であった……君よ」
戸惑いと狂熱の入り混じる沈黙が流れる。スカリエッティは、うわ言のように続けた。
「ただ……、叶うなら。ときには……思い出してほしい。……私のことを。
君が覚えて……いてくれるなら。……たまにでも……思い出してくれるなら……、もう……それでいい。…………世界へ自分を刻む……ことも、未来から……称揚される……ことも、必要ない。……ただ、……君だけが覚えていて……くれるなら。……全て満たされる」
心に残るなら、それでいい。
誰の上にも夜は訪れる。ならば、私は、君を安らがせる闇となりたい。穏やかな安息をもたらす夜となりたい。これから独りとなる君のために。
この身と魂の総てを君に捧げようー。
言葉につまる俺を見て、スカリエッティは、また話題を変えた。奴の命の砂時計は刻々と流れ落ち、もうわずかも残っていない。そのほんのわずかな時間を、奴は俺への言葉に全て注ぎ込もうとしていた。
「先ほど、……「器」にしたの…は………いったい、…なん、だ…い?」
「…陰陽術という。人の理解、科学の理解を超えた領域にある超常存在の力を借り、世界の法則の乱れを正し、万象を本来のかたちへと整えるための技だ」
そこに情や感傷の入る余地はない。すべては森羅万象をあるべき姿に保つために。その前には、人間の存在など木っ端のようなものだ。俺がどう思おうと、なにを感じようと、それは逃れられない世界の在りようだ。
スカリエッティは、俺の言葉になにも返さなかった。沈黙が満ちる。その重さがのしかかるようで、俺は……
「「ヒトは……自分の意志で……「人」になる」
不意にスカリエッティが口を開いた。冷静沈着な科学者の声で。
「「生まれの違い……など……些細なことだ。……全てはそいつの……意思次第だ」。
……そう言ってのけた……のは、……君自身だ」
スカリエッティの声は静かだったが、俺は、その中に含まれた哀しみと怒りを感じとった。
「生命には……無限の可能性が……ある。……特に……人間の秘めた……可能性は……素晴らしい。……だからこそ、私は……その研究に……身命を賭した。
……私は、君の言う「理」への反逆者。……定めと呼ばれるものに……異を唱え、……可能性を追求するために……反逆した魔王。
君ほどの存在が、……あらゆる理不尽を……踏み潰し、……敵対するもの、邪魔するものを……あらゆる手段で……排除してきた君が、……魔王を自ら名乗る……君が。
……なぜ、そんなものに縛られ、……自分の意を曲げるのか……よく……わからない……、私に……は関係が……ない。
私には……私の知る君だけが……全てだから。理だの使命だの……、無粋なものの……ない君が」
「なにを…………」
「恋という……感情なのかも…しれないね。……あの日以来、…私は…君に、焦がれていた。使命も何もなく……ただ……己の生命を……ひたすらに……燃やそうと……する君に」
「………………………………趣味の悪い男だな」
「そう…かな。…私にしては………数少ない……常識的な……感性だと……思うよ」
「…………俺はナルシストは趣味じゃない」
「くく、やはり君は……手厳しい……」
「遺言はあるか」
「局員が……捕えられる……相手を……殺害……するのかい」
「……これ以上飼い殺しにされたいか?」
スカリエッティが大きく眼を見開いた。死の縁にあって、なお他者と一線を画す光を宿す目が剥き出される。
その驚きようをみる限り、俺の言葉に含まれた意味と感情を、十二分に掬いとったようだった。
「…………もしかして…今のは……私に言ってくれたのかな?」
「ああ」
「…そうか」
スカリエッティは、柔らかく幸せそうに微笑んだ。……なんのしがらみもない、ただのひとのように。
「なら、……それで十分だよ。……十分だ」
「……そうか」
静かに俺はM8357を抜いた。銃口をスカリエッティの額に向ける。視線が交わる。穏やかに微笑む瞳が俺を見つめている。
なにかが俺の心の中で波打っている。なにかが俺の心のなかで叫んでいる。その言葉に耳をふさぎ、なぜか震えようとする腕を押さえ込む。そして、俺は。スカリエッティの瞳を見つめたまま、引金を引いた。
銃声が虚ろに鳴り響き。
はかなく硝煙が薫り。
……それから、全てが消え去った。
■■後書き■■
鏡に映った自分に引金を引く。