「なにを馬鹿なことを言っておるのだ、この小娘は!」
聖王教会本堂の一室に怒号が響いた。
「治安を取り戻すための決起だと! 要はクーデターではないか!? くそっ、地上部隊を唆して権力を握るつもりか、管理外世界の小娘が!」
その部屋に集まって一部始終を壁面モニターで見ていた各世界代表と、教会の上層部の人間達は一言も発しない。その男一人だけが喋り続ける。
「こうしてはおられん! 万が一にも本局が敗れるとは思わんが、身内の裏切りほど危険なものはない。我々も即刻、自世界の軍を召集して、事態に備えるべきだ。なにをしておられる、皆さん。次元世界の一大事ですぞ!」
その声に反応するものはいない。重苦しい沈黙が静かに垂れ込めている。
男は、両手を広げた。
「どうなさったのだ? なにを考えておられる? クーデターが万一成功しては、我らの世界は危険にさらされるのですぞ。躊躇している暇はない!」
「……果たしてそうですかな?」
力強い男の言葉に、陰鬱な声が返った。発言した痩せぎすの男は、半ば俯いたまま、ぼそぼそと続ける。
「さきほどの高町空佐の告発が事実ならば、本局こそが諸悪の根源。我々のいた地上本部を襲った戦闘機人たちも、本局の支配下。本局は関係を否定するようなことを言っていたが、どこまで信じてよいものか。本局こそが、我々を抹殺しようとした、と考えるのが自然な状態ではないですかな?」
「はっ、馬鹿馬鹿しい!」
陰鬱な言葉を、男は力強く断ち切った。
「我々を抹殺してどうするというのだ。全管理世界に宣戦布告して、統一戦争でも仕掛けると? いまでさえ人手不足の管理局が! あれは、奴の言葉通り、犯罪者の暴走……」
「少なくとも、予算上の制約は格段に緩くなりますな。管理局の意を通すのも、なにかにつけて楽になる」
別の男がつぶやいた。中道派のまとめ役的な世界の代表だ。本局が中道派諸世界に対し、かなり熾烈な取り込み交渉を仕掛けていたのは事実らしいな。部屋の隅に座っていた男は思った。
男は、親管理局派のなかでもやや中道よりであり、「陸」との関係を近年になって急速に深めてきた、決して大きな政治力はもたないが、それなりに尊重されている世界の代表だった。
男は回想する。
彼の脳裏には、管理局地上本部ビルを離れる前に、囁かれた言葉が回っていた。
(この襲撃、地上本部の権威を貶めるのに、絶好のタイミングだと思いませんか。あれだけの戦力があれば、本局に襲撃をかけても一定の成果は得られたでしょうに。いや、むしろ、本局のほうが、内部に侵入されたときの対策は弱い。電子戦のプロがいるなら、なおさらです。次元航行艦も緊急出撃命令が出て、出航までに30分はかかる。なのに、なぜ管理局の中枢にして権威の象徴たる本局を狙わずに、本流からはじかれている地上本部を狙ったのでしょうか?
不思議だと思いませんか?)
思わない、彼は答えた。たかがテロリストが、次元宇宙に浮かぶ管理局本局に襲撃をかけられるわけが無い、と。
(そうですね。そして、貴方は昨日まで、いえ、ほんの数時間前まで、こうも思っていたはずです。たかがテロリストが、管理局の地上本部ビルに襲撃をかけられるわけが無い、と)
彼は沈黙した。相手は謳うように言葉を続けた。
(次元航行する能力が無い? いえいえ、彼はジェイル・スカリエッティ。人造魔道師と戦闘機人の製造に成功した天才技術者。畑違いとはいえ、次元航行艦を造る程度、彼には造作も無いことです。あの数のAMFを発生する戦闘機械。いったい誰が製造したと思っておられるのですか?
資金が無い? 彼は何十年も違法研究を続けています。管理局の手を逃れながら。ただの一度も捕らえられずに。その莫大な研究資金は、どこから調達し続けてきたのでしょう。そして、小さなフネ一隻造るだけの資金が、10体もの、完全に稼動する戦闘機人を製造する資金よりも遥かに高いとでも? 衛星軌道にある「天照」を破壊するだけの兵器を、造る時間も材料も技術もあるのに?)
そして、相手は、ファウストを誘惑するメフィストフェレスさながらの声で囁いた。
(本局とつながりがあるのですよ、ジェイル・スカリエッティは。それも上層部と。
だから彼は捕まったことが無い。だから彼は資金難に陥ったことが無い。だから彼は今回、地上本部を襲撃した。地上本部の権威を傷つけ、本局の支配下に収める為に。
不思議に思いませんか? 戦闘機人を作ったとして、彼はどこに売るつもりなのだろうと。
どこかの次元世界ですか? 露見したら管理局に攻め滅ぼされかねないのに? 戦闘機人などといっても、所詮は戦場で活躍する程度の力しかありません。戦闘機人が100体いたら、放たれるアルカンシェルを防げると? 本局の艦隊が、どれだけの威力の魔導兵器をどれだけ保持しているか、ご存知ですか? アルカンシェル一発で世界をひとつ滅ぼせます。本局は、一体いくつの次元世界を滅ぼせるだけの軍備を整えているのでしょうね?)
冷たい汗をかいて、言葉も出ない彼を、さらに追いつめていく言葉の連なり。
(ですが、次元世界を完全に支配するには、天空に君臨しているだけでは難しい。各世界に目を光らせ、不穏な芽を叩き潰すための存在が必要です。そう、たとえば、執務官のような。
ですが、執務官の数は決して多くない。高ランクの魔導師が多くないからです。
ですが。
ですが、もし。
戦闘機人が本局に配備されるとしたら。
ご覧になったあの単体戦闘力、スタンド・アローンの活動も多い執務官にぴったりだと思いませんか? 難解な法知識も製造段階で刷り込める。なにより彼らは、AMF下でもその能力を低下させない。
さて、次元世界に、AMF下で十分な活動ができる武装組織はどれくらいあるのでしょうね? 例えば、貴方の世界の軍などはどうですか?
AMF下で。今日ご覧になったような戦闘機人たち相手に。確実に勝利することがお出来になりますか? 10体に満たない戦闘機人相手に、管理局の地上本部は小さからぬ被害を受けました。
もし、100体の戦闘機人が、次元航行艦とともに貴世界に迫ったとしたら。貴世界はどんな対応をお取りになりますか?)
男は、その言葉を聞いたときの感覚を思い出して、背筋に再び冷たいものが走るのを止められなかった。
数年前、まだそれほど地上本部とのパイプがなかったころに、密かに彼の世界に接触してきた少女が言ったという言葉を思い出す。
(「ただ、我々、若手士官の間では、「空」「陸」を問わず、上層部や、管理局の顔とも言える次元航行艦隊のふるまいに、疑問をもつ者が増えてきている。それだけのことでしてね」)
彼女は、いまやエース・オブ・エースと呼ばれ、彼女の主導する訓練方式の改革や多くの大事件での活躍で、管理局でも英雄視されている。そして、今回の告発者。その彼女が、数年前から感じていた懸念。それが、姿を現わしつつあるのか。
彼は、自分の知る知識をもとに想像をめぐらし推測し検討して、そして、自分自身に足をとられようとしていた。
(もし、管理局の主流派が、次元世界の完全な再統一をもくろんでいるとしたら……)
そして、その戦力整備のために戦闘機人技術に目をつけていたとしたら。もし、地上戦を見据えて、次元世界でもその仲の悪さが公然の秘密である地上本部を、自派に組み込もうと考えたなら。確かに線はつながる。納得がいく。
男が思考に浸っている間に、議論は、「夜天の王」の発言と、それに対する聖王教会の見解の確認に移っていた。
「市街戦に発展する事態そのものは、我々も可能性の一つとして考えていました。しかし、それが現実になるとは信じたくなかったのです」
「それは無論、一般市民に大きな被害が出るような事態は、我々も想定したくはないが、しかしですな……」
「いいえ。
問題なのは、市街戦にまで持ち込んで、誰が得をするのか、ということです。ジェイル・スカリエッティは確かに重犯罪者ですが、自発的にテロ行為をおこしたことは今までありませんでした。その彼が管理局の重要施設を先制攻撃し、それに失敗すると市街戦を展開した。
管理局への攻撃はまだわかります。
でも、市街戦に持ち込む必要がどこにあるでしょう? 戦術的撹乱ですか? いえ、そもそも、どうやって市街戦に持ち込めたのです? 厳重な警戒網を抜け、監視網を抜けて。地上本部ビルへの襲撃もそうです。……そして、高町一佐がおっしゃった、機動六課隊舎の襲撃もそうです。
内通者がいると考えるのが、自然でしょう。
そしてその場合、その内通者の利益はどこにあるとお考えになりますか?
それなりの高位になければ、クラナガンの警戒網や監視網を、一時的にでも無効化するのは不可能です。そして、そのような高位にいる方が、自分の所属する組織の権威に傷がつくことを喜ぶでしょうか?」
「犯罪者の考えることなど、想像しても無駄でしょう。はした金で釣られたといった程度に過ぎんと思いますが」
「たしかにご指摘の可能性はあります。
ただ、私共は、ほかの情報と組み合わせ、もう一つの可能性について、検討していました。
被害が仮に地上本部にのみ集中し、本局の動きが遅いかなんらかの非効率な動きが見られた場合。この場合、内通者は本局におり、その利益は地上本部のそれとは異なる、と。
はっきり言えば、地上部門を完全に自派の傘下に収める為の策謀ではないか、という可能性です。
そして、被害は「陸」に集中し。本局は事前に派遣した警備のための部隊以外、一切の戦力を増派しなかった。一部の局員たちが起こそうとした、緊急派遣の動きは抑えこまれました。次元航行艦で上空から監視、必要に応じて戦力を投入するという案が、艦隊司令部に提出されましたが、却下され、提案した将官は軟禁に近い状態に置かれました。
いかに関係が険悪とはいえ、同じ組織の重要部門が大規模な襲撃を受けているのに、この動き。
これがサポタージュ以外のなんだというのです?」
明確な根拠も示せず論理立てて主張もできず。ただ、いたずらに教会に反駁する者たち。
おそらく、彼らも深く考えて教会と意見を対立させているわけではないだろう。ただ、物心ついたときには既に確立していた秩序と権威、そしてこれまで、それに従うことで利益を確保してきた身からすれば、あとで管理局に追求されるような言動はしたくないのだ。
時代の潮の変わり目の、まさに只中にいるのに、気付いていないのか、目を覆っているのか。いずれにしても、滑稽な姿だ。政治家たるもの、いついかなる状況下でも、最大の利益を希求すべきだろうに、ただ、旧い体制にしがみつくことでしか利益確保を図れないとは。なまじ、これまで大きな利を得てきた反動だろう。終わりつつある時代を認識しても、未練が捨てきれない。
自分も気をつけねばな、と彼は自戒した。昨日の勝者が今日の敗者になるように、今日の勝ち馬が明日も先頭にいるとは限らないのだ。
徐々に聖王教会側の主張が優位になっていく議論をみながら、男は、さらに思考をすすめていた。
議論にもはや興味は無い。実際がどうかは知らないが、本局と地上本部、そしてジェイル・スカリエッティと高町一佐の表面上の言葉や行動は、全て一つの状況を指し示す。結果のわかっている議論に割く意識はない。むしろ、状況が一つの結論へとつながろうとする動きが鮮やかすぎることが、男に警戒心を抱かせていた。ところどころ、推測で埋めているが、ピースが揃いすぎているのだ。そして、反対方向を指すピースが、ほとんど出てこない。
まあ、それは、地上本部台頭前の管理局、ひいては本局にはよくあった、機密保持という名の、情報の囲い込みの姿勢から考えれば、むしろ自然なことではあるのだが……。
(一流の詐欺師は99まで真実を語りながら、1つの点でだけ嘘をつくという……。)
それに、男は仕事柄、嘘はつかなくても、物事を見る主観をすり替え、表現を工夫することで、聞き手を幻惑させる話術についての知識と経験があった。さきほどの高町一佐の演説で、その手法がさりげなく使われたことも気づいていた。
まあ、それ自体は問題ない。知っている人間は知っている、只の技術だ。知っているなら、それを使って、叶う限り、自身の言葉の影響を高めたいと思うのは、当然のことだろう。ただ、引き起こされる結果が問題だ。さらに言えば、そういう手管を使う以上、地上本部側にも、なんらかの後ろ暗いことがあるのではないかという想像は、たやすく思いつく。
しかしながら、この場合。
(この場合だと……彼らの言うことが真実か嘘かはあまり意味をなさん。)
賽は投げられてしまったのだ。そして状況は怒涛のようにいまも進み続け、次元世界の民衆は未曾有の事態に混乱を増していくだろう。それは、彼にとっても望ましい事態ではない。
勝った者が歴史をつくる、という言葉を、彼はあまり好まなかったが、現在の状況下では、先手を打って状況を主導したほうが有利であり、理屈はあとからついてくることを、彼はその政治経験から理解していた。
(踊らされるようで面白くは無いが。)
とはいえ、自世界の利益が最優先だ。相手がなにを望んでいるのかわからないことと、強大な戦力の保有者が入れ替わることが不安材料だが、聖王教会でも屈指の政治力を持ち、清廉な人柄でも知られるカリム・グラシアが、この事態に関わっているらしいことが、わずかに不安を和らげる。
権力を握った途端、豹変する人間はめずらしくないが、さすがに聖王教会が主導して統一戦争をはじめるのは、現在の次元世界の状況では無理があるだろう。管理局並みの影響力を発揮することさえ、難しかろう。どうしても、各世界の力が従来より増すことになる。
だとすれば、自世界にとっては、最悪でも今までとさほど変わりの無い状況が継続することになる、と男は読んだ。
管理局に不満があっても、現在の平和を守っているのが管理局だという認識は根強い。今回のゴタゴタで、その認識は大きなダメージを受けることになるが、そこに滑りこむように、聖王教会と管理局の「良識派」が入り込めば、おそらくは、民心の動揺は最小限で済む。宣伝の仕方によっては、英雄の誕生として、却って熱狂的支持が生じることもありうるだろう。
民意というモノは、政治家にとっては無視できない要素だ。それが制御から外れるようなら、なおさら、その流れへの対応には注意を要する。だが、制御できないほど大きなエネルギーというのは、うまく対処できれば、大きな利を生み出すこともあるのだ。
彼がある程度、思考をまとめおわったころ、議論もほぼ、終息していた。
いまは、カリム・グラシアの、語りかけるような言葉が場に沁みわたっている。
「聖王教会は政治的問題には関わりません。我々はあくまで人々の心を導く道標にすぎず、人々の生き方を定める規律であってはならないのです。
しかしながら、今回の件に関しては、我々の力を用いることを許していただきたいと思います。ご存知の通り、聖王教会は、散逸した古代の遺産の収集・封印もおこなっております。同じことをおこなっていた時空管理局に重大な懸念があることが判明した以上、次元世界の平和を守る一員として、今回の事態を見過ごすわけには参りません。
しかし、私ども単独でことにあたることは、政治的に望ましいことではありません。
皆さん。
各次元世界を代表される皆さん。
皆さんの同意とご協力があれば、そのご意志の下、我々、聖王教会は、混乱の収束までの間、我々にできる最善の努力をおこなうにやぶさかではありません」
彼女はそこで言葉を切って、我々をその、静かな湖面のような瞳で見渡した。
「皆さんの考えをお聞かせください」
そして、彼女は口を閉じた。
列席者達が互いの顔色をさりげなく窺う。議論がどういう結果になろうが、現実として、管理局本局の戦力の強大さは誰もが知っている。迂闊なことは言えない。言えない……が。
(ここで口火を切れば、クーデターが成功した場合、事態後の発言力は飛躍的に増す。)
賭けの要素はある。しかし、ゆりかごとガジェット群を殲滅せしめた地上部隊の手際、管理局に手駒を送り込んでいる教会が揺ぎ無い自信を見せていること。
(なにより、やや劣勢続きだった我が世界の政治的立ち位置を考えると……)
特に優れた産物もなく、ただ外交手腕だけで、辛うじて次元世界のなかで指導的位置の一角を保っている彼の所属世界にとって、これは非常に重要な機会だ。
今年の地上本部の公開意見陳述会に派遣された、各世界の代表は、本局の目をはばかって、高い地位のものはいない。だが、それなりに目端のきく人間達が送り込まれてきている例が多い。彼自身もそうだ。
それは、裏を返せば、彼がここで独断でことを進めても、ある程度の言い逃れはきく、ということだ。問答無用で潰しにかかられる可能性も高いが、その意味でいえば、地上本部の重要な公開会議に出席し、地上部隊に守られて、自治区の聖王教会本堂まで送り届けられ、こんな話題が堂々と話し合われる場に居合わせてしまった時点で、潰される口実には十分だ。ならば、ここは彼にとっても彼の世界にとっても、賭けるべきなのは……。
「我が世界は教会と決起部隊の理念に賛同し、全面的協力を約束する」
彼の発言から数瞬の間が空き、つづけざまに同様の声が上がる。その声はまたたくまに膨れ上がり、あたかも津波のように場の空気を飲み込んで塗りかえた。
「それでは、賛同いただいた皆さんは私とともに、管理局本局へ。事態の推移を見守り、必要に応じ、決起部隊を援護しましょう」
最後の1人が、ためらいながらも、周囲の視線に押されるように賛意を表明するのを静かに待っていたカリム・グラシアは、間をおかず、実務の話に移った。おそらく、はじめから、話をここに誘導することを想定して、様々な準備を整えていたのだろう、そう男は思った。そして、その考えは外れなかった。
「そ、それでは、早速に本国の部隊を呼び寄せねばなりませんな! なに、それほど時間もかかりませんゆえ……」
「いえ、それはご無用に願います」
カリムは、静かに、しかし断固としてその言葉を遮った。
「この件は、管理局の自浄作用によって正されるのが望ましいのです。我々は彼らの行動を支持し、政治的役割を果たすことがあっても、軍事的役割を果たすことはなるべく避けるべきです。各世界がこの内紛に軍事的に関われば、事後の火種になりかねない。ご理解いただけますか?」
「し、しかしだね……」
「中立的立場から、教会騎士団が同行します。また、この混乱を狙って、犯罪組織が活発化しないとも限りません。そのような事態になった場合の、対応準備はしておりますが、各世界から自衛戦力を抽出することはあまり望ましいとは言えないのではないでしょうか」
「ま、まあ、おっしゃることはわからないでもないが……」
「ふむ、だが、危険は危険だ。どうかね、騎士カリム。ここは、いくつかの世界のみが代表として貴殿らに同行し、残る世界は、ここで万が一に備えるというのは? 危険も大きい。志願制にするべきだろう」
男は口を挟んだ。
流れに押されて賛意を表明した世界も少なくないと見て、ゆさぶりをかけに掛かったのだ。参加者が少ないほど、パイの取り分が増えるのは当然。
とはいえ、そうそう、うまく事は運ばなかった。
彼の発言が、却って消極的だった諸世界の代表を刺激してしまったようで、次々と威勢のいい声があがる。
彼は心の中で舌打ちした。だが、2度にわたって口火を切り、問題解決への積極的姿勢を示したことの意義は大きい。今後の立ち回りに注意すれば、事後において、彼の世界は飛躍的に政治的発言力を強化させうるだろう。レジアス中将らとのつながりも有利に働くはずだ。
(まあ、いい。それなりの成果は挙げた。)
あとはクーデター失敗時に、自分が聖王教会に影で脅されていたのだ、とすることで自世界に降りかかりかねない非難を回避する準備をしておくことだ。その場合は、自分の身柄と、本局の尖兵に立つ戦力の供出が必要となるだろう。
その手配さえ終えれば、あとは待つだけだ。すでに彼はコールをかけた。運命と人の意志が混ぜたカードに、彼もひとりの勝負師として挑む。
部屋に静かに、聖女のような声が響いた。
「聖王のご加護のあらんことを」
■■後書き■■
カリムさんは腹黒とは思いませんが、政治に関わる以上、腹芸や話術は一定以上はこなせるだろうと思うのです。え、教会は政治的問題には関わらない? 「問題」には関わらないんじゃないですかね(笑)。あと、外交交渉や軍事的行動は政治に含まないと、教会用語では決まってるとか(爆)。まあ、影響力の強い組織ほど、建前やポーズって重要性が増すと、作者は思ってます。