「それで、そちらの状況は?」
モニタに映るクロノの顔が苦渋に歪む。
「全力で働きかけてはいるんだが……芳しくない。混乱が大きすぎる。感情的反発も少なくない」
「そうか」
「君もいきなりあんな派手な真似をしないで、僕なり母さんなりに話を持ちかけてくれれば、よかったんだが」
「カリムから懸念は伝えられてただろう? 証拠を押さえて、帰ってみれば、武装隊が査察名義で派遣されてくるなんて話になってる。そこまで状況が煮詰まってれば、先手を打つのが必然だ」
「それは……そうかもしれないが……」
さすがのクロノも歯切れが悪い。
クロノからすれば、俺も本局も、これほど急に、これほど過激に、動くとは思わなかったんだろう。だが、俺から見れば、本局の動きは中途半端で甘いことこの上ない。
時間的には、スカリエッティらを完全に押さえて俺が演説を始めるまで、十分な余裕があった。俺なら、その間隙に、部隊を地上に送り込んで、疲弊した本部と各部隊を拘束している。口実はどうとでもなる。先手をとることが重要なのだ。
甘い思考で動く可能性が高いと見込んでいたとはいえ、現実になってみると呆れを覚える。愚昧な保身主義でか、自己の優位の過信か。いずれにせよ、その甘さこそが自らに止めを刺す最後の一手と知れ。
「クロノ。お前のシンパ連中だけでいい、フネから降ろして一箇所に固まらせておけ。非戦闘員を守る陣を引いて、状況の推移を見守れ」
「なにを言ってるんだ?! 局員同士で血を流す状況になりかねないのは、わかってるだろう?!」
クロノの悲鳴にも似た怒声を受け流して、俺は告げた。
「これから、管理局の膿の摘出を行なう。荒っぽい手術になるから、巻きこまれんようにしておけ」
「待て、なのは! 武力に訴えなくとも、あれだけの証拠があれば、僕達の手で……!」
「幸運を祈る」
俺はクロノとのチャンネルを切ると、受信拒否に設定した。
続いて、こちらを見守っていたハヤテに俺は、管理局の一等空佐としての声で告げた。
「聖王教会騎士ハヤテ・ヤガミ・グラシア殿」
はっ、とした表情で、ハヤテが反応する。
「現況を鑑み、現刻をもって貴官の時空管理局への出向解除を、管理局は承認する。聖王教会への復籍手続きを早急に取られたい。なお、これは、時空管理局地上本部レジアス・ゲイズ中将に、事前の許可を得ている人事措置である。
また、あわせて聖王教会騎士団の出動を要請する。目標は時空管理局本局。作戦目的は、同局最高評議会並びにこれに組すると推定される次元航行艦隊司令部の拘束。また、彼らの一派がほかの部署にもいることが想定されるため、本局内全部署の武装解除並びに高官の拘束。
時空管理局の闇を砕くことに、教会の助力を頂きたい」
ハヤテは一瞬息をつめて。すぐ、顔を引き締めて敬礼した。
「教会への復籍指示、了解いたしました。教会騎士団へ至急出動要請を伝えます」
「よろしく頼む」
そこまで終えて、俺はレジアスを振り向いた。
呼応して、レジアスもこちらに視線を寄越して、口を開いた。
「部隊単位で賛同を表明したところは、まだ少ない。
個人、あるいはグループ単位で動くものは、まず、こちらに来るか、連絡を入れるだろう。
編成と送り出しは引き受ける」
俺は頷いた。つまり、送り出されてくる部隊が来るまでの時間稼ぎと、本局内での橋頭堡の確保、送り出されてくる部隊の統制をなんとかしろ、とレジアスは言っているのだ。
俺は、ウィンドウを開いて、機動六課武装隊の待機室につないだ。
「機動六課武装隊一同」
『『『『はっ、はい!』』』』
「貴様たちには、本局制圧のための橋頭堡を、本局内に確保することを命じる。これより可及的速やかに本局内部に転移し、複数の転送ポート並びにその制御装置を確保せよ。確保するポート数並びにその位置は、指揮官に一任する。
また、その際、武力の使用を許可する」
『『『っ!』』』
『同じ局員にですか?!』
騒ぐスバル。じろりと一瞥しておとなしくさせる。
「先ほど全次元世界に告発したように、彼らはすでに次元犯罪容疑者だ。そのように扱え。情に足をとられるな」
『でっ、でも!』
今度はエリオ。キャロはまだ頭がついていっていないようだし、ティアナは言われたことを咀嚼して理解しようとしている。
ため息をついて、俺は逃げ道を提示した。
「心配するな。
実力行使の前に、本局の人員全員が共犯者の疑いを掛けられていることを全周波数帯で告げ、彼らに無条件での投降をうながす。その通告が終わるまでは、時間稼ぎに徹していい。
が、通告後も抵抗の意志を見せる者は、犯罪協力者の可能性が高い。テロ行為に走られる前に、迅速確実に無力化し、捕縛しろ」
息を呑む、エリオ、スバル、キャロ。
「勘違いするな。もう一度言う。彼らは既に法と秩序を守る管理局局員ではなく、次元犯罪者とその協力を疑われる容疑者だ。犯罪者に対して、局員として厳正に対処しろ」
正直、こいつらがこの任をこなすのは精神的に多大な負担だろうが、少しでも揺らぎを押さえる手を打つ。
「ランスター二等陸士」
『っ! はい!』
「改めて、武装隊の暫定指揮官に任じる。貴様の指揮のもと、先の指示を完遂しろ」
『了解しました!』
敬礼するティアナ。精神的に安定し、仲間との絆もしっかりしているコイツなら、覚悟の甘い連中の手綱もうまく取るだろう。
「よろしければ、私も協力しよう」
本局武装隊から出向いてきていた三佐が、声をかけてきた。
「高位の立場にあり、高位の力量を持ちながら、為すべきことを為さず、卑劣な行為に走るとは言語道断。同じ部門の人間として、ひとこと言っておきたい」
俺は、三佐を流し見て、そのクソ真面目な表情を一瞬で観てとり、頷いた。
「すまないが、状況的に貴官に上位指揮権を渡すことはできない。
ランスター陸曹待遇の指揮下に入ってくれ。無論、上申権と抗命権は、軍規に基づく範囲で認める」
「了解した。よろしく頼む、ランスター陸曹待遇」
「……は、はいっ」
ティアナのひきつった顔と声を無視して、俺は続けた。
「貴官の誇りも責任感も、否定する気はないが、第一は時間までの橋頭堡の確実な確保、第二が混乱の拡大を抑えることだ。説教やネゴの優先度は低い。理解して、作戦に従事して欲しい」
「心に留めておく」
言葉を残して、歩いていく三佐。歩きながら、部下達に召集をかけている。これは、手伝いはこなしてくれるだろうが、彼個人は、吶喊しかねないな。ちらりと、開きっぱなしのウィンドウを見ると、ティアナの顔がさらに崩れて、面白いことになっていた。まあ、気持ちはわかるが。
俺の視線に気づいて、すがるような目をして口を開きかけたティアナが言葉を発する前に、俺は
「なにごとも勉強だ。頑張れ」
冷静な表情のまま、サムズアップし、ウィンドウを閉じた。
まあ、ティアナなら、なんとかするだろう。三佐も多少、私情を優先するところはあるが、無能ではないことだし。
そこに、ハヤテが、声をかけてきた。
「聖王教会騎士団は、高町空佐の出動要請を受諾しました。即出撃の見込みです」
「教会の迅速な判断と対応に感謝する」
形式上、一応、敬礼をつけて礼を言う。ハヤテも答礼を返す。
「教会側の指揮官はどなたか? また、騎士団との連携はどのようにとればいい?」
これも形式だが、踏んでおくべき手順だ。責任者がきちんと確認しておかないと、現場が自分の判断で動くしかなくなる。それでは統制が乱れる。
「騎士シグナム・ヤガミが騎士団の指揮をとります。私がその上位指揮官として、管理局部隊との連携指揮にあたらせてもらいます」
「了解した。直接本局に駆けつける局員達は、統制が取れていない状態でバラバラと駆けつける可能性が高い。私もそちらに向かうが、貴官の彼らへの編成権限並びに指揮権を、レジアス・ゲイズ中将及び、私、高町一佐の権限下で承認する。承認データを送るので、確認しておいてくれ」
「了解です」
さて、とりあえずはこんなものか。あとは地上本部の司令部に任せて、俺は前線にいくとしよう。
ポートに向かおうとして、司令所を見渡しながら身を翻し……その途中で、レジアスと目が合った。
親友を失ったことは聞いている。
普段、弱音など吐かないレジアスが、ただ一度、俺の前で零した無念。想いは同じくありながら、共に戦場に立つことは叶わず。ただ、危険な場所へ赴く友を見送るしかできない苦悩。そして、小娘に過ぎない俺を戦闘に駆り立てる自身への憎しみと自嘲。人にはそれぞれの戦場がある、などという、通り一遍のなぐさめではどうにもならない、奴の心で燃え滾る無念。悔恨。
そのとき、レジアスの瞳に見たのと同じモノが、いままた、わずかに瞳に覗いている。
見つめあったのは数秒か、数分か。
レジアスの目が落ち着きはじめ、静かに、諦めと労わりが瞳に浮かび上がった。
そして、レジアスは、ゆっくりと向きを変えて正面に向き直り、俺は、転送ポートに向かう一歩を踏み出した。あえて、敬礼は交わさなかった。俺は、還って来るのだから。強情で傲慢で、そのくせ、情に脆い男の傍らに。
彼女は、醒めた目で周囲を観察していた。
ここは本局の1部署。閑職に近いこの部署でさえ、高町一佐の演説は、激震を引き起こしていた。
「嘘に決まってる! 管理局の上層部が犯罪を犯してるなんて……! 「陸」の陰謀だ!」
「馬鹿言うな! あれだけの証拠があるんだ! 大体、上の連中は、しばらく前からおかしかった! 高町一佐も嘘を吐くような人じゃない! 絶対、なにかあるに決まってる! 俺は「魔王」を信じるぞ!」
口論の中心になっているのは、以前から仲の悪かった係長2人。正直、考え方なんかより、個人的な感情で言い争っているようにしか見えない。
彼女としては、勘弁して欲しいところだった。
高町一佐の演説は、確かに過激なものではあったが、ここ数ヶ月、本局で交わされていた会話が同等以上に過激だったことを知っている彼女には、責める気はおこらない。むしろ、根拠を示している分だけ、納得も理解もできる。
大体、彼女が告発したのは、本局の上層部であって、自分達のような下っ端には触れなかった。常識的に、平が上の指示に従うのも、限定された情報しか与えられないのも、当たり前のことだから、別に疑問には思わない。そもそも彼女自身に、罪を犯した意識がなかった。彼女は、命じられたことを確実にやり遂げてきただけだし、命令自体も、今までは、多少、違和感を感じても、逆らうほどの不条理な内容のものはなかった。
なら、彼女としても、別に反発する理由はない。
「陸」と本局には、感情的な対立があるとはいえ、普通は、それだけの理由で、一応は同じ組織の人間と戦いたいとは思わない。
告発の内容も証拠付きで流れているのだから、「陸」のとる行動は当たり前ではある。それに自分にはやましいところはない。そう考えて、少々むかっぱらが立っても、ここは従うべきだろう、と判断する。同じような行動をとる本局の局員が、特に平の局員に多かった。
多くの人員はさしたる抵抗も見せず、各区画は混乱無く速やかに制圧されていく。……もちろん、そのように冷静に対応する人間ばかりではない。
武装隊控え室の1つ。そこに十数名の武装隊局員が立てこもり、「陸」の陰謀を叫んで、徹底抗戦の構えを見せていた。
「おとなしく武装解除に応じなさい!」
「ふざけるな! 我々は理不尽な暴力には屈しない!
貴様ら、あの小娘にたぶらかされて、管理局員の誇りを忘れたか!」
「忘れているのはあなた方でしょう?!」
ネゴに当っていた捜査官の声が1オクターブ上がった。さらに、なにか言い募ろうとした彼女を、いつのまにか最前線まで進んでいたカルタスがさりげなく制す。
不承不承ながら、引き下がった彼女のあとをついで、捜査主任の任にあるカルタスは口を開いた。
「いまのあなた方は管理局員ではありますが、管理局内でおこなわれていた犯罪行為の重要参考人、並びに容疑者として認定されています。あなた方の権限を一時凍結し、取調べをうけるよう、捜査局の名において勧告します」
「でっちあげだ!」
「ならば、取調べの場でそれを主張すればよいだけのこと」
音程の外れかけたわめき声に、カルタスは冷静に切り返した。
「あなた方が、あなた方自身の主張する通り無実の身であり、一切の犯罪行為に関っていないならば、捜査局ならびに司法局は適切な裁定を下すでしょう。現在、高町一佐ならびにハラオウン執務官から提出された証拠類は極めて信憑性が高いと、捜査局では判断しています。あなた方に法を重んじる精神があるのなら……」
「うるさい!」
怒鳴り声がカルタスの言葉を遮った。
「俺たちは管理局の中枢たる本局の人間だぞ! こんなことをしてただで済むと思ってるのか!」
「……過去、犯罪の疑いをかけられた局員がいないわけではありません。彼らがどう対処されたか、あなた方もよくご存知でしょう。法に従い、速やかに我々の指示に従ってください」
「俺たちが法だ!」
完全に音程の外れた叫び。あまりといえばあまりな内容に、さすがのカルタスも一瞬絶句する。
「俺たちが次元世界を守ってきたんだ! 俺たちが世界の危機を救ってきたんだ! 多少の融通や犠牲がどうした?! 世界の危機の前には些細なことだ! 俺たちこそが、管理局こそが、法であり、正義なんだ!」
「……仕方ありませんね」
わずかな沈黙の後、カルタスが呟いて、俺に視線を向けた。
そこに
『ちょっとよろしいかしら?』
ウィンドウが開いて、3人の人間が映し出された。どよめく局員。無理もない。
『私は統幕会議の議長をつとめるミゼット・クローベルです。横の2人は、ラルゴ・キール栄誉元帥とレオーネ・フィルス法律顧問』
伝説の三提督の揃い踏みだ。
『私達にも容疑者の疑いがかかっていることは、知っているわ。その上でお願いしたいのだけど、調停をさせて欲しいの』
『本局が道を誤っていたことは、紛れも無い事実だろう。さきほど、最高評議会の議員全員の死亡が確認された』
穏やかだが芯のあるクローベル議長の言葉に、堂々たるキール元帥の言葉が続く。
しかし、評議会が全滅か……スカリエッティか? 情報操作のときに注意する必要があるな。
『死因はまだ、特定できていないが、あの方たちはあの方たちなりに、責任を御取りになったのだと思いたい。
そして同じように、多くの者たちも、自己の過失を自覚すれば、進んで責を受けるだろう。
高町空佐。
彼らに時間をくれないか。局員たちの誇りと責任感を、私は信じたいのだ。彼らはきっと、自ら過ちに気づく、と』
真摯な瞳と声で語られる言葉を、俺は静かな声と態度ではね返した。
「申し訳ないが、リスクが高すぎる。
時間が経てば、不穏分子が結束することができる、兵器やロストロギアに手を出すことも可能になる。
元帥、あなたの思いはわからなくもない。人生を捧げてきた組織を信じたい気持ちも当然だろう。
だが、その痛みを抱えながら、必要のために、荒療治に手を出した男もいる。
元帥。
あなたも覚悟を決めるべきだ。せめて、不満や不審が、声や噂に化しはじめたときに、対応を取るべきだった。あなたの言葉は、10年遅かった」
俺と元帥は、モニター越しに視線をあわせた。
元帥の目は、静かに深く、だがそこに、現役の人間の持つ意志の強さはなかった。
やがて、元帥は、静かに視線を伏せた。
『……そうか。
もはや、遅いのだな。
肩書きだけを背負って、隠居を決め込んで。後進たちにろくに指導もしないで、ただ期待だけしてきたツケなのかもしれんな…………』
俺は返す言葉を持たなかった。
わずかな空白の後、レオーネ・フィルス顧問が、顎鬚をしごきながら言った。
『では、ワシら3人の名で本局の局員に、武装解除と無抵抗対応の勧告をだそう。飾り物とはいえ、それなりの効果はあるじゃろう』
「……助かります。では、当方は、現刻より15分間、戦闘行動を停止します」
『そうしてくれるとありがたい。若い者の命が散るのを見るのは、嫌なものじゃからのう』
「…………」
カリムが、教会本堂に避難していた各次元世界の代表と共に、本局に次元航行艦で乗りつけたのは、本局の全区画が制圧された直後だった。
そのあとは、さほど手間はかからなかった。
拘束した人々については、捜査局に任せ、こちらとの調整役にフェイトにいってもらう。ついでに、一個大隊規模の部隊を護衛兼部下としてつけた。
残った施設は、カリムと相談して、彼女の率いる諸世界代表達と指揮下の教会騎士団に引渡し、流れ的に管理局代表とみなされたレジアスとの会談を、早急にセッティングする。まあ、俺も出るように要請されたが。
実際のところ、駆け引きや実務的な話は、レジアスと、奴についてきたオーリス嬢のほうがどう考えても適任なので放り投げ、俺は、話がずれかけたり、クーデターの正当性に関する証言を求められたりしたときに、適宜、口を出す程度だった。
結局、カリム、というか聖王教会主導のもと、各世界が協調体制をとって、管理局を監視下におき、なるべく早期に、監視・捜査・裁判部門に各世界から非魔導師の派遣をおこなう、という方向で話がまとまった。それと取引するような形で、レジアスが管理局のトップに暫定的に立ち、今回の件の徹底捜査と、組織の改革をおこなう。カリムが後見兼監視役として、レジアスにつく。クーデター参加者は特におとがめなし。
各世界とも、自世界と自派閥の世界だけで、管理局を支配下におけるとは、はじめから思っていなかったのだろう。だが、管理局の中枢に影響力を持てる絶好の機会は逃したくなかったようで、カリムという保証兼いざというときの生贄を間に挟んで、管理局に対する優位を確保し、加えて人員を管理局に送り込むという、コントロールの下準備を認めさせたことで、とりあえずの満足を得たようだ。管理局の権限剥奪までは要求しなかった。少なくとも、現段階では。
少なくとも、管理局のことをどうこう言うより、各世界間での牽制のほうが激しかった。クーデターが成功したにしろ、管理局の威信が地に堕ちたのは間違いないし、実権を握ったのは、もとより各世界との協調をすすめていた地上本部。それに教会という、管理局を除けば、次元世界屈指の勢力が監視につく。
多少、放置しても心配ないと考えるだろうし、そう考えれば、いかにほかの世界を出し抜いて、管理局の残存部分と聖王教会との関係を強化、あるいは自派にとりこめるか、ということに頭が回るのが政治家というモノだ。すでに彼らの仮想敵は、管理局でも、犯罪者でもなく、ほかの派閥の世界になっているだろう。
お陰で、これからはじまるだろう、大々的な政治闘争から、俺たち管理局は自然に距離をとれるわけだ。そして、争いの間に、教会と協力して、新しい秩序体系を組む。政治闘争の状況を見計らって、落しどころの案としてそれを持ち、調停役として乗り出せばいい。ごく自然な流れで、教会主導のもと、次元世界は緊張をはらんだ安定状況を得、管理局は純粋武力として、どこの世界にも属さず、しかしどこの世界にも協力する存在に返り咲くだろう。
まあ、その辺は、レジアスやカリムの仕事だ。
俺は現場の軍人。政治や、ましてや世界の未来を考え語るのは、俺の仕事じゃない。とりあえず、事前の打ち合わせでは、俺は教会騎士団と管理局武装局員を統合運用して、各世界の争いが本格衝突になったり、火事場泥棒が頻発したりしないよう、動くことになる。
俺は、窓に映し出される深く広い宇宙をみながら、大きく伸びをした。
ああ、やっと一段落だな。
わずかに気を緩め……なぜか無性にコーヒーが飲みたくなった。それも、姉さんが淹れた「イマイチ」のヤツが。
俺は苦笑とともに頭を振って、ただよう香りと笑顔の幻想を振り払った。これからしばらくは忙しくなる。そんな暇はない。暇はないが……10ヶ月もあれば、1日2日はなんとかなるだろうかな……?
「…高町空佐!」
「いま行く!」
呼び声に叫び返して、俺は踵を返した。
■■後書き■■
機動六課編(sts編)完結。はい、ここで切ります。
次話より、最終編突入。……おお、終わりが見えてきた。予定では4話前後です。地味な話に戻りますが、引き続き、お楽しみください。