~レジアス・ゲイズ×ミゼット・クローベル~
「してやられたわ、レジ-坊や」
「……坊やはやめていただきたい」
「ふふ、私も年をとるわけだわ。ほんとうに、ね」
(「……俺のしたことを見逃すのか」
「見逃すわけじゃない。あんたは命を冒涜し、あるべき理を歪めるのに手を貸した。なかったことにはできんし、逃れることもできない罪だ」
「……」
「だが、俺は正義の味方じゃない。
そして、俺は、お前がすでに地獄にいることを知っていて、お前がそこで業火に灼かれているのを見届けてきた。おそらくこれからも、ただ見続けるだろう。それだけのことだ。
それに。管理局の現状を変えて新しい可能性を切り拓くには、俺単独の力では遥かに遠い道なのは自明だしな」)
「……それだけで片付く問題ではない」
「レジ―坊や?」
「それだけで片付けてよい問題でもない。
我々、大人たちには、大人の責務があるはずだ。それを果たさずして、老いで誤魔化してよいものではない。力不足で諦めてよい話ではない。我々には、その責任がある」
「そうね……本当にその通りだわ。
ごめんなさい」
「私も謝罪を受けるべき立場ではない。むしろ、贖罪を為さねばならない立場だ。……購いきれる罪とも思えぬが」
「……そう。そうなのね。あなたは、決めたのね、その荷を背負いつづけることを……」
「……」
「ごめんなさい……本当に」
「謝罪は無用と申し上げた」
「……そうだったわね……ふふふ、あの子供が、ほんとうにしっかりとした、立派な一人前になったのね……」
「……」
「……今日はお願いがあって、時間を頂いた」
「なにかしら?」
「新生する治安組織において、名誉顧問の地位につき、我々への支援と支持の姿勢を明確に示しつづけていただきたい。ほかのお二方とともに」
「こんな役立たずな老人を、まだ必要だと、そういうの?」
「あなた方の名声と伝説には、それだけの重みがある」
「能力はなくても……かしら?」
「……高町の改革が、あとほんの数年遅ければ、「陸」の戦力不足は、生半なことでは取り返せない状況にまで陥っていただろう。そうならないよう、努力はしていたが、いま考えれば、さほど効果をもたらすことができたか怪しい。
あなたの役職は、そういった戦力配分のバランスをとり、統合的に管理局の武装を運用するためにあったはずだ」
「……そうね。そのとおりだわ。
あなたに真っ当でない道へ踏み込ませかけたのは、私の責任でもあるのでしょうね」
「……」
「ふふ、あなたも、あの高町さんという子も、あまり陰謀には向かないわね。すこし情報が手に入れられて、落ち着いて考える時間があれば、気づく人は少なくないでしょう。もっとも、責める人がどれだけいるかは疑問だけれど」
「……いずれ、責任はとる」
「それは、私に言うことではないでしょう。私から言うことでもないし。
お受けするわ、その話。レオーネとラルゴにも話を通しておくわ。こんな私の名前で良ければ、存分に使ってちょうだい」
「……お詫びは申し上げない」
「いいわよ。
“優れた戦士が常に優れた指揮官であるわけではなく、優れた戦闘指揮官が優れた組織管理者であることも少ない。魔法の才能に頼っていればなおさら”、だったかしら。
あなたは魔導師にはなれなかったし、指揮官としても抜群に優れていたとは思わないわ。けれど、組織を管理運営する能力には秀でていた。
私とは逆ね。
あなたなら、私たちの失敗を繰り返すことはないでしょう」
「物事に絶対はない」
「そうね。いまのは、ただの老人の繰り言。自分で果たせなかったことを押し付けるだけの偽善。
忘れてちょうだい」
「……私が10代半ばで入局して以来、多くの先輩方が多くのことを教えてくださった。あなたはその中でも、ひときわ多くのものを私に下さった。私が貴女の言葉を忘れることはない」
「……そう」
「こんな言葉がある。
名馬は老いて厩に臥せるとも、心は千里を駆ける。烈士は老境に至れども、壮心いまだ已まず。盛衰のときを定めるは、ただ天のみに在らず。と」
「………………ふふ、そうね。いままでのんびりしていたのだから、これからその分まで取り返さないといけないわね。そうね、老いたなんて、甘えていられないわね。
ありがとう、レジ―ぼ……レジアス」
「私は、言葉を紹介しただけだ」
「ふふ、そうかもね。でも、言わせてちょうだい。ありがとう。こんな私たちに、また機会をくれて。こんな私たちを、まだ見捨てずにいてくれて」
「……」
「ありがとう」
「……」
数日後、ミゼット・クローベル統合幕僚会議議長は職を辞してほか2名と共に時空管理局名誉顧問となり、レジアス・ゲイズが大将に昇進して、その後を襲った。
~リンディ・ハラオウン×レティ・ロウラン~
(「さっさと恭順の意を示し、自分は関与していないが高官のひとりとして責任をとると称して、辞職。
さすがに機を見るに敏だな。クロノにその半分でも政治的嗅覚があればな」
「ちょ、ちょっと待って。別にそんなつもりじゃ……」
「どんなつもりだ?
まあ、その気になれば引っ張れるが、そこまでする必要はないだろう。当面の軽度監視くらいは我慢しろ。
権力争いに敗れた側の高官としては、破格だぞ。お前の行動が素早い上に隙がなかったのもあるが」
「……」
「自覚がなかったか? まあ、いい。せいぜい、のんびりと人生を楽しんでくれ」)
「……きっついわねー……」
「でも、反論できないわ」
「……そうね」
「JS事変での活躍とパフォーマンスで、「陸」の評価は各世界政府、民衆ともにうなぎのぼり。反対に「海」を含む本局は、これまでのこともあって、次元世界中から袋叩き。
組織健全化計画じゃ、ほとんど解体に近い再編になるらしいわよ。人員も大幅刷新。事実上、本局派の巻き返しは不可能、というより派閥は消滅するでしょうね。いまでさえ、主だった人間は動きがとれなくて、瀕死の状態なのに」
「見事に悪役に祭り上げられたわね……」
「そうね。もっとも、完全な濡れ衣ってわけでもないのが、また癪なんだけど。
さっさと退職してよかったわ。徹底的に不利な状況で、政治闘争にあくせくするなんて、ぞっとしないわよ」
「なのはさんに言わせると、それも「要領のいいことだ」ってなるんだけどね……」
「落ち込んでるの? らしくないわね、リンディ」
「私だって落ち込むわよ」
「でも、あのまま居たって、なにか難癖つけられて、前科持ちになるか行動制限受けるかよ? 本局の高官、軒並み、なにか理由つけて、拘束か監視うけてるじゃない。退職した私たちが、通信と世界間移動の検閲で済んでるなんて、明らかに政争の影響を一定以上広げたくないってサインでしょ? 手間を減らせて、感謝されてるかもよ」
「うん、まあ、それもあるんだけどね……」
(「俺が管理局にいるのは、俺が管理外世界で自由に生活することを建前はどうあれ、管理局が許容しなかったからだ」)
「……ねえ、レティ」
「なに?」
「私は、間違っていたのかしら……?」
「あのね……」
「良かれと思って、なのはさんの管理局入りを支援したわ。そのあとも、なにかと気にかけていたつもり。
でも。彼女の望んでいたことは、そんなことじゃなかった」
「彼女にとって、次元世界の治安はどうでもよかった。ただ、自分の置かれた環境で自分の位置を確保しようとしていたんだわ。それも、極力管理局に頼らないですむように。管理局に所属しながら、いつかそこから脱け出すことを夢見ていた……いえ、堅実に計画し、実行した。傲慢とも言える自我」
「……まさか。
入局のとき、10才にもなってなかったんでしょう? そんな子供がそこまで堅固な意識をもって、10年をかけて、管理局ほどの巨大な組織相手に挑もうなんて……」
「いえ、あの子はやる子よ。スカリエッティとの対話、見たでしょう?」
「……」
「そして、それだけじゃない」
(「俺自身は、決して真っ当でも英雄でもない。お前も気づいてるんだろう?
だが、その上でなお、俺が英雄なぞと呼ばれるのは、プロバガンダや情報操作のためだけじゃない。万能なわけでも不死身なわけでもない。魔力量や魔法技術はなおさら関係ない。それが理解できない限り、お前は時代に取り残された、一介の特殊技能持ちの只人で終わるだろう」)
「その意味では、ゲイズ大将が、彼女の資質を建設的な方向に引き出してみせた。そう言って、いいんでしょうね。
管理局にいつまでも馴染もうとしないで、問題児扱いされていた彼女を、見事に使いこなして見せたんだから」
「……まあ、たしかに、「陸」の改革は見事な手際だったけど、だからって彼女やゲイズ大将だけの……」
「そうじゃないの。
現状を変えようという動きがあれば、必ず現状を維持しようとする力が働くわ。なにか行動を起こせば、賞賛と同じだけ、怨みと妬みが生まれ、隙があれば、罵倒と中傷がふりかかる。
そのなかで、経験の少ない、管理外世界のローティーンの女の子が、信念を貫いて改革が軌道にのるまでやりぬいて見せた。ほとんどの高官たちが笑う中でね。
成果や手際より、その成し遂げた意志。それを引き出し、支え、信じ続けた上司。私にはあの子のその意志を引き起こすことはできなかった」
「……それこそ相性もあるんじゃない? ほら、ひねくれ者同士、気があったとか」
「そうかもね。でも、私が彼女に嫌われていた、いえ、いまもきっと嫌われつづけていること、それを子供の反発と考えていたこと。彼女に正面から向き合っていなかったんでしょうね、いま思うと」
「……よくわかんないわ。あなたは面倒見も人あたりもいいほうだし、実際、フェイトちゃんとうまくやってるじゃない。なんで、そのフェイトちゃんが親友だって公言するなのはさんに嫌われつづけるの?」
「うん……」
(「俺の家に伝わる武術を教わるときに、まず最初に言われる言葉がある。
曰く、“自分達の剣はけして誇れるものじゃない。だがその剣によって守られる日常がある。剣ではなく、その守った日常こそを誇りにしろ’と。
だから、時空管理局ってのは、俺には新鮮だったよ。“暴力”を賞賛するんだからな」
「そんな! 暴力の賞賛なんか……!」
「どういい繕おうが、暴力は暴力だ。それともなにか。武器で攻撃することは暴力で、魔法で攻撃することは暴力じゃないってか? はっ! 笑わせるな。なにがクリーンで安全だ。
魔法も質量兵器も、過程に違いはあれ、物理現象を生じさせる技術という点は同じだ。敢えて言えば、魔法のほうが資質に負うところが大きい分、使える人数が少なく、目立ち、管理がしやすい。
魔法がもてはやされたのは、そういうことだろう。クリーンだの安全だのは、耳障りのいい、プロバガンダに過ぎん。それくらい、お前の地位と知性なら、見抜いて当然だろう」)
「なにそれ。実際、子供のわがままじゃない。
質量兵器有用論はおいとくにしても、それが管理局が暴力機関だとか、あなたがそれに気づくべきだとか……。言いがかりでしょ、ほとんど」
「そうかしら……」
「やめやめ! 辛気臭いわよ!
もう、殺人的な量の仕事をさばかなくてもいい、人の命を天秤に掛けなくていい、それも向こうから放り出されたんだから! 私たちは、私たちのやりたいように生きていいのよ」
「…そうね」
「そうよ」
「でも、まあ、ちょっとは救いもあったんだけど」
「引っ張るわねえ……なによ?」
「なのはさんに言われたの」
「……なんて?」
「感謝する、って」
(「PT事件で、俺は管理局に関わることを余儀なくされた。
だが、フェイトは救われた。ハヤテも、あの事件がなければ教会に気づかれることはなかっただろう。正直、もやもやしたものがあったが、ごく最近になって、どうやら、これで良かったのかもしれん、そう思えるようになった。
その礼だよ」)
「……そう」
「なにが救いで、なにが間違いか……本当に難しいわね……」
「なに言ってるの。わからないから、人生は面白いんじゃない。答えのわかってる問いを解いてくような人生は嫌だ、って言ったのは、あなたよ、リンディ?」
「……そうだったかしら?」
「あんたねえ……。クライド君との結婚に行き着くまで、あたしがあなたの惚気と相談に乗った回数と内容、教えてあげましょうか?」
「ちょ、ちょっと、待って。もしかして……」
「もしかしなくても」
「あ、あのね、レティ……」
「とりあえず、母親の威厳を保ちたいのなら、今日のおやつはあなたの奢りよ。いいわね?」
「……ふぅ。わかりました。そうさせていただきます」
「そうそう、それでいいのよ。いつまでもうじうじ悩んでないで」
「ふふっ、あなたにはほんと救われるわ」
「はいはい、言葉よりモノで示してちょうだい」
「ええ。わたしのとっときのお勧めを紹介するわね。あら、わたしもあの店にいくのは久しぶりね、ちょっと楽しみになってきたわ」
「……え、あなたのお勧めって……。ちょ、ちょっとリンディ?!」
……運命は彼女たちの手を離れた、あるいは、彼女たちから手を離した。後悔も未練も少なくないが、もはや彼女達が関わることではない。これからは、管理局員でない一人の人間として、自分にできる精一杯をしていけばいい。まだまだ人生は長く、選べる道は無数にあるのだから。
~ハヤテ・ヤガミ・グラシア×フェイト・テスタロッサ・ハラオウン~
「時空保安局、かあ」
「しかたないよ。時空管理局の名前は、イメージが悪くなりすぎたから」
「ま、そーかもしれんな。中身もほとんど別物やし。でもええんか?」
「? なにが?」
「あー、ほら、執務官制度。組織の名称変更と同時に実施する大改革で、廃止されるんやろ。なのちゃんの言うことはわからんでもないけど、ちょっとやりすぎのような気もして……」
「……そうだね。正直に言えば、複雑だけど……。でも、なのはの目指してるところを考えれば、自然なことなんじゃないかな? それに、魔導師だって人間だ。人間は間違える。
こんな仕事をしてれば、いやでも思い知ることだけど、今度のことでは、本当に、心の底から思い知らされたって感じ。だから、権力の取り扱いを、人の良心や義務感に大きく頼る制度っていうのは、確かに危険だと思う。
各世界の治安関係にもテコ入れする具体案とセットになってるし、大きな問題は生まないんじゃないかな。感情的な反発は別として」
「あー、まあ、エリートさんの象徴みたいなもんやしなあ」
「そうだね。
でも、私も、初めてのときは、ハヤテのことを現場を知らないエリートだと思い込んでたから」
「あー、そうかもしれんなあ。初めて会うたときが会うたときやったからなあ」
「そうだね」
「まあ、なのちゃんが、らしい力技つこうてくれたけど」
「…ああ、あの模擬戦?」
「そや! 交流と相互理解のためとかいうて、アレは絶対企んどった!」
「ハヤテたちは、改組がおこなわれたら、正式に局員になるんでしょう?」
「せやなあ。そーなると思う」
「シグナムさんやヴィータが所属してくれるのは心強いね」
「……わたしは?」
「も、もちろんハヤテも!」
「ホンマかいな~、なんか慌てとる態度、あやしーわー」
「ほ、ほんとだよっ。ハヤテがいなければ、なのはを独り占めできるかも、とかそんなことは全っ然考えてないから!」
「……フェイトちゃん」
「え、な、なに?」
「………………いや、えーわ。それでこそフェイトちゃんや」
「??」
「ふう、ほんま、フェイトちゃんはなのはちゃん大好きなんやから。女の友情なんて儚いもんや」
「え、えと、ハヤテのことも好きだよ?」
「えーんや、えーんや、模擬戦のあとのフェイトちゃんの言葉はきっちり覚えとる」
「え……」
「『なのはは、そう簡単には渡さないんだから!』やったな。あれには、負けた~、思たわ。少なくとも、私は記録もされとる衆人環視の場で、あそこまで大胆なセリフは吐けん」
「ハ、ハヤテっ!」
「あははははっ」
「なあ、フェイトちゃん」
「なに?」
「私ら、いつまでこうしていられるんやろな」
「え?」
「“閃光”“夜天の王”“夜明けの魔王”……。英雄三人が率いる、統幕会議直属の特務部隊。
管理局体制の動揺と改革に対応した一時的措置や、いうてるけど。一応、各勢力のバランスをとるように人員構成されとるいうけど。でも、やっぱり、身内人事や。
レジアス議長の猟犬部隊、独裁体制の粛清部隊。表立っては口に出さんけど、そう言うてる人もけっこうおる」
「そ、そんな! だって、出動はいつも、犯罪集団の撲滅や緊張状態の地域の調停じゃない!
それに、なのは達だけで片付けるんじゃなくて、教会騎士団や旧本局に所属していた人達も、治安維持に一役買ったって実績が欲しいって、なのは言ってた。クーデター主導者とその直轄部隊だけが、力を持ちすぎるのは組織運営上、よくないって!」
「わたしらも主導者やと思うんやけどなあ……」
「う。で、でもやっぱり……」
「もう、そんな顔されたら、わたしが我がまま言うてるみたいやん」
「ご、ごめんね。そんなつもりじゃ……」
「えーんよ、えーんよ、どーせ私はおこちゃまですよーだ」
「ハ、ハヤテ……」
「私らはわかっとる。でも、私らだけ判ってもしゃーないんよ。“李下に冠を正さず”。やな言葉や」
「リ、リカに??」
「いや、そこはえーわ。流しといて。
なんにせよ、なのちゃんが、その辺の機微を考えとらんとは思えん。いうか、むしろ率先して嫌がってそうや。私らに頼ってくれるようになるのかて、随分かかった」
「それは……」
「おまけに私らは英雄で、しかも元の所属はバラバラ。
いまは政治的にいろいろあるから、六課の成果を私らの原隊の手柄ってことにして、権力を増したいって思惑の人らがおる。その勢力争いに乗っかって、自分らも発言権を確保したいって人らも」
「……うん、そうだね。でも、なのはの力になるためには、必要なことだと思う」
「でもな、そういうこととか考えると、この部隊が、一緒の部署にいられる最後の機会なんかもしれん、なんて思うんよ」
「……も、もし、そうだとしても! 私たちは友達だよ! ずっと!」
「……ん、そやな」
「そうだよ! 私も! ハヤテも! ずっと一緒になのはといるんだから!」
「そう、そやな。
でも、フェイトちゃん、ちょっと力入れすぎ。手ェ痛いわ」
「あ、ごっ、ごめんっ」
「いや、えーよ。フェイトちゃんの気持ちが、よう伝わってきた」
「ハヤテ?! も、もうっ」
「“奇跡の六課”か……。そんな呼び名が欲しかったわけやないんやけどな……」
「? なにか言った?」
「いーや?」
「でも、ハヤテのおかげだよ、なのはが還ってこれたのは。
私一人じゃ、たぶん、なのはを呼び戻すことはできなかった」
「ん……」
「ありがとうね、ハヤテ。これからも2人でなのはを支えていこうね?」
「ま、まあ、そうやね。
わたしもなのちゃんの“初めての”親友やし? どん、と任せてくれてええで?」
「む。私だって、なのはの“一番の”友達なんだから、任せっきりなんてことはしない。無理しなくていいよ?」
「ははは」
「ふふふ」
……ほどなく時空管理局は時空保安局と名を改め、組織体制と人員の大幅な改変をおこない、彼女達はそれぞれ、政治力学を考慮した職に配された。
~ゲンヤ・ナカジマ×チンク~
「ひさしぶりだな。ウェンディ達は元気か」
「ああ、もうちっと慎ましくしてくれてもいいんじゃねえか、って程度には元気だぜ」
「ふふ、苦労をかけるな」
「なに、手のかかる子ほど可愛いってな。苦労にゃおもわねえよ」
「そうか……」
「あー、そろそろ更正プログラムも終わるだろ? その先のことについてなんだが……」
「うん?」
「とりあえずな、ウェンディと、ノーヴェとディエチ。うちで引き取ろうと思う。養子縁組してな。
セインとディード、オットーは、聖王教会のシスターが意欲を見せててな、たぶん、そちらに引き取られるだろう。まあ、ひどい扱いをするような人らじゃねえから、安心するといい」
「そうか……。ルーテシアとアギトはどうだ?」
「あー、召喚士の嬢ちゃんは、一応、魔力封印と厳重監視にはなってるが、行動は自由なもんだ。母娘仲良く暮らしてる」
「そうか……」
「エリ坊とキャロ嬢ちゃんも、ちょくちょく顔出してるみたいだしな。むしろ、被害者といっていいんじゃないかって話も出てる。監視期間の短縮も、十分ありうるな」
「……2人には、感謝してもしきれんな」
「まあ、あの子らは、打算抜きで、純粋に友達になれて嬉しいだけだろうぜ。
ギンガから聞いたが、最後の戦い、本局部隊の援護を断って、正面からタイマン2組でやりあったらしいじゃねえか。なんでも、事前に部隊長に、あのお嬢ちゃんとは自分達がやりあいたい、伝えたい気持ちがある、って直訴したって話だ。それが友達になろう、なんて、平和なんだか物騒なんだか……」
「平和、だろう。ルーテシアがその気持ちを受け入れることができたのだから」
「そんなもんかねえ」
「で、アギトは」
「お、おお。融合騎の嬢ちゃんは、聖王教会の騎士団でなかなか気のあう奴をみつけたらしい。なんか、ゼスト空尉への義理立てで、ロードとは認めてないらしいが、実際、ほとんどついて回って、傍目にゃ、ロードとその相棒以外には見えんそうだ」
「……そうか。アギトも落ち着いたのだな」
「そうだな。これで、落ち着き先が決まってないのは、嬢ちゃんだけになったわけだ」
「……私だけではないだろう。トーレもウーノ姉さまもセッテも、まだ決まったわけではないはずだ」
「お前さんもわかってるだろ? トーレとかいう姉さんは再起動の見込み立たず。非殺傷とはいえ、“閃光”の切り札の一つをまともに食らって、その上で無理矢理動いてみせたんだ。うちのいまの技術じゃ、どうにもならんくらいに、神経系がイカレてる。
ウーノって娘も、スカリエッティの死亡を知ってから、自閉モードに移行して、なにをどうしてもウンともスンともいわねえ。彼女は、特にスカリエッティへの忠誠が強かったらしいから、まあ、覚醒は難しいだろうな。
セッテって嬢ちゃんは、特に理由があるわけでもないが、ともかく素直で純粋な分、とんでもなく頑固だ。まともに口さえ聞いちゃくれねえ。
お前さんくらいなんだよ、まだ、司法取引に応じそうな目があるのは」
「随分な評価だな。わたしはそんな節操なしにみえるか」
「あー、実のところ、ウェンディたちに泣きつかれてるのもある。チンク姉をどうにかして解放してやってくれってな」
「そうか……」
「お前さん、いい姉貴だったそうじゃねえか。妹達の面倒、これからもみてやろうって気にはならねえのか」
「……」
「……」
「ドクターは……」
「うん?」
「ドクターは孤独な方だった。いまにして、ようやく判る。
あの方は、私たちを生み出して、あるいは理解されることを私たちに求められたのかもしれん。だが、私たちは、ただあの方に従うばかりで、“理解”など考えもつかなかった。そう言う意味でもっともドクターに近づいたのは、クアットロだろう。それでも、ドクターの望んだ形ではなかったようだが」
「……」
「これは、親の生あるうちにそれに気づけなかった不肖の娘の、せめてもの手向けだ。
ドクターは言った。わたしはわたしの全てをもって「世界」に挑む、ヒトは自分の意志で「人」になるのだ、と。
あの戦いが、道具として生み出され、都合よく扱われてきたドクターの、全身全霊での自己主張だったのかもしれない」
「……ちっと、はた迷惑な自己主張だな」
「そうだな。
だが、ドクターは、異論を唱えた私に言ってくださった。例え造物主相手でも、己の自我で反発することがヒトとしての第一歩。生命の証だと。そのときの私には理解しきれなかった。だが、2度目の高町なのはとの戦いを生き延びて、わずかながら、わかったような気がする。
そして、私たちを「娘」と呼んでくださったドクターに、今更ながら寄り添いたい。
ドクターの娘として、ドクターの闘いの生んだものの「さき」を見届けたい。
それが、私の「娘」としての孝行のありかただ」
「……さきを見るだけなら、なにも非協力を貫いて、収監されることにこだわることはねえじゃねえか。外に出て、変化を肌身で感じてみてもいいじゃねえか」
「そうかもしれない。
これは、わたしの、ちっぽけな意地だな。ドクターをいいようにこき使った連中に従いたくないという」
「そんな連中は、もうとっつかまったぜ」
「だから、意地だといっただろう。理屈ではないんだ」
「……前から思ってたが、お前さん、ナンバーズのなかじゃ一等、常識的だな。感情も、下手な人間より豊かで繊細で複雑だ」
「感情と言われても、よくわからない。人間ということもだ。
私はまぎれもなく、ドクターに造りだされた人造生命体だ。そしてそのことに誇りをもっている」
「お前さん、そりゃあ……」
「この思いが、組まれたプログラムから生まれているのか刷り込まれた価値観から生まれているのか、そんなことは知ったことではない。私は私だ。
私にとって大切なのは、この感情に理由をつけることでも名前をつけることでもない。この感情を手に、どう生きていくかだ。
それを否定するのなら、取引などできはしない。私自身を否定されて、能力だけ重宝されて使われるなど真っ平だ」
「……」
「機械だろうが、人造生命だろうが、私は私なんだ。誰にも否定させない」
「……誰も否定しやしねえよ」
「……」
「……いや、すまん、嘘だな。否定するヤツはいるかもしれん。いや、絶対いるだろう。
でも、お前さんに向き合って、その瞳をみて、その言葉を聞いて、それで否定できるヤツなんぞいやしねえよ。俺が保証する」
「あなたの人格や能力を疑うわけではないが、この件に関しては、あなたの保証はあてにならないな」
「はははっ、違いねえ。
……なあ、チンクの嬢ちゃんよ、その意思、もっとでかいところで生かしてみねえか。
正直、俺は戦闘機人の生きる手伝いなら、管理局…っと保安局じゃあ、誰にも負けねえ自信があった。だから、ウェンディたちも引き取ることに決めたんだ。
でも、あんたは違う。あんたは、あの無邪気な連中とは違う。俺の頭じゃ、どう言えばいいのかわからねえが……。
あんたのその意志、その生き方は、必ず、あいつらの役に立つ。これから生み出されていくだろう、たくさんの命にとってもだ。どうだ、嬢ちゃん。あんたの力と誇り、そのために貸しちゃあくれないか。
それが、あんたたちに理解を求めたっていう、スカリエッティへの供養にもなるんじゃねえか。親の行為の結果を見届けるだけが、供養の仕方じゃねえよ」
「……なぜ、そう思う」
「親ならな、特に、子供が愛されてるって、自覚できるくらいの親ならな、自分の子供が自分に義理立てすることなんざ、嬉しくもなんともないからだよ。
子供には自由に生きて欲しい。思うがままに伸び伸びと生きて、自分なんか飛び越して、自分の思いもしなかった世界を拓いて、その先へ駆けていってほしい、そう思うからだよ。……俺も親の1人だからな」
「……2つ条件がある」
「言ってみな」
「まず、私は嬢ちゃんと呼ばれる年齢ではない。その呼び方は不愉快だ」
「……っぷっははっはは! そいつは悪かった。気イつけるぜ、チンク」
「もう一つは……」
のちに、次元世界連盟本会議で、「つくられた命の誇り」を演説して歴史に名を残す、“先駆者”チンク・スカリエッティ・ナカジマは、こうして時空保安局との交渉に応じることになった。
■■後書き■■
詰め込みすぎたかなあ……。でも、チンクの話は最終編のどこに入れようか、困ってたので、丁度良かったともいえる。
ちなみに、レティ・ロウランさんは、グリフィス君のお母さんで、本局人事部の偉いさん。でも、肩書きは提督。なんでやねん。リンディさんの親友です。原作と漫画版に登場します。