俺の前には、クロノ、フェイト、ティアナ。忙しいこいつ等と、プライベートで会うのも久しぶりだ。
しかし、それとこれとは別。今、話の俎上にのってるのは俺の呼び名。俺の新しい二つ名が出回り始めたらしい。まあ、「魔王」って呼ばれるのが一番、性にあうんだが。
そう言った俺に、クロノが返す。
「気の毒だが、ただの「魔王」じゃない」
フェイトが口をはさんだ。
「「夜明けの魔王」だって」
「……なんだ、その恥ずかしい2つ名は」
俺は呆れた。
「第一、半端な長さで語呂も悪い。言いにくいだろうに。呼びにくい2つ名をつけてどうすんだか」
「そもそも、君が派手なことをしたときのコールサインがコールサインだ。その後の活躍もある。そう呼びたくなる人達の気持ちも解らなくはないな」
クロノがカップ片手に苦笑する。
ティアナも笑いながら、口を挟んだ。
「なのはさん、なのはさん指揮下の特務部隊が、この半年でいくつの犯罪組織を壊滅させて、いくつの戦争の芽を叩き潰したか、わかってます? 高ランク魔導師を集めたわけでもない部隊が、ただその連携と練度だけで、どれほどの成果を挙げたか」
「それに、その後の治安回復もね」
フェイトが微笑みながら言って、俺は眉を寄せた。
犯罪組織や戦争を煽った連中の中枢は、俺が部隊長を兼任してる特務部隊で片付けたが、残党の逮捕や治安回復は、広域捜査官を含む捜査官たちと現地の機関の功績になってるはずだ。世界間の緊張の緩和も、聖王教会や次元世界連盟の、仲介や働きかけが功を奏したとして、賞賛されている。
俺の表情に、フェイトがクスリと笑った。
「わかる人にはわかるよ。それなりのお膳立てや根回しがなくちゃ、あんなスムーズに連携はとれないし、あんな的確に糸はたどれない。大きな声で言っちゃ、せっかくの気遣いが台無しだし、自分達の評価も下がるから、誰も言わないけど、けっこう、公然の秘密だよ?」
……さりげなく、いま、黒くなかったか、フェイト。
クロノがしつこく続ける。
「実際、管理局時代の悪習は、君が先頭に立って叩き壊したようなものだし、君が実行させてる案は効果的で、次元世界の治安を、管理局時代より一層向上させることは間違いない」
「案ったって、俺が考えてるわけじゃない」
俺は憮然とした。
「上からの指示と、部下連中の上申の混ぜ物がほとんどだ。俺のやってることなんてほとんどねーよ」
「上と下の意見の落としどころを的確に見抜いて、しかも内容を空洞化させない。君の立場にふさわしい仕事をしてるじゃないか。前線で戦うだけが戦いじゃないというのは、君の持論の一つだろう」
俺は上を向いて、息を吐き出した。
確かに、クロノの言うことを、頭から否定することはできんがな。俺がやってるのは戦いなんてモンじゃない。現場を身をもって知り且つ顔の利く人間が現場の意見を聞き、理屈屋に論理と数字で話ができる人間が、上や後方要員の理解を得る。両方の技術、ってーより経験とツテだな。それがあれば、難しいことじゃない。それにこういうのは大抵パターンがあって、それに慣れれば、ただのルーチンワークだ。
大体、俺程度の意見調整をできる人間なんざ、俺のほかにもごまんといる。ツテや顔の広さ、経験がモノを言う世界なんだから……ああ、でも、落しどころを双方に納得させて、しかもそれを実行させるには、別の要素が影響するな。なるほど、レジアスは、これも懸念してたわけだ。だから俺に実績と名声を積み上げさせ……俺の言葉に大抵の奴が「高町少将がそう言うなら」と受け止めさせるだけの虚像を造りだしたのか。
昔のことは知らんが、俺が知り合ってからのレジアスも、「陸」限定で言えば、そういうところがあった。だが、結局、それも俺の仕事じゃない。俺の虚像の仕事だ。
不当な評価を受けるなら、蹴り飛ばすなり、へこますなりしてやれば済むが、持ち上げられすぎってのは、ちょっと経験がない。対処に困る。下手に評判を落として、まだ微妙なバランスの上にある組織に、混乱要因を持ち込むのも御免だ。
「……つまり、当面はまだ椅子の重石になってろ、ってことか」
クロノの指摘に、マルチタスクで一瞬の思考を走らせた俺がブスリと口にしたら、クロノとフェイト、ティアナまで、揃って苦笑を浮かべやがった。まあ、子供っぽいセリフだと自覚はしていたが。
「わるいか」
一段と肩の震えが大きくなった3人に、気まずくなって、俺は話をそらした。
「だいたい、そんなのは俺のスタイルじゃない。命令違反上等、座右の銘は殲滅撃滅ペテンに不意打ち。勝てば官軍ってのが、あるべき正しい姿のはずだ」
俺の主張に表情一つ変えないクロノと、妙に実感ありげな苦笑を浮かべて頷くティアナ。なんだ、お前ら、その態度。
そして、フェイトがトドメを刺す。
「そうだね。やっぱりなのはは、自由に天空(そら)を翔けていくのが似合うと私も思う」
フェイトが微笑った。悪意も皮肉も欠片もない。無垢な、透き通った、天使のような笑みだった。
……俺は沈黙した。
「そういえば、フェイトから聞いたが、本気なのか」
なんとなく漂っていた"フェイト・フィールド”を破って、クロノが真面目な顔で切り出した。
「プライベートの時間に仕事の話をするな」
このワーカホリックが。
「なんのことですか?」
「えっとね…」
だからやめろというに。ティアナ、突っ込むな。フェイトも説明するな。
俺の抗議もむなしく、三人は優秀な保安局員の顔になって、話しあいはじめた。ああ、せっかくのコーヒーの味が落ちるだろうが。
説明を聞き終えたティアナがなんともいえない顔で、俺のほうを向いた。
「……本気ですか?」
「なんの話だ」
ぶすっとして返す俺。フェイトは苦笑いしてる。
別に大したことじゃない。いわゆる「管理外世界」-管理局が解体された以上、この呼び名も適切じゃないんだが、いらん反発を避けるために後回ししてるー とコンタクトをとり、逃げ込んだ犯罪者の発見や逮捕、ロストロギアらしきシロモノの発見と管理を、連携しておこなっていく、という構想だ。
これまでは現地政府の目をごまかしつつ行なってきたことを、おおっぴらにすることで、初動の早さと捜査効率の進度向上を図る。現地政府が専任の部門をつくってくれればありがたいが、まあ、数年は先になるだろう。これまでいろいろ管理局がやらかした件についての、ごまかしやら謝罪やら取引やらがあるだろうし。
「でもっ。管理外世界に魔法はないんですよ? なのに魔法の存在を教えるなんて……」
「なんて……なんだ?」
「えっ」
「なにか、問題があるのか?」
「それは……彼らの文化を破壊します! 技術レベルが低い世界に迂闊に接触したら、どんな混乱が起こるかわからないじゃないですか!」
「迂闊な接触をするような計画を、俺が上げると思うか」
「それは……」
「ついでに言えば、技術レベルの格差は管理世界内でも、かなりの大きさで存在してる。魔法にこだわらなければ、次元世界レベルじゃあ、それほど大きな変動というわけじゃない」
「で、ですが……」
「これまで相手の技術を知らずに対応していた、現地機関の対応能力向上が期待できる。次元犯罪者が現地の不法組織と接触した場合、これまで現地の治安組織と連携せずに対応していたのが、連携できるようになるから、情報収集も楽になるし、相手を逃す可能性も下がる」
「でも、非魔法世界に……」
ティアナが口篭もる。まあ、これも魔法社会の常識めいたところがあるからな。当たり前すぎて、咄嗟に反論も出てきにくいだろう。かといって、反論がでてこないだけで、心情的な納得は難しいだろう。
「まあ、そう考えすぎるな。
犯罪者の逮捕やロストロギアの管理に、現地政府と協力するのはこれまでもやってきたことだ。それが魔法社会以外にも広がるだけ。魔法や次元世界の存在を公表するかどうかはその世界の話で、俺たちの知ったことじゃないし、それに伴う利権争いや権力抗争も、俺たちの考えることじゃない。俺たちは犯罪をより効率的にとりしまることを考えればいいんだ」
「それで、ホントのところはどうなの?」
難しい顔になって黙り込んだティアナに変わって、フェイトが真面目な表情をとりつくろって尋ねてきた。……なんか、その表情の下に、「しかたないなあ」って感じの笑顔が見えるのは気のせいか?
「……なんの話だ」
「政治抗争の話。たしかに私達の立場で関与するべきことじゃないけど、意見上申はできるでしょ。わたしからしてもいいけど、なのはがどのくらい根回ししてるかで、必要性や内容が違ってくるから」
「……根回ししてることは前提なのか」
「なのはは優しいから」
さらりと言ったフェイトに、俺は憮然と黙り込む。JS事件以来、こいつは一皮も二皮も剥けたが、特に俺に対して強くなったような気がするのは気のせいか?
「あ、ごめんごめん。権力闘争で現地の治安が悪化したら、こっちの捜査活動にも支障をきたすから、だね」
くすくす笑いながらの追撃がきた。俺は黙ってコーヒーをあおって表情を隠す。なんというか……手強くなりすぎだ、フェイト。
「騎士カリムの方に内々に話がいって、主要世界との交渉準備は始めてるそうだ」
なぜかクロノがフェイトの疑問に応えた。もういい、勝手にしてくれ。
俺はコーヒーの味と香りに癒しを求めることにした。別に逃げたわけじゃない。プライベートの時間に仕事の話をしたくないだけだ。ホントだぞ。
俺が黙って自分の世界に浸っているあいだにも、クロノの説明が続く。この解説キャラめ。
「レジアス大将にもいろいろ相談してるそうだし、各世界は、まだ次元世界連盟内での主導権争いで手一杯だ。新しい世界に手を出さないということはないだろうが、本腰をいれるほどの余裕はない。火傷しそうならすぐ手を引く程度のものになるだろう。実際、いくつかの世界は以前から手を出していたようだしな。レジアス大将なら、その辺まで読んで、その行為を政治闘争に利用しそうだが」
俺はため息をついて、補足した。
「現地政府とのコネクション作りにも役立つだろう。
連盟構成世界からの裏交渉に応じるようなら、それが弱みになって、交渉で優位に立てる。連盟世界が、現地の公式政府以外の勢力に交渉をもちかけるなら、連盟構成世界と現地政府双方に貸しをつくれる。ことを起こしそうな管理世界はだいたいリストアップしてるし、そのなかでも主な世界の諜報関係には、ネタを仕込んである。
次元世界連盟内で勢力争いがあるように、各世界内でも権力争いがある。保安局の影響を排除したい連中と争っている連中が、保安局の中枢とコネをつくれる機会と見れば、まず食いついてくるだろう。あとは適度に連携していけばいい」
一段と難しい顔になって考え込むティアナと、口をはさまずにニコニコ微笑んでいるフェイト。まったく、このお人よしが。いまはティアナとシャーリーがついてるからいいが、気をつけないと、好き放題利用されるぞ。
やつあたり気味な思考は口にはださない。前に似たようなことを言って、
「大丈夫。その人任せにするのは、ほんとに信頼してる人だけだから」
と笑顔で言われた。ホントか、と思いつつ、その笑顔の前に俺は沈黙した。天然には勝てん。しかも、いまのフェイトは、ただの天然とも言い切れんし。ホントに手強くなった。頼もしいやら、対処に困るやら。
「僕としては、やはり現地の文化に与える影響が心配なんだが……」
クロノが深刻な顔で言う。
出会った頃から変わらぬ生真面目さ。若ハゲしないのがほんとに不思議だ、とヴェロッサに漏らしたら爆笑していたが。
次元世界の政治家で、そこまで考える人間はそうはいないだろう。それを治安機関の1将官が、大真面目に憂慮する。組織人としてはマイナスだが、人間性において、その美質を曲げずに今の年齢・今の地位まで進んできたのは、正直たいしたものだと思う。あるいは、一生、その在り方を貫けるかもしれん。俺やレジアスとは違って。
「文化が変化しないなんざ、幻想だろ。俺の故郷の国は、100年ばかり前、わずかな間に、風俗や思想が大変動した。60年くらい前の戦争のあとじゃあ、もっと凄まじい変化があった。それほど劇的でなくても、1000年ばかりの歴史のなかで、様々に文化は揺れ動いてきたそうだ。
文化は、それを生きる人間のものだ。それを守るだの侵すだの他人がいうのは、傲慢な話だと思うが」
内心を表に出さずに、俺が言葉を投げると、クロノは顔をしかめた。
「言ってることはわかるが、だからといって、なにも手を打たないというのもどうかと思う」
「ハゲるぞ」
揶揄で返した俺に、クロノは深いため息をついた。こいつも大分からかいに耐性がついたのか、精神的な器が広がったのか、反応が面白くなくなってきたな。
まあ、実際のところ、「文化保護委員会」みたいなものが連盟の下にできることになるだろう。何年先のことになるかわからんが。管理局の請け負ってた自然保護の問題もある。次元世界全体の思想をある程度すりあわせて、文化的に大きな齟齬のない形にしていく必要もある。文化的な軋轢や反目は、しばしばタチの悪い紛争の種になる。
まあ、それは俺が生きてる間にとりかかれるかどうか、というレベルの話だ。非魔法世界とのコンタクトだけでも10年単位の調整や駆け引きは固いのに、連盟への受け入れや従来の魔法社会とのすりあわせなんてことは、それこそ数十年でもどうか、という話だ。文化保護だのなんだのに、組織として手をつけられるのはその先だろう。
それまでは法制委員会あたりに暫定法をつくってもらうなり、期間限定専任委員会でも立ち上げるなりで、しのぐことになるだろう。委員会を立ち上げるなら、望ましい構成として……。
って、やめやめ。なんで、俺がこんなことを考えなきゃならんのだ。俺は武力部門の統括役の1人。政治や陰謀はもう、俺の仕事じゃない。
俺は思考を中断して、コーヒーカップに口をつけた。冷めても立ち昇るかすかな香りが、先鋭化しようとする気持ちを和ませる。
結局、俺は俺から逃げられないのだろうか。生き延びてみて、新しい自分でありたいと願いながら、それでも、変わらず、戦いつづける羽目になりそうな気配。単純な戦いじゃなく、人の心理や欲望を読んで、それに対応して組み上げていく手順の連鎖。被害を減らすためという題目を掲げつつも、結局は陰湿で性悪なやり方。
“望む在り方と自身の資質が合致していることは幸運だ”。誰が言ったのやら、正しいのだろうが、気にいらん言葉だ。
波打ちそうになる心を静めながら、コーヒーを飲んでいると、ティアナがおずおずと、口を開いた。
「その……なんというか……それでいいんでしょうか?」
皆の視線が集まる。
「どういうこと?」
フェイトが代表して、問うた。
「その、なのはさんが言ってることが、そんな無茶苦茶でもないことは……わかったと思います。
でも、ほんとうにそれでいいんでしょうか? いままでそれなりにやれていたのなら、なにも無理に関わる範囲を拡大しなくても……」
「ああ、その辺は俺の好みだ」
「……はい?」
間の抜けた表情のティアナ。渋い顔のクロノ。にこにこ顔のフェイト。
三者三様の顔を見渡して俺は言った。
「現状が気に食わん。だから修正する。つまり、俺の好みだ。細かいことは気にするな」
「気にするのは当たり前だろう……」
クロノが苦虫を吐き出すのを無視して、俺はのほほんとコーヒーを啜る。
「どう言い繕おうが、結局は、個人の判断に集約される。つまり。好みだ。そんなもの、気にしても議論してもしょうがない」
「めちゃくちゃですよ」
うめくようにティアナが言った。
俺は笑いをかみ殺しながら口を開いた。
「俺は魔王と呼ばれてる。だが、俺を悪呼ばわりするどころか英雄視する風潮さえある」
そして、真面目くさった顔で傲然と言い放った。
「言葉だけの論理やどう呼ぶかなんて、所詮、付け足しだ。滅茶苦茶に見えようが、真っ赤な嘘だろうが、公表された事実を最後まで貫き通せば、それは真実になる。善悪の判断の入ることじゃない」
それまで頭痛をこらえるような表情だったティアナが、不意に表情を変えた。
「どうした?」
「……いえ、なんでもありません」
問い掛けると、目を合わせずに、動揺しきった声で応えを返してきた。ふむ……迂闊な言葉だったか?
「なんでもないなんて、表情じゃないよ。顔色も真っ青じゃない。なにか嫌なことを思い出した?」
フェイトが心配げに構うのに、歯切れ悪く受け答えするティアナ。
……これは意外に……。
ティアナも、余計なことを考えられるほど余裕のある状態じゃないはずだ。が、六課時代の俺との個人的接触がもっとも多かった1人。俺の抱えている闇にも、少なからず触れている。バランスの取れたモノの見方をするし、勘も悪くない。戦闘センスや指揮適性だけじゃなく、政治センスもそれなりのものがあるのかもしれんな、これは。
まあ、いい。疑問をもっても、確たる証拠まではそうそうたどり着けはしない。ましてや、ティアナの階級では得られる情報も少ない。
俺は、コーヒーを飲み干すと、立ち上がった。
「さて、悪いが、俺は次の約束がある。
また、こんな場をもちたいものだな」
「そうだな。そのためにも是非、レジアス大将に、僕達へのフォローの増強を打診してくれ。もう長いこと、子供たちと直接会えていない」
クロノがサクッ、と切り返してきた。
「前向きに検討しとくよ」
「……悪党め」
笑いながら手を振り、俺は席を離れた。
そうだな、嘘も貫き通せば……か。
話を逸らす程度のつもりで口にしたが……。そうだな、過去に囚われるのはもう御免だが、過去をなかったことにするのも、性にあわん。なら、自然と、すすむ先行きは決まってくるかもな。
かすかに俺は自嘲した。けして後ろ向きにではなく。罪業を背負いながらも顔を上げ、見果てぬ陽炎のような夢を見ようとしている、いまの自分を静かに見つめて嘲笑った。子供を優しく愛しく無慈悲に抱きしめる母親のように。
■■後書き■■
感想で気づいたが、さりげに1年余裕で越えてるこの連載。一発ネタだったのに、おかしいな。そもそも自分が長期に渡って書き続けられてるのが謎。