※2/2 誤字修正(美由紀 → 美由希)
時空管理局。
自称、法と秩序の守護者。
俺から言わせれば、聞かれもしないのにそんなことを、わざわざ自称しなければならないような連中のことはまず、疑ってかかる必要がある。そして、実際、ちょっと調べてみただけで胡散臭いことだらけ。
この間から出向している地上本部、いわゆる「陸」は比較的マシだが、ほかの部門は軍事組織(戦力の大きさから言って警察と言えん)にしてはタガが外れている。身内に甘く、罰や法を弾力的といえば聞こえはいいが恣意的に運用、戦闘力と職権をごちゃまぜにする体質。
大体、暴力に優れた奴ほど大きい権力を得やすいってのは世の常だが、暴力に頼らない社会状態にしていくのが治安活動ってもんだろ。その治安のための組織が暴力至上主義ってのはどーよ? 「クリーンで安全」なんて言おうが、この世界の魔道師が戦力、つまり暴力なのは変わりゃしねえ。虐殺や圧政こそ話は聞かないが、腐敗と独裁の条件は揃ってるし、独善と傲慢の影は既にいたるところに芽吹いている。
なのになんで、そんな組織に俺が所属する羽目になったか。そして未だに留まり続けているか。
始まりは、八神はやての家で「本」のなかにダイブして、魔法について知った日から数日後のこと。
その夜、眠っていた俺は、結界の感知した反応に飛び起きた。
(海鳴市上空より魔力保持物体が進入……数21。大きさは俺のにぎり拳の半分ほど。無秩序にばらまかれたような分布だな。! 着地前に一瞬、魔力量が増大して2秒も立たないうちに魔力反応がなくなった? いまは位置を確認できん。隠蔽機能か?)
動きやすいジャージに着替え終わると、身長ほどの長さの昆をもって階段を駆け下りる。スニーカーをきちんと履き、
「なのは、どうした?」
背後から父の声がする。俺はそれを無視して、再度、結界の反応に意識を向けていた。
(臨海公園付近に、魔力保持物体が突然現れた。空間転移、か。大きさから見ても魔道師? ! また、魔力展開後、何もつかめなくなった。さっきの反応といい、なんらかの隠密行動作戦か? ちっ、なんにせよ、直接確認せざるを得ん!)
「なのは? おい?」
「臨海公園だ! 2時間待って戻らなければ警察に連絡を! 家から出ないで防御を固めておけ!」
言葉を背後に投げつけながら、ドアを開け、玄関を飛び出す。父の慌てた呼び声が追ってくるが無視する。自分も説明できるほど状況がわかっているわけではない。追ってくるかもしれないが、一応は元ボディガード。来たら来たで戦力として当てにさせてもらおう。
俺は、路面を蹴る足に力をこめた。
今生の父は古流剣術の使い手だ。兄も姉もその剣術を学んでいる。「武器と名のつくものは一通り扱える」と称する父に、俺は剣術ではなく、棒術を学んだ。俺の戦闘力は陰陽術に基盤を置いている。できるだけ近接戦を避けるために長物を、日常で使うことに社会的制約がすくないから、槍より棒を選んだ。
とはいえ、10才に満たない身体でどこまで闘えるかと言われれば、はなはだ不安だ。だから基本は様子見に徹する。「魔法」の力は謎だらけだ。勝手がわかるまでは相手にしたくない。幸い、棒術の基礎と一緒に、気配遮断や隠密機動のスキルも教えてもらっている。どこまで通用するかわからんが、多少は安心材料になる。
臨海公園につくかつかないかのときに、また、魔力が動くのを感じた。同時に、頭に響く声。
(……助けて、誰か……誰か、助けて……。)
子供のような声だ。
木陰に身を隠しながら、極力気配を押さえて進んでいく。やがて、血の匂いをかいだ。周囲の魔力濃度が高くなっている事にも気付く。
警戒を払いながら、さらに慎重に、事態の中心と思われる方向に進んでいく。
やがて、俺の目に、地面に倒れこむ小さな動物が映った。周囲に目をやり、ほかに気配がないことを確認しながら、注意して近づく。それは一見、イタチに見えた。だが、首に赤い宝石を飾り、全身に傷を負い。なにより、その身に宿した魔力。
(感知した大きさとは異なるが、魔力の質は同じ。魔法で変身できるのかもしれん)
気を失っているようだ。とりあえず、確保することにする。鋼糸で手足を縛ると、すこし考えて、公園の水飲み場に連れて行く。
とりあえず、情報を入手したい。この大きさなら、水に沈めて拷問をかけることも容易だろう。傷を負っていることも好材料だ。顔を見られる危険性を考えて、手持ちのハンカチでイタチもどきに目隠しをする。
その上で、イタチの顔から頭にかけて、水をかけた。
イタチは身じろぎしたが、目を覚ます様子はない。
俺は水飲み場の窪みに水を貯めると、イタチもどきをそこに沈めた。5秒ほど待つが、もがきもしない。引き上げてみると、ぐったりしている。どうも、容易に目を覚ますような状態ではないようだ。さて、どうするか。
俺は悩みはじめ、
「なのは。」
掛けられた声に思考を遮られた。
「家のほうは?」
振り向かずに返事を返す。イタチから視線を外す気はない。なにか動きがあれば、地面に叩きつけるなり標を突き刺すなり即座に対応するつもりだ。
「恭也と美由希に警戒させてる。なにが……」
俺の横まで来た人影-今生の父、高町士郎は俺の手に掴まれている濡れそぼった傷だらけのイタチを見て絶句した。
数秒の沈黙の後、声を絞り出す。
「……その、なにをしているか、聞いてもいいかい?」
会話と沈黙の間に考えをまとめ終えていた俺は答えた。どうみても、動物虐待の現場にしか見えないだろう、と思いながら。
「不審者を尋問しようとしたが、意識を取り戻さないのでな。どうしようかと迷っていた。」
父は、なんともいえない微妙にひきつった顔をした。
はやての家の「本」のなかで接触した銀髪の人影の意識を取り戻すことはできなかったが、表層記憶に触れることはできた。だが、所詮は他人の記憶。十分理解ができたわけではない。それでも判ったことはいくつかあった。
彼女が、「夜天の書の管制人格」であること。例の「力」が魔力と呼ばれる存在であること、魔力をプログラム化して放出することで物理現象を生じさせる魔法という存在。魔法が当然のこととして存在する次元世界。その次元世界を渡り歩いて数多の死と悲しみを振りまいてきた「闇の書」と化した彼女の哀しみ。ベルカの融合騎としての誇りとそれを汚された屈辱と絶望。
俺は、彼女を哀れに思いながらも、魔法を使うための方法が手に入らないか探したが、記憶を見るだけでは、どのようにしてプログラムが組まれ、どのようにして魔力を変換すればいいのか、わからなかった。記憶の中で、彼女は呼吸をするように魔法を操っていたから、基礎もなにもない俺では、ろくに理解できなかったのだ。
そして、今、俺は家族に対し、嘘を交えながらかいつまんで魔法について説明している。自分が魔力をもっていること、知り合いの魔力保持者が何者かに監視或いは研究されていること、そして今夜、市内全域にふりそそいだ21の魔力保持物と転移してきた魔道師の変化した姿とおぼしきイタチ(姉曰く、フェレットだそうだが)。少なくとも、楽観できる状況ではない、という言葉で説明を締めると、リビングに沈黙が広がった。
「えっと、その……」
最初に口を開いたのは姉の美由希。その顔には戸惑いが色濃く表れている。母も困ったような、どうしようか、というような表情だ。父と兄は見た目はとりあえず平静だが、この2人はその気になれば表情を隠せるからな。まあ、当然ながら、俺は「突然妙なことを言い出した、頭のかわいそうなことになった妹」の立場に置かれたと見ていいだろう。頭ごなしに否定や怒声が飛んでこないだけ、マシともいえる。……本当に俺には過ぎた家族だ。
「……冗談じゃ、ないんだよ、ね……?」
「ああ。」
おそるおそる言った姉の言葉に答える。
「その、なのはの言うことを疑うわけじゃないんだけど……。かあさん、ちょっとびっくりかなー、あははは。」
「そ、そうだよね。びっくりだよねー。」
あははは、と2人してあげる笑いが空しく部屋にこだまして消えていく。そして、再び沈黙。
「別に魔法を無理して信じることはない。」
俺は声が平静を保つように努めた。
「この町が危険な状態にある可能性が高いこと、俺がそれにまず間違いなく巻き込まれるだろう、ということさえ理解しておいてくれればそれでいい」
正確には、巻き込まれるというより、火が燃え広がってこちらに害を及ぼす前に首をつっこもうとしているわけだが。
「なのははどうするつもりなんだ?」
兄が口を開いた。
「その、危険に巻き込まれる可能性が高いのだろう? なにか対策はあるのか?」
「正直言って、これという手がない」
感情表現は苦手だが、ややシスコン気味の愛情を向けてくれる兄だ。心配してくれているのだろう。
「とりあえず、情報を集めて、身を潜めながら様子を見るつもりだ。今夜中には落下してきた物体の2・3個は確保して、どういうものなのか、判る範囲で確認したい。あと、このイタチ、フェレットだったか、の意識が戻り次第、尋問する。家に危険物を置くのは不安なんだが……」
父に目を向けた。
「市内にセーフハウスみたいなものはないのか? もしくは襲われたとき、対処しやすいような場所か建物。」
元ボディガードの父なら、住んでいる地域についてもある程度調べているだろうと、考えての問いだ。
だが、父は首を振った。
「あいにくだが、心当たりはないな。それに、例え良い場所があったとしても、なのは一人を危険にさらすわけにはいかない。」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、正直相手の目的も戦力も不明だ。それに空を飛んで来られたら、父さん達でも対処のしようがないだろ? ひょっとして銃器を持ってたりするのか?」
「いや、銃はないが」
真剣な目を向けてきた。普段はおちゃらけているが、こういうとき、この人は理屈では説明できない信頼感を感じさせる。
「娘が危険にさらされるというのに、それを見過ごす父親はいないだろう?」
「同じく見過ごす兄もな」
にっこり笑って言った父に続けて、兄もそう言う。
「も、もちろん姉もだよ!」
「いや、美由希は、かあさんを守ってくれ。本人でなく、家族に手を出してくる可能性もある」
「え、で、でも」
「頼む」
父の言葉に不承不承うなづく姉。母のほうは、父と少しの間、視線を交わしていたが、やがて、ため息をついてこちらを向いた。
「なのは。」
めったに見ない真剣な顔。
「危ない真似はしないって約束してくれる?」
「できない。」
切り捨てた。
「危険はこちらの都合にあわせてくれなどしない。俺だって危険な目に会いたいとは思わんが、降りかかる火の粉を払わなければどうなるか判らん。」
「大丈夫、桃子。俺が守るから。」
父が口添えしてくれた。
そのあとしばらく、俺をできるだけ安全圏におこうとする家族と、危険物を家におくことにためらいがある俺とのあいだでやりとりが繰り返されたが、結局、俺はフェレットごと家にとどまることになり、父と兄が、俺の護衛とフェレットの監視についてくれることになった。(一応、人間用の医療品でフェレットの治療もおこなった。拘束と目隠しはそのままだが)
そして、その夜のうちに、俺は父の付き添いのもと行動をおこし、結界の記憶していた落下地点をあたって、3個の、青い宝石のような石を手に入れた。
■■後書き■■
なのはは家族の中で孤立しているつもりでいますが、周りの家族はそんななのはを心配しつつ、愛情を向けてくれています。
その辺は原作と変わらないのかな。違うとしたら、なのはが自分の意志で孤立を選んだと思っていることくらいでしょうか。なんか、なのはがツンデレっぽくなってくなあ。
高町家の人々は、とらは世界でなくても、超常現象や理解を超えた出来事を受け入れる度量を持っていると思う。家族への信頼が強いというのもあるでしょうが。