帰り道
イチョウ並木を抜けて、家に帰るあかりの上に、黄色く染まった
枯れ葉が降り注いだ。ヒカルと会話しながら歩く姿は、傍目には
独り言を喋っているように見える。
あかり「慣れない事したから疲れちゃったわ。ヒカルが
『塔矢くんのライバル』って、本当のことだったのね。」
ヒカル「お前、疑ってたのかよ?」
あかり「ちょっとだけね。それでヒカル、満足した?」
ヒカル「ああ、俺が完璧に寄せきったからな。でも、ぜってー
負けたくないって、最後に来たらあいつすげー厳しい手を
連発してさ・・・小学生でも、塔矢は塔矢だったな。
ま、あいつらしーけど。」
あかり「ヒカル、すごくいい手を打ったんでしょう?塔矢くん、
途中から目つきが変わってたわよ。」
ヒカル「俺、集中してたから、あいつの顔あんまり見てないんだ。」
ヒカルは、あかりが目を細めたのを見て警戒した。
あかり「塔矢くん、優しい笑顔もよかったけど、真剣な表情で
あたしのことジッと見るの。ドキッとしちゃった。」
あかりは、うっとりとして頬を赤らめた。
ヒカル「まさかお前、塔矢に惚れたのか!?」
あかり「本当『囲碁の王子様』って感じよね。憧れちゃうわ。」
ヒカル「うー、浮気者ぉ!」
あかり「ヒカルは未来の世界のあたしと結婚するんでしょうけど、
こっちのあたしが、誰を好きになっても自由じゃない!」
ヒカル「ちぇっ、勝手なヤツ。」
あかり「塔矢くんとまた打ちたいな。ヒカもル協力してよ。囲碁のこと、
もっと教えて。」
ヒカル「お前、囲碁教室に行けよ!初心者に教えるのって面倒なんだよ。
大体俺は石に触れねーんだし。」
あかり「教室に通って碁を覚えたら、あたしも塔矢くんと打てる?」
ヒカル「舐めてんのか、塔矢はプロ並なんだぜ。大体お前、素質ないし。」
あかり「あたしって素質ないのかなあ?」
ヒカル「お前、さっき打った碁を碁盤の上に全部並べられるか?」
あかり「覚えてるかっていうこと?そんなの無理よ。」
ヒカル「プロなら4面同時に打って、4面全部並べられるんだぜ。」
あかり「ヒカルの意地悪。あたし、もう塔矢くんと打てないの?」
あかりは、泣きそうな顔になった。
ヒカル「あかり・・・判ったよ。手は俺が考えるからさ。
俺だって塔矢と打ちたいし・・・でも、俺が未来に戻ったら
お前、塔矢に本当のこと話すんだぞ。」
あかり「心配しないで、ちゃんと謝っとくから。」
ヒカル「俺はお前が塔矢と打てるようにするから、代りにお前は、
ひかるがプロになるの協力してくれよな。」
あかり「いいわ、これで協定成立ってわけね。」
あかりは手を伸ばしたが、ヒカルの腕をすり抜けてしまった。
ヒカルは、手を軽く握って形ばかりの握手を完成させた。
ヒカル「でも、俺いつまでこっちにいるか、判んないんだぜ。」
あかり「そんなの困るわ。早く塔矢くんと打つ方法を考えてよ。」
ヒカル「その前に、子どもの囲碁大会を見に行こうぜ。お前、チラシ
もらっただろう。あの熱気を見たら、お前だって絶対感動もんだぜ。
その後で、塔矢を待ち伏せするんだ。」
ヒカルがいつ元の世界に帰るのか、気が気でないあかりちゃんは、
早速マグネット式の碁盤を買って、毎晩碁を教わることにした。
教室に通うより手っ取り早く、囲碁に取り掛かったのである。
ヒカルが教えてみて意外だったのは、あかりちゃんが素直で
物覚えがよく、まだレベルは低いものの、筋は悪くないことだった。
ヒカル「あかりのこと、俺いつも『ヘボ』なんてバカにしてたけど、
戻ったら謝らなくちゃいけないよな。」
振り返ってみれば、未来の世界のあかりちゃんの周りにいたのは、
詰め碁ばかりやってる囲碁部長と、いきなりズルを教えようとした、
サボりがちなネコ眼の部員だった。彼らは、楽しく碁を打つ仲間
であったが、指導者としては不足であった。
そんな環境にかかわらず、あかりちゃんがそこそこ打てるように
なったのは、ひとえに偉大な愛の力の成せるわざであろう。
ヒカルは、あかりちゃんに碁を教えながら、佐為が鍛えてくれた
日々を懐かしく思い出していた。そうして、想い出に浸りながら、
あかりちゃんに手ほどきするのも、悪くないと感じていた。
1週間が過ぎても、ヒカルが急に消えてしまうようなことは
起こらず、無事に『全国子ども囲碁大会』の日を迎えたのだった。