―――ぴりぴりぴり、ぴりぴりぴり!あぁ、電話がなってる。結局着メロの変更はせずに三年間使っているケータイ。俺にとっては目覚ましと、時計と、電話と。色んな姿に変わってくれるもの。けどこれはアラームじゃない。電話だ。誰かが俺に用事があってかけてきているんだ。もぞもぞと何処かにあるケータイを手探りで探し、「…ぅあい、もしもし~。こちらあっちゃんです~」『あ、やっとでた。ずっと呼んでたのにちっとも返事してくれないんだもんなぁ』「……? ん、だれだっけぇ?」『むぅ、酷い事言うんだね、君は。ずっと一緒に居たのに』「……ああ、けいたクン? いやいや、あの時は悪かったって。俺も切羽詰っててさ。いいじゃん、バイクでレインボゥブリッジからダイブした事なんか忘れようよ」『……ほい?』「あれ? じゃあ…りょーちん? そうだよね、声がそれっぽいしね。いやいやごめん」『ち、違うよ! 僕は―――』「ああ、ごめん、ちょっと用事思い出した。今思い出した! また今度ね!」『んん~…用事って?』そりゃあ…。俺は…。……?俺は、そうだ、『俺』は―――、「―――お母さん、殴りに行かなきゃなんです!」15/~ナカの人~ハッとなって目を覚ますとそこには顔が。いかつい管理局員の顔が。安西先生、大変です。もう局員しか見えねぇ……。「―――って近いわボケェェエエ!!!」一秒ほどの硬直の後、すぐさま拳を振るった。それはもう当たり前のように。「ぶべらっ! な、何するんですかディフェクトさん! 目を覚ました途端に人を殴らないでくださいよ!」「うるせえ! お前絶対何かする気だったろ!? ワイセツ目的だろ!? 目が覚めてお前みたいな顔が目の前に居たら誰だって殴るわ! 正直お前の顔ドズルより凶悪だわ!」「ドズルよりいくらかマシでしょうよ!? つーか人が心配して呼吸を確かめてたのにそれですか!?」いやいやいや。絶対お前下心あったし。お前が目を瞑って唇を突き出していた意味が分からんし。俺との唇までの距離あと一センチ無かったし。「……正直に言ったら、アースラに帰った後イイコトしてやる」「キスしようとしました」ほらね。これだから、大人ってヤツは。それから、「それが…っ、それが大人のやることかぁあ!! お前みたいなヤツは生きてちゃいけない! 消えろぉ!!」「えぇい、賢しいだけの子どもが何を言う!」「賢しくて悪いか!!」なやり取りを加えた上で事情を聞きました。「ですから、ディフェクトさんが動力炉の封印の途中で気を失ったんで人工呼吸を、その……」「ん~? そうだったっけ……。そっかぁ、俺、失神してたんだ」そうか。それで人工呼吸か。……必要なくね? 心臓もちゃんと動いてたんでしょ?「いえ、正直二回くらい止まりましたよ」「マジで?」「はい。最初は不整脈程度だったんですが、二回目が十秒くらい止まっていました。それでマッサージと人工呼吸を……」「嘘じゃないよね?」「……はい」何だよその間は。……、てなんだよ、……て。しかし、そっか。ついに心臓止まっちゃったわけか。てことは……、「シェル、起きてるか?」『……』デバイスからの反応は無い。セットアップも気を失ったときに解除されたのだろう。セカンドフォームを展開していた右腕は素に戻っていた。……。や、やばい。急がなきゃ。大丈夫。まだ時間はある。急いでプレシアの所に。「あの、ディフェクトさん……?」「ん、ああ、封印は終わってんだよね?」「はい、完了しています。この後我々は予定通りライフラインの確保に向かいます。ディフェクトさんは?自分の判断なのですが、アースラに転移なさったほうが―――」そりゃ、駄目さ。「―――予定通り、プレシアのもとへ」今、アースラに戻ってなんになるってんだよ。それじゃ駄目なんだよ。それは生き残るだけだ。いやいや、すごい大事だけどね生き残ることも。ていうか帰ったほうがいいんだろうね。いくら俺でもそれはわかるよ?でも、俺はそれ以上に、今、プレシアに会わなきゃならないんだよ。分かってくれるかい?俺の万感を込めた眼差しに、顔の怖い局員は何とも言いがたい表情に。「……了解。自分たちの任務を、無駄にしないでください」「おうともさ。ソッチこそちゃんとちゃんと見つけてよね。それが無いと俺死んじゃうんだから」「任せてください。増援も来てくれるそうなので」「ほぇ?」増援?へぇ、やってくれるじゃん管理局も。このタイミングで増援か。ニクい演出だね。つか最初から出せ。俺ら死ぬ思いして機械兵たち倒してたのに。増援は来ないのかぁ!?な思いして戦ってたのに。「んだよ、最初から出せってんだよなぁ?」「いえ、戦闘要員ではないんですよ」やや苦笑しながら局員が答えた。ふぅむ。なるほど。検索魔法担当みたいなやつか。管理局にも色んな部署?があるんだなぁ…。俺が入るとしたらその辺がいいなぁ。絶対前線には出ないような。テキトーにこなして、テキトーに生活したい。ま、無理なんでしょうけど。「ではでは、行きますかね」。。。。。ふわりと、身体が浮いた感覚。ゆっくりと接地したその場所には、見慣れた玉座があった。いつも、母にお仕置きをされていた場所。あまりいい思い出は無い。ズキズキと痛む身体を押さえながらあたりを見渡す。母は、居ない。「どこ、かな……?」「ん、ここには居ないみたいだね。さっきまで居たみたいだけど、匂いが薄い。あの奥、かな。管理局も通った後みたいだ」すい、とアルフが指差した先は玉座の裏。気が付かなかったのだが、扉がある。今まで一度も見た事が無い。そもそもそこに扉があることすら知らなかった。あの奥に母が居る。そう思うとなにやらどうしようもない不安がフェイトを襲った。何故だろうか。不安に思うことなど一つも無い。だが、(……行きたくない。あの先に、行きたくない)そんな気がする。している。扉からいやなものが流れ出てきている気がする。「フェイト、どうする?」真摯な瞳でアルフが聞いてきた。「きっと後悔するよ、フェイトは。この先に行ったら、後悔する。こんなことなら来るんじゃなかったって思う。見たくなかった、聞きたくなかったって思う。 そしてねフェイト、ディフェクトはフェイトにそんな想いをさせたくないから今までずっと頑張ってたんだよ。それでも、行くかい?」アルフの言葉はフェイトの胸へ。つきん、と身体ではなく心臓の辺りに疼痛が走った。鼓動の回転が速くなる。どくどくどくどくと耳に心臓がくっついているのではないかと思うほどにうるさい。―――後悔。する? なら、行かない。行かない?この先に行かなかったら、それこそ後悔するのではないか?「……アルフは、この先に何があるか知ってるの?」「知らないよ。でも予想は出来る、かな」「それは―――」思わず口を噤んだ。聞いても意味が無い。いや、無い事もないのだろうが、それを聞いてもきっと後悔するのだろう。迷っている時点でもう駄目なのだ。どちらかを選べといわれたら、どちらを選んでも後悔する。そういう風に出来ているんだ。わかった。「ふふっ、そっか。そうなんだ」「フェイト?」アルフの怪訝な瞳。大丈夫だよ。おかしくなんてなってない。むしろ可笑しい。後悔なんてものを怖がっている自分が。この先はきっとフェイトにとって嫌なことがあるんだろう。辛いことがあるんだろう。泣いてしまうかも知れない。心に-5点位もらってしまうかも。でも、「あのねアルフ」「うん?」「兄さんの戦闘記録って見たことある?」「ううん、無いよ。それがどうかしたのかい?」きっと、立ち直れる。負けない。勝ちもしない。あるがままに受け止めて、後悔して、生きて、小さな幸せがあって、生きて、また後悔して、生きて、そして0に戻ろう。「私ね、一回見せてもらったことがあるんだ。兄さんが寝てるときにね、シェルブリットがこっそり」「マスターの意志を無視か……。面白いデバイスだよ、まったく」「それでね、兄さんこう言ってた。『言い訳なんて後で出来るんだ! けど後悔なんてしたくない!』って」「ぷっ、我侭なヤツだね」「うん。でも、兄さんらしいよ」アルフの楽しそうな笑顔を見ながらフェイトは思う。自分は、兄のようにはなれない。強くなれない。後悔はしたくないが、流れに逆らう事無く、そこから逃げる道を選ぶ。それが今までのフェイトだった。「私が泣いたら、兄さんは慰めてくれるかな?」「え、えと、どういう意味で?」「……意味?」「あ、いやゴメン、えと……まぁ、慰めてくれるんじゃないかねぇ。それこそ全力で」「それなら……」行こう。きっと後悔する。分かっている。でもここは、「―――ここは抗う場面」だよね、兄さん。。。。。。走る、走る。機械兵はガン無視。相手にしてたら日が暮れる。次元空間に太陽はないけど。「ひぃ、へぇ、ほぉっ! まだかよ~!」走る、走る。……だが、広い。めっさ広い。もう絶対に一キロくらい走ってる。てか絶対それ以上走ってる。なのに着かないってどゆことやねん。マジ意味分からんし。迷路じゃねえかよこんなの。「やっぱアレか、原作でクロノが壁の中から出て来たのってショートカットしてたからなのか? そうなんだな、そうに決まってる! ああイライラする。ああイライラする! 何だこの廊下! なんでこんなにグネグネしてるんだ! 侵入者対策か!? そうかそうなんだな、謀ったなプレ・シャァァァアアア!! 俺は坊やじゃないぞーー!! ヒャッホー! テンションMAーーーーーっⅩ!!!」『……』「……さて」そして走る。……。アレだよね。ツッコミが無いってきついよね。やっぱりボケだけじゃ読者を笑わせることは出来ないんだ。どっかのエロイ学者さんが言ってた。間違いない。現在シェルは眠っている。それはスリープモードに入ったとか、起動できないとか、そういうんじゃない。現に俺はファーストモードを展開してマラソン中。あまりにも邪魔な機械兵は鬱憤を紛らわす為に壊してる。おかげで背中のフィンが後一枚。どうしてくれるんだシェル。……まぁ、いいかな。もういいよね? アレでしょ? もう皆気付いちゃってるでしょ? 終盤に持っていって今更何言ってんの?とか思われたくないしさ。そうなんだよ。ネタバレだけどアレなんだよね。シェルブリットさんって多分アリシアなんだよね。いやいや多分だよ、あくまでも。でも多分間違いない。いやまぁコレも多分なんだけど……。オレッちも最初は驚いたもんさ。だって男なのに。男なのに、何を考えてシェルにアリシア入れたよ、プレシア。いやいや、分かるよ? この調子で、シェルが身体を乗っ取り⇒ ひゃくぱー達成⇒ アリシア覚醒⇒ あら不思議、アリシア完成じゃない⇒ レンジでチンより簡単だわ。みたいな流れは俺にも分かる。しかし、何故に男かね。なんで俺かね。色々とまちがっとりゃせんかね、プレシアさんやい。「まぁ、直接聞きゃいいんだけどね」ようやく廊下の先が見えた。扉も。おそらくフェイトがよくシバかれてた部屋。あそこの奥に行って、プレシア殴って、色々聞いて、『俺』が消える前に身体治して、ハイシューリョー!!死人に身体をやるほど人生に絶望しちゃいない。とかカッコイイよね俺。「やぁってやるぜぃ!」頑張れシェル。俺は負けないぞ。でも死んじゃったらよろしくね、ふひひ。。。。。。『―――――。―――、―――。―――――』「……、…………。……………、……?」『―――。―――――っ! ―――――!!』「……。………………。」『――――…です。そんな・もの、――――』「そう、そうだね……」―――――そして、「―――何を話しているんだい? 僕もまぜてくれないかな。さっきフラれちゃってさ、あはっ」。。。。。間に合った。リンディの口から安堵の息が漏れた。未だジュエルシードは発動の兆候を見せていない。少しの距離を開けて見える女の背中。その傍らに浮かぶ水槽。中には、時の止まった少女。アリシア・テスタロッサ。大事な人を亡くした。その気持ちは理解できる。自分が夫を亡くした時も悲しみにくれた。誰だってそうだろう。大事な人には死んで欲しくは無い。生きていて欲しい。だが、「プレシア・テスタロッサ。貴女のやっていることは犯罪です」そう、犯罪だ。それもかなりまずいレベルの。『世界』に影響を及ぼすほどの。だから、止める。次元震は起こさせない。あるかどうかも分からないアルハザードなんかに―――、「―――あら?」綺麗な声だった。くるぅりとプレシアが振り返った。その顔には笑顔。満面の笑み。人の顔を読むのはわりと得意だ。管理局で艦長職をもらっているのは伊達ではない。そんなリンディから見て、アレは喜びだろうか。「犯罪なんて、そんなことは知っているわ」恐らく違うだろう。張り付いたままピクリとも動かないその笑顔は、喜びではない。まるで能面のようで、気持ち悪い。暗い瞳に吸い込まれそうになる。身体が硬くなるのを感じた。咽喉が震えるのも感じた。「あ、アルハザードなんて、この世には無いんです!」リンディは分かってくれとばかりに大きく叫んだ。身体の震えを払うように、大きく。アルハザードは無い。大魔道師とまで呼ばれたプレシアなら分かっているはずなのだ。それを、くだらない妄想に取り付かれてジュエルシードを集め、挙句の果てに世界を巻き込んでの心中など。そんな事―――、「―――知っているわ、そんな事」知っている?「知って、いる?」混乱した。ぴよぴよと頭の上をひよこが回っているかもしれない。場の空気が凍ったことを、リンディは確かに感じた。後ろに控える局員も同様に、ぴたりと。知っているとは、知っているということだ。アルハザードが無いと。ではアルハザードがないと知っているのに何故。疑問が次々と湧き出て、いや、それ以前に、アースラに対する通信はなんだったのか。あの通信を聞く限りではプレシアは確かに確信していた風であった。アルハザードの存在を。それを、何故今になって?「いいえ、そう、違うわね。知った、と言うべきかしら。そう、知ったの。アルハザードには『行くことが出来ない』と」理解が追いつかない。能面の笑顔が、にこにこと。「な、なにを……」「アルハザードはあるのよ? 確かに存在している。無いなどということはないの。 でもね、知ったの。今、知ったの。行けないのよ、この程度じゃ。これではアリシアが眠ったままだわ。早く起こしてあげなくちゃいけないのに、寝たままなの。 ねぇ、貴女、わかる? 存在しているはずなのに行けないの。そう、簡単なことじゃないのよ。アルハザードは、っふ、ふふふ……。ああ、そうか。最初から、こうだったの? ねぇ、こうだったのかしら。貴女にはわかって、アリシア? 私は確信していたのよ、貴女を起こしてあげる事が出来るって。それなのになんでこうなったのかしらね。ああ、そうよね、きっと最初からこのつもりだったのよね。きっと、この、土壇場で、私がどうするか見たいんだわ。ああ、アリシア。ああ、可哀想なアリシア。どうしたらいいのかしら。私はどうしたらいいと思う、アリシア?」そう言ってプレシアはアリシアに縋る。リンディの背筋を怖気が走った。その顔に笑顔を貼り付け、傍らにある瓶詰めにされた娘に、一体何を聞いている?そう。その様子は、狂っている。誰かが言った。。。。。。おかしい。何がおかしいか。それは言葉にすると難しいのだが、なんだろうか、空気とでも言うのか。まるで破裂する前の風船、それと先が尖った何かが同時に存在しているような。妙な緊張感。波打ち際に立って、足の裏の砂が持っていかれるような。奇妙な違和感。それを、無視。空気が読めない? 上等じゃないか。だから、「―――母さんっ!!」全部、聴く。ジュエルシードのことも、兄の事も、母のことも、母の隣にいる、『女の子』の事も。「……母さん」「フェイトさん、なんでここに!?」リンディだけでなく局員全員が驚いていた。それもそうだ。今のフェイトは拘束されているはずの人物。それが今ここにいる。フェイトとしては拘束も何もない。ただ治療されて、ベッドに寝かされていただけだった。抜け出すも何も、ただ転移してきた、それだけだ。そして今、フェイトには管理局にかまっている暇なんて無い。「母さん……話を、聞きに来たよ」「はぁ、今更何をしに来たのかしらフェイト」実に気だるそうにプレシアは言った。今更。今更なのだ。今更フェイトに用は無い。プレシアはそう言っている。フェイトにもそれは分かる。理解できてしまう。しかし、何故? 何故、必要とされない?その鍵を握っているのは恐らく、「その子は、誰?」そしてフェイトはプレシアの隣を指した。自分の斜め後ろでアルフが唾を飲み込む音が聞こえる。瞬時に理解した。ああ、そうかと。あれが『後悔』の基。それでも、聞かずにこの邂逅を終えてなるものか、と。「その子、私に似てる……よね?」既にある種の確信が、フェイトにはある。きっとそうだ。そういうことか。正直、フェイトは馬鹿だ。アホだ。ポケポケしている。ブラコンで、使コン(使い魔コンプレックス)で、ドMで、おどおどしてるし、キョドキョドしてる。今のところ友達といえるのもはやて一人で、兄と『挨拶』するのも疑わない、ギリギリで一般常識も欠如しているように感じる。だが、そんなフェイトにも分かることはある。アレが兄が隠したかったこと。優秀な使い魔である、アルフが隠したかったこと。そう、アレは、(―――アレは私、なんだ……)ぐにゃりと、地面がゆがむような心境。今、母の隣にいるのは、『ワタシ』。そしてプレシアは言った。「なぁにを言っているのかしら。この子があなたに似ている? 冗談じゃないわ、冗談はやめて、冗談は嫌いなの、私は。いいこと、フェイト……?」諭すように、ゆっくりと。「この子が、アリシアがあなたに似ているんじゃないの。あなたがね、『FATE』っていうお人形さんが、私の可愛いアリシアに似ているの。わかるかしら? あなたは余り頭の出来がよろしくないからね。わかる? あなたはね、アリシアの、ク・ロ・ォ・ンなの。く、くくく。 もう……なんて言ったらいいのかしら。そう、不快だったわ。不愉快なの。アリシアと同じ顔。同じ声。同じ髪の毛。全部ね、何もかもが成功だったのよ。なのに何故かしら? 何故あなたは記憶を受け継がなかったの? 部分的に引き継いでも意味が無いの。そんな穴だらけのチーズみたいな記憶じゃ意味が無いの。ふふっ。穴ぼこだらけでね、虫食いだらけで―――」一息でそこまで言ったプレシアは、大きく息を吸った。「とんだデキソコナイだわっ!!」誰もが、ピクリとも動けなかった。プレシアの言葉はフェイトの心を抉っている。掻き毟っている。ボコボコに殴って、引き伸ばして、ぶすぶすと鋭利なもので突き刺している。それでも、誰一人としてプレシアの言葉を止めなかったのは、笑っているから。フェイトが笑っているから。どういう心理状態なのか、フェイトは薄く笑みを湛えていた。両の瞳に、それこそ目いっぱい涙を溜めながらも、微笑んでいたのである。後悔した。確かにフェイトは後悔してしまった。とんでもないほどに。こんなことなら来るんじゃなかった。もし過去に戻れるのなら数分前の自分を殴り飛ばしてでも止める事は間違いない。でも、それと同時に兄の事を思い出した。兄なら、この状況でなんと言うか。どんな表情を浮かべるか。フェイトは思う。兄もきっとクローンだ。兄は兄で、男だけど、きっとクローンだ。たまに、ふとしたキッカケで思い出す昔(アリシア)の情景。そのとき自動ドアが開いた。玄関の鍵を閉めた。箪笥の角に小指をぶつけた。そんな時に、ふと思い出す、記憶。フェイトには何故忘れていたのかわからなかった母との記憶がいくつかある。母に花で作った冠をあげた。美味しいご飯を作ってくれた。花瓶を倒して怒られた。しかしいつも兄はいない。その思い出の中に、ディフェクトはいないのだ。(だからきっと、兄さんもクローンなんだ)そして兄はアリシアの事を隠した。自分の事をクローンだと知っていたから。では兄がその事実を知った時、どうしたんだろうか。そこまで考えたら、微笑んでいた。(きっと兄さんなら)こう言うんじゃないかな、と。震える唇を一度だけ引き結んで、開けて、咽喉を震わせて、「は、……はぁ、アリシア? シラネーよンなもん。俺は……じゃなかった……私は私。アリシアはアリシア。一緒にしないでっ!」ここまでが兄から借り受けた言葉。ここからは違う。母に、大好きな母さんに。「……たとえ私がクローンでも、アリシアの出来損ないでもっ、私はっ、私で、母さんは母さんだから! 私の大好きな母さんだから! だから、だから私はあなたさえ望めば何でもします! 管理局とだって戦います! ジュエルシードだって、他のロストロギアだって取って来るからっ」だから、私を見て。それが母に伝えたい一番の事。こっちを見て欲しい。目を合わせて欲しい。フェイトと優しく呼んで欲しい。勿論、その願いは叶う事なく、フェイトの頭上には魔法陣が出現した。「……あ」今度こそ涙が零れ落ちる。頬を伝う。暖かい。アルフが、局員が、皆がこっちに。魔法陣が輝き、雷光を発した。落ちる。雷が。フェイトに。「―――ところがギッチョン!! そうはいかねぇなあ!!」それがフェイトの聞いた言葉。誰も反応しきれなかった高速展開の魔法を叩き潰した男の声。膝が崩れた自分の肩を抱く、力強くも温かい手のひら。久しぶりに感じる温もり。確かにフェイトは幸せを感じ、そしてゆっくり気を失った。兄さん。。。。。。「やはー、ぎりぎりセーフッ!」いやいや、狙ってないよ?いくらカッコよく登場したいからって流石にそこまではしませんよ。かなりギリギリだったしね。体中シビシビしてますから。電気流れてますから。ああ、頭いてぇ。腕の中にはフェイト。涙を流しながら気を失っていくのを確かに見た。きっと精神的に限界いっちゃったか、はたまた別の要因か。ゲシュタルト崩壊とかだったら洒落にナンネ。何はともあれ、知っちゃったんだねぇ。俺の苦労が水泡に消えちまった訳だ。へ、へへへ。まったく、何してんだろうね、この妹は。自ら不幸になりに行くことなんか無いのにね。そこまでMか? 調教しちゃうよ?「……アルフさんや」「あいよ、ディフェクトさんや」俺はフェイトをアルフに預けた。その際に尻を撫でるのを忘れない。ゲットだぜ。そしてどう考えても幸せそうには寝ていないフェイトの顔がね、マジで、ああもう……。「はぁ……」そりゃため息も出ますよ。管理局は何やってたんだい? フェイトがこんなになって、涙を流してるのに。アホの子だけど、中々涙は流さないフェイトがこんなになってるのに。まったく、呆れてくるよマジで。「ホントさぁ、マジ頼むよリンディさん。何アンタ、黙って聞いてたわけ?」「……ごめんなさい」わかってる。誰が悪いとか、そんなんじゃない。いや、俺が早い段階でフェイトに、お前クローンなんだぜ、俺と一緒じゃん。みたいな事言ってたらまた違う結末だったかも。寧ろフェイトだったら喜んだかも。まぁ、後悔ってヤツですな。仕方ねえよ。反省は後だ。今はただ、「殴っちゃる!」身体ごとプレシアのほうを向いた。で、そこで初めて気付いたわけだ。プレシアの様子がおかしいことに。「……うん?」自らの肩を掻き抱き、ぶるぶると、がたがたと震えていた。テラキモス。シェルだったら間違いなくこう言う。俺の右手に付いてるデバイスは口が悪い。毒舌だ。でもそんなシェルも今はいない訳で。そしてプレシアは、カタカタと震える口を開いた。「ひ、ひひひ、生きている? まだ自我を保っている? 定着した? 三十二体目で? くく、ふはっ、来た、奇跡だわ! 今なら神様を信じてもいいわ。宝冠が、来た!! ああ! アリシア!」ひ、ひぃっ!もうだめぽ。イっちゃってる。目が気持ち悪い。こんなヤツはさっさとね……。俺はぎり、と音が鳴るくらいに拳を握りこんだ。魔力を練り上げる。フェイトを助けるのに最後のフィンを使ってしまった。もうファーストはイラネ。すぅ、と一度深呼吸。胸が、リンカーコアが発熱しているかのような。そしてガチャンと一発カートリッジロード。「セカンド」フォームを構築。いつもは押し潰されるような痛みが伴う作業が何とも楽なことか。シェルのおかげか、身体がイカレてるのか。前者であって欲しい。是非とも。「それを、寄越しなさい! 早く早く早く! 宝冠を! 『茨の宝冠』を!!」っけ、自分で捨てたくせに何言ってんだかね。大体、茨の宝冠って何だ。これ以上余計なフラグを俺に背負わせるんじゃないよ。俺はもう疲れたっつの。殴る。色々聞く。出来ればその後死んでいただけたら有難い。ぱきぱきと音を立てて構築完了。うん。われながら良い出来だよ。既にあちこちヒビが入ってるトコがいいね!……マジお願いだからシェル。お願いだから起きてシェル! 僕一人じゃセカンドフォームすらまともに作れないよっ!?―――ひゅん、ひゅん、ひゅんひゅんひゅひゅヒュヒュィィィィイイイイン……っ!背中から聞こえる空気を切る音。アクセルホイール、全、っ開!!やってやる! 「うおおおあああああっっっっっチン、ポォォォォオオオオオオ!!!!」どんっ、と爆音を残し地面を蹴った。一気に肉薄。プレシアは明らかに呆けた顔をしていた。勿論その隙を逃す俺様ではない。「なぁんで俺には! チンポが付いてんだぁぁああああ!!!」突撃の加速をそのままに、ギリギリで手の届く顎に拳を振るった。そして、ガチでヒット。障壁を張る暇さえなかった。いや、あったのかもしれないがプレシアはポケっとしていた。こしゃっ、と確かに顎を砕く感触。タイガーアパカッ!!「ギュッ―――」当然の如くプレシアの頤は跳ね上がり、キラキラと光ながら血と歯が放物線を描くのが見えた。非殺傷設定? んなもんバリアジャケットに付いてるわきゃねーだろ!! シェルはバリアジャケットなんだよ、ただの高性能なね!完全に身体が伸び上がっているプレシアを視界の隅に、俺はホイールから加速を生み出す。ぐるりと身体を斜めに回転させ、「俺は、なんで男なんだ!?」後ろ回し蹴り。いや、殆んど胴回し回転蹴りだったかも知れない。それは見事にこめかみに直撃。靴を通して確かな手ごたえ。足ごたえか。「いぎっ―――!」そして俺は背中から地面に落ち、ない。ここでもホイール始動。ばうんっ、と身体が跳ね上がり、その、豊満な胸に向けて―――、「シェルブリットォ―――」残り少ない魔力を右腕に溜め込んだ。シェルのサポートがないから、へたくそかもしれない。『加速』だって何か後一つ足りない気がするし。だからさっさと起きろ、シェルブリット。「―――バァストォオオっっらぁぁぁあああ!!!」プレシアの乳の感触など感じる暇もなかった。ぷに、とも、ぽよ、とも、ふにゃ、とも。俺の拳は速攻でプレシアの体幹部、胸骨に届き、まるでピンボールの玉のようにその身体を吹き飛ばした。ざまぁ!同時に右腕を覆っていた装甲が砕け、それは地面に落ちるとさらさらと砂のように溶けていった。やっぱ駄目だったね。……。どーよ……。「はぁっ! はぁっ」きっつい。MMS(マジで召される三秒前)だぜ……。そして今更のように動こうとした管理局員が足を止める。ホントお前ら役に立たねぇな、おい。どーよプレシア、『俺式ファイナルヘブン(笑)』の味は。たった今思いついた技だぜ。むしろがむしゃらに手を出して後から名前付けたぜ。「すごい……」局員の誰かが言った。勿論俺の耳にもしっかりと届いている。すごい? すごいだろ。大魔道師といわれるプレシアをぶっ飛ばしたんだもんな。すごいに決まってるさ。でも、俺にとっちゃ当たり前よ。なんでかって? おいおい、今更何言ってやがるんでぃ。いっつも言ってるだろ。いい加減憶えてください。「はぁっ、ハァッハハ! 俺を、誰だと、思っていやがる……!」きゅ、と拳を握って、俺はバーストの反動で砕け散ったシェルブリットを見た。バースト一発しか耐えられない、根性なし。それでもプレシアをぶっ飛ばした。うん。合格です。お前合格だよ。だから、起きようぜ、マジで。ぶっ飛ばしたよ。確かに。顎砕いて、こめかみ強打して、胸部にバーストだぜ。正直死んでもおかしくない。……むしろなんで生きてんの、プレシアさんさんや?「あなたが誰かですって? F-32βよ。本当は魔獣のお腹の中にいるはずのね」「……うるせー」そんなこと聞いちゃいねぇ。てか腕が超イテエ。頭までズキズキしてきた。「それ、『茨の宝冠』はね、男性体にしか寄生しないの。いえ、出来ないといったほうがいいわね。プロテクトとでも言えばいいかしら、それが幾重にも折り重なって存在しているのよ。流石に完全な解析は諦めたわ。だからあなたにはチンポがついているの、ご理解いただけるかしら?」「……」にたりと笑い、プレシアは言った。鼻と口と耳からだらだらと血を流しながら。にしても、プレシアにも分かっていないとな? じゃあシェルはなんなんだろうか。……嫌な予感がする。マジ頭イテエよ、コイツ。「大変だったのよ。別口からのアプローチは」「っはん、知ったこっちゃないね」「最初は宝冠にいくら記憶を転写してもまったく反応しないし、ようやく何らかの『意思』が出て来た思ったらアリシアとはまったくの別物。笑えたわ」「で?」「でもそれは間違っていたの。それはね、アリシアなのよ。まぎれもなくアリシアのはずなの。 けどね、そんなのどうでもよかったわ。記憶の転写も、アリシアの覚醒も、その宝冠の前には全然関係ないんだもの。……くくく、可笑しいわ。死ぬはずなのに、死ぬはずだったのに、なんで生きているのかしら。 『茨の宝冠』は死ぬのよ」「運がよかったんじゃないの、それ?」「奇跡って言うのよ、それ」「それが? 俺レヴェルになると奇跡くらい起こるよそりゃ」「それが、ですって? うふ、分からない?」いや分かる。あえて聞いているんですよ。貴女の相手するのは大変なの。このマッドめ。「解析を進めるうちに面白いことが分かったわ。それね、茨の宝冠を起動させるには血が必要なの。特別な血統が。それがなかったらただの喋る玩具よ。おまけに使用者を食い潰すような。だから捨てたわ。だって必要ないでしょう。なのに……、おかしいわ。謎だわ。あなたはあの出来損ないのコピーなのに何故起動しているのかしら。 ……まぁ、いいわ。面白いじゃない。ねぇそう思わない? 今からあなたを解剖してあげるわ。きっとアリシアを復活させる手立てが山のように詰まってるわよ、あなたのナカには。『茨の宝冠』の中にも。『F計画』は駄目ね。限界が見えたわ。これからは『茨の宝冠』を中心にアリシアの復活を……」ブツブツと独り言のように呟き、プレシアは続ける。「それを分かっていて寄越したのかしら。いや、そもそも系譜だった可能性は? それなら何故今まで……」言えることは唯一つ。「……お前さ」プレシアがふと顔を上げた。さも楽しそうに。新しい玩具を手に入れた子供のように。その顔には笑顔が張り付いている。それを見ると、何と言えばいいのかね、この感情は。同情とか哀れみの類だと思うんだけど、何か違うかな。「お前、もう死んじゃえよ」自分で驚いた。ビックリするくらい冷たい声が出た。やべーよこれ。俺、こんなキャラと違うのに。さっきから、少し、ボーっとするかも。「お前もうダメだよ。世の中に必要じゃない人間なんかいないってさ、それはよく聞くけど……、プレシア母さん、あんたはダメだよ」「私を、母さんと呼ぶなっ」聞こえない。実際に聞こえない。耳元では心臓の音がしている。とくんとくんと血液を送り続けてる。「……母さん、貴女はもうダ、メ。俺も、私も、僕も、私も……」あ、頭イテエ! なんじゃこりゃ!?脳が、脳が痛い。脳みそって、痛覚ないのに、脳が痛い。お、思ってたのと違うってコレ。こんな痛いの?「死んだ人間を蘇らせるなんて凄いけどさ、理解は出来るけど、やっちゃいけない事だって俺は思う。俺も、親しい人が死んじゃったら、いつかやっちゃうかも知れないけど、やっぱダメだよ」途端に膝から力が抜ける。糸が切れた人形のように、がくりと跪いた。おやおや? ディフェクトの様子がおかしいぞ。俺の様子がおかしいぞ。何だこれ。進化はせんぞ。それでも口から出て行く言葉。それは俺の意思に反して滑らかに滑る。「それでも禁忌に臨む、挑む。それが貴女を支える最後の一線なのかな?」これは、おれ、じゃなくない?前のめりに倒れそうになる身体を右腕で支えた。いつの間にか大量にかいていた汗が、それこそ滝のように地に落ちていく。何だこれ? 何だこれ何だこれ? 予想とだいぶん違うんですけど。ロードは? はやてに出会う辺りからのロード! ダメですか、そうですか。いや、分かってましたけどね。「あ~、やだやだ。だから僕は科学者って嫌いなんだよね。もっと信心深くなりなよ。神に仕えられるんだよ? 光栄じゃないか。死ぬのは終わりじゃない。ま、貴女にとっては終わりなのかもしれないけど……」マジ誰だお前。俺はいつもは無神論者で都合が悪くなると敬謙な信者となる人間だぞ。神様助けて。何か思ってたのと違う展開ですよ。シェルは? シェルはどこさ行っただ? 自分の口から出て行く言葉に驚愕を隠せません。どれだ、何処の俺が喋ってるんだ。俺はだれだ。俺は、俺? いや、私? いや俺だろ。うん。俺は、俺。シェルブリットの―――、「……でも」そしてゆっくりと立ち上がった。先ほどまでの、脳が焼きつくような頭痛はもうない。辺りを見れば、皆それぞれにおかしな顔をしていた。まぁ当たり前か、急にこんな……。狂ったと思われても仕方ないよね。そして、「私は、幸せだったよ。短かったけど、それでも幸せだった。私はね、もう続いてないの。これ以上はダメだよ。いっぱい、いっぱいクローンを生み出して、沢山の人に迷惑かけて、それで殺してっ、……もうダメだよ、お母さん」「アリ、シア……?」私の母がようやく口を開いた。