「怖かったな……」「……ああ、恐ろしかった。教官よりも、何よりも……」「ありゃあ、まぁ、正直ムカついたけど……」「いや、言うだけはあるよ。あれほどの技術、一体どうしたら身につくんだ?」「……切ったよ、あのコ」「っは、血が出るのも、気にもしないもんな。正直俺……」「分かってる。現に俺、今まさに吐きそう……」「ぅお! ちょっと待て! うわあああ、こっち向くなこっち向くな!! むこう向いて―――」「おぅべぇぇええええろえろえろえろえろっ!!」「ギャー!!」アースラ艦内、医療局員の会話である。♯/~彼氏彼女の事情~ 普通なら忘れている。 そんな記憶。記録。 私は覚えている。 その時に自我はあっただろうか。きっと無かった。きっと、無かった。ただ感覚で憶えているに過ぎない。 冷たかった。ただ、ひんやりと。 暗くて、暖かくて、優しくて、とても気持ちがよかったのに、ずっとそこに居たかったのに、私は『産まれた』。 なんて事であろうか。こんな、ひどい。あそこはとても優しかったのに、こんなところには来たくなかった。 だから泣いたんだ。そう思う。。。。。。がらんっ。びちゃ。最初に見えたのは瓶詰の少女。次いで血だらけの二人。「医療局員は?」最早『赤い物体』と言っても差し支えの無いような少年を抱えたままユーノは口を開いた。冷たい瞳。凍るような口調。ユーノ・スクライアという人物を知っているものなら違和感を感じざるを得ないその雰囲気は、しかし抜群とも言えるほどに似合っていた。ユーノの姿を見た局員が、ああ、『今のほう』がこの人の本当の姿だ、と確信を持てるほどに。アースラへ『直接』転移したことへの驚きも、傍らに転がる瓶詰も、そのユーノの姿に吹き飛んでいき、「医療局員は何処だって聞いてるんだ!!」怒気迸るその言葉でようやく覚醒。「す、みません!! あちらです!!」ユーノは『飛んだ』。走るよりも魔法。抱えているディフェクトに衝撃を与えないよう。チェーンバインドを伸ばしアリシアを引きずるようにして『手術室』へと。「……くそっ!」口から出て行く罵倒。誰に向けたものかはユーノ自身分からなかった。死なせない。絶対に。ユーノが焦りを感じるほどにディフェクトは死にかけていた。全身、特に上半身がひどいが、あらゆる所から血が吹き出ていた。両腕の状態は酷く、最早なぜくっついているのか疑問が浮かぶ。余りに酷い外傷、それ以外は崩壊中の時の庭園で治したが、それでもディフェクトは限りなく死に近い。早急に、なるべく腕のある医者の所に。見えた扉を蹴飛ばし、「延命装置用意して!!」びくりと肩を上げた局員に叫んだ。二人の医療局員は目にした状況を瞬時に判断。慌しく準備に取り掛かった。ディフェクトに呼吸器を取り付け、腕に点滴用の針を刺そうとしたところで意味が無い(千切れかけ)と判断。肩のそばの静脈に突き刺す。そして局員の一人が口を開いた。「───なんなんだよこれぇ! 何でこんなっ、なんでこれで生きてるんだ!?」当然の疑問。死んでいてもおかしくない、ではなく、死んでいないとおかしい状況にディフェクトは居る。ユーノが見た光。金色のそれは、ディフェクト自身が放ち、そしてそれはプレシアの姿を『消して』、魔法発動者にまで牙を剥いた。所謂自爆だ。恐らく外殻が無かったらプレシアと同じようにその姿を消していたのだろう。その後テクテクと歩いてくるディフェクトを、その外傷を止血をかねてユーノは塞いだ。後は任せますと言うシェルブリットの言葉に従い全力で。だがその出血量は夥しく、間に合わないかもと本気で思った。生きているディフェクトを見て、それこそ不思議。疑問が頭をよぎり始めるが、「生きてるもんは生きてんだ! 口より先に手を動かせ!!」もう一人の局員の言葉にハッとなり、無意識に触っていた唇から手を放した。今しなければいけない事は、生きているディフェクトを、生き続けさせること。上級の治癒魔法を使えればなれる医療局員に期待は出来ない。次元震の影響でミッドへの転移も不可能。熱くなるより先に、命の火を滾らせる。それが出来るのは今、自分のみ。だったら、「っ殺菌は何処!?」「───右の扉! 服は脱いでってくれ!」間髪入れずに返ってくる答えに、その場で服を全部脱ぎ捨てた。「……え……お前……?」「喋ってる暇があったらディフェクトを!」滅菌室に駆け込み、魔法陣が展開された。液体状の滅菌剤が全身をくまなく濡らす。身体を包み込んだそれは光と同時に衣服に変わり、準備完了。医療局員と同じ服に身を包んだユーノは言った。「───ここで治す! 死なせてたまるもんか!!」外傷は『一応』治している。余りに酷いものは放っているが、それよりもなによりもまずは内側。ユーノはディフェクトを寝かせてある台の上部にある、ライトのような形をした機械を無造作に引き寄せ操作した。がちがちがちがち、とダイヤルを回すような音と共に光が放たれそれは魔法陣に変わる。魔法を使っての内部撮影。レントゲンよりもエコーよりも鮮明に。そして空中に映像が流れた。「あ、くそ、やっぱり……!」「何か見つかったか?」両腕の処置をしている局員が口を開く。腕は悪くないようだが、やはり『局員』。町医者のよりもいくらかマシといった程度。正直、任せていられない。「肺に肋骨が刺さってる、しかも内臓なんて殆んど機能してない! これ治さないと治癒なんて全然意味無いよ!」「……冗談じゃねぇよチクショウ。人間開くなんて……」「あぁ、もう、こんな事なら普通に医者目指してりゃよかった!」局員の泣き言が鼻につく。普段応急処置しかしなくていいものだから油断(?)していたのか。転移という便利な魔法があるのだからそれも仕方のないことなのかも知れない。重傷者はすぐに病院へ転移。それを繰り返していたら当然、腕は鈍る一方だ。と言うよりも、それが『医療局員』の仕事か。今、転移は使えない。ジュエルシードの暴走、次元震が原因で空間が不安定になってしまっている。だから、ここで、「───切る」ユーノは静かに呟いた。「ちょ、まてまてまてっ絶対無理だ! 死んじまう、絶対死んじまう!!」それがまたユーノをイラつかせる。このまま放っておいても死ぬ。誰かがやらなければいけないことだろう。「こいつの言うとおりだ。素人がどうこうやっていいところじゃ……」また、イラつく。だったら、と。だったらお前たちがどうにかしてみせろよ、と。それが出来ないんだろう? だから焦っているんだろう?このまま見殺しになんて、出来るはずが無い。ユーノは息をつき、ゆっくりと口を開いた。「ボクが切る。貴方達には無理だ。黙ってるだけじゃ死ぬだけなのに、それを黙って見ていられるような貴方達には。知識は持ってるくせにソレを使わず指を咥えて、無理だ、駄目だって。……使えないね、局員。ただの根性無しじゃないか」「んなっ! 何も知らねぇガキに言われたくねぇんだよ!! 俺たちは───」「黙ってろ! やらなきゃ死ぬって言ってるんだ! アンタ達はなにを期待しているんだ!? 助けが来るとでも思ってるの!? そんなはず無いじゃないか! 転移も出来ない状況で、医療局員が使えないんじゃ、ボクがやるって、そう言って何がおかしい!?」「しかし、それは……っ」やると言ったらやるさ。何のために補助魔法を修めた。何のために治癒を憶えた。何のために医学書を読み漁った。思い出せ。絶対に助ける。自分の脳と、身体を信じろ。動く。思い通りに。だったら出来ないわけが、ない。(君だったら、こう言うね。諦める前に、やっちゃえって。……君の命がかかってるこの場面で言うのは、ちょっと不謹慎かな?)思い、ユーノは指先を立てた。人差し指と中指、二本だけを。残り少ない魔力を集中させ、陣が輝く。「シャープエッジ」同時にユーノの指先に魔力刃が形成された。攻撃魔法。ユーノは使えないと、そう言っていた。そう言ってディフェクトのサポートを続けていた。しかしその指先に輝くのはとてもサポートに必要なものではない。切り裂く為の、断ち切るための、ディフェクトの命を助けるためのもの。「嘘ついててゴメンね。まさかこれで初めて傷つける人が君だなんて思わなかったけど……ちょっと、嬉しいな。変態かもね、ふふ」わき腹に押し当てるその指。動かせばメスより切れるそれで、ディフェクトを開く。「───待てっておい!」「落ち着け、やめるんだ!」だってよ、ディフェクト。局員さんにこう言おう。「っは、やめるもんか」さくり。溜まっていた血が飛び、ユーノの顔を赤く染めた。舌先で一つ舐めとり、ふと思う。あったかい。。。。。。 そうして私は二歳になった。 このあたりの頃から私の記憶はハッキリしており、完全に思い出すことが出来る。 ようやく人生というものを謳歌できる。当時の私はきっとそのように感じていたのではないだろうか。 私は幼児にしては頭の出来が良かったように思う。言葉を理解し、拙いながらも受け答えをしていた。確りと記憶にある。 両親は喜んだものだ。よく親戚一同に自慢していた。 勿論、嬉しかった。誇らしかった。 やはり君の血を引くだけあって───。 やはり才覚は受け継がれる───。 流石はあなたの子供です───。 今思えば、私の父は、母は、良い所の出なのかもしれない。それとも有名人か。 家は大きかった。庭も広かった。ガードマンらしきものも幾人も立っていた。 なんだ、私は金持ちか。実に面白い。笑えはしないが。 そうして私は三歳になった。 と同時に捨てられた。 っポイ。。。。。。「あの、あの……ユーノ、さん……?」端末をいじっていた手を止めて振り向いた。金髪が目に入り、自身の『親友以上』と瓜二つの顔。「ん? ああ、フェイトちゃん……だったよね?」「はい、フェイトです。それで、あの……」「ふふ、どうしたの? とって喰いやしないよ。緊張してる?」「してま、す。緊張、してます」ユーノが知っている人物とは余りにも違う性格。それが笑いを呼んだ。ディフェクトはこんなに緊張しいではないし、さらに視線がかみ合わないことなど無い。あるとしたら、彼にやましいことがある時だけ。ユーノにしてみればなんとも読みやすい、単純な性格をしている。「それで、どうしたのかな? ボクに何か用?」ユーノは幼い子供(ユーノも十分幼いが)に接するように物腰柔らかく言葉をかけた。そしてそれは効果があったようで、フェイトのふらふらしていた視線がユーノのそれに合わされる。「私、あの、お礼を言いに……」「そっか。ディフェクトの事?」「う、うん。兄さんを、助けてくれてありがとうって、そう言おうと思って」「ふふ。はい、確かに受け取りました。とは言ってもディフェクトが目覚めるのはもうちょっとかかりそうなんだけどね」「……ど、どのくらい?」「う~ん……」考え込むように端末を叩く。彼の怪我は全治させた。それこそ限界を超えて治癒をかけ続け、砕けた骨を定位置に戻し、その両腕を捌いて、肉を、筋を、それこそ何かの人形のように『直して』いったのだ。しかし治ったと言っても遺伝子の方は治癒ではどうしようもない。『時の庭園』から持ってきた機材。盗んできたデータ。そして『アリシア』。それらを使って、ディフェクトがまともな人間の生活を送れるようになるまではおよそ、「ふた月とちょっとってトコだと思うけど」「……二ヶ月……兄さんと会えない……」心底沈んだように肩を落とすフェイトが余りに可哀想だった。もちろんユーノだって何とかしてやれるのならそうしたい。しかし全力を尽くしてこれなのだ。ユーノは自身の頭脳に自信を持っている。ディフェクトに凄いと言われた頭脳に。そのユーノが考えて、誰にもいじらせること無く自分で時の庭園から持ってきた機材を使っている。それでも二ヶ月。これ以上は短くならない。「……ゴメンね。でもこれ以上は……」「あ、違うの! これは、その、私のわがままだし……兄さんが元気になってくれるなら、私はそれで……」「……いい子だね、君は」「そ、そう……かな?」「そうだよ。ディフェクトよりも可愛げあるし」「に、兄さんは格好良いから、可愛くない……かな?」首をかしげながらフェイトが。可愛いなぁと羨みながら、そして微妙に話が食い違う感じ。意外と、似ているのかもしれない。「まぁ、君の兄さんが格好いいのは認めるけどさ、あんまり無茶ばっかりしてるとホントに死んじゃうよ、まったく……」「……えへへ」「ん、どうしたの?」「ユーノさんは、に、兄さんの事……好きなんだね」「───っ、な、いや……えと……」前思撤回。似ていない。ディフェクトは、こんなに鋭くない。ユーノは思う。あの馬鹿に妹程度の鋭さがあれば自分はこんな思いをする事無く普通に接することが出来るのにと。同時に憎らしい。妙な所では勘を発揮するくせに何でこんなところは鈍いのか。まさか体の異常のせいで脳がやられでもしてしまっているのか。少しだけ緊張しながらユーノは口を開いた。「えと……なんで、分かるの?」「兄さんの事話してる時のユーノさん、すっごく可愛かったから」「……あの、ありがとう……」この兄妹は本当に、なぜこうもツボを押さえるのか。なぜかもじもじと視線を下に向けるフェイトがとても可愛い。(……う~ん、なんだか新鮮な感じ、かな)同じ顔で、違う二人。やはり人間を作るのは生活環境なんだなぁとなんと無しに思っていたときだった。「あ、あの、あのあの!」「ん?」意を決したと言った表情でフェイトが顔を上げた。それは真剣な時のディフェクトによく似ておりユーノは一瞬どきり、と身を構えてしまうほど。「挨拶はもうしましたか?」「は、え? 挨拶?」「う、うん!」「こんにちは?」「あ、はい、こ、『こんにちは』!!」がし!「あ?」むちゅるん☆「───っ、……?」なにが起こったのか、理解が追いつく前に、ああよかったと。意中の人に初めてのキスを捧げていて、本当に、本当によかったと、心からそう思った。。。。。。 施設。孤児院。 そこでの一年はあんまり思い出したくは無い。 なんといえばいいだろうか、それは所謂、あれだ、馬と鹿というか、虎と馬と言えばいいのか。 とにかく思い出したくは無いのだが、それでもあえて言うならば、私は頂点に立っていた。 施設には私くらいの子供が大勢いた。勿論年上も、年下も。その中で私はボスだったのだ。 気が立っていた。いつもいつもいつもいつも。常に。 ストレスで頭がどうにかなってしまいそうだった。その頃から私は貧乏ゆすりのような癖が出来た。 何かしていないといつも思い出す。私を■てる時の■■の顔。■■の声。 ―――必ず迎えに来るからね。 全部、ニセモノで嘘っぱちだ。 この世は虚ろで、ともすればふと消えてしまいそうだから。 だから私は配下を作る。最初は四人。私たち、『仲間』だからね。とか。 四人とも子供らしく元気にうなずいた。馬鹿め。ちょっといい目を見せたらすぐに信用しやがって。 最初は万引き。よく盗んでいた。施設のご飯は美味しくない。量もそこまで多くない。何かを買う金もない。お腹がすく。そしてまぁ、行き着いた先が盗みだったのだ。 私はよく考えどの店がいいか、どの経路を通ればいいか、それはもう調べつくした。成功率100%。盗みに盗み、盗みまくった。 孤児。社会的弱者の小さな反抗だ。コレくらいは許して欲しい。 そしてその内『仲間』は増えていった。 私の元にいればいい目が見れるのだ、当然であろう。 この時になって私は皆にバンダナを配った。仲間の証として。勿論盗品であるが。 それぞれ、腕に巻いても、頭でも、足でも、何処でもいい。しかし常に身に付けておく事を義務付けた。 何故かと言うと、もう一グループいたのだ。ワルが。差別化するために、止む無く。 そいつらは単純で、馬鹿で、阿呆で。これ見よがしにタバコを吸ったりと、まぁ何とも。 しかし腕力はある。流石に平均年齢が六歳の私のグループよりも、十二、三の相手グループのほうが強かった。 きっと相手のグループにしたら私達は目障りだったのだろう。 しだいに緊張感は高まっていき、ついに私のグループの一人がやられた。 そのとき私は思ったものだ。 ああ、やっと来たか、と。 私の考えより相手側の動きが遅かった。しかしコレで私は頂点になれる。 顔面を腫らして私の元に駆け込んできた配下の話を優しげに聞いているふりをして、頭の裏では既に計画進行。 コレは報復ではない。私がのし上がるまでの、始めの一歩。 それから、不幸な事故が立て続けに三回。相手グループの九人が『何故か』病院に運ばれた。 勿論死んでなんかいない。彼らには、きちんと痛みと恐怖を語ってもらわなければならなかった。 痛みの話が浸透した頃。 恐怖の話が皆の耳に届いた頃。 「───ふふ、次は誰だろうね。キミ辺りかな?」 そして四回目の、『不幸な事故』。 もう私に逆らう者はいなくなった。同時にバンダナを巻く者が増えた。 私は、王になったのだ。そこが鳥篭の中だろうとかまわなかった。自分を蔑ろにするもの、私の存在を虚ろにするもの。そんな者がいない、仕切られた空間の中での王。 高笑いが止まらなかった。 そのときちょうど四歳の誕生日を迎えようとしていたのだ。あと一週間で。 派手に行こうじゃないか。盗んで、かっぱらって、置き引いて、脅すのもありか、ちょうどガタイのいいのが入ってきたところだ。 そんな事を考えながら、実行しながら、一週間がすぎた。準備も万全。金もある。ケーキでも買って来いと言う! そして四歳の誕生日。 私は院長に捨てられた。 っポイ。。。。。。「い、一体なんだったんだっ!」本当に、なんだったのだろうか。唐突に唇を奪われ、そしてフェイトは頭を下げ「ありがとうございました」、颯爽と去っていった。余りに理解できない状況だった。ユーノは『理解できない』と言う事を酷く嫌うが、それでもこれは余りにも、やめろの一言すら出なかった。ありがとう、とは何に対してのありがとうだったのか。まさか唇を半ば無理やりのように奪われ、そしてありがとうと言われるか。理解が、出来ない。さらに、「……すごい、気持ちよかったんだけど……あの娘、何者……?」危うく墜とされるところだった。いろんな意味で。あの顔で、あんなことをされるのは、流石のユーノも予想外というしかない。なにがどうなって挨拶の話でキスになるのか。しかも入れるか? 初対面に近いような、知り合って間もない人物に、舌を!「絶対、ディフェクトのせいなんだろうなぁ……もう、自分のお姉ちゃんに何教えてるんだアイツ!」「挨拶だよ、挨拶」「───うわぁあ!」いつの間にか。気が動転していたとはいえ、本当にいつの間にか真後ろに誰か。いつものユーノだったらあり得ない。気配を読むのは得意な部類に入る。できるだけ気を落ち着けて首だけを動かした。そして立っていた人物を見て、納得。(や、野生じゃ、仕方ないのかなぁ……?)そこに立っていたのはアルフだった。先ほどユーノにカマしていったフェイトの、その使い魔。狼を基にしてあるだけあり気配を絶つ、読むはユーノより上手のようで。「やほ、さっきは随分お楽しみだったようじゃないか」「……、……まぁ、正直……ちょっと気持ちよかったけど……」「ちょっと、かい?」「……すごく」「ふぅん、すごくねぇ?」「……ああもう! そうさ! ちょっとトんでたよ! 誰だよ、あの子にあんなこと教えたのは!?」「ディフェクト……とあたし」「……だろうと思ってたけどね」返ってくる答えは、予想通り。あんな馬鹿なことを平然と教えるのは彼しか居ない。「自分の好みがあんなタイプって、実際苦労するよ、ホント」「諦めな。そういうのって本能だろう?」「……君が言うと説得力があるね」割と最近まで本能で生活していたのだから説得力も出よう。ユーノはため息をつき目線をアルフに送った。この事件で最後に戦闘をしたのがこの使い魔だ。激情を隠す事無くギャーギャー騒いでいた。『ぶっ殺してやる』と一体何度聞いただろうか。今は落ち着いているようだが、それでも自分には良い印象は無いだろうとユーノは思っていた。アルフがここに居るのは、いくらディフェクトの身体を治す装置があるからといっても、それは不思議だ。「……何しに来たのさ?」「ん、まぁなんて言えばいいかねぇ……」ぽりぽりと鼻の頭を掻くアルフが余りにも人間くさく、ユーノはやはり上等な使い魔だと再確認。そのままアルフの腕はユーノの肩にぽん、と。「……?」「いや、そのぅ……悪かったね、色々と。アンタやなのはが居て本当によかったって思ってるよ。あの時……止めてくれてありがとう。アンタ等が居なかったら取り返しのつかないことになってたかもしれない」これには素直に驚くしかなかった。余りに素直。とても真っ直ぐだ。ユーノだったら、自分を負かした(その原因になった)人とはなかなか近づけないだろう。だが、このアルフという使い魔は命令ではなく、自分の意志でここに来ているのだ。そして自分の言葉で謝り、感謝まで。「……驚いた。ボクも使い魔欲しくなっちゃいそう」言葉の通り、目を丸くした。「契約すればいいじゃないか。アンタだったらいい使い魔が作れるよ」「どうだろうね。すっごく性格が悪いのが出来ちゃいそう」肩を上げて笑う。考えなかったわけでもない。デバイスを扱えない自分には最適の選択だとも思うが、如何せん使い魔は製作者に似るという性質があると言う。あくまで噂の範疇でしかなく、夫婦は似てくるや飼い主とペットは似てる、等の話と同程度。しかし、もし本当に似てしまうとしたらそれは、むしろ恐怖ではないだろうか。(ボクみたいなのがあと一人いたら、それこそ困る。ボクも、皆も)ユーノの思いは正しいかどうか分からないが、作者的にはすごくありがたいことである。こんなチートたくさんいたら困る。「性格ってよりも、すっごい嘘つきが出来上がるかもねぇ。……ディフェクトには内緒なのかい?」「……君たちはさ、何でそんな鈍いのか鋭いのか……本当にわかんないよ」「あたしゃ狼だよ? 分からないはず無いだろう」「……フェイトちゃんも?」「あの娘は……まぁ、直感ってよりも、疑ってすらいないんだろうねぇ」「あとで言っとかなくっちゃ……」あんまり頭は良くなさそうだし簡単に誤魔化せそうだ、とやや(?)失礼なことを考えた時、「それで、ディフェクトは?」「ん、ああ。あと二ヶ月は眠ったまんまだよ」「……それなら、アリシアは?」「……。……あんまり真っ直ぐすぎると損するよ。誰にだってあんまり言いたくないことくらいある」ユーノはただ、ディフェクトに死んで欲しくなかっただけ。正直な話、それが出来ていれば誰が死んだって構わなかった。もちろん死んでほしくは無いが、それでもディフェクトさえ生きていれば、そういう考えを持っている。ユーノは。だから当然ディフェクトの足りないモノはアリシアから奪った。完全に潰れていたディフェクトの右目はアリシアから奪った。その他、機能を失っている臓器も、『生き返っても何の支障も無く生活できる状態』で保存されているアリシアから。後悔を感じる必要なんて何処にも無い。死人より生きている人。それを優先して、何が悪い。そうは思っていてもやはりある種の後ろめたさがあり、それは当然気持ち良いものではない。「ボクだって、そりゃ、アリシアを拾えたことはラッキーだって思ったけど、それでもボクだって……」「……ごめんよ、意地の悪い聞きかただったね。責めるつもりなんか微塵も無いよ。確かめたかっただけさ。生きているのなら、死んだほうが糧になるのは、当たり前の事だよ。ありがとうって、そう言いたくてね」「……うん。言われると、割とスッキリするもんだね」そういってユーノは手元の端末を操作。ごちゃごちゃした機材の奥、目視できる状態ではなかったそこがゆっくりと輝いた。ほう、とアルフが息をつく。「ったく、黙って寝てりゃ可愛いもんだよ」「ホントだね。……後は修復とアップデートの繰り返しだし、もしかしたら目が覚めるのはちょっと早いかもしれない。まぁ、あそこから出られるのは二ヶ月後なんだけどさ」「はは、絶対暴れるよアイツ」二人の視線の先、そこには幻想的といってもなんら不思議ではない光景。カプセルの中、それは女神のように眠っていた。ゆらゆらと揺れる金髪も、体中を刺青のように這い回る、少しだけ濃くなった侵食線も、それはそれは美しく。生きている人間には絶対出せない、『死の美しさ』。それを見ながらユーノはクスクス笑った。「似合わないね、そんな安らかな顔。君はやっぱり不遜に笑ってるほうがカッコイイよ、ディフェクト」。。。。。 次に私が預けられた所は妙な所であった。 何か更生施設のようなところに預けられると思っていたのだが考え違いであったのだ。 そして一人の人物が私の前に立ち、自分を本当の親だと思っていいと言った。馬鹿め。だったら殺してやろうか。 ……などと考えていたものだ。今考えると、何とも恥知らずで。過去の自分に会うことが出来るのなら抹消してやりたい。ああ、恥ずかしい。私はあなたのおかげで更生できました。有難うございます。 そう、そこは穏やかだった。そして厳しかった。自分が今、生きていると知った。 そこでは私の力が及ばない事だらけだったのだ。前の施設では一番頭が良かったこの私が。 同年代の子供に、そんな事も出来ないのかよ、と鼻で笑われたときは流石に渇いた笑いしか出なかった。 経験が物をいう世界だ。頭の良い私ならすぐに追いつける。…筈だったのだが、やはりなかなか、人生というものはままならない。 努力を経験した。頑張ってしまったのだ、この私が、自力で。配下を手足のように使っていた頃から比べるとすごい進歩である。自画自賛である。まったく。 そこでの二年間は、 あ、 っと言うまであった。 そして私は六歳になった。 今考えると、早いものだなぁ。。。。。。「ユーノ」「……またか」「なにがだ?」「ん~ん、なんでもない」疲れきった顔でユーノはため息ついた。三度目の来訪者。それはクロノだった。不思議そうな顔で機材の奥を見やる。「ディフェクトは?」「二ヶ月」何度目の説明か。いい加減疲れてくる。さらに、「……なんだ、首……いや腕も……、足も? 君、変な病気にでもかかったのか? 変な痣が……」「……ああこれ?」へらへらとユーノは笑った。今までに見たことの無い表情ではないだろうか。しかし、そうならざるを得ない事情が、ユーノにはある。「アルフがさ、またねっていったからまたねって返したんだ。それだけだよ? なのにさ、は、はは……く、口の中犯され尽くして、気が付けば服が、服が……。やだって、やめてって言ったのに、なのにいつの間にか……全身べろべろ舐められて、噛み付かれて、すっごいいやらしい事されたよ。ふふ……ただ、それだけ、だよ……」「そうか」「……それだけ?」「なんて言って欲しいんだ? まさかアルフの具合を聞けとでも言うのか?」「そ、そうじゃなくて他に何かあるだろう! 気の毒だったなとか! 災難だったなとかっ!!」「気の毒で、災難だったな」「……エイミィに言いつけてやる」「よせ、おい。何も僕は君が嫌いで言ってるんじゃない。誰にだってこうだ」そうだろうか。ユーノが考えるに、ディフェクトとは結構仲がよかったように感じる。まさか、「……ホモ?」「君はもうちょっと頭がいいかと思っていたよ」。。。。。 学校である。学び舎である。私には、必要が無いものである。 何度も言うが、私は頭が良いのだ。今更こんな、教科書に書いてある事など……。 そこはつまらなかった。退屈だったのである。 通い始めて二ヶ月がたった。全学年、全ての教科書は暗記した。五年生の保健体育の教科書、101Pの12行目に挿絵と一緒に『ペニス』と書いてあるのだって把握している。私は頭がいいので、ちょっと早い思春期だ。自覚している。 授業など、聞くまでも無かった。 とはいっても素行が悪いと思われては私を本当の子供のように思ってくれているあの人たちに迷惑が掛かるのだろう。 だから、優等生を演じた。 なんと言えばいいのだろうか。 つまらない学校が余計につまらなくなった。それだけだった。 教師の言うことには、はい、はい、とだけ。 友人(と言えるのかどうかわからないが)との付き合いは無難に。 自分の周りにソフトで、ぬるくて、しかし頑強な壁を作った。 そしてそうなるとアレが始まる。所謂、イジメ? そう、何を隠そう、私はいじめられっこだったのだ。 信じられない。馬鹿なことだったとはいえ、あの施設を事実上支配した私がイジメなど! 真っ先に施設占拠の手順が頭をよぎったものだ。 しかし、しかし私は頭が良かった。報復などすれば余計に立場は悪くなり、私の『保護者』に迷惑がかかる事など目に見えている。 『保護者』には恩を感じている。 厄介なものだ。そんなもの無かったら、どうしてやったろうか。いや、まずいじめられていないか。私がそっち側に回っていそうだ。そういう意味でも私は救われている。 だが、憶えている。記憶に完璧に、クリアに残っている。私をいじめていた者たちの顔、声、表情、笑い、蔑み。 なかなか忘れられそうにはない。 しかし今の私にはそれを笑いながら話す事が出来るのだ。 なぜかって? あの人が来たから。それだけさ。。。。。。「ユーノさん」「またぁ!?」リンディがあらわれた!。。。。。 それは突然やってきた。 転校初日に担任(26歳独身)の胸部にあるふくらみを鷲掴み。自身の女好きを公言した。 第一印象で危険な人物だと分かった。 何を考えているかよく分からない、いつも眠そうなトロンとした瞳。 ヘラリとしまりの無い口もと、表情。 そのくせ胸を狙ったあの機敏な動き。 アレは危ない。本能で悟った。 アレがいじめに加担すると何をされるか分からない。 身の危険を感じた。頭のいい私は本気で、心底貞操の危機を感じたのだった。 これは、もはやここまでか、と顔を青くしながら殺害の覚悟を完了した。 だが、信じがたい事に三日たっても、一週間たっても、彼は一向に私をいじめに来ないのだ。いや、勿論来て欲しかったわけではないが。 しだいに彼はクラスから孤立していった。 一度として話したことのない相手に、奇妙な感覚を憶えた。 ───似ている…? 誰に? 私に? 冗談ではない。私はあんなヤツとは違う。 それから私は観察を始めた。 彼は授業中、退屈そうだった。見ただけで分かる。どの授業でも欠伸を連発し、たまにノートを開いたかと思えば落書きをしている。しかもそれが妙に上手いものだから始末に終えない。そして寝る。子供が、小学一年生が、ぐーぐー! とイビキまでかいて。 羨ましかった。 あそこまで自由でいいのか? 仮にもここは学校だぞ。 私は、いつも辛くて、迷惑をかけたくなくて。なのにアイツは! しだいに羨望は嫉妬に変わり、嫉妬はさらに姿を変え───。 ああ、久々に、あの癖が出てきた。最初の施設を追い出されて、なりを潜めていたのに……。 ───トントントン。 そして───。。。。。。そうしてようやくディフェクトと二人っきりになれた。結局、私はやられてしまったのだ。いろんな意味でやられてしまった。言葉を交わして、私には彼の器量は量れないと知った。その温もりに中てられて、不覚にも、それはもう不覚にも涙まで流した。私は頭がいいので憶えている。二歳の頃から泣いた事がなかったのだ、私は。その私を、泣かすなんて。そしてぐずっている私の頭を不器用に撫でてくれる彼に、なんだか癒されてしまった。ああ、今思い出すと、恥ずかしいことをした。赤面ものだ。さらに今更だが、厄介な防衛線を張っていた自分に腹が立つ。彼は格好よくて、綺麗で、気高くて、美しくて、ちょっとバカで、すごく、すごくモテるのに……。そう、私はとてつもなく大きな間違いを犯した。あろう事か、あろう事か───、「───ボク、か。……はぁぁ」ため息も出るというものだ。己の身の危険を少しでも軽くする為に付いた嘘だったのだが、それは今も彼の勘違いで続いている。仕方がなかったのだ。最初は本当に犯されでもするのではと考えていたから。だが、そろそろ気付いても良くはないだろうか。確かに距離感の無さは心地いい。きっと彼は遊びに行く時にはまず私を候補に上げてくれるし、相談なんかも私は一番に受ける。嬉しい。とっても。けれど、私はもっと、なんと言えばいいか、『そういうの』を求めているわけではないのだ。そしてその距離感の無さからか、彼は不意に抱きついてきたりする。そのたびに心臓が口から飛び出していきそうになって、本当に死んでしまうのではと思うほど顔は熱くなる。ああ、なんで気付かないんだろうか。君はバカだ。しかし、こちらから正体を晒すのは何だか私に魅力がないと言っているようで。これは意地だ。彼が気付くまで私はボクで。ボクはボクのまま君のそばにいるよ。「───だからさ、早くおきなよ。女の子の成長は早いんだからね。君が起きたら隠せないほどナイスバディになってるかもよ」こつん、と培養槽を指先で叩く。ぷかぷかと水中に浮かぶ少年。幻想的で、美しい。思うに、高名な芸術家などこの光景を見たら裸足ですっ飛んでいくのではないだろうか。まぁ、早く起きろといっても彼お得意の気合でどうにかなるものでもない。後二ヶ月ほどはこの中で修復とアップデートの繰り返しだ。キョロキョロと辺りをうかがう。自分ひとりしかいない。二人きりの時間など、久しくなかった。彼は妹のことで随分頑張ってたみたいだ。シスコンめ。もう少し自分の事も気遣って欲しいものだ。「もうちょっと、ボクの相棒でいてよね」ちゅ、とガラス越しに口付けた。