「君、受かってたよ」「やふー」な会話をしたのが三日前。クロノが妙に上機嫌で話しかけてくるから何かと思った。そんで、とりあえず訓練校に入ったのが今日。たった今。入校式が終わって、何かえらく適当なモンだったけどとにかく終わって、俺の部屋は二人部屋で、やけに影の薄い男が「よろしく」と小さな声で言ってきて、「やふー」な会話をしたわけだ。顔を覚えられないほどだぜ。それほどまでに影が薄かったぜ。いや、決して説明が面倒臭いとかそういうんじゃない。影が薄いだけ。うん。影が薄いだけ。分かってるかとは思うけど大事な事なので。いやまさか合格通知が届いて三日で入校か。さすがの俺もびっくりを通り越して呆れくるよ、ホント。そんなこんなで急遽、昨日は俺のお別れ会。盛り上がりました。主にフェイトとアルフが大変でした。いやね、フェイトはまだ予想してたよ。ぴーぴー泣かれてやだやだって。その顔見たら管理局入るの止めようとか思ったもんね。まぁそれ以上にアルフがね、アルフがね、……もう、凄かった。ああ凄かったなぁ。うへ、うへへ……、思い出すだけで前屈みになろうってなモンだぜ。なんてこったい。あんなアルフ見たのションベンかけられて以来だぜ。そして、「なぁにをダラダラ走っとるかぁ!!」「やふー」前屈みながら、さっそく扱かれてます。こういう、何か前時代的な訓練は絶対に無いって思ったのに、思ったのに何で、何でこんな走らされなきゃなんないんだよ。もうぐるぐるぐるぐる。いったい何週目だよこのトラック。何週すれば終わりだよ。バターになっちゃうよ。「ほらそこ! なんだ、えーと……、ディフェクト・プロダクト!!」「やふー」「貴様やる気はあるの!?」「やふー」「だったらもっと気合を入れて走らんか!」「やふー」「そうだっ、その調子だ! もっと限界を振り絞ってみろ!! 自分で限界を決めるな!! 限界を超えろ!!」「やふー」決めて無い限界をどうやって超えればいいんだよ。無茶な事ばっか言うな。きっとこの訓練校の先生方も頭おかしい。俺の冴え渡った勘がそう告げている。だいたいタンクトップ着るな。タンクトップを。やけにムキムキしやがって。そりゃタンクトップも着たくなるってか。舐めんじゃねぇ。「どうした、もう終わり!? 足が進んでいないぞ! お前の限界はここなの!? そんな事で世界の平和を維持しようというのか!」「Yahoo!」『!』マーク多いよ。あとちょいちょい「なの!?」っていうのやめて。おっさんが「なの!?」っていうのやめて。もうお腹痛い。呼吸ができん。誰のせいでこんなきつい思いしてるか分かってんのか。ちくしょう、変なツボに入っちまった。何だって俺の回りは妙なヤツばっかなんだよ。おかしいよ。何かおかしいよこの学校。この訓練校、俺の卒業校と同じ臭いがすんだけど!えっさほいさとラインを超えて、ハイこれ二十八週目!終わりが見えん。何処までやって終わりなのかが見えん!ぜぇぜぇ言いながらグラウンドの真ん中に立っている「なの!?」を見れば、「……何だその目は! まだ折り返しにも届いていないぞ! その程度!? その程度で管理局に入ろうと思ったの!?」「やふっ、ぶ、くくっ……」「よぉし! まだ笑顔が出るじゃないの!!」「やふっ、やふっふ、ふふひひゃ!」こんなんまともに訓練できんわ!07/ワイルド・ベリーⅠ「ああー……予想以上にしんどかった……」『イエス。あの・教官・なかなか・やりますね』「だよな。完璧に狙ってんだろアレ」いつもだったら笑い話の一つでもするところなのに、もう今はね、とにかく休みたい。だって結局午前中は走り通し。もうずっと走ってた。なのセンセのせいで呼吸がやばかった。絶対あれ狙ってやってる。こっちの呼吸を乱すためにやってる。ちくしょう、まんまとハマっちまったぜ。んで、午後もなのセンセだからね。もう勘弁してよ。なのセンセ勘弁。笑いの狙い方が俺のツボにジャストフィットだよ。面白いやつが居るのはいいんだけど、何か変態ばっかしか居ないのは何でなんだ。何かおかしいよミッドチルダ。何かがおかしいよミッドチルダ!……初日からこれ。先が思いやられる。俺はもしかしたらこの訓練校で命を落すやもしれん。「そうなったらシェル……お前に全権を与える。必ずやグレアムを落すのだ」『どこの・妖怪仙人・ですか』「……よく分かったなお前」『怠惰スーツ・欲しい・です』「俺も……」んな感じでぽてぽて歩きながら自室へと。俺の住処は二段ベッドの上なんだけど、そこまで上るのすら億劫。めんどい。下のほうで寝よう。てかね、入校一日目にして限界が訪れましたよ。無理無理。こんなん無理。誰だよこんなとこ入ろうとか言ったヤツは。完全に頭おかしいよ。俺か。俺頭おかしいのか。随分以前から分かってたけど俺頭おかしいのか。『お気を・確かに』「ぐひょひょひょ! ぐひょひょひょ! ぐひょッごほっ、えふっ! おえぇえ……ゲロでる……」影薄男のベッドでごろごろしながら風呂まで寝とこうかな、なんて考えていると、部屋の扉が静かに開いた。視線を向ければいまいち顔の覚えられない影薄男で、何か俺のほうを見ながら「そこは……」。なに言ってるか全然聞こえない。正直シカトしておきたい。俺眠い。しかし影薄男は足音もなく俺の側へと寄ってきて「そこは僕のベッド、だよ……」と小さく小さく呟いた。「んだよー。眠いよー。寝せてよー」俺のそんな態度に、影薄男がどう思ったのかは分からない。何となく笑い声が聞こえたような、そうでないような。とにもかくにも影薄男は「それじゃあ、僕は食堂に行ってくる」と俺を一人置いて自分だけ飯にありつこうと。バカバカバカん! 飯! 食堂! ご飯! 俺も俺も!! 僕おなかすいたの!「おれもいくおなかすいたぁあ!!」俺は飛び起きて、影薄男は「……そうかい」とだけ言った。なんなんだかね、この影薄男。本当に影が薄いぜ。これもはやレアスキルじゃね? 多分サーヴァント・アサシンくらいの気配遮断は持ってると思うんだ。この能力使えばストライカーズで脳みそ殺したりするの超楽勝だと思うんだ。おっと、ストライカーズの話は止めておこうか。あれはリリなのじゃないって言う人もいるからな。いや安心してくれ。俺はリリなのだと思っているよ。おっぱいが大きいフェイトとなのはを見れるのはアニメじゃあれだけだからな。最高じゃないか。あそこまで成長してくれるなんて。話の内容とかどうでもいいんだよ。おっぱいだよおっぱい。可愛いキャラクタたちがおっぱいおっぱいしてればそれでいいんだよ。そんなこんなで俺が十年後くらいのおっぱいたちを想像しながらぐへへしてると、すでに影薄男は存在していない。消えおった。「……置いてかれたでござる」なんていうかさ、本当に影が薄いな、影薄男。あの影の薄さはマジで一級品。だいたいあいつ名前なんていうの? えーと、部屋の前に確かネームプレート出してあるはずだから……。「……」『イカす』「いや……完全に親の頭おかしいだろ、これは。名前負けにも程があるな」ディフェクト・プロダクトの隣にある名前。ハナハルハルハラ・ハルウララ。なにコレ?……とりあえず、どこで呼べばいいのコレ? ハナハルだろうか。それともハルハラだろうか。虚を突いてハルウララか?完全に頭おかしい。これなら影薄男のほうが断然マシじゃないか。明らかにキャラ付けに失敗してるよこれ。こいつのご先祖様絶対に日本人だよ。間違いねぇよ。ハルウララとか舐めてんのか。馬券買うぞチクショウが。交通安全の馬券買うぞチクショウが。馬がチクショウが。どこまで春が好きなんだよ。もう普通に『ハル』って名付けとけばいいじゃないか。何でハナハルハルハラ・ハルウララなんだよ。「ハナハル……いや、明らかにハナとか言われそうな華は無い」『さらに・ハルハラと・言われる・ような・優雅さも』「それを言えばハルウララなんてもっと無いじゃんか」ハルウララって言うか……ハルウツロって感じ。「……ウツロくんで」『あり・ですね』「ウツロくん……うん、コレしかないほどにぴったりだな」僕の同居人はウツロくん!いつも虚ろな瞳をした彼は影が薄いんだ! その影の薄さを利用して、ばったばったと敵をなぎ倒していくよ! 得意技は相手の後ろを取り、その首筋に毒牙一発! 相手に自分が死んだことさえ気付かせないほどに虚ろなんだ!「……だったらいいなぁ……えへ、えへへ……」『お気を・確かに確かに。ユーノ様に・心配を・かけますよ』「ユーノはいつも俺の心配してるよ。いつも俺のこと考えてるよ」『無い・と・言い切れないのが・凄い・ですよね』「だろ? もう俺はユーノを婿にしようと思ってるんだが……どうか」『必然的に・嫁が・マスターに・なりますが』「ちんこ取るのはいただけないがそれでもいい気がしてきた」『ええ・ちんこ取るのは・いただけませんね』「……」『いただけませんね』「……なぜそこに反応する。ヘイヘイ嫁かよ! とかツッコむべきじゃないのかお前は」『しかし・ちんこ取るのは・いただけない・です』「……」コイツは何で俺の股間に執着を示すのだろうか。俺のちんこは何なんだ? シェルの本体が実はそこに入ってますとか言われても驚かねぇぞホント。ああ、それとユーノだけど、アイツはちゃんと無限書庫に居るから。ユーノの読書魔法? 無限書庫のためにあるような魔法なんだけど、それが重宝されてね、ユーノ自身も望んでたから。これでエースはもう勝った。ユーノ、後はお前の情報収集にかかっている。任せたぞこのやろう。寂しいぞこのやろう。たまには会いに来いよこのやろう。うんうん。ヴォルケンもあと三ヶ月くらいは動かないし、ほんとに楽勝ですな。まったり行こう。皆にはお分かりいただけるだろう。この冴え渡る頭脳。パーフェクトになったボディ。すべては我が手中にある。愛染隊長とか目じゃないよきゃはきゃはきゃはー!てな感じで……エース、本格始動だよー。。。。。。「無理は禁物だ。少しでも危険を感じれば、予定されたルートを通り撤退を。……では行こう。我らヴォルケンリッター、すべては主の為に」シグナムがそう言って、二時間後。すでにヴィータは目標を前にしていた。空に浮かんだまま眼下を覗けば、いまだにこちらに気がついていない管理局員が一、二……五人。実力の程はあまり分からないが、それでもヴィータに負ける気はなかった。当然、負ければ終わりだから。捕まりでもしたら、この身が厳密には人間でなく魔法生命体である事がばれてしまう。そうなるとどう考えても はやてに危険が訪れる。ヴィータには何となく分かるのだ。はやてのあの症状が。じわじわと上半身へと迫っている麻痺。よほどの恐怖があるはずなのに、それを押し隠して。ただ一緒に居て欲しいと、そう言われた。ヴィータも一緒に居たい。それだけでいいと思っている。だけれど、リンカーコアを集めなかったらどうなるか。そんなもの分かりきっているのだ。(……死ぬ。はやてが……死ぬ)ぎり、と折れそうなほどに歯を噛み締めた。悔しさやら悲しみがとめどなく溢れそうになる。自分は死んでも、他人に迷惑をかけたくない。そう思ったのではないだろうか。わかる。何となくだが、分かる気がする。分かるがゆえに、怒りもわいてくる。ただ優しいだけでは、絶対に損をするのだ。どこかで狡猾さが無いと、ただ優しいだけでは。しかしヴィータは小さく呟いた。はやてを想い、呟いた。「でも……、はやてが優しいから、アタシ達は人間でいられるんだ」瞳に強い意志を燃やし、局員を睨みつけた。五人。たったの五人。なにかの作業をしていて、依然ヴィータに気がついた様子は無い。こんな辺境世界で何をやっているのか疑問が無いでもないが、そんな事を気にしている余裕はそれこそ無い。お間抜けなその様を笑いながらヴィータはデバイスを起動させ、びゅん、と風を薙いだ。時間をかければかけるほどヴィータ達は不利になっていく。短期に決めて、早期に離脱。小さく息を吸い込み、「……いくぞアイゼン」空を駆けた。鉄の伯爵を肩に担ぎ、風を切り、雲を切り局員へと迫る。無駄な事をやっている暇は無い。これは、戦いではなく狩りなのだ。リンカーコアさえ手に入れれば、それだけでいい。はやてに生きて欲しい。死んで欲しくない。これからだってずっと、ずっと、一緒にいたい。こんな思いでリンカーコアを集めるのは初めてだった。だって、殺しはしないって言ったけれど、どこまで守れるかなんて分からない。どこかでそうしてしまうかも知れない。そして殺してしまっても、きっと仲間には話さない。殺さずに成功したって言う。多分、みんな同じことを考えている。分からないけれど、『発生』した感情がそういっている。自然、ヴィータの瞳には涙が浮かんで、「───ぶっ潰せぇぇえええ!!!」今さらこちらに気が付きましたと言うような五人の表情。こぼれた涙が地面へと消えてしまう前に、その決着はついてしまった。アイゼンからの排熱で、魔力の残滓がきらりと輝いて、瞳を閉じたままにヴィータは口を開く。「……ゴメン、運が悪かったって諦めて。アタシはもう、迷えないんだ」言葉の通り、開けた瞼の奥には決意が宿っていた。すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。玄関の前で何度か深呼吸。大丈夫、大丈夫とうんうん頷いて玄関を元気よく開けた。「たっだいまー!」家中に響き渡るそれに、リビングのほうからはやてが顔を出す。いつもにこにこと笑顔を絶やさない はやては、やはり安心してしまう。緊張していたのが嘘みたいに消えていった。「おかえりー。今日はちょっと遅かったな。どこで遊んどったん?」「ゲートボールのバァちゃん家に居たらいつの間にか寝てた」「あらぁ、あんまり迷惑かけたらあかんよ?」「うん。だから今度はお土産持っていくことにする!」「さよか」車椅子を押してリビングへと戻り、そこにはヴィータの家族達が居た。シグナムはソファに深く腰掛けて新聞を読んでいるし、シャマルは相変わらずテレビ虫。ザフィーラは、はやてから家の中ではく靴を編んでもらっていた。この空間を、この世界を壊さないためにも、もっともっと頑張らないといけない。もっともっと集めて、もっともっと闇の書を強くして。リビングでの優しい光景を胸にヴィータが明日への闘志を燃やしていると、一度だけシグナムと目が合った。(ヴィータ、怪我は無いか)(大丈夫、楽勝だった。集めたのは五個。資質はそれなり。一人だけ中々良いのが居た)(ご苦労だった。今日はゆっくり休め)(ん)念話を切って、「はぁやてー、お腹すいたー!」ザフィーラにばかりかまっている はやてへとダイブ。「ぐはぁ!」「アタシをかまえー! ザフィーラはいいからアタシをー!」「ぐ、ぐふ……、今日も、えらい、甘えんぼさんやなぁ」お腹を押さえながらひぃひぃ言っている はやての膝に顔を押し付けていると、後ろからどうにも引きつったような笑いが聞こえて、視線を向ければザフィーラが肩(?)を震わせながら俯いていた。狼の姿をしているので気付かれないとでも思ったのか。今まで何年共に過ごしてきていると思っている。ヴィータはその小さな足でザフィーラのお腹の辺りをげしげしと蹴り込んだ。なに笑ってやがる、と念をこめて。「何をする」「べっつにー」「……」「何だよ」「いやなに……随分らしいじゃないか」「うっせー」頭を撫で付けてくるはやての手が気持ちよくて、もっと頑張ろうと思った。完成させて、願いを叶えてもらうのだ。はやてを魔導師にして、ずっと一緒に。闇の書の完成がヴィータたちの願いを叶える。闇の書の、闇の書の……。ふと、頭を何かがかすめた。小さな小さなそれは、何だろうかこれは。疑問、ではない。疑問ではない。『何故』ではない。胸の辺りをじわじわと、もやもやと侵食するそれは、違和感。そう、これは違和感だった。何かが違う気が。違うというよりも、なにか変っていうか。闇の書は闇の書なのに、何か……。思考の海に潜り込みそうになって、そこで はやての声が聞こえてくる。「どないしたん?」と。「ん、何でもねー。それよりお腹すいたぁ。ザフィーラはいいから、ご飯食べたい」「おい、たまには」「ロリコン!」「む、ぐ……」「マッチョのくせに! ロリコンロリコン!」「……」ため息をつき静かになったザフィーラを笑いながら、はやての車椅子を押してキッチンへと押し進める。今日はなんだかいっぱい食べたい。はやてのご飯をいっぱい食べたいのだ。ザフィーラはいい、ザフィーラは。アレはなんだか、こちらの事を下に見ているというか、何か年下のように扱って、自分が一番お兄さんだとでも言いそうだ。事実、なんだか兄妹のような思いをしてきているから大変である。ヴィータはニヤニヤしながらぺろりと舌を出した。兄なら妹のわがままは聞くべきだろう。「よぉし、なんや食べたいモンは?」「なんでもいい。はやてが作るのなら何でもうめー」「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。たくさん悦ばせてやろう、○○に○○○○○○してやる」「はやて?」「いやあかんかったな。こらあかん。なんかあかんかった。今からご飯作ろいう人間が言うこっちゃないな。ヴィータ子供なのにこらあかんかったな」どうやって○○に○○○○○○するのか疑問でもないが、これはいつもの『はやて特製謎発言』だろうとさっさと流し、ご飯ご飯と急かした。今日も今日とて八神家は幸せである。