疲れた死ぬ。死ぬほど疲れた。今日も今日とてタコ殴りにされましたよ、と。動く体力がカラッカラ。倒れこむようにベッドへ。「あー、マジでヤバイ。九歳児の運動量を超えてる。完全に超えてる。完璧に超えてる。ちょっとまずいくらい超えてる。これ以上動いたら筋肉がおかしくなる。絶対おかしくなる。反抗を企ててる。意せぬ所でびくびく動いてる。寝たくても眠れなくなってるくらい体が疲れてる」『お口のほうは・軽快・ですね』「それ以外動かすところが無い。管理局舐めてた。謝るからもう帰らせて」『まだ・ひと月と・少ししか・経ってません』「もうやだぁ……だれか……ふぇ……」泣けてくる。凄いぜ。凄いぜ管理局。こんなガキに何の容赦もねえのかよ。無茶苦茶しやがって。グレアムか。どうせグレアムなんだろ。俺のことここで潰す気なんだろ?……考えたらホントに怖くなってきたな。マジでそうなんじゃねぇだろうな。……いや、いやいや、そんなこといくらなんでもねぇ? そうだよ。みんな同じ訓練してんだし、これは俺の体力が付いていってないってだけで、いくらなんでも管理局のせいじゃねぇな。だってウツロくんも死んだようにベッドで……、え、ホントに死んじゃいないよね? 息はしているのかい? 静かすぎて怖いよ。ウツロくーん? おーい。「ウツロくーん、生きてる?」うん、と下のほうから聞こえてきた。いつもに増して存在感が薄いな。増しているのに薄いとはこれ如何に。「いやぁ、今日もあの更年期障害ヒステリック年増は怖かったね。そろそろ新しい快感に目覚めてもおかしくないほどになじられちゃったよ。あの更年期障害ホントに怖いよ。あいつに気絶させられた回数をもう覚えてらんないくらいやられたよ」ウツロくんはうつぶせていた身体を起こして、今度は仰向けに倒れこんだ。はぁ、と大きなため息が聞こえてきて、またも小さく、君は凄いね、と。「……何が? 俺この訓練校じゃ全然駄目なほうだと思ってるんだけど」いやさ、もちろん魔法を使わせてもらえばまた違うんだろうけど、今は魔法よりも大事な『身体の動かし方』ってヤツを学んでいる最中でして、これがまた九歳児からするならキツイキツイ。原作じゃ なのは達もこれをクリアしたんだろうか。よく頑張ってるね皆。俺もう挫けそうなんだが。俺がうんうん唸っているとウツロくんはまたまた小さく、ホントに小さく笑っていた。そしてそれが止んだかと思うと、いつものローテンションで、僕は駄目だとか。訓練の戦績もよくないとか。下から数えたほうが早いとか……。何だコイツ。こりゃまた暗いな。「……えと、なんかあった? 聞くだけなら聞いてやるけど? 何かできるかどうかは別として」僕は君みたいにはなれない。ウツロくんはそう言って目を瞑ってしまった。言うだけ言って逃げの姿勢か。なかなかやりおるなこいつ。そもそも俺みたいにはなれないって、そんなの当たり前じゃん。十人十色っていうしね。人が違う人みたいになれるとか無いよ。アレだろ、ちょっとナーバスになってイライラしてるだけだろ。訓練きつすぎだもんね。ウツロくんは俺と同じで妹のために頑張ってるんだから、こんなもんじゃないだろ、きっと。「まぁ、何があったか知らないけどさ……」聞いてるかどうかしんないけど。「なんともなんねぇ事を何とかするのが俺達の仕事なんだから……、だから何とかなるんじゃねぇの?」こんなもんでしょ、きっと。09/ファング・オン・ビハインド・ザ・スマイルさて朝。むしろ気分が悪くなるほどの快晴っぷり。むかつくぜ。今日も暑い。んでまぁ俺の朝はご飯を食べるところから始まると思っているんだ。ご飯さえ食べれれば俺はどんなトコでだって生きていけると思っているんだ。てことで、「おばちゃん!」「あいよー」「あいよー!」今日の朝食は純和風。俺が頼み込んでおばちゃんに作ってもらった特別メニュー。単なる焼き魚定食だと思っていただければ。魚とかこれ何使ってるのかとかわかんない。なにやら怪しげな名前が付いてたのは覚えてるけど。ミッドの魚は何が美味しいんだろうね。そういえば刺身食べたいって言ったら。生で魚食うの? 信じらんなーい!みたいな反応が返ってきた。とりあえず腹が立ったから殴っといたけど。なんかあんまり生魚は食べないっぽいよ。この辺だけなのかもしんないけど。考えればシステルさん家でも出なかった、生魚。だから刺身食べたいときはユーノだった。ユーノは何でも作ってくれたよ。魚なんか簡単にさばいてたよ。包丁の裏で鱗じゃりじゃり落としてたよ。俺が釣った魚とか美味しく調理してくれたよ。ユーノに会いたい。今頃何やってんだろうかユーノは。上手いこと情報は入手してくれてんだろうか。何で連絡してこないんだよユーノ。さみしいじゃないか。魚の身をホジホジしながら、「連絡してみよっかなぁ……」『フェイト・ですか?』「いや、ユーノ。ユーノユーノ」『以前・こちらから・連絡・したら・さみしがり屋・みたいに・思われて・嫌だとか何とか・言って・いませんでしたか?』「もう寂しがりやでもいいもん。同じ部屋のヤツはやけに暗いし。相変わらず友達できないし。何で俺は行く先々で倦厭されるんだろうね。いやいやわかるけどね、九歳だもんね。そりゃ嫌だよね。俺も同じ立場だったらきっと距離置くよ」『そうでは・ないと・思いますが』「じゃあ何だってんだよ。みろ、この現状を。まだ入校して一週間ぐらいの頃は皆俺の回りに来てくれていたじゃないか。調子はどうだとか、今日も頑張ろうだとか。それなのにどうだこの現状!」右を見れば四つ先の席にしか人はいない!左を見れば五つも席は空いているのに、その先は壁!「入校一ヶ月を過ぎたところで! すでに避けられている! あっはっは! はっは! はぁは、はぁ……」『ワロス』俺さ、何かしたかよ。ここじゃ全然問題起こして無いじゃないか。何でみんな俺から距離をとるんだ。もう存在が駄目なのか、俺は。俺の存在が害なのか。害虫か。年増にいつも言われてる通り、俺は精子の一匹にも劣る存在だってのか。誰でもいいから来いよ。俺の隣に来いよ。優しくしろよ。グレるぞ。俺グレるぞ。タバコとか吸っちゃうぞ。お酒とか飲んじゃうぞ。九時までに帰ってこないぞ。盗んだバイクで走り出すぞ。「うう、ちくしょー。誰か来いよー。さみしいぞー」瞬間。そう、瞬間、である。刹那でもいい。ほんの短い時間。いや、もう短いとかそういった類のものではなくて、その時になるその時まで気が付かなかった。視界に入れたその『瞬間』、ビクリと肩が跳ね上がり、今の今まで気が付かなかったのだが、「ウッ、……ウツロくん?」珍しくバツの悪そうな顔で(いつも無表情すぎて印象が無い)片手を上げた。いや、ほんとのホントに『いつの間にか』俺の前の席に座ってご飯食べてた。ウツロくんの影の薄さすばらしい。すばらしすぎる。薄すぎる。「いや、はっは、いやぁ……全然気付かなかった」こちらの言葉を聞いているのかいないのか。いつもの無表情に戻って朝食をぱくついている。これは、聞かれたんじゃなかろうか。俺の恥ずかしい独白を聞かれてしまったんじゃなかろうか。寂しいとかちくしょーとか。ユーノユーノとか男の名前呟いているのを聞かれているのではなかろうか。……真剣に恥ずかしいんだが。ぅ、ぅうおおおおお! は、は、恥ずかしいんだがッ!「ち、ち、ちちちなみにウツロくん、君は一体どこから聞いて……」さぁ?ウツロ君は虚ろな瞳のまま呟いただけに終わった。いや、いつもとちょっとだけ違ったのは、少しだけ口角が上がっていて、似合わない笑顔をさらしているくらいだろうか。なんともかんとも近づかなかった距離が、ほんのちょっと近づいたのを感じてしまった朝食でござった。男とね。男との距離が近づいてしまった朝食でござったよ。『そういえばお前、最近環境地区担当の魔導師が襲われてるの知ってる?』『いや、何それ?』『何でも襲われたら魔導師として再起不能になるとか何とか。まぁ、噂だけどな』『へぇ』こんな噂にも気が付かないで。いやはや、俺のアホは一生かかってもなおらんね。◇◆◇ぞろり、ぞろり。魔方陣が輝いて、情報が頭の中に直接入り込んでくる感覚。決して気持ちのいいものではない。むしろ首筋の辺りを虫が張っているような不快感のほうが強い。しかし、それでもユーノの魔法は輝きを失わなかった。瞳は目まぐるしく動き回り、周囲を本に囲まれた状況で、とにもかくにも情報だけを引き出して、それを直接頭の中に叩き込んでいく。要らない情報は脳みその奥へ、奥へ。引き出す本が、出てくる情報が、そのほとんどが要らないものばかり。違う、そうじゃない、もっと。もっと。欲しい情報を見つけ出す。ユーノの読書魔法は、まさにこのためにあるようなもので、この無限書庫はともすればユーノのために作られているのではないだろうかと思えるような、そんな造りをしている。そもそも、本という媒体が古めかしいが、かといって古い情報ばかりという訳ではないのだ。最新トレンド、この夏は着まわし上手! 何だこれ。要らん要らん。次。こんな作業ばかりを繰り返して、もう四時間。そろそろ水分が欲しい時間である。多少頭も痛くなってきた。「……あはっ」なのに、それなのに止められない。知らないことが沢山ある。ユーノは頭がいい。それは自覚している。他人よりもよくできる自覚はあるのだ。だったら、この能力を存分に使わないのはもったいない。ぞろり、ぞろり。最高にハイってやつだ。首筋の不快感さえ反転してしまいそう。頬は紅潮して、指先が蠢いた。結局止められなくって、そこからまた四時間。ぐぅ! と腹が飯を食わせろと切実に訴えてきてもぶっ通しで読書。節約していた魔力さえも底を付いて、魔方陣の姿が掻き消える瞬間までユーノの瞳はぐるぐるぐる。そして、「うわっ!」ぶつ、と接続が切れるような音が頭の奥から聞こえた。「……あ、れぇ……、もうこんな時間……?」ユーノの一日は、本人が意識しているよりも随分早く終わってしまう。ここ最近は特にそうで、情報を巡っていたらいつの間にか夜である。常に薄暗い無限書庫なので特にそれが顕著で、思わずため息も出てくるというもの。今日もそれといった情報を見つけることはなく終わってしまった。今まで見つけたものは、『夜天の書』。『闇の書』。『歴代所有者』。この三つだけである。『夜天の書』とは言ってもただ闇の書になる前の姿が描かれた文献のようなもので、技術的なことが書かれているわけではない。『闇の書』もそう。知っていることを書かれてあるだけに過ぎない。『歴代所有者』など、人の名前がつらつらと書かれているだけである。さすがにこれには頭が痛くなった。だから、その情報を知って、何になる。いや、確かにその所有者がどうなってこうなってそうなりました、など書いてあればそれはそれは役に立ったろうが、さすがにこれでは、渡されるディフェクトも大変だろう。頼りにされてるし、もっと頑張らなくちゃ。そう思うと口元がへにゃりと緩んだ。頼りにされるのは嬉しい。何よりも自分に相談を持ちかけてきてくれたのが嬉しかった。どうしたらいいかな?こう言われると、何とかしてやりたくなってしまうのだ。もしかしたらユーノは駄目男が好きなのかも知れない。なんかこう、なんと言えばいいのだろうか、モワモワというか、ムラムラというか。とにもかくにも、いつの間にか、仕方がないなぁ、と何とかしてしまっている自分がいて、そのたびに好きなんだなと再確認。手のかかる人は、可愛い。「んっふふ~」一度だけ伸びをして、ニヤつきながら無限書庫から出ようというとき。「お疲れ、イタチっち」「……お疲れ様。ていうか何度も言ってるけどさ、イタチっちって言わないで」ロッテだったかリアだったか。若干頭の回らない今は、まぁどっちでもいいか。尻尾をふりふり近づいてくるその人物(猫物?)は、ユーノを食べ物でも見るような、実に美味しそうな瞳で見つめてきた。「何調べてたの?」「調べてた訳じゃなくて、ただ情報の整理をしてただけ。『神秘の女体 ~縛りと快楽と四十八手~』の隣にベルカ式カートリッジシステムの有用性論文があるんだもん。ごちゃごちゃしすぎだよ、ここ」「……ふ~ん?」「そっちこそ、何か用かな?」「ううん。お父様がわざわざスカウトするくらいだからね。様子見に来ただけだよ」「……へぇ?」首筋を、今まで感じていた不快感ではなく、熱のようなものが走った。正面から突き刺さる視線をユーノはなんら構えることはなく、それそのまま受け止めて、一度だけ唾を飲みこむ。「……」「んふ、そんなに警戒しないで。とって食いやしないよ」「……嘘吐き。こないだボクのこと散々追い掛け回したくせに」「だぁって! 美味しそうなイタチが居たんだもーん!」「フェレットなの! イタチも仲間みたいなもんだけど!」「はいはい。……今度からは気をつけなよ、いつの間にかどこぞの猫にパクッと食べられちゃうかもよ?」「その時は……そうだな、ライオンに猫を食べてもらわなくっちゃね」獣の王様に。二人、向かい合って笑いあい、そしてそのまま背を向けた。別に何かあるわけではない。何かあるわけではないが、まぁ間違いなく疑われている。それはもうここに来る前から分かっていた事だ。今さらこの程度で動揺なんてしていられない。さぁ、どうなるだろうか。(急がないと、消されちゃいそうかも。その時は……ちゃんと助けに来てよね、ディフェクト)とらわれのお姫様にしては骨がありすぎるユーノくん。だって可愛らしいだけじゃ戦えない。強い人の隣に立ちたいなら、やっぱり自分も強くなくてはいけないのだ。「さ、お仕事お仕事」不敵な笑みをこぼしながら。◇◆◇問題が山積みである。というか、仕事自体がその問題を解決する仕事なので山積みの問題は永遠になくなることなんてない。けれど、山をほんの少し小さくするくらいの努力はしないと、すぐに飽和して頭がパーン! である。そしてその山積みの問題を前にしているクロノは、「ああもう! なんなんだ一体!」頭がパーン! しそうだった。「ナンなんじゃない?」「うるさぁい!!」頭がパーン! した。げらげら笑いながらアルフが逃げ帰っていき、部屋の中にぽつんと一人取り残される。問題である。それはそれは大問題である。まだ確証には至っていないが……、いや、もうほぼ確定と言ってもいいのだが、闇の書による事件が発生している。リンカーコアが抜き取られるなど、これしかありえないのだ。憎むべき敵、闇の書。父を殺した闇の書。なのだが、実の所、クロノは闇の書を憎んでいるという訳ではない。もちろんそういうポーズはとっているが、十年も前のことだ。正直な話、父の顔もほとんど覚えていない。きっと写真が飾られていなかったら忘れている。だがしかし、父の顔は覚えていないが、母の悲しみは覚えているのだ。一所懸命強がっていたが、それでも子供の自分に伝わってくるほどに母の心は痛んでいた。だから、幼い頃のクロノの敵はむしろ父だった。母を悲しませる父に、お前は何やってるんだよ、と強く強く怒鳴りつけてやりたかった。だって父は、クライドは生きる事を放棄したのだ。『撃ってください』。そういって、グレアムにだって重石を載せて。なんで、最後まで生きようとしなかったのだろうか。生きようとした結果がそうだったのだろうか。あとに残す妻と子供よりも、世界を守って、英雄視されて、その息子だって小さな頃から言われ続けて。もちろん今の自分には満足している。執務官クロノ・ハラオウン。自分でもよく頑張ったものだと思う。自分で決めて、自分で選んだ道。後悔なんて物はないが、でも、もしかしたらだが、クロノには違う世界があったのかもしれない。料理人になっているクロノが居たのかもしれない。学校の先生になっているクロノが居たのかもしれない。もしかしたら、もしかしたら……。クロノにはわからない。わからないから、執務官を目指すと決めたときに、もう一つ決めた。クライドの事は忘れる。そう決めた。もちろん、世界を救ったクライド・ハラオウンの息子が、闇の書に対して無関心であっていいはずが無いという周りの目を気にしながら、ポーズだけはとってきた。たまに闇の書について調べてみたりもして、そのたびに馬鹿みたいなことをやっているな、と自嘲気味に鼻で笑って。クロノには『才能』がなかった。戦闘の嗅覚とでもいう物が『才能』というなら、それはそれは絶望的になかった。魔法の呼吸とでもいう物が『才能』というなら、それはそれは絶望的になかった。ただ、クロノには努力する力があった。努力しようという気力があった。それは父親を忘れるために、魔法に没頭しただけなのかもしれないが、とにかく、おかしな言い方をするならば『努力』の『才能』があった。クロノは諦めなかった。出来ないなら出来るまでやり続けた。戦闘は独自にパターンを組んで、何百何千と組んで、こう動いたらこう動く。こう来たらこう捌く。こうなったらこう決める。そう形を作ってしまった。クライドに似ているな。毎日のように言われ続けて。そんなところもそっくりだ。ふとした仕草のたびに言われ続けて。才能ももらったな。何かが成功するたびに言われ続けて。僕の努力を才能と呼ぶな。心底言ってやりたかった。血が滲むほどにデバイスを握り締めて、折れたことの無い場所が無いほどに身体を苛めて。そして、忘れさせろと心で叫んでいるうちに、何だか、いつの間にか執務官になっていた。だから執務官のクロノ・ハラオウンで、執務官という仕事がクロノを動かしていた。しかし、『テメェの名前は何だ! 時空管理局の御犬様かぁ!? ちげぇだろうが!!』それをぶっ壊してくれた馬鹿が居て。今までの価値観とか、何だか肩に乗っていたものまでごっそりとそぎ落とされた気分。そしてその時、馬鹿みたいだが、とっさに名前が出てこなかったのだ。よくもまぁ機械のように淡々と生きてきたものである。「ふん。まぁ、多少は感謝してやるけどね」クロノ・ハラオウンが、執務官なのだ。クロノは端末を操作し、空中にウィンドウを表示。二、三度画面を切り替えて、目的のものが写っている画面に到着。家族写真。クロノは真ん中で、左右に両親が。にこにこと、今ではとてもとても、恥ずかしくて、作り上げてきたキャラクタも壊れてしまいそうで、とにかく今ではうかべられない笑顔を張り付かせているクロノ。今度もまた自嘲気味に笑って、クロノは写真の左側を指差した。クライド・ハラオウンを指差した。「あんたの尻拭いをしてやる。僕は闇の書を解決して、今度こそあんたを忘れる。闇の書といったらハラオウン……。そんなのさ、いつまでもあんたの背中ばっかり見えてウンザリなんだ。だからいい加減に消えろよ。僕はあんたの代わりにはならない」ぴ。クロノの指はそのまま『削除』へと。下手な感傷なんか必要ない。これは執務官の判断ではなく、クロノの判断。この事件を解決してみせて、初めてクロノはクライドを超えるのだ。◇◆◇嗅覚が伝えてくる魔力のにおい。注意深く鼻を鳴らして、人数を数えれば、たったの三人。とは言っても、こちらも二人だ。油断は出来ない。しかも二人とも戦闘向きではなく、どちらかといえばディフェンシブな戦闘を得意とするスタイル。それを考慮して二人で一組。不満など在るはずも無い。長年、永年、共に連れ添ってきた仲間達だ。ザフィーラは一度だけ後方を振り返った。アイコンタクト。念話すらも通さずに、それだけでわかってくれる仲間。シャマルが一度だけ頷くのを確認して、シャマルがデバイスを起動させたのを確認して、「……グ、ル、ぅォォオオオオオオオォォォオオォオオォオオオオオン!!」咆哮と共に魔法を発動。砂漠の、砂の間から魔力刃が飛び出した。ざん、ざん、ざん! と対象への地面へとどんどん近づいていき、ついに局員を貫こうとするが、当然、局員も馬鹿ではない。当たり前に回避行動に移る。「気をつけろ! 攻撃を受けて───」「いらっしゃい」上空へと逃れた三人に、計画通り★ と言わんばかりのシャマルの拘束が襲う。三人同時に拘束。ザフィーラはシャマルの拘束が長くは持たない事を知っているので即座に人型に変身。地面を蹴りつけて飛び上がり、局員の目の前に。「うぁっ」局員の目は見開き、「ッハァ!」身体強化と、背筋と上腕二頭筋と、とにかくいろんなものに任せて右の拳を放った。ただでさえ巨大なそれは、手甲の装着で更に大きく、岩のような印象。腹を目掛けて殴りつけたわけだが、それははたから見れば殴るというよりも、めり込むというか、沈むというか。ずんっ……!非常に重たい音と共に局員の一人は落下。二人目三人目も順当に沈めた。視線を局員から離さずにふぅと一息。「完了だ」「ありがとうザフィーラ。ごめんなさいね、私にもっと戦闘能力があればいいんだけど」「私達にはそれぞれ役割がある。今回はたまたまだ。主がああいう状態でないのなら、ディフェンス二人で戦う事など無い」「ようするに?」「……気にするな、という事だ」「ふふ、そうね」ザフィーラは柔らかく微笑むシャマルに背を向けて、獣の姿に戻った。そして次の心配は、守護獣ザフィーラの心配はヴィータに向くのである。ヴィータは今、何処かの世界で蒐集行動をしている。ここでの蒐集が終わったら闇の書を転送するよう言われているのだ。なんだかソワソワする。シグナムだって心配なのは心配なのだが、今回の主になって初めて気が付いたようなことなのだが、何だかヴィータが気になる。完全に自覚しているのだが、これは雄の、その、♂的なものではなくって、もっと綺麗で、とにかく、『守らなければいけない』という、どこか強迫観念に似た何か。気になる。ヴィータは無事だろうか。怪我はしていないだろうか。プログラムなのに、なぜこういった感情が芽生えるのだろうか不思議でたまらない。バグが発生して、どこかおかしくなったのだろうか。「なにソワソワしてるの?」「ソワソワなど……」「ヴィータちゃん?」「む……」瞳が笑っている。決して顔では笑っていないが、瞳が笑っている。ザフィーラはふん、と鼻息を鳴らし、「そうだな。私は守護獣だからな」「今回はヴィータちゃんと仲良しですものね」「いや、だからそういう訳ではなくてな……」「ふふ、妬けちゃうわ」「……」ザフィーラは押し黙り、可愛い可愛いと頭を撫でてくるシャマルの好きにさせた。どうにも女には勝てそうにない。もともとおしゃべりという訳でもないし、特にシャマルには絶対に勝てない気がする。はぁ、と大きく息をついて、「お、お前ら……」局員の一人が目覚めた。随分と早い。割と力を込めて殴りつけたので、ここまで早く目覚めるこの局員はなかなかいい魔法資質を有しているのかもしれない。局員はまともに動かない身体で、それでも立ち上がろうともがいていた。シャマルを見れば、一瞬だけ見せた悲しげな表情。へたに『心』があるから、当然『精神的なダメージ』も存在する。厄介な主の下に召喚されたものである。ザフィーラはシャマルを慮り、自身がコアを抜き取ろうとすると、ぐい、と頭を抑えられてしまった。シャマルの瞳が決意を。「あなたのコア、いただきます」「……怨んでくれてかまわん。だから死ぬなよ、人間」蒐集完了。コアを蒐集した局員達にシャマルが回復魔法をかけて、ザフィーラは闇の書の転送準備に。準備と言っても、闇の書はヴォルケンリッターの間を自由に行き来できるので、特にするようなことは無い。ヴィータのところへ行けと言うだけである。「闇の書、次は……」何か。「……ザフィーラ、どうかした?」何か、違和感。「いや……闇の書、だな」「? ええ、闇の書ね」「そう、闇の書だ……闇の書なんだが……。シャマル、何か感じないか?」「……大丈夫? 感じるって、なにを?」「違和感のような、これは……そうだな、言い表し難いが、デジャヴのような……」「ごめんなさい、私は何も……」「……そうか」しかしザフィーラは己の本能を信じた。決してシャマルを信じていないという訳ではないが、『気のせい』で済ますには余りにも大きい事のような『気がする』。もちろん確証なんか無い。あくまでも勘。虫の知らせ程度。だが、ザフィーラのこの感覚は、恐らく人間ベースのヴォルケンリッターよりも鋭いと自負している。狼の、野生の勘なのだ。それが反応しているのなら、これは間違いないような……『気がする』。ザフィーラは人型になり、頁をめくった。うむ。本である。そこそこに頁も埋まってきて、なかなかいい闇の書である。……闇の書。闇の書。違和感。や、み、の……。「ザフィーラ?」「ん、ああ、すまんな。何でもない」一抹の不安を抱えながら、ザフィーラはヴィータへと闇の書を転送。いちいち考えに引っかかる闇の書がわずらわしい。咽喉まで出掛かっているのに、これは、この感覚は何なんだろうか。また別の、何だか蜘蛛の巣のようなものが心中にモヤモヤと現れて、ちっ、と珍しく舌打ちを付いた。