どこに行っても訓練訓練。どこまで行っても訓練訓練。まるで訓練が背中にくっ付いているようだよ。もう駄目だ。もう飽きた。訓練飽きた。大丈夫だから。もう俺強くなったから。だからそろそろお家に帰して。ここから居なくなりたいのです。わたくしもう駄目なのです。年増怖い。年増怖い。かなり大事な事なのでもう一回言うけど、年増怖い。「次、ディフェクト・プロダクト」「嫌です」「理由を聞こうか」「すぐボコボコにされるからです。まだ対応も考えていません。やっても同じパターンでやられると思います」「今考えろ」「無理です」「理由を聞こうか」「たった今ボコボコにされたのに『次、ディフェクト・プロダクト』とか言う人とは訓練したくないからです」そういうことです。ボコボコに殴り倒されてTATAMIの上に大の字になってるのに、それなのにまた俺。どんな苛めですか。おかしいよ。おかしいよこの訓練校。九歳児を寄ってたかってボコボコに殴りつけやがって。こんなことなら来るんじゃなかった。何があっても無印撤退を決め込んでおくべきだったんだよ!ああもう! ああもう! 何で俺はこんなとこにいるのかな? おかしいよ。絶対なんかおかしいよ。俺こんなに頑張る子じゃないって。もう全然、まったく、やる気の欠片も無くへらへら笑って人生過ごすようなタイプの人間のはずなのに、何でこんなことになっているんでしょうかっていうかフェイトのためとかはやてのためとか色々考えて実行したつもり何だけどこうもきつくちゃ全然やってられんってかもう限界ってかオワタってか……。「よろしい。では訓練開始だ」「ぜっっってぇ殴るかんなお前更年期障害!」背筋を使って跳ねるように立ち上がって、睨みつけるは更年期。いや、言うほど歳くってるようにも見えないんだけどさ、こう、やっぱ女の人は年のことを言われるとグサッとくるものだろ? メンタル面を攻めないと俺にはこの年増に勝ってるところが一個も無いからな。いつもの通りに拳を固めて、魔法が使えないから生でTATAMIを蹴り付けた。だん! なんて音はしない。ただキュ、と足の裏が鳴った。身体強化しかない九歳児なんて、もちろんただの子供である。もう毎日毎日メタクソにやられてるただのガキである。だけど、今までで何回気絶したのか忘れるくらいぶっ飛ばされたけど、だけど!「俺は嫌いなんだよっ、負けっぱなしは!」「ふん!」更年期障害年増の戦法は、まったくと言っていいほどに容赦が無い。リーチが短いから突っ込むしか無い俺に、前蹴りをガンガン叩きこんでくる。そんなんじゃ全然距離詰められませんから。訓練にすらなりませんから。一方的すぎんだろ。俺のこと苛めたいだけか。と、今までの反省も含めて。「クセェ足向けてんじゃねぇぞ年増ァ!」秘技、TATAMI返し!なんてことは出来ないので、今回は前蹴りを殴ってみようという試みでござる。いや、思ってたんだよね。この肉体苛め、なんか意味あんの? だってさだってさ、俺、魔法が使える状況だったら絶対やられてない。勝てるかって言われたら微妙だけど、それでも簡単に負ける事は無い。と、思う。てことはだよ、何か意味があるんだよ、この訓練。俺ばっか集中的に狙ってくるのも、たぶん俺の出来が悪いとかじゃなくて、何らかの意図を理解していないからだと考えた訳です。恐らく、魔法を使えないんだったら使えないなりの動きをしろってこと。でも、俺の答えはコレ。前進前進、殴る! もうね、魔法が使えようが使えまいが、とにかく前へ。だってさ、現実、俺が魔法を使えなくなる状況っていつだよ? はちゃめちゃ無茶苦茶やってシェルがスリープに入ったらそうなるだろうけど、その時はどうせ俺も動けなくなってるだろ。精神感応性物質変換能力(アルター)がある時点で、俺は死んで無い限り、限界まで魔法を使えるのである。使えないときはもう死んでるか気絶してるか。どっちにしろもう明らかにアウトな場面な訳で。だから、この訓練の意図がどうであれ、俺は俺の考えの通りに、そのクセェ足の裏をぶん殴ってやんだよ!「っらぁ!」「ちっ」初めて聞いた年増の舌打ち。口は毒を吐きまくるくせになかなか下品な事はしないのである。「学習しろ貴様!」「ああ!? その結果がコレだよ!」上段(といっても俺の身長的に中段程度)に放たれた蹴りを屈んで避けて、しかし年増の空振りの蹴りはそのまま踵落しへと変更。こいつ一体どんな身体能力してんだろうか。高々と持ち上がった右足。奥のほうからぎらりと光る眼光。年増怖い。「失格だ!」「いいや合格だね!」再度TATAMIを蹴った。落ちてくる踵は接近してやり過ごす。よりも、もっと早く、俺の! ぐ、と両手を組み合わせ、印を組んだ。人差し指と中指を立て、今必殺の!「千年ごろ───」ごす。踵のフェイントに見事ひっかかって、左の膝が俺の顎にクリーンヒットだったとさ。いやぁ、あそこで肛門さえ狙わなかったら絶対勝てた。絶対勝てたってコレ。10/フレンズⅠ早朝。高台の公園。まだ誰も居ないこの時間、ここがなのはの訓練場。両手の平を空に向けて、魔力を集中。デバイスサポートを極限まで減らして、あくまでも自分の力で。ふぅ、と一度だけ息をついた。胸の中心が熱くって、そこに魔力の中心が居るのを感じ取る。血液が流れるイメージ。血管を通して、一分で全身を巡って、そしてまた戻ってくるような、心臓のような役割をしているそれはリンカーコア。漠然とだが把握できる。コレが魔力の源で、コレがなければただの人。魔法使いではない人間なのだ。なぜ自分にこの力があるのかはわからない。わからないけれど、コレがあってよかったと思う。フェイトと友達になれたし、魔法使いの友達が沢山できた。最近になって、ユーノが居なくなってようやくわかりかけた『魔法』。ユーノが居ると簡単に答えが出るので何となく身になっていない気になるのだ。巡る魔力を形にして、固めて、集めて。なのはの手の上に光の玉が形成された。よし、と一息つく間もなく空中へと浮かせて、「レイジングハート、カウントお願いね」ベンチの上に置いたデバイスはきらりと輝いた。そして。「いって!」いかせるのも操るのも自分だと分かっているが、「いくぞ」よりも「いって」の方が性に合っている気がする。レイジングハートの隣に置いた空き缶へとスフィアを走らせた。狙い違わず、命中。カン、と少しだけ甲高い音を残して高々と舞った。くぅるくぅる。中身はちゃんと飲んで洗ったので出てこない。くぅるくぅる。空中で回って回って。カン!カウントツー。カン!スリー。カン!フォー。瞳を瞑ってもっと魔力を。イメージを。もっともっとはやく。はやく。はやく。カン、カン。空き缶へのヒッティングは次第に間隔を短くしていき、カンカンカン、音の間隔が短くなっていき、「───アクセルッ!」速度を上げた。中を舞う空き缶はどんどん高くなっていって、目視では米粒以下。だから、魔力の感覚で捕らえて、ここに当たったからもっと高くなって、だから、次に狙うのはあそこで。レイジングハートのカウントが五十を超えて、思い返すのは先日までの慌しい日々。戦闘、だなんて似合わないことを何度もやった。考えてみれば、よくあそこまでぐいぐいいけたものである。どうにも魔法を手に入れたばかりで、変なスイッチが入っていたんだろうなと自己確認。だって、誰がなんと言おうが、もう誰が、どこの誰が、世界中の人が口をそろえて『いやいやありえんしw』と言ったって! なのはは! 平和主義者なのだ!!よくは分からないが、兄姉は道場で父から何かを教わっている様子。竹刀やら木刀やらを使っているのだから、それは武道なのだろう。なのはは今まで一度だって関心を寄せた事はなかった。むしろ痛そうだと忌避していた。大きくなったら自分も習う羽目になるのだろうかとドキドキしていたし、それはいやだなぁと寝る前に考え込んだ時だってある。そんな なのはの目の前に転がり込んできたのが『魔法』。人を傷付けることがない魔法である。設定変更をしない限り怪我はしない。非殺傷設定、なんてちょっと物騒な感じだが、それでもなのはは嬉しかった。怪我をさせない。そう、考えたのは怪我を“させない”ことだった。自身が怪我をしてしまう可能性は、幼い脳内からはすっぽりと抜け落ちていたのである。世界中の誰もが優しい訳ではない。わかっているつもりでも、深いところまでは理解していなかった。グロテスクなお肉のピンクと、じゃぶじゃぶ流れてくる赤い血液。だから なのははそこに友達が居るのに駆け寄る事が出来なかった。ユーノがそれを抱きかかえているのでさえきもち悪いと思ってしまった。当然、九歳児の考える事である。当たり前を通り越して世界の心理ですよそれはと言ってもいいのだが、なのはにはそれがショックだったのだ。自分が使っている魔法の力であんな事になってしまうのがショックで、あとになってゆっくり考えて、何よりそこに駆け寄れなかった事がショックだった。怪我をさせない。なのはは絶対に怪我をさせないようにと考えている。だけれど、向こう(敵?)はそうじゃないのだ。いや、ディフェクトは完全な自爆で自業自得だと聞いたけれど、あのチミドロまみれの姿は、なのはに『魔法』を考えさせた。人には無い力を持っている。子供心に、どこか優越感があった。誰だってそうだ。決しておかしな気持ちではない。自慢したいのだって分かるし、中二乙なのも分かる。それらを、そんな色々な気持ちを、なのはは飲み込んだ。それはもうゴックンと飲み込んだ。魔法を持つという事は、拳銃を持っているのと同じである。拳銃は小学生には想像しにくいので、包丁を持っているのと同じなのだ。単純な『腕力』ではない。簡単な力ではなくて、もっと大きなもの。大きくて、強くて、素敵なもの。戦いばかりに使うなんて余りにも馬鹿なのではないだろうか。もっといろんな人を助けることが出来るのが魔法で、けれど話を聞けば魔法を使って悪い事をしている人はそりゃもう沢山居るって。カン!!カウントは百を超えて、なのはの額に珠の汗が浮かんで、それが雫になって零れ落ちて、口の中に入ってきて、しょっぱくて。もっと沢山、話をしよう。いろんな魔法使いの人たちと、そうでない人たちとだって。善い人も悪い人も、いや、そもそも善いとか悪いとかを決め付けてしまうのがよくない。話をたくさんして、そうやって決めていこう。フェイトのことが自信になった。話を聞こうって、そりゃまぁ撃ち落しちゃったけれど、それでも友達になれたのだ。魔法は魔法。それはどうだっていいこと。怪我をさせない魔法だけど、なのはの心はもっと大きくて、なのはが怪我をさせないこと。殺傷とか非殺傷とか関係なくって、なのはは魔法を優しくて大きな力にしたいのだ。カウントが二百を超えて、集中の限界を感じた。魔力自体はまだまだ充実しているが、ぐらりと体が傾くのを感じる。「ぅくっ」膝に力を込めて、米粒よりももっともっと小さくなってしまっている空き缶は……見えない。けれど、当たった感覚で何となく理解できる。高い。もっと高い。ここで、「ラスト……、いって!!」最早目視の限界域に居るスフィアを操作。じゃれ合っていた空き缶の口から中に入り込んだ。そしてそのまま、レイジングハートが置いてあるベンチの隣、そこにあるゴミ箱に向けて落下。上空から勢いをつけてぐんぐん降りてくる空き缶は速くって、ちょっとスピードが出すぎている。そして、がしゃぁあん!! と、ゴミ箱の中身を放り出しながらスフィアはゴール。カウントは二百五十。比べる人が居ないので凄いのかどうかは分からないが、そこそこに満足な数字である。「……っし!」ガッツポーズを決めてゴミ拾いの時間がやってくる。散らかしたものはしっかりと拾わなければならない。目指す先は優しくって、大きくって、素敵な魔法使い。だけれど、この練習がどんな役に立つのかは理解していないなのはさんである。もうどう考えても敵を撃ち落す気だろうテメエと言われたってなのはの目指す先は優しくって大きくって素敵な魔法使いなのだ。「頑張るよ、皆。将来の夢は魔法使い、なんて作文はかけないけど、いっぱい練習して、いっぱい人の役に立つんだ」えへへ、と空に向かって笑いかけて、どこかに居る次元航行艦に笑いかけて。そして空き缶たちを全部拾い終えて、指差し確認で、ない、ない、ない、よし! 今日も綺麗な高台である。いざ帰ろうというのに、この下りの階段が毎日毎日つらいのである。なのははう~う~と唸りながら一歩一歩ゆっくり降りて、途中で会ったおじいちゃんとおばあちゃんに挨拶して。「おはようございます」「あらおはよう。毎日がんばるわね」「えへへ、夢があるんです」「えらいえらい。YAWARAちゃんもイッパツね」毎日会う老人達である。最近はよく話すようになった。魔法の事はさすがに話せないので身体を鍛えてますと嘘を付いているのだが、老人達はどうにも誤解して、なのはが将来、柔道選手になるものだと思っている。「あ、いや、そこまでは……」なのはが曖昧に笑っていると、老人達の後ろから、「おーい、おせーよじいちゃん達ー!」おじいさんの一人をぐいぐい押しながら階段を上ってくる人物。真っ赤な髪の毛で、青い瞳。「今日は高台の公園までハイキングだよ」「ゲートボールはしねーの?」「道具を持ってきてないからね」「ちぇー」唇を突き出す様が可愛らしくって、ついついなのはは笑ってしまった。外国人のようなのに、随分日本語が達者である。そういえばユーノもフェイトもディフェクトも、皆日本語だった。……ブームなのだろうか、日本語。「えと、おはよう」「……」「ほれ、ヴィータちゃん」「……ん、おはよ」「私なのはって言うの。ひらがなで な、の、は。よろしく」ヴィータとよばれた少女は何も言わずに階段を上っていった。あ、となのはの右手だけが付いて行って、残ったのはちょっとだけ困った顔のおじいちゃん。「ありゃりゃ、ゴメンね。人懐っこい子なんだけど、同い年くらいの子は緊張するのかねぇ」「あ、いえ、その……またお話してみます」なのははぺこりと頭を下げて、ゆっくりゆっくり階段を下りた。後ろからの蒼い視線には、もちろん気が付かないまま。はいはいフラグフラグ。◇◆◇料理が微妙。下手と言われたことはない。今のところはない。しかし褒められたこともない。いつだって聞いている。「美味しい?」「ん、んー……まぁまぁ!」「そこそこだな」「まぁ、食えないことはない」「あはー、精進やな精進!」大体このくらいの評価である。いや、確かに料理はあまりした事がないが、けれども一人だって美味しいと言ってくれないのは正直ショックである。で、あるからして、「ギャフンと! ではなくて、美味しいと言わせるわよ! 今日こそ!」なのである。シャマルはエコバッグを肩にかけて玄関を開けた。今日こそリベンジなのである。どいつもこいつもまぁまぁだのそこそこだの。作っている身にもなれ! 美味しいって言え!いやさ、確かにはやてのご飯は美味しい。完全に負けている。勝っている要素が今のところ一つも無い。だからはやてに精進と言われるのは良いのだ。しかしヴィータとシグナム。特にシグナム。料理を手伝いもしないくせによくもまぁ言えた物である。今日こそは「ギャフーン! こ、こんな飯食ったこと無いでオマー!」とか言わせてみせるのである。「だからザフィーラ、シグナムの好物は何かしら?」「その前にあいつはオマーとは言わんだろうな」「言うわよ。信じられないくらい美味しいもの食べたらオマーって言うわよ」「……そうか」「それで、好物は?」「どうだろうな。今まで興味を持った事が無いから分からん」「そうね。シグナムなんて生肉与えとけばどこででも生きていけそうだし」先日、八神家の庭でBBQをしたときのシグナムの働きぶりは凄かった。いつも食事時にはグータラ侍のくせに、まさか摩擦で火を作るところから始めるとは思わなかった。何でもかんでもテキパキテキパキ。明らかに手馴れた様子で、肉の焼き加減なんかも絶妙で。BBQ奉行である。BBQ奉行。「だったら肉を与えておけば……」「あなた、考えるのが面倒になってるわね? 今日はちゃんと付き合ってもらいますから」「……」という事で朝からスーパーマーケットへと。荷物持ち兼ボディーガード兼男避けのザフィーラをつれて。もちろんの事ザフィーラは人型である。尻尾はズボンに詰め込んで、耳はニット帽を深く被る事で隠し通している。さっきから尻尾が痛い尻尾が痛い、と言いはしないが視線が刺さってくる。男の子なんだから我慢しなさいといったところ、それもなくなったのだが。「んー……お肉は絶対好きよね?」「そうだな」「じつはパプリカとか色が鮮やかなのには中々手を出さないのよね」「そうだな」「熱燗とか好きだし……オヤジみたいね、シグナム」「そうだな」「言っちゃお、ザフィーラがシグナムオヤジみたいって言ってたって」「やめておけ」道中シグナムの話題ばかりで、彼女の好物は何だとか、あれそれが良いけどコレは駄目だとか。何だかんだでヴォルケンズのリーダーなのだ。慕われている事には間違いない。二人で考えるもシグナムの好物は見当も付かず、いつの間にやらスーパーマーケットへ。とにかく肉か魚か。このどっちかだけでも決めてしまおう。うむうむと二、三度頷いて、やはりBBQ奉行するくらいなのだから、お肉は確実性を狙える。シグナム=肉みたいな。お肉といえば、メジャーで攻めて牛・豚・鶏。まあシグナムのことだから何でも食うだろうが、やはり……。「───いえ、待ちなさい、落ち着きなさいシャマル。落ち着くのよ。そう、思い出したわ。言っていたわね。『牛の肉か。贅沢だな……』とか! そうそう、言ってた言ってた! 贅沢ってことは……好き、なのよね? それとも贅沢品だからあんまり好きじゃないとかメンタル的なことを言っているのかしら? もう、ちょっとした一言でも面倒臭い人ね!」「……おい」「あ、でもでも『豚はビタミンが取れるらしいぞ』とか言ってるのも思い出しちゃったわー! それを言うなら『鶏のササミは筋肉に良いらしい』とか言ってるのだって! どうしましょう!」「……シャマル」「あら、どうかした?」「あまり一人で騒ぐな。こっちが恥ずかしい」「大丈夫よ。もし不審者だと思われても最強の呪文があるわ」「……?」「ニホンゴワッカリマセーン!」「……」「オウマイガー! ヘルプヘルプミー! ……なんてね」「……はぁ……」で、結局。「ハンバーグよハンバーグ!」「そうか」ハンバーグに落ち着いた。コレなら簡単に出来るし、そうそうまずいものなど出来ないだろう。シャマルはレシピを思い出しながらあれこれと買い物カゴの中に投入していき、五人分なのだからやはりそれなりの重量になるのだ。もちろんちょっと重くなったところでザフィーラへとパス。カゴを持ったときの前腕が見事だった。そしておおよそ材料をカゴの中に放り込んで、レジで支払いを済まして、そしてスーパーを後にした。なかなか良い買い物だ出来たような気だする。いい買い物が出来たのだから、きっと料理も上手く出来るはずである。簡単簡単。肉こねて焼くだけだから、うん、簡単。うむうむと一人で頷きながら、もちろん荷物はザフィーラに持たせたままの帰路。そして、「奥さん奥さん! ほら、そこのガイジンさん!」「え?」「そうそう、そこの若奥さん!」お花屋さんだった。恰幅の良いオジサマがちょいちょいと手招いていて、人のよさそうな笑顔を浮かべている。「いやぁん、聞いたザフィーラ、奥さんだって!」「……」「こりゃまた素敵な旦那さんだ! いやたくましい!」「でしょう? 私達の守りの要ですもの!」「……おい」「ほほっ、なぁるほどな、家族を守るためにがんばってるってか!」「そうなの! こんなトコに来てがんばってるんだから!」「まぁそういうんじゃないよ! 日本も中々良いトコだろう? 四季は綺麗で、その季節ごとの花が鮮やかで!」「そうね~、確かに綺麗な花がいっぱい。道端にだって目を引くお花が咲いているもの」「……」キョロキョロと辺りを見回したり、ソワソワと買った卵が割れて無いかを確かめたりするザフィーラを尻目に、シャマルはコレでもかとしゃべくり倒した。だって奥さんである。奥さんなのである。いやぁん奥さんだって! なのである。この店主なかなか分かってる。もう奥さんとか最高である。嬉しいのである。だって、ヴォルケンリッターだし、魔法生命体だし、結婚なんて夢のまた夢で、絶対に出来ないような事なのだ。シャマルだって女である。お姫様抱っこに憧れる時期は随分前に通り越したけど、あすなろ抱きにはドキュンときてもおかしくないくらいの年頃なのである。まったく今回の召喚はいいこと尽くめとは言えないも、なかなか幸せだ。ぺちゃくちゃ店主が鉢を取り出して。だが断る。奥さん綺麗だね! もらおうかしら!まんまとハマって今夜のメニューはハンバーグと鉢植えに入った花である。◇◆◇夜。もちろんベッドの上。訓練も終えてご飯もたくさん食べて、最高の一日だった気はまったくしないけどそれなりに充実しておりましたよ。そしてねみー。限界突破。天元突破。ねる。俺は寝る。もう限界……。なんて思っているとベッド脇のディスプレイがペカペカ点灯しはじめた。……あーもう……。「……なに?」『ディフェクト・プロダクト』「うるさい誰だお前更年期障害」『……お前に外線が届いているが、切っても良いのか』「相手によりけり」『クロノ・ハラオウン執務官より連絡が来ている』「……ん、こっちにまわしてくらはい」『そっちにまわせんような話だからこっちに着ているんだとさ』「あーくそ……ねみぃのに何なんだよあの馬鹿……。しかもクロノかよ。一番最初に連絡来るのがクロノかよ。フェイトはどうしたんだフェイトは。ついに兄離れかちくしょう」下に居るウツロくんを起こさないようにゆっくりゆっくり二段ベッドから降りて、ドア開けて、廊下を歩いて戦技教官室へと。いちいち遠いんだよ。なんで隣に無いんだよ教官室。俺疲れてるんだよ。分かってくれよ。もう無理なんだよ。歩くのですら体中が悲鳴を上げてるんだよ。ひーこらへーこら言いながらたどり着き、一応部屋をノックノック。「俺」「ん」扉を開けばそこには、「うげぇ! 何で下着!? 何で下着!? 汚いモンみせんな!」「私は寝るときは下着だけと決めている」「いらないから! オバハンのサービスショットとか!」「ふん、この色気を分からんとは……まだまだガキだな」「アンタの目の前にいるのは九歳児ですけどね!」更年期障害が下着姿。下着姿の更年期障害。目を疑いますよホントに。何がしたいんですかアンタ。この俺ディフェクト・プロダクトがそう簡単に吊られるとでも思っているのか。いくらアンタが綺麗でも早々簡単に『下半身が・本音を───』「アッ───!!」さて、俺のことはどうでも良いから。心底どうでも良いからクロノ君は何の用なんでしょうか。「お前、クロノ執務官と知り合いだったのか?」「ん、まぁね」しっしと更年期障害を追い払って、端末を操作。と言っても外線ボタンをポチリと押すだけ。「どしたー。人が眠ろうとしているこの時に連絡寄越すくらいなんだからそれなりに重要な事じゃないとはっ倒すぞ」『久しぶりに顔を合わせればそれか。まったく変わらないな、君は』鼻で笑いながらクロノ。いや、そっちもお変わり無いようで。「そんな簡単に人格変わるか。……いや、人格変わりそうなくらいきつい訓練は受けてるけどさ」『まぁ、そんなものさ。僕も入ったときはきつかったよ』「はいはい。んで、マジ何の用? 本気で眠いんだけど」『ん、まぁ……なんて言ったらいいのかな……』……そんな曖昧な事で俺の眠りを妨げたのか貴様! 俺は眠りを邪魔されるのと食事を邪魔されるのとセックスを邪魔されるのが一番嫌いなんだよ! そのくらい分かるだろう! なぜ分からないんだ! いいか、もう一度言う! 俺はな! 眠りと! 食事と! セッ───、『君が訓練校に入ってから、こっちで妙な事件が起きているのを知っているか?』「……み?」『?』「みみみみみみみょうなじけん?」『……おい、何だその反応。まさか関わってるんじゃないだろうな?』「妙な事件プライスレス」『何だ? 大丈夫か?』え? 何それ意味わかんない。全然意味わかんない。いや、落ち着けよ。そうだろ俺。そうだろ。そう、原作じゃまだまだ始まってすらいねぇ事件だ。そうそう。そう簡単に変わらないよ、原作。何たって原作なんだぜ。強いよ原作。怖いよ原作。ふぅ。落ち着け。落ち着いた。完全に落ち着いた。いまなら全てが解き明かせるくらい落ち着いてる。うん。冷静に考えてありえない。いや、ありえないことも無いけど、考えれば、それは無い。うん。ないないな───、『闇の───』「うわ待ってお願い待ってもうちょい待って心の準備させてぇ!」『……』「……」『闇の───』「アッ───! あーあー!! 全然聞こえないよクロノ君!!」『……』「……」『や!』「ああああ!」『み!』「うわああああ!」『の!』「ぎゃあああああ!!」『しょ!』「なああああああああん!!」『だあああああああああああああああああああああああ!!!』「ひゃああああああああああああああああああああああ!!!」マージ勘弁マジ勘弁トルィコォオ!! う~んやばぁいねぇ……。ありえねぇ。草食系とかマジ勘弁。ありえねぇ。何がありえねぇって、まだ十月じゃないところですよね、地球的意味で。まだまだ余裕あるわとかほざいて夏休み気分でしたよね、完全に。はいアウトー。何がどうなってもアウトー。俺が訓練校入ったくらいからって、一体どんだけフライングしてんだお前らー。ゴメンねリィンフォース。お前死んだわ。いやいや、だってお前ら動き出しが早すぎだから。何でそんな早く動くんだよ。まだ余裕あるだろお前らなんでそんなに早く動いちゃったんだよ!!あーあー……あー……。いやマジでどうするか。ちょっとコレ考えなきゃ大変な事になっちゃうぞ。『……それで、君は関わってるのか?』「あ?」『関わっているのかって聞いているんだ』「関わってねぇよ。今回はマジで関わってねぇよ」そりゃ はやてには関わってるけどヴォルケンとか会った事すらねぇよ。『……信じるぞ』「そんな簡単に人を信じるなよ」『なんでだ』「俺さ、約束は守るけど嘘は付くんだよね。結構頻繁に」『じゃあ約束しろ』「断る」『せめて聞け』「聞くだけな」『この事件は僕が解決する。君は手を出すな』ぎらぎらと目の奥を燃やしながらクロノは言った。「っへ、手を出すなも何も、俺はここから出られましぇーん」『それはそうだが……、とにかく気をつけろ』父ちゃんの敵討ちなのかな。熱いね、クロノ。そういうの嫌いじゃないぜ。好きだぜ。最高にカッコいいぜ。……ま、ホントに手を出すなって言われてもね、俺、訓練終わるまではここから出られないわけですし、クロノがさっさと解決してくれるって言うなら、それはそれで……。「更年期障害」「なんだ精子」「俺の訓練、あとどのくらい?」「二週間。その後に卒業試験」「二週間……」「お前はまず私に一発入れて、その後なのセンセにも魔法を叩き込まなければ、そもそも卒業試験を受ける資格をもらえないよ」「マジか更年期障害」「本当だよ、精子」「手加減とかしてくれないの?」「私を誰だと思っている。情では動かない鉄の女さ」「いやな女だな、更年期障害」「最低の褒め言葉だ、精子」二週間ね。二週間でクロノが闇の書を解決できるかって言ったら……NO! 絶対にありえん。そもそもあいつらの居場所の特定が難しいし、地球に闇の書があるなんて考えて無いからな。そもそもグレアムとか……ん? いやちょっと待ちなさいよ君。これさ、ちょ、ま、「ク、クロノくぅん」『なんだ気持ち悪い』「あー、まぁ何ていうかな、例えばだけど、一人を殺せば百人助かるとして……どうよ?」『……それは、どういうつもりで聞いてるんだ?』「いやまぁ聞き流してもいいんだけど、ちょっとした疑問って言うか……」『……本音で答えていいか?』「よろ」クロノは短い間目を瞑って。次に開いて。『僕は、殺したくはないな。どんな事情があっても、全員を助けたい』「あ、だ、だよな! ああよかっ───」『でも、執務官として、そして僕、クロノ・ハラオウンとしてもだけど……、理想論ぬきに、本当にそういう事態になったなら、本当に一人を殺せばたくさん助かるって言うなら……殺すだろうね、きっと』「ぅおぉぉい……」キャラじゃねぇよ。いや、納得できるけどさ、全然、そんなキャラだったかリリカルなのは! 違うじゃん! そうじゃないじゃん! もっとこう、『誰かの犠牲の上に立ってる平和なんて!』とかさ『人を殺してまで!』とかさ……いや、何かとにかく違うだろコレ! リリカルなのはがどっか行ったぞ!コレって要するにあれだろ。グレアムが黒幕ってことに気が付かなかった時とか、解決策が見つからなかったときとか……クロノってば はやてぶっ殺すでしょコレ。完全に意味わかんない方向に進んでる。エースが完全に分けわかめな方向に進んでる。ちょっと待ってよ。マジで置いていかれてるんだけど……。どうしたっていうんだ。何があったっていうんだクロノ・ハラオウン。お父さんの敵がそんなに憎いのか? いやいや、闇の書を例えに出してたわけじゃないけどさ、それにしたってハートの中身が完全に切り替わってて、もう、ナンなんですかこれぇぇぇぇえええええええええええええええええええ!!『それで君は?』「んぇあ?」『君ならどうするんだ?』「……えぇと……」『試験の面接で言ったらしいじゃないか』……昔の事は忘れちゃってるんだからそうやって穿り返すんじゃないよ。恥ずかしい。『そこにいる百一人を救ってみせます、だろ?』……ふぁっく。てな訳で、クロノとの通信を終えて、更年期障害にお休みのキスをねだったところ拳が飛んできて、そして今、ベッドの上でごろごろごろごろ。「アウェーだ」『?』「完全にアウェーだここ」『何が・言いたいのか・分かりません』「だからさ、もういっその事殴りこみをかけに行きますか? グレアムんトコに」『フェイトと・ユーノ様・それにアルフも。どう考えても・危険ですね。相手の・戦闘能力も・分かりません』「いくらなんでも爺さんにゃ負けねぇだろ」『更年期障害には・負けてますが』「……」『ガンバ☆』『イラッ☆ミ』そんなこんなでゴロゴロしていると、ベッドの下からか細い声。起きているかい、と人類の可聴域ギリギリくらいの音量で。「お、ゴメン。起こした?」あんまりにもベッドギシギシ言わせて起こしたんだと思ったけど、どうにもそんなことではなく、ウツロ君はずっと起きてたそうな。ついでに言うなら最近眠れないとかどうとか。二週間後にある卒業試験が不安で不安で眠れないらしい。二週間前から緊張とか……。どんだけチキンハートなんだよ。俺なんて緊張はするけど大概はノリでいけるよ。俺が特殊なだけかも分からんけど、それでも二週間後の事なんざ気にしててもしょうがねぇっての。不安なら今出来ることをやれよ。今出来ることを。てことで、寝れ、ウツロくん。「先の事気にするんじゃなくてさ、今どうするかじゃない?」そうは言っても……。ウツロ君は俺同様にベッドでゴロゴロ。「あのな、こっちも今大変なの。自信があるとかないとか、そんなの二の次だろ、二の次。やる前から無理とか言ってちゃ駄目だって。そういう時はさ、やってみてから考えてみてもいいんじゃない? とにかく試験の事は置いといて、今、今日、明日、その時に最高のパフォーマンスを出せるように、さぁ寝よう。今寝よう。やることやんなきゃ、生き残れないっての」言い終わって、もう俺は喋ってる間から夢の中に片足突っ込んでいたので、すぐに落ちていく。意識が途切れる寸前に、うん、と。頑張ってみる、と今度も蚊の鳴く様な声で聞こえたけど、コレはもしかしたらただの夢かも分からんね。